8
大きく振るわれた斧を青い獣が避ける。空の色をした毛は一本も傷付くこと無く、獣は翼をはためかせ宙で一回転。鈍く色づいている鉄が壁に当たりギィンと金属音を立てた。
『光輪を出す』
『ーー繋ぎます』
アンの言葉に握りしめている手に力を込めて、一度目を瞑る。無言で返した言葉を発するのと同時に、此方へ武器を向ける男たちを睨めば、彼らは決して私たちには出来ない、下品で狂気を孕んだ笑顔を見せた。
そしてすぐ、その笑顔が光によって深みを増す。
「おいおいおいおい、こいつぁラッキー!」
「”噂”の天使!!本物じゃねぇっすかこれ!」
いわゆる"天使の輪"が私とアンの頭上できらめいた。とげとげとした光が頭の上を輪になって回り、足元に影を作る。
胸のうちに湧いてはあぶくに消える声がアンにも流し込まれて、アンの思考が私に流れ込む。
まるで見えない鎖で繋がるように、私とアンの思考はリンクした。
喜びはしゃぐ彼らの言葉を無視してアンが空気を蹴ると、一番後ろにいたナイフを持った男の体が吹き飛ぶ。
男達にとっては瞬く間もない、本当に一瞬の風か吹いた。
『光輪正常発動。神託の共有を開始。なまえ、いつでもいい』
『いつでも、っていうか、もうすでに吹っ飛ばしたよね?』
『こいつが一番飛び道具を持っている確率が高かったからな』
斧を持った男を挟んだ向こうで唸り声を上げた小柄な獣は、酷く冷静にそう言って吹き飛ばした男の肩をその前足で砕く。ぽふん、という擬音が似合うその所作では思いもよらない音がして、男の悲鳴が通路に木霊した。
軽い動きで空を駆る四つ足が動くたびに、光が尾を引いてついていく。
遅れて、男達の声が驚愕に変わった。
「っんだぁ!?」
「番犬様ってわけか!」
「おい、女だ!天使の方を先にどーにかしちまえばいい」
私に背を向けていた男達はそう叫ぶと、斧の男はアンに顔を向けたまま片手を振る。もう一人のバンダナを巻いてカトラスを腰に差した男は心得たとばかりに私へ向かってにやりと笑った。
再び斧がアンに迫るが大振りのそれは掠りもせず、再度廊下の壁を傷つけた。船内は歩くだけなら充分な広さを誇るけれど、こうして暴れ回るには小柄なアンに利がある。
『右斜め前に一歩、そのまましゃがめ』
空を駆ける機動力があって、力は白熊を投げ飛ばせるほど。獣特有のしなやかさと鋭い牙を持つアンは、まるで子供に狩りを教える母親のように、斧男をあしらいながらそう告げた。
彼の言葉に従いダンスを踊るように足を運ぶ。
右足で斜め前へ、次いでTシャツの裾を棚引かせながら男に背を向けしゃがむ。
私を捕まえようとした男が空ぶって、此方に身体を向けた瞬間、伸ばされた腕にもう一人の男が持っていた斧の背が衝突した。
今、私とアンは同一に近づく。アンの動きが自分の身体の様に分かり、私の動きがアンに伝わっているのがわかる。
『アン、海獣が四頭』
『外に出る。看板で五名負傷』
『衝突確率』
『ゼロだ。高波で揺れる』
アンは強い。戦闘能力というものは野生のそれよりずば抜けているだろうし、生半可な人間では彼を捕らえることなど出来ないだろう。けれど、彼の真価はそんなところにはない。
彼の存在の主軸は、"計算能力"だ。
『予測結果を送る。嵐が来る確率が高い。が、送った通りだ。先に出ていろ』
『ありがとう。神のご加護がありますように』
『なまえにも、神のご加護があらんことを』
男の悲鳴を背景に、私は立ち上がり男の脇をすり抜けた。男が斧を持っていない方の手を伸ばしたけれど、先回りしてたアンの鋭い牙に阻まれる。骨ごと砕けたのだろう、関節が二つに増えた男は叫びながら後退り壁に衝突した。
