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▼2025/07/29:人工の琥珀玉、閉じ込められるは雲母めいたそれ

我が家にやって来てくれたクーラーと、遠くの地から心配してくれる友人の有難みを噛み締めつつ涼んでいる。
この前保険証の切り替えのタイミングで受診した為10割で医療費を払ったのをすっかり忘れていた事もあり金欠な今日この頃だが、どっちみち一人暮らしをするなら今の好き勝手な生活スタイルを或る程度は矯正しなければならないので、良いタイミングだと省エネモードで過ごしている。
現在の仕事は制服があり、仕事のある日は今までの私ではあり得ないようなシンプルスタイルで通勤している。トップスのみ着替える関係でボトムは常に長ズボン、かつ色合いはアースカラーだ。トップスは初めに2枚買い足したのみで、それまでに持っていた中でなるべく飾りのついてない着替えやすい物を選んで着回している。色の組み合わせのみ多少は気を配っているが、お洒落さがほぼ求められない職場に勤めると私もこうなるのか。髪型も就労移行支援事業所に通っていた頃は毎日変えていたが、現在は毎日ロープ編みをしてからのローポニースタイルで、作業中に邪魔にならない髪型をと考えるとこうなる。勤める場所が変われば自分までがこうも変わるのかと思う。
こだわっている所も勿論ある。メイクとネイルだ。但し、毎日変化をつけると言うより『毎日一定のレベルを保つ』事がメインになった。この時期だと特に崩れやすいベースメイクを如何に綺麗に見せるかとか、消えない眉メイクとかにこだわるようになっている。通勤時の洋服に合わせたり気分次第では内容を変える事はあるのだが、気付けば毎日使っているアイテムがある。ジバンシィのリップスティックだ。ローズ・パーフェクト・シャインの118番。かなりベーシックな色合いなのだが、これを下地として唇に塗り、真ん中の方にだけ少し鮮やかな色や濃い目の色を塗ると元々唇が綺麗な人だったかのように見せられる。
私は元々あまり血色が良くなく、唇の色も沈んでいるのでこれを塗ると塗らないとでは印象がかなり変わる。勿論これ単体で塗っても良いし、フォーマルな印象になるので面接とかに適しているかもしれない。そしてこのリップはデパコスなので高いのは当然だが、塗っていて荒れたことが一度もない。寧ろ荒れている時に塗ると何故か治る。そんな効果は標榜されていないので首を傾げるしかないが、多分私に合っている成分構成なのだろう。ちなみにデパコスだろうがプチプラだろうが荒れる時は荒れるため、下手に普段使わないブランドを試せないのが難しい所だ。KATEとCANMAKEは間違いなく荒れるし、ちふれもダメ、マキアージュもダメしイブサンローランとRMKもダメだが、ビーアイドル、MACやナーズ、Diorやジルスチュアートは荒れない。クレドポーボーテも荒れない。全体的にプチプラで冒険すると痛い目を見ると分かった。でもイブサンローランで荒れたのが一番きついレベルの痛みだった。

今までは、メイクを主に自己表現のツールとして研究してきた。でも今は印象操作のツールとして研究しているかもしれない。印象とは勿論他者の目から見た私のこと。素の表情や真顔が『怖い』と言われがちで、以前はよく『怒ってる?』と訊かれていたが、いつの頃からか『話しかけやすそう』と言われる事が増えた。今の仕事でもお客様から声をかけられる機会が多いし、プライベートや通勤中にも道や電車の乗り方を訊かれる事が格段に増えた。この前は地下鉄で外国人男性にある路線に乗り換えたいがよく分からないと英語で訊かれ、いつの間にかデュオリンゴで着いた英語力のお陰もあってスムーズに案内できた。その後にも初対面のご婦人に駅でエレベーターの場所を訊かれて案内した。
店では基本、無表情では居ないようにしている。基本的に額の力を抜いて眉間にしわが寄らないようにし、口角は不自然にならないよう意識して持ち上げる。イメージはアイドルの表情管理だ。そして挨拶は元気よく、お客様と擦れ違う時に無言なのは避け『ご覧くださいませ』を繰り出す。
この時、もし自分が困っていたらどんな店員に質問するかを考えるとやりやすい。常に不自然ではない柔らかい笑顔の店員と、仕事に集中し過ぎて目が怖い店員なら前者の方が話しかけやすいだろう。ただこれが行き過ぎると私を『話し相手』として話す目的で来店されるようになるお客様も出てきてしまうのだが。
この前から一度私を見つけると寄って来て一時間以上拘束してくるお客様が居る。勿論ペットを可愛がってお世話しているが故の話題も多いのだが、如何せん話が長い。私が笑顔で大人しく聞いているのが良くないのかもしれないが、それにしても話が長い。今の世の中ではこれも『カスタマーハラスメント』に入るらしく、なるほど、店員の時間を奪う行為も一種の暴力なのかと思った。

