8
森の中にある大樹の洞に、私の生活スペースはある。大きな枝ぶりの大樹は雄々しく、たまに私の身体よりも大きな鳥の止まり木にもなっていた。
ぱっくりと開いた洞から差し込む太陽の光で目を覚まし、大きく伸びをして、簡素な朝食をとる。あまりお風呂に入れないのが難点ではあるが、川で水浴びもできるし、食べ物にもあまり困らない。
うん、不自由はない!
すっかり癖になったウィンプルに髪の毛をしまって、朝日に向かってお祈りをする。
神様、神様。
正直貴方を呪った日々もあったけれど、私、自分であの村に戻って、シスターたちの安否を確かめることにします。
私の神様。
もし私を見ていてくださるのなら、どうか応援してください。
洞の中から太陽に向かってお祈りをしていると、樹の下から声が聞こえた。
「お前、またやってンのか」
「! エースくん。おはよう」
「……チッ」
エースくんとサボは各々住んでいるところが別にあるらしく、こうして私の住む大樹を待ち合わせ場所に決めていた。
そして何故かいつも、二人のうち片方が私に果物や木の実を持って来る。
一応私も木に生っている果物なら取れるのだが……。
恐らく、放っておけば死ぬと思われているのかもしれない。
「ほら」
「わ! すごい、そんな大きなリンゴを持ってきてくれたの?ありがとう、エースくん」
翼もないのにするすると軽快に樹を登ったエースくんは、片手に抱えていたリンゴを数個、木の葉の包み事私に向かって放り投げた。赤い色がまぶしいこの実は、食べると何故か梨の味がする。けれど見た目がどう見てもリンゴなので、私たちの間ではこれがリンゴということになった。
エースくんは、ん、と返事をしたっきり、そのまま洞に一番近い枝に座り黙り込む。
私が言えたことでもないが、彼は無口だ。
サボが居れば、もう少し話してくれるのだけれど。どうにも二人きりでいると会話が止まる。
今まで末っ子として散々甘やかされていた私には上手い話題も思いつかず、なんとなしにリンゴもどきを撫でることしか出来なかった。
「……」
「……」
今日は、サボが遅い。
海賊貯金とやらのお金を稼いで……盗んできているのだろうか。
危ないことはあまりして欲しく無いけれど、私が言ったところで説得力は無い。それに……彼らの邪魔はしたくなかった。
まぁ怪我をされると心配で堪らなくなって口を出してしまうのだが、それはそれ、これはこれだ。
赤いリンゴもどきを撫でながらひっそりとエースくんを見やると目があった。
思わずドキリと胸が跳ねて、手から果実を落としそうになる。
「……なァ」
「っ! な、なに?エースくん」
落ちないように、けれどなるべくエースくんに近づけるように洞から身体を出す。
エースくんはそんな私をチラリと見ると、唇をにゅっと突き出した。
「お前さ、なんでおれだけ、エースクンなんだ」
「え?えっと……なんでだろう」
「おれはお前に”サン”なんてつけねーぞ」
「うん、それは別に、いいけれど」
少しの沈黙。
エースくんの……エースの言いたいことが分かった時には、彼は詰まんなそうな顔をして樹から飛び降りてしまっていた。
「おれ、サボ迎えに行くから!ついてくんなよ!」
「あっ、え、あ!」
私はサボが居ない時、危険が無い限りこの樹から降りない。
この森の危険度は到底私一人で生き残れるものではなく、樹の上ですら大蛇やら大鷲やら、常識はずれな大きさの生き物が跋扈しているのだ。
樹の上よりも大型生物が多くなるという地上に降りようとはなかなか思えなかった。それに何より……サボと約束したから。
一人のときは、樹から降りない。
けれど、今日は……一人じゃ、無いから。いいよね?