一瞬アンと目があったけれど、私は振り返ること無く彼の横を通りすぎる。
頭の中に流れてくる情報量にくらりとしながら、私はそれらを噛み砕いてくれた彼を思った。
始めてアンと出会った時、彼は自身を計算機のようなものだと言った。
卵の殻を被りながら、無機質な瞳で私を見つめてそう告げた彼の姿を、今でもよく覚えている。
☆ ☆
「以心伝神も使えぬのか」
「ちーぷ……ご、ごめんなさい」
青い海、白い砂浜。似つかわしくない黒の修道服が景色に染みを作っていた。髪はボサボサ、何とか整えたものの良く見ると服も酷い有り様。
私は項垂れるように頭を下げ、ほんの数分前の事を思い出していた。
空気に煽られ身体が錐揉みのように回転し、悲鳴を上げることも出来ない中、私はただひたすら両腕を回してもなお余る卵を離さないよう体全体を縮こまらせる。私は今上空から海に向かって正しく墜落していた。
あまりに強い風で翼を固定することも出来ず翼の付け根が嫌な音を立てる。けれどヒビが入り始めている卵を放り出すことなんて出来なかった。目が乾く。喉が張り付き声が出ない。
そんな私を助けてくれたのは、鳥でも神様でも無い、卵から孵ったばかりの青い獣だった。
彼は孵化すると同時に卵の欠片を背負いながら、自分の翼で空を舞い、私をこの孤島に導いてくれたのだ。
そして先ほどの会話に戻る。私は産まれたばかりの獣に説教をされていた。自己紹介をする間もなかった。
「神託は使えるのだろう?ならば簡単だ。光輪を出し以心伝神で神託を私に流し込め」
「待って待って待って」
野生の草木が生い茂る無人島に降り立った私達は、砂浜に向かい合うようにして座っている。私は正座。彼は足を揃えてちょこんとお座り。
ファーストインプレッションが悪かったのだろう、小さな獣は困った物を見るように私を見て首をかしげる。
制止をかけたものの、何から聞いたら良いか分からない私に、彼はやれやれと首を横に振った。
「良いか、私はお前が使いきれていない能力を補う物だと思え」
「使いきれていない、能力……」
「そうだ。神に頼らずとも使えるものがある。にもかかわらず、お前は使いこなせていない」
初耳だ。そんな感情が顔に出ていたのだろう、小さな獣は一つ頷いて更に続ける。
「その上で神の力を使っているのだ。つまり、無駄が多い。以心伝神が使えれば風の強い上空でも私と会話出来たし、そもそもお前は神の言葉を……神託を漏らしすぎている」
「そ、そんなこと急に言われても」
「”翼あるもの”なら出来ることだ」
砂まみれの手を何とはなしに払って足を崩した。継ぎ接ぎだらけのトゥニカは細かな砂によって白く汚れ、火傷していた筈の足は綺麗に治っている。
産まれて早々説教をかましてきたこの不思議生物は不機嫌そうに翼を揺らし私をジロリと睨んだ。
彼の姿を良く見れば、子犬……子猫?の愛らしさが全面に出ていて、まるでぬいぐるみのような出で立ちをしていることに気が付き瞬く。
頭に引っ掛かっている卵の殻やその背の白い翼が、その可愛らしさをより引き立てていた。
「お前がどう思おうと構わん。が、私はこれからお前の……そうだな、分かりやすく言えば"計算機"になるのだ」
「…………」
「お前が漏らした神託を受け取り、その情報をまとめ、またお前に返す。その処理のための……」
「ねぇ、あなた、名前はあるの?」
「……聞いていたか?」
手を伸ばせば届く距離。思えば、コルボ山に居た動物達は大型ばかりだった。赤ちゃんの時はそうでもなかったかもしれないけれど、子育て中の野生の獣に近付くなぞ出来るはずもなく。たまたま見かけるような縁も無かった。
