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▼2025/05/27:感性による淘汰、放置するは気遣いか

再就職して少し経った。まだまだ慣れないが、それなりに楽しいし遣り甲斐は求めないと決めたのにそちらもそれなりにある。お客様の求める商品を見つけ出した時、お礼を言われると何故あんなにも嬉しいのだろう。心が躍るし、この為に働いているとすら思える。
障害者雇用を促進せよとの意見では『合理的配慮』と言う文言が頻出するが、つまるところ障害者が社会で働くにあたり、本人も自己対処はするものの、どうしてもできない部分や他者の協力や配慮が必要な事柄に対して企業が行なうべきとされるあれである。その合意が実の所未だ行えていなくて、私の初出勤が就労継続支援事業所の休日に当たったからなのだけど、初めに実習を行なっていることもあって現時点ではまあまあ上手くやれている。
『合理的配慮』と書くと難しくて堅苦しい事のように思えるけれど、例えば『聴覚過敏な人にノイズキャンセリングイヤホンの使用を許可する』とか『不安になりやすい人の為に常に相談して良い人を配置する』とか、お互いが気持ちよく働くための策を講じるべきと言う事である。
私の場合は頭痛持ちなので鎮痛剤を飲む小休止や、接客でパニックになった時に単純作業へ従事させてもらう事、嗅覚が無いのでにおいを判別する業務からは外してもらう事等がある。私が通っていた施設では独自のフォーマットがあって、自分で埋める事が可能であれば自分で作成できる。これでも文章を書いて長いので自分で作成したが、かなりきちんとした文章だったからかそのまま採用された。今のところは特に問題も起きていないので特に効力は発生していないが。ただ、約一年ぶりの仕事は結構肉体的にはきつくて、太腿が現在進行形で筋肉痛である。日課の運動が出来ていない。その代わり立ち仕事を一日当たり5〜6時間は行なうので純粋な運動量は増えた。その上緊張でもしているのかあまりお腹が空かない。今日は休日でパスタを作ったのだが、一束でも充分(いつもは一束半使う)満腹だし、数時間たった今も空腹ではない。職場でもお昼休憩に食欲が無いのもざらなので、このままの状態が続くようなら少し考えようかと思っている。

初出勤の前に専門学校の頃からの友人と久しぶりに会った。彼女は唯一地元に住み続けている、一番頻繁に交流する子で、私がこの前親戚の言動を腹に据えかねている話や他のリアルの友人との付き合いで発生したちょっとしたトラブルについて話すと『薊ちゃんの事を大切にしてくれない人とは距離を取った方がいいんじゃない?』と仰った。
彼女も家族との関係や職場での人間関係で違和感を持つことが多かったらしい。お父様が少々、否、かなりのモラハラ気質な方なので苦労が多いという。私の家とは違い男の人の声の方が大きいそうだ。家は完全に女の方が強いのでそれぞれだなと思う。それでも家族だったり繋がりがあるからこそ様々な軋轢が生まれるのだねと話しながらチーズ料理を食べて、結構楽しい夜だった。
彼女と私は共通点と同じくらい違うところがあって、話しているととても楽しい。学生時代からの友人は貴重だし、そもそも社会に出てしまうと友人を作るのもなかなか難しい。故に今いる友人を大切にすべく交流しているが、彼女曰く私は少々優し過ぎるのだそうだ。そして相手を許容し過ぎるきらいもあるし、懐がある意味深すぎる。だから色んな人を許してきたのだろうか。それが自分を傷つけてきたのではないかと言われた。

『傷付けられたら拒否して離れて良いんだよ』

私を大切にしてくれない人と交流するのも確かに、何かがおかしいかもしれない。そして、何で私が拒否してこなかったのかと考えてみた結果、或る仮説が生まれた。私はいじめられっ子だった頃に助けてくれた教諭に『このクラスで誰かが嫌いだからと言う理由で差別しないのは、矢野だけだ』と言って貰った事を鑑みて、私は他人を好き嫌いで判断しない方なのかもしれない。そもそも嫌いと思ったことも殆ど無い。本当に。だから傷つけられることに鈍感なのかもしれない。今までも嫌な事や心に引っ掛かる事があってもそれに気付けなかったのかもしれない。ただ、これは無痛症みたいなもので傷自体はちゃんとある為、いつか心の限界が来てしまうという訳だ。
トラブルになった友人と、この前会った彼女と私は仲良しグループだった。トラブルになった友人は、所謂自分の機嫌を自分で取れないタイプである。基本人に当たる。そして約束の時間をあまり守れない。彼女の都合で遊ぶ約束が無しになった事も何度かある。遊ぶ場合に家を出る前に連絡が入ったら100%遅刻の知らせだ。いつもの事で慣れてしまったが、この事をこの前会った友人は承服しかねていたらしい。ちなみに私はトラブルになった友人から甘えられる事が多い方らしく、直ぐに謝罪するのも良くないと言われてしまった。

『確かに薊ちゃんも良くない事したかもしれないけど、あんなキレる様な事じゃないじゃん』
『薊ちゃんが飛行機の距離で遊びに行ったのに、ドタキャンもしたじゃん』
『基本的に遅刻するし、初めての場所に予約入れるのもいつも私か薊ちゃんじゃん』
『理不尽な所で臍曲げてキレて、それで周りを振り回すじゃん』

