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「神様、神様、私の神様。教えてください。シスター達は無事ですか」
「神様、教えてください。皆は無事ですか」
「私の神様……教えて、ください」

 答えはない。蹲る私には、声を出すだけの力も無かったはずなのに。どうしてか汚い船内に、祈りの声は響く。

 貴族とやらが私を見て顔を顰めたが最早どうでもいい。ただ、ただ、誰かに返事をして欲しかった。

 ――何日海を渡ったのかすらも曖昧になるほどの嵐を抜けて、海獣とやらの襲撃に、恐ろしい病気が流行っても船は沈まなかった。
 不思議なことに私の入れられた檻がある部屋には一切の問題が起きないのだ。それに気が付いた海賊達が手のひらを返して私に頭を下げてはご機嫌を伺いに来るものだから笑ってしまう。

 やはり私は神に愛されているとでも言うのか。
 考えて、思わず嘲笑する。自分一人が無事でもしょうがないじゃない。
 体調を崩しやすい私がこの不衛生な船で、体力を奪われたまま生きていけるわけがないのだ。きっと、明日明後日にでも神の身元に召されるだろう。きっとそうだ。そうであって欲しい。これ以上は我慢ならなかった。


 それなのに。
 気が付いたら海賊達は死んでいた。
 起きている間は神に祈りを――彼らを呪っていた私は、海賊たちが死んだ理由を知らないけれど、代わりのようにやってきた身なりの良い男は私を檻越しに眺めて一つ舌を打った。

「なんとも小汚い天使サマだ。おい、これを洗って鳥かごにでも入れておけ」

 檻ごと船から運び出される。夜の闇に紛れるようにして、彼らは私を豪勢な屋敷に連れ帰った。異臭のする海辺を抜けて、高低差のある街を進み、室内に入れられるも私は微動だに出来ない。身体中から力が抜けていた。

 檻から連れ出され温かい風呂に入れられる。私はぼんやりと、赤黒く染まる泡を目で追っていた。召使達はまるで化け物を見るかのような目で私を洗っていったが、泡が白くなるにつれ、その眼差しは変わっていった。

「ほぉ……なんと美しい羽だ。顔も悪くない!次のパーティーで自慢するとしよう」

 私は人よりも虚弱な体質だったにも関わらず、貴族は金に物を言わせて私を丁重に扱った。
 繊細なペットを可愛がるように、彼らは私を見て愛でることにしたようで、淡々と身なりが整えられていく。
 梳られた髪は潤いを取り戻し、ガリガリの腕には栄養の入った管が付いた。丁寧に乾かされた羽は艶を増して、ただ背中に鎮座する。
 
 足首に繋がれた鎖は重くない。専用の、何かよくわからない鉱物で出来たそれは私の右足を彩った。
 鳥かごは広く、私が寝転がるベッドと食事用の机、椅子が入れられた。
 
 修道服以外を着ない私のために、様々な種類のトゥニカとウィンプルが用意される。中には品の無い下着のような服もあったが無視をした。無理矢理着せようとした召使いに呪ってやる、と呟けば、本気にした彼らは慌ててそれらを捨てに行った。

 食事……エサは果物が沢山と、たまに点滴。女の召使がたまに手ずから食べさせようとしたり、私を拝んでは甘い角砂糖を与えてくる。

 生活に、不自由はない。

「神様……」

 あの火事の後、どうかシスター達が無事でありますように。皆に怪我がありませんように。
 祈ることしかできない私の姿を見て貴族が笑う。
 パーティー会場の真ん中に設営された鳥かごで、手を組み祈る私を、大小さまざまな貴族が見ている。

「新しい鳥を買ったんですよ。なんとも儚い声で鳴くでしょう!ふぁーふぁふぁふぁっ!!」
「ええ、なんて綺麗な鳥なんでしょう。うちにも一羽欲しいくらいです」
「毎晩パーティーを開いて欲しいぐらいですわ!」

 ああ、不自由はないとも。

*

「なぁ、何でお祈りしてるんだ」
「……」

 何度目かのパーティー。もはや定位置である部屋の真ん中の鳥かごの中で、私は今日も祈っていた。 
 声に釣られて視線を向けると、そこには一人の男の子。
 短い金色の髪に、少し大きめのシルクハットをかぶっている。どこかの貴族の子供だろう。

 私は視線を外してまた祈り始める。
 他の貴族たちはただ私を見ているのにも飽きたのか、あちらそちらで談笑を始めていた。

「なぁ、人間、だよな?言葉わかるんだろ?」

 少年は懲りずに話しかけてきた。
 そういえば少し前、祈りを捧げることしかしない私に、「もっと鳴け、歌でも歌え」と棒で突いてきた子供も居たな。
 足首まである長袖の修道服の下は打撲の跡が絶えない。

「なぁなぁ、言葉、わかんないのか?おれ、教えてあげようか?」

 めげない声を無視して、私は神様に祈りをささげる。
 あの白い部屋が私の妄想じゃない限り、必ず神は存在する。私がこうして生きていることが証明だ。
 きっと、そうだ。そうであるなら。
 私が神様に愛されているというのなら。
 シスター達は無事であるはずだ。皆、死んでなんていないはずだ。

「おれ、サボっていうんだ。お前、名前なんていうんだ?」

 サボ。

「……!!」

 聞いたことがある。知っていたことがある。

「え、おい……だ、だいじょ、」
「そこで何してる!まさかうちの鳥に乱暴をしたんじゃないだろうね!!」
「い、いえ、おれ、声かけただけで……」

 頭を抱えて蹲る。異変に気がついた飼い主が鳥かごの外から何かを言っているが聞こえない。

「うちの鳥は繊細なんだ!!世界に一羽しかいない、特別な鳥なんだよ!無暗に声をかけないでくれたまえ!!」
「……!どう見ても人間じゃねェか!羽がついてるだけだ!!」

 取り押さえられるサボと名乗る少年。
 私を人間だと叫び、親に殴られるその姿。

 私はどうしようもなく悲鳴を上げたくなった。
 あの海賊船で絶えたと思った涙がまた溢れてくる。

 倒れ伏した彼と目があったが、涙で滲んだ視界では、彼がどんな顔をしていたのか分からなかった。
 そうしている間に鳥かごへカーテンがかかり、私は今日のパーティーが終わったことを悟った。

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