9
甲板は戦場だった。
おおよそハートの海賊団の倍の敵が海上にはひしめき、けれどその戦況は互角かそれ以上。
アンの告げた通り船室へ続く扉側に傷ついたクルーが五人、壁にもたれるようにして並べられていた。扉から出た私を驚くように見る彼らに慌てて駆け寄り膝をつく。冷たい鉄の感触に皮膚がぺたりとはりついた。
「大丈夫ですか!」
「て、天使ちゃんか……オレらは良いから、中入ってろ!」
「そーだ、そーだ、あぶね、ぇぞ……ッテテ」
「ってか何だその頭まぶしっ!? ダダダ……でけェ声出したら腹がッ……!!」
彼等の傷は当然のように外傷だ。今私に出来ることは殆んど無いと言ってもいい。
私達の様子が神の声でアンへと流れ込み、そしてアンから私へ声が返ってくる。アンも賞金稼ぎを相手にしているはずだが、戦闘しつつ私の様子を見守って、さらに短期未来の予測をする程度彼にとっては造作もない事らしい。
クルーの命に別状がないことを私へ告げた彼は『短期予測に狂いは無い。"医者が飛ぶ"ぞ』と締めくくった。
「急がなくちゃ」
「おい、天使ちゃんどこ行く気……!」
頭に光の輪を抱き、白い翼を持つ女は目立っただろう。荒くれ者の頭上を駆けるたび、彼等の視線が私を捕らえれば二度見をし、クルーは「何で外に!?」「いやまてあの頭なんだ!?」「おいばか誰か天使ちゃんを止めろ!!」と口々に叫んでは"たまたま"揺れた船のお陰で敵の武器を避けた。
ローさんは看板の先頭。敵船の頭と思わしき二人の男と長い刀を使って打ち合っていた。いや、お互いの武器はお互いに当たらずにいるので切りあってるというのか。
戦闘に詳しく無い私では分からないけれど、ともかく彼から目を離すことなく安全な場所へ━━メインマストの先端へと空を蹴った。
頭上の輪冠――光輪はただ目立つための物ではない。アンと繋がってこそ能力を発揮するものだ。昔はこんな目立つ光なぞ自分から出るとは思っていなかったけれど、使ってみれば、まるで昔からあったような自然さで私の頭上を彩った。
アンは私を通じて神様からの情報を得る。船の現状から海の様子、外の気圧や気温、空気中の細かな粒の割合に、船員たちの体温、呼吸数、心拍、筋肉の動き、その他諸々。本来ならば私に与えられるそれらを、アンが変わりに処理をして短期的な未来の予測を行うのだ。
そしてアンは私にその予測を教えてくれる。そのために、神は彼を私に遣わせた。
外周をトゲトゲと煌めくこの輪冠は、どんなに美しくても、未来が見えようとも。結局私にとってはちょっと天使感が増すだけのアクセサリーなのだった。アンが居なければ使えないし、アンが居たとしても目立つから滅多に使わない。私は雲行きの怪しい空を見上げた。
『アン、思ったより早いかもしれない』
『ふむ。あと五百秒は無いといったところか。なまえ、鈍くさい真似して落ちるなよ』
『落ちないよ!もー、そういう言い方ばかりして!』
強い光を頭上に頂き、まるで灯台の様に人目を集めながらも私はメインマストの先端にしがみつく。決してローさんから目を離さない様に、敵味方入り乱れる甲板を見下ろした。ハートの船員も賞金稼ぎも惹きつけられるように私を視界に入れては敵の攻撃で我に返っては目を逸らしていくのを感じたけれど、視線は努めて動かさない。
米神に力を入れれば、光輪の刺が鋭さを増して薄暗くなり始めた空に一足早い一番星を輝かせた。
「天使だ!!天使を捕まえろ!!」
「やらせるかダァホ!!」
「マストだぁああ!!あれを捕まえれば大金持ちだぞ!」
「いや違う!不老不死だ!」
「なまえはおれの友達だ!お前らなんかには絶対やらない!!」
「何でもいい、アレが手に入れば何だって思いのままだ!」
