▼2025/02/23:異国情緒を纏った爪先、金接ぎの欠片は誰も傷付けない
最近、ネットの彼方此方で『風呂キャンセル界隈』『風呂キャン』と言うワードを見かける。要は何らかの理由によりお風呂に入る事を躊躇う人や、入るのが面倒だからドライシャンプーやボディシートなどで誤魔化す人や、そもそも入らない人や入れない人を指す言葉らしい。初め、『キャンセル』と言うのだから元々は入る気はあったのだろうと思ったら、入る気も無い人も居るらしい。そうなると幅広い人々を指す言葉だと感じた。私はどちらかと言えば『風呂はのっぴきならない事情以外ではキャンセルしたくない界隈』の人間だ。昨日たまたま風呂キャン界隈に関する動画を視聴する機会があったのだが、冬で汗をかかないから入らないのは序の口、真夏だろうと汗っかきであろうと入りたくないときは入らない人もそれなりの人数存在するらしいと知って少々衝撃だった。そして、私には到底真似できないとも思った。基本的に、と言うか、私は毎日お風呂に入るのが楽しみなタイプだ。髪の毛が長く乾かすのは確かに時間が掛かるが、新作のトリートメントのサンプルを貰えばうきうきしながら使うし、シャンプーも髪質に合うものを探して試すのが好きなので、お風呂=癒しを与えてくれる楽しみな時間である。
ボディソープは家族で共用なので普通にビオレの弱酸性ではあるが、シャンプーとトリートメントはお財布と相談しつつより良い物を探し続けている。現在はボタニストのモイストタイプだ。最近だと頭皮クレンズにも興味が湧いていて、何故かと言うとこの前ジルスチュアートビューティでお買い物をした際『頭皮のクレンジングと髪の毛の洗浄、及び保湿総てを一度で出来るクレンザー』のサンプルを貰ったからだ。一度使用して直ぐその爽快感と乾かした後の指通り、そして乾かす時間が短くなることに驚いた。来月現品を買うと思う。何せパケも可愛いし、ジルはデパコスの中でも比較的に安価である。ちなみに使用感は非常にスースーする(メントールっぽい感じ)のでそこは個々人の好みによるかもしれない。
話がわき道にそれてしまったが、私自身は風呂キャン界隈とは少し離れた場所に居るようだ。しかし、この『風呂キャン』と言うワードが示す人々の幅がやや広過ぎるように感じる。自分の意思で入らない人も居れば、何らかの理由で入れない人も含むらしいのだ。何らかの理由とは、例えば仕事が忙しく、週末には寝倒して入浴するエネルギーも無いとか、疾患の影響で体力が奪われ入る気力も湧かないとか。まあ要はメンタル疾患界隈である。私もそこに属して久しいわけだが、うつ病や抑うつ症状の影響で入浴も出来ない、と言うのは珍しい状態ではないと思う。それに名称がついたと言うか、一部の人が宣言をした感じなのだろうか。でも、それにアイデンティティを覚えるのは些か病みの影響を感じる。何らかの理由でお風呂に入らない、入れない事を宣言する風潮には、如何にも馴染めない。此処みたいな匿名の(まあ簡単に特定できる時もあるけど)ブログとかで書くのは自由だ。でも公の場(学校とか職場とかテレビ番組のインタビューとか)で言うのは如何なものだろう。別に宣言する必要は無くて、ただ、自分の体臭とかで他者に迷惑をかけないよう何らかの措置をとっておけばいいだけの話なのではないか、と思う。
以前此処にも書いているが、私は過去の事故で嗅覚を失っている。故に自分の体臭は分からない分非常に気にしている。毎日入浴して身体を洗い、デオドラントグッズは頻繁にしようする。香水に関しては量と吹き付ける回数、行く場所によっては着けない場合もあるしTPOを考えるのは当然だ。自分が認識できない要素でマイナス評価を受けるのが怖い。
と言うのは私の個人的な事情だが、何と言うか、入りたくても入れない人とそもそも入る気が無い人を一緒くたにするのは如何なものか、と言うのが正直な見解だ。
此処からはメンタル疾患患者故の意見を表明しようと思う。不快に思う方は流して欲しい。
私は17歳の頃から統合失調症と生きてきた。現在も薬物治療やカウンセリングを受けている。そして、統合失調症やうつ病などに代表されるメンタル疾患の患者さんの一部は時にお風呂に入れなくなるらしい。一部と付けたのは私の周囲には『お風呂大好きだし入らないとか無理!』な患者さんと『お風呂とかは居る気力も湧かない』と言う患者さんが同時に存在するからである。まあその中間で『入れる時もあれば入れない時もある。臨機応変』な人も居るだろう。これは普通(要は健常者)の人も同じだろうが、比率は変わってくると思う。
メンタル疾患と言うのは、何も精神面にだけ影響があるわけでない。身体的症状だって山の様に出る。身体が動かなくて一日中布団から虚空を見つめるだけの人も居ると聞くし、何とか入れてもその後体力を消耗し過ぎて何も出来なくなる人も居ると聞く。お風呂に入ると言うのは、幾つもの行程に分かれる行動だ。
まずは上がってから着る洋服と下着の替えを用意する。続いて洋服を脱いで洗濯籠へ入れ、ヘアゴムなどを外し、髪の毛をブラッシングする。湯舟に入る前に掛け湯をする人も居るだろう。そしてやっと湯船に入り、お湯に浸かる。温まった頃合いで湯船から出て髪の毛と顔と身体を適切に洗浄する。髪の毛が長ければ、シャンプーの後には多くの人がトリートメントやコンディショナーを施すだろう。それらの洗浄剤や保湿剤をシャワーで綺麗に流して、人によってはもう一度お湯に浸かって、更にシャワーでざっと身体を流して浴室から出る。此処まででも大変なのに、お風呂上がりには身体の保湿をした方が良い時も多いし、着替えののちに髪の毛を乾かすと言う最も労力を要するミッションも発生する。
…書いていて思ったが、私はこんなにも面倒な行為を喜んで行っていて、毎日やらないと気がすまないのは何だか凄いなぁ。
まあ、そんな面倒且つ幾つもの行程に分かれた行動が必須になったのはそう昔の話でも無いらしい。お風呂好きと言われる日本人だって、毎日入浴するようになったのは個々人の自宅に入浴設備が完備されるようになってからだ。きっと。私の母親だって自宅にお風呂が無かった頃は、冬場は銭湯へ向かう脚が重くなることがあったと言うし。
そんな訳で、何らかの理由でお風呂に入れない、入らない人は昔から沢山いたのだ。その意見が可視化されたのが最近だと言う事なのだろう。私が毎日入浴しスキンケアを行うのは見た目を整える事と精神面が安定する事がイコールで繋がっているタイプなのが関係している。私は現在、休日はロリータファッションで過ごす事が多い。中学生の頃からゴスパンクとかゴスロリの人間で、就職前に一度やめた後で出戻ったらロリータになっていた、出戻りーた(出戻り+ロリータの造語)である。ゴスも、ロリータも、見た目を非常に気にするし、出来れば薔薇とか紅茶とか果物の香りを纏っていたいタイプだ。コスメだって見た目の愛らしい物とか優美なものが好き。お気に入りのお洋服を着るならお化粧だって気合いを入れるし、ヘアアレンジだってアクセサリーを使って凝ったものにする人が多い。自分と言う人間を『理想のお人形さん』に仕立てるために色々なものを犠牲にしている人だって多い。それくらい納得のいく自分を構築するのが好きなのだ。
と、言うのを前提に。私はメンタル疾患と診断される遥か昔にゴスやロリータの世界に耽溺していた。故に、発症後も可愛いお洋服に見合う自分を保てるよう努力する道を無意識に選んだのだ。どんなに症状がきつくても、発熱していない限りは(閉鎖病棟に入院していた時は無理だったが)入浴するしスキンケアも欠かさない。次の日が休みで予定も無いとかで髪の毛を洗うのをサボる事はあっても、二日以上は正直無理だ。そんな状態で自分にロリータの照合を当て嵌められない。そして、精神医学の面でも、自分の見た目にある程度手を掛けられる患者さんは回復の見込みがあるし実際回復が早いらしいのだ。以前精神科病院に勤めていた人も似たようなことを本に書いていた。
で、結論。私は自分がロリータで本当に良かったと思う。自分に可愛いお洋服をに合わせる為なら多少きつい事でも努力する気力がわく。それを続けて自分を好きになれた。こんなにも頑張る自分を愛さないでどうするのだ、と今は思っている。なので、昨日もお風呂に入って全身を洗い、スキンケアを施し着心地の良いパジャマを着て、髪の毛を乾かす前にはヘアミルクを馴染ませ、乾いたらヘアオイルも塗り、それが終わったらネイルオイルとハンドクリームでハンドケアを施す。今はあまり面倒とも思わない。だって、自分を慈しむ時間だから。
