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▼2025/08/07:彼の想い人は自分ではないと嘆く青年、君を想う僕はどうする。

タイトルが思い切りBLだね。
腐女子になって早20年、自分で書くようになってからも同じくらい。一度読んだら割りと直ぐに書(描)くようになったけど、これってあまり多数派の傾向じゃないらしいね。
BLっぽい漫画を初めて読んだのは実は幼稚園くらいの時で、両親が気付いて慌てて止めてきたけど結局は腐れ女子になった……年齢的には貴腐人か。もう女子って自称する歳じゃないけど女子と女性の中間って何て呼べばいいんだろう。
昨日軽く病んで寝る前に色々と検索して読んで音楽を聴いて泣きながらいつのまにか寝てたんだけど、一回しっかりと寝たら治るから簡単な造りしてるよね。そしてSNSで見かけたフレーズで書きたいBLのネタをキャッチして、どう書こうか考え始めるとあの厭世観はなくなっている、と。つまりはBLについて考える事が一番の精神安定剤な訳です。早くから創作する側として生きてきたんで、ネタを見つけると水を得た魚そのものになるし、丁度良いBGMがあるとますますピチピチ跳ねる魚と化す。
そんで、去年末くらいから書こうとか妄想しようって気分の時には大抵選択肢に入る楽曲がある。前にもここに書いたかもしれないけど、キタニタツヤさんの『ずうっといっしょ!』と、それを歌ってみたの動画がたまらなく好み。二次創作用SNSではこの曲を元にして書いた作品を幾つも投稿してて、毎日聴いてるし何なら今この瞬間も聴いてる。ちなみに英語翻訳バージョン。
昔からヤンデレメンヘラなお話が大好きで、受けにしろ攻めにしろ病んでるのが大好きな傾向がある。所謂中二病な中学時代を過ごしたから(ある種正しい形かな)血とか鎖とか骨とか黒い羽根とかまあまあ痛々しい物を好む。そんで、今は多分慢性期だから自分である程度は調整できるようになったかな。治ったとは思ってない。官界レベルとも言えない、ような気がする。
米津玄師さんの楽曲だと、一番好きな曲は比較的明るい曲なんだけど、ハチさん名義なら暗い曲が一番好き。『リンネ』って言う曲なんだけど、歌詞を深読みすると色々R指定が掛かりそうなのが昔から好き。ちなみに此処でよく書いてる友人と出逢った頃に聴いてた曲です。米津さんって昔は今よりももっとこう…ドロッとした曲を作っててあの頃はあの頃で良かった。
で、『ずうっといっしょ!』が良すぎて毎日聴いてて、小説だけでなくイメージイラストとか描いちゃったりしたんだけど、何か良い物を見聞きすると『取り敢えず書(描)こう』となる人はオタクでもそうじゃなくてもそんなに多く無いらしい。全体の1、2割くらいだって聞いた事ある。私の周囲には逆に書こうとか作ろうって人ばかりだったから、少数派の中で過ごし続けてきた人生かもしれない。そもそも専門学校が漫画とデザインだし、中学の頃から美術にばかり親しんでた。
前に友人が褒めてくれた英語力を身に着けようと思ったきっかけも二次創作意欲から。一時凄い話題になったX-menのデスドリーム君の二次創作を描きたくて、それなら原作を軽くでも読んでおきたいけど暫くは翻訳バージョンが出ないだろうしと思ってデュオリンゴを始めた。
この子が気になり出したきっかけは元青い鳥で別の友人が呟いた記事なんだけど、彼女は彼を通称『デスドリ君』と書いてて、私も倣ってる。そしてこのデスドリ君、『ずうっといっしょ!』がまあ、似合うんですよ…良い感じにヤンデレっぽさを感じさせるビジュアルをしていらっしゃるもので。でも多分原作を軽く読んだ時の印象からすると、彼本人は結構天然でぽやぽやしたきゃわわな男の子だ。しかしそれを変容させるのがオタク兼腐れのたしなみと言うやつ。此処では初めて書くと思うんだけど、私年上攻めとか体格差のあるカップリングが大好きなんですね。そうなるとデスドリ君は自然と受けで、攻めはローガンさん(ウルヴァリンさん)かランサム君(デスドリ君の同級生。本名はバレンティン君)になるんですね。二人でデスドリ君を取り合ってくれないかなぁとか考えてはニヤつくんですよ。ローガンさんはこれまでに女性のパートナーが何人かいたし(とんでもなく長生きなので)、バレンティン君は頼れる好青年だけどティーンエイジャーだから経験そのものは少なそうなので良い感じに正反対じゃないですか。原作が高額過ぎて全然読めてないけどこの三人でわちゃわちゃしてくれてたら私は嬉しい。
今度この三人に関するイラストを描いて此処に載せたいと思ってます。脳内でAMV作るくらいには好きです。その場合『ずうっといっしょ!』も聴くけど、FNAFってゲームのファンメイド楽曲の『Never Be Alone』もとても良い。英語の勉強するモチベーションは、英語の曲を聴いて理解したい気持ちと、日本語の曲を英語に訳してみたい気持ちも関わってます。高校の頃に趣味レベルで好きな曲を英訳して英語の先生に見て(添削して)もらってたんですが、それをきっかけに英語の補習(成績が悪いのではなく、もっと勉強したい生徒向けの)に誘われて出た結果、英検準二級を受験しました。今の実力なら二級もいけるらしいし、準一級も夢じゃないらしい。
オタクってたまに、本当に小さなきっかけで色んなことに挑戦した結果本人も予想していない方向に行くことがある。だからもっと学校で勉強しとけばよかったって思うのかもしれない。私もパソコンに関する知識とか技術とかきちんと身に着けておきたかったし、地理とか歴史とか、古典とか化学とかももっと勉強しておきたかった。何にハマるか分からないんだから、それに関する知識を勉強する前提知識みたいなのを学べる機会があるんなら有効活用すべきと思う。って事を理解するのは大体卒業後なので、これは人生のバグだ。
それでも今から学ぼうって思えば幾らでも出来るんだし、結局『やるかやらないか』と『時間とお金の余裕』の如何で出来るか否かが決まるんだろうな。まあ必ずしもやれば出来るようになるかと言うとまた別の話だけど。
何が言いたいかって、勉強って大事だなってことです。

▼2025/08/06:天候が左右する動き、心だってそう。

楽しい事や時間が終わって、ふっと考えが途切れた刹那に奇妙な感覚に戸惑う事がある。
虚しいような何か心がすかすかとして風が吹き抜けるような感じ。何度も繰り返しているのにいつまで経っても慣れないこの感覚を端的に言葉で表す事は出来るだろうか。楽しかった記憶も楽しんでいた記憶もあるのに、その余韻が消えた時私は消えたくなることがあるのだ。昔の癖が今でも抜けていないのか、消えてしまおうかと思ってしまう。そしてその感覚は日常に戻ってすぐ消えるし、何なら本当に消えたいわけじゃなくて、少し疲れているだけだ。詰まらない(とその時には感じているかもしれない)日常へ戻る道には、必ずと言っていいほど憂鬱と形容すべき感覚の種がばらまかれている。
今が本当に幸せなのは間違いないのに、悪癖が抜けない。ふとした時、と思ったが、若しかしたらこれは私が『私』に戻った瞬間なのかもしれない。此処にも繰り返し書いている『自分をもう一人の自分が演じていて、内側から眺めているような感覚』つまりは『離人感』と言うやつが解かれた瞬間。でも最近自己分析していて思ったのだけど、私は常に世界に対して自分を人質にしているんだろうな。
これまで傷つけられ過ぎた所為で何でも疑ってかかるような癖もあるし、周囲がすべて敵に思える錯覚に陥ることも少なくない。一種の被害妄想だと分かってはいるのだけれど。消えたいと思う事が自分の心をほんの一時軽くしてくれるのだ。まだ自分には『自ら消える』と言う切り札があるんだって。
昔有害図書指定された『消え方の本』があったけれど、いつでも消える事が出来る事がその人物が生きる事を助けれくれるケースがままあるんだと思う。
話がそれた。今の私に不安要素は幾らでもあるけれど、考え込んだって何かが変わるのかと言われると素直に頷けないし、思いもよらない事が起きるのが世界の常だから明日のこの時間私はきっと別の事を考えている。いつもいつまでも、消えようと思う事からは逃れられない。一度ならず二度も三度も実行してしまった罰なんだろうか。でもさ、じゃあそもそもの罪って何だろう。産まれてきたことそのものが罪だと言うならその他の人達はどうするのって話。
昔、好きなアニメのエンディングで『生まれて来たいから生まれてきただけ』と言うフレーズがあったんだけど、こう言い切れるまでにこの歌詞を書いた人はどんな道を歩んで来たんだろう。
或る偉人が『言葉には気をつけなさい、それは貴方の思考になるから』みたいな言葉を言ったらしいと本で読んだ。言葉には力があって、繰り返し唱えればそれは自分にどんどん染み込んで染みついて離れなくなる。或る偉人は日本人じゃないけど、言霊って言う事も言いたかったんだろうな。それと自己暗示の恐ろしさも。
汚い言葉を吐けば、どんなに美しい人でも嫌な印象になるし、逆も同じ事。私達は目に見える容姿と目に見えないのに確実に作用する言葉で自分を表現していると考えているから、私はなるべく綺麗な言葉や好ましい言葉を使うようにしている。でもだからって私自身が素晴らしい人物かと訊かれたら、首は横に振ると思う。好きだよ? 私は私自身を可愛くて仕方のない存在だと思ってる。でもそれとこれとは別の話って言うかね。
心の中で繰り返した言葉は未だに私を縛ってるんだろう。それが解かれる日は来ないかもしれない。ただ、未来に希望が無いとは思わない。今少し我慢してじっとしていれば好転する可能性が高いって知ってる。今が正念場なんだよ。
将来本当に得たい物を得るために、今を我慢するとか心を抑える術が欲しい。それも確かだけど、きっと自分にしか出来ない事なんだよね。もう肩代わりしてもらえる歳じゃない。心を充たす為に物を増やしたって虚しいだけだ。本当に欲しい物だけ手に入れるって実は難しいのかもしれない。