声が煩い。目を瞑ってしまいそうになる程の大きな波が私を襲う。どうか私を守ろうと思ってくださる方に、幸運を。『なまえ、祈るな』アンの言葉が胸の内から湧いてくるけれど、祈らずにはいられない。
どうしてこんな状況でほんの数日一緒に居た他人を守ろうと思えるのだろう。
人間とは違う私を、どうして想ってくれるのだろうか。
ローさんからは決して目を離さない。彼らを視線には入れない。けれど、神の言葉を通して伝わる彼らの感情を、私は確かに受け取った。
荒れ狂う長い髪と、Tシャツの裾。風はどんどん強くなっている。私はそっと髪の毛を手で抑え呟くように口を開く。声に合わせて光が大きくなる光輪冠は刺を大きく伸ばした。センスの無い私からしたら、シャンプーハットのように――と例えると、アンに怒られる――見えるそれは、神々しくも光を湛え、私を照らす。
「神よ、どうか彼らに幸運を。私を守ろうとしてくれる人たちに、恩寵を」
胸の内でアンのため息が聞こえる。強い風が吹いて、耳の下で切り揃えられるように髪の毛が梳られた。毛先が遊んで宙を舞う。マスト下から「天使ちゃんの髪がァ!?誰だこの野郎!!」「うおー!やったれゴラァ!!」とクルーさん達の怒声が響いた。
『残り十五秒』
『ありがとう。三秒で飛ぶ』
スタートダッシュを決める直前の様に足の裏を冷たいマストに付けた。波が高くなる。船が揺れるのに合わせて、何人かの人が甲板から落ちたけれど、ハートの海賊団の船員はロープを掴んだり、何らかの幸運で落ちずに済んでいるのが分かっているので気にしない。
脳裏を過るのは、アンを経由した想像のビジョン。ポーラータング号の船長である彼が海へと吹き飛び、波に呑み込まれて行くところで映像は終わる。アンの未来予測が此処で途切れるのは恐らく、彼が助かる道も助からぬ道も五分五分の確率であるからだろう。
私は身体を縮こませ、バネを貯めるように膝を曲げた。
『三』
視界に居たローさんの身体が揺らぐ。敵船の頭はいつの間にか一人になっていた。
マストを蹴る。細い流線型となった私は一直線に彼の元へと飛んだ。
『二』
波が飛沫を上げて甲板を濡らした。それを大袈裟なまでに避けるローさんの足元に、敵船の男が鉄の塊で出来たサーベルを振り下ろす。
『いち』
船が傾く。ローさんの足が完全に浮く。足元には波。敵船の男のサーベルが私の羽を掠めた。腕の中には、私より三十センチ以上大きな男性。酷く重い。衝突したと言っても過言ではない突撃に、彼の腹部よりも私の肩の方が痛んだ。
『迎えに行く。耐えろ』
『お、思ったより持たない、かもーー!』
『お前が助けると言ったんだろう!踏ん張れ馬鹿が!!』
『言っては、な、い……!!』
『じゃあ捨てろ!』
『ごめんなさい!!』
サーベルを持っていた男は自身の身体の傾くまま、海へと縺れる様に落ちていく。私は身長の関係でローさんの腹部に抱き着くようにして彼と共に空へと向かった。
「ッグ、なっンのつもりだ天使屋!!」
「っお、もった、暴れないで!落ち、るぅっ!!」
小柄な私に米俵のように抱かれるローさんは、その手から刀を落とすことなく腹部の苦しさに呻いた。私の肩が腹部を圧迫してしまっているのだろう。怒りというよりは困惑の強い彼の声に、私も怒鳴るようにして言葉を返した。
傾きを増していた船が元に戻る。けれど風と波は強くなるばかりで、ついに雨も降りだした。いきなりバケツをひっくり返したような雨が、厚い雲から叩き落される。
想像よりも重かった!そりゃそうだ!私より大きい成人男性で、しかもただのお医者さんではありえない筋肉がついている。細身に見えたからいけると思ってしまった。見積もりが甘かった!
