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▼2025/06/12:端から決まってなんかいないよ、だって来てないから未来でしょ。

今年も誕生日は労働をしていた。販売業での日曜日は繁忙日である。遂にアラウンドサーティ最後の年となった。年齢はただの数字と思う性質ではあるのだが、確実に肉体は年を取っている。何故って、食事量が明らかに昔よりも減っているからだ。内容も同じくで、以前此処に書いた通りお肉をたくさん食べる事が出来なくなってきた。特に脂肪の多いお肉。バラとかカルビとかハラミとかホルモンとか、どれも大好物なのに一人前でもう十分と感じるようになってしまって、見た目の年齢不詳度は年々上昇傾向なのに内臓は普通に年齢を重ねているらしい。老化と言うべきかもしれないが。
まあ誕生日祝いはきちんとして貰えたので満足。Instagramに投稿したが、ホテルのアフタヌーンティーを頂いてまいりました。美味しいし可愛いしで非常に楽しかった。ロリータファッションを纏ってアフタヌーンティーは堪らない非日常ですね。セイボリーが本当に出来立ての状態で提供されるので嬉しい。今度はまた別の時期に行ってみたい。

さて、最近スレッズと言うSNSで色々見掛けるんだけども、皆さんヘルプマークってどれくらい見掛けます? 私って精神疾患持ってて手帳もあるからヘルプマークの配布対象者なんですよ。ただ、普段全くと言っていいほど助けを必要としないんで持ってないんですよね。あれって持つ持たないは自分で決めていいと思うんだけど、持っていた方がいい場合もあるのも知ってます。災害時とか緊急事態時とか。ただ、着けておくのは何かこう…抵抗がありまして。優先席も必要じゃなければ発作も起こらない、出血した場合に血液凝固に問題が起きる薬剤も使用していない、妊娠の可能性も無い、感覚器に異常は持ってますが日常では困らない(匂いが分からないだけなので)と理由は幾つかありますが、持つだけ持って鞄の中に入れておいた方がいいかもしれないとたまに考えます。
ただ、あのマークを私的な理由で行使するのはまだ良いとしても、触法した事への免罪符とばかりにちらつかせるのはどうなんだと思う事が増えました。触法ってあれです。法律に違反するとか抵触するって意味です。例えば公共の場のルールを破り他者に迷惑をかけたり、カスタマーハラスメントとかを働いたと指摘された時にヘルプマークをちらつかせて『自分は障害者で、弱者だ』とアピールしている輩が少なからず存在するっていうのが事実としてあるみたいなんですね。そうなると本当に助けを必要としている人達が畏縮する原因にもなり得るって言う指摘や、持ちたいのに(若しくは持たせたいのに)持てないって訴えがあるとか。
まあ『障害者』が『弱者』とニアリーイコールなのは分かります。私もそう言う一面在りますし。ただ、それを振り翳して他の人を害する時点でその人は守られるべき人ではないと思います。最近『触法障害者』って言葉を知ったんですが、犯罪に手を染めた時点でその人はきちんと法律に則って罰せられるべきだと感じてまして。私の病名は今更ですが『統合失調症』がメインで『気分障害の疑い』と『非定型発達の疑い』がありますが、どれもこれを理由に減刑されたら私本人がキレます。刑事罰くらい自分に必要なら受けさせてほしい。自分のしたことに責任が取れないほど病んでいる心算はありません。
実の所、私は自分の事を『社会的弱者だけど、同時に強者』だと思ってます。だって、本当に何も出来ないわけじゃない。生活能力は普通の人と同等だし知能指数も平均の数値です。障害者雇用だけど一般企業で働いてるし医療保険料や共済も自分で払ってます。スマホ代もインターネット代もです。
一見すると普通の人と変わりない生活を送りつつ、必要な場面では支援してもらえるよう行政や施設に訴えたり赴く力もあります。今日も自分一人で調べた手続きを区役所でしてきました。必要なものくらい自分で調べられるし、今まで二度手間になったことも無いです。コロナウィルスに感染した時も自分で救急車を呼んだし、治ったら証明書とを取り寄せて保険金の請求手続きも出来ました。これだけ出来たら弱者って名乗るのが申し訳ない。勿論同じくらいの能力を持っている人達全てにこの姿勢は強要しません。やったら出来たからやってるだけ。
運転免許証が取れないので初めての場所へ遠出する時は大変ですが、それでも公共交通機関が通ってれば自分一人で行ってます。グーグルマップとか乗り換えアプリが無いと絶対迷子になるけど。
こんな感じなので自分を『弱者なんだから』と言えないんですよね。貰うものは貰う、けど、貰うばっかりにならないようにしてます。職場では合理的に配慮して貰えている分、此方も理解してもらえるよう努力するし、伝えるし、お礼も言う。出来る事であれば指示通りやってみる。難しいなら練習出来る場なんだから。『障害者だから許してくれ』と言うくらいなら、初めから人を傷つけたり害したりするような真似をしなければいいんです。誰だって間違う事があるけど、間違えたらまずは『ごめんなさい』でしょうと思います。その後補償について話し合ったり、罰を受けたりすればいい。一部(本当に一部かはわかりませんが)の『自称弱者』の行いで本当に助けが必要な人の元にそれが届かないとか、助けての一言が言えないとか、訴えられない。
難しい問題かもしれないけど、一人の人間として生きていてそれを認めて欲しいなら、或る程度はルールを守るべきなんですよね。モラルもマナーもだけど。普段は様々な恩恵を受けているなら『それ』を免罪符にしてはいけないと思っています。
で、『本当に助けが必要な人を適切に助けるために』と思って考えたんですけど、現行の制度にこんなのを加えてみてはどうかなと思った事を箇条書きしていきます。

