memo

▼2022/08/13:さよならは私から言った

お盆である。私にとっては実の父が亡くなってから初めてのお盆だ。花束でも抱えて墓参り、なんてことはしない。私にとってあの男は、この世で一番憎い相手だった。過去形なのは、既にこの世に居ないからである。
私は幼稚園と小学校、九年ほどに亘っていじめを受けた。私をその幼稚園に通わせることを決めたのはあの男で、小学校もあの男が家を建てた学区の小学校だ。それも、いじめっ子と認識している人物も通う小学校である。その後北海道から本州へ引っ越したが、引っ越し先でもいじめに遭い自殺を考えた。助けてくれたのは父ではなく母と担任だった女性教諭だった。中学に上がって、あの男は刑法に触れて逮捕され、それを理由に両親は離婚している。私が統合失調症になったと推定されるのは高校生の時。その時あの男は拘置所から私宛に手紙を送っては近況を聞きたがる。
私は泣きながらそれを読んでいた。私の趣味の一つ、絵を描く事を教えてくれたのはあの男で、当時私は漫画を描いて生計を立てたいと考えていたからだ。夢を与えてくれたのはあの男だったのも事実で、でも私が苦しむ理由を寄越したのもあの男。その後無職で生活保護を受ける中私に金を無心したり怪文書を送りつけたり死ぬ死ぬ詐欺をしたりと様々な嫌がらせを繰り返すあの男は、昨年九月に息を引き取った。身体じゅうが病魔に侵され、どの病気が死因かもはっきりしなかったらしい。血縁の誰にも看取られる事無くこの世を去ったあの男へ抱いていた憎悪や恨みは、未だ私の中に息づいていたらしい。
嘗ての私は、あの男へ明確な殺意を持ち本気で殺してやりたいと具体的な方法まで考えが及んでいたのだが『あの男を殺した所為で私の人生を滅茶苦茶にしたくない』と心にブレーキをかけてあの男と接点を作らず連絡先も教えない事を徹底して対応していた。そんな中二度目の就職活動で現職の実習が始まる直前、あの男は死んだのだ。正直驚いた。あれほど憎んだ男の死に何ら感慨もわかず何とも思わない。寧ろそこから始まる相続放棄への手続きの煩雑さに辟易するだろうとの予感に憂鬱になったくらいで。
私にとって、今の職場はほぼ理想通りのそれである。この仕事を得るために必死で努力して、今ではとても楽しく遣り甲斐の感じられる日々を送っている。そして、あの男が死んだ今、私には殺意や憎悪を向ける対象が存在しない。そこでハッピーエンドならよかったのに、今度は自分にその矛先が向いてしまったようだった。まるで呪詛返しである。あの男を本気で呪ってしまったから、同じくらいの何か≠ェ返ってきてしまったようなのだ。
私は、今現在幸せだと感じる自分を呪っていると言われた。この幸せはそう長くは続かないと、絶対にいつか現実に裏切られると、だから幸せになどなれないと自分に言い聞かせていた。だってそうだ、本気で幸せだと感じる時間が
、その幸福感が強ければ強いほど、奪われた時の傷は大きいのだ。だから、幸せだと思ってはいけない。傷ついてまた死のうとしてしまう前に踏みとどまらなければ、また飛び降りてしまう。あの男への殺意を押さえていた時のように、私は私の感情にブレーキを掛けた。

私には元々解離の症状がある。幼稚園の頃から自分が自分ではない感覚を持っていた。客観的な主観とでも言えばいいのか、直ぐに現実の自分と精神的な自分を切り離すのだ。以前いじめを受けていた頃に現実逃避として空想ばかりしていた影響もあるのだろう。恐らくだが、『いじめられている自分は自分ではない』と自己防衛として行なっていた癖のようなものだ。癖と言えば、私はちょっとした理由で『死にたい』と内心で呟く事が多い。死にたいと思わない日の方が少なかった。死にたいと思っている時は不思議と本当に死にそうな行動はとらないから、これも自己防衛だったのだろうか。
しかし、その客観的な主観が仕事では役立っている。接客の後でそれを振り返る際にお客様から見た自分を評価するのにはとても役立つし、元々趣味で様々な人物の視点で小説を書くおかげか色々な人の思考パターンが身に付いているので相手の立場に寄り添う事が出来るのだ。
そうやって仕事を続けてきたが、最近嬉しい出来事があった。私の所属する店は最近リニューアルオープンをしたのだが、改装のための休業中は近隣の店舗でヘルプの業務にあたっていた。その際、自店で何度か接客をしたお客様がいらしていて『お久しぶりです』と声を掛けたらお客様も私を覚えてくださっていて、声を掛けた事をとても喜んでくれたのだ。リニューアルオープンの日をお伝えしたら『絶対行くね!』と言って下さり、リニューアルオープン当日、本当に来てくださったのだ。嬉しかった。店長は『お客様とお友達になれたね!』と褒めてくれた。うちの店舗の掲げる目標の一つに『お客様と友達になる=店のファンを増やす』があるからである。
上記の事を就労移行支援事業所の担当者の方にお話ししたら『矢野さんにお客さんが付いたんだね』と言われた。そこではじめて私は、就職する前に抱いていた目標の一つを達成したと気付いたのだ。

『貴女が居るから、またこの店に来たい』と思って貰える店員になる。

そう決めて接客を頑張ってきた。それが実を結んだと初めて分かった。だから、こうも思う。もう、誰かを憎むのを辞めよう。自分の幸せを否定するのもお終いにしよう。私は幸せになって良いし楽しく生きて良いんだ。その言葉が初めて腑に落ちた。幸せになっていい。もう、不幸に浸る生き方は終わりにしよう。
それからは仕事がもっと楽しくなった。遣り甲斐もこれからへの希望も強くなった。初盆を前に迎えられる家もないあの男の安寧を、ほんの少しだけ祈る今日である。


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