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 この鳥かごで暮らすようになって、もう1年が過ぎた。
 相変わらず貴族達は時折来てはストレス発散に私をいたぶったけれど、サボが"物置部屋"に訪れる日を待つことで心の安寧を保つことが出来た。

 貴族のやつらに、いつか天罰がくだりますように。
 なんなら今すぐにでも、私と同じ目に合いますように。
 ……私がこんな風に人を呪っていると知ったら、サボは失望してしまうだろうか?

 他力本願かつ臆病な私は、今日も今日とてサボを待ちながら、こっそりと神に祈った。


*


「アン、おれ、グレイターミナルに住もうと思うんだ」
「グレイ……なに?」
「グレイターミナル。端町よりもっと先にある場所だ。そこに住んだら、もう此処には来れなくなる」

 訪れたサボは真剣な眼差しで言った。私と同じくらいしかない背丈の彼は、けれど私より力持ちで、しっかりとしていて、そして未来の羨望があった。

「そう……なの」

 思ったよりも沈んだ声が出て、自分自身に驚く。
 お別れが寂しい。悲しい。そんな感情が思いっきり出た声だ。ぱちくり、と丸い目が瞬かれる。私も、恐らく似たような顔をしているだろう。

「おう、”そう”だ! だから、アンも行こう」

 鳥かご越しに手を掴まれる。ますます私は目を見開いて、サボを見つめた。

「逃げよう。此処から。アンはおれが守ってやる!」
「で、でも、私、目立つよ」
「でけェ服着りゃ大丈夫だろ」
「鎖もある」
「それ、ベッドの脚に繋がってるだけだ。重いだろうけど、何とかなる」
「逃がしたのがサボってバレたら……」
「おれが此処に来てるのがバレてねェんだ、バレるわけねェさ」

 思いつく限りの理由を挙げるが、サボはそのどれもが些事だとでも言うように――実際そうなのかもしれない――首を横に振った。
 私がもだもだとしている間にも、鳥かご越しにベッドの脚を掴んで鎖の先を引っ張り、着々と逃げる準備が進められていく。

 私と同じ年頃の筈なのに、すごい力だ。サボは顔を真っ赤にして腕に力を籠めると、何とも驚くことに、鳥かごの一部を歪めてしまった。

「ッハァ、ハァ、くっそォ、硬ェ。アン、これで出れるかな。まだもう少し、広げねェと無理かな」
「サ、サボ……どうして、そこまで」

 サボ一人なら、きっととっくの昔にグレイターミナルとやらに逃げ出せたのだ。
 賢い子だから、そのための準備もしてあったのだろう。
 なのにこうして、私というお荷物をわざわざ増やそうとしている。
 どうして。

「どうしてって、そりゃァ、お前……」

 サボの手が止まり、目が合う。
 ……少しの間彼の言葉を待ったが、サボは結局、続きを言わなかった。

「……良いから!これ着ろ!ゴミの中に紛れて行くからな。グレイターミナルは汚ねェし臭いけど、すぐ慣れるさ!……多分」
「あっ……」

 手を引っ張られ、私は久しぶりに鳥かご以外の地面を踏みしめる。カーペットが足の裏をくすぐった。

 あー窮屈でした!とでも言いたげに翼がばっさばっさと動くのを、私は他人事のように感じていた。

「ほら早く」

 どこから持ってきたのか、大きなロープで私と自分をぐるぐる巻きにしたサボは、私の足首についたままの鎖の先を私の左手に持たせた。さらにベッドシーツで果物や私の服をまとめて包み、私に背負わせるようにしたあと、私ごと持ち上げてしまう。
 荷物とサボに挟まれて少し苦しい。

 重くないかとか、そもそも背負ってどうするつもりだとか、言いたいことは山ほどあったが、サボが一生懸命に窓へ向かうものだから、私は何にも言えずに口を閉ざして成り行きを見守ることにした。

「……よーっし!いくぞ!」

 向かった先は窓の外。
 ……なんというか、これは。
 サボを信じていないわけではないが、さすがに。

「捕まってろよ!!」

 一般的に言う、飛び降り自殺というのものではないだろうか。

「っ……!?きゃああああ!!」
「あっ、ばか、アン、大きな声出すなって、って、うわああ!!」

 勢いづいて落ちる体は止められない。私は死に物狂いでサボに抱き着いた。
 それに驚いたサボの身体が傾く。
 翼が暴れて身体に巻き付かれていたカーテンが落ちて、バサリと宙に飛んで行った。
 
「う!お!おおおおお〜〜っ!!」

 ぎゅう、とサボを抱きしめていると、急に身体の落下が止まった。
 サボが歓声を上げる。
 何かしてくれたのだろうか。目をつむったまま開けられないでいると、今度は身体が浮いていくのを感じた。

「ア、アン!すげェ!すげェよ!お前!!」

 はしゃいだ様子のサボに、そっと目を開けると、サボは私にしがみつかれたまま辺りをキョロキョロと見まわしていた。
 つられて目線を下に向けた。街が小さく見える。風がたなびいて、私の頬を、髪を撫でる。

「お前!飛べたんだな!!」

 身の丈ほどもある翼が、力強く羽ばたいては私たちの身体を天へと押し上げていった。
 初めてだ。空を飛んだのなんて。
 けれど、一度飛んでしまうと、乗り始めた自転車のように飛び方が分かる。

「わ!私も、初めて知った……!」 

 なんとも気分がいい。初めて呼吸を知ったかのように、私は空を飛んでいた。
 風の音が耳に煩いけれど、そんなことはもう気にならない。

 風で声が掻き消されないよう声を張ってサボが笑う。

「何をだー!?」
「私が空を飛べるって、初めて知ったの!」
「そうかー!良かったな……って何だと!? 落ちるなよ!絶対落ちるなよ!!」

 私の笑い声と、サボの焦る声が空に響く。
 ぎゅう、と抱き締める力を強くした私は、煙をあげるゴミ山を越えさらに遠くにある山の中腹へと向かい空を駆けるのだった。

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