こうして書き出してみるとトラブルになった友人と何故今までトラブルにならなかったのか不思議になって来た。基本的に遅刻するのって社会人として大丈夫なんだろうか、そして自分の感情で周囲を振り回してご機嫌取りをして貰うのってアウトなのでは。
私は基本遅刻しないし自分の感情を素直に顕すのは基本正の感情だけである。自分の機嫌は自分で取るように努めている。この前会った友人はもっと自分の扱いが上手だ。もしや私達は甘えられていたのだろうか。
ちなみにトラブルになった友人は私と同じくメンタル疾患を持っており、発達障害もある人だ。家庭環境もあまりよくないとの事でよく他の友人によしよしされている。けど、じゃあ私は? と思うと大体は自分や支援者、医療従事者の手を借りてそれなりにやっている。このブログもそのために書いている節がある。自分の感情をそのまま誰かにぶつけるのではなく一度文章化して俯瞰する為に。
施設に通っていた頃『自分の客観視が上手』と褒められたことがある。それは恐らく、何事も文章化する癖のお陰だ。思いも感情も一度文字と言う形を与えて俯瞰する。これは私なりのライフハックなのだが、どうしても口に出したくてもまずは脳内のひろゆきに喋らせ頭の上にテロップが出るイメージをする。そうすると自然とこれを実際に口にしても良いのか判断が付くのだ。それで回避できたトラブルの枚挙には暇がない。
話がそれた。つまり、友人だからと言って総てを受け容れ許さなくてもいいんじゃないかと思えてきたと言う事。このブログで出来た友人達は皆思いやりを持った発言を心掛けてくれているので、やはり文字化するのは大切だと思う。でも、どうしてあの子はあんなに周囲に当たるのだろう。最近彼女のSNSを覗くと結構な確率で鬱になっている。彼女は以前『統合失調感情障害なんだ』と打ち明けてくれた。私は統合失調症の方なので名前は似ていても結構症状が違う。最近だと私も同じ疾患かもしれない疑惑があるけれど。でも仮に同じだとしても、多分気分障害の部分が大分違うと思う。友人は恐らく鬱病が併発していて、私は双極性障害の方だ。何せ普段から躁によっていると誰もが認めるタイプなので。まあ多分、学生時代に色々経験し過ぎて達観している節はあると思う。歳にしては老獪な所があるようだし、でも別な面では純粋過ぎるアンバランスな人間なのだ、私は。
この前会った彼女は自分を傷つけても平気でいる人物は熟考の末切り捨てるか距離を置く事に決めたらしい。それを私に勧めてくるわけではないが、何となく、私もそうした方が楽な気がする。それが真に自分を大切にするってことかもしれないと思って。

私なんかが自分の生きやすさの為に他の人を切り捨てるって、烏滸がましいというかやってはいけない事の様な気がしていたんだけれど、でもなあなあの関係で違和感を持ったり傷つくくらいなら離れた方がいい。それが大人になる行動の一つなんだろうか。

また話は変わるんだけど、この前此処に書いたグループホームの件について。
今度私が希望するようなタイプのグループホームに見学へ行くことに決まった。相談室の人と一緒に物件を観に行ってくる。個人的な事情として通勤時間に制約があるので、その範囲内で動く事になった。以前此処に書いた頃とは家族の事情が変わって、何と言うか、祖母も母も優しくなった気がする。体型に色々口を出さなくなった。祖母が母に何か言ったのかもしれない。何も聞かない事にしたけれど。数度の本気の自殺未遂をした私が自分の口から『あれは嫌だった』と言った事も関係していそうだが、突くのはやめておく。普段一緒に暮らしている私が明らかにおかしい事に、祖母はきっと気付いていたんだろう。泣きながら音楽を聴いていた時、ドアの向こうに泣き声が聞こえていないとも限らない。まあ好転したのでそこはOK。
そんで、希望する路線の駅地下のグループホームを観に行く事になって、取り敢えずはほっとしている。現時点で職場に不満はないし、今までよりもずっと待遇が良い。賃金とか社割とかね。社割は日本全国で使えて賞与まであるのって凄い。働く時の見た目の制約も思ったほどではないし。ネイルも出来る(重要)し髪も染めていい。多様性の時代だからそう言う社風なんだって聞いて、それこそ『何か合理的だな』って思った。
働くってさ、大変だし泣きそうにある時もあるんだけど、同じくらい楽しいんだよね、私にとっては。おまけにお金を貰いながら勉強できるんだし。こういう風に考えられる事含め恵まれているなって思う。素直にそう思う私だから支援を受けられるんだよって言われた事もあった。
頑張っても報われない事はあるけど、頑張っていた方が報われる確率は高いと思う。何となくね。正しく頑張って、努力は程々に丁度良くしていたら、見ている人は見てくれてるんじゃないかって思った。いつかの為に今日もそれなりに努力していたら、いつの間にか叶う夢って多いのかもね。


▼2025/05/20:選られる知識、切り捨ててはいけない

今日で就労移行支援事業所を退所してきた。退所と言うか、卒業と言うべきか。来週から三度の就労が始まる。準備は万端とまではいかなくとも必要な物は揃った。後は細々した文房具とか職場で必要になりそうな物品を購入すれば終了である。仕事の為に有ると便利な知識の勉強もぼちぼちやっている。商品に関する知識とか使い方とか選び方とか人気な物とかワードとか。
今度の仕事も販売なのは前にも書いたけど、扱うものは以前と全く違う。ほとんど被りもしない。詳細を省くのは身バレ防止だ。ただどういう訳か、入社の日付は前職を辞めた日と全く同じである。偶然なのかな。不思議だけど今の会社にはその日を指定されたんですよ。多分締め日の関係。
実の所以前と同じ心持では全くない。内定を頂いてからふわふわした心地で暮らしているもので。緊張感とかもう少し持った方が良いのかなと思ってしまうくらいふわっとしている。決意表明とか、前の私ならしたんだろうな。或る程度は。まあ、緊張していないのは悪い事じゃないんだろうけど。初めから全力を出さないと決めるとこんなに楽になるなんてね。