結局のところ、自分の事が大好きなんだよね。可愛い子には手を掛けたいタイプなんだろう。多分これからも私は自分のお手入れを楽しみながら頑張るんだと思う。でも、それが出来ない人も居るし、其処を責めるのもおかしい。自分は自分で他人は他人。その辺り、線引きはした方が良いんじゃないかな、と思う近頃。
▼2025/02/10:白桃の紅茶を纏おうよ、琥珀糖になれる
可愛らしいものが大好きである。見た目が可愛らしいのも好きだし、中身が可愛らしいとか、言葉遣いが可愛らしいのも好き。そう言えば『可愛い』は古くに作られた造語と言うか当て字だそうで、本来は『かわゆい』と書くらしい。響きがかわゆい。ただ、『可愛い』の当て字も可愛いし、好きな方が使うのが善きと考えている。米津さんのライブの準備が遂に完了した。自分の髪の毛とメイク、お洋服を含めたコーディネイトを構築し、あーちゃんに着せるお洋服と頭物も完成した。お揃いの鞄も製作した。我ながら器用な女である。
私用のお洋服や鞄は既製品で、頭物、つまりはヘッドドレスのみ自作した。近所で一番大きな手芸屋さんでお買い得なセールをやっていて、髑髏柄のレースが格安で手に入ったのだ。白地に黒い髑髏が刺繍された綿レース。2.5メートルで400円(税別)はかなり安いと思う。それと百均のリボンやチェーン、デコレーションパーツなども活用して仕立てた。あーちゃんの分は同じ素材も使いつつ、ちょっとずつデザインを変えている。作りやすさと彼女に似合うようにする為だ。お洋服はドール服の作り方大全と言える本を購入して、掲載されている型紙を試行錯誤しながら既製服のデザインに近づけている。そろそろトルソーが欲しい。身体のラインに沿って作れたら相当に便利だし、お気に入りのコーディネイトを着せておいても楽しいと思う。
実は以前あーちゃんのお洋服を仕立てる材料としてレースの量り売りをして貰う際、値段を見ないでメートル数を言って切ってもらってからお会計になってとんでもない金額になった事があって、初めて手芸屋さんでクレジットカードを切った事がある。非常に危険なので皆さんはマネしないでほしい。普通に驚く額だった。
メイクは最近ハマっているFlowerknowsのアイシャドウパレットが主役だ。以前は『所詮中国製品だし…』などと穿った見方をして使わず嫌いをしていたのだが、見た目が何とも可愛らしく周囲の評判も良いので使ってみると、かなり良い仕上がりだったのでお勧めである。色合いが絶妙に使いやすく、偏光パールの美しさはデパコスブランドにも勝るとも劣らない。特に『胡蝶雲肩』シリーズの、パッケージがピンク色が基調になっている『02雲想衣裳』の右から3番目の色が使いやすく、人にも褒められる。ぶっちゃけこの色だけ単色で売り出して欲しい。スペアも一緒に買うから。
日常生活や就職活動にもこのシリーズは活躍してくれる。同シリーズでパッケージがラベンダー色が基調になっている『香炉紫煙』のマットアイシャドウで程良くグラデーションを入れて、グレージュのリキッドアイライン(ご自身の使いやすい物で、細く、長すぎないように引いてみて欲しい。目尻のラインをほんの少し延長する感じで)と自然にセパレートした睫毛(マスカラもご自身の使い慣れたものがおすすめ。私は長年オペラのマイラッシュの漆黒である)を合わせれば、印象的だがやり過ぎないオフィスメイクが出来上がる。
ただ、オフィスメイクの場合以外にも気を配るべきポイントは幾つかある。以前読んだ書籍ではメイクの印象を決めるパーツは『眉』『睫毛』『頬』『唇』らしく、もし難しければアイメイクはビューラーとマスカラのみでも良いらしい。私の場合メイクに凝るのが楽し過ぎるので毎日TPOと気分と服装に合わせて色々と変えているが『自分にはこれが一番似合うし、変えなくとも問題が無いメイク』が見つかって、それに満足しているなら変える必要はないと思う。
で、私の最近のデイリーオフィスメイクをこれに当て嵌めると以下の様になる(暫しお付き合いください)↓
『眉』
セザンヌ 超細芯アイブロウ 08ビターグレージュ(眉墨)
ケイト 3DアイブロウカラーN ミュートグレージュ(眉マスカラ)
『睫毛』
オペラ マイラッシュ アドバンスト 01漆黒(睫毛用マスカラ)
『頬』
ナーズ ブラッシュ N 903A IMPASSIONED(チーク)(限定色)
『唇』
ナーズ アフターグロー センシュアルシャインリップスティック 226 ALLIN(口紅)
これらの前に『肌』には↓
ナーズ ライトリフレクティングトーンアップヴェール(下地)
キャンメイク ポアレスエアリーベース 02(部分用下地)
メイベリン SPステイ ルミマットリキッドファンデーション(薄く塗る用のファンデーション)
カバーマーク フローレスフィット FR20(コンシーラー代わりのファンデーション)
ナーズ ソフトマット アドバンストパーフェクティングパウダー 03122(フェイスパウダー)
ナーズ シングルアイシャドー 5307 BIARRITZ(目元のクマを隠すためにハイライトと混ぜて使用)(廃番)
ジバンシィ プリズム・リーブル・ハイライター 14(ハイライト)(2024年ホリデーコフレの為限定品)
キャンメイク シェーディングパウダー 05(シェーディング)
を施した上で『目元』には↓
キャンメイク アイシャドウベース PP(アイシャドウ用の部分下地)
フラワーノーズ 胡蝶雲肩 03香炉紫煙(前述のとおりアイシャドウパレット。マットカラーのみを使う)
3650 リキッドアイライナー グレー(アイライナー)
を合わせている、と書くためにコスメを確認したら結構な種類を使っていると再認識した。一度に使う量にしてはかなり多いかもしれない。これに加えてオフィスメイクでないなら偏光パールのアイシャドウを乗せたり、チークを2色使うとかリップも3種類使うとか、アイラインも3色使うとか普通にやってしまう。顔面お絵描きが楽しくて仕方ない。
最近シミこそ増えたがそれを隠すためにカバーマークを使うし、肌自体の調子は良い状態をキープできているのでそれ以外は薄付きにして問題ない。問題無いのについつい化粧を盛ってしまう。この前パウダールームで化粧を直している時に気付いたが、私の場合顔立ちがはっきりしている為、あまりアイメイクに手を加えない方が断然見た目が若くなるようだ。この時はたまたま目元のメイクが殆ど取れていて、持ち運び用のハイライトとアイライナーのみにしたら発見に至っている。マスカラは多分取れているけど、まつ毛パーマのお陰で綺麗にカールしてセパレートしていた。後は眉とリップのみ、肌だけはしっかりと粗を隠せば大体成立する。つまり、それ以上は趣味で濃くしていると言う事である。
ちなみに現在この記事を書いているノートパソコンの周囲はコスメだらけだ(確認の為持って来た)。えらい量がある。デパコスもドラコスもその中間層に当たりそうな価格帯のものも、良いと思って費用対効果に納得できれば使用する主義である。メイクやコスメについて語ると時間がマジで足りない。最近になって漸く引き算を覚えたので、足したり引いたり自由に楽しんでいる。オフィスメイクも『如何にさり気なく印象を良くするか』に焦点を当てると楽しいと気付いた。大して興味関心も時間もかけていないようで、手間と技術と計算を重ねたメイク。最低限なのに最大限その場に馴染む魅力的なメイク。それはそれで結構面白い。
TPOを意識して可愛いを楽しむ、がモットーかもしれない。幸い技術はあるので隠すも盛るも自由自在だ。自分に似合わないであろうものは置いておくとしても。
スキンケアに関しては、最近大分シンプルになった。菊正宗の日本酒の化粧水(ナイアシンアミド入り)とミノンの乳液、時々ラリンの夜用クリームとパック(最近値上がりして悲しい)で終了。クレンジングは日によって変えているが、基本アンドハニーのクレンジングバーム(青いやつ)とマツモトキヨシ限定の拭き取りクレンジング(クレドポーボーテのコットンを使用して拭き取る)とヒロインメイクのアイメイクリムーバーだ。洗顔料はロゼット洗顔パスタの緑のパッケージのやつ(毛穴ケアのタイプ)で、今のところは安定してくれている。
