10 改かくはしんちょうに
働き方改革を進めたいと思います。
「は?」
心地のよい風が俺とエネルの間に流れた。
流したのは当然俺だ。
いや簡単に言ったけれど、風を作るのって思っているより難しいんだからな。凄い力がいる。腕力を使っている気がする。
エネルは片耳に小指を突っ込んで首を傾げた。行儀が悪いからやめなさい。
「あー……?」
「聞き間違いではありません。働き方改革を進めたいと思います!」
青海から空へと"流れ"着いたメガネをカチャリと手で押し上げて、俺はドヤァ、と言わんばかりに胸を張った。勿論反対の手は腰にある。
そんな俺を見て何を思ったのか、エネルは大きく、それはもう大きくため息をついて俺を指差し、わざとらしくオームへと目線をやった。オームはそれを受けて肩を竦める。隣にいたサトリもそれに習い、シュラはそもそも目が合わないよう顔をそっぽに向けていた。
何だよお前ら。働き方改革大事だぞ。俺の隣で、俺と同じように腰に手を当て頷いているのはゲダツだけだ。何か知らんがムームー言っている。俺はそれを無視して、無理矢理話を進めた。
「働き方改革を!進め!ます!!」
「アー……聞くだけ聞いてやろう」
「定時退社!サービス残業撲滅!神隊に休暇をー!」
「最後以外はまるで意味が分からん。造語を多用するなと昔から言っているだろう。……が、言いたいことは分かった。聞いてやったから其処らで遊んでいろ」
「なんっっでだよ!意味が分かったなら改革しようぜ」
俺はかけていた眼鏡を地面へと投げ捨てた。呆れたように頭を振ったエネルは、付き合ってられんとでも言いたげに俺に背を向け片手を振った。
「する必要性が見受けられん。以上、解散」
「ハイ集合!!」
本当に解散しようとした神官たちを声で引き留め、去ろうとしたエネルの腕を掴んで無理矢理この場に押し止める。エネルはそれはもう嫌そうに顔をしかめたが俺の腕を引き離そうとはしない。その優しさの百分の一で良いから神隊に分けてあげて。
現在神隊は方舟作成のため過剰とも言える労働を課されている。「お前も頭に入れておけ」とエネルから図面を渡されたのは記憶に新しく、船首?の部分の顔が2つあったのを見て爆笑してしまった。シュールが過ぎんだろ。一つでも充分笑えるのに。
まぁそんなわけで、実物を見たくなった俺は神兵の制止を無視して作成現場に押し入ったのだ。
そこで見たのは、まさしくブラック企業のオフィスのような有り様だった。
いやもうブラックとかそういうレベルじゃない。普通に奴隷。流石に鎖に繋いだりはしていないけど、めっちゃ奴隷。嫌なもん見た。俺はエネルと似た顔をしかめて、着いてきたヤギ神兵へ声をかけた。
「……これ、誰の指示よ?」
「ハッ、雷神エネル様でございます」
「工期こんな短かったっけ?あと五年はかかる計算だったよな?」
「ハッ、エネル様より工期の短縮を指示されております」
その言葉に両手で頭を抱えた。
ただでさえビルカを出たのが二十七歳と"原作"より四年早いのに。これ以上時間を早めてしまうと俺の知っている原作が変わってしまう。
最早良く覚えちゃいないけれど、確かこの空で金をゲットした主人公達は、そのお金で船を新調するんじゃなかったか。あれ、でも俺ら遺跡の金は殆んど回収してるよな?社に襲撃くるんだっけ?
まぁ未来の話は良いんだ。正直そこまで原作へのこだわりも……少しはあるけど、本当に少しだけだし。
ただ、彼らを酷使してまで早めたい理由もない。
「……ぃだ」
「えっ?」
神兵の一人が聞き返す。俺はギロリとそいつを睨んで、作業所中に聞こえるよう声を張った。
「きゅ!う!け!い!だ!!」
「えぇぇっ!?」
「ええいお前ら、神の御前だぞ!おら!手ェ止めろ!座れ!おいそこの神兵、果物持ってこい適当に!」
「え、あ、は、ハィ!!おい、誰かゲイア様に果物を!」
「此処に居る全員分に決まってんだろ!疾く持て!」
そこまで言えばヤギ(神兵)は慌てたように走り出した。監督役をしていたらしい者もあわあわと労働者の手を止めさせている。
俺はズカズカと中に入って適当な広場にどかりと腰を降ろした。「綺麗な布を持ってこい!ゲイア様の衣服が汚れる!」と悲鳴のような声が神兵から飛んだかと思えば、侍女と思わしき女が赤い布を抱えて走りより、俺を立たせてその下に引いた。かと思えば果物の盛り合わせ、水の入ったデキャンタ、団扇等その他もろもろがあっという間に揃っていく。
にわかに騒がしくなった工事現場は、なんと言うことでしょう、まさしく俺の謁見の間のような様相になっていったのでした。
やだ、俺(エネル)の部下ってば有能すぎぃ。
満足気に頷いていると、ポカンと口を開けて此方を注視している神隊の一人と目が合った。そいつを手招きするが、男はビクリと肩を震わせその場で平伏した。いや来いって。許すから。
「近くに寄れ、直答を許す」
「え、あ……は、はい……」
「いつも何時間働いているんだ?」
「えっと、その……」
男が言葉に詰まる。俺のサイドを固める神兵やら侍女やらに威圧されているのだろう。俺はひらひらと右手を振ってそれを止めさせた。
怒らないと誓うから真実をありのままに話せ、と気持ち優しく伝えれば、男は恐る恐る口を開いた。
「起きて、朝食を食べたら働き、夜になれば夜飯を食べて眠ります、ので、時間は……す、すいませんっ」
「なんてことだ……」
まじで奴隷じゃねーか。え?この人たち元近衛的な立場じゃなかったでしたっけ?
