memo

▼2024/09/28:何者にもなれなくてマーダースーサイド、殺されるのは誰

明日消えますよと言われたら喜んでしまいそうな事実に気付いた。
消えるのはやめておこうかと思っていた矢先、自分の中にあった傷が口を開いた。仮縫いみたいな細い糸はぷつりと切れて、真っ赤な肉の見える傷口は私を飲み込んだらしい。昨夜は泣き過ぎて、目が腫れている。元々ぼんやりとした消えたい気持ちは持っているが、ずっと見ないふりをしていた嫌な事を自覚せざるを得なかった。私はずっと、一番言ってほしくない言葉を一番言われたくない人に言われ続けていた。傷ついてなどいないと思っていた。でも本当は。

人には言って良い事と言ってはいけない事がある。そしてそれは対象者やその時の状態で少しずつ変わっていくものだ。今の私には一番言われたくないそれを、一番言ってほしくない人が言い続けてきたのだと、漸く分かった。だからあの人には本音で頼れない事が多かったのだと実感した。あの人には見限られたくない。でもいつかその時が来てしまうだろう、それなら居なくなってしまおうと思った。
家に帰りたくなくて、色々な所を覗きながら駅前を歩き回った。あの高いビルから飛び降りたら、この交差点に飛び込んだら、筆入れの中のカッターナイフで頸動脈を断てば、今直ぐ農薬を購入しに行って、原液でコップ一杯くらい飲み干せば。
消えたくない理由が沢山あったはずだ。楽しみな未来が幾つもあったはずだ。大好きなアーティストのライブ、行ってみたいお店とか、書きたい物語。返していないコメントもある。けど。

私が消えないでいようと思ったのは、例え消える事に成功してもそれを喜べる自分は居ないからだ。望み通り消える事が出来たとして、『消えられた。嬉しい、良かった』と思う事は出来ない。消えたんだから。何も感じないし出来ない。それが消えると言う事だ。今の私はそれを望みつつある。もう十五年も前、私は消えかけた。あの時は消えなくて良かったと思えた。

今はどうだろう。あの時すべてが終わっていたら、こんな事実に気付かなくても良かったのだろうか。絶望しなくても良かったのだろうか。
生きている限り、人は喜べるし楽しめるし希望も持てる。同時に幾らでも悲しめるし怒れるし、絶望する。一点の曇りもない幸福などどこにもない。こんなにも苦しいのなら、この世界を手放しても良いのかもしれないと感じる。全部を手放す代わりに救ってくれよと、誰かに助けを求めたい。
もしも明日目が覚めなかったらどうなるのだろう。悲しむ人はそんなに多くないと思う。交友関係が狭く深いのは重々承知だ。悲しんでくれる人が多かったとて、辛い現実は変わらないけれど。あの人は悲しむだろうか。私が何も言い残さず記すことなく目を醒まさなかったら。何を理由にこの世界を手放したか知らずに悲しむだけかもしれない。
夢中になれる何かが目の前に無いと、この手は簡単に世界を手放してしまう。だから見ないふりをして走り抜けてきたのだ。疲れて立ち止まった瞬間、私は闇に呑まれるから。
もしも消えたくなったら、この服を着て消えようと思っているコーディネイトがある。お気に入りの黒いワンピースに袖を通して、髪にはリボンバレッタを留めて、好きな薫りの香水を纏って消えてしまおうか。最後の食事は大好きなショコラトリーのケーキと珈琲、ふらっとふわっと居なくなるの。誰にも見つからない所で消えて居なくなる。せめて自分の為に花束でも買おうかな。
綺麗な消え方なんて無いんだろうけど、出来ればお人形みたいに可愛くお化粧をしよう。ヒールを鳴らしてふわっとさ。

もしもこの記事の後、更新がいつまでも無かったら、私は今の私の願いを叶えたと思ってください。


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