スペシャルケアはラリンのパックくらいで、あまり手をかけ過ぎないのが逆に良いのだろうかと思う事がある。
頑張れない事も多いけど、何でか毎日クレンジングと洗顔とスキンケアはやってしまう。それをする為にはお風呂に入って身体を温めるし、何だかんだ身体は洗う。髪の毛はたまにサボるけど。一日くらいならサボっても問題ないって分かっちゃったし。
頑張れなくても私は可愛いみたいだし、皆も可愛いんだと思う。ベクトルが違うだけだきっと。ゆるい可愛さもあれば夢っぽい可愛さもあって、病んでる可愛さもあればギャルギャルした可愛さもある。多分、自分にとって丁度良ければ何でも良いし、何なら可愛くないものを目指すのもいい。かっこいいとか、かしこいって意味でスマートとか、逞しいとか、力強いとか、逆にゆるゆるふわふわ生きてるのも楽しいんじゃないかな。
誰かに迷惑をかけ過ぎずに、自分も誰かからの迷惑をちょっとだけ背負って生きる分には何にも問題ない。まあ、背負える分は個人差があるけど。
そんな中、私は可愛く闇を感じるロリータとかゴスロリを選んだわけで。
前職に就いていた頃行った旅行先で、久しぶりに会った友人から『闇を抱えた港区女子』とか評されそれが何か嬉しかった私はその時、サーモンピンクのノースリーブワンピースを着ていました。今日の私はくすみピンクのニットとチュールフリルスカートを着ています。ライブのコーディネイトはデスノートのミサミサみたいなゴスロリです。オフィスに行くなら、マジェスティックレゴンのバーガンディーのトップスとGUのセンタープレスの入ったグレーのストレートパンツを纏います。
その日その日で自分を変える事は出来なくても、装いは変えられる事に感謝しつつ、明日はどんなコーディネイトを構築するか考える時間が大好きだと、今書き残す事にした。
▼2025/01/23:心的外傷を和らげられる、モルヒネみたいになりたい。
お正月明け、今年初めの記事を書いた直後に高熱を出して見事に寝込んだ。元々喉が弱いタイプの人間なのだが、今回も喉の違和感から全身の悪寒、高熱へと症状が劇的に進み昨今の情勢を鑑みて新型ウィルスか流行性感冒かと戦々恐々しながら翌日まで待って、実家から母に簡易検査のキットを持って来て貰って検査したら『どっちでもない』と言う結果が出た。
流行性感冒、つまりインフルエンザは症状が出て十二時間以上経たないと体内のウィルスの量が足りずに検査結果が正確でなくなる恐れがある。故に熱が出て翌日まで待ったのだ。その間に体温は38℃を超え、もう少しで自己最高記録を更新するところだった。
その週に良さげと感じていた企業見学も予定されていた私は、大変に慌てながら脳内で様々なパターンを考える。結果生まれて初めて熱譫妄を起こし、食欲不振故に低血糖を起こしていたのでお菓子と水分を摂って、真夜中に#7119へ連絡した。熱が高すぎて身体中の主要な関節が激しく痛んでいたのだが、譫妄によりその部分にエンジンが着いて身体がばらばらになると言う妄想に囚われたのだ。
自分にとって作品にならないタイプの妄想に囚われるのは初めてで、その時は本気で死ぬかと思ったし眠れもしなかった。おまけにスマートフォンで熱譫妄について調べると『インフルエンザ脳症の前兆の場合がある』とか書いてあって、『自分は後数時間で急激に状態が悪くなって死亡するのでは?』『でも脳症の原因になりやすい解熱鎮痛剤は飲んでない!』などと半端な医療知識でパニックになり(ちなみに、アセトアミノフェンを飲んでました)、泣きながら#7119への連絡(通報?)である。電話先のオペレーターさんに症状を問われ、泣きながら答え、水分と食事は摂れているかを訊かれたので夕食の内容と先程食べていたお菓子の種類を総て答えた。オペレーターさんは戸惑いながら『大丈夫。それなら死にません。精神的な病気については詳しくないので、別の機関に相談してみてください』と言ってくれたのでスマートフォンで再び検索。教えてもらった番号はスマートフォンから通じないので、泣きながら検索窓に『助けて』と入力したら24時間チャットで相談に乗ってくれる機関を見つけた。結果。真夜中過ぎにぼろ泣きしながらチャットで相談し、一時間もしたらケロッと落ち着いた。
熱譫妄は長くても数時間で治まる事が多いらしいと書いてあったのは本当だった。
簡易検査でインフルでもコロコロでもないと分かり、内科を受診したら『風邪です!』と言われ、諸々薬を貰って飲み終わり、良くなったと思ったら今度は上咽頭炎で声がまともに出ない。大分散々な目に遭っている。
しかしまあ、声が出ないのと咳、痰以外に症状は無い為就労移行は休まずに行っているのでどうか褒めてやってくれまいか。そして、外に出掛けないのをいいことに創作活動が捗っている。自分用のヘッドドレスとうちの子用のドレスが完成した。お揃いのテイストだ。某百円均一の三百円商品(矛盾しているがよくある話)のグルーガンが大活躍している。
ドール用のお洋服の型紙がたくさん載っている本を購入したのもあり、ようやっとライブ参戦用衣装の作成にも着手した。トップスはブラウスなのだが、襟部分の装飾が難しそうだと思い沢山の店を巡って丁度良い材料を捜索している。ボトムスはフリルスカートで、ベルト付き且つファスナーで着脱できるようにしたい。しかしそんな短くてパーツも小さなものは見つかるだろうか?ドール専用のパーツ屋さんとか、ネットにあったりしないかな。
最近の百円均一は半分ハンドクラフト向けの材料屋さんと化していると言うのが私の個人的な見解だ。最近インスタグラムで見かけたのだが、百円均一で手に入るドールの素体でとても可愛らしいお人形も作れるらしい。但し、技術は必要である。しかしドールアイを売っている店も行動範囲にあるし、普通に作れそうな気がしてきてしまった。お洋服だって袖なしのドレスくらいなら二時間で作れる。お靴も鞄も、丁度良い商品が沢山ある。今現在我が家にはドールとしてのうちの子第一号であるアザレアちゃん(通称あーちゃん)が居るが、私が他の子を構っていたら彼女は気分が良くないだろうか? 本音を言えばもう1、2体お迎えしたいのだが…
近所の百円均一でドールのウィッグまで売っている昨今、創作活動界隈は非常に隆盛しているなぁと思うことしきりである。ってか、普通に作りたい。欲を言えばもう少し素体の肌色を白くしてくれたらもっと嬉しい。あーちゃんはシルバーグレーの髪色なので、今度は黒髪かダークブロンド辺りが良いなと思っている。アクリルの毛糸でウィッグも手作りできてしまうらしいし、その毛糸も百円均一で手に入る。やばい。
ドールのメイクに関しては、試行錯誤はするだろうが、自分の腕とか今まで扱ってきた画材の知識的に出来ちゃう気もする。だって、ぬいぐるみとしてのうちの子第一号である『ぷに』(前に乗せた黒くて丸い子)は私が「作れるかも?」と思って型紙から引いて作れてしまった。某SNSで見かけた画像を参考にしたが、大きな失敗もせずに生み出してしまった我が子である。型紙の比率やサイズ感とかは検索したフリー画像が元だが、そもそも『作れるかも?』→『できた!』のプロセスがおかしいと友人からツッコミが入っている。ぬいぐるみ用の布が百円均一に沢山あるのもすごい時代になったなと感じる要素の一つだ(所謂『ぬい活』用の布を使用した)。書店に出向けばぬい活の本が何冊も売られているし、ネットにはハウツーの動画もある。或る程度のお金と時間さえあればやりたい放題だ。
と、言う訳で。新しいドールも作ってみたいな☆なんて考えてしまっている。あーちゃんの素体は既製品なのでメイクも施してあったが、今度の子は私が一から顔を描くのだ。サイズはあーちゃんより小さいのでお洋服は少し縫い辛いかもしれない。しかし二人の衣装を色違いで作ったりとか、お靴もお揃いにするとか出来そうで楽しそうな予感しかしない。ドールとしてのうちの子第二号の名前は既に決めていて、『リュンヌ』(通称りーちゃん)。フランス語で『月』である。