「改革が必要だな……いや、良い。教えてくれてありがとう」
「は、はいっ」
平伏したままの男はただただ俺を……エネルを?畏れているようだが、全員が全員そうではないだろう。流石に反乱されるのは困る、が、奴隷扱いも止めさせたい。どうしたものか。
「……とりあえず、今日から俺が此処に来たら休憩だ!良いな!」
「は、ハッ、ですがゲイア様……」
「"ですが"?」
「いえ!休憩には賛成でございます!ですがその頻度に寄っては工期に遅れが出るかと!」
「いいよ。エネルには俺から言っとく。それとも、風神の言うことは聞けない?」
「とんでもございません!!」
「うんうん、嬉しいな。じゃあこの果物の処理を皆でするよーに。捨てんなよ」
「ハッ!」
ヤギは勢い良く敬礼をして俺の横から果物の盛り合わせを運び出した。
うんうん、休憩大事だからね。エネルくんには俺が駄々こねておくからね。
満足そうに笑ってみせて、俺はだらりと身体を横たわらせ目を閉じた。こうして寝ちゃえば彼らも大きな音が出る工事は続けられないだろう。
涅槃のポーズを決め込んだ俺は心鋼も使えないので、本当に周りの様子が分からなくなる。そしていつしかイビキをかき出すと、周りは困惑をそのままに休憩することになったのだった。
……そして時間軸が戻る。
「エーネールー、なぁ、別に急がせる理由なぞ無いじゃないか」
「遅くする理由も無いだろうが。それにマクシムの完成は早ければ早いほど良い」
「フェアリーバースは逃げないぞ」
「……誰のせいだと……いや、良い。が、その改革は不要だ。気になるのならお前が通えば良いだろう」
「それだと家に帰せないだろう。なーぁー、慈悲があると言ったじゃないか!な、な、頼むよ」
駄々こねなう。エネルの右腕を両手で掴んで、母に菓子をねだる子供のように揺れながら言えば、エネルは左手で自分の顔を覆った。ええい見苦しい!と振り払われた勢いそのままに俺は地面に倒れ、わざとらしくしなを作って涙を拭うフリをする。
「酷いわ!俺とのことは遊びだったのね!」
「はぁ……妙に疲れる。おい、このバカに意味のわからない遊びを教えたのは誰だ」
「恐れながら、ヒルドラごっこというものをゲイア様が御自身で流行らせようとんんんんんんーん」
「ゲダツ、口は開け。 エネル、なぁ、俺も別に彼らを働かせることに文句があるわけじゃないんだ。家に帰せないならそれはそれでしょうがないことだと思っている」
うっかり!と目やら口やらを開いたゲダツを無視して立ち上がる。お前ほんといい加減にしろよ。
俺は味方を作ろうとサトリの隣に並び、その肩に手を置いてにっこりと笑った。それを見て嫌そうな顔をしたサトリは「ほっほほぅ……私を巻き込まないでくださいよぅ」と嘆くように呟く。いつもエネルの戯れから助けてやってんだろ。今度は俺を助けろ。
サトリを巻き込んだまま、まるで舞台俳優のように大袈裟な仕草で俺はエネルを振り返った。
「だが、家に帰せないなら帰せないで、もう少し待遇の改善をはかってやりたいんだ」
「……」
最初に大きな無理難題をつきつけて、その後に「まぁそれくらいなら……」と思わせる程度の提案をする。昔から俺が良くやる得意技だ。しょうもないと言うことなかれ。割りと効くんだぞ。
エネルには種がバレているけれど、四神官はそうじゃない。俺にもエネルにも敬服してくれている(と思う……)彼らは「まぁ、そこが落とし所かな」ぐらいには思ってくれているはず。
どや?どや?とエネルを見つめていると、エネルはゴミを見る目で俺を見返した。
兄に向ける目じゃ無いぞそれ。
「ならば、これから神隊の管理はお前に任せる」
「えっ」
「あとで文官に神隊の名簿やらマクシムの仕様書、金の在庫やらを纏めたものを届けさせる」
「えっ」
「神隊の管理をしたいのだろう。当然奴らが作業をしているマクシムの工務もお前が管理しろ」
「えっ」
じゃ、あとは任せた。サトリとゲダツはゲイアの面倒を見よ。そう言って今度こそエネルは雷になって去っていった。
「……えっ」
お、思てたんと違う……。
立ち尽くす俺を置いて、気づけばサトリもゲダツも、その場から消え去っていた。う、裏切り者ォ……!