一時の分かり易い快楽と、割りと長期的に続く地味な幸せ。

どっちを選ぶも自分次第なんだろうけど、私は後者を選べるようになりたい。自分の人生の舵取りに関わるから。私は私が思うように生きる為に、自分を抑えて待つ事を覚えないといけないんだ。目先の利益よりも長く続く人生の方が大切、な筈なんだよ。
与えられない事を嘆くより、これまでに得られたものを見つめ直したい。見つめて数えて、きちんと味わい尽くしたい。思えば駆け足の日々だった、これまで。
どれくらい取りこぼしてしまっただろう。本当ならもっと違った見方が出来たんじゃないかと思えた時には機会が過ぎてるって、人生のバグだよね。心が揺れてしまうくらいなら、見ない方がいいのかもしれない。反省は一度でいいんだ。それ以上は自傷行為でしょ。そして、君子危うきに近寄らず。苦しくなると分かっているなら、初めから見ずに居た方が何倍も楽だ。そうやって動かずにいる事を罪のように感じていたこれまででもある。

何も生み出さない時間や、何も味付けていない日々。そのままの状態で一回味わってみようか。

▼2025/08/05:両手を鳴らして呪文をおひとつ、薬なんてメリケン粉で良い。

ネイルを変えてもらって来た。今回はマグネットネイルの水色と、フラッシュネイルのピンク。お給料日だったのでうきうきでお出かけである、がしかし。今回は社会保険料などの天引きが減ったおかげで幾分か高額になったとはいえこの勢いのままに使ってしまうと不味いと言うラインは引いて守る事にした。稼ぐのは得意でも使うのと貯めるのはあまり得意じゃないと実感したので。
今年も最低賃金が上がるけど、喜んでばかりもいられないのが現状と言うか、この国ですよね。色々と持っていかれる分があるんだと言う。
一時国が副業を推進していた気がするんだけど、今は違うのかな。投資の推進はもっと早くに終わったけど。世界情勢がヤバヤバ過ぎて投資なんて怖くてできませんよ某合衆国の貴方さん。
まあ副業にも制限がある企業とかあるし、うちもそうだし、年末調整や確定申告の面倒さも気になるこの頃です。うちの会社の場合は他の企業に属すのが基本的に駄目で、自営業を手伝うとか個人事業主ならOKらしい。政策業でちまちま稼ぐ分には大丈夫だと就職する時に確認しました。ので、今日はその為の資材調達をしてきたと。まずはカスタムドールの目ん玉の材料と製作するための道具を購入。本当ならドールアイって言うべきなんだろうけど、うちだと基本皆目ん玉って呼んでます。前にメルカリで購入したのが届いた時もおばあちゃんが『お人形さんの目ん玉届いてるよ』って教えてくれたんで。目ん玉の材料はあまり高額にしちゃうとハードルが上がるので(政策と購入両方の)まずは安価なものを購入しました。二通りの作り方で試してみようと思います。レジンのスターターキットと樹脂粘土が主に活躍しそう。便利な世の中なので作り方は沢山調べられるし見つかるけど、難易度が低そうな物からやっていこうかと思ってます。メインはあくまでもドールヘッドで、目ん玉は初めはサブの部分。うまく製作できるようになれば商材になるかもしれませんが。ただ、まだ材料を揃え切っていないので(費用の問題)、始めるのは今月末くらいからかな。
販売価格の相場も調べております。大体これくらいかな、と言うのに送料を足すとまあこんなもん、と脳内設定はしてあるけど、はてさて。
自分が楽しむ為に始めた趣味(まあ趣味は皆大体そうですが)ですが、売れそうとか人気でそうと言われると嬉しいのが人情と言うやつで、ならばやってみるかと思えるくらいには自分に余裕と自信があるんですよね。以前の病院で発達障害を疑って検査をした際言われたんですが、私は自己肯定感がかなり高い方らしい。昨今の流れ的に煽って言うのではなく、純粋に自分の事が健全に好きで自信があると。思えば自分の事を嫌いになった事って殆ど無いんですよね。自分の置かれた状況や外見が嫌だと思う事は有れど、自分を嫌いだと感じる事はほとんど無かった。適していないような感じはしてますけどね。世界ってか、この世に。でも今のところは生きてるのが楽しいし、生きてないと出来ない趣味が多いから頑張るし、ちょいちょい嬉しい事があるからやっていけてると。
学生の頃辺りから始めた習慣みたいな、決め事みたいなものがあるんだけど、何か嫌な事が有ったらそれが『貯まった』と思う事にしてます。通称『不幸貯金』。これが貯まって閾値を超えると何か良い事があるというイメージです。誰かに言われたとか本で読んだとかでもなく、勝手に始めた思い込みなんですが、意外と本当になる。臨時収入とか欲しかったものが貰えたとか、たまたま見つけた本がとんでもなく当たりとか。小さい事でも良い事が起きるし、そうなるといつの間にか嫌だったことから考えもそらせると言う。この考えの元は『何事にも終わりがあるな』と思った時『悪い状態も良い状態も永遠には続かないよな』と続けて考えて試しにこう思うようにしてみました。つまり、良い事があれば何か嫌な事が起こる可能性が生まれると言う事でもあるんですが。でもそうなると不運が続いた時でも『今はその番が巡って来ていないだけ』と思って切り替えられるんですよね。何て言うか、人類皆が幸福なんて有り得ないじゃないですか。絶対誰かは不幸なんですよ。幸運と不運がランダムに巡ってくる。前に好きな本で『人類皆が笑える筈がないから、自分は笑える時に笑おうと思う』って感じの台詞があったなと思い出したりもして。まあ、じゃあ自分の幸せは誰かの不幸の上に成り立ってるのかとか考え始めると暗黒面に行っちゃうので控えますが。

