▼2026/05/21:擦れ違う、触れる事無く去っていく。あの人もきっと、
一度壊れたものって簡単には治らないね。直せもしないし。心が壊れた時、罅割れた部分に接着剤みたいなものを流し込んでくっつけたとしてもその箇所は他の所より壊れやすい事に変わりないから、簡単にまた罅割れるの。レジンで樹脂部分に金属パーツを付けようとしても光が透過できなくて効果の具合が悪く、耐久性が劣る、みたいな話。人間が生きている時でも死んだ後でも、その人が感じた事や思った事を完全に理解できる人は本人以外に居ない。私が感じている事、思っている事、考えている事、全部私以外には理解し切る事は出来ない。伝える術として文字や言葉や声があるけれど、全てが伝わり切る事は無いんだ。誰かとの間には決して超えられない隔たりがあるんだよ。解ってる心算でも時々歯痒いし苦しくなるね。
私は心に弱い箇所が多い人間だ。壊れた経験が多過ぎるのかもしれない。罅が入り過ぎて中の芯に近い部分にまで達していたのかもしれない。だから未だに高校三年生の夏の日を忘れられない。病室のベッドに縛り付けられて目覚めたあの日。病院の中なのに随分と暑かった。大怪我をして高熱が出ていたからだったんだけど。
病院のご飯は美味しく無くて、毎日残していたら出される栄養剤がもっと美味しく無くて、食事すら拒否して点滴を繋がれた。氷の入った冷たいお水だけは美味しかった。
起き上がる事も出来なかった。拘束が解かれてやっと自由になれると思ったら、身体のあちこちが折れていた所為で巧く動けない。ベッドから身を起こすだけでも汗だくになった。一生車椅子で暮らすだろうと宣告された。
一般病棟に移って必死でリハビリをした。自分でやった事の結果は自分で如何にかしないといけない年齢だったから。
緊急搬送先を知らされ駆け付けた母が見た私はまるで獣のようだったらしい。全身の骨が折れて粉々になった部分まであったのに、集中治療室で大暴れしていたそうだ。ベッドに縛り付けられていたのは暴れた所為もある。目覚めたばかりの私は只管に『消えないといけない』と繰り返し述べて実行しようとした。結果、三階の病室から一階に移された。
通っていた高校の校舎には、生徒が自由に出入りできるベランダがあった。私は其処から飛び降りたのだと聞かされた。初めは悪い夢だと思った。だから目覚める為に夢の中で眠ろうとした。勿論それが現実だったんだけど。
あの頃、生きる事がどうしても辛くて、もう全部放り投げてしまいたかったのかもしれない。色々な事が同時に重なった。実父の醜聞、確執がなぜ生まれたか、実父と母の本当の離婚理由。元々いじめられっ子だったこともあり繊細過ぎて時折自分を傷つけたくなる衝動を抱え生きていた私は、心が弱くなる要因だらけの人生を如何にかやり過ごしていた。
あの夏の日、本当に総てを壊そうと思ったのかは、はっきりとは覚えていない。ただ、消えなくてはならないという使命感を持って目覚めたベッドから見上げる天井を、未だに覚えてる。
一度ゼロやマイナスへ近づきすぎると、其方への選択肢が生まれてしまう。いつでも手が届く位置にあの日がある。自分で自分を終わらせる以外に、あの日の私には打つ手がなかった。
八月の下旬だったと思う。高校生活最後の文化祭をそれなりに楽しんで、授業には出たり出られなかったりを繰り返して、自分でも何が怖いのか分からない事が怖かった頃。その前に一度自宅でも同じことをしているんだけど、その時はほぼ無傷で済んだ。済んでしまったから、もう一度やったのか。
「私はいつか、自分の知らない所で知らない自分になって、消えてしまうのかもしれません。それが怖い」