何故これを書いたかって、私もやってしまっていたからだ。

私もお買い物のときに店員さんとお話することがとても好きだ。商品に関する事やプライベートの事もたくさん話してきた。時にはどうでも良い事も話していたと思う。誰かと交流したくてお店に赴く事も多かった。私の話を聴いてくれる人がいると言う事は、承認欲求を満たす要因の一つだったから。誰かが自分の話を聴いてくれている間は、その誰かは自分に集中してくれている証になる。少なくとも私の中ではそう感じる事柄だ。だから用もないのお店に行っては店員さんの時間を奪っていたのだ。あまり良い事とは言えないと思う。
勿論販売員からすれば『見に来ただけの人』を『買う気にさせる』のはある程度必要な事だ。それで売り上げが変わる事は大いにあるし、それこそスキルの一つに数えられる。でも客側の私はそもそも買う気もないしお金も無いのにお店に行きすぎていた。それって失礼な事なんじゃないかとようやく気付いた。気付かぬうちに傷の見えない暴力を振るう側に立っていたのだ。少し怖くて、それ以上に恥ずかしく感じる。気付けて良かったけれど、それまでにした事は消えないのだ。
何事にも『程良さ』と言うものがあって、皆持ちつ持たれつで生きているのだと実感した出来事だった。

さて、話は変わって。
去年の冬から始めたデュオリンゴのレベルが上がって、苦手としていたライティングの技術が上がったと評価された。スピーキングに関してはリアルの相手が居ると緊張して単語の羅列で話す事も未だ多いが、推敲の出来るライティングであればある程度自分の意見を述べられるようになった。少し前からデュオリンゴ内のレベル上げに伴い問題文も英語になってきたのだが、それもきちんと読み取れるし何を問われているかもわかる。今の私のレベルは英検2級くらいの実力らしく、TOEICだと550点くらいは取れそうらしい。CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)だとB1と言うランクだ。日常生活や海外旅行の際に、或る程度自信をもって自分の意見をシンプルに、筋の通った形で伝えられるくらいらしい。
うちの店は隣で生体販売もやっていて(要はペットショップ)そちらのわんにゃん達を見に来る人は多い。このクソ暑い中でも冷房が効いていることもあり、涼む序にわんにゃんを見るのだ。最近だと外国人のお客様も多く、或る日片言で『スミマセン』と声をかけられ『お伺いします』と向かったら、彼女は『ネコチャン、オミズ、』と言うのでピンと来て

『ユーシー、キャット スピルド ウォーター?』

とカタカナ発音で訊いてみると『Yes!』と笑顔で言われたのだ。つまりは猫ちゃんがお水の入ったボウルをひっくり返したと教えてくれたのである。直ぐにお店の方(テナントが此方ではないので)に伝えてお礼を言われた。ちなみに現場ではにゃんこがびっしょびしょになっていた。お客様にお礼を言って『センキューソーマッチ!アイムグラッドユー、ハバナイスバケイション!』と言えば『Thanks.you too!』と言って貰えた。発音は相変わらずカタカナだけど、通じる事の方が多いのは英語が母語じゃない国の人が多いからだろうか。
テレビや動画でも英語を聞き取れるようにもなり、この場合和訳するならこっちの表現じゃね? と考えられるようにもなり、色々面白い。そしていい加減電子辞書が欲しい。現在英語辞書の無い状態で勉強してるけど、そろそろ限界な気がする。

毎日勉強してると、耳が慣れると言うか、英語を何となくではない輪郭を伴った状態で聞き取れるようになる。そうなると『この場合の表現はどうする?』と新たな疑問が湧いてまた勉強する。子供の頃にこの境地に至れていたら幾らか賢い大人になっていただろうか、もっとたくさんの武器や能力を持っていただろうか。

まあ、現状では今持っているもので勝負するしかないんだけども。

大人達が「大人になると勉強が楽しくなるよ」と言っていたのは本当だったし、学生の頃よりも勉強したいと思うようになるのはある意味バグみたいだなぁと思う。もっと頭が柔らかい内に色々吸収しておきたかった。ただ、これが分かるのも大人になった証拠かと思うと悪くないかなと感じる。無知の知、みたいなね。知らない事を知っている、と分かるくらいには勉強してきたって思うから。

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