memo

▼2024/09/13:型に嵌まらないタイプの凡人

九月も半ば。皆様いかがお過ごしでしょうか。
札幌は随分と秋めいてきた。前回の記事でも書いたが、大通公園ではオータムフェストの真っ最中である。美味しい物が山の様にある会場へはいく心算が無い。私はこれから五か月と少し、ダイエットに励むのだ。どうしてかと言うと、

米津玄師さんのライブのチケットに当選したからである。

今回のライブツアーは全国の『ドーム』で行われる。私が当選したのは札幌ドームの回だ。昨日当落発表があり、見事当選した私は早速入金を済ませた。これで大手を振って推し活の準備ができる。
いつもの事ながら、米津さんのライブチケットはかなりの倍率らしい。私は最新アルバムをフラゲして封入されていたシリアルコードで応募している。札幌ドームは今までの会場よりも何倍もキャパシティが大きく、それ故なのか当選した。非常に嬉しい。今回のライブツアーは前回までと違い、一次先行と二次先行が用意されている。一次先行で落選しても、同じシリアルコードで二次先行へ応募できるのだ。或る種救済措置だろうか。
札幌ドーム公演は来年の2月。それまでに自分を最高の状態にしたい。お肌や髪の毛に関しては大分コンディションが良いのだが、問題は体型だ。流石にこれはまずい、と言い続けて早何年になるか。恐ろしいので考えたくないが、現実は程々に見なければなるまい。
今度のダイエットでは家族の協力が得られているので、まずまず順調な滑り出しだ。同居の祖母はおやつや菓子パンを買って来なくなったし、私の運動の邪魔もしないし、家事も運動になるので掃除を任せてくれたりする。今度こそ痩せるし、痩せてもっと自信をもって好きなお洋服を着こなしたい。
米津さんのライブ以外にも痩せるモチベーションがある。つい最近お気に入りのお洋服屋さんがリニューアルオープンしたのだが、そのお店では依然扱っていなかったロリータのラインが入荷するようになった。飛び切り可愛くて、ロリータ服にしてはお手頃価格で、何と家で洗えるものもあると言う素敵なラインである。私は何着か持っているそのラインのお洋服を大切に着ているが、これまではお取り寄せするしかなかったのが直接店頭で見て買えるのだ。何と素晴らしい。
そのお店のロリータ服は、正直ふくよかな人にも優しいサイズ感だ。でもやっぱりもうちょっとくらいはスリムな方が可愛く着こなせるし、お洋服も喜びそうな気がする。誰かを可愛くしたいとの意思がお洋服達にあるのなら、私はそれに応えたい。

話は変わって。
最近ちょいちょい驚くようなことが起こっている。驚くようなとは言うが、本当にちょっとした事だ。商業施設でトイレの個室に入ったら高額紙幣が落ちているのを発見するとか、電車の女性専用車両に乗ったら目の前に男性が乗っているとか、道端で出逢ったわんこが可愛すぎて思わず『可愛い〜』と呟いたらわんこが寄って来て飼い主さんに「そうなんですありがとうございます〜」と即座に気付かれるとかだ。
トイレの個室に落ちていたのは六千円だ。五千円札と千円札が重なって畳まれて落ちていた。一瞬、隠しカメラでもあるのかと個室内を見回した。よくよく考えると女子トイレの個室にカメラなど仕掛けるわけも無いのだが。驚き過ぎた。急いで用を足して個室から出て手を洗い、女子トイレ内に響き渡る声で落とし主を探したが、落とし主は現れず。案内所へ持って行き忘れ物センターに届けてきた。その際係の方に
『もしもこのお金の持ち主が現れなかったら、一定期間ののちに貴方の物になるんですが、その権利はどうしますか?』
と問われたが正直面倒に感じて(警察へ行かなくてはならない為)「放棄します」と即答して帰って来た。普通にびっくりしたし六千円も紛失するとか落とし主の方が可哀想すぎる。二人暮らしの一週間の食費くらいなら賄えるでしょうと思った。
よく、日本はお金とかお財布を落としても高確率で持ち主の元へ戻ってくる稀有な国とか言われるが、こういう事かと思った。ネコババする人も居るんだろうけど、私は出来なかった。もししていたらずっと見張られている気分になって楽しんで消費が出来ないだろう。大人しく届け出て良かったと思う。
そして、私は電車に乗る時は女性専用車両に乗りたい派の女子なのだが、この前の朝女性専用車両に乗り込んだら目の前に高齢の男性が座っていた。思わず二度見した。真っ先に考えたのはこの男性が身体に不自由を抱えているのかと言う可能性だ。なのでヘルプマークを身につけていないか探したがそれも無く、しかし優先席が開いているのでもし必要ならば其方へ誘導しようかとスマホに『何処かお身体が不自由でしょうか? 此処は女性専用車両なのですが…』と入力して男性に見せてみる。男性は老眼鏡を外して文字を読み、次いで私に謝罪して周囲に何度も頭を下げ隣の車両へ向かった。特に怪我などなくてよかったと思った。
そして直ぐに隣に立っていた若い女性に『ありがとうございます』とお礼を言われて一瞬不思議に思うが、彼女は空いた席に腰掛けマスクを外す。顔の下半分が血まみれだった。どうやら鼻血が出て止まらなかったらしいと気付いて、直ぐに鞄に入っていた総てのポケットティッシュを取り出し手渡し「全部使っちゃっていいです」と言えばまたお礼を言われる。気分は悪くないかとか何処かにぶつけたのか乗務員を呼ぶべき事態かとグルグル考えていると、彼女は小さなビニール袋を取り出す。ごみ入れにするようなので、私は袋を広げて手伝った。やがて処置が終わるが彼女の可愛いワンピースに血液が零れてしまっていたのでスマホで落とし方を検索し、直ぐに洗えるなら水だけでも落ちる事、落ちない場合は食器用洗剤や大根おろしの汁でも落ちる可能性があると伝えた。この時彼女の隣の女性も同じように検索していた。
私と同じ駅で下車するとの事だったので、一緒に降りた。別れ際「ありがとうございました!」と言われて、つい照れてしまってあまりスマートな対応は出来なかったが、気分は晴れやかだった。