話は変わって、友人が読んだ本がたまたま私の蔵書にもあった事を書くかな。前から此処でも書いている友人です。一番長い付き合いのブログ繋がりの友人。彼女が最近読み返した本があって、吉川景都先生の『メイクがなんとなく変なので友人の美容部員にコツを全部聞いてみた』と言うタイトルのお化粧のハウトゥーエッセイ。彼女がこの前話題に出していて、現在2巻まで刊行されてます。2冊とも私の本棚にも入ってて、結構な頻度で読み返します。確か元々は元青い鳥のSNSで掲載されたのが一冊の本になり…って感じの経緯だった筈。本になると聞いて嬉しくて発売を待って買いましたね。結構長かったかな。化粧品検定の答え合わせプラスアルファが出来ればいいなと思って買いました。それは叶って、日常で行かせる知識も多い本です。
たまたま帯付きの状態で持ってるんですけど、それには『気づけば5年以上同じメイクのあなたへ』と書いてあるんですよ。メイクって自分なりのやり方と言うか正解みたいなのが見つかると、其処から動けなくなると言う事らしいです。何となくわかる。『これが正解』と感じたら動かす必要性って必ずしも無いのかなって思うし。私は偶然にもメイクが好きでコスメを集めるのも好きで、試行錯誤するのも好き。でも、或る程度の『型』みたいなものがあってそこからはみ出る事ってあんまり無いので。冒険するほどには時間とお金が足りない。前に書いた通り唇が程々に弱くて荒れやすいし、顔って1個しかないから試しまくるのも本職じゃないと難しいと言うか。この本はそんな中でも変化をつけられたりとか流行の型を取り入れやすくしてくれるのかもしれない。そもそも正解が見つからない人も居るのかも。
友人は読み返すにあたって付箋を貼りつつ読んだそうです。テキストブックスとしても成り立つ読み方ですね。スキンケアが気になるらしい。土台って何事にも大切ですからね。個人的に本州の人と北海道の人は肌が違うんじゃないかと思う事があるのですが(気温や湿度、日照時間や紫外線量の関係で)、その辺どうなんだろう? 標高とかにもよるのかな。前聞いた事あるのは、秋田県は日本で一番日照時間が短いのと湿度が高いお陰で色白美肌の人が多い傾向にあるらしいと言うトリビア。私自身以前本州に住んでいた頃とは明らかに肌が変わったので聞いてみたい。
スキンケアって、お金をかけるか時間をかけるかの割合で色んなスタイルがあると思う。お風呂にじっくり浸かったりマッサージとかパックとかの時間が取れるならプチプラでもリカバリー可能だけど、時間が無いけど美肌になりたいならお金で時間を買うしかない時があると聞いたので。化粧品だけでなく、身体に良い飲み物とか食べ物でもカバーできるし。前に読んだ上記のとは別の本では『高級栄養ドリンク』を飲みつつ『某高級ブランドのパック』をして、足にはリラックスシートを貼りまくり、パナソニックのマッサージ機でマッサージして、肩には『あずきのチカラ』を載せて宝塚歌劇団のミュージカル映像を見る、と言う人が登場しました。気分は某機動戦士の機体をメンテナンスしている状態だそうです。推し活をしつつエネルギーチャージと言う事でしょう。
私はあまりたくさんのお金がかけられない分、時間と手間をかけてる方に入るんですかね。運動とかお風呂とか、人より長い方だと思う。両方とも1時間近くかけてる時あるし。効率云々は一回置いておきます。スキンケアは…まあ普通なのかな。化粧水と乳液、朝起きれば洗顔、日焼け止めは2度塗りするけど乳液と下地それぞれに入ってるってだけだし。最近パックしてないから今夜やろうかな。夏用の引き締まる奴。本当は朝にやった方が良いらしいんですが。
友人も言ってたんですが、現在の肌状態はこれまでの積み重ねの結果なんですよね。スキンケアもそうだし、きちんと化粧を落とせているかとか紫外線から守って来られたかとか。たまに過去の自分をぶん殴りに行きたい思い出が蘇る事もあるんだけども。
何て言ったらいいのかな、自分に余裕が無いと自分をケアするのも難しいんですよ。入院中とか肌荒れまみれでしたからね私。そもそも顔を洗えない日も多かったので。そんな状態が数ヶ月とか、今考えると恐ろしい。それでも何とかリカバリーして今がありますが、生まれつき美肌の人はこんな苦労はしないんだろうか。幸いニキビとかには悩まない学生時代でしたが、如何せん紫外線ケアが苦手で。日焼け止めをまともに塗るようになったのが専門学校時代なので、それまでに蓄積された紫外線を考えるのが怖い。
それでも『昔を反省しつつ、未来を良くしていこうよ』、って本なんだと思います。実際肌全体をきちんとケアしてると毛穴が減ったと言われるし、ハリも艶もあると言われるようになれました。個人的に、この本には書かれてないけどお勧めなのが顔の筋肉の体操です。舌を口の中で大きくグルグルと回し、上顎の裏を舌でぎゅっと押し続けて筋肉を鍛える的な奴を10年くらいやっていたら、ほうれい線がほとんど出て無いです。毎日駅までの道を歩きつつやってるから若干不審者だけど。
歩きながらとか食器を洗いながらでも出来るので、やれそうな時はやってみてもいいかもしれない。無理はせずにですが。一番良くないのがストレスってかなりよく聞くけど、じゃあそのストレスを取り除く事にもストレスならどうすりゃいいんだって話ですし。何事もきっちり! とかしない方がいいんだろうな。やりそうになるけど。

さて、踏み台昇降運動の時間なので、ここまでにします。

▼2025/08/04:誰かの一瞬の希望として寄り添いたい

拍手お返事です。シロさんへ。
いつも読んでくれてありがとうございます。クーラーがやって来てお家時間がより快適になりました。下の記事にも書いた通り、地元札幌では壁づけのクーラーが設置できない家も多いのでスポットクーラーが売り上げ好調らしいですよ。付けられるお家でも寒冷地仕様にしないといけないので、工事費がマシマシです。でも生活の質が上がるんなら高い買い物でもないのかも?
英語能力向上をお褒め頂き光栄です。デュオリンゴは初めあるアメコミを読みたくて始めたのに、今は勉強することそのものが楽しくなっちゃっててその作品を買ってすらいないと言う(笑)シロさんも御存知かな、X-menのアンキャニーってシリーズなんですが、日本語訳されてないのを読みたくて始めたんですよ。すっごい可愛い新キャラクターがいて、彼について妄想の種を得たくて頑張ってました。一時元青い鳥のSNSで話題になった子なんですが『デスドリーム』君と言います。日本人で多分本名は『ホタル』君。非常に可愛いです。
シロさんも勉強に再挑戦したい気持ちになったとの事、嬉しいです。昔買った資料があると助かりますよね。どんな勉強をするんでしょうか。趣味を増やすのも良いですよね。出来る事が増えるのって嬉しいし。編み物は私も憧れです(自分には向いていないので尊敬)。
ジバンシィのリップ、チェックしてくださったんですね!唇の血色問題は結構な課題なので、出会えてよかったアイテムです。何て言うか、私薄めの色を塗るとリップの方が負けるんですよね…色が消されると言うか。なのではっきりぱきっとした色を塗る事が多いです。唇荒れる問題も重大です。皮がべろんべろんになる事があるので、ブランドでの冒険は怖くなりました。イブサンローランの時は、まあまあ派手に剥けましたので…色は可愛かったのに。ちなみに私は、一時話題になり過ぎて品薄だったKATEのリップモンスターでも荒れます。
お人形たちを愛でるのも本当に楽しいです。自分でカスタムする方法が世の中に溢れていて楽しい。幸い手先は器用なのでお洋服とかドールメイクも楽しめます。それぞれの子達の設定考えるのも楽しそうです。プロフィールはどんな感じが可愛いか、試行錯誤して作ってみようと思います。それぞれテーマとか名前の由来ははっきりしてるんですが、性格まではぼんやりしてたかも。

いつもありがとうございます。暑いのでお互いのんびりペースで行きましょう。それでは。


▼2025/08/04:微熱の中を歩くみたい、そろそろ蛍も光る筈。

まず初めに、拍手パチパチありがとうございます。しっかり読ませていただきました。お返事は後程書きますね。
スポットクーラーのお陰で大分安眠が保たれています。最近始めたSNSで『札幌に旅行に来たけど、やっぱり本州と比べれば涼しいですね』と綴られていて、拍手をくれた友人の住む地域も酷暑とのこと。今日も30℃に届いた地元なんかよりも余程暑いんでしょう。今日私は汗の所為での化粧崩れが殆どありませんでした。
北海道の場合冬に特化し過ぎた建物が多い所為で、クーラーを壁につけられないお家も多いです。我が家もそうなのでスポットクーラーを導入。今現在はかなりの品薄状態らしい。早めに買えてよかったけど、これから月賦で母上にクーラーの購入代金+工事費を返していかなければならないので頑張って働く所存。運よくと言うか、最低賃金が今年も上がるらしく、最低賃金よりも大分良いお時給の弊社も上がるのではないかなと思っています。十月かららしい。
そんで、この前店長に『本社の人事異動の関係で、教えられる仕事が増えるかもしれない』と言われたんですよ。御存知かもしれませんが、障害者雇用で働いてると一般の人よりも任せられる仕事の量が調節されやすく(制限ともいう)、私の場合も一年間くらい働いてから教える範囲を広げる感じだったらしいんです。けど、本社の人が私の働きぶりを知ったのか方針を変えたのか、一年以上勤続してからの仕事をそろそろ教わることになりそうです。実は使用期間がいつの間にか終わっておりまして、研修中の札も外れ普通の名札をつけて勤務しています。本当ならもっとゆっくり教えるはずの仕事を私が初めから当たり前の様に出来ていたらしく、じゃあ覚えられそうな範囲で教えて行こうとなった模様。ので、その仕事が出来るようになったら社員としてのランクが上がります。そうなると資格給が発生するんですって。数十円とは言え毎時間貰えますから結構大きい。その上基本給も上がれば本当に嬉しい。ますます(程々に)頑張る。
以前の仕事でもやっていた事を幾つか、今の仕事でも初めからやっていたのが評価の元だったらしいですね。出来ない事が多い以上は出来る事をなるべく頑張る方がフェアだからと頑張っていたんですが。自分がお買い物大好きなので、お客様目線で『こうしてほしい』『こうなら嬉しい』と思いそうな事を無理のない範囲でやっています。面談をした本社の方曰く、『これは当たり前の事のようで難しい事、出来ない人も多い』らしい。何故って、皆そこまで考えて仕事をしないんだそうです。
普段から色々と考え過ぎる性質の人間な事が功を奏したのが不思議ですが、様々な事に対して敏感なのも要因かもしれないですね。お店に出掛けると什器の埃や汚れがついつい気になるし、化粧品のテスターが乱れていると治したくなります。自分の部屋はまあまあ普通レベルの綺麗さなんですが。でもあれだ、足の踏み場が無くなった事も害虫の発生も無かったかも。幼少期は今の診断基準なら確実にADHDだったんですが、両親の教育が或る種療育に近かったので大分まともな人間になりました。時間とか締め切りを厳守するようになったのは、それを守らないと不利益を被ると実感したからでもありますが。高校生を卒業した頃には今みたいな感じになっていましたね。特に専門学校は締め切りを守ってナンボな世界でしたし、進級にも関わりますし。
以前母上に『昔の私って変な子供だったよね』と言ったら『特にそうは思ってなかった。興味の方向性は特殊だと思ってたけど』と返されました。本当に小さい頃は泣きもせず騒ぎもせず、一人で放って置いても勝手に遊んでいたから寧ろ楽だったらしいです。一人っ子だったし。母上は結構早くから共働きを始めたんですが、その準備として私に一人でお留守番をさせていたそうです。ビデオに私の好きな番組を録画して置いて、チラシの裏とかにビデオデッキの使い方の説明や何を録画してあるか、何処にご飯やおやつがあるかを記して私を置いて出掛けていたみたいですね。お陰様で幼稚園児にしては珍しいくらい、親と離れるのが大丈夫な子供でした。一人の時間が苦じゃない子供に育ったのと同年代の子供よりも大人の中で育ったので、大人に対して敬語を使う子供だったらしいと聞いています。
この頃の話、もう母上もあんまり覚えてないみたいで主治医やカウンセラーさんに訊きたいと言われても話せないらしいです。今の病院に移って来て、発達障害の可能性を伝えたら幼少期からの発育歴も鑑みると言われて話せる範囲で伝えたんですが、客観的な意見も必要らしくて認定しづらいと言われました。そもそも今困ってないので診断基準には当て嵌まらないし。
で、私の考え過ぎるところってこの辺の特性由来でもあるんですよ。考えに考え、石橋は叩いて叩いて叩き割ってしまうタイプ。最近では自分でも調整できるようになって結構楽になりましたが。考えても考えなくても、やった事の結果は変わらないって実感したんですよね。あと、自分が思うよりも他人の事を考えずに生きている人が大多数って分かりましたし。今は丁度良く考え込み、丁度良くアウトプットできるようになった感じ。
何事も自分がやれる範囲でやればいいんだと思います。勿論努力は大切なんだけど、やり過ぎて自滅するくらいならやらなくてもいい。ので、最近だと便利な物はガンガンに使っていて、そのうちの一つがクーラーな訳です。
今の世の中って便利さに溢れていて、色んなアイテムやサービスがあるから色んな人が助かっている。それで雇用も生まれるんだから良いでしょう。ライフスタイルが沢山ある分それぞれに適した形があります。空調設備にせよ、コスメにせよ、外食産業にせよ。