手段と目的が混ざってしまう時って、結構な頻度であると思うんだけど、例えば生きる為に仕事をするのに、いつの間にか仕事が生きる目的みたいになってしまうというアレ。理由なら良いと思うんですよ。『この仕事なら頑張れる』と思うから応募する人の方が多いと思うから。いや、『これなら出来そう』の方が多いのか。これをやりたいって明確に思えない人の方が多いんだと、少し前から分かって実感してきた。私はやりたい事が明確にあり過ぎて、選択に迷う事はあっても『やりたい事探し』をする事はほとんど無かったから。どちらかと言うと『やれる事探し』をしてきたよね。やりたい事の為に。つまりは趣味とか夢なんだけど。
障害者職業センターって言う施設が各都道府県には一個ずつ以上ある筈なんだけど、其処では所謂適性検査みたいなものを受けられる。結構古いタイプの検査みたいだけど、色々な試験を複数行なって、その人は何に適性が強いかを調べるんですよ。平均値と比較したり、飛びぬけている部分があればそれと本人の志向を複合して向いている職業を探る感じ。んで、私の場合、『言語の理解』とか『情報処理』『空間認知の能力』が平均から飛びぬけていました。言語理解と情報処理は特に高レベルだった。まあ、何となく予想できる結果です。ちなみに一番低いのは『道具を巧みに使って作業を行う』『手先を使って細かい作業を行う』でした。平均の半分も行ってなかったので私よりも支援者の人のが驚いてた。ご存じの通りお裁縫とかミニチュア作るのとか好きなんで、手先が器用な方だろうと自認していたんです。苦手意識の強い計算よりもかなり低くて、計算とか数字を扱う能力が80くらいなら、手先の器用さはその半分くらいかな。40〜50くらい? だったと思う。まあこの結果は当てには出来るけど経験とか慣れを含まないので正確ではないのかも。ちなみに言語理解の点数は平均を100とすると150を超えました。
そんでね、私一番向いているのは販売職じゃないんですよ。書類作成(納品書とか請求書)とか書類の間違い探し(校正みたいなのかな)、タイピングとかが良く出来てたので事務員が一番向いている仕事らしい。一般事務って奴ですね。薬局時代に『貴女は事務仕事の適性はあるけど、接客の適性は無いよ』と仰った上長の言葉は決して間違いではなかったと言う事になってしまった。記憶力とか言語を操るとか間違いを発見して訂正とかが得意な自覚はあるんだけど、此処までとは思わなかったよ。
でも結果として『大体なんでも平均程度には出来てしまう』のは明らかだったらしい。手先じゃない方は器用らしくて、作業が難しくても慣れるまでの時間が短いからと言われました。人間関係も今ではそこそこ上手くやれるようになりましたからね。こうなるまでが大変だったんだけども。
そうなると大切なのは環境面だよね、そして対人のスキル面だよねと訓練を続けて晴れて卒業と言う訳ですが、ここ数ヶ月で確実に、心の中の色々なものが姿形や色を目まぐるしく変えていきました。何か、ぼんやりとしていた景色にピントが合った感じ。やりたい事と出来る事が重なったんですね。目的もはっきりした。一番向いている訳ではない接客販売職をする決意が固まりました。出来る範囲でやりたい事をやるのって或る意味当然の選択なんでしょうけど、目的は仕事を楽しむ事じゃなくて、楽しみの為に仕事をする事。楽しみって言うのはまあ趣味とか夢なんですが。生活と喜びの糧を自分の力で稼いで、遣り甲斐はあまり求めない事にしました。モチベーションは保っておきますけどね。
前の仕事が憧ればかりで始めてしまったから、憧れ以上の苦しさを味わう事に繋がった気がします。好きな事を仕事にしちゃうとそれが嫌いになっちゃう的なアレ。本気で嫌いになる前に離れて良かったと思ってます。だからこそ趣味は趣味として楽しもうと思ってます。それでお金がもらえたら勿論嬉しいんだけど。でも本業にはしたくないな。家に籠っているのが難しい性分だし、人と関わる事が大好きだから、接客業に適性がありまくるタイプじゃないのに『お店』と言う場に戻る事にしたんです。
この前新しい職場から制服のサイズとシフトについて確認する連絡がありました。来週の今頃にはその制服を着て店頭に立ってるのか。実感が湧くのが遅い。まだ湧いてない。ただ、支援者さんには『そのくらいで良いよ』と言われています。スタートダッシュだけ力を入れ過ぎると間違いなく転んじゃうから。緊張感が無いのも『良い意味』でと言う奴らしい。
完璧じゃなくていい。完璧にし続けるのは逆効果。世界は誰かの働いた結果で作られるけど、それが全力なら息が詰まりますからね。程々で良い。弦楽器の弦は張り過ぎても緩み過ぎても良い音が出ないんです。何か仏教にこんな教えあったよね。確か琴の名手だった人への教えだ。
我武者羅に頑張り過ぎて潰れてしまった経験があると、全力を出すのが怖くなります。ただ、時には出す必要もあるんだろうな。その為に余力を残しておきましょうとふわふわしてるのかも。

さて、話は変わって。
友人が心情を綴った文章を読みました。彼女の思いはきっと『辛い』だけじゃないな。『もどかしさ』とか『どうして分かってくれないんだという理不尽に戸惑う気持ち』とか、この先どうなるのかと言う不安も、色んなものが混じってると思う。個々人によって状態や持っている能力とか時間も違うから、家族であっても全く同じ状況とはいかないんですよね。せめて近しい人には理解してほしいけど、説明する気力も無かったり時間も無かったりする。人間は生きている以上誰かと迷惑をかけ合って生きていくんだろうけど(つまりは支え合うって事ね)、特定の誰かだけが重かったり軽かったりが続いてしまうと心はささくれ立ってしまう。一度は同じ方向を見ていた筈なのに。おなじ目的の為に動いていた筈なのに、と思ったけど、本当は違うのかもって思っちゃう事があるし、全く同じものってないんですよ。きっと。世界って終わるまでは続いちゃうから、一個を解決しても次が現れるんだよね。一難去ってまた一難、とか本当に嫌になっちゃうけど多分人生ってそんな感じなんだと思う。波とかバイオリズムがそれぞれ違うから感じ方は違うんだろうけど。
私自身介護された事がある人間なんですけど、あの頃お世話してくれた人たちには感謝しかないよって言っておく。してくれた人たちは『仕事』だったから献身的だったのもあると思う。公的なサービスはなるべく受けた方が良いけど、諸々の事情で難しい事もある。介護する側の人間に圧し掛かる責任とか負担って小さくないですよね。だいたいは結構大きい。抱え切れる時はまだ良いんだけど、介護する側のキャパシティって本人でも上手く把握出来ない事があるんですよ。気付いた時にはもう限界とか自分の方が倒れちゃうとか。
こうやって言葉にしているだけの私が言うのも烏滸がましいんだけど、貴女は、貴女達は十分頑張り続けているよ。でも休むと大切な人が困っちゃうんだよね。せめて頑張れる内は頑張りたいんだよね。だから協力者が必要だし、欲しくなって当たり前。
綺麗事言ってる自覚はあります。エールとか応援ってその側面を持ちがちだよね。それを分かった上で私は彼女を応援します。思いを綴ってくれてありがとう。知らせてくれてありがとう。助けてもらったし、そうでなかったとしても助けたいよ。助けたいって思いでキーボードを叩いています。

