▼2026/04/26:九番目の聴覚情報。奪い取られるくらいなら、
今日、Youtubeのお勧めでタイムラインに上がった曲がかなり良くて、ついアマゾンで購入してしまった。書き始めた小説がなかなかうまくいかなかったんだけど、これを聴いたらいい感じに妄想が熟成して構想が見えてきた。やっぱり私は聴覚優位の人間なのかな。前に就労移行支援で人間の知覚の仕方には『視覚優位』『聴覚優位』などの種類があると知ったんだけど、元々の私は『視覚優位』だった。でも今は(恐らく嗅覚を失った頃くらいから)聴覚の方が強くなってる。もしくは嗅覚以外の感覚が研ぎ澄まされたか。不快な音があると基本的に集中できないし、逆にごちゃごちゃの視覚情報は其処まで不快に思わない。特定の音を聴くと直ぐに耳を塞ぎたくなる。急に鳴る大きな音も苦手だし、人混みの中で怒号が聞こえたりすると本当に怖くなる。たまに、特性持ちの人なのか、大きな声で独り言を言いながら地下鉄に乗っている人が居ると怖くてイヤホンが手放せなくなることがある。不審な人物を警戒するのもあるけど、純粋に自分が望んでいない音が耳に入るのが嫌。だからテレビもニュース番組や天気予報以外見られなくなった。好きな俳優の出ているドラマも見るのが辛い時があるから、最近はあまり作品数を見なくなった。
何だろうね、音と言うより『言葉』なのかもしれない。音が続いて言葉として意味を持った時に私のなかに何らかの連想反応が起こって、それが不快だと耳を塞ぎたくなる感じなんだよね。
だから『苦手な言葉が多い』って言うのも付け加えてもいいかもしれない。誰かの話を聞く時は特に不便に感じる事は無いんだけど(だから仕事でお客様と話すのは得意)、テレビからの恣意的に整えられてしまった言葉やストーリー性を持った話が苦手なのかもしれない。私は自己と他者の境界が結構曖昧な方だから、自分の中に侵入されているような気がして、それから過去の嫌だった経験を思い出して嫌な感情をもう一度味わうから避けたくなるんだろう。
これが好きな音楽や言葉だと耳にするたびに良い気持ちになるんだ。もう一度味わいたいと繰り返し聴いてしまう。
人間が嫌な記憶や恥ずかしかった過去を思い出してまた嫌な気持ちになる事を『反芻思考』と呼ぶらしい。私はきっと、この機能が大多数の人より強くて蘇る記憶や感情の再現性が高いんだ。音楽を聴いている時は基本的に空想をして過ごす事が多いから、これを利用して『良い気持ちになれる記憶』を反芻する為に音楽を聴く。
日本語は基本的に表音文字と表意文字を組み合わせて文章を作るから、語彙があればあるほど聴覚優位になったっりもするんだろうか。同音異義語が沢山あるから文脈から意味を推測するスキルも居るんだけどさ。
とは言え仕事の時にはメモを欠かさないで視覚でも指示内容を確認できるようにしてる。
こうやって自分の扱い方が分かってきたのは割りと最近だから、これまでの私は訳も分からないまま不快な気持ちになったり、その対象から距離を取る事も出来ていなかった。
年々悩みは増えるんだけど、生きやすくはなっても居るという矛盾めいた感覚の使い方、もう少しブラッシュアップしたいな。