船に戻らないと、と思うのに、私の身体は波に当たり風に煽られ、雨で高度が落ちていく。
ポーラータング号からベポやシャチさん、ペンギンさんの声が風に紛れながらも聞こえるけれど、そちらに向かいたいのに風と雨で方向が分からなくなってきた。
「く、そが、力が入らねぇ……!」
「う、ぅ……っアン!!早く!!」
上昇しては下降して、ついにローさんの足が波に付いた。私の身体もびしょ濡れで、生温い海水がTシャツを肌に張り付ける。ローさんは何とか力を使おうとしているが、最早全身が濡れてしまっており苦しそうに力を抜いてしまった。
成人男性を引き上げるだけの力は無くて、私は以心伝神を使う余裕も無く叫んだ。
「この! 馬鹿が!!」
「アン……!!」
「爪が甘いわボケ!」
いつにもまして口の悪いアンの姿が青い流星のように見えた。船からは光る私とローさんの姿が見えていたらしい。光輪を頭上に戴き、アンはローさんの服を噛むと、そのまま持ち上げるようにして向かい風へと引っ張った。
もはやほぼ海水に漬かってしまっている私も何とか手伝おうとローさんを押し上げる。船に近づけば、浮き輪を投げるペンギンさんと今にも荒れ狂う海に飛び込もうとしているシャチさんを止めているベポが見えて、私はほっと胸を撫でおろした。
「ローさん……!」
ロープ付きの浮き輪にローさんの身体を通して、自身も浮き輪に捕まる。アンはローさんの刀を持って、一旦船に戻った。長物が邪魔で仕方なかったのだろう。
未だ力の入っていない彼の顔を覗き込むが返事は無かった。
「ローさん!気をしっかり持ってくださいね、すぐ船に付きますよ」
「……」
「大丈夫ですからね。神の御加護がありますから!」
「……うるせェ」
「えぇ……つ、強気……」
本当に辛いのだろうに減らず口を。嵐によって波が私達を襲うたびに、ローさんは眉間に皺を寄せ力の抜けている手でなんとか浮き輪にしがみついている。そんな彼の手を握って、自身の温度を移す。口は悪いが、こんなに気力の無いローさんを見るのは初めてだ。
「キャプテ〜〜ン!!なまえ〜〜!!」
「今引き上げるぞォ!キャプテンしっかり捕まって!!」
黄色い船体の横に付きロープが引き上げられる。私は自前の羽で宙に浮かび、空に踏ん張るとローさんの腕を引っ張った。刀を置いたアンも飛んできて、ローさんのシャツの首元を噛み上げる。
「ってアン!それ首しまっちゃう!」
「グルルルルゥ」
「な、なんで言葉通じてないフリするの!?光輪繋ぎっぱなしだから分かるよ!?やめて!」
「ちっ」
アンはこんな時でもローさんに対する謎の敵対心が働いてしまうのか、それともタイミングを考えずにじゃれているのか。彼は器用に舌打ちをすると、ローさんのシャツの背中辺りを噛んで引き上げる。
ローさんは嫌そうに顔を歪めているものの、まるで抵抗を見せなかった。
船の甲板に付けばすぐさま船が動き出す。ベポくんが温度を取って嵐から逃れようと船員が船中を駆け回っている中、私とアンはローさんと共に船室へと通される。低体温症が怖くて、私は一生懸命ローさんの身体を羽で包むように抱きしめた。
光に目を細める彼の姿を見て、私は頭上の輪冠を消す。アンもそれに倣った。
「ローさん!大丈夫ですからね! 暖かいもの……!私、何か持ってきます!」
タオルを持ってきてくれたクルーさんが室内に来たのを見て、私は立ち上がった。中腰で居たため腰がパキパキと音を鳴らす。
扉を出る瞬間ローさんが何かを言ったけれど、温かいもので頭がいっぱいだった私は気づかずに廊下を走るのだった。
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おおよそハートの海賊団の倍の敵が海上にはひしめき、けれどその戦況は互角かそれ以上。