有名な詩に『みんな違ってみんないい』って言うフレーズがありますが、今の私のモットーはこれです。

それぞれに異なる、育ってきた背景とか現状とか生まれ持った性格や特性がある以上はみんな違ってもおかしくない。だから『違いを認め合って許容しよう、無理なら一旦距離を置こう』って言うのが本来の多様性なんじゃないかな。
『貴方』に出来る事が出来ない『私』を認めてもらう代わりに、私は貴方が出来ない事をやる。適材適所って奴が近いんですかね。お互いさまってこういう時にも使うのかな。

この前最後のカウンセリングで私は、『この一年弱で自分の考えをアウトプットして整理して、自分なりに今の私の気持ちを理解したり、痛みを受け止める術を身に着けてきた』と評されました。皆が皆一人で出来るようになれるわけじゃないし、私も沢山の人に支えられて今がある。それを恵まれていると素直に言える自分で居られたから良かったのかな。今度は私の番だなってよく思います。
私、本名が結構特殊なんですけど、名付けの時に両親が音だけ決めて有名な占い師さんに漢字を決めて貰ったらしいんですよ。そして親が離婚して、母上に引き取られて今の父と出会って苗字が変わったんですが、今の本名は最強に幸運な名前らしいです(旧姓は割りと最悪な苗字だったらしい。画数とかの話です)。それもあってか、今が楽しいし色々と好転してきてるのかも。以前調べたら『お金に困ると何処かから助けが必ず来る名前』と出ました。まあ高額とは限りませんし、金銭とも限りませんが。
何て言うか、『与えられた場所で咲く』のは御免って感じですが、自分で開拓したり他の人と協力して耕した場所で咲いてるのかもしれません。肥料とかお水は誰に貰ってるのか分からないけど。ただまあ、何とか自立しつつある今日この頃です。


▼2025/08/01:難しい星の元、それでも流れゆく小川

去年から続けてきたカウンセリングが今日で一区切りとなった。元々10回を目途に受けていた治療だったが、今日がその10回目。ここ一年で私は自分と向き合い、折り合いをつける方法を身につけられたと言われた。
自分の生き方や感性の尖り具合に苦しんで来た人生だったが、今はいい意味でこだわりを弱める事が出来たように自分でも感じている。こだわりを捨てるのではなく、弱めたり緩急をつける術を学んだと言う事なんだけど、何だろう、非常に自分に適した環境に身を置く事が出来たのも大きいけど、一番は自分の内側に居る子供の傷を受け取る事が出来たからだと思う。前にも書いたけど、インナーチャイルドって奴だね。彼女が居てくれたからこそ、私は自分の傷を見ないフリが出来た。そして、そろそろその傷を自分に返してもらうタイミングだったと言う事。子供は居なくなったと言うより、私の中に溶けて行った。やっと苦しみから解放してあげられたし、私は私で自分の傷を癒す機会を漸く持てた。傷は思っていたより多かったし、それなりに深かったけど、時間をかけて自分と向き合ううち、少しずつ塞がっていった。今は多分瘡蓋が付いてる状態。
まだ時々、周囲が自分を嗤ってるんじゃないかって思う事がある。でも大体は思い違いと言うか、自分以外の人間だったり事象だったりの事を話してる。私の事なんてみんなそんなに気にしていない。自意識過剰な所が否めなかったし、多分成長の過程で皆が通る道の一つだったんだろうなって今は思う。特性持ちの私は脳の完成スピードが遅いから、やっと出来上がってくれたんだね。子供でも居られたって事は周囲に愛されていたんだよとも思う。
昔読んだ本に『本当の大人って言うのは意外と少ない。ただ歳を取っただけの人間は多いけど』って言葉があったんだけど、本当にそうだなって思うと同時に『それが許される世の中も悪く無いんじゃないか』と思う事も増えた。本当の大人ってどんな存在かと訊かれても答えらないし。それなら大人のフリを繰り返していくしかないんじゃないかって。フリが出来ればいつの間にかそれが染みついて大人の振る舞いが身についていくって言う、まあそんな感じで生きている人の方が多いんじゃないかな。明確に分けられるものでもないと思う。だからこそきちんと大人で居る人には尊敬が集まるし、けれども大人で居る事だけが正解って訳でもない。『此処は大人になって譲りましょうよ』と言われたとして、それって『自分が我慢すれば何でもそれで済むのか』って言う問いを生むと思うんだよね。大人って本当に護りたいものとか譲れないものだってある筈なの。全ての場面で大人の振る舞いややり方だけが正しいのかって、多分違うと思う。
それが判断つくのも大人だからかもしれない。大人の対応を求められた時に応えられるのもそうだけど。ただ、此処は譲っちゃいけなかったと後悔する数は減らした方がいい。

今日はお給料の明細が見られる日だったんだけど、この前のお給料よりも結構多く貰えそう。控除の割合が少し下がってた。嬉しい。やっぱり何で働くかってお金の為だしさ、欲しい物とかやりたい事の為に頑張る分評価が伴えばやる気に繋がるでしょ。
今日の診察でも先生に働く時間は『フルタイムまで伸ばしても大丈夫』って太鼓判をもらえました。今直近で身に着けたいのはレジのスキル。前職でも時間がかかった項目だけど、これが出来ないと店が回らない時が増えるんだよね。私を店に一人にするとレジが出来る人が居ないんですよ。お客様が多ければレジを複数開ける事もあるだろうし。まあ支払いの方法とかポイント割引とか覚えるべき事は沢山ある。でもいずれは出来るようになりたいとも伝えてある。出来る事が増えればその分お給料も増えるし。
…そう言えば今年は最低賃金の改定はあるんかね?基本給は最低賃金よりも結構高いけど、世間の流れには沿う会社だから最低賃金上がれば多少は基本給も上がりそう。まあ上がるとすれば十月くらいかな。例年その辺りだし。