救われるべき人ほど救いたい形をしていないって少し前に見たんだけど、彼女に関しては当て嵌まらないなぁ。救いたい、救われてほしいと素直に思うし、支援に繋がれればなぁって思う。繋がったからって必ず好転するとは限らないのは知ってる。でも動きは発生するよね。期待し過ぎると傷つく時も多いから難しい、でもそれをしなくなったら別のベクトルで辛くなると思うの。じゃあどうすれば良いとか、良い案も浮かばないんだけどね。
ただ、救いたいと思う貴女では居続けてくれると思うから、どうにか踏みとどまっていてほしい。何年かして2025年の今を振り返った時、進んで来た足跡は絶対残ってる。数なんて気にしなくて良いよ。後退してたっていい。それは貴女が確かに生きてきた証以外の何者でもない。誰だって自分なりに生きて頑張り続けてるものだから、優劣なんて無い。人生って儘ならないけど、泣いちゃうくらい嫌な状況もあれば同じ量の涙を流す嬉しい時もあると思うの。自分に言い聞かせてる言葉なんだけどね。そうでもないとやってられないし。

今夜はゆっくり眠れることを祈るよ。それか、好きな事を一瞬でも良いから心の底から楽しみたい気持ちが報われるとか。読書でもお絵描きでも編み物でもなんでもいい。ゲームもするんだったよね。手帳も書くって言ってたよね。食べすぎる時は温かい飲み物が良いと思うよ。そっちはもう暑いかもしれないけど、お湯に蜂蜜を溶いてゆっくり飲むのも良いかもしれない。クーラーをつけてるなら喉の乾燥防止にもなるし。なるべくなら身体には優しくしてあげてね。
溜め込み過ぎそうになったらまた書いてくれれば、私は読んで何かしら書くと思う。所要時間は読めないから返信が遅くなるかもしれないのだけ許してね。

