05 つきの兎ようつろうものよ
俺とエネルが、その存在を知ったのは、普段俺達が生活している”神の社”にある書物室だった。
「……フェアリー、バース」
遥か空の彼方。別名を月。この星を飛び立ち、いずれ弟の向かう場所。
俺はそれにある記述を見て、ついに知られてしまった、と思った。
「ヤハ、ヤハハ、ヤハハハハハハ!見ろ!ゲイア! 幼き頃、お前は私に話して聞かせたな。神の話を。遥か遠い、空の下にあるという夢物語を」
「……あぁ」
しまった。しまった。今、俺達は何歳だったか。二十は超えて、すっかりこの社でも俺とエネルは神のごとき――それはもう、本当に神を仰ぐような扱いを受けている。
そんなエネルに隠しごとの出来る存在などいない。この書物について調べたいと言えば、きっと詳しい老人が話をしてくれるだろう。俺は高笑いするエネルを横目に、急に月へと飛ばされたかのように、呼吸が苦しくなった。
「どうしたゲイア?嬉しくはないのか」
「嬉しい?どうして俺が、月の存在を見て喜ぶと思ったんだ?」
「おかしなことを言う。お前が、幼い頃から夢見ていたのだろう。神々の国を。国を束ねる者としての意味でない、神の存在を」
ひゅっ、と音がして、気道に流れ込んだ空気が俺の喉を鳴らした。
まさか、俺が?俺が居たから、エネルは神を気にかけるようになったのか?
もしかして、原作にも俺がいた?そして、エネルに、この故郷と共に沈められた?
そんなまさか、と思いつつ、俺はその考えを否定できるだけの材料がない。
黙り込んだ俺を不審に思ったのであろうエネルは、手に抱えていた数冊の本を側近に投げ渡すと、俺の額へと手を当てた。俺が昔エネルの熱を測る時、こうして額に手を当ててやった時から、お互いの熱を測る時だけはこうしていた。
「熱は無いな。おい、そこの。ゲイアの気分が悪い。部屋に果物を持ってこさせろ」
「ハッ」
「あ、え、エネル。いいよ、ごめん。なんか……驚いてしまって」
慌てて首を振るも言いつけをされた神官はもういない。エネルは再度、同じ高さにある俺の顔をじろりと見やると、片眉を上げて俺の瞳を覗き込む。
男兄弟二人でやる仕草じゃないんだよなァ。意外とエネルってお兄ちゃんっ子だから……。いや普通に気まずい。
先ほど考えていたこともコトなので、俺はスッと目を右に逸らした。
「隠し事があるな」
「ないよ」
「ほう、この私に嘘までつくか」
「俺はエネルには嘘はつかない」
「心音が早くなった」
「もー、マジその心綱ずるい。俺も覚えたい」
「この社で覚えていないのはお前か童ぐらいのものだ」
どこの名探偵だよと言いたくなるような問答を経て、俺はエネルの肩に担がれ書庫を出た。正直よくある光景すぎて、神官たちも見て見ぬふりが上手くなった。
お互い女性にも苦労しない立場であるし、エネルも年齢よりは遊んでいる。けれど本命とか嫁とかが出来ないのは、やはり同じ年の兄への距離感がおかしいからなんだろうなァ。
俺はエネルが運びやすいよう自身の中身を空気のように変えながら、ぼんやりとそう思った。
空には月がある。いつも変わらぬ遠き地が。