「ま!待って!」
「ッ! グェ!」
「きゃぁ!」
誰にでもなく心の中で言い訳をして、空を飛ぶというよりは滑空してエースの背中へと手を伸ばした、ら、勢い余って背中に飛びついてしまった。
背中から抱き着くような姿勢になり、急に止まれもしない私はそのままエースを押しつぶす。ズシャァッと音を立てて、エースは顔面から地面に突っ込んだ。
「っァにすんだお前!」
「ご、ごめんなさい……!! 大丈夫!?」
慌てて彼の上から降りる。
剣幕は凄いが、エースは私を殴るようなことはしなかった。サボに何かを聞いたのか、それとも元々のエースの性格なのか。
彼は短気だし暴力的だが、ポッと出の私にもとても優しくしてくれていた。
「うう、本当にごめんね。痛い……?」
ぶつけたと思われるオデコがあまりにも赤いので思わずエースに手を伸ばす。
優しく額を撫でると、エースは身体をよじって私から距離をとった。
「……っ!これぐらいヘーキだ! で!なんだよ。ついてくんなって言ったろ!」
「う、その……私も行きたい、なって」
「やだね、お前弱っちいからアシデマトイだ」
「……え、エースと、もっと話がしたいの」
そう言うと、エースは少し驚いたように口を開けて私を見た。
「だから、邪魔にならないように飛んでついていくから、ついて行っても良いかな……」
身長が同じくらいなので、地面に立つとお互いの顔が近いのがわかる。幼い子供のような主張が自分でも恥ずかしくて、彼から目を逸らすように下を向いた。
「おれは、話す事なんてねーぞ」
「私は、あるよ」
「フーン。 たとえば?」
エースも私から視線を外して歩き出す。慌ててついて行こうと翼を動かしたが、彼の歩みはいつもよりもゆっくりだ。
ひょいひょいと樹の根っこや茂みを避けては、私が付いてきているのを確かめるかのように足を止めて振り返る。
飛んで追おうと思ったが、そもそもこの密林の中で飛ぶには高度を上げないと障害物が多すぎて進めたもんじゃない。
つまりエースはそれをわかって、話せるぐらいのスピードで、かつ私のペースに合わせて歩いてくれているということだ。
「あ!えっと!エースって、いつも何食べてるの?一緒に果物、食べないし」
「肉」
「お肉かあ、そういえば私、食べたことないかも……」
「……お前、肉食べれんのか?」
どうだろう。今生において、肉類は食べたことが無いような、あるような……。首を傾げて考えてみるが、教会に居たのは5歳までで、7歳までは果物か穀物、もしくは点滴生活だったから、よく覚えていない。
「分かんない……」
「肉くわねーから、なまえ、は、そんな小せェんだよ」
もごもごと、少しぶっきらぼうに言われた言葉に驚く。今、名前を、呼びやしなかったか。
「え!あ! わ、私、今度、食べてみるね!お肉!一緒に食べよう!」
「うっせー、急にでかい声出すな!」
思わず声が大きくなる。ずっとお前、か、おい、か、そもそも呼ばれないことが多かったので、喜びも一塩だ。
エースも自覚があるのだろうか。決してこちらを振り返らない。
徐々に上がるスピードに置いて行かれないように私も走り始める。エースの軽い駆け足に対して、私は全力疾走だ。
息が上がったが気にならない。
ようやく、彼らの仲間と認められたような気がしていた。
ちなみにこのすぐあと、私は力尽きて何処からか来た大きな蛇に丸呑みにされた。半泣きで翼を動かしたが、人間の子供を丸呑みにできる蛇に勝てるわけもなく。
慌てた顔のエースと鬼のような表情のサボに助けられたけれど、全身打ち身で三日立てなくなったことを追記しておく。
やっぱり森は怖い……。
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ぱっくりと開いた洞から差し込む太陽の光で目を覚まし、大きく伸びをして、簡素な朝食をとる。あまりお風呂に入れないのが難点ではあるが、川で水浴びもできるし、食べ物にもあまり困らない。
うん、不自由はない!
すっかり癖になったウィンプルに髪の毛をしまって、朝日に向かってお祈りをする。
神様、神様。
正直貴方を呪った日々もあったけれど、私、自分であの村に戻って、シスターたちの安否を確かめることにします。
私の神様。
もし私を見ていてくださるのなら、どうか応援してください。
洞の中から太陽に向かってお祈りをしていると、樹の下から声が聞こえた。
「お前、またやってンのか」
「! エースくん。おはよう」
「……チッ」
エースくんとサボは各々住んでいるところが別にあるらしく、こうして私の住む大樹を待ち合わせ場所に決めていた。
そして何故かいつも、二人のうち片方が私に果物や木の実を持って来る。
一応私も木に生っている果物なら取れるのだが……。
恐らく、放っておけば死ぬと思われているのかもしれない。
「ほら」
「わ! すごい、そんな大きなリンゴを持ってきてくれたの?ありがとう、エースくん」
翼もないのにするすると軽快に樹を登ったエースくんは、片手に抱えていたリンゴを数個、木の葉の包み事私に向かって放り投げた。赤い色がまぶしいこの実は、食べると何故か梨の味がする。けれど見た目がどう見てもリンゴなので、私たちの間ではこれがリンゴということになった。
エースくんは、ん、と返事をしたっきり、そのまま洞に一番近い枝に座り黙り込む。
私が言えたことでもないが、彼は無口だ。
サボが居れば、もう少し話してくれるのだけれど。どうにも二人きりでいると会話が止まる。
今まで末っ子として散々甘やかされていた私には上手い話題も思いつかず、なんとなしにリンゴもどきを撫でることしか出来なかった。
「……」
「……」
今日は、サボが遅い。
海賊貯金とやらのお金を稼いで……盗んできているのだろうか。
危ないことはあまりして欲しく無いけれど、私が言ったところで説得力は無い。それに……彼らの邪魔はしたくなかった。
まぁ怪我をされると心配で堪らなくなって口を出してしまうのだが、それはそれ、これはこれだ。
赤いリンゴもどきを撫でながらひっそりとエースくんを見やると目があった。
思わずドキリと胸が跳ねて、手から果実を落としそうになる。
「……なァ」
「っ! な、なに?エースくん」
落ちないように、けれどなるべくエースくんに近づけるように洞から身体を出す。
エースくんはそんな私をチラリと見ると、唇をにゅっと突き出した。
「お前さ、なんでおれだけ、エースクンなんだ」
「え?えっと……なんでだろう」
「おれはお前に”サン”なんてつけねーぞ」
「うん、それは別に、いいけれど」
少しの沈黙。
エースくんの……エースの言いたいことが分かった時には、彼は詰まんなそうな顔をして樹から飛び降りてしまっていた。
「おれ、サボ迎えに行くから!ついてくんなよ!」
「あっ、え、あ!」
私はサボが居ない時、危険が無い限りこの樹から降りない。
この森の危険度は到底私一人で生き残れるものではなく、樹の上ですら大蛇やら大鷲やら、常識はずれな大きさの生き物が跋扈しているのだ。
樹の上よりも大型生物が多くなるという地上に降りようとはなかなか思えなかった。それに何より……サボと約束したから。
一人のときは、樹から降りない。
けれど、今日は……一人じゃ、無いから。いいよね?
