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▼2026/07/21:架空世界の悪役みたいじゃない? 偽の骨 矛盾しない傷跡

今日も今日とて仕事する。来月の棚卸に向けてストック部分の商品を出しまくりカウントし序でにあちこち掃除した。お客様への対応、取引先及び系列店への対応も勿論しっかりと。ちょっとだけ残業もした。何が言いたいかって、いいかげん賞与の明細を寄越せと言うお話です。今月に出るのは分かってる。でも詳細を知りたいのに明細がいつまで経っても来ない。此方としても色々と計画と言うものがございましてね、ええ。
一人暮らしも勿論なんだけど、医療費を支払わないといけない検査が幾つかございまして。そろそろ乳がん検診行っとかないと不安なんだよね。ただでさうち癌家系だし、現在進行形で治療中の家族も居りますので仮になるなら早めに見つけておきたいじゃないですか。二年くらい間を空けちゃってるんだよなぁ…後は眼科も行きたい。コンタクトの処方箋が欲しい。
今年に入ってから結構な回数医療にかかってるので、今年度は高額療養費制度を活用できる可能性もありそう。休日に当番病院行ったりしてるし、この前のアレルギー検査だって項目目一杯受けちゃってるから結構高額だったし。ちなみに今年も婦人科は異常なしで検診を終えました。
嘗ての職場での知識のお陰で保険診療について理解はある方だと思うんだけど、点数とか診療報酬改定とかを聞くとびくっとしちゃうのはそろそろやめにしたいね。貴方もう医療従事者じゃないでしょ。今オタクやってるジャンルが若干医療知識あると楽しめるから知識を保ってるだけなんだよね。英語は別のジャンルを見たくて勉強してるけど。
登録販売者の試験からも大分経ってるから、当時と現状とは色々違うんだろうな。そろそろ白血球の種類とか消化酵素の名前とか忘れて来た。それでもYoutubeでお薬系の動画を見るのは好きです。毒物について解説してる動画も面白い。LD50とか懐かしい単語だ。

話しが若干それるんだけど、世の中には分からない事が発生したらまず調べる、と言う行動をなかなかとれない人が意外と多いらしいですね。例えば自分の身近な存在が健康を害される可能性があるとして、その原因物質を含む食品を避けるために商品の原材料を調べる、と言うのを思いつかないみたいな。
いやこの前びっくりしたんですよ。お犬やお猫って玉ねぎを摂取するとヤバい症状が出て最悪の事態とか起こり得るんだけど、コンソメスープをあげようとしてる人が居てさ。思い切り玉ねぎ使ってるし何なら長ネギとか西洋長ネギとか入ってる可能性もあるし塩分だって駄目だろうって。
食欲が無いみたいだから美味しい物を用意してあげようって言うのは分かるんだけど、玉ねぎが駄目なのも常識みたいなもんだけど、コンソメスープの作り方を正確に把握してないのはまだ分からなくもないんだけど、まずは一回その手の中の魔法の板を使って調べてみよう?確か溶血性貧血とか起こしちゃうはずだから。
ググれカス、って今は言わないのか。私は『取り敢えずググるわ』って直ぐに言っちゃうタイプなんだけど。
医療系の知識を或る程度は維持できてるのは、何かしらの調べもので医療系にアクセスする癖がついてるからかもしれない。オタク活動でも結構使う機会あるし。その辺ディティールしっかりしてる方が話が面白くなるからさ。大分前に臓器移植とか指定難病の知識が必要な場面が出てきて、仕事以外では調べものだけしてたときあったんだよね。
一昔前だとネットの知識だけで調べた気になるなって言われても仕方なかったんだろうとは思う。ただ、ググらない人ってそもそも図書館にも行かないだろうし本屋さんはもっと行かないと思うんだ。

辞書を引かないのはまだわかる。ググればいいから。でもググりすらしないって、どうやって知らない事について知るんだろう。

ネットも大分便利になって来たし、色んな情報にアクセスしやすくなり続けてるのに、調べる方法が分からないんじゃなくて『調べるって言う選択肢がそもそもない』って言うのは結構な危機なんじゃないかって思う。うまく言えないけど、『考える事』『推し量る事』『思いつく事』がどんどん減って、いつか無くなってしまう様な気がして。

私が充分に知的能力に優れているとは言わないし言えない。足りない所は結構足りてない。でも、そこを埋める努力は放棄してない。勉強し続けてるのは『楽しい』のと同じくらい、『足りない部分を埋めたい』からだ。
折角考える力を持ってて好奇心もあるんだから、知らない事は調べたいし、新しくつけた知識は有効利用したい。未知の物を知るのはいつだって面白い。既知の事を掘り下げるのも同じくらい面白いけど。

前に『勉強すると、楽しめるエンターテインメントの量が増える』って或る人が言ってたんだよね。楽しめるエンターテインメントってことはつまり、『面白い』と感じるコンテンツが増えるってこと。例えば「そんなに考え込み過ぎると虎になるぞ」みたいな古典文学から来る比喩表現とか、物の数を数えてる時に「今何時だっけ」って技と問いかける『時蕎麦』みたいな落語に準えた言葉遊びとか、アニメのオープニング映像の画面構成がこのコンテンツからのオマージュじゃん、って気づけるとか。

今回私がブログに付けたタイトルの意味はどうとられるんだろうか。昔読んだ小説を若干オマージュしてる。此処では解説しないでおくね。これを読む人に調べてほしいし。

調べられる事が当たり前じゃないのがちょっと怖くなることもあるんだけど、その考え自体が傲慢な気もする。後天的なものかって言われるとそうでもない気もするし。
ただ、中学生の頃物語を書き始めてからずっと、書きたい物の為には調べるって言う癖がついちゃってそのお陰で人生楽しいからさ。一個でも調べてみたら別の物も面白くなるんじゃないのかなってね、色んな人に勧めたくなっちゃうの。大分お節介だね。

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