この前観た動画で『精神障害とか発達障害を持つ奴等への配慮義務って健常者には負担でしかないし、取り敢えずクビにするか雇わなければいいでしょ』って言うのがあったんだけど、それが全健常者の意見みたいに言うのはどうなのかなって思うのと同時に、『究極に人手不足だから求人出したのに、集まるのは全員障害者だったらどうするんだろう』って考えた。
誰を何処から障害者とするのかって、人によると思う。眼鏡をかけないと文字を読み書きできない人は眼鏡や視力を矯正する器具が無ければ障害者だし、事故で脳に機能障害を負ってしまっても障害者だし、そうでなくても認知症とか難病はいつ何時発症するのかも分からない。まあ前記の言葉を述べた人からすると生まれた時から『障害者』と診断された人の事を言うんだと思うけど、じゃあその人に働いたり人と関わったり、もっと言うなら『生きる権利』すら許していないように感じてもにゃっとした。
底辺とか、最下層の人間とか不可触民とか言われる人達を排除したとして、次にその人達と似たような扱いを受けるのは一つ上の階級に居る人達じゃないかな。達磨落としみたいにさ、カンカンカンって一段一段落とされていくの。そして自分だけでも落とされないように意識し始めたら、それはそれで生き辛いし幸せじゃないと思うんだよね。
何を言いたいかって、自分の幸せの為にも、弱者と呼ばれる人の幸せもある程度保証すべきって事。明日は我が身じゃないけど、自分がいつ何時どうなるかなんて分からないんだから。で、最初の話に戻ると、これをきちんと理解してるって言うのも大人の条件じゃないかなって最近思った。
強かろうと弱かろうと、この世に生まれて来ちゃった以上は生きるしか今のところは術がない。自殺は悪だと言うなら生きる事を否定しないでほしい。強い人や富める人ばかりが生き残るべきで、下は切り捨てるべきと言うなら、いつかその刃はあなた自身を刈り取るよ。だって下から順番に切り捨てられ続けるんだから。
健常者が我慢ばかりするのもおかしい、でも障害者が皆生まれてきちゃいけないって言うなら、完璧な子供を生めるように技術でも開発して極めればいいんじゃないかな。絶対時間ばっかり浪費して貴方の人生が終わっちゃうと思うけど。それよりも折り合いをつけようよ。私は自分で出来ない事をしてもらう代わりに、出来る事は他の人よりも頑張るからさ。そもそも仕事とか社会ってそう言う物でしょ? 自分で出来ない事をお金を払ってやってもらい合う事で社会って回ってる。世界ってそう言う物だと思ってる。

まあ、一意見だけど。でもさ、そうやって自分ばかりが満たされたとしても虚しくないのかなって思う動画だった。迷惑をかけられたのは気の毒だけど、ぶつける対象は選ぼうね。何なら別の形に昇華しようね。あなたも私も他の人に迷惑やお世話をかけないと生きていけないんだからさ。それを仕事にして生きている人も居るし。

持ちつ持たれつって大切だなって、最近よく思う。

▼2025/07/29:人工の琥珀玉、閉じ込められるは雲母めいたそれ

我が家にやって来てくれたクーラーと、遠くの地から心配してくれる友人の有難みを噛み締めつつ涼んでいる。
この前保険証の切り替えのタイミングで受診した為10割で医療費を払ったのをすっかり忘れていた事もあり金欠な今日この頃だが、どっちみち一人暮らしをするなら今の好き勝手な生活スタイルを或る程度は矯正しなければならないので、良いタイミングだと省エネモードで過ごしている。
現在の仕事は制服があり、仕事のある日は今までの私ではあり得ないようなシンプルスタイルで通勤している。トップスのみ着替える関係でボトムは常に長ズボン、かつ色合いはアースカラーだ。トップスは初めに2枚買い足したのみで、それまでに持っていた中でなるべく飾りのついてない着替えやすい物を選んで着回している。色の組み合わせのみ多少は気を配っているが、お洒落さがほぼ求められない職場に勤めると私もこうなるのか。髪型も就労移行支援事業所に通っていた頃は毎日変えていたが、現在は毎日ロープ編みをしてからのローポニースタイルで、作業中に邪魔にならない髪型をと考えるとこうなる。勤める場所が変われば自分までがこうも変わるのかと思う。
こだわっている所も勿論ある。メイクとネイルだ。但し、毎日変化をつけると言うより『毎日一定のレベルを保つ』事がメインになった。この時期だと特に崩れやすいベースメイクを如何に綺麗に見せるかとか、消えない眉メイクとかにこだわるようになっている。通勤時の洋服に合わせたり気分次第では内容を変える事はあるのだが、気付けば毎日使っているアイテムがある。ジバンシィのリップスティックだ。ローズ・パーフェクト・シャインの118番。かなりベーシックな色合いなのだが、これを下地として唇に塗り、真ん中の方にだけ少し鮮やかな色や濃い目の色を塗ると元々唇が綺麗な人だったかのように見せられる。
私は元々あまり血色が良くなく、唇の色も沈んでいるのでこれを塗ると塗らないとでは印象がかなり変わる。勿論これ単体で塗っても良いし、フォーマルな印象になるので面接とかに適しているかもしれない。そしてこのリップはデパコスなので高いのは当然だが、塗っていて荒れたことが一度もない。寧ろ荒れている時に塗ると何故か治る。そんな効果は標榜されていないので首を傾げるしかないが、多分私に合っている成分構成なのだろう。ちなみにデパコスだろうがプチプラだろうが荒れる時は荒れるため、下手に普段使わないブランドを試せないのが難しい所だ。KATEとCANMAKEは間違いなく荒れるし、ちふれもダメ、マキアージュもダメしイブサンローランとRMKもダメだが、ビーアイドル、MACやナーズ、Diorやジルスチュアートは荒れない。クレドポーボーテも荒れない。全体的にプチプラで冒険すると痛い目を見ると分かった。でもイブサンローランで荒れたのが一番きついレベルの痛みだった。

今までは、メイクを主に自己表現のツールとして研究してきた。でも今は印象操作のツールとして研究しているかもしれない。印象とは勿論他者の目から見た私のこと。素の表情や真顔が『怖い』と言われがちで、以前はよく『怒ってる?』と訊かれていたが、いつの頃からか『話しかけやすそう』と言われる事が増えた。今の仕事でもお客様から声をかけられる機会が多いし、プライベートや通勤中にも道や電車の乗り方を訊かれる事が格段に増えた。この前は地下鉄で外国人男性にある路線に乗り換えたいがよく分からないと英語で訊かれ、いつの間にかデュオリンゴで着いた英語力のお陰もあってスムーズに案内できた。その後にも初対面のご婦人に駅でエレベーターの場所を訊かれて案内した。
店では基本、無表情では居ないようにしている。基本的に額の力を抜いて眉間にしわが寄らないようにし、口角は不自然にならないよう意識して持ち上げる。イメージはアイドルの表情管理だ。そして挨拶は元気よく、お客様と擦れ違う時に無言なのは避け『ご覧くださいませ』を繰り出す。
この時、もし自分が困っていたらどんな店員に質問するかを考えるとやりやすい。常に不自然ではない柔らかい笑顔の店員と、仕事に集中し過ぎて目が怖い店員なら前者の方が話しかけやすいだろう。ただこれが行き過ぎると私を『話し相手』として話す目的で来店されるようになるお客様も出てきてしまうのだが。
この前から一度私を見つけると寄って来て一時間以上拘束してくるお客様が居る。勿論ペットを可愛がってお世話しているが故の話題も多いのだが、如何せん話が長い。私が笑顔で大人しく聞いているのが良くないのかもしれないが、それにしても話が長い。今の世の中ではこれも『カスタマーハラスメント』に入るらしく、なるほど、店員の時間を奪う行為も一種の暴力なのかと思った。

何故これを書いたかって、私もやってしまっていたからだ。

私もお買い物のときに店員さんとお話することがとても好きだ。商品に関する事やプライベートの事もたくさん話してきた。時にはどうでも良い事も話していたと思う。誰かと交流したくてお店に赴く事も多かった。私の話を聴いてくれる人がいると言う事は、承認欲求を満たす要因の一つだったから。誰かが自分の話を聴いてくれている間は、その誰かは自分に集中してくれている証になる。少なくとも私の中ではそう感じる事柄だ。だから用もないのお店に行っては店員さんの時間を奪っていたのだ。あまり良い事とは言えないと思う。
勿論販売員からすれば『見に来ただけの人』を『買う気にさせる』のはある程度必要な事だ。それで売り上げが変わる事は大いにあるし、それこそスキルの一つに数えられる。でも客側の私はそもそも買う気もないしお金も無いのにお店に行きすぎていた。それって失礼な事なんじゃないかとようやく気付いた。気付かぬうちに傷の見えない暴力を振るう側に立っていたのだ。少し怖くて、それ以上に恥ずかしく感じる。気付けて良かったけれど、それまでにした事は消えないのだ。
何事にも『程良さ』と言うものがあって、皆持ちつ持たれつで生きているのだと実感した出来事だった。