小説の執筆も調子よく進んでいる。つい昨日も短編集に取り掛かった。お正月休みにはイラストも沢山描いたしその時間がとても幸せだったので、創作する事がストレス発散って本当だなぁと思う。
描(書)けるし、縫えるし、作れる。手先が器用な娘に産んでくれてありがとうお母さん。おかげでメイクも毎日楽しいし、ヘアアレンジも出来るようになりました。
ただ、このまま気の向くままに作品を増やし続けるとリアルの収納が間に合わなくなりそうなのだけが気がかりである。早く一人暮らししたい。
▼2025/01/05:異邦の言葉、発するは己が為
あけましておめでとうございます。ご挨拶遅れて申し訳ございません。2025年もよろしくお願いいたします。紅白歌合戦の米津さんの歌唱、とても良かった。相変わらず二次元に達しているレベルのスタイルの良さを遺憾なく発揮した身のこなしに、歌声もダンスも横ピースも堪らなかったので、生中継ではないのなんて気にしない様にしようと思った。多分徳島の実家に帰って皆で観ているか、東京で紅白に出演していないご友人らとはしゃいでいるかの何方かな気がするし。米津さんって交友関係が広いのかは分からないけど、ロッキンオンジャパンに掲載されるタイプの音楽系アーティストさん達とは大体仲がいいイメージなので。
何だかんだとお正月休みは今日で終わりだけど、あっという間と言うべきか結構長かったと言うべきか。前職が長いお休みの取れないタイプの職種だったので、久しぶりにゆっくりまったりしたお正月だったと思える。奇跡の九連休とは言うけれど、その間普通にお仕事のある人が身近に沢山いるので、この時ばかりは給料を倍以上増額にしてあげて欲しいと願うことしきりだ。医療系とか介護系とか、交通系もそうだし郵便局の人もだし飲食なんて稼ぎ時だから余計にシフトが入りそうだし、ライフラインを保つ人とか報道関係とか、コンビニエンスストアもドラッグストアも、元旦から営業のスーパーマーケットもあるし。皆様お疲れ様です。ありがとうございます。
さて、私は今回の休みを創作とお買い物、そしてインプットの期間に当てる事にした。小説はまだ書いていないがイラストは描いたしうちの子のお洋服や小物も作ったし、ロリータファッションのお洋服や小物を買いに出かけた。ふわっふわのレースとチュールのパニエはかなりの大ボリュームの物を買ったし、ピンクのリボンと真っ白なトーションレースが可愛らしいヘッドドレスや苺が刺繍されたエプロン(タブリエかピナフォーと言うべきか)、黒いレースの靴下、フリルがたっぷりあしらわれた晴雨兼用の傘に、王冠の形のペンダント等々。コスメも何点か購入及び予約している。axes femme kawaiiと言うメゾンのローズストライプ柄のワンピースに購入したばかりのパニエを合わせて試着室を出た時、お店のスタッフさんだけでなくお客さん達も皆で『可愛い』『似合う』と口々に褒めてくれた。同年代の方だけでなくご年配のお姉様も。後ろの方でダンディな白髪のおじ様が『良いね』とばかりに何度も頷いていたのが嬉しいし、驚きでもある。
何となく、ロリータやゴス、パンク系のお洋服を纏う人達は見た目に相反するかのようにフレンドリーで優しい人が多い。お店で躊躇なく此方を褒めてくれるので私も褒めるようにしている。良い言葉を口にする事は自分を美しく見せる術の一つなので。晴雨兼用の傘の外側はアイボリー色で、内側は色々な動物たちが描かれたメリーゴーラウンド柄だ。フリルとリボンがたっぷりで、雨が降っていなくとも差したい(そもそも日傘でもあるので差して良い)素敵なデザインだ。明日就労移行支援に向かう時に差して行きたい。まあ、ぶっちゃけオフィスカジュアルを想定した施設にそれはどうなんだろうと言う気はするが…
そんな楽しい初売りセール行脚の最中、お昼休憩でアジアンカフェに向かった。そこそこ美味しくて量もあり、お手頃なお店だ。
去年の終わりが見えてきた頃から突如英語圏で画かれた作品を読みたいがあまりに英語を勉強し始め、遂に作品を購入して読み進めている。紙の本で手に入らなかったのが残念ではあるが、kindleデビューして2冊購入。新たな推しとなったデスドリーム君の台詞は一部日本語なのだが、英語圏の作品なので当然ながら『translation』との文字と共に英語で書かれている(それでも比較的易しめの表現ではあった)。それでも前情報があった為か、物語の展開も文章も意外とすんなり理解できた。シリーズ物の途中から読み始めてしまったが、この世界にはウィキペディアと言う強い味方がいるので。
話を戻そう。アジアンカフェでルーローハンをいただいていると、隣の席にアジア圏っぽい外国人の親子連れが座った。お母さんと小学生くらいの娘さん。二人でアイスコーヒーを一つずつと、大きな苺のパフェを注文して、注文はすべて英語で行われているのを見ながら内心で(聞き取れるようになったなぁ…)などと思いながら烏龍茶を飲む。彼女等の注文の品が揃い二人でスプーンを持ちパフェを食べ始めたが、娘さんの方が自分のお洋服にアイスとストロベリーソースを零してしまった。お母さんが慌てているのを見て、するっと「Do you need help ? use this.」と口が動いてポケットティッシュを差し出していた。驚くお母さんと私。お母さんは「Thank you !」とティッシュを受け取り娘さんのお洋服を拭いていた。娘さんにも「Thanks」と言われ、私が席を立つ時にもお礼を言われたので微笑み「Have a nice vacation!」とさらっと言えてしまった。手まで降ってしまってまた自分に驚いた。そのまま会計へ向かえば店員さんにもお礼を言われる。
あれ、もしかして私、結構奉仕精神が強い? と店を出て思った。多分あの状況なら英語が喋れなくてもティッシュは差し出すだろう。ただ、うっかり「May I help you?」「Can I help you?」以外の「お困りですか?」のフレーズを手に入れてしまったので使ってみたくなってしまったのだろう、多分。平成初期産まれ特有の言い方をするならば『「これ、進研ゼミで見たやつだ!」現象』である。『此処で使える!』と思ったらつい使ってしまった。そんな感じで今日も英語を勉強した。
思い出した事がある。
私の幼稚園は何故か、毎週二回くらい英語の授業があった。当時としては珍しいであろう外国人(多分アラブ系の人)の先生が英語と日本語を交えて様々な英語のフレーズや簡単な会話、ローマ字などを教えてくれる。自分の名前は当然書けるようになるし、英語で自己紹介したり『これは幾らですか?』とか『今日の天気は何ですか?』くらいは受け答え出来る状態で小学校へ入学した。そして私の世代は小学校の授業では英語が必修ではないのだが、小学三年生で転校した先では英語の授業が毎週4コマはあった。英語の歌に合わせて1月から12月まで言えるようになったり、朝昼夜の挨拶は勿論『What time is it ?』『It's ten o' clock』くらいなら答えられるようになった(綴りが間違っていたら笑ってやってください)。おまけに5、6年生の時の担任の先生が所謂先見の明がある方で『これからはパソコンが使えた方が良い』とがっつりタイピングとローマ字を仕込まれた。なので私達のクラスの文集は総てパソコンで打つと言う特例措置が敷かれたのだ。
もしかして、これらの経験のお陰だったりするのだろうか。元々リーディングとリスニングは結構得意で、前職でも英語を聞き取り理解する事は出来たし、聞き取れなかったら『Sorry, please writing.』とメモ帳に書いてもらえれば読んで理解出来た(ただし、あまり喋れないので身振り手振りと単語で如何にかしていた)。小さい頃からネイティブの英語を聴く機会が多いのが素地になってた的な。……親に感謝すべきか。
大人にならないと分からない事は沢山あるけれど、親の選択次第で子供の世界が広がるのって本当だなぁと最近結構感じる。幼稚園と小学校で英語を話す事への抵抗感が無くなったから、外国へ旅行へ行っても現地の人に躊躇なく話し掛けられる。現地で別の国から来た子と友達になって一緒にケーキを食べたり遊んだりできる。道を訊かれても『分からなければGooglemap開けば案内できるでしょ』と応じられる。職場で『このタオルは何回洗って干しても柔らかいままなのか?』と訊かれていると分かる。職場で急遽安全点検が必要になった際も外国のお客様へ案内できた。総てのパターンで正解を導けてはいないけれど、挑戦することへの躊躇は無い。
