memo

▼2026/03/17:まだ放って置いて良い、傷が治ってないじゃない。

ちょっと気分が落ちてノートパソコンを開いたけれど、自分の過去を見返したら少し落ち着いた。
元々自分を俯瞰視するのが得意とよく言われる。観察力がある方らしい。私は今少し落ちているだけで、その前は寧ろ調子が良かった気もするから、上がって落ちたんだなと自覚出来た。こういう時日記をつける習慣があると良いね。
一時期のジェットコースター状態よりは幾らか緩やかなアップダウンになって来たと感じる。落ちる瞬間、自覚するまでの時間が長ければ長いほど急に深い所まで落ちたんだと判断することが多いけど、少しの時間で自分で持ち上げられるくらいなら『鬱転』と呼ばなくてもいいケースなのかな。今日は数時間で上がってこられた。
個人的に、皆に『自分の機嫌は自分で取らないといけない』と強制するのはどうなんだろうかと考える傾向がある。でもじゃあ、他の人の機嫌を取るのは違うとも思うんだけど。自分で自分を愛せない状態の人(時には私含め)はずっと自分を放り投げたままで居ろと言うのもおかしい、でもそれなら『慰めてもらう』くらいで良いんじゃないか。『機嫌を取る』とは少しニュアンスが違うように思える。『共感してほしい』とか『話を聞いて欲しい』だけならまだ許されるんじゃないのかなって。
それが『行き過ぎる』と良くないんだろうね。私は自分で自分の機嫌が取れないと自覚したら、一人で部屋に籠って動画を見たり、このブログを読み返したり更新したりすることが多い。他にも音楽を聴きつつ只管一人で街を歩くとかも結構効く。落ちるのを防ぐには筋トレとか入浴とかが効くんだけど、一回落ちちゃったら自分の機嫌を取る為にと言うよりも、考えを整理する為に敢えて耳をイヤホンで塞いで活動する。

多分、生まれつきの特性で、マジョリティの人より感覚が鋭すぎる時があるんだと思う。いろんなものが刺激になる。嗅覚は大分前になくしたから、それ以外が鋭いのかもしれない。作品を書く時も敢えて照明を絞って音楽を聴き続けないと集中できないし、聴覚が少し過敏だからか、急に鳴る大きくて突発的な音が苦手だ。視覚も(視力は低いんだけど)強い方だと思う。光や色の刺激に弱いところがある。でも不思議な事に私が描く絵は比較的、カラフル寄りなんだよね。それでも自分にとって嫌な色は使わないから、周囲の色は色調が揃ってると感じる事が多い。だから自分の部屋が落ち着くんだろう。部屋の色合いが居心地に関係する割合が多いかもしれない。触覚も味覚も敏感だ。苦手な手触りの物に触れる事は無意識に避けるし、逆に手触りが良い物はずっと触ってしまう。味覚は小さい頃から好き嫌いをしない方だったけど、それでも避けたい味があるのもたしかで、一般的に好きな人が多いらしい食べ物でも食べられない物は結構ある(例:黒豆の煮物、かぼちゃの煮物、仕出し弁当はあまり食べたくない)。好きな食べ物は最近変化してきた。学生の頃ははっきりとした味のものが好ましかったけど、今は出汁の効いた和え物とか、薄味のお饂飩とか、焼きたての出汁巻き卵とかの和食が好き。最近自分で作る料理で一番好きなものは『ひじきともち麦とツナ缶のサラダ』と気付いた。或る料理研究さんのレシピをアレンジして作ってて、薄いシンプルな味付けなのにボウル一杯食べたいくらい美味しい。

今こうして自分の感覚とか好きなものについて考えて書いている内に、自分の中の波が落ち着いて来たと感じてる。ジャーナリングだっけ、自分の考えを書き出すのって良いんだね。デトックスとも似ている気がする。

正直さ、この後眠剤を飲んで眠りについて、起きた頃にはこの感情は忘れちゃってると思うんだよ。ここ三日間風邪の所為で筋トレが出来なかったから、少しフラストレーションが溜まったかなと思ってる。
体と心は繋がってるから、どっちかが調子を崩すともう片方も簡単に崩れやすくなる。だから自分をよく見て行動を選ぶ事が自分を回復させる早道なのかもしれない。

見つめるというより、外側から観察する。自分から解離しやすい私らしい対処の一つだと思う。そう考えると、過去から幾らかは学べてるのかなってね、ちょっと思うな。

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