こんな感じの出来事の後で道端のわんこに「可愛い〜」と呟いたら飼い主さんの耳にも届いてしまい「そうなんです可愛いんです〜」と愛犬へのラブを叫ばれ、わんこは尻尾を振り振りして「そうなの僕可愛いの〜」と撫でさせてくれた。とんでもなく可愛かった。あんなに愛想の良いわんこは久しぶりだ。飼い主さん曰く「優しいお姉さん大好きだから」との事で、まだ私はお姉さん≠ニ呼ばれる歳なのだなと妙に嬉しかった。まあ、初対面の女性に対する呼称はお姉さんが安牌だろうとは思うが。
その他にもちょいちょい善行を積んでいたらライブのチケットに当選したので『計画通り』の顔になった(このネタ通じる人今どれくらいいるの?)。私はこの為に善行を積んだんですよ! そりゃあ、良い人でもありたいけど!

そしてこの前、前の病院からの紹介状を持って新しく通おうと思った病院へ行ってきた。家から徒歩で行ける上になかなか良い病院だった。診察の前準備と言うか、きちんと診察してくれようとしていると分かる対応をしてくれたのだ。問診票は表裏二枚ずつあり、それに記入したら心理テストを二種類行ない、結果をもとに診察。とても丁寧な先生だった。専門用語は分かり易く噛み砕いて伝えてくれたし、話し方は穏やかだけど言うべきことは言ってくれる。薬や病名への疑念も汲み取ってくれて、『発達障害』『定型発達』『非定型発達』の括りや定義についても教えてくれた。私が検査を受けた場合、属するだろうと言われたのは『発達障害』ではなく『非定型発達』の部分だろうと言われ、初めて言葉の定義を知った。所謂定型発達には属さないだろうと思っていたが、お恥ずかしながら非定型発達はイコールで発達障害と言うもんだろうと思っていたら違ったのだ。発達障害は非定型発達の中のほんの一握りの人が属するらしい。私は以前自分をASD(自閉スペクトラム障害)ではないかと疑ったが、診察時の様子や紹介状を鑑みるにASDには該当しないし、ADHDでもなさそうらしい。意外だった。
でも少なからず特性があって、心理テストの結果では「この数値が出る人は『生き辛いタイプ』ですね」とのこと。私の場合は過去のトラウマや実父との関係性や父方からの遺伝が関係している可能性が高い。父方はまあ、警報に触れた人も居れば民法に触れた人も居るので……
そして先生は私を『言いたい事をズバズバ言えちゃう人』『自由奔放な子供と厳しい親が同居してる』と評した。言いたい事をズバズバ言えちゃうのは、周囲がその言葉を聞いてどう思うかを考慮しづらいと言う事で、私に友人が少ない理由の一つはこれだと思う。そして厳しい親は自分に対しても他人に対しても不寛容だ。誰かがミスをする事をあまり許せないし、自分も同じく。誰でも間違いはあると頭ではわかっていても自分にも他人にも完璧を要求する。0か100か。白と黒の思考である。どんなに研鑽を積んで様々なケースに対応してきた人であってもミスはある、でもそれを受容できない自分は結構子供だよなぁと思わざるを得なかった。
他にも処方内容を変更すべきかもしれない事や、カウンセリングを受けるなら心理士さんにつなぐとも言ってくれたので、この病院に通おうと思った。勿論、期待はし過ぎずに。
診察を終えて待合に戻った時、病院に抱いた第一印象の『綺麗な病院』と思った理由が少しわかった。埃が落ちていないとかだけじゃなく、掲示物がどれも新しく、整った状態なのだ。カレンダーも様々な資料もきちんと手が行き届いている。何かの講演会のパンフレットも見かけたが、どれも開催日を過ぎてはいなかった。ポスターの端が破れているとかも無い。きちんと管理されていると感じて、身形へのこだわりが好印象へ繋がるのと同じだと思った。

多分、私は運が良い方なんだと思う。或る程度都会に住んでいて、選べるくらいにはメンタルの病院やクリニックが身近にあり、障害福祉へ繋がる事も出来て、自分で調べられる程度にはデバイスが扱える。制度や法律も教えて食える人が居て、何より家族の理解がある。友人も多くはないけど深く付き合っている人たちがいる。

自分が幸せじゃないと他人の幸せを祝えないと思うし、他人の幸せを願えなかったら自分の幸せを喜んでもらえない。後半は生きる上のモットーの一つだ。
私が生きる世界は時々とんでもなくクソだけど、とんでもなく素晴らしい時もある。どちらでもない時もある。ただ、本当に終わるまでは終わりじゃないから、最後まで足掻こうと思う。取り敢えず、明日はPINKHOUSEのお洋服を見に行きたい。


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