11 止まらぬとけい
眼下に広がる白い海。俺の常識からでは信じられないその海は、今日も静かに風に揺られて波を打った。
そこに浮かぶのは船だ。今生では見たことがないほどの大きな船は、今やその役目を終え、至るところにヒビが入ってしまっている。
「容赦ないなァおい」
「ゲイア様、御身が自らいらっしゃらなくても、珍しい物は私どもがお持ちしましたのに」
玉雲に腹這いになってぷかぷかと浮いた俺に、神兵達が困ったように声をかけた。
いやいや、いつも面白いものを持ってきてくれるのは嬉しいけど、今日は船そのものを見に来たんだよ。こればっかは社には持ち込めないからな。
解体されていく船は、木材は方舟の材料に、金属は神の社に、その他色々、細々と分けられエンジェル島やらアッパーヤードやらに運ばれていく。
乗組員?悲しきかな、彼らは法を守らない海賊だったので白い海に消えていきました。なむなむ。
「ははは、俺のことは気にするな。こうして船を見ていたいんだ」
「へそ、かしこまりました!ですが一人で森には入らないでくださいね!」
「もう迷わねーよ!」
不敬!と言いたいところをグッと堪えてヤギの耳を引っ張った。何故か嬉しそうな顔をしているのがよりムカつく。
以前森に入り迷子になって、ついでにゲリラから追われていたところを保護された俺は、エネル他神官達から一人で森に入るのを禁止されていた。
むぐぐぐ。心鋼さえ使えれば俺だって!
と、思いつつも、無いものは無いでしょうがない。
俺は大人しく玉雲の上で、船がただの木材になるのを見届けていた。
……方舟の完成に必要な分の金は。木材は。あとどれぐらいなのだろう。
俺とエネルがこの地にやって来て五年。原作より四年も早くにこの地へやって来てしまったから、原作がやってくるまでの少なくともあと五年は必要だ。
この五年の間に、スカイピアを訪れた船の数は両手の指で事足りる。
その中で乗組員が元気だったのは僅か二隻。ついでに金を払った海賊達は三隻。しっかりしゃっきり無事に……あのタコで落下することを無事と言えるのなら、無事に青海へと帰っている。法を整備した甲斐があったね!
そう、法を改正する際に、珍しく俺も口を出したのだ。その珍しっぷりにはエネルも「好きにしてみろ」と丸投げしてしまうほど。いやちゃんと相談はしにいったけどね。
俺が作った法は、元々あったスカイピアの法を色々と弄った物だった。
その殆んどは既存の内容を俺たちに都合の良い内容にすこーし改変しただけで、新たに作った法はほんの少し。
一つ、青海の海賊(普通の船含む)はスカイピア入国の際、金銭を支払うこと。金額に応じた物品でも可。
一つ、青海の海賊が罪を犯したら、必ずホワイトベレー、及び神の兵に届けること。
他にも細々としたものがあるけれど、主な変更は此処だ。
だって、青海の海賊だよ?主人公以外にもヤバい海賊は沢山居たと記憶しているし、そもそも上空一万メートルに海があると信じて、生身で飛んで来るような奴らだぞ。頭がおかしいとしか思えない。
そんな奴らがこの国にやって来て、穏便に帰ってくれるか?
断じて否!絶対暴れるなり問題起こすなりするに決まってる!
しかし、わざわざ入国の際に金を払うならば、きっと交渉だって出来るだろう。
つまり我が国のルールに従いますよ、って言ってるのと同じだからな。
んで、払わなかった、もしくは払えないからどうしたら良いか、などの申告が無かった者に関しては監視をつける。
相手は賊なんだから、いきなり雲流しにしたりはしない分、かなり温情がある法だと自負している。
初めてこれをエネルに伝えたときは何故か高笑いを始めたっけ……。
やはりお前は私の兄だな、とか何とか言って。改めて言わなくても元からお前のお兄ちゃんですよ。
そんなことをつらつらと考えていれば、いつの間にやら船は半分以上が消えていた。
玉雲の下でヤギの顔をした神兵が俺を呼んでいる。お前らマジで見分けつかねェな。
「ゲイア様、御思案中申し訳御座いません」
「ん……?なに?」
「どうやら資源を求めて、ゲリラの連中が此方に向かっているようです。急ぎ神の社へ……」
神兵はそこまで言ったところで、吊り上がった目をギロリと鋭く横に流した。他の神兵達も同じだ。皆同じ方向を見ている。
俺から見て左、アッパーヤードでもエンジェル島でも無い、白い海の向こうから、彼らはボードを巧みに操り飛沫を上げ、此方に向かって来ているのが俺の目でも見えた。
「はぁーん、あんな遠くにいるのに分かるのか。お前やるなぁ」
「メェっ!?い、いやぁそんなぁっ、ゲイア様に褒められるほどではっ!えへへ、メェへへへへへ」
可愛いようで可愛くないヤギはデレッと表情を崩してぐねぐねと身体を悶えさせた。他のヤギが一斉に海から視線を離し、褒められたヤギをそれはもう恐ろしい形相で睨む。
いやそんなに喜んで貰えるならいくらでも褒めるんだけどね。でもその動きはキモいからやめようね。
彼らの視線が逸れた隙を狙って、背中に隠した手のひらを小さく振るえば、此方に向かってきているゲリラの足元が不自然に止まった。
彼らの周りだけ空気を薄くしたのだ。
きっと急な寒さに見舞われ、敏感なやつは頭痛や吐き気を催したろう。
そのまま帰れー。帰って寝ろー。
俺は我も我もとアピールをし出したヤギ達をあしらいつつ、ゲリラカエレ!の呪文を唱える。無用な争い駄目絶対。
「分かった分かった。お前たち神の兵が精強で、俺は嬉しいよ。さ、神隊の皆も良く頑張ってくれたことだし。アッパーヤードへ帰ろう」
エネルが恐い分、出来るだけ優しさを込めた笑みで神隊達を見回す。彼らは顔をパッと明るくしたかと思うと、すぐさま俺から目を離した。
あー……分かる。分かるよ。俺とエネルそっくりだもんね。エネルが慈悲深い笑みとかしてたら俺だって笑っちゃうもんね。
「残りは小さくして、森の肥料にでもすればいいよな」
玉雲に腹這いのまま、雑に右手を船へと向ける。
「ッッ!総員待避ーッ!!」
慌てて待避を告げる神兵に、大袈裟だなぁと苦笑いしてその手をぐっ、と握りしめた。
バキバキと音を立て船が縮む。にわかに熱気が辺りを包み、神隊も神兵も白海へと身を投げた。
彼らは巻き込まぬよう局地的に空気を圧縮しながら、昔、深海何千メートルにカップ麺を置いたらどうなるか、なんて実験をテレビで見たことを思い出していた。
流石にあそこまで小さくは出来ない。いまだに制御が甘いんだよなぁ、俺。
「こんなもんか」
パッと手を開けば、バンッ!!と音を立て集めた空気が勢い良く逃げ出していく。それは暴風となり、船の欠片を飛ばし、波を高く遠くへと流していった。
これでゲリラも今日はやめとこ、ってなるだろ。なってくれ。
吹き飛ばされそうになった神隊の何人かを空気のクッションで捕まえながら、俺は見えもしない波の向こうを眺めていた。
原作が来たら、君らも上手いこといくからな。今だけは俺とエネルを存分に憎んでくれよ。