▼2026/06/17:五線譜の上、いい加減踊り疲れた爪先
最近よく聴いている曲があるんだけど、今書いている小説のイメージ元になっているから久しぶりに音楽を購入してみた。執筆BGMにして連作を投稿してる。このブログでは私が今いるジャンルや界隈の話は敢えてしてきてないけれど、付き合いの長い人には結構バレバレなのかもしれないと思うと『そのまま黙って見守っててほしい』と願わざるを得ない。でもBGMにしてる曲の事だけなら語っても良いかな。語るほどの事でもないのかもしれないけど、此処って元々私の日記帳だからさ。今回発想元になった曲は雨良さんの『バゥムクゥヘン・エンドロゥル』って曲。聞いてみたらわかると思うんだけど、ベートーヴェンの第九『歓喜の歌』とかなり似ている、というよりもオマージュなんだと思う。元ネタがバレた時に作者が嬉しかったり「その通り!」ってなるのがオマージュで、元ネタを知った側が楽しめるのがパロディ、どっちも楽しくないのがパクりだと思ってるのは置いておいて。
この曲は初音ミクと重音テト、亞北ネルが使われた所謂ボカロ曲だ。この界隈にも親しんで長いけど、一度隆盛を極めたジャンルは趣向や構成の仕方を変えて生き残り続けるんだね。ベートーヴェンの第九も似ている所がある。日本人ってさ、有名なクラシック音楽にアレンジを加えた(ときにはおふざけも含む)曲を二次創作して楽しむのが好きだよね。
この曲を聴いて暫くして、以前此処にも書いた自作の短歌が頭上から降って来た。仕事の品出しをしてる時で、品出しに関してはあまり頭を使わなくても出来る仕事だから、別な事を考えている時も多い。何も考えない時もある。考えなくても手は動くから特に差し障りは無くて、でも仕事中だから作品の事を考えてばかりっていう訳でもない。ふっと何かの考えが途切れた瞬間に短歌の後半(五七五七七の七七部分)が降って来て受け止めた時に考えが脳内で小さくスパークした。パチッと、静電気くらいの強さで。
前から自作の短歌を元に小説を書いてみたいとは思ってた。でも意外と難しいんだね、短い音節に載せるのが大変でなかなか詠めなかった。でもその時急に『それでも種蒔く 冷え切った手』って現れた文章と決められた音節が重なってしまったから、逃すわけにはいかなかった。仕事終わりの地下鉄に揺られながら五つの短歌を詠んで、驚くほどスムーズに書けたのもあって執筆を決意する。其処からは少し時間が掛かっちゃったけど、今は連載の第二話を書き上げて投稿した所。
正直、人気は出ないと思ってる。でも不思議とそれで良いと思えた。感想がもらえたりイイネが貰えたらそりゃあ嬉しいんだけど、何だろう、他の人からの評価待ちの作品ではないらしいんだ。私の中ではね。
『バゥムクゥヘン・エンドロゥル』所謂『NTR』って言うジャンルを歌にしたものらしい。あまり下品なことは書きたくないけど、誰かの恋人を『寝取る(つまり浮気)』って言う言葉の頭文字をとっているらしい。今まで一度もモチーフにしてこなかったジャンルだ。
でも其処に人間ならではの悲哀とか、裏切られた被害者は被害者であり続ける必要もなくて、実は加害者たりうることもあるって感じのお話を執筆している。歌詞の最後に『アンタ等に贈るホコロビの歌』ってあるんだけど、これを巧い事作品に盛り込みたい。明日も休日だから執筆したいし、イメージイラストも本書きを始めたい。
やっぱり音楽は良いね。聴覚が過敏ゆえに無いと生きるのが本当に苦しくなるから、これからも自分の耳に良い音を聴き続けるんだろうね。そうしてまたネタを拾うと。
耳が良過ぎるのは問題だけど、案外武器になる。記憶力が強いのもそうだね。普通の人が覚えていない事柄を縫って繋ぐと、案外いい感じにデザインされた作品と言う名のパッチワークが出来上がる。
五感の一つが無くなったからこそ書ける小説って、聴覚を失っても曲を書き続けたベートーヴェンへの餞になったりしないかな。