この世界にたった独りだと思っちゃった私に「本当は独りじゃなかった」と思わせてくれた貴女に明るい朝が来ることを祈ります。


▼2025/05/19:毒になる誰かが居るから、薬になる言葉があるんだね

ありがとう、と伝えたい人が居る。
返信不要(と仰った)のメッセージだけど、まずはお礼を言いたい。ありがとうございます。貴方の言葉は私の薬になりました。届いて欲しいと必死で綴った思いを受け取ってくれる人が居る。これが私を文を書く理由です。自分の中にしか存在しなかった思いに文字と言う形を与えて、他の誰かにも認識してもらえる術を持てている事、とても嬉しく思います。
結局母はあまり態度を改めようとはしないし、祖母も似たようなものなんだけど、逃げ道に近い選択肢が視野に入って少し余裕が生まれました。グループホーム以外の部分にも。まず、私は私として生きる事を許されてはいるわけです。そして家族以外の理解者にも恵まれています。施設の人とか病院関係者とか、友人とか。それで苦しみがすべて帳消しかと言うと勿論違うけど、マシではある。居ないよりはずっと生きていきやすい。ネットでしか繋がりの無い友人が、結構な人数で応援してくれています。
小説を書き始めて遂に二十年経つんだけども、よく此処まで書き続けたなと思う。何万文字書いたんだろう。大体は薔薇だけど、中には百合もあるし一般的なのもある。兎に角自分が安心して楽しめる世界を創りたいから綴った文字達を、受け容れ楽しみ耽溺してくれる仲間たちが居てくれて本当に良かった。
前にも書いたかもしれないけど、私は現実に起きた事をベースにしたりヒントにして物語を考える事が多いです。突飛な例だとファストフード店のトイレの注意書きから想起したりとか。で、私は私を救う手段として物語を綴る事も多いです。架空の世界でだけでも素直に、『生きているって素晴らしい!』って言いたいじゃないですか。だから少し前からオリジナルの小説も脳内で組み立て始めました。今の所足場と土台は出来たかな。これから支柱とか立てて行かないと。
此処にもチラッと書いた、精神科医の先生たちが出てくる話です。社会に問題を提起するみたいなフリをして自分が救いたかった人達を間接的にでも救いたいから、その手段として文字に変換していきます。居なくなった人、居なくなりかけた人、居なくなりたくはないけど、辛い人。望んでも無い人を『救う』なんて烏滸がましいんだけど、敢えてこの言葉を選びます。私自身を一番に救いたいからだね。利己主義も良い所だけど、それが行き過ぎて利他主義に見えるタイプらしいですよ。
傷付けられた傷を見ないフリしてそのままにし続けてしまったけど、その間に悪化はしてなかったみたい。放置された状態のまま私を待ってくれていた。これからせめて治療になる事をしていこうと思う。大切な人達がくれるお薬みたいな言葉を、そっと被せて馴染ませていくの。毒になるものはなるべく受け取らず排除して、濾過して、有効成分だけを適量摂取しよう。添加物として私なりの所見を加えて、剤形も一番効きやすくて使いやすいのにする。一時は医薬品のプロになろうとしたんだから、きっとできる筈。薬局勤め経験と資格試験の経験を生かそう。
最近、いや、少し前からかな、『毒親』って見聞きする機会が増えた。この世界には色々な苦しみとか嫌な事があるけど、その中でも解決策が多過ぎて自分に適切なものを探すのが大変な事柄だよね。距離を置くべきか、言い返すべきか、物理的な方法で此方の害意を示すか。法律とか倫理に反していない限りはどんな行為も許されていいと思ってるんだけど、私はなるべく自分の得意な分野で戦おうと決めた。それが小説と言う事です。
頭の中では三組の家族の物語が出来上がりかけている。どの話にも失われそうな大切なものがあって、主人公はそれを守るべく動くけど、正しい事が別の側面からみるとそうじゃない場合もあるよってサンプリングみたいにしていきたい。それに私の傷を治療する薬みたいなものを混ぜ込んで綴りたいの。有効成分を適切な形、適切な量配合して、読み易さを添加剤にする。
救われてほしい人も救いたい人も書きたい。彼等彼女等に自己投影しまくりだけど、でないと私が書く意味も見失ってしまうから、取り敢えずは自分ファーストに書く心算。良い物が評価されるとは限らないけど、評価されたならその評価者にとっては良い物だったってことでしょ。自分なりに精一杯書いて、脳内で活躍するオリジナルのキャラクター達を余すことなく描写する。余分な所はカットしちゃうけど、カットされても私の脳内であの人達は生きている。
基本脳内のキャラクター達は各々勝手に動き始める、所謂『頭の中でキャラが勝手に動いちゃって〜』みたいな書き方をする性質で、多分私に解離の症状が強い所為もあってか、人格が乗り移ったみたいにキーボードを打つ事が多い。だからか基本的には一人称で書いていて、たまに三人称になる感じ。今回は救われるべき本人の目線も、その人たちの毒になる人の目線も含めて書きたい。精神科病院が舞台だから或る程度専門知識も要るかな。毎月通ってるけど。救われるべき人に、フィクションの中でだけでも救われてもらって、序でに私の事も救ってもらう。セルフサービスで薬を製造して処方して調剤するの。創作って作者が好きなように書いていい筈だし。物語に出来るスキルを与えられたことを幸運に思う。後はどんどんと設定を練って、書きたい場面、入れたい描写、知識を組み込んで書き上げる。時間は掛かっても良いし、あっという間に書き上げたって良い。救う側の人間像も結構クリアになって来た。現実にこんな病院存在するのかって疑問に思われても良いかな。だってこれはフィクションだから。個人的に思っている『こんな治療者なら診て欲しい』って人達を主軸に色々な人達の目線で世界を切り取るの。登場する人達、医療従事者の皆さんには名前を考えてあって、皆医薬品の名前を一部に入れている。まんまな人も居るけどまあ其処はご愛敬ってことで。
ああ、何かワクワクしてきた。面白い作品を書いて序でに自分を癒せるって最高じゃない。前のブログサイトの時、『賄い薬』って言葉を使ったと思い出した。先述の通りだね。私は私の為の薬を自己製造するんだ。最後まで自分の傍に居られるのは自分だけ。人生の責任なんて誰も取ってくれない。
執筆にあたってイメージソングは決めておこう。音楽が無いと途端に書けなくなるから。まだ円盤になって無いのが惜しい曲を一番に据えて、他にも心のお薬になる曲を聴きながら、何万文字かかっても良いから書き上げよう。この世界は生きるに値すると思える瞬間を創れたら、取り敢えずはそれで良い。もしそれ以上に至れるなら『この人の新作を読めないのは残念かもしれない』と思われてみたい。誰かに必要とされて、誰かの生き甲斐になってみたい。対症療法以外の何者でもないけど、解熱鎮痛剤くらいのポジションでさ。抗生物質とか抗ウイルス薬はちょっと荷が重いし厳しそうだから。
よく、痛み止めを服用している友達がいる。その人の言葉で私の心の痛みが少し和らいだから、今度は私が彼女の痛みに効く可能性のある文字を綴りたい。救われるべきなのに報われない人の痛みをほんの数時間でも止めたい。
あ、でも『薬みたい』とは言って貰えたね。じゃあ、もっと効く成分と添加剤と剤型にしよう。言葉は簡単に用意できてしまうし、だから信用しづらいし、それでも何よりも有効な時があるから。貴方の為には生きられない。でも生きる理由にはなりたいって我が儘かな?
この画面の向こう、彼女以外の誰かも救いたいって、どん底から這い上がれた今は思ってるよ。そして多分この先も変わらない。どうせなら楽しく生きたいじゃない。この先たった一世紀も生きられない可能性の方が高いんだし。後悔の無い人生なんて存在しないけど、それなら好きなように生きてやりましょう。時々息抜きして、生き抜くの。どっかのコマーシャルの受け売りです。巧い事言うなって思った。

思い通りにならない世界を、だからこそ面白いって思えるうちに、自分を楽にしてあげたいね。

▼2025/05/13:何かが決定的に足りなくて、何かが決定的に過剰なんだよ。

最近、一日に凄い量の文章を書いている。
下の記事を書いてふと思い出したんだけど、私の実父は結構可怪しな人だった。前に此処に書いた通りあの人はまあまあ違法な事をして刑事事件になってる。それが私のトラウマの一つになったのはまあ置いておいて、考えを巡らせるうちふと思った。あの人も統合失調症を発症してたか、発達障害だったんじゃないかって。
あの人は生前虚言癖とか突飛な妄想とか社会通念上それはどうなのって行動を平気で取るとかで私達を振り回して挙句一番迷惑な形であの世に逝きやがったんだけど、今思い返すと言動が完全に定型発達の人じゃなかった。
例を挙げると

・私が泣くと喜ぶ
・お金に奇妙な執着を見せる(稼ぐのは上手かったけど使うのと貯めるのは下手だった)
・大小問わず嘘を吐く
・家族へ負の感情をダイレクトにぶつける
・私に性的な嫌がらせ行為をする
・学業の邪魔をする
・自分がいかに優れた学生だったか嫌味な形で自慢する
・家族の体調不良を前にまずはお金の心配をする
・あの人は自分に好意を抱いている(母以外の女性)と妄想する。

