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▼2025/09/22:爪を紅で染める季節、果実と一緒に霜がふる

私がそうかもしれないというのは置いておいて、社会不適合者を略して『社不』って呼ぶようになったのっていつぐらいからなんだろう。この前気が向いて検索して診断を受けてみたけど、そもそも論、適合してる人の割合ってどのくらい? 適合してるって言うゾーンはどの辺りから? とか色々考えてしまう結果だった。
他にも適職診断で『芸術家』とか『クリエイター』としか結果が出ない人も多いらしいけど、本気で芸術系やってた人間からするとクリエイト系の仕事に就こうと思うとかなりのコミュニケーション能力を求められる事は覚えておいた方が良いと思う。打ち合わせとか提案とか意見のすり合わせとか、何かしらの対人能力が必要。ツールは何であれ相手とのやり取りが難しいなら芸術系は厳しいんじゃないかな。
ちなみに私の適職は前にも言った『一般事務』の他に『販売職』『教師』『保育士』『自然科学の研究職』があったりします。誰かに何かを教える為に勉強することが苦にならないのと、ものを説明して飲み込んでもらうのが得意だかららしいです。でも一対多数は難しいし想像がつかない。どっちかって言ったら少数を相手にそれぞれに特化した勉強法とかを考えて教える方が面白そう。

こないだADHDの確定診断が出ている人が言ってたんだけど、所謂社不の人は『メモを取ろうと集中すると何を言われてるか分からなくなる』らしい。だから仕事での電話対応なんて絶対無理だしやりたくないそう。私も電話が苦手だと感じ続ける人生だったんだけど、今日それがひっくり返った。
今の仕事だとたまーに電話を取らないといけないタイミングが発生するんだけど、今日は同じブースの別テナントさんの電話に急遽対応しないといけなくなって、腹を括って出たんだよね。商品の在庫確認諸々だったんだけど、何でかかなり巧い事対応できてしまった。メモを取りながら話を聞いて相手の言ってる事を復唱して、必要な情報を全部聞き出して、在庫と希望している数量を照らし合わせながら商品の使用期限も確認しながら確保してた。一度他店に確認しないといけなくて、そっちは先輩にやって貰って、同時に別のお客様の対応もきちんと出来た(調べものの為に一旦保留にしてたから)。で、結局ほぼミスもなく対応出来ちゃったわけですよ。そんで一気に苦手意識みたいなのが剥がれ落ちました。
何で電話対応が苦手だったのかって言うと、初めての職場で電話の相手に何度か怒鳴られる事があったからなんだよね。電話に出る事は或る種怖い事だと思ってトラウマになったからなんだけど、仕事は仕事としてやらなくちゃいけなくなったら出来た。って事は『苦手だけど嫌いではなかった』んだと思う。
たまに聞く話なんだけど、どこかのお店や病院(歯医者とか)の予約やその取り消しや変更が苦手って意見にはあまり同意できなかった。やらないと自分が困るだけだから平気と言うか。何だろう、思い込みの一つもあったのかもしれない。
人と関わる事を好きになれたのはいつからだろうか。いじめで一回心が壊れかけて、その後もう一回壊れそうなタイミングがあったのに、どうしてか周囲には必ず味方になってくれる人が現れる。傷つけてくる存在と同じかそれ以上に助けてくれる存在が居てくれたから生きて来られた。それなりに人生が楽しいのは確実にそのおかげで、気付けた後は自分が助ける側に回ってた。でもこれって運とか巡り合わせの類なんだろうな。
最近自覚したと言うか言語化できたんだけど、私は『強めの弱者』なんだと感じてる。弱者って言うのはつまり『社会的な弱者』って事なんだけど、障害者手帳を持って専用の雇用枠で働いてて、月に一度以上の通院が必須となると『強者』とは言い難いと思う。でも必要な支援に繋がる情報を得るツールが使えたり、自分から苦しみを発信できるし病院とか行政にも一人で頼れる。就労移行支援とか最たる例だし、あの場所を紹介してくれたのは専門学校の先生の繋がりで出逢った相談室の人だった。そう言う支援者さん達にアクセスする手段がある時点で『絶対的弱者』ではないと思う。
少し前から『最優先に支援が必要な弱者は、救いたいと思う姿をしていない』みたいな意見を見聞きする。それとも少し関係してるけど、私に助けの手や支援の手が比較的スムーズに伸びてくれるのは『最優先に助けるべき弱者じゃないから』なんじゃと感じる事が増えた。救いたいと思う姿をしていないって、醜いとかじゃなく『支援を受け容れる態度をとらない、自分を侮るなと怒る事もある』とかが該当すると考えてる。負けたって感じるのかな。素直にその手を取れない人がいるのは確かだけど、素直にならないと助かる人も助からないよ。
こうやって書くと『弱者』とされる人達を中傷してるみたいな言い方になるのが嫌だ。遜ったり自分を下げまくる必要はない。でも、助けてくれる人に感謝したり、素直に支援の手を頼るのは負けじゃないし、寧ろ勝ちだと思う。産まれたから一生一人で生きるなんて、強者であっても誰にもできないんだから。

で、冒頭の話に戻るんだけど『社会不適合者』って言うのは本当はすごくグラデーションになってるんじゃないかな。私にもそう言う要素は確実にあるけど、白と黒なら確実に白寄りのグレーゾーンに居る。だから『頑張ればできる事』と『出来るけど疲れる事』の間に色んな項目を抱えてて、一つ一つ潰して行ってる。『まったく苦にならない事になる事』は多分ないけど、少なくとも出来る事は増やせてきたんだ。
その一つが電話対応なんだと思ってる。やっぱり、経験とそれに裏打ちされた自信が無いと出来るようにはなれないんだ。だから私には発達障害の診断が下りないし、必要ないんだよね。そしてこれからその自信を育てていけばいいんだ。
ちなみに社不のテストの結果は『社会不適合者の要素:0%』でした。何にでも適応できるってさ。良かったね私。

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