memo

▼2026/09/28:白粉はたいて化粧う紅 刷くなら小指? 瞼なぞって胸を張れ

装いについて語ってみようと思い立った。
私はお洋服やメイクを含めたお洒落が大好きなのは皆さんご存知だと思う。可愛らしい物、格好良い服装、整った髪型、美しいディティールを追求することが好きだ。メイクに関しては研究に近いレベルの事を二十年以上やっている。数年前登録販売者試験に合格したのをきっかけに資格取得に興味が湧いて、転職を考えていた事もあって日本化粧品検定を受けてみる事にした。この資格には1級と2級があって、私は受験日程なども加味して一日に両方を受けて両方に合格した。勉強した期間は半年ほど、ほとんど独学だ。テキストは公式の物を購入し、模擬試験も受けてみて『多分2級は余裕で受かる』と確信して同時に両方を受けるという軽めの暴挙に出た。

物心ついた頃からお洒落が好きで、幼稚園の頃初めてネイルサロンへ連れて行ってもらった。その頃毎日のように爪にシールを貼ったり水性ペンで色を塗っていたのを見た母が「爪を綺麗にしてくれるところ、行ってみる?」と提案してくれたのだ。
当時はまだジェルネイルが主流じゃない頃。赴いたお店のお姉さんにマニキュアについて軽く説明を受け爪を整えるところから始めて貰った。ぬるま湯で甘皮をふやかし、オレンジスティックと呼ばれる木の棒にコットンを巻いたものとキューティクルオイルを使って優しく押し上げる。爪の形もまるく整えて、明るいピンクの色を塗ってもらい、乾かす間はじっとして、白いお花も描いてもらった。当時五歳の私にとって一番印象的な思い出の一つで、あの時はただ嬉しいだけだったが、大人になってから「うちのお母さん凄くない?」と思うくらい楽しく誇らしい体験だ。
日頃母への不満もこの日記に書いている私だけど、小さい頃から母は自分にとって関心の無い分野であっても私がやってみたい事は大体やらせてくれた。
この体験がきっかけになって、小学校の高学年頃からセルフネイルを始めた。高校時代、ナチュラルなカラーばかりとは言え毎日のようにネイルをして通学していたが(調理実習の日以外)、本来であれば校則違反だっただろうに先生方は何でか見逃してくれた。メイクは休日に行う事の方が多かったが、そもそもうちの学校は校則違反の見た目の生徒を頭ごなしに否定しないタイプの高校だった。ギャルの友人は流行に則り教室で付け睫毛のカスタムを行なっていたし、授業中でなければメイク直しをしていても特に何も言われていなかった。
私が本格的にメイクを始めたのは中学生の頃だ。当時ゴシックロリータやパンクロックの服装に傾倒して兎に角濃くて派手なメイクばかり研究していた。スキンケアに関しては小学生の頃に母から指導を受けて始めたのが最初だろう。洗顔料や化粧水は自分で選んで購入していた。お小遣いの範囲で如何にかできる価格帯の物が中心で、誕生日やクリスマスにねだって購入して貰う事も幾度かあった。

高校生になると周囲も皆或る程度のメイクをする子の方が多かった。校則は一応「メイクは禁止」なのだが、生徒指導の先生含め、皆「常識の範囲なら良いよ」みたいな態度で見逃してくれていた。実のところ、服装検査や頭髪検査と言った見た目を縛るタイプの指導を受けた事が無い。
中高と制服の無い学校に通っていた事もあり、お洋服は自分で選んで購入して学校へ来ていくのが当たり前だった。中学の頃はパンクロック寄りの格好だったのもあってUNIQLOやアベイルで購入した洋服へカスタムを施して着用することが多かった。田舎の学校だったからか、周囲に似たようなタイプの女生徒はいなかったけれど、個性豊かなのは良い事みたいな認識で受け入れられていたらしい。
高校生になるとお小遣いの額が上がり、長期休みなどに原宿へ向かってはお洋服を購入していた。メイクも同時に研究しまくって、でもドラッグストアで購入できるものが中心だったあたり若者らしいと言えたかもしれない。
この頃精神を病んで何度か入退院を繰り返したが、それでも自分の装いを整えることはやめなかった。当時、お洒落で可愛い事は私にとって最優先事項で、どんなにメンタルが荒れても洗顔とスキンケアは欠かさなかった。自分でも不思議なのだが、メンタルの荒れが見た目への無関心には絶対に繋がらなかった。
メイクへの自信がついたのは割と遅い方だったかもしれない。専門学校2年の頃指導してくれた教諭と女子トイレで一緒になった時、メイクを直していたら「あなた、ちゃんとメイクしていて偉いわね」と褒められたのがきっかけだったように思う。その教諭は社会人としてのマナーを教える講師で、彼女はうちの学校の女生徒たちがあまりメイクをしない事が気がかりだったらしい。元々ブライダル関係の仕事をしていたそうで、私が毎日昼休みに女子トイレでメイク直ししているのに感心していたと教えてくれた。確かに、メイクの乱れは本当に許せない事の一つだから昼休みには必ず鏡の前に居た。髪型も服装も、一日に何度か整える機会がある。今は接客業な事もあってマナーとしての身嗜みも整える。けれどもそれ以上に『装う事』が好きだ。
卒業前に彼女は生徒たち一人一人に『長所と思う所』を教えてくれたのだが、私の時には「あなたは本当にメイクが上達した」と述べていたので最後まで私は『きちんとメイクをする女子』と言う認識だったのだろう。