小鳥達も確かに可愛かったけれど哺乳類はまた違う。
私はそっと彼の頭にある卵の欠片を払って、そのまま私の掌程の大きさしかない頭を撫でた。
「私、なまえっていうの。詳しくは分からないけれど、つまり、神様が遣わせてくださったのがあなたなのよね?」
「……そうだ」
「これから、一緒に居てくれるってことで、あってる?」
「…………そうだ」
獣の表情等私には分からないけれど、不思議と彼の感情は読み取れる。呆れと、無関心。彼はまるでロボットのように無機質なガラスの瞳で私を見ていた。
「ねぇ、名前がないなら何て呼べば良いかなぁ」
「好きに呼べば良いだろう。私という個体を識別する番号なぞ、私を使うお前が決めろ」
「じゃあ……アン。私たちの羽、天使みたいだもの。知ってる?天使って、アンジェロって言うんだって。でも長いから、……アン」
小さな体躯に背丈ほどある白い翼。彼をそっと抱き上げて膝に乗せる。柔らかくて、暖かい。
私はいつか貰った温もりを返すように、アンをそっと抱き締めた。自分を道具のように言った彼に、どうか私の心が伝わってくれれば良いと思った。
「私の、大切なもう一つの名前なの。あなたに貰って欲しい」
そう告げると、青い獣、アンは私を仰ぎ見て、首をかしげる。その瞳の中には獣とは思えぬ困惑でいっぱいだった。
私の考えを読もうとしているのか、じぃ、と見つめ、ゆっくりと口を開く。
「……私はお前にそれを貰ったからといって、返せるものは無い」
「良いの。それに、チープ……何とかの使い方とか、教えてくれるんでしょう?」
「以心伝神だ。馬鹿者め」
無機質な瞳の子犬を抱いたまま立ち上がる。砂に足の指が埋まってくすぐったい。
悪態を吐いた彼に苦笑いをして私は無人島の奥地へと足を進めた。
天使達を見送った浜辺に静寂が戻る。
砂浜に残った一人分の足跡は、中ほどで途切れて消えていた。
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『光輪を出す』
『ーー繋ぎます』
アンの言葉に握りしめている手に力を込めて、一度目を瞑る。無言で返した言葉を発するのと同時に、此方へ武器を向ける男たちを睨めば、彼らは決して私たちには出来ない、下品で狂気を孕んだ笑顔を見せた。
そしてすぐ、その笑顔が光によって深みを増す。
「おいおいおいおい、こいつぁラッキー!」
「”噂”の天使!!本物じゃねぇっすかこれ!」
いわゆる"天使の輪"が私とアンの頭上できらめいた。とげとげとした光が頭の上を輪になって回り、足元に影を作る。
胸のうちに湧いてはあぶくに消える声がアンにも流し込まれて、アンの思考が私に流れ込む。
まるで見えない鎖で繋がるように、私とアンの思考はリンクした。
喜びはしゃぐ彼らの言葉を無視してアンが空気を蹴ると、一番後ろにいたナイフを持った男の体が吹き飛ぶ。
男達にとっては瞬く間もない、本当に一瞬の風か吹いた。
『光輪正常発動。神託の共有を開始。なまえ、いつでもいい』
『いつでも、っていうか、もうすでに吹っ飛ばしたよね?』
『こいつが一番飛び道具を持っている確率が高かったからな』
斧を持った男を挟んだ向こうで唸り声を上げた小柄な獣は、酷く冷静にそう言って吹き飛ばした男の肩をその前足で砕く。ぽふん、という擬音が似合うその所作では思いもよらない音がして、男の悲鳴が通路に木霊した。
軽い動きで空を駆る四つ足が動くたびに、光が尾を引いてついていく。
遅れて、男達の声が驚愕に変わった。
「っんだぁ!?」
「番犬様ってわけか!」
「おい、女だ!天使の方を先にどーにかしちまえばいい」