さて、話は変わって。
去年の冬から始めたデュオリンゴのレベルが上がって、苦手としていたライティングの技術が上がったと評価された。スピーキングに関してはリアルの相手が居ると緊張して単語の羅列で話す事も未だ多いが、推敲の出来るライティングであればある程度自分の意見を述べられるようになった。少し前からデュオリンゴ内のレベル上げに伴い問題文も英語になってきたのだが、それもきちんと読み取れるし何を問われているかもわかる。今の私のレベルは英検2級くらいの実力らしく、TOEICだと550点くらいは取れそうらしい。CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)だとB1と言うランクだ。日常生活や海外旅行の際に、或る程度自信をもって自分の意見をシンプルに、筋の通った形で伝えられるくらいらしい。
うちの店は隣で生体販売もやっていて(要はペットショップ)そちらのわんにゃん達を見に来る人は多い。このクソ暑い中でも冷房が効いていることもあり、涼む序にわんにゃんを見るのだ。最近だと外国人のお客様も多く、或る日片言で『スミマセン』と声をかけられ『お伺いします』と向かったら、彼女は『ネコチャン、オミズ、』と言うのでピンと来て

『ユーシー、キャット スピルド ウォーター?』

とカタカナ発音で訊いてみると『Yes!』と笑顔で言われたのだ。つまりは猫ちゃんがお水の入ったボウルをひっくり返したと教えてくれたのである。直ぐにお店の方(テナントが此方ではないので)に伝えてお礼を言われた。ちなみに現場ではにゃんこがびっしょびしょになっていた。お客様にお礼を言って『センキューソーマッチ!アイムグラッドユー、ハバナイスバケイション!』と言えば『Thanks.you too!』と言って貰えた。発音は相変わらずカタカナだけど、通じる事の方が多いのは英語が母語じゃない国の人が多いからだろうか。
テレビや動画でも英語を聞き取れるようにもなり、この場合和訳するならこっちの表現じゃね? と考えられるようにもなり、色々面白い。そしていい加減電子辞書が欲しい。現在英語辞書の無い状態で勉強してるけど、そろそろ限界な気がする。

毎日勉強してると、耳が慣れると言うか、英語を何となくではない輪郭を伴った状態で聞き取れるようになる。そうなると『この場合の表現はどうする?』と新たな疑問が湧いてまた勉強する。子供の頃にこの境地に至れていたら幾らか賢い大人になっていただろうか、もっとたくさんの武器や能力を持っていただろうか。

まあ、現状では今持っているもので勝負するしかないんだけども。

大人達が「大人になると勉強が楽しくなるよ」と言っていたのは本当だったし、学生の頃よりも勉強したいと思うようになるのはある意味バグみたいだなぁと思う。もっと頭が柔らかい内に色々吸収しておきたかった。ただ、これが分かるのも大人になった証拠かと思うと悪くないかなと感じる。無知の知、みたいなね。知らない事を知っている、と分かるくらいには勉強してきたって思うから。

▼2025/07/25:外側を清める、内側も整う。

朗報、我が家にもクーラーと言う文明の利器がやって来た。設置場所は私の部屋ではないが、扇風機などで風の流れを作れば私の部屋も涼しい。昨夜は久しぶりに布団をかぶって眠れて快眠だし、寝起きも清々しかった。
実の所、眠る際には身体の上に重みがある方がよく眠れるのだ。なので秋が深まるにつれて私の体調は整っていく。つまり、今は一番体調を崩しやすい。重めの布団や毛布があると本当に安心する。こういうタイプの人は他にも結構いらっしゃるらしく、態と重みをもたせた毛布などが販売されていると以前見掛けた。
今日は涼しくなったわが家へ更に風を通すべく、部屋の大掃除をした。最後に大掃除をしたのは去年のクリスマスだったので、半年以上経ってしまった。もう少し頻繁に行いたいものである。不要になった洋服を捨てるものと洗濯してメルカリに出すものとで分けて、捨てるものだけでも相当な量になってしまい反省している。考えてみて欲しい。私はこれらの洋服をただ『欲しいから』と購入したのに数年後には結局捨てようとしている。使用感があるとか、もう着られないサイズだからとか理由はあれど、今後はもう少し考えてお金を遣おう。
大分前、部屋の物を断捨離するなら『ときめく』『ときめかない』で必要かそうでないかを決めると良いと言う方法が流行ったのを覚えてらっしゃる方も多いだろう。初めて耳にした時には少々軽薄に聞こえた表現だったが、確かにしっくりくる尺度だと今は思う。

これを着ている私にときめく事が出来るか否か。

それだけでかなりの量の洋服を手放す決心がついた。そして今後は『とんでもなくときめく』と判断したもの以外は購入しない様にしようとも思えた。何せ捨てるのも市指定の有料のゴミ袋に入れなければならないし。
今回手放すのは洋服だけではない。昔購入したは良いが使い勝手の問題で手放したいと考える小物や、もうハマっていないCDも含んでいる。幾つかはもうメルカリに出品した。せめて幾許かのお金になるなら喜んで発送する。早速売れたものもあるので発送準備をせねば。
今年は年末まで節約モードで生活すると決めたのだが、此処には書いていなかったかもしれない。来年の一人暮らしに向けての省エネモードを体に染み込ませたいのと、純粋にお金を出す必要が発生したのだ。冒頭のクーラーの購入代金と、そろそろ買い替えなければならないノートパソコン代である。
クーラーに関しては同居の祖母と折半なのだが、ノートパソコンは全額自腹である。丁度Windows10のサポートも終わるので、年末に支給されるであろう生まれて初めての賞与を合わせてノートパソコンを買い替えたい。振り返ればこのノートパソコンも使用して5年目だ。最近バッテリーの消費や蓄積、文字入力の際にカーソルが表示されず入力も出来ないバグが発生するなど不具合が稀に出るようになってきた。検索を掛ければ『そろそろ寿命』と知ってしまい、ああ、この子ともお別れが近いのかと感傷的になる。
現状私の趣味にパソコンは欠かせないし、仮に無ければ日常生活にも支障をきたす。インターネット社会だ。友人にも最近パソコンを買い替えた人がいる。Windows10のサポート終了前に滑り込みと言っていたが、私は滑り込めそうにもない。勿論貯金を切り崩せば買えるだろうがそれでは駄目だと知っている。
と言う事で年末まではじっと我慢の子、をしなければならない。まあ良い機会だろう。一人暮らしをすれば今までのようにいかないのだから、予行演習だ。

しかしクーラーと言うのはこんなにも室温を下げてくれるのかと驚いている。昨日のお風呂上がりとか、全然不快な温度を感じないし髪の毛を乾かした後も直ぐに涼める。ロングヘアな上に量もすごいので乾かすだけでも重労働なのだが、その後直ぐに冷風を浴びれると此処まで快適とは思わなかった。
最近の北海道はぶっちゃけ異常で、現住所の札幌市だけでなく北見や帯広、美幌なんてとんでもない事になっている。皆さんも目にしただろうか、ニュースは連日『酷暑』『異例の暑さ』『羆がヤバい』ばかり報じているのだ。詰まるところが異常気象並みに羆は恐ろしいと言う事だが、殺す事の出来る(腕利きのハンターと狩猟道具と多くの人員の協力を必要とはするけれど)羆よりもコントロール不可な気象現象には大きな差がある。最近ニュース番組の天気予報を見る度にげんなりしていた。明日は少々過ごし易くなるとの事だったが、本当だろうか。
おまけにまだ七月後半なので、八月の一番暑くてじめじめした時期が待っている。ちなみに今年もお盆のお墓参りは参加できそうにない。繁忙期なのだ。少し涼しくなった頃に休みを取って行って来ようと思う。待っててねお祖父ちゃん。

話は変わるが、予てより作成していたドールを完成させた。名前はミュウちゃんである。ピンクのロングヘアーに、バッチリメイクの女の子だ。いい加減アルバムを作って此処にも載せたい。彼女に関してはやはり、メイクがうまくいったのと、付け睫毛を綺麗につけられたのが我ながら上達したと思う所だ。彼女でうちの子は4体目(ぬいぐるみを含んだら7体目)だ。もう次の子を作りたくて仕方ない。作るとは言っても素体は既製品、しかしその制約があるから手軽に楽しめる。原型から作っていたら私はきっとそれを職業にしていただろう。以前『次の子はオビツボディで作る』的な事を書いたが、前述のとおり節約モードが長くなってしまったので、それならよりしっかりと計画を立て多少高価になっても良いから理想の子を仕立てようと思った。『DOLK』と言う有名なドールショップがあるのだが、そこで扱っている素体を使って生み出したい。折角なら少し大きなボディにしてみてもいいかもしれない。そうなると部屋のスペースが足りないので一人暮らしを始めるまで我慢してもいいだろう。ちなみに名前はもう決めてある。変わる可能性もあるが。女の子な事だけは決めている。
私がドールに興味を抱き始めたのは中学生の頃だが、あの頃よりも選択肢が幅広くなった。海外メーカーの物も沢山あるし、カスタムの手段も増えた。百円ショップで素体が販売されるとは思っていなかったが、それだけ『何かを作りたい人』が増えたと言うことかもしれない。コロナ禍以降は家時間が増えたし。
ところで、メルカリを見ているとセリアドールのヘッドをカスタムして販売している人やセリアドールにぴったりなドールアイやウィッグを製作して販売している人を見かける。私も購入した事があるが、販売する側になってみたくなってしまった。レジンを勉強してドールアイを作り、メイクを施したカスタムヘッドとセットにして販売とか、やってみたいけど巧くいくだろうか? ウィッグは少し難しそうだが、レジンなら以前セルフジェルネイルをしていた頃の道具や知識がある。
コロナ禍は明けつつあるだろうが、お家時間を増やしてお小遣いも増やしたい。