とかかな。羅列すると結構酷いなと思う。そんで、ネットとかだとよく話題に上がるサイコパスとか自己愛性パーソナリティー障害とかASDとかの特徴に当て嵌まるタイプの人だった。加えて、娘の私を愛していると言いながら自分の命を人質にするみたいにお金の無心をしてきてね。たった一人の父親なのにどうして慕われないんだ、とか思ってたんだと思う。昔はあの人を本気で尊敬していたし、感謝もしていた。あの人に与えられなかったら多分絵を描く趣味や文を書く趣味は無いんだし。
ただ、さ。子供が泣くと喜ぶ親ってどうなんだろう。そもそも大人として不味いよなって最近になって思い至った行動、上に書いた以外にもたくさんある。母は強くならないと私を守れないから強くなったタイプの人だったからあんなに気が強い女性になったってことは重々理解してて、だから口調がきつくなっちゃったんだろうな。ASD傾向のある人の配偶者はカサンドラ症候群って言う疾患を背負う事もあるけど、母はちょっと違いそう。正しくない行動をとりがちな夫に振り回され過ぎないように耐えた結果が多分あれだ。
統合失調症にしろ発達障害にしろ、遺伝的要因だけではならないとされるのが主流の考えで、今の私も賛同してる。でも親族に因子を持つ人が居る方が疾患を生じる場合が多いのも事実。実家に居た事に見た診断書で、父方親戚に精神疾患や遺伝子疾患を持つ人が複数いた事は知ってる。それも結構近い血縁の人だ。
生まれに不満を持ったところで何も解決しないのも知ってる。ただ、そうだったんじゃないかって確信もある。今と時代が違うとは言っても、時代の所為だけにするのも考えが足りないと思う。あの人を恨んだからこそ、私は母と頑張れたし、義父とも絆が生まれたのも事実、けれども今私は母との関係に悩んでいる。
母はきっと実父の被害者の一人だ。でも被害者が加害行為をしないのかって言ったらきっと違う。加害に自覚が有るか無いかも一旦置いておいて。これが加害かどうかを決めるのは誰なんだろうって疑問も一緒に。
話がそれた。実父がもしも非定型発達の人だったなら、あの人の可怪しな行動の意味が何となく掴めてくるんだ。それこそ時代性もあって、父方の親族はあの人が仮に精神的な疾患を持っていたとて明らかにする気も無かったと思う。そもそもがぐちゃぐちゃで歪な家だったし。でも確実に何かが異常だった。育てられた環境の要因もあってあの人の持つ種が発芽してしまって、周囲との軋轢や実父や祖父の親子間の確執が生まれていたとしたら。戦後十年ちょいとかの生まれだから社会の理解なんて期待できない上、表面上は優秀な人材と呼ばれたり実際に売り上げを上げ続けていたから、半端に社会に溶け込めてしまえる怪物みたいな人だったんじゃないか。私は彼の遺伝子を確実に受け継いでいるわけで、嫌になるくらい同じ行動をとりそうになることもある。
精神疾患の原因となる要素は複数ある。それこそ幾つもある。それらが複合的に重なって発症するとして、私には遺伝的因子と環境的要素が複数あって、其処に強いストレスが加わって発症したとしたら。もしかして此処まで生きているのは奇跡的な事だったのかな。
だからってそれを良い事と手放しに言えないんだ。言えないって思うのも生きてないと出来ないのは分かってる。同時に怖いなって思う。やっぱり子供なんて産めない。この遺伝子を受け継がせるなんて子供に申し訳ない。昔から子供が苦手で良かったと初めて思った。
実父と父方の祖父は互いにいがみ合っていた頃しか知らない。逆に母方は昔から皆仲が良い。まあ、叔父はちょっと優し過ぎるきらいもあるけど。こうして振り返って見るとなるべくしてこうなってる気がする。あくまでも仮説。でも割りと信憑性はありそう。
生まれを呪ったところで何にもならない。過去に囚われるだけ。でも、怨む事も許されないなら、この苦しさの行く先は何処なのか。平和な世の中だからこそ、人は自分の心を覗き過ぎて、他者と比べ過ぎて歪むのかもしれない。何か共通の敵が居れば団結できるって思っちゃう。それって戦争に繋がりかねないなって怖くなった。

話が大きくなりすぎたね。ふと考えた事を綴っただけなんだけれど。
もしもこの苦しみの一部が遺伝の所為でも、それが無かったら私は私じゃない。命を恨むのは流石に心が痛いな。


▼2025/05/13:片手前の死刑宣告、捉えるは此方の勝手?

今日も今日とて家族は私の容姿を揶揄する。そんなに体型の事を言うのが楽しいか。私が本気で貴方達を憎みたくないと考えている事を受け止めてくれないらしい。完璧な人は居ない。私も完璧じゃない。でもじゃあ、本気で死にたいと考え実行するのをやめた私の気持ちのやり場は何処だ。
確かに未熟だ。いい年をして一人で生きていくことも出来ない、自立など全くしていない。けれども、私が自立の話をすると『まだ早い』『先の話』と言う。お前には出来ないと言いたいのか。これって矛盾していないか。心配しているのなら本気でぶつかった此方に本気で向き合ってくれ。期待するだけ無駄なんだろうか。これまで家族へ抱いていた信頼が他の何かだったような気がして、もしかして私は愛されてはいても本気で極端な選択肢を取らないと軽んじられてしまうのだろうか。
年頃の女性に体型を指摘する時は、慎重に言葉を選ぶべきだ。特に本人を目の前にしているなら。私は先程祖母にまた体型を指摘されたので本気でやめてと言った。祖母はいつものように笑っていた。ああ、この人も私が本気で死ぬとは考えていない。死ぬ死ぬ詐欺だってしたことないのに。いつだって、実行した後で慌てふためくじゃないか、貴方達は。リストカットも自傷行為も殆どしたことが無い、けれども自殺未遂の経験があるって、本気で実行した事の方が多いってことだよ。首を吊った中学二年の真夜中、あれは夏の日の事だった。ビニール紐をカーテンレールに括りつけて首を引っ掛け椅子を蹴った。あの時成功していれば私は此処に居ない。高校三年の誕生月、自宅の二階からいつの間にか地面に墜ちていた。あの時は何であんな事したのか分からなかった。その後八月のある日、校舎の三階から飛び降りて緊急搬送された。気付けば病院のベッドの上だった。半年以上入院した。あれからもう、十五年も経った。その期間全く自傷をしなかった。だから忘れられたんだろうか、あの頃の苦しむ私を。
人の死に意味なんて無い。産まれた事にも意味は無い。人の生き死にに意味を持たせるべきじゃない。もしあるなら、意味のない生や意味のある死と言うものが産まれてしまう。
どうすれば良い。貴方達を皆殺しにしろとでもいうのか。自分を傷つけても理解してくれないなら、此方が敵意を向けなければならないのか。これすらも子供染みた思いだと言うなら、貴方達は本当に大人として私に言葉を掛けてきたのか。本当に大人だったのか。何故私が傷ついた事を主張する度『心配だから』だの『でも事実じゃん』だの言うのか。傷ついた事も貴方達を憎みたくない事も事実だ。
発言のタイミングが問題だったか。もっと深刻な表情をすべき? それとも時間帯の問題? 結局は自立できない癖にと言う一種の呆れか? 子供が傷ついたと主張して信じてくれないなら、それはつまり子供自身も信じてくれていないと言う事だ。もし『そんなに怖い事言わないの』と言うなら、それらは簡単に私を殺す言葉だって理解しているのかって訊いてみたい。独り立ちできない子供に文句を言う権利が無いと言うのも立派な主張だけど、じゃあ子供にも人格があって喜怒哀楽もあれば希望も絶望も覚えるって知っている?