そんな話を当時の主治医にした記憶がある。彼は「そんなことは有り得ないよ」と言った。半分以上、嘘だと思う。事実私は正気を失くして飛び降りた。自分の知らない所で傷つき過ぎたんだねと言われた。傷付いて痛いくらいなら、消えればいいと思ったんだろうか。
沢山の物を失って、取り戻したものもあれば失ったままの物もある。もうあれ以前には戻れないだろう、様々な意味で。
放り投げられ落ちて粉々に砕けてしまった欠片を掻き集めて、樹脂に混ぜ込んで硬化させたような人間が今の私だ。欠片の材質は多分、クリスタルガラスよりは硬かったと思う。スプーンで撃ったとしても壊れないくらいだけど、人の手で壊せるくらいには脆弱。
命に別状こそなかった。でも一歩間違えたら本当にいなくなっていた。当時私を心配してくれる人達は沢山居たらしい。家族以外にも沢山。それでも消えたくなるんだから私は欲張りだね。
本気で消えようとしていたわけじゃない、と今は思う。心のキャパシティーを超える出来事が多過ぎて重なりまくってしまったから、リセットしようとしたのかもしれない。いじめられていた頃はよく『私が死んだらあの子達も分かってくれる。自分達が何をしたのか、何を壊したのか。きっと後悔してくれる』と思い込んでいた。そうなれば嬉しいとも思った。『これで思い知らせることができる』って。
でも最近思ったんだよね。『後悔できるくらいの人はあんなにも人を追い詰めたりはしない』んだって。私が命を懸けた復讐のメッセージを、他者を容易く追い詰めるような人たちがきちんと違わずに受け取れる訳が無いんだ。寧ろ『そんなに辛かったなら言ってくれればよかったのに』とか『自分達だけの所為じゃないし』とか『勝手に死んだ! 面白くない!?』みたいに頓珍漢な事を言う。幾ら正しく綴ったメッセージを送っても、受診する側の認知が歪んで受信機が故障してたら文字化けして読めなくなるんじゃないのかって思って、受け取られないのに投げ続けるのは建設的じゃないと思い始めた。
そんな奴等の為に私が命を懸けるのは割に合わないよね。それでも消えたいと考えるのは『今』が辛いからだ。心が『今』に注目し過ぎてるのかもしれない。今なんて直ぐ過去になるのに。
今この瞬間の気持ちを綴るのは、未来の私の為なんだと思う。未来へ進む為に、生きる為に書いてるんだと思う。文章にすると云う事は『後から読み返せる』と云う事だ。
私の復讐が無意味な復讐で終わらないようにする為に、思いを『言葉』の鋳型に流して固めて、形作って置く。読み返す少し先の未来の為に気持ちが変容してしまう前に固定する。そうしたらきっと、心の中のどろどろとしたものの仕舞い先が決まる。一旦仕舞っておいて、後で少しづつ細かくして見直して、受け入れられるようにしてから血肉に出来ればそれでいい。
どうしても心が苦しくなりやすい性質だから、もうこれは性分だから。そう言い訳を繰り返しながら、自分を傷つけるものを別の時間軸と角度から見て、距離を保ちつつ少しづつ許容して受容していく。ゆるすのって難しいんだけど、ゆるす事で私もゆるされる。
傷付きやすいのも、弱いのも、みんなどこかしらに弱点がある以上『みんな違ってみんないい。けど、てんで揃ってみんな駄目』な生き物が人間だと思うんだ。人間である以上思考からは逃れられない。思考を止めるのは本当に難しい。考えた時と考えなかった時で結果が変わるとは限らない。でも考え方次第で見方は変わるから、そうやっていろんなものを受け容れたり距離を取ったりしながら選択して生きていく。
この考え方が許容されない事があるのも知ってる。でも私は既にあなたをゆるしているから、あなたも私をゆるしてくれないかな?
つらつらと書いてみたけど、気持ちの整理はついてきた。ただ、あばら骨の間がすかすかするのはまだ止まらないから、少しだけ甘い物を食べて、好きな曲を聴いてから眠ろうと思う。今日くらい良いよね。