アンの告げた通り船室へ続く扉側に傷ついたクルーが五人、壁にもたれるようにして並べられていた。扉から出た私を驚くように見る彼らに慌てて駆け寄り膝をつく。冷たい鉄の感触に皮膚がぺたりとはりついた。
「大丈夫ですか!」
「て、天使ちゃんか……オレらは良いから、中入ってろ!」
「そーだ、そーだ、あぶね、ぇぞ……ッテテ」
「ってか何だその頭まぶしっ!? ダダダ……でけェ声出したら腹がッ……!!」
彼等の傷は当然のように外傷だ。今私に出来ることは殆んど無いと言ってもいい。
私達の様子が神の声でアンへと流れ込み、そしてアンから私へ声が返ってくる。アンも賞金稼ぎを相手にしているはずだが、戦闘しつつ私の様子を見守って、さらに短期未来の予測をする程度彼にとっては造作もない事らしい。
クルーの命に別状がないことを私へ告げた彼は『短期予測に狂いは無い。"医者が飛ぶ"ぞ』と締めくくった。
「急がなくちゃ」
「おい、天使ちゃんどこ行く気……!」
頭に光の輪を抱き、白い翼を持つ女は目立っただろう。荒くれ者の頭上を駆けるたび、彼等の視線が私を捕らえれば二度見をし、クルーは「何で外に!?」「いやまてあの頭なんだ!?」「おいばか誰か天使ちゃんを止めろ!!」と口々に叫んでは"たまたま"揺れた船のお陰で敵の武器を避けた。
ローさんは看板の先頭。敵船の頭と思わしき二人の男と長い刀を使って打ち合っていた。いや、お互いの武器はお互いに当たらずにいるので切りあってるというのか。
戦闘に詳しく無い私では分からないけれど、ともかく彼から目を離すことなく安全な場所へ━━メインマストの先端へと空を蹴った。
頭上の輪冠――光輪はただ目立つための物ではない。アンと繋がってこそ能力を発揮するものだ。昔はこんな目立つ光なぞ自分から出るとは思っていなかったけれど、使ってみれば、まるで昔からあったような自然さで私の頭上を彩った。
アンは私を通じて神様からの情報を得る。船の現状から海の様子、外の気圧や気温、空気中の細かな粒の割合に、船員たちの体温、呼吸数、心拍、筋肉の動き、その他諸々。本来ならば私に与えられるそれらを、アンが変わりに処理をして短期的な未来の予測を行うのだ。
そしてアンは私にその予測を教えてくれる。そのために、神は彼を私に遣わせた。
外周をトゲトゲと煌めくこの輪冠は、どんなに美しくても、未来が見えようとも。結局私にとってはちょっと天使感が増すだけのアクセサリーなのだった。アンが居なければ使えないし、アンが居たとしても目立つから滅多に使わない。私は雲行きの怪しい空を見上げた。
『アン、思ったより早いかもしれない』
『ふむ。あと五百秒は無いといったところか。なまえ、鈍くさい真似して落ちるなよ』
『落ちないよ!もー、そういう言い方ばかりして!』
強い光を頭上に頂き、まるで灯台の様に人目を集めながらも私はメインマストの先端にしがみつく。決してローさんから目を離さない様に、敵味方入り乱れる甲板を見下ろした。ハートの船員も賞金稼ぎも惹きつけられるように私を視界に入れては敵の攻撃で我に返っては目を逸らしていくのを感じたけれど、視線は努めて動かさない。
米神に力を入れれば、光輪の刺が鋭さを増して薄暗くなり始めた空に一足早い一番星を輝かせた。
「天使だ!!天使を捕まえろ!!」
「やらせるかダァホ!!」
「マストだぁああ!!あれを捕まえれば大金持ちだぞ!」
「いや違う!不老不死だ!」
「なまえはおれの友達だ!お前らなんかには絶対やらない!!」
「何でもいい、アレが手に入れば何だって思いのままだ!」
