memo

▼2024/10/05:逆様の夢で救われる。来る朝はどうやら明るい

最近、就労移行支援事業所でタイピングの腕を褒められた。一分間に300文字程度なら正確に打てるようになったのだが、eタイピングと言うタイピング練習ゲームで訓練するのにハマっている。少し前にブラインドタッチを会得したが、或る日eタイピングで訓練していた時、全く手元を見ていない自分に気付いた。画面の文字しか見ていない。手元を見ずとも何処にどのキーがあるのかが身体に沁み込んだようだ。記号や数字となるとまだ手元を見ないと覚束ないが、ノーミスで打ち切る事も出来てとても嬉しい。十五年以上小説を書いてきた経験が思わぬところで成果として現れた。eタイピングには様々な練習問題があって、私の場合医療用語や天気の言葉に関する問題が一番得意である。医療用語は前々職でなじみ深い言葉が多いからだろうと思う。天気に関してはちょっと理由が分からないけれど。

それと、私が様々な事象や指示された言葉、通院して診察の際主治医と話していた言葉を耳から取り入れる場合、メモを取らなくとも直ぐに記憶できる傾向にあると指摘された。
勿論それが仕事の時はメモに取るのだが、普通の会話や訓練だと書かない方がむしろ覚えられる時が多い。知覚の仕方と言うか、世の中には『聴覚優位』『視覚優位』と言う言葉があるらしい。幾つもの訓練を経て、私はどうやら聴覚優位のタイプらしいと気付いた。小説を書く時もメモにプロットなどを書かずに脳内で書き留めている。
と言うか、私はどちらかと言うと聴覚が過敏なのだ。雑音と判断した音があると途端に集中力が削がれる。なので移動中は常に音楽が必要だ。ウォークマンが手放せない。
以前此処にも書いたかもしれないが、特定の音を聞いていると背筋がぞわぞわするくらい落ち着けなくなる。甲高い子供の声、水がポタポタと落ちる音が如何にも駄目だ。しかし周囲にそれらの音を鳴らすなと言うのも理不尽な話なので、音楽で遮断する。
でも若干に視覚も過敏な方らしいとも感じている。まだ日常生活に差し障りは無いが、見た色や視覚から得た情報を記憶しておく能力が少々過剰らしい。自分の中でそう感じたきっかけは幾つもあるが、友人が使っている(顔に塗っている)化粧品のメーカーと色番を当てた事があったのだ。『○○ちゃんのアイシャドウ■■のピンクの何番だよね?』と言ったら一瞬びっくりされた。若干に引かれた。
この前試しに色彩のテストを受けてみたら高得点をとれてうれしかったのだが、その際専門学校時代教諭から言われた言葉を思い出した。

『矢野は本州で育ってるから、この地域の人間とはきっと見てきた色の種類や数が違う。だから色彩感覚もきっと違う』

曰く、今住んでいる北海道は冬から春までの間、景色は雪で真っ白になる。けれども本州で雪の無い時期を過ごす事が多かった私はクラスの皆よりも色に触れる機会が多かったから、色彩感覚に皆と乖離があるのだと。面白い発想だなと思った。
密かな自慢なのだが、私はコスメの色をパッケージに入っていない状態でも何処のブランドなのか判別できる事が多い。勿論似ているブランドとかもあるけど、何となく『NARSだな』『ジバンシィだな』と判断できる。
正直色彩の授業ではあまり成績が良くなかったが、卒業した今は資格試験の勉強の成果もあって或る程度の知識は身に付いた。そうすると、自分にとって心地の良い色が分かるようになった。今現在の自室は私の視覚を刺激し過ぎない色で纏まっている。故に自室が大好きな場所の一つになった。この部屋に帰ってくれば絶対に安心と思える。
可愛いなとか美しいなと思える色があるだけで私は明日の世界にわくわく出来るのかもしれない。カラーセラピーって言葉もあるし、コスメが好きなのはそれも理由の一つなのかな。


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