▼2026/04/11:遠浅の海に沈んでいく、浮上するより揺蕩う方がいい。
少し前に指摘された事がある。精神科で急遽血液検査を受ける事になって、注射が大の苦手だから本当に嫌だったけど健康管理の為にと腕を差し出した。結果はまあまあ良好だった。中性脂肪がやや高くてクレアチンキナーゼも一般より少し高いくらいで、その他は甲状腺ホルモンが基準値より若干低い。この値が高すぎると所謂バセドウ病を疑う余地があって、逆に低すぎると橋本病の疑いがかかる。詳しい症状は気になった人がググってくれればいいけど、鬱病や適応障害に近い症状も出るらしい。そして、私の場合悪玉も善玉もコレステロール値が高いんだけど(総コレステロール値も高かった)、ついさっき視聴した動画で『適応障害が疑われた人が血液検査をしたら、実は甲状腺機能に問題があったケース』を知った。この動画では患者さんのコレステロール値が高く、念の為血液検査をしたら甲状腺ホルモンが低すぎると結果が出たらしい。
少しドキッとした。私も甲状腺ホルモンが少し低くて、元々コレステロール値が高くなりやすい。未成年の頃からだ。全ての橋本病患者さんに甲状腺機能低下症が出るわけではない。でも具体的に橋本病の症状を調べると、若い頃の私にかなり当て嵌まる。体重が増加してしまうのも低体温だったのもそう。月経不順や月経過多、貧血気味でもあった。
甲状腺機能について指摘されたのは今回が初めてだ。これまでの主治医は皆腎機能や肝機能の方を気にしていたし、今の主治医になって初めて指摘された事はこのほかにも幾つかある。善玉コレステロール値が非常に高いのは以前の病院では問題視されなかったし、クレアチンキナーゼについても同じ。今の病院に来てからも今の主治医になる前は私の趣味が筋トレな事もあり、割とスルーされていた。
でも今の主治医は細かい所まできちんと診てくれていたらしい。感情的な態度はとらない人だけど、患者の為を思って色々なアドバイスをくれて、悩みがあったり不自然な様子があればなるべく時間を取って問診してくれる。
で、私が常にうすぼんやりとした希死念慮を持っていて、普段は軽い躁状態でも割とすぐに落ちたりあがったりすることに鑑みると、もしかして橋本病の症状が出ているのでは、なんて気がしてきたのだ。
何でもかんでも疑ってかかるのは良くない。でもこの奇妙な死にたさは本当に精神からくるものだけなのか、疑念が生じてしまった。
私の希死念慮の始まりは、以前書いたと思うが幼稚園の頃だ。いじめっ子に毎日虐められて、幼稚園に行くのが嫌で仕方なくて、自家中毒を起こすくらいだった。初めてはっきりとそれについて考えたきっかけはあまりよく覚えていないけれど、『自分を傷つけてくる存在から逃げきるには、この世から消えないといけない』と思ったのははっきりと覚えている。具体的な方法は勿論わからない。でも、はっきりと自分を終わらせるべきだという使命感めいたものを、あの頃からずっと抱えたままで居る。
成長していくにつれて理由は変容したけれど、常に隣にうすぼんやりとした希死念慮が居る(在るというより『居る』と言う表現の方が近い)。自分を甘やかせとか、周囲を許せとか、命を大切にしろとか、今ひとつピンとこない。
私のこの死にたがりは、一種のアイデンティティなのかもしれないと最近よく考える。実行には決して移さない、でも選択肢はいつでも直ぐ傍にあって、手を伸ばせば届く距離だ。生きていたいのは事実だし、未来を夢見る気持ちもある。でも何処かで『自分は今行き止まりに居て、嫌な事からは決して逃げられない。そして、私は世界に独りきりだ』みたいな閉塞感めいたものがある。時々呼吸が苦しくて、それを誤魔化すように溜め息を吐く癖がある。うまく息が吸えない時間が長すぎたんだろうか。
このモヤモヤとした疑念を払う為にも、次の診察ではこの話題を出してみようと思う。
繰り返すけれど、私は今死にたいわけじゃない。でも、何かずっと苦しいんだ。連合弛緩もあってか嫌な考えの飛躍が止まらないし、ふとした瞬間に道を踏み外しそうな恐怖感もある。今私が此処で消えれば良いのか、と内心問う事も少なくない。
この世界以外に私が生きられる場所はない。産まれてきた時点で始まってしまった物語は、私の手でピリオドを打つべきじゃないからこうして文字を綴っているのだけれど。
人の心は常に変わりゆくものなのに、この気持ちだけは消えないんだよな、と自分が嫌になる。じゃあ全部終わりにすれば良いのかと言うとそうではないし、何ならもっと幸せになりたいしそれを味わいたい。まだ出会えていないけど、出会いたい存在は数えきれない。
「じゃあ死ななければ良いし、そんな気持ち、消せばいいでしょ」
「私は何が辛いの? こんなに楽しくて幸せなのに」
昔抱える事になった傷は、やっぱり癒えていないんだろうか。傷が大き過ぎたんだろうか。それこそ飲み込まれてしまうくらいに大きいなら、沈む時くらいはせめて浅くあってほしい。
この気持ちが心以外の何かにも由来するなら、薬を飲んで改善するなら、苦しみが少しでも軽くなるなら。
あるかもわからない解決策を望んでしまう。やっぱり私は生きるのが苦手なんだろう。人間として生まれたからこうやって思いを文字に出来るのに、悩んでしまうのも止められない。初めから言葉も理性も持たない生き物だったなら、こんな苦しみは無かったんだろうか。
でもさ、意識とか心って結局脳と言う臓器の働いた結果であって、人間が考える能力を手に入れた要因は生物として生き残ろうとしたからでもあるんだよね。より良い種として生き残って、生き続ける為に様々な知識や知恵を身に着けていった。道具を生み出して、想いを伝える方法として言葉を作って、大きな群れを成してこの惑星に広がっていった。
誰かを好きになる気持ち、美しい物や重要なものを後世に伝える術、他者を助けるべきと言う正義感、その他にも色々な人間らしさがある。でもそれが私を苦しめるなら、いっそ別の何かに責任転嫁したい。
ピリオドを打つのはいつになるかな。なるべくなら冷静な時にしたいよ。