声が煩い。目を瞑ってしまいそうになる程の大きな波が私を襲う。どうか私を守ろうと思ってくださる方に、幸運を。『なまえ、祈るな』アンの言葉が胸の内から湧いてくるけれど、祈らずにはいられない。
どうしてこんな状況でほんの数日一緒に居た他人を守ろうと思えるのだろう。
人間とは違う私を、どうして想ってくれるのだろうか。
ローさんからは決して目を離さない。彼らを視線には入れない。けれど、神の言葉を通して伝わる彼らの感情を、私は確かに受け取った。
荒れ狂う長い髪と、Tシャツの裾。風はどんどん強くなっている。私はそっと髪の毛を手で抑え呟くように口を開く。声に合わせて光が大きくなる光輪冠は刺を大きく伸ばした。センスの無い私からしたら、シャンプーハットのように――と例えると、アンに怒られる――見えるそれは、神々しくも光を湛え、私を照らす。
「神よ、どうか彼らに幸運を。私を守ろうとしてくれる人たちに、恩寵を」
胸の内でアンのため息が聞こえる。強い風が吹いて、耳の下で切り揃えられるように髪の毛が梳られた。毛先が遊んで宙を舞う。マスト下から「天使ちゃんの髪がァ!?誰だこの野郎!!」「うおー!やったれゴラァ!!」とクルーさん達の怒声が響いた。
『残り十五秒』
『ありがとう。三秒で飛ぶ』
スタートダッシュを決める直前の様に足の裏を冷たいマストに付けた。波が高くなる。船が揺れるのに合わせて、何人かの人が甲板から落ちたけれど、ハートの海賊団の船員はロープを掴んだり、何らかの幸運で落ちずに済んでいるのが分かっているので気にしない。
脳裏を過るのは、アンを経由した想像のビジョン。ポーラータング号の船長である彼が海へと吹き飛び、波に呑み込まれて行くところで映像は終わる。アンの未来予測が此処で途切れるのは恐らく、彼が助かる道も助からぬ道も五分五分の確率であるからだろう。
私は身体を縮こませ、バネを貯めるように膝を曲げた。
『三』
視界に居たローさんの身体が揺らぐ。敵船の頭はいつの間にか一人になっていた。
マストを蹴る。細い流線型となった私は一直線に彼の元へと飛んだ。
『二』
波が飛沫を上げて甲板を濡らした。それを大袈裟なまでに避けるローさんの足元に、敵船の男が鉄の塊で出来たサーベルを振り下ろす。
『いち』
船が傾く。ローさんの足が完全に浮く。足元には波。敵船の男のサーベルが私の羽を掠めた。腕の中には、私より三十センチ以上大きな男性。酷く重い。衝突したと言っても過言ではない突撃に、彼の腹部よりも私の肩の方が痛んだ。
『迎えに行く。耐えろ』
『お、思ったより持たない、かもーー!』
『お前が助けると言ったんだろう!踏ん張れ馬鹿が!!』
『言っては、な、い……!!』
『じゃあ捨てろ!』
『ごめんなさい!!』
サーベルを持っていた男は自身の身体の傾くまま、海へと縺れる様に落ちていく。私は身長の関係でローさんの腹部に抱き着くようにして彼と共に空へと向かった。
「ッグ、なっンのつもりだ天使屋!!」
「っお、もった、暴れないで!落ち、るぅっ!!」
小柄な私に米俵のように抱かれるローさんは、その手から刀を落とすことなく腹部の苦しさに呻いた。私の肩が腹部を圧迫してしまっているのだろう。怒りというよりは困惑の強い彼の声に、私も怒鳴るようにして言葉を返した。
傾きを増していた船が元に戻る。けれど風と波は強くなるばかりで、ついに雨も降りだした。いきなりバケツをひっくり返したような雨が、厚い雲から叩き落される。
想像よりも重かった!そりゃそうだ!私より大きい成人男性で、しかもただのお医者さんではありえない筋肉がついている。細身に見えたからいけると思ってしまった。見積もりが甘かった!