何事も、やってみなければ分からない。この姿勢、以前は斜に構えて見がちなそれだったのに、今では『やってみたら案外できたわ』となる事の方が多いのでどんどん挑戦するようになった。
勿論、失敗することもあるし挑戦自体が時期尚早な時もあるけれど、やらずに後悔するよりやって後悔した方が引き摺らないとも気付いた。それでも先入観の所為で挑戦していない物は沢山あるので、ちょっとずつその先入観や苦手意識を減らしていって、やってみたい事はやってみようと考えられるようになった。人間、興味の幅は広い方が人生が面白いと個人的に思う(異論は認める)。なので今日もうちの子のお洋服の材料を買いにお出かけした。既にコートとバッグは完成したので、トップスとスカートを作る予定だ。お揃いのお洋服を着て大好きな米津さんのライブへ行けるとか楽しみしかない。週末には生地屋さんに出掛けよう。春が来る前に春のお洋服も作ってあげたいし、その前にぷにズのおめかし用のタイとかバンドも作りたい。
作りたいと思えるものを作れる(ある程度形にできる)とか楽しみたい物を存分に楽しめる事は多分当たり前じゃないので、才能と技術とそれを磨く時間をくれた人達に感謝しよう。
今年もきっと、良い年になるよ。素直に思えるなら、きっと大丈夫。
▼2024/12/31:降り頻る雪、積もり積もる音のない夜
皆様、今年も最後の日となりましたね。如何お過ごしですか?私は早々に大掃除を終わらせることが出来てほっとしております。何ならクリスマスイブの時点で担当箇所は終了していました。自分の部屋とお風呂場が担当箇所だったのですが、お風呂のドアの隙間の黴を取るのが楽しくてつい時間を忘れると言う。今年もゴミ袋が二枚分いっぱいになったので、何故こんなにも不要品を持っているのかと不思議でなりません。
紅白歌合戦には尊敬してやまない米津玄師さんが出演なさいますが、来年のライブグッズの情報が公開されて知る、家にもいるあの黒い子の名前に驚きました。前にこのブログにも写真を載せた、『ドーナツホール』のAMVにも出演している黒くて丸いあの子です。私はあの子の事を『ぷに君』と呼んでいましたが何と、あの子は『いきもの』が本名との事。ライブグッズであの子の形のショルダーポーチが発売されるらしいんですよね。ちなみに買います。
今回のライブでは長袖のパーカーとあの子のショルダーポーチを購入する予定です。米津さんのライブグッズはデザインが良いので複数ほしくなるのを毎回抑えていたのですが…今回は買う事にします。初のドームツアーなので。
今夜の歌合戦では『さよーならまたいつか』は確実に歌われるんだろうけど、出来れば『がらくた』も歌って欲しい。とても良い曲だし、色んな事があり過ぎた今年に疲れた人達の何人かはあの歌に救われると思うので。
クリスマスイブには、家族の中で自由に動けるのが私だけと言う状況だったので、クリスマスディナーの用意を一任されました。とても美味しく作れたのは良いんだけど、美味し過ぎて写真撮るのを忘れました。ブロッコリーと生バジルのサラダ、豆乳クラムチャウダー、チキンと林檎のハーブソテーを作っております。実は同居のおばあちゃんが生野菜とか果物をあまり食べられない為、なるべく火を通したものにした次第。
今年は沢山書いたし、描きもした一年でした。さっき今年最後の某SNS(BなL専門の所)への投稿を済ませまして、相っ変わらずBなLばっかり書いてます。まあ人生の半分以上が腐った女子人生なので今更かな。しかし、推し作品が幾つか増えてしまった年でもあります。産まれて初めて海外の作品にもハマりました。『エックスメン』なんですが、つい最近話題に上った新キャラにぬっ転びまして。『デスドリーム』君と言います。エックスメンは合衆国の作品ですが、彼はつい最近作品へ加入したらしい高校生の男の子です。その上日本人で、死産から蘇り死者の魂を操るタイプのミュータント。そしてビジュアルが劇的に好み。アジア人らしさをきちんと盛り込みつつも現代の若者で、新キャラの中ではかなりの小柄で細身な点も非常に良きです。本名は『Hotoru』と名乗ってますがこれ、多分誤植で本来なら『Hotaru』で蛍君なんじゃないかな。
あ、エックスメンの基本情報はwikiとかを参照してください。実はまだ履修してないんです。読みたいけど日本語訳されてなくて、ならば読める様になろうと英語を勉強し始めました。冠詞と無冠詞意味わからん。デュオリンゴを使ってますが、そもそも私英語の成績は悪くなかったんですよ。寧ろ良かった(英検準二級と言う微妙な立ち位置ですが)のにスラングが混じると更に意味分からん。頑張って彼の出演作を読むのが来年の目標の一つです。
そう言えば、来年の手帳は九月辺りにはもう買ってました。で、一月始まりなので明日から日々の記録を付けます。毎月小さな目標とかやりたい事を4つ決めたので、それらを少しずつ消化していけるよう努めたい所存。特に今年やり残してしまったダイエットは一年かける心算なので、1ヶ月当たりの目標を定め、3ヶ月ごとに振り返り改善しながら続けていきます。痩せたらもっと可愛くなると言われ続けている人生なのでね! でもあんまり言われ過ぎると病むからその辺注意してくれ母上。
あ、年末年始はそれなりに食べます。運動もしてるけど。今日はロイズの生チョコとカルディで買って来た生ハムの切り落としがおつまみです。とは言えドリンクはノンアルコールですが。
後で長風呂しながら今年の振り返りを手帳でもやります。可愛くコラージュすると続くんだなぁと思いながらつけてきましたが、フリクションを利用するようになったのも続いた要因かも。消しても消しかすが出ないからお風呂で書くことも出来るんですよね。その上可愛い色付きの物が沢山出ているので、今年はフリクションマニアになった年でもあるかな。
多分来年も色々とありまくるんだろうし、その前に就職したいし、多分だけど四月くらいには決まるだろうけど、今年よりは嫌な事が少ない一年だと嬉しいな。良い事が多いのはあまり望まないから。後ろ向きかもしれないけど、楽観的なネガティブ女なんですよ。嫌な事が少ないだけでも幸せじゃないですか。この国にはそんなに期待してませんので、これ以上失望させずに粛々と自分達の仕事をしてくれる人達が政を為してくれればそれで良いです。
これを書いている今聴いてるのはキタニタツヤさんの『ずうっといっしょ!』なんですが、この曲今年何回聴いたかな。同じくらい米津さんの『ドーナツホール』とカロンズベカラズの『エンバーミング』を聴きましたね。そんで色々書いてたし描いてた。やってみたいゲームも見つけたし、多分だけどそれの日本語版が出ても私には出来ないだろうけど。でも、来年やりたい事が満載の人生は悪くないです。勿論、それは人それぞれだけど。
画面の向こうの貴方様は、今年やりたい事が出来ましたか? それとも、来年やりたい事の方が多いのかな。どっちも良いし、どっちでも良いですよね。貴方は今生きてこの文章を読んでくれている。この、インターネットの片隅に作られいつの間にか何年も続けて来られたこのブログを。消えたい事も多かったけど、取り敢えず今は生きているのがとても楽しいです。不安な事はまあ、一旦は隅っこに放ってあったかい場所で好きなものを程々に食べましょう。
私は、貴方と出逢えて良かったと思っています。良いお年をお迎えください。
▼2024/12/19:金平糖みたいに固められたらいいのに。
ついさっき、自分の前職時代についてまとめました。個人情報満載な文章なので此処には載せられないのですが。私は中学生くらいから文章を綴るようになって、高校生で自分のサイトを持ちました。このブログの前身である『斜陽』は高校三年生の時に作ったサイトです。
自分の思いを言葉にして、文章としてしたためていく作業は好きです。苦しい時も無いわけではないけど、基本的には楽しいです。時々泣きながら綴ってる事もあるけど。自分の『思い』や『考え』が形になっていくのを見るとワクワクします。『妄想』や『空想』なら小説とか設定集とかになるんですが、それをインターネットに載せると感想とか意見がもらえたりします。自分の中にしか本来存在しなかった感情が、別の誰かに取り込まれた結果生まれるそれらに嬉しくなります。今の所ネガティブなご意見やご感想は頂いていないから言えることかもしれませんが、読者の皆さんが居ないと私はきっと書かなくなるだろうと思います。イラストに関しては違うんですけどね。
良い作品を見ると、自分も書きたくなる。それがあまり一般的な事ではないと知ってしばらく経ちますが、周囲には相変わらず書く人の方が多くて実感が湧きません。描く人も多いです。元々『描く』を仕事にしたいと思いやがてそれに『書く』が加わったからでしょう。最近だと其処に『作る』も加わりました。
纏めると『創作』になりますが、つまるところ私は、自分の中にしか無くて、形が無いから変わってしまうかもしれないものをそのままの状態で保存する為に創作しているのだと思います。自分の中から出して、形を与えてこの世に残したいのです。いつでも見返せるように。
でもそれなら文章にするのも自分だけが読めれば良いのでは? との疑問も生じますが、それが何故なのかは今のところ分かりません。一番褒めて貰えるし評価が高いからでしょうか。たまたま文章化する能力が高くて、読書経験の多さで語彙力が付いたから、吐き出すように書き続けています。お陰で文章を『打つ』事も大好きになって、それを仕事にできたら良いのにとも思います。
今度、と或る企業様へ見学に行きます。私とマッチングしている企業様なのではないかと施設の方に言われ、提案に乗った形です。暫くの間接客業務についていた私ですが、本当は黙々と作業するのも好きなんですよね。と言うか、大体の事はある程度のレベルで出来ちゃうんですよ。不器用なのに器用だから。私に足りていなかったのは技術ではなくて、人間関係や環境の面でした。努力でどうにでも出来る技術面だったらどんなに良かっただろう。私は他の人と同じように出来ない理由が分からず、泣いてばかりでした。職場の人達が悪かったわけではないです。ただ、私達は完全に擦れ違っていましたし、行き違っていました。どうしたらあの場所に居続けられたのか、今でも分からないです。悪い人は居なかったと思います。相性の悪い人は居たけど。
偶然、人の言葉尻を捕えて不安になりやすい私が、言葉でなく態度で示す人の下についてしまった。
多分こんな感じだったと思います。
昔から、空気を読むのが苦手です。人の気持ちを察せません。つい、失言をしたり訊いてはいけない事を訊いてしまいます。お願いだから言葉にして言ってほしい。言われれば分かるんです。言わなければ分からないんです。
少し前、自分が非定型発達だと知りました。発達障害ではないけど、定型発達でもない。中途半端かもしれませんが、少し納得しました。これが私の特性の元だと。他の人とは決定的に何かが違って、何処かが足りないし、別の何かが過剰。はみ出てしまった所は如何にか切り取って、足りない所は補うべきでしょうか。
そんな悩み、もっと苦しんでいる人も居るのに、と言う人は嫌いです。誰も他の誰かの苦しみや悲しみを本当に理解し切る事なんて出来ないのに、なんて傲慢なんだろう。私の苦しさは私だけのものだ。
その苦しみを形だけでも伝えるために言葉があるんだから、人間にしか許されていないそれを積極的に使って行こうと思います。
私は、今日も貴方が大好きで大嫌いで愛おしいです。
▼2024/10/31:結晶ってさ、ゆっくり固まる方が綺麗なんだって
下の記事で初めてこのサイトに写真を掲載した。やり方が分からず四苦八苦したのは置いておいて、今後このサイトにも日々の写真を載せてみようかとアルバムを作成している。愛用しているコスメとか、最近お迎えした我が子とか。そう、最近我が家にお人形をお迎えしたのだ。名前は『アザレア』。通称『あーちゃん』である。クラフティングドールと言うお人形のシリーズの女の子だ。お気づきの方もいらっしゃるかと思うが、米津さんの曲名が名前の由来である。今は私とお揃いのお洋服を何着か仕立てたのでそれを着て貰っている。クラフティングドールはウィッグとアイのセット、メイクまで施された状態でお迎えできるお人形だ。お人形初心者の方向けだろうか、お洋服さえ誂えればオリジナルの娘が出来上がる。
大きさは六分の一サイズだと思う。私はリカちゃん人形とかに着せられる大きさでお洋服を仕立てて着て貰っているので多分そうだろう。プーリップと言うお人形のシリーズと同じ会社のお人形だ。頭が大きく、ぱっちりした瞳と手足の長いデザインで、専用の靴も複数販売されている。
家に来てくれたあーちゃんはシルバーグレーのロングヘアに菫色の瞳が可愛らしい子で、私は彼女の存在を知って、いくら払うのかと思ったが思いの外お手頃で(多分お洋服は自分で用意するからなのと、初心者向けだから)驚き、急いでお金を用意してお迎えした。一番人気な彼女は直ぐにお店から旅立ってしまうらしく、ユザワヤ公式でようやく見つけられたのだ。
札幌には大きな手芸店が二つあり、ユザワヤとカナリアと言う。あーちゃんをお迎えしてから通うようになって、沢山の布やレース、リボンや刺繍糸などを購入した。お洋服の型紙は書店で作り易そうなものを探して取り敢えず一冊購入。今後は少しずつ増やしていく心算である。今あーちゃんが着ているのは、私のお洋服の中でも比較的作り易そうなデザインの物のミニチュアだ。購入した本の型紙を少し改良して作っている。家庭科が得意な方で本当に良かったと心から感じている今日この頃だ。
百円ショップのセリア、300円ショップのスリーコインズにも感謝している。ここ最近の推し活ブームに伴い、これらのお店にはお人形に着せられるお洋服やそれらの材料が山ほど売られている。その上安いしアレンジがしやすい。量も大きさも丁度良い。カナリアにはお人形用のお洋服の型紙もバラで売られているし、小さなサイズの模様が入った布もあれば小さなサイズのボタンやバックルまであるのだ。これはもう腰を据えて楽しめる趣味が見つかってしまったなと思う。
ちくちくと針と糸でお洋服を縫っていると、心が整っていくのを感じる。手先が器用な自覚はあったが、自分の為だけではなく可愛い妹の為にお洋服を仕立てていると、その特性に感謝する気持ちが湧いて来る。黙々と作業する事が苦にならないので、音楽を聴きつつ一針一針縫っている。今後は刺繍も習得したいし嘗て挫折した編み物にも再挑戦したい。現在の目標は、米津さんのライブにお揃いのお洋服を着せて一緒に参戦する事。その時はぷに君と二号君(下の記事には載せていないが、実はもう一匹同じような子を作った)も一緒だ。その為には刺繍の技術は必修なので丁度良い解説本を捜索中だ。
しかし、昨今の推し活ブームで生まれた文化や商品は凄いなぁと感心しきりだ。ドール趣味に手を出すとは思わなかったし、ぬい活も少々侮っていた部分は否めない。だって彼等彼女等は非生物でしょ?とか思っててごめんなさいって感じである。今現在私はぷに君と二号君、あーちゃんに毎日挨拶するし話し掛けるし、一緒にお出かけしては抱っこして歩いている。流石に空気は読むので人前で話し掛けはしないが、心の中では色々と語りかけているので、人は変わるものだ。
そして、以前は自分が着たい可愛らしいお洋服を探していたが、現在はあーちゃんに似合いそうなお洋服(のデザイン)も探している。見つけたら取り敢えずブクマかスクショだ。作れそうなデザインを中心に集めている。次にお金が入ったら欲しいお人形用のお洋服の作り方の本ももう決めている。非常に楽しい。
今後就職してこの家から出て一人暮らしを始めたら、皆のスペースももっと広くしたい。ソファとかハンガーラックとかディスプレイしたいし。あーちゃんに着て欲しいお洋服、もっともっと増えるだろうし。
楽天などで検索するとお人形用のお靴とかも見つかったので、サイズが合うのであれば購入したい。寒くなって来るからコートとかマフラーも作ってあげたいし、一緒にお出かけする時ように一部が透明のバッグとかも欲しい。ずっと抱っこしていると万が一私がすっころんだらあーちゃんが大変だ。
ちなみに同居のおばあちゃんにはあーちゃんの存在を知られているが、母や義父には知らせていない。もし知ったらどう思うだろう?毎朝挨拶して『いってきます』『ただいま』も欠かさないし、部屋でふと話しかける事も多いのでおばあちゃんは若干心配らしいが。
でも、私には守るべきものがあると思うと消えてはいられないなと思えるし、自分を律することが出来る様にもなれたし、素直に楽しい。もっともっと可愛いお洋服を作ってあげたいし、可愛いお写真を撮りたい。いずれはミシンも欲しい。現在全て手縫いで作っていると言う驚きの状況である。自分のお洋服も仕立ててみたいなぁとか、服飾の勉強ができる場があればいいのになぁとか、大人になった今でも私は成長したいのだろう。そして、自分をお人形の様に可愛らしく保ちたいのだ。
今の夢の一つはPINKHOUSEを着たチャーミングなおばあちゃんになる事だ。歳を取ろうが顔の皺が増えようが可愛らしくはいられると思う。以前80歳くらいのおばあちゃまたちがPINKHOUSEを着てきゃっきゃしている所を見かけた事があり、あんな風になりたいと思う。身近な目標は同居のおばあちゃんで、彼女はとてもチャーミングだしお洒落も大好きである。フリルとレースを靡かせ背筋を伸ばし、颯爽と街を歩く日が待ち遠しいけど、ゆっくり来てほしいなとも思う。
▼2024/10/20:貴方の一生の幸福として添い遂げたい

秋である。最早地元は秋どころか本州でいう所の冬みたいな気候だ。今年の初雪を見た。なので私は買ったばかりのファーコートに袖を通している。髪の毛はクラシカルな印象のまとめ髪にして、お洋服はトップスがリリーブラウンのフリルがたっぷりとあしらわれたニット、ボトムはフィントのレースとチュールがたっぷりなスカートだ。全体的にお嬢様っぽい装いにした心算だ。昨日はゴス風味のコーディネイトだったので、我ながらコーデの幅が広い。
肥ると言われた(現在の主治医には驚愕された処方の)薬を半減して、一ヶ月も経っていないのに体重が二キロほど減っている。久しぶりに会った友人や、同居の家族にも『痩せたね?』と言われて嬉しい。身体の縦横比がおかしくなってもおかしくない(言葉遊びのようだ)薬だが、それを何年も処方され飲み続けているのにこの体系はもしかしてかなり頑張っていた方なのではと改めて思った。
毎日朝と夜には自分の身体を鏡に映して確認しているが、明らかにウエスト部分が減ったのと、顔が小さくなってきている。努力は報われるとは限らないが、努力していないと報われる可能性はぐんと減る。と言う考えが補強された思いだ。
少し前にかなりメンタルの調子が落ちたが、現在は寧ろ良好だ。実の所、最近幸運に恵まれる機会が多い。欲しいと思っていた物がたまたま安くなって手に入ったり、諸事情で購入を見送った物が再入荷されたり、痩せたり、プチプラかつ効果の高いスキンケアを見つけたり、大好きなハチさん(米津さん)の新作MVが公開されたり。この日記に添付した写真は、新作の『ドーナツホール2024』のアニメ中に登場した名前の公開されていないキャラクターのぬいぐるみだ。型紙から起こして自作してみた。某元青い鳥のSNSにてファンの方が『夫が作ってくれました』と嬉しそうに報告していたのがどうしても欲しくなって、作ってみたのだ。意外と簡単に作れたし、材料費も二千円未満で出来ている。便利な現代社会では百円均一でもぬいぐるみの布(恐らくは推し活用)が手に入るし、ネットで検索すれば著作権フリーの型紙が簡単に見つかる。それをルーズリーフに書き写して型紙とし、球体じゃない足の部分は自力で『こんな形だろう』と書き起こして布に転写して、手縫いで作ったのがこの子だ。目の部分は初め刺繍に使用かと思ったが巧く行かず、たまたま家に在った合皮を円形に切ってグルーガンで貼り付けている。なかなかに良き仕上がりとなったと自画自賛だ。刺繍のやり方も分かり易い解説がネットで見られるこの時代に生まれて良かった。
先述したが、この子には公開された公式の名前が無い。ので、私は『ぷに君』と呼んでいる。計算外だったのは、思いの外巧く作れてしまって愛着がわき、ついつい挨拶をして話し掛けたりお出かけに連れて行って写真を撮ったり夜景を見せたりするようになった事。完全なる『ぬい活』若しくは『推し活』だ。今まではその様な活動を社に構えて見ていたと言うのに、一度やってみたら楽しくてついつい一緒に出掛けている。ちなみに製作時間は約五時間。この時間でこんなに可愛い子が作れるって、もしや私は手先が器用なのか。学生時代は家庭科の成績はかなり良かったし。ミシンは苦手だが、手縫いなら幾らでも縫っていられる。元々没頭しやすい性質なので、今回も気付くと五時間経っていた。昨日は長年の友人と夕食を食べてきたのだか、ぷに君も連れて行ったら彼女は微笑っていた。そして一緒に夜景を見て食事もとらせる(ポーズをとる)。私はあまり友人が多い方ではないのだが、付き合いは狭く深くと言うタイプで彼女とは十年以上友人をやっている。今度の米津さんのライブは彼女も当選していて、おまけに彼女のお母さまも一緒に行くらしい。私とは席が離れるので一緒に行くわけではないが、なんか嬉しいなと思う。そして彼女の強運が凄いと言えば『薊ちゃんも持ってるよ、強運』との事。確かに。今回のチケットに当選した事をSNSに書いたら何人かから『どこの神社で願掛けしたんですか』とか『もしかしてお寺で祈祷しましたか?』とダイレクトメッセージが来た。それだけ当たり辛いらしい。正しくプラチナチケットだ。
なので、ぷに君も一緒にライブへ連れて行くことにした。非公式グッズとは言え折角の力作、何よりも可愛い子なので一緒に歩くとテンションが上がる。少し前からハンドクラフトにハマってしまったが、ぬいを作るとは思っていなかった。おまけにこの子の材料を購入しに赴いた手芸用品店にてとても素敵なお人形を見つけてしまった。元々は『オリジナルドールを作る入門編のお人形』と言ったコンセプトのお人形で自分で洋服や小物を作って着せ替えを楽しむタイプの子達なのだが、クォリティが高いのに、お値段はかなり手頃で驚いた。こんな可愛いお値段でこんなに可愛い子がお家に来てくれるのかと思ったらときめいてしまった。ただ、私が欲しい子は売り切れだったので今度入荷日を訊くか取り寄せてもらおうかと考えている。もう名前も決めてしまった。
現在の目標は彼女に自分と同じコーディネイトのお洋服を着せる事。そして出来ればライブ会場へぷに君と共に連れて行きたい。とても楽しいと思う。
一針一針ちくちくと縫うのはとても楽しく心が安定する行為だ。ついにドール趣味にまで手が出てしまうと思うと少し怖いが、今更な気もするし。彼女のお迎えまで、楽しみに待ちながらお洋服や小物を製作する日々が始まりそうだ。
▼2024/10/08:取り敢えずオパールにしとこ? あの人の歌みたいにさ
一気に気温が下がって足元をヒーターで温めながら小説執筆の息抜きで文章を書いている。とても可愛いお洋服を購入した。アクシーズファムのポエティックと言うラインから発売された、ゴシック風味のブラウスとミニスカート。世間ではY2Kと言う2000年代の流行がリバイバルする文化が流行っているらしい。池袋ウエストゲートパークとか、私が集英社に忠誠を誓いかけた時期に少年ジャンプで連載していた作品とかのファッション。ゴシックロリータを含むロリィタも何度目かの流行が始まっていて、うっかり十年以上前の自分が息を吹き返してしまった。
このブログは『Cry&cry』と言う名前だが、前身となった携帯ホームページの頃の名前は『斜陽』である。あのブログサイトを運営し始めた頃の私は高校生でゴシックロリータやパンクロックの格好で生きていたのだが、一度は卒業して一般に広く受け入れられるタイプの女性のファッションを追い駆けていた。可愛い物は変わらずに好きだけれど、可愛すぎる物はもう年齢的に難しい、とか思っていた。
しかし三十路を過ぎた現在、私はまたロリィタの世界に戻って来てフリルやレースやリボンを追い駆けている。今年の初め辺りから年齢が本気でただの数字とか記号としか思えなくなり、可愛い物は素直に可愛いし、身につけたいし持ち歩きたいと思うようにもなる。以前纏っていたお洋服達を処分した自分を本気でぶちのめしたくなりながら、新たなお気に入り達を買い求めるようになった。勿論あの頃とは好みが違うが、基本的なモチーフの好み等は変わらない部分が多い。ただ、以前よりも可愛らしさを強調して甘めのアイテムが好きになった。天使に猫ちゃん、クマちゃんにうさぎちゃん、苺とかクリームとかお花とか、色合いもくすみパステルとか砂糖菓子みたいな色が好き。でもゴシック趣味も健在なので十字架と骸骨と蝙蝠の翅と悪魔と吸血鬼も外せない。ゴーストとかシスターもだ。
学生の頃とは違い、ロリィタやゴシックロリータ以外のお洋服もTPOに合わせて着てるしすべての場所に厚底ブーツを履いて行ったりもしない。なのにあの頃よりも自由になれた気がする。何よりメイクは今の方が圧倒的に上手だ。そもそもコンタクトレンズが怖くて眼鏡しか使わなかった頃とは見た目の印象が違い過ぎるのだ。近視だとレンズの向こうの目はどうしても縮小して見える。目元のクマが目立つからコンタクトは無理とか言ってたが、知ってる? メイクで隠せるんだよそのクマって。
碌に勉強せず闇雲に化粧品を肌に乗せていた頃と違って、今は『何処に何をどのくらい乗せるべきか』が分かるようになってきた。カバーしたい所とカバーすべき場所は必ずしも一致しないし、ちょっとした裏技を見つけていたりスキンケアを見直したら肌の粗が少なくなったりもしている。
そんなこんなで、再びあの世界のドアを開いてしまったわけだ。周囲でも一度ロリィタやゴスロリを卒業して三十路辺りで戻って来る方は結構いるらしい。そして、過去と現在は当然違う所も多々あって、私個人としては現在のゴスロリやロリィタの方が自由な発想でコーディネイトする人が多く感じる。嘗ては推しブランド(多分その頃推しって概念ないけど)のお気に入りのラインのアイテムでなるべく揃えるべき、と言う風潮があったように思うのだが、現在のロリィタは好きなお洋服ならどのブランドのアイテムを掛け合わせても構わないんじゃないの? と言った感じに思う。正直、その方が面白いと感じる。だって、フィントのブラウスにメタモルフォーゼタンドゥフィーユのジャンスカを合わせても世界は滅ばない。何ならロリィタじゃないブランドのアイテムでも可愛かったら合わせればいいし、コーデとして成立しているしていないは個人の感想だ。
その上安価なブランドでロリィタ準備段階みたいなお洋服が売っていたりもする。今度初めてしまむらオンラインでお買い物する心算なのだが、ロリィタモデルさんとのコラボアイテムがあるので是非とも購入したい。安心のしまむら価格だし。
学生の頃ロリィタやゴシックのファッションが掲載された『KERA!』と言う雑誌の発売を心待ちにしていたが、かの雑誌のモデルさんの何人かは現役で活躍されている。高校生の頃の自分は元気を取り戻して私の手をぐいぐいと引くのだ。もっともっと可愛くなれるよ、貴女は。
そんな訳で少し前の鬱々とした精神状態からはすっかり脱却した。でもこの高揚感も病気の症状の一つなんだろうな、双極性障害の治療薬も使うかもしれないし。一日でも感情の波がザッパンドッパンと大嵐を起こしている。けれども、それなら『消えたい』と思う感情の波は数時間で収まったりするかもしれない一時的な物なのだ。さなかに居る時にそう思う事も悟る事も難しい。でも一時の感情で行動を決定してしまうと、本当に消えたいわけじゃないのに極端な選択をしてしまうかもしれないと言う事だけは覚えておこうと思う。
やっぱりお洒落は楽しい。メイクを研究するのも美肌を追求するのも面白い。最近だとプチプラで効果抜群な組み合わせのスキンケアコスメを見つけられて、その分お洋服に課金できるようになった。そして将来の目標が一つ見つかっている。
私は将来、PINKHOUSEが似合うチャーミングなおばあちゃんになりたい。フリルとレースとリボン、全部手放さずに歳を重ねるのだ。PINKHOUSEには五十年以上の歴史があり、札幌の東急百貨店のお店には素敵なご婦人がいらして優しく迎えてくださるのだ。多分私の祖母と同じ世代の方も着ているブランドで、でも全然古臭く無くて可愛い。ちなみに価格はゴージャスだ。
世間的に少女でなくなる事を怖いと思った事もあるけど、多分少女ってその人その人で定義が変わるし、『少女的』で在り続ける事は不可能じゃない。怖いと思うのは本当だった。でも今の所私は私の事が好きだし可愛いと思う。消えたいって思ったのも自己愛故だし。
こういう風に思いを文章にできる私で良かった。思いって形にしないと見えないし残せないんだよね、厄介な事に。後で見返すと顔から火が吹く時とかあるけど、それすらも出来なかったら成長とか出来ないと思うんだ。
▼2024/10/05:逆様の夢で救われる。来る朝はどうやら明るい
最近、就労移行支援事業所でタイピングの腕を褒められた。一分間に300文字程度なら正確に打てるようになったのだが、eタイピングと言うタイピング練習ゲームで訓練するのにハマっている。少し前にブラインドタッチを会得したが、或る日eタイピングで訓練していた時、全く手元を見ていない自分に気付いた。画面の文字しか見ていない。手元を見ずとも何処にどのキーがあるのかが身体に沁み込んだようだ。記号や数字となるとまだ手元を見ないと覚束ないが、ノーミスで打ち切る事も出来てとても嬉しい。十五年以上小説を書いてきた経験が思わぬところで成果として現れた。eタイピングには様々な練習問題があって、私の場合医療用語や天気の言葉に関する問題が一番得意である。医療用語は前々職でなじみ深い言葉が多いからだろうと思う。天気に関してはちょっと理由が分からないけれど。それと、私が様々な事象や指示された言葉、通院して診察の際主治医と話していた言葉を耳から取り入れる場合、メモを取らなくとも直ぐに記憶できる傾向にあると指摘された。
勿論それが仕事の時はメモに取るのだが、普通の会話や訓練だと書かない方がむしろ覚えられる時が多い。知覚の仕方と言うか、世の中には『聴覚優位』『視覚優位』と言う言葉があるらしい。幾つもの訓練を経て、私はどうやら聴覚優位のタイプらしいと気付いた。小説を書く時もメモにプロットなどを書かずに脳内で書き留めている。
と言うか、私はどちらかと言うと聴覚が過敏なのだ。雑音と判断した音があると途端に集中力が削がれる。なので移動中は常に音楽が必要だ。ウォークマンが手放せない。
以前此処にも書いたかもしれないが、特定の音を聞いていると背筋がぞわぞわするくらい落ち着けなくなる。甲高い子供の声、水がポタポタと落ちる音が如何にも駄目だ。しかし周囲にそれらの音を鳴らすなと言うのも理不尽な話なので、音楽で遮断する。
でも若干に視覚も過敏な方らしいとも感じている。まだ日常生活に差し障りは無いが、見た色や視覚から得た情報を記憶しておく能力が少々過剰らしい。自分の中でそう感じたきっかけは幾つもあるが、友人が使っている(顔に塗っている)化粧品のメーカーと色番を当てた事があったのだ。『○○ちゃんのアイシャドウ■■のピンクの何番だよね?』と言ったら一瞬びっくりされた。若干に引かれた。
この前試しに色彩のテストを受けてみたら高得点をとれてうれしかったのだが、その際専門学校時代教諭から言われた言葉を思い出した。
『矢野は本州で育ってるから、この地域の人間とはきっと見てきた色の種類や数が違う。だから色彩感覚もきっと違う』
曰く、今住んでいる北海道は冬から春までの間、景色は雪で真っ白になる。けれども本州で雪の無い時期を過ごす事が多かった私はクラスの皆よりも色に触れる機会が多かったから、色彩感覚に皆と乖離があるのだと。面白い発想だなと思った。
密かな自慢なのだが、私はコスメの色をパッケージに入っていない状態でも何処のブランドなのか判別できる事が多い。勿論似ているブランドとかもあるけど、何となく『NARSだな』『ジバンシィだな』と判断できる。
正直色彩の授業ではあまり成績が良くなかったが、卒業した今は資格試験の勉強の成果もあって或る程度の知識は身に付いた。そうすると、自分にとって心地の良い色が分かるようになった。今現在の自室は私の視覚を刺激し過ぎない色で纏まっている。故に自室が大好きな場所の一つになった。この部屋に帰ってくれば絶対に安心と思える。
可愛いなとか美しいなと思える色があるだけで私は明日の世界にわくわく出来るのかもしれない。カラーセラピーって言葉もあるし、コスメが好きなのはそれも理由の一つなのかな。