▼2025/07/22:樹脂を硬化させる光線、溶かすのは生き物の命

暑い。
これはもう酷暑と言ってよい気温だと天気予報では警報が発令されている。私は今週分の運動をすっぱりと諦めた。この気温で空調も整わない中能動的に運動をした結果救急搬送とか、最早意図的ではないが緩やかな自殺に分類される。札幌市は今日も熱帯夜だ。明日は35℃に届こうとしているらしい。おなじ道内では知り合いが住んでいる地域がヤバめの酷暑なので、是非とも涼しい空間で過ごして欲しい。
幼い頃から自宅にクーラーと言うものが無い生活しか送った事が無いのだが、もしも一人暮らしをするなら絶対にクーラーが設置できる部屋に住む。昨今の猛暑と酷暑、そして一人暮らしで倒れる可能性を考えたらクーラーは必需品だ。
来年秋以降の一人暮らしに向けて着々と準備、つまりはどの辺りに住もうかとか家具や間取り、引っ越し代や生活費について考えを深めている。ここ最近、スーパーマーケットに買い出しに行けば、安い食材の代表だった筈の鶏むね肉やモモ肉の値段がおかしいと感じる。まあ酷暑の所為もあるが同じくらい鳥インフルエンザの影響もあるらしい。同じ理由で卵も高価。米に関しては我が家は親戚から送ってもらえると言う、大きな声で言わない方が良い環境である。ちなみに卵も、知り合いがくれる事がしばしばある。何でかは知らないが祖母の友人が高級な平飼い鶏の卵をくれる事がある。卵かけご飯にすると非常に美味しい。パプリカでも食べさせているのかちと言うくらいオレンジ色した黄身の卵だ。彼女は時々息子さんと海外に出かけるので、そちらのお土産もくれる事がある。この前はバングラディシュに行ったらしい。インドとパキスタン関連は大丈夫だったんだろうか。
以前この祖母の友人からドバイチョコも頂いた。何と本場のドバイに行ったらしい。お正月の瞬間をドバイの花火を観ながら迎えたのだろうかと想いを馳せる。初めて食べる本場のドバイチョコは非常に甘いのに、コーヒーと合わせると軽く感じるタイプの甘さだった。濃厚と言うよりもふわっと軽い。
さて、就労が始まったと言うのに何故更新が多いのかと言う疑問を抱いた方もおられるだろうか。答えは『創作活動するエネルギーは残ってないけど、何かしら文章を書きたい事があるから』だ。意外なほど休日が多いのもある。来月までは月の半分は休日と言うシフトなので。障害者雇用だからと言うより、元々ホワイト企業にならんと邁進する企業風土だかららしい。前職も若い日本人なら一度は耳にした事のある有名企業だったが、今は更に有名企業にて就労している。日本の法律だと、企業の規模が大きければ大きいほど法定雇用率により障害者を雇う義務とその人数が大きくなる。となると、障害を持っていても能力やスキルに恵まれた人間は有名企業に勤めやすくなるという論を雨に見た事があった。ほう、と思う。この世に生きる全ての人々が何の病も障害も無かったら、この世界はどうなっていたのだろうか。病気や障害の一部には自己責任論が付きまとうが、そもそもの話自己責任なら救わなくて良いのかと言う疑問を私は持っているし、どこからどこまでが自己責任なのだろう。好き勝手呑んで食べて寝てばかりいた結果糖尿病、とかであっても、その患者自身に自分をコントロールする能力そのものが生まれた時点から欠損していたらどうなるのか。
此処まで言うと大分に極論だが、自己責任であっても救わないといけないのが今の日本で、救わないといけないけど健康には気を付けて欲しいと皆が思うのは、自分の払った社会保険料が無駄になるのが嫌だからだろう。他人が不幸になっても心は痛まない。少なくとも私は。ただ、皆保険のこの国は今のところは全ての日本人を救済すべきとの結論に至っている。これが崩れた時、私はきっと満足な治療は受けられない。

この前、Youtubeで統合失調症について興味深い動画を見た。現役の臨床精神科医の先生がお話している動画だ。統合失調症だけでなく双極性障害などについても語っておられるが、この先生が言うには、やはり統合失調症の治療には投薬治療が欠かせない。けれども薬が合わなくて苦労する人々が多くいるとの意見が多くて、彼は色々な薬の主作用と副作用について語る動画を配信していた。私が現在飲んでいる薬だと、レキサルティ(抗精神病薬)とオランザピン(非定型抗精神病薬)が、割りと嫌われる副作用のある薬だ。ただ、それまでの薬にはない作用で私を助けてくれていたのも事実。うまく付き合っていくしかないのだろう。これらの薬を一ヶ月服用するだけでも2万5千円以上必要になる。皆保険制度が崩壊したら私の精神も崩壊の一途を辿ると思うとこわいので、毎回きちんと選挙には行っている。

もう直ぐ八月だ、お盆がやってくる。またあの人の気配に引きずられないようにしなければ。毎年この時期は奇妙な感覚に捕らわれる。暑くてよく眠れないからなのか、嫌な夢を見る。妙にリアリティのある夢なので現実と混同しそうになる。この前は喫煙家な自分の夢を見た。煙草を吸うと口の中が甘酸っぱい果物のような味でいっぱいになって、おまけにその時私は口にピアスまで開けていた。
実の所、就寝前に服用する眠剤の一つにデエビゴと言うのがあって、これはよく眠れるんだけど副作用に『悪夢を見る』と言うのがはっきりと書かれている。添付文書化は分からないが、お医者さんも認識している副作用だ。私の場合、嫌な夢を見るよりも眠れない事の方が困るか服用を続けている。
悪夢じゃないにしても、私の夢は比較的色々な感覚を刺激するタイプのはっきりとした夢ばかりだ。これまでに味わった事のない感覚であっても非常にリアル。以前私は男の赤ん坊を出産して授乳している夢を見た事があって、赤ん坊の温度感やすべすべした肌の感触まできちんと分かった。以前聞いたところによると、夢に色がついていない人も居るらしい。私の場合、夢にはすべての感覚がある。以前失った嗅覚でさえも復活するのだ。昔嗅いだ香りが甦る事もある。当然映像には色がついていて音も痛覚も眠りに落ちる感覚もあれば、全身麻酔にかかる時の感覚も味わった事のない食べ物の味もある。勿論想像上の物もあるけれど、いつか行ってみたいと思わせる素敵な風景や街並みを見る事もある。こんな素敵なお店があるんだ! と嬉しくなって扉を開けたところで目が覚めるのも良くある展開。
デエビゴは、悪夢だけでなくこの様なはっきりとし過ぎた夢も見せるらしい。それだけ私が色々な感覚を使って生きているからだろうか。
先述の動画主である精神科医は『統合失調症には感覚過敏が顕れる』と言っていた。私は聴覚が過敏だが、視覚も強い。色の変化、化粧品のラメの具合とかパールの種類、それぞれのブランド特有の色遣いが見ただけでも何となく分かる。これは小さい頃からの話なので、昔の記憶を引っ張り出す時、紐づくのは色な事が多かった。
思えば、私が好きな色は秋や冬の色が多い。特に灰色っぽくくすんだ色味が好きだ。若しくは澄んだ青色や雪のような冷たい白を含む色。小さい頃、スキーウェアを着て真冬の雪山に昇って寝転んだ時の周りの風景が特に好きだった。真夏の空みたいにぎらぎらしていないそれが好きだったから、今でも夏が苦手なんだろうか。色付きの氷みたいな宝石が好きなのもその所為か。
ぎらぎらした総天然色の季節が終わるまで、暫くの間は心のざわつきが取れないかもしれない。確実な『生』に溢れすぎていて、逆に『死』を感じざるを得ないから。


