▼2024/09/15:幸運だと思うならそうなんじゃない? 不幸と思うよりは健全でしょ
ダイエットに更なる気合いを入れてから、夜に甘い物を食べたいと思わなくなった。以前はお風呂上がりのアイスクリームは至高の存在だったし、毎日毎日おやつは欠かさなかった。朝食は菓子パンをよく食べていたが、そもそも一個では済まないので一度に三個とか四個も食べていたから、正直よく糖尿病などにならなかったな、と思う。今は自分史上最高の体重を記録してしまっているので、本当に来年の二月までに10kgくらい落とさないと洒落にならない。洒落怖はネット上で語られる怪談話で充分だ。
私はぱっと見でボディサイズが判り辛いと言うか、かなり着痩せしてしまうところがある。ボトムのサイズはLかMだが、以前はSやXSが余裕で入っていたことを思うと、非常にこれまで(特に休職した頃からの自分)を後悔している。一日に七時間の立ち仕事がなくなるだけでこんなにも消費カロリーが落ちるとは計算外だった。
しかしまあ、今の内に頑張ればギリギリ行ける気もしなくもない。本当に今の内だろう、私の実年齢を鑑みれば。今日もこれからエクササイズと筋肉トレーニングを行う。最近だと30分から45分ほど運動しているが、もう少し増やすべきだろうかと、今朝は朝ご飯の痕でも軽めの運動を行なった。いよいよもって秋、運動の秋にしたい。
人間は気温が下がってきた時期の方が代謝が上がる。自分の体温を一定以上に保とうとすると、気温が低い方が脂肪が燃えやすいと言う理屈には納得できる。要は暖房負荷を自分にかければいいのだ、以前資格試験の為に学んだ言葉である。
見た目に気合いを入れ過ぎているきらいのある私だが、ならば肉体も鍛え上げたいし内面も鍛えたいと常々思う。好きな漫画の一つに『メンタル強め美女白川さん』と言う作品があるのだが、この漫画の登場人物の羽柴さんと言う女性が私のロールモデルの一人となっている。身体も精神も鍛え上げる事が快感と仰るこの女性は、学生時代に体型や容姿の事で陰口をたたかれ家族にも理解してもらえない経験をしているのだが、彼女はそれに負けることなく自身を鍛え磨き上げて沢山の人を見返した。努力家であり野心家でもあるところが堪らなく憧れだし、ストイックで格好いい生き方を真似したいと考えてもいる。
私も、努力家だとよく言われる。本当にそうだろうかと毎回感じるのだが、努力している自分が好きなのは間違いない。何も頑張っていない自分には価値が感じられない。けれども、最近は自分を休ませることを少しずつ覚えてきた。何の意味もつかないけど、人生には必要なものが沢山あるなと思う事が増えた。
ゆっくり歩くのも、走るのも、立ち止まるのも、どれもある程度のバランスさえ取れていたら健全な人生の一助となる。これまでずっと全速力で走り続けてきたら、自分の足元に目がいかなくなってしまったのだろうか。だから小石に蹴躓いて転んでしまうのだ。時々は自分の進む道に落ちている様々な物をよくよく観察してみようかと今は考えている。
轍、と言う言葉がある。馬車とか車の進んだ跡をさす語だが、『キャリア』と言う言葉の語源ともなっているらしい。何となく未来を意味しているだろうと思ったこの言葉は、これまで自分が進んで来た足跡の事を表している。好きな言葉に『茨道しかない? あるじゃん道、歩けよ』と言うものがある。茨道だったとしてもニッパーとか高枝切りばさみを使えば切り開く事は可能だ。ただ、態々自分から茨道ばかり行くのもどうかなと思うようになって、他に道が無いのか探す事も覚えようと思った。それでも茨道しかないならしっかり長袖長ズボンに安全靴と帽子と軍手を装備して切り開けばいい話だ。他の人物に頼ってもいい。歩けなくても立ち止まって休んでも、道の上に居られるなら重畳だ。人としての道さえ踏み外さなかったら、そう言う人生の使い方も悪くない。
この命には期限がついていて、いつかは終わる。けれども明日はどうなるか分からない。それなら全力で愉しみつつゆっくり進んで行こう。
こう思えるようになった、年齢を重ねたからかもしれないな。歳を取るのも悪くない。まあ、見た目は年齢不詳で在りたいけど。