社会人になって暫くした頃、コンタクトレンズを使うようになったのもあって更にメイクが上達した。自由になる岡部が増えた事もありスキンケアは『とにかくお金をかければいいでしょ』とデパコスに手を出しまくっていたが、現在はプチプラの『菊正宗酒造 日本酒の化粧水』と同じラインの乳液へ落ち着いた。それでもナイアシンアミド入りの一番値の張るものだが。ここ数年この二つでスキンケアを終えることが殆どだが、肌の調子は割りと良い。高い物を闇雲に使ったり、高いからとケチって使わないで安価なものをたっぷり使うのが合っているらしい。日焼け止めも安さとUV対策の効果、使い心地を重視して選び、此方も何年も同じ商品をリピートして使っている。

多分なんだけど、私は割と早い段階で『今の自分の最適解』みたいなものを見つけられたんだと思う。それは商品もそうだし、使い方も同じ。全身の保湿はするけど、マッサージまでは毎日なんてできないし、メイクを落とさずに眠る事はあり得ないけど、シートマスクに何千円も出すのは難しい。たまに気が向いたらスペシャルケアもするし、時短したい時にはクレンジングと洗顔料が一体化した商品にお出まし願う。シャンプーをする時はネイルの保護も兼ねてスカルプブラシを使用して、序でに頭皮も揉み解しておく。頭痛予防も兼ねている。
通勤中は暇潰しも兼ねて顔の体操をして歩いていることが多い。舌を口の中で回したり、首の筋を伸ばしたり、こめかみを揉んでいる若干の不審者だ。
現在三十四歳だが、お陰様でほうれい線もゴルゴラインもマリオネットラインもない。と言うか、目元の細かなものを除くと皺らしきものは今の所ない。結構自慢できる点だ。
前の仕事をしていた頃より体重は増えたが、同時に筋肉も増えた。毎日身体を動かすのは大切な事なのだろう。疲れてもお風呂に入って汗を流し、しっかり眠れば翌日には回復しているから若い頃よりも体力があるように感じている。

仕事とプライベートではほとんど別人のようなお洋服を着る。現在はパンクロック要素はほとんど無く、基本ロリータかガーリー路線にゴシックや地雷の要素を足している。たまに量産系の時もある。昔からくすんだパステルカラーが好きで、今は兎に角ピンクとラベンダー、ミントグリーンが大好きだ。以前パーソナルカラー診断を受けたところ、『ブルベ夏、でもブルベ冬の要素もあり』の判定が下った。骨格は典型的なストレートらしいが、下半身に肉がつかず上半身に厚みがある所は特にストレートだと我ながら思う。
幸い自分の好きな色が似合う色なので、基本的にイエベ向きの色はあまり使わない。特にイエベ秋向きの色を使うと顔色が病人になってしまう。しかし、グレーの口紅やどす黒いカシス色の口紅を使っても病人にはならないのが我が事ながら不思議だ。ゴシックなメイクをしても怖くはならないらしく、以前小さな女の子に「お姉ちゃん可愛いね!」と褒められた事もあった。この女の子も可愛らしくて将来有望だと思った。
道行く高齢のご婦人にもよくお洋服を褒められるし、ロリータを着てフリル付きの日傘を差していたら初対面の女性に「何処で買ったんですか? 姪っ子にプレゼントを探しているんです」と問われた事もあった。

自分にとって好きなものが似合うというのは当たり前の事じゃないし、似合わせるための努力は欠かせない。でも、装いを整えることは『義務』じゃなくて『嗜好品』に近いものなんだろうなと感じてもいる。お洒落はしたい人はしたいだけすればいいし、逆も同じ事。職場やTPOに応じてさえいればどんな格好でも良いのだ。見た目って、整えようと思うと際限がないから。だから自分以外の人の装いに口を出し過ぎるのは如何なものか、と思って特にコメントを求められない限り、他の人の服装に口は出さないし、アドバイスもほとんどしない。たまに母から洋服を見立ててほしいと要請された時くらいだろうか。それでも大分趣味と価値観が違うので商品選びには難航するが。

私にとって装いとは『嗜み』であり『楽しみ』だ。無駄な事と思われかねないこだわりも、私の日常には必要なもの。でもそれを押し付けないのが私にとっての『矜持』の一つなのかもしれない。


←前へ | 次へ→