私に背を向けていた男達はそう叫ぶと、斧の男はアンに顔を向けたまま片手を振る。もう一人のバンダナを巻いてカトラスを腰に差した男は心得たとばかりに私へ向かってにやりと笑った。
再び斧がアンに迫るが大振りのそれは掠りもせず、再度廊下の壁を傷つけた。船内は歩くだけなら充分な広さを誇るけれど、こうして暴れ回るには小柄なアンに利がある。
『右斜め前に一歩、そのまましゃがめ』
空を駆ける機動力があって、力は白熊を投げ飛ばせるほど。獣特有のしなやかさと鋭い牙を持つアンは、まるで子供に狩りを教える母親のように、斧男をあしらいながらそう告げた。
彼の言葉に従いダンスを踊るように足を運ぶ。
右足で斜め前へ、次いでTシャツの裾を棚引かせながら男に背を向けしゃがむ。
私を捕まえようとした男が空ぶって、此方に身体を向けた瞬間、伸ばされた腕にもう一人の男が持っていた斧の背が衝突した。
今、私とアンは同一に近づく。アンの動きが自分の身体の様に分かり、私の動きがアンに伝わっているのがわかる。
『アン、海獣が四頭』
『外に出る。看板で五名負傷』
『衝突確率』
『ゼロだ。高波で揺れる』
アンは強い。戦闘能力というものは野生のそれよりずば抜けているだろうし、生半可な人間では彼を捕らえることなど出来ないだろう。けれど、彼の真価はそんなところにはない。
彼の存在の主軸は、"計算能力"だ。
『予測結果を送る。嵐が来る確率が高い。が、送った通りだ。先に出ていろ』
『ありがとう。神のご加護がありますように』
『なまえにも、神のご加護があらんことを』
男の悲鳴を背景に、私は立ち上がり男の脇をすり抜けた。男が斧を持っていない方の手を伸ばしたけれど、先回りしてたアンの鋭い牙に阻まれる。骨ごと砕けたのだろう、関節が二つに増えた男は叫びながら後退り壁に衝突した。
一瞬アンと目があったけれど、私は振り返ること無く彼の横を通りすぎる。
頭の中に流れてくる情報量にくらりとしながら、私はそれらを噛み砕いてくれた彼を思った。
始めてアンと出会った時、彼は自身を計算機のようなものだと言った。
卵の殻を被りながら、無機質な瞳で私を見つめてそう告げた彼の姿を、今でもよく覚えている。
☆ ☆
「以心伝神も使えぬのか」
「ちーぷ……ご、ごめんなさい」
青い海、白い砂浜。似つかわしくない黒の修道服が景色に染みを作っていた。髪はボサボサ、何とか整えたものの良く見ると服も酷い有り様。
私は項垂れるように頭を下げ、ほんの数分前の事を思い出していた。
空気に煽られ身体が錐揉みのように回転し、悲鳴を上げることも出来ない中、私はただひたすら両腕を回してもなお余る卵を離さないよう体全体を縮こまらせる。私は今上空から海に向かって正しく墜落していた。
あまりに強い風で翼を固定することも出来ず翼の付け根が嫌な音を立てる。けれどヒビが入り始めている卵を放り出すことなんて出来なかった。目が乾く。喉が張り付き声が出ない。
そんな私を助けてくれたのは、鳥でも神様でも無い、卵から孵ったばかりの青い獣だった。
彼は孵化すると同時に卵の欠片を背負いながら、自分の翼で空を舞い、私をこの孤島に導いてくれたのだ。
そして先ほどの会話に戻る。私は産まれたばかりの獣に説教をされていた。自己紹介をする間もなかった。
「神託は使えるのだろう?ならば簡単だ。光輪を出し以心伝神で神託を私に流し込め」
「待って待って待って」
野生の草木が生い茂る無人島に降り立った私達は、砂浜に向かい合うようにして座っている。私は正座。彼は足を揃えてちょこんとお座り。
ファーストインプレッションが悪かったのだろう、小さな獣は困った物を見るように私を見て首をかしげる。