まあこれは私だけの視点で見た私の主張でしかないわけだけど。

常に公平な目線で世の中を見ようと努めてきた。でもあんまりにも心が削られ過ぎてしまっている。いい加減に離れないと、私が貴方達へ刃を向けてしまう。捕まりたくはないし、殺したくもない。誰の事も傷付けたいと思えない。でもじゃあ、私の傷はどうなる。幼い頃の傷をやっと受け取れたのに、今度はいつの傷なんだ。
裏切られたなどと思いたくない。私は裏切られてなんかいない。最初から全面的な味方じゃなかっただけだ。死ぬ勇気もない。死んだって何にもならないし、望まれてもいない。

死んでほしくないなら此方が『嫌だ』と言葉にした時点でやめてほしい。なあなあにしないでほしい。
訊いてみたかったんだけど、貴方達は私に生きていて欲しいと本気で思ってる? 親の愛情は無償じゃないけど無限じゃないとかいうけど、それはこっちも同じだよ。泣かないと分かんないの?
何度も同じことを言わないと理解してくれないよね。覚えてもくれないよね。声だけ聞いて言葉を聞いてくれないよね。
愛してるって言うなら、生きててほしいって言うなら、せめて一番嫌な事くらいはやめてよ。過去は消えないんだよ。間違ったことが無かったなんて言わない。でも貴方達がずっと正しかったかなんて、絶対に言えないじゃん。私は保護されるべきですらない人間ですか。
恨み言ばかり書き連ねるのも良くないね。でも、普段蓋していた気持ちはこんな感じだよ。見ないふりを出来るくらいには大人で、知らないふりを出来ないくらいには子供なんだ。
もしも私に明日が来なかったとして、本気で後悔するくらいなら最初からやめてもらえる? 結果しか残らないんだよ。一回なくしたらもう戻らないんだ。貴方達だってよく言うじゃない。大切なものを大切に出来ているなら、こうは思わないよね?
痛いのも苦しいのも嫌だけど、一瞬で終わる方法一応は知ってる。貴方達がものすごく迷惑するそれだけど。私自身、絶対にしたくない選択だけど。でも全部それでおしまい。何にも感じなくなる。何も出来なくなる。貴方達を呪って私が消えることを後悔してくれるはずだと今はまだ信じられてる。
折角未来が見えてきたのに、貴方達の生涯を呪えとでもいうのか。手に職を付けて離れるのが一番賢いんだろうな。お金はなるべく使わずに貯めて置いて、なるべく早く家を出る。
でも私所謂アグレッシブな人間だから、いつだって復讐を考えるよ。その思いを如何にか文字にして作品として昇華させてきたよ。自棄食いとかには走ってこなかったのにこの体型って不思議だね。

家族だから近すぎたのかな。近すぎて見えないのかな。見えないからこんなに辛いのかな。私だって貴方達を傷つけてきたよね。だからお相子って言うんだよね。お互い様ってそう言う事でしょう? じゃあ訊くけど、私を産もうと思った理由はなに? あの日私を見捨てなかった理由も聞きたいな。理由なんかないなら、私が貴方達を憎む理由も要らないよね。ただ憎いから憎むでいいんだよね。
産みたいから産んだ、会いたいから産んだ、子供を愛してみたかった。全部私の希望じゃないね?
これは持論で私が子供を産みたくない理由なんだけど『人間が子供を作るのは、場合によっては両親のエゴ』だと思ってるの。子供が産まれたいって思えないのに産むわけじゃん。子供は『産んでください』なんて言えないじゃん。望まれない妊娠でそれをやめられない結果で悲しい事が度々起こるけど、それとはまた別の話。例えば愛し合う二人が居たとして、二人が愛し合った証拠に未来に何か残そうと考えて、子供を作ったとする。その子供は二人が結ばれて初めてこの世に生まれてやがて思考を得るんだよね。此処で幸せとか楽しい事だけを得られるならばまだ良いけどそうはいかないじゃない。でも両親はその子に会いたかったから作って産むわけでしょ。その時点で両親は子供を守り育てる責任を負うよね。その子が成人して一人で生きて行けるようになるまでは。だって、産もうと思ったのは両親で、生まれて欲しいと思ったのも彼と彼女だから。あくまでも持論なんだけど。
勿論暴力の結果とかその他の思惑とか騙された結果の場合もあるよ。それはそれで刑事とか民事で争って詳らかにした方が良い時も多いよね。
問題なのは、愛情の結果なのに愛情を感じられない子供はどうなるのかって話なんだ。愛情ってさ、形が定まってないから親にとっては愛情表現でも、子供にとっては辛い以外の何者でもない時があるの。多分だけど、子供が持つ愛情の嵌まる型と、親が与える愛情の形が合わないの。不幸な偶然だよね。求める形じゃなかったら、子供は正しく愛情を受け取れない。そしてそれは状況によって形が変わっちゃう。親の方も変わるしね。
無条件に受け取っていたそれが実は望む愛情じゃなかったかもしれないって気づくと、子供は大人になるんだと思う。だから自分の子供には子供の望む愛情を掛けようとか思っちゃうの。誰も自分以外が求める愛情の形は分からないのに。それでまた繰り返すんだよね。いつしか自分も子供に憎まれる親になるの。
私はそれが嫌だから子供は作らない。こんなにも強い感情を向けられて、真正面から受け止めるなんて無理だから。

