▼2026/03/01:地球の真裏に居るなら、まだ幸せを祈れるよ。
近々精神科の通院があるので、最近の記録がてら記していく。『自分』と言う存在が今此処にいるという感覚が日毎に薄れていっている気がしてならない。以前ならこうして『文章を書いている時の自分』と、『何か美味しい物を食べている自分』、『運動している自分』ははっきりと『私だ』と思えていたのに、今は全ての瞬間で自分が自分じゃない状態。特に、鏡を見た時の私と周囲の人と話している自分が乖離している状態が殆どになって来た。
元々自己表現するのに癖の強い人間な自覚はあって、他の人とは少し味付けの違う言葉を使い、ひねりを加えた文章を書く事が多い。
ただ、それは自分のコントロール下に在ったんだ。これまでは。
今、こうしてタイピングをしている私は誰なんだろうか。若干の眠気がある所為か頭が巧く回っていないような気もする。でも今書いておかないと後悔すると思ってノートパソコンを開いている。
連合弛緩も継続中で、ひどくなっている気もする。話したい事がコロコロ変わる。言葉と物事の関連の繋がりが緩くほどけていくような感覚だ。病気が悪化していると言う事だろうか? 仕事自体は良く褒められるし、新しい仕事を任される事も増えて順調だけど、お客様から『丁寧な接客ですね』とか『優しい対応をありがとう』って言って貰える時の私は私じゃないんだ。
まるで、『良い接客をする私』を演じているような感覚。
今日もそうだ。商品の事でお困りの方や一緒に住んでいるワンちゃんのお悩みについてアドバイスする私は、きっちりと仕事をしていてお客様からの好感度は高いと思う。でも同時に、自分と言う存在、本来の私からはどんどんとかけ離れていく。本当の私はドロドロの中身を如何にか取り繕って生きていると言うか、愛想の良さや接客知識、商品知識で武装している感じ。
このままで良いのだろうか。最近だとストレスから夜食が辞められない。今も何かを食べたい欲求が止まらない。折角運動を頑張って結構引き締まったのに。チャラになってしまった。
私は無理をしているのだろうか。でも仮に『無理していない状態』を作るなら別な所で無理が生じる。これでは本末が七転八倒している。
今の仕事が好きだ。やりがいもあればそれなりの給料も貰える。悩みの種は幾らでも思い浮かぶけれど、それでも大好きだと言える。とても楽しい。ただ、自分の発達特性の所為もあって『演じている役』から降りられない。プライベートでも自分じゃない気がする時間が増えて、正直不安だ。
天候が不安定なのも関係あるのだろうか? 急に春めいてきたから気圧も乱高下していておかしくない。
私は、何処までも自分じゃない自分を演じ続けて終わってしまうのかもしれないと思うと、ものすごく気持ち悪くなる。
やっぱり病気と発達特性がかみ合わされるとこうなるんだろうか。私は何処で不正解を選んだんだろう。