▼2026/01/05:触法、須らく執行者を慰めたまえ
下の記事ね、自分の生きる理由について整理したくて書いてみた。前にもしも『生まれ変わって全く違う人物として生きる事が出来ますよ』と言われたとして、今の自分の持つ要素の中で最後まで変えたくない、譲りたくない要素があるなら、それが自分にとって一番大切にすべきものだという論を聞いて考えてみたものなんだけど、私は何かを作って生み出し続けたいから生きているらしい。物語であれ、絵画であれ、手芸であれ、この世にはなかったものが形を持つ瞬間がたまらなく好きだ。自分の脳内にしか存在していなかったから触れる事すらも出来なかった、輪郭を目で捉える事も出来なかったものが目の前に現れる瞬間。絵を描いているとよく思うんだけど、人物画なら目の中にハイライトを入れたり、静物画なら一番目立たせたい色を挿す作業をする瞬間は堪らなく楽しい。今この絵は完成して私の手から離れて人の目に触れるんだと思うと気分が高揚する。小説や物語でも同じだね。自分が考えて綴った文字列の筈なのに、全く違う人物が書いたかのように感じる事もある。それを読んで感想を貰えることはもう快感としか言いようがない。もし私が綴らなかったらこの世の誰にも知られないまま消えていっただろう物語が誰かの心を動かすんだとしたら、それこそが私の『生きていて良かった瞬間』だから。
昔読んだ漫画に『人は誰でも、生きているだけで誰かの生きる救いになっている』みたいな主人公のモノローグがあった。勿論生きて行動した結果だとは思うんだけど、「生きててくれるだけでいいんだ」と言われた事もある身としては『存在してくれている事実』だけでも誰かの救いになるケースもあるんだとも知ってる。
最後の飛び降り未遂の時、私は本当に何も出来ない状態になった。兎に角死なないといけないと叫んで暴れて、ベッドに縛り付けられてそれでも如何にか動こうともがいてた。両足ともに粉砕骨折してたし、片腕も使い物にならない状態だったのにね。
人が自らの命を断とうとする時、実行者にはとんでもないエネルギーが生まれてしまう事がままあるんだと今は思う。何が何でも達成しないといけないって、だって、苦しい状況を終わらせないと自分は永遠につらいままだって思うから。私は少し違ったかもしれないけどね。でも兎に角死ななくちゃいけないって一種の使命感みたいなものがあった。結果、死ななくて本当に良かったと思ってる。色んなものを失くしたし、取り戻せないものもあったけど、得たものとか気づいた事がそれ以上に沢山あった。目が醒めて意識がはっきりした頃、私の携帯電話のメールボックスには沢山の心配してくれている友人知人のメールがあった。百件以上あったからすごいよね。それを読みながら『私は死ななくても良かったんだ』と初めて思った。当時精神的にきつくて、両親には随分心配かけたし迷惑もかけてた自覚が有ったから、自分に価値があるのかと問われても素直に『ある』とは言えなかったから。私一人が消えたところで世界は変わらないと思ってた。でも、世界こそ変わらなくても、変わっちゃうものはあったかもしれない。私が消えなかった事で救われた人が居たのかもしれないって今なら思えるから、人生って不思議だね。
入院中も何かを作る事は諦めなかったし、実際折った方の手のリハビリでお菓子作りとか細かい作業をしていたから作ったり生み出す事とは近い距離に居た。退院して、リハビリを続けつつ学生生活に復帰して(転校はしたけど)卒業して、夢を追い駆ける日々が始まって、やり切った結果、夢は叶えられなくても評価が伴わなくても意味があるものだったと思ってる。あの頃成りたかった職業には就いてないけど、アマチュアとして物語を綴ってる。プロじゃなくても、プロじゃないからこそ書けるものもあるって知った。今も書きたい物語が沢山ある。この自分で居ないと書けないものがあるってだけで私は私で良かったと思う。これが、生まれ変われたとしても手放したくないものだ。たとえそれが、今よりも総てがうまくいって幸福に溢れた人生だったとしてもね。
こんな風に自分の考えを言語化できるのも、物語を書き続けたからだ。私は思いや考えを文字にして形を与え、綴る事で自分を生かしている。
文字にする事自体が私の生きる為の糧であり、命を燃やし続ける燃料でもある。前に小説で『記憶はその人の生きる為の燃料になる』って意味合いの台詞があった。どんな記憶でも良いらしい。くだらない事でも重要な思い出でも全部が自分の生きる燃料になる。だからすべて無意味なんかじゃない、無駄な経験なんて無いんだって。私はその焚火にくべられる薪を自分の手で用意する術を与えられたらしい。これってさ、結構な幸運だと思うんだ。自分で自分を生かす一番大切な要素を賄えるって事だから。勿論、その物語や文章を読んでくれる人ありきではあるけど。
今でも世界全部が嫌いになりそうな時があるけど、なり切れはしないんだ。必ずどこかで救いの手が差し伸べられて、私はそれに気付けるから。それか自分で自分を救えちゃう。何でか分からないけど、結局意外と何とかなっちゃうんだよ。何とかなるならまだ良いかなって世界を嫌いにはなれないんだ。捨てる気にもなれない。人生って苦しいんだけど、本当に楽しいから。楽しい瞬間があるから。
今もちょっと苦しいんだけどね。それでも明日は作りたい物の材料が揃うし、未来が良い方向に進みそうな予感もある。自分の意思じゃないけど折角生まれたんだし、苦しんだ分の元は取らないと。嫌な事があったら心の中で中指を立ててでも笑って生きてやるよ。何と闘ってるのかはまだ分からないけど、いつか分かる時が来るのかなぁ。勝つも負けるも無い様なものなのにね。
なるべく終わりが遠くに在るように祈るよ。画面の向こうのあなたもね。