船に戻らないと、と思うのに、私の身体は波に当たり風に煽られ、雨で高度が落ちていく。
ポーラータング号からベポやシャチさん、ペンギンさんの声が風に紛れながらも聞こえるけれど、そちらに向かいたいのに風と雨で方向が分からなくなってきた。
「く、そが、力が入らねぇ……!」
「う、ぅ……っアン!!早く!!」
上昇しては下降して、ついにローさんの足が波に付いた。私の身体もびしょ濡れで、生温い海水がTシャツを肌に張り付ける。ローさんは何とか力を使おうとしているが、最早全身が濡れてしまっており苦しそうに力を抜いてしまった。
成人男性を引き上げるだけの力は無くて、私は以心伝神を使う余裕も無く叫んだ。
「この! 馬鹿が!!」
「アン……!!」
「爪が甘いわボケ!」
いつにもまして口の悪いアンの姿が青い流星のように見えた。船からは光る私とローさんの姿が見えていたらしい。光輪を頭上に戴き、アンはローさんの服を噛むと、そのまま持ち上げるようにして向かい風へと引っ張った。
もはやほぼ海水に漬かってしまっている私も何とか手伝おうとローさんを押し上げる。船に近づけば、浮き輪を投げるペンギンさんと今にも荒れ狂う海に飛び込もうとしているシャチさんを止めているベポが見えて、私はほっと胸を撫でおろした。
「ローさん……!」
ロープ付きの浮き輪にローさんの身体を通して、自身も浮き輪に捕まる。アンはローさんの刀を持って、一旦船に戻った。長物が邪魔で仕方なかったのだろう。
未だ力の入っていない彼の顔を覗き込むが返事は無かった。
「ローさん!気をしっかり持ってくださいね、すぐ船に付きますよ」
「……」
「大丈夫ですからね。神の御加護がありますから!」
「……うるせェ」
「えぇ……つ、強気……」
本当に辛いのだろうに減らず口を。嵐によって波が私達を襲うたびに、ローさんは眉間に皺を寄せ力の抜けている手でなんとか浮き輪にしがみついている。そんな彼の手を握って、自身の温度を移す。口は悪いが、こんなに気力の無いローさんを見るのは初めてだ。
「キャプテ〜〜ン!!なまえ〜〜!!」
「今引き上げるぞォ!キャプテンしっかり捕まって!!」
黄色い船体の横に付きロープが引き上げられる。私は自前の羽で宙に浮かび、空に踏ん張るとローさんの腕を引っ張った。刀を置いたアンも飛んできて、ローさんのシャツの首元を噛み上げる。
「ってアン!それ首しまっちゃう!」
「グルルルルゥ」
「な、なんで言葉通じてないフリするの!?光輪繋ぎっぱなしだから分かるよ!?やめて!」
「ちっ」
アンはこんな時でもローさんに対する謎の敵対心が働いてしまうのか、それともタイミングを考えずにじゃれているのか。彼は器用に舌打ちをすると、ローさんのシャツの背中辺りを噛んで引き上げる。
ローさんは嫌そうに顔を歪めているものの、まるで抵抗を見せなかった。
船の甲板に付けばすぐさま船が動き出す。ベポくんが温度を取って嵐から逃れようと船員が船中を駆け回っている中、私とアンはローさんと共に船室へと通される。低体温症が怖くて、私は一生懸命ローさんの身体を羽で包むように抱きしめた。
光に目を細める彼の姿を見て、私は頭上の輪冠を消す。アンもそれに倣った。
「ローさん!大丈夫ですからね! 暖かいもの……!私、何か持ってきます!」
タオルを持ってきてくれたクルーさんが室内に来たのを見て、私は立ち上がった。中腰で居たため腰がパキパキと音を鳴らす。
扉を出る瞬間ローさんが何かを言ったけれど、温かいもので頭がいっぱいだった私は気づかずに廊下を走るのだった。