1.ヘルプマークを支給する時には『これは貴方の困りごとをみんなに気付いてもらうためのマークですよ』と言う事を周知徹底する。
2.ヘルプマークを着ける着けないは貰った人の自由だけど、それは『無条件で罪を逃れるための免罪符』ではない事も周知徹底する。
3.現行のヘルプマークに加えて『黄色』『緑色』のラインを下部に引いて色分けする(赤のままのも用意する)。
4.同一人物に複数枚配らない。
5.身に着けている本人が問題行動をした場合でも、それを理由にお咎めなしにはしない。
6.街で見かけた『ヘルプマークを着けていて、本当に助けが必要な人は出来る限り助ける』事を、周囲の人達は(助ける側が障害者であっても)心掛ける。

1と2、4に関しては配布する側に説明力とか時間が必要になりますね。要は『これは貴方の困り事や障害を持っている事実を知ってもらい非常時などに必要な助けを求めるためのもので、決して人を傷つけた時の保険じゃない』って伝えるべきって事なんですが。自分は障害者だからとか、加害者になってしまったら口にしてはいけない事だと思うんです。特に被害者に対してはね。
5と6に関しては私含め周囲の人達が持っていた方が良いと思われる意識です。総てが正しいとは思ってないので異論は認めます。場合によるところも大きいですし。ただ、本当に困っている人が蔑ろにされるのは一番いけない事だと感じます。
3は持論を提案の形で示しています。現行のヘルプマークは赤と白の色で構成されていますが、其処に新しく『黄色』『緑色』のラインを下部に引いて『どれくらい助けを必要としているか』の目安とするのです。

昔大きな震災とか災害時に使われ始めて、現在の緊急時医療現場では当たり前になってきている『トリアージ』と言うものがあるんですけど、これは傷病者に『黒』『赤』『黄色』『緑色』のラインを画いたタグを着けてその色で治療の優先順位をつけるものです。どんなに高い志と技術のある医療者であっても、緊急時で多くの傷病者が発生した場合、より多くの人を助けるために治療の優先順位を決める必要が出てきます。命に貴賎はありませんが、例えば一人の重傷者へリソースを割き過ぎた場合、救えたかもしれない人が救われない時があると言う事で導入されたそうです。
この『色』は『赤』が最も優先順位の高い患者さんが付けられる色です。自発呼吸があっても意識不明とか、自己脈が弱いとか外傷が大きくて直ぐに手術などの治療が必要、でも助かる見込みはあるという色。意識はあっても簡単な指示(右手を上げてください、とか)は通らない感じです。
『黄色』はその次に優先順位が高いです。意識と自己脈自発呼吸はあっても自己歩行が出来ないとか、外傷が大きくその場で待機させ続けてしまうと命に危険があるとか。
『緑色』はそもそも軽症で自力での歩行も可能、意識も明瞭だし言語能力も怪しくないので自力で病院とかへ行ける人。なので一番治療の優先順位が低くなります。
『黒』はその状況では救命が不可能と判断されたケースで、心肺停止状態でこれ以上の救命措置を行なっていると他の患者の救命にリソースが割けなくなるからこの色になります。

これを踏襲して赤と白のみのヘルプマークの人は最も手助けを必要とする人に着けてもらって(例えば発作が頻繁に起こるとか、その場合に医療への通報がいるとか、感覚器がほとんど使えないとかで助けが必要とか、本人の症状に鑑みて)優先席はそれこそ優先的に使って貰う、困っていそうじゃなくても目を配る、声掛けを積極的にするとか、災害時には周囲が積極的に助けるとか。

黄色は『日常生活で困る場面は多いけど、常に助けを必要とはしない人』に着けてもらうと良いと思います。例えば自分で自分を助ける術は持っているけど、他人の手を借りる場面も多い障害をお持ちの方。移動手段が限られていて(肢体不自由で車椅子とか、義足、義手の人とかですかね)優先的にエレベーターや昇降装置を用意すべき人や特別な施設を使わないといけない人、ストーマを使っているとか定期的に医薬品を注射しなくちゃいけない人とか、完全に感覚器が使えないわけじゃないけど不自由さは否めない人とか、内臓疾患があって特別配慮が必要な人(胃ろうとかペースメーカーとかかな)。この場合も優先席は使って貰うべきです。

緑色は『日常生活では特に困っていないけど、疾患や障害がある事を緊急事態に分かるようにしておきたい人』に着けてもらったら緊急時に優先的にお薬手帳などを確認してもらえたり、必要な配慮をしやすいと思う。例えば『投薬治療が欠かせないけど、投薬さえ受けていれば普通の生活が送れている人(多分私はこれ)』や、『優先席を譲ってもらう必要はないけど時々困難な場面がある人(軽度の知的障害とか識字障害、失語症やトゥレット症候群、補聴器を使用する人とかですかね)』に着けてもらう。

現行のヘルプマークと同じように裏面に症状と対処が書けるとか、ポケットがついていて連絡先メモなどを入れられるようにしておくといいと思う。
これはあくまでも個人的な考えなんですが、全員が全員常に助けが必要じゃないし、触法したのに全てを許されてしまう事態は避けたいと思うんです。必要とする全ての人を漏らさず助けるのって難しいから、一絡げにするんじゃなくてある程度カテゴリを分けておいた方がやりやすいんじゃないかなってこの前考えました。まあ、この分類にするにしても医療者とか障害者支援に慣れている人の判断が必要になっちゃうことは間違いないんですが……ただ、ちょっと思うところが最近多くてですね……
これに加えてピンクのラインを引いてあれば妊娠している方とかにしても良いかもしれない。マタニティマークもあるんですけど、例えば障害や持病を持っていて特別助けが必要とか、悪阻が酷くて通院を繰り返しているとか。
こう言う物って完璧な正解ってきっと無くて、皆で考える事を繰り返すのが大事なんだと思います。で、助けられる余裕のある人が優先的に動くとか。見た目に障害が分からない人にとっては必要な制度だからこそ、時間の経過とともに議論を重ねた方がいいと思うんです。
一意見として書かせていただきましたが、皆さんはどう思われますかね? こういう意見って、何処に出せば行政に届くのかな? 調べてみます。


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