▼2024/03/27:「一度折れるとさ、その前には戻れないよね」
死にたくて仕方なかった。十年以上ぶりに腕を切ろうと思った。毎夜自殺の方法を検索した。誰も助けてくれなかったし、解かってもくれないだろう。だって皆『自殺はだめ』と異口同音。死にたくなる私の心は置いてけぼりなのか。毎夜『安楽死 方法』『安楽死 スイス 幾ら』等検索して気を紛らわせていた。現在日本では安楽死が認められていない。もし安楽死したいなら海外へ行く必要がある。国内で誰かに殺してもらうのはだめだ。その人に迷惑が掛かる。殺人なんて他の人にさせてはいけない。背負うのは自分一人じゃなきゃいけないのだ。何か嫌な事があったと言うより、生きるのに疲れてしまった、と言うのが正しいように思う。私が必死で生きてきた過去を無駄とは思わない。でも、もう無理だと思った。大好きだった仕事も、楽しかった趣味も、美味しかったご飯ももう全部無理になった。何も感じない。ただ、全部を終わりにしたくて、でも死んじゃいけないのは解かってる。失敗したらどんなに辛い日々を送る事になるかも知ってる。
だって一回やってるもん。あの時程には辛くないでしょ?
いいや、辛いよ。もう終わりにしたいよ。
死ぬのって大変だよ? なら生きてようよ。
生きるのだって大変だよ。だから死にたいんだよ!
そんな思考の堂々巡りだ。死んだら私が悲しいとか、死んだら全部終わりだとか言われても、全部知ってるんだよね。それを解かった上で死にたいんだよね。でも死んだらダメな事も知ってるから苦しいんだよね。
と言うかそもそも、外国で認められている安楽死も、恐らくは私には適用されないし。身体的には若干肥満気味だけど健康体だし、毎日逃れられない身体的な苦痛に悩んでるわけじゃない。頭痛も肩凝りも鎮痛剤で何とかなる。生理についても婦人科の薬で完全にコントロール出来てるし。こんなに死にたいのは多分私のメンタル疾患の所為だ。
実は今長期で休職してるんだけど、診断書には『抑うつ状態』との記載があった。鬱病まではいってないけど、その手前くらいと言う意味だろうか。その日からまずは一ヶ月休職する事になった。
去年の末くらいからずっと辛かった。旧Twitterに若干不穏なつぶやきもしたし、職場の信頼できる上長に異動が決まったりとか、試験に不合格だったとか、色々な事が短期間に重なった所為もあると思う。生きる事が楽しくなくて、死んでも後悔出来そうになくて、それでもたった一つ『自分が死んでも自分で死ねて良かった≠ニ思える事はない』と言うのを理由に生きていた。死んで良かったと思えないなら死にたくないとか言う、屁理屈みたいな理由だ。誰も自分の死を事後では喜べないし悲しめない。当たり前のことだけど、これだけが私をこの世に繋いでいた。
必死でしがみ付いていた仕事から少しだけ離れてみて、他にはどんな仕事があるのかと検索してみたら、楽しそうな仕事がたくさん見つかったし、もしかしたら現職場に戻る事も出来るかもしれない。一昨日は友達と会ってたくさん話したし、四月と六月は予約している可愛いロリィタのワンピースがお店に届く。それを着ないで死ぬのは勿体ない気もする。
そして、さっき、一番好きな書き手さんが新作をアップしていた。久しぶりにこの人の作品を読んで、まだ死ねないなと思えた。私もまだまだ書きたい作品があるよ。本当は、生きるのを辞めたくないよ。どうしてこんなに辛いんだろう。一回折れた心って、元通りにはならないのが悲しいね。
誰でも良いから、私のこと、治してくれないかな。