「ま!待って!」
「ッ! グェ!」
「きゃぁ!」
誰にでもなく心の中で言い訳をして、空を飛ぶというよりは滑空してエースの背中へと手を伸ばした、ら、勢い余って背中に飛びついてしまった。
背中から抱き着くような姿勢になり、急に止まれもしない私はそのままエースを押しつぶす。ズシャァッと音を立てて、エースは顔面から地面に突っ込んだ。
「っァにすんだお前!」
「ご、ごめんなさい……!! 大丈夫!?」
慌てて彼の上から降りる。
剣幕は凄いが、エースは私を殴るようなことはしなかった。サボに何かを聞いたのか、それとも元々のエースの性格なのか。
彼は短気だし暴力的だが、ポッと出の私にもとても優しくしてくれていた。
「うう、本当にごめんね。痛い……?」
ぶつけたと思われるオデコがあまりにも赤いので思わずエースに手を伸ばす。
優しく額を撫でると、エースは身体をよじって私から距離をとった。
「……っ!これぐらいヘーキだ! で!なんだよ。ついてくんなって言ったろ!」
「う、その……私も行きたい、なって」
「やだね、お前弱っちいからアシデマトイだ」
「……え、エースと、もっと話がしたいの」
そう言うと、エースは少し驚いたように口を開けて私を見た。
「だから、邪魔にならないように飛んでついていくから、ついて行っても良いかな……」
身長が同じくらいなので、地面に立つとお互いの顔が近いのがわかる。幼い子供のような主張が自分でも恥ずかしくて、彼から目を逸らすように下を向いた。
「おれは、話す事なんてねーぞ」
「私は、あるよ」
「フーン。 たとえば?」
エースも私から視線を外して歩き出す。慌ててついて行こうと翼を動かしたが、彼の歩みはいつもよりもゆっくりだ。
ひょいひょいと樹の根っこや茂みを避けては、私が付いてきているのを確かめるかのように足を止めて振り返る。
飛んで追おうと思ったが、そもそもこの密林の中で飛ぶには高度を上げないと障害物が多すぎて進めたもんじゃない。
つまりエースはそれをわかって、話せるぐらいのスピードで、かつ私のペースに合わせて歩いてくれているということだ。
「あ!えっと!エースって、いつも何食べてるの?一緒に果物、食べないし」
「肉」
「お肉かあ、そういえば私、食べたことないかも……」
「……お前、肉食べれんのか?」
どうだろう。今生において、肉類は食べたことが無いような、あるような……。首を傾げて考えてみるが、教会に居たのは5歳までで、7歳までは果物か穀物、もしくは点滴生活だったから、よく覚えていない。
「分かんない……」
「肉くわねーから、なまえ、は、そんな小せェんだよ」
もごもごと、少しぶっきらぼうに言われた言葉に驚く。今、名前を、呼びやしなかったか。
「え!あ! わ、私、今度、食べてみるね!お肉!一緒に食べよう!」
「うっせー、急にでかい声出すな!」
思わず声が大きくなる。ずっとお前、か、おい、か、そもそも呼ばれないことが多かったので、喜びも一塩だ。
エースも自覚があるのだろうか。決してこちらを振り返らない。
徐々に上がるスピードに置いて行かれないように私も走り始める。エースの軽い駆け足に対して、私は全力疾走だ。
息が上がったが気にならない。
ようやく、彼らの仲間と認められたような気がしていた。
ちなみにこのすぐあと、私は力尽きて何処からか来た大きな蛇に丸呑みにされた。半泣きで翼を動かしたが、人間の子供を丸呑みにできる蛇に勝てるわけもなく。
慌てた顔のエースと鬼のような表情のサボに助けられたけれど、全身打ち身で三日立てなくなったことを追記しておく。
やっぱり森は怖い……。