memo

▼2025/11/11:振り返れば轍、何と小さな足跡だろう

結局、下の記事を書いた翌日には小説を書いていた。私の使う言葉は時に逆の現象を巻き起こすのだろうか。

この前ある書籍を購入した。以前より視聴しているYoutubeチャンネルの主が書いた本で、『私のなかの希死念慮ちゃん』と言う、精神科領域の解説本、みたいなもの。希死念慮は皆さんも幾らかはご存知かと思うので説明を省くけど、その感情や思い自体に『希死念慮ちゃん』と敢えてポップなキャラクター性を持たせてメタ思考をしつつ、それと向き合い共存する方法を提案する、と言う内容で結構面白かった。
最近では希死念慮を強く感じる事は減っているのだけど、ふとした瞬間に魔がさすかのようにその気持ちが心の中に発生することがある。何だろう、慣れた選択肢と言うべきか。勿論本気で実行しないし、心の底からそう思っているわけではないので毎回『何か疲れる事したっけ?』と自問したり『取り敢えずカフェイン摂って運動しよう』と別の事に脳のモードを切り替える。
ただ、楽しかった出来事の後で無性に消えたくなることが結構あって、これはどうやら双極症の『軽躁』状態と関係しているらしい。これは私の持つ過去のトラウマによるものと言うより、脳内の『気分の調整機構』が乱れてしまった結果だろうと書かれていた。なるほどな、と思う。私は鬱よりも躁の状態の方が圧倒的に多い。ただ、これは鬱状態に効くお薬を飲んでの状態なので、処方薬が無かったらどうなるか分からない。
私は普段、エネルギッシュに活動するタイプだと思う。持病の統合失調症はもう、統合失調感情障害と言える。これには双極症の症状も含まれる。だから、突発的な軽めの希死念慮がやってくるのかもしれないし、それは脳の誤作動なんだと思い始めた。
もしこの仮説が当たっているなら、この微かな希死念慮は『気分』と言うより『脳や身体の機能障害』だ。だから色んな薬が良く聞くのかもしれない。今現在飲んでいる薬が合っているから、病気由来の鬱々しさではない突発的な症状が顕れる。
こういった精神科の先生が書いた本を読むのは初めてだけど、割と面白いし勉強にもなった。興味があれば手に取ってみてもいいと思う。


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