▼2025/07/19:翡翠色のクリィムソォダへ口付ける兎

夏の暑さがヤバい土用の丑の日。皆様鰻は食されましたか。
ハンドメイド材料を購入できるサイトを覗いていたらとても可愛らしいリボンがあったのだけど、10cmでも結構いいお値段な気がして足踏みしています。まずは1メートルくらいお試しで購入して使ってみて、使用感が良ければ資材候補としようかな。結構本格的にハンドメイド作家になりたいと考えている今日この頃ですが、ミシンってどれくらいのお値段の物を購入すべきなんだろう?
幼稚園の頃はよく母にお洋服や小物を作ってもらっていましたが、時代が変われば物価も変わるし品質とか性能も変わる。実は私が服飾系に進んでいれば、母は高性能のミシンを購入してくれる心算だったようです。まあ見た目は完全に服飾系に居そうな学生でしたしね。ゴスロリ装の頃はよく誤解されました。美術系に進んだのは昔からの夢だったからなのですが、結局愛好家のままで居た方が絵を描く事を好きで居られるからなのと、普通に実力不足なんですよね。そして、漫画家向きの人間じゃなかった。どちらかと言えばイラストレーター向きです。
前にSNSで見かけてなるほどと思った事があって、『漫画家脳の人』は例えば1ページに5コマ描くとすると『5コマのページを1枚描く』感覚で、『イラストレーターの脳の人』は『1枚のイラストを5枚描く』感覚だから5倍の仕事量と感じて体力的にキツく思えるそうです。あくまでも書いた方の主観だとは思いますが、私の場合これは見事に当たっていて、私は完全に『イラストレーターの脳』の人間です。ので、一枚絵に力を籠め過ぎて駄目になるタイプなんですね。もしストーリーを書くなら小説を書くか原作を担当する方が絶対に良くて、挿絵とか表紙絵は得意。
最近某SNSに投稿したイラストがと或るアーティストの楽曲をイメージしたものなんですが、思い付きで書き始めた癖に久しぶりに本気を出したくなってしまって、丸四日掛かって描き上げました。相変わらずアナログ一辺倒で描く事もあり時間がかかります。ただ、一筆一筆塗り込んでいく時間は楽しいし描き上がった時の達成感は格別だなぁと思えるから(これはデジタルもだと思いますが)、結局また描くんだろうなぁと思います。小説もそうですけどね。小説の場合は自分の脳内に映像が流れるので、それを切り取って文字に変換していく感じです。大体はカラーの映像が流れますが、実写だったり漫画絵だったりと様々です。漫画絵の時は自分では描けないようなものも思い浮かぶのにシャープペンシルを握ってもその通りには描けないんですよね。不思議。
今はNEEと言うバンドの『アウトバーン』と言う曲をイメージソースに描きたいイラストがあります。久しぶりに完全にオリキャラオンリーのイラストなので、キャラデザの設定画も描いておこうかと思ってます。洋服のデザインとか小物のディティールに凝りたい。
オリキャラ達の設定は昨今の社会情勢的に現実では言い辛い事柄なんですが、ロシアと日本のハーフの女性がメインです。他にデンマークとイギリスと日本のクォーターの男性も居ます。何故北欧とかロシアなのかって、私自身が若干ロシアの血を引いているからです。5、6代前の父方の先祖にロシア人女性が居たそうで、このオリキャラを作った時には事項投影マシマシにロシアの血を引いてる設定にしちゃったんですよ。
昔からたまにハーフですかとかクォーターですかと訊かれるんですが、クォーターよりも薄ーくロシアの血が入ってます。百分率にすると2%くらいらしいですが。
実は父方はロシアと地理的に近い土地が始まりで、北方領土とも近いです。道東の方ですね。母方は某高級メロンの土地の上辺りが始まりなので、完全に北海道製の人間です。
引いている血の所為なのか骨格が日本人っぽくないらしく、昔腰を骨折した影響もあってか姿勢が異様に良いタイプです。常に背筋が伸びて胸を張っている故なのか声量も大きい。ので、お店で働く際には声掛けが店内に響き渡っている。身長は日本人の平均値ですが、姿勢の所為もあってか五センチくらい高く見られるようで。ヒールを履いてなくても身長を盛りたいなら背筋を伸ばせって事でしょうか。

話は変わりますが、今日もうちの子のドールアイを購入しました。メルカリの売り上げが立ったんです。今回もいつもの作家さんから購入しておりまして、実物が届いたら早速ドールメイクを始めようと思います。結局この前仕立てていた子を無為には出来なくて、彼女に似合うアイを探していたら新作が上がっていたので即購入。届くのが楽しみ。個人的に、ドールメイクはあっという間に終わってしまうからもっと作り込んでみたいですね。スーパードルフィーの様に鑢で削ったりしてみようかしら。今回は付け睫毛にも細工をする心算です。色とラメを乗せてみたい。彼女の為のドール用家具も欲しいな。3番目の子と同じものを購入でも良いですが、少し変わった物でも良さそう。
ドール服の製作も変わらず楽しくて、ちまちました作業をしていると心が整うのも面白いです。絵を描くときとも少し違う感じの脳内になるんですよね。何て言うか、作業モード。この時だけはBGMが普段と変わってYoutubeの色んな解説動画が丁度良くなります。特に好きなのはバイエンスと言う化学とか医学の解説チャンネルで、ナレーションが面白いしととても良い声です。精神疾患や発達障害の解説もしてくれて興味深いし、ナレーションがいい意味でメタ目線と言うか、神の視点で『あなた達人間は○○の様に…』と言う風に人間の視点じゃないんですよ。其処が面白い。

そう言えば、新しい職場での健康診断の日程が決まりました。少し先のことなので、それまでにちょっとでも多く体重を減らそうと頑張っています。洋服を着るとそうでもないのに、脱ぐとまあまあたっぷりしてるんです。これでも少し減ったけど。BMIを20くらいにしたいなと奮闘中。大分前にダイエット成功した時は18.5まで行ったんですが。高校生の頃とかは不健康レベルまで落ちた事もあったか。
現代の日本人女性は痩せすぎと言われますが、痩せすぎて困っている人に分けてあげたいですね、色々と。友人に肥れないことを嘆いている(他の人の前ではあまり言いませんが)子が居るんですが、彼女と会う度『お互いを足して2で割りたい』と言い合っています。彼女も彼女なりに高タンパク脂質多めの食事を取ろうと努力しています。しかし、元々代謝が良すぎるのと消化器が強くない故にあまり食べられないし、ゆっくりゆっくり少しづつ食べる関係で全くと言っていいほど体重が増えないそうです。ので、彼女と食事に行く時は敢えて高カロリーなメニューが多いお店を選びます。そして私は彼女のペースで食べるようにしています。此方は消化器が強すぎるんでね。それでも最近はお肉をたくさんは食べられなくなりました。ケーキのホール食いももう出来ないと思う。
日本人は痩せすぎで不健康とは言われるけれど、合衆国や欧州の一部や豪州の人はもうちょい痩せる努力をした方がいいと思う。肥りすぎて自分での歩行が困難だから電動の椅子(日本だとお年寄りとかがたまに乗っている)じゃないと移動できないとか、よく其処まで行くなぁと半ば感心してしまいます。日本人だと其処に到達する前に糖代謝性疾患とか内臓疾患とかになって病院送りだと思う。
合衆国では国民の4割強が肥満体型だそうですが、以前SNSで知り合った外国の女性の国は痩せている人の方が多いらしい。彼女は長年私のフォロワーで居てくれているんですが、暑い国、かつお米が主食の国の人は痩せている人の割合が多いそうです。じゃあもしも私が合衆国に居たら普通サイズくらいなんだろうか。お昼ご飯ならハンバーガー1個と飲み物、Sサイズのポテトで充分なので少食になれそう。

そうそう、最近お夕飯を作っていた時、思い付きで出来たおすすめダイエットメニューがありまして。1人前ならキャベツを4分の1カットと納豆を二パックかな。味付けは好みのお酢とお塩と山葵と顆粒の焼きアゴ出汁です。まずはキャベツを千切りにしてボウルに入れ、お塩を一つまみよりも少ないくらいに振ってお酢を大匙一杯くらい入れてよく揉みます。水分が出てくるのでぎゅっと絞り、納豆を付属のタレととともに混ぜて、からしは入れずに山葵を入れて、キャベツのボウルに投入。味を見てから焼きアゴ出汁をお好みの量入れて混ぜれば完成。出来上がりは若干山形の『だし』に似てます。これをもち麦入りご飯にかけて食べると美味しいし、お安くカロリーも低くお腹が満たされます。この量なら2回分くらいご飯にかけられます。今日もお弁当で持って行きました。調味料での脂質がゼロなので安心して食べられる。納豆はお好みのものを使ってみてください。私は卵のタレのを使ってます。
お料理って、美味しい物を作ろうと思うとついつい脂質と塩分が多くなりがちですよね。現代人は野菜と蛋白質不足だから納豆は良い食品。これにおかずで卵焼きでも焼いて、ミニトマトを添えれば上出来なんじゃないかな。

運動は毎日とは行かなくなりました。休日には50分程度筋トレや有酸素運動をするようにしていますが、クソ暑い日はサボりますし。仕事でよく動く分、体重は減少しつつあるからまあいいか。宅トレ派なのも相変わらずです。1ヶ月で1.5キロ程落ちましたが、まだまだ微々たる変化です。無理すると結局続かないので夜中以外にはおやつも食べてます。1日1種類にはしてますが。
大人になると代謝が落ちるって言うのは多分本当なんですけど、それと一緒に体力も落ちてるかもしれない。前は1日に自転車を6キロメートルとか平気で漕いでたのに。
健康診断の時までに、体重をトータル4キロくらいは落としておきたいところです。無茶かなぁ。でも、前は入ったボトムが再び入るようになったし、目標と意識だけは高く持とうと思います。


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