書いてたら少し考えが整理されてきたな。文章化って大事。実はね、今月の下旬には私はもう働いてるの。就職が決まったから、其処からまた少しずつ頑張る。そしていつか貴方達の手から離れて、逃れて、何も知らないふりして生きていくのかもしれない。また過去の自分に傷を背負わせて今を生きるのかもしれない。本当は、自分の傷くらい自分で背負いたいんだけどね。

生きたいから取り敢えずは生きるけど、もう昔のままでは居られないな。

少し前、就労移行支援事業所で『グループホーム』の話を聴いた。所謂障害者が集団生活を送るところね。初めは嫌だと思った。皆が同じ部屋でご飯を食べたりお風呂やトイレも一緒とか、それも知らない人ととか拒否感が強くて。でも今は精神障害者をメインターゲットにマンションを一棟丸々買い上げてそれぞれの個室(風呂・トイレ・洗面所・キッチン・クローゼット・冷暖房設備アリ)に各々住んで世話人さんが別の部屋に常駐してるタイプもあるって聞いて、調べたら実際に幾つも存在するから、来年以降にはそういう道を考えようと思ってる。空きが少ないのが問題ではあるんだけど、一人暮らしの練習として利用させてもらおうかなって。家賃補助の対象でもあるし。其処で数年頑張って貯金して今度こそ一人暮らしを始められたら、暫く家族とも会わないで済むかな。そうすれば家族も私を自立したと認めるだろうし。もう簡単には頼らない方が良いんでしょう。

これが貴方達の望んだ結果だって知ったらどんな風に思うんだろう。喜んでも悲しんでもどっちでも良いかな。出来るならいつか同じくらいの傷を与えたいとか思っちゃうけど、それこそ単なる憎しみでしかないから、私は手放すよ。今生きている以上、恩だってあるからね。
本気で怒って変わってほしいと思っている今はまだ、諦めてないんだと思う。もし諦めてたら期待すらしないわけだから。子供だって思ってて良いよ。ただ、いつまでも子供じゃないよ。いつかこの傷と痛みと貴方達とは違う生き物だって事を理解してくれる事を祈ってる。

▼2025/05/11:禁句は個々の傷、堪えるは誰の為?

誰しも触れられたくない領域と言うものを持つと思う。それはその人に言ってはいけないという言葉とか、話題にされたくない事柄とか。まあ私の場合『容姿を揶揄する』、もっと言うなら『体型の話』であり『肥ったね?』の一言だ。心配する調子ならば良い、と言うかまだ許容出来る。しかしだ、叔母よ、貴方は私の何倍もの期間肥っていて且つ体重は私より10kgは多いよな?
今日は母の日だったので親戚が家に集結した時の話題である。私は母方の親戚と親しくしており、叔父には特にお世話になっている。叔母は叔父の妻であり、血縁関係はない。そして悪い人ではないのだが身体的な問題で長年肥っており、それは治療可能な原因によるものだ。ひとたび手術やリハビリを受ければまるっと治せる筈である、今の段階では。彼女はその治療が高額な事や家の事が出来なくなる期間が発生することを理由に、長年拒んでいる。年々状況は悪くなっているが、まだ治療自体は可能だし、治療費が問題ならば高額療養費制度を活用すれば良いのだ。そりゃあそれだけでカバーできない部分もあろうが、なら任意医療保険を発動すればよいのではないか。世帯収入は存じてないが、然程高いとは思えない。であれば高額療養費制度を使えば十分にカバーできる。娘二人共働いてるし家の事は叔父も出来るし買い物だって同じだ。その問題を解決せずに努力で痩せようとして、かつそれを理由に母親との関係を見直し中の私によく言うな?
とは思っても言わないのが私なりの『大人の対応』である。まあ、『痩せたね?』なら大歓迎だが。要するに弱点を突かれると人は相手の弱点を突こうとしてバトルに発展するわけだ。言ってはいけない事や、言わない方が良い事、言うべき事や言っておいた方が良い事、言葉と言うのは様々な効果や各々違った攻撃力を持つ。
親戚付き合いにはあるあるなお話だが、若年層には『帰省しない理由』に親や祖父母、親戚にネガティブな事を言われるのが嫌だから、と言うのを挙げる人も多いらしい。結婚しろとか子供を作れとか、痩せろとか肉をつけろとか。或る程度大きくなって分かったけれど、そう言う事を言う時ほど言葉は選ぶべきである。もしも本人に対して本気で心配しているなら尚更だ。言われたくない禁句を唱えた瞬間相手の心のシャッターが下りてしまえば話し合いも出来ない。
さて、7日に大切な仲間であり友人である人物から拍手とメッセージを頂いたので返信しよう。実はどのように答えを返そうか、何日も経過してしまった。申し訳ない。

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▼2025/05/07:それは愛情だろう、でも望んだ形だろうか?

少し前、支部で某ジャンルの二次創作小説に出逢った。とても読みごたえがあり、話の内容もモチーフも登場人物(オリジナルキャラクターがキーパーソンになっていた)もとても良くて引き込まれる作品だと感じている。私は作品を読む際、時々キャラクターに感情移入し過ぎてエネルギーを消耗する事がある。しかしそれも込みで楽しんでいるし、消耗するくらいの作品を読み終えた時のカタルシスみたいなものが大好きだ。文字数が多めの作品を好む傾向があり、五万文字十万文字となれば内心小躍りする。故に、私自身が書く際も長めの(出来れば二万文字くらい)作品を書く事が多い。
で、今回何でこの事を書いたのかと言うと、少し前此処に書いたインナーチャイルドの話をしたかった。私は過去に幾つかのトラウマを抱えている、と書くと割りと良くある話だと思う。誰しも皆傷ついた経験があるだろう。多かれ少なかれ、その傷の深さとか痛みはそれぞれであるとしても。ただ、その傷が致命傷に近くて医療が必要なくらい病んでしまうと他者の介入とかトラウマの原因を探る事が重要になってくる。
私は嘗て実父の所為でいじめに遭い(敢えてここでは言い切る)、心に傷を抱え、母親と担任教諭に救って貰った。でも、もしかしたらそれだけがトラウマじゃないのかもