memo

▼2026/03/08:至らぬ処がありました、けれども刃は私のもの

心がざわざわしている気がする。でも同時にスッと澄み切っているような気もする。
暦の上では、そして本州以南は既に春なんでしょうか。そう言えば最近コートを着ていない。季節の変わり目は心が落ち着かなくなる気がします。環境が大きく変わる事が多いからかな。元々春から夏にかけては精神のバランスが崩れやすいのだけれど、今年は冬の方が辛かった、ような気がする。ならばこれからは楽になるんでしょうかね。

仕事がね、楽しいけど辛くなることがあります。不公平とか不平等とか、文句を言おうと思うとつらつらと出てきてしまいます。頑張っているから報われるべきとまでは言いません。その頑張りが正しい方向とは限らないから。
ただ、目の前の仕事に一生懸命取り組むのが、それが多少『力』を抜いていたとしてもそれが仕事だと思います。『手』を抜くのは良くないと思うんです。
店長が相変わらず自分一人だけ楽をしているように感じます。あの人はあの人でやるべき事があるんだろうなと思っていますけど、それなら『僕はこっちの仕事をやるから、そっちをお願いします』の一言が欲しいと言うのは我が儘ですか。仕事の9割は言い方の問題らしい、という書籍を見かけたことがあります。指示を出してくれないと何をしてほしいのか分からない私がいけないんだろうか。きちんと訊いたり確認したりするようにはしているけど、何と言えば良いのかな、『この人は私に何を求めているのだろうか、どんな風に成長してほしいのだろうか?』と言う疑問の答えを貰えたことがありません。
今日も売り場づくりの指示をくれるのはパートの先輩ともう一人の社員さんだけ。今週中には完了させないといけない仕事は山積みなのに、どうして一人パソコンを弄っていられるんだろう。自分のその行動で周囲からどう思われるか心配にならないのかな。

他人は他人だし自分は自分。その意見には同意します。でも職場ってさ、自分一人のことだけ考えていればいい場所じゃないんだよ。
今私はすごく疲れていて、言葉がきつくなるかもしれない。他の人よりも筋力がある筈なのに、どうして力仕事を率先してやろうとしないんだろう。週報を確認しないから、本社からのお知らせが滞るよね。気付いた仕事は他の人に振ってるけど、折角気付いたなら自分でもやってみようよ。

接客は相変わらず楽しい。大好きだ。だからこその試練なんだろうか。私はこんなに堪え症の無い我が儘だったかな。

恨みつらみを吐き出す前に『今の自分がやれる事』をやっておこうとは思う。けど、あまりにも不公平な状況に居て。社会は理不尽で当たり前と言うなら、理不尽じゃなくする工夫をする必要があるんじゃないかな、そんな風に思う。



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