制止をかけたものの、何から聞いたら良いか分からない私に、彼はやれやれと首を横に振った。
「良いか、私はお前が使いきれていない能力を補う物だと思え」
「使いきれていない、能力……」
「そうだ。神に頼らずとも使えるものがある。にもかかわらず、お前は使いこなせていない」
初耳だ。そんな感情が顔に出ていたのだろう、小さな獣は一つ頷いて更に続ける。
「その上で神の力を使っているのだ。つまり、無駄が多い。以心伝神が使えれば風の強い上空でも私と会話出来たし、そもそもお前は神の言葉を……神託を漏らしすぎている」
「そ、そんなこと急に言われても」
「”翼あるもの”なら出来ることだ」
砂まみれの手を何とはなしに払って足を崩した。継ぎ接ぎだらけのトゥニカは細かな砂によって白く汚れ、火傷していた筈の足は綺麗に治っている。
産まれて早々説教をかましてきたこの不思議生物は不機嫌そうに翼を揺らし私をジロリと睨んだ。
彼の姿を良く見れば、子犬……子猫?の愛らしさが全面に出ていて、まるでぬいぐるみのような出で立ちをしていることに気が付き瞬く。
頭に引っ掛かっている卵の殻やその背の白い翼が、その可愛らしさをより引き立てていた。
「お前がどう思おうと構わん。が、私はこれからお前の……そうだな、分かりやすく言えば"計算機"になるのだ」
「…………」
「お前が漏らした神託を受け取り、その情報をまとめ、またお前に返す。その処理のための……」
「ねぇ、あなた、名前はあるの?」
「……聞いていたか?」
手を伸ばせば届く距離。思えば、コルボ山に居た動物達は大型ばかりだった。赤ちゃんの時はそうでもなかったかもしれないけれど、子育て中の野生の獣に近付くなぞ出来るはずもなく。たまたま見かけるような縁も無かった。
小鳥達も確かに可愛かったけれど哺乳類はまた違う。
私はそっと彼の頭にある卵の欠片を払って、そのまま私の掌程の大きさしかない頭を撫でた。
「私、なまえっていうの。詳しくは分からないけれど、つまり、神様が遣わせてくださったのがあなたなのよね?」
「……そうだ」
「これから、一緒に居てくれるってことで、あってる?」
「…………そうだ」
獣の表情等私には分からないけれど、不思議と彼の感情は読み取れる。呆れと、無関心。彼はまるでロボットのように無機質なガラスの瞳で私を見ていた。
「ねぇ、名前がないなら何て呼べば良いかなぁ」
「好きに呼べば良いだろう。私という個体を識別する番号なぞ、私を使うお前が決めろ」
「じゃあ……アン。私たちの羽、天使みたいだもの。知ってる?天使って、アンジェロって言うんだって。でも長いから、……アン」
小さな体躯に背丈ほどある白い翼。彼をそっと抱き上げて膝に乗せる。柔らかくて、暖かい。
私はいつか貰った温もりを返すように、アンをそっと抱き締めた。自分を道具のように言った彼に、どうか私の心が伝わってくれれば良いと思った。
「私の、大切なもう一つの名前なの。あなたに貰って欲しい」
そう告げると、青い獣、アンは私を仰ぎ見て、首をかしげる。その瞳の中には獣とは思えぬ困惑でいっぱいだった。
私の考えを読もうとしているのか、じぃ、と見つめ、ゆっくりと口を開く。
「……私はお前にそれを貰ったからといって、返せるものは無い」
「良いの。それに、チープ……何とかの使い方とか、教えてくれるんでしょう?」
「以心伝神だ。馬鹿者め」
無機質な瞳の子犬を抱いたまま立ち上がる。砂に足の指が埋まってくすぐったい。
悪態を吐いた彼に苦笑いをして私は無人島の奥地へと足を進めた。
天使達を見送った浜辺に静寂が戻る。
砂浜に残った一人分の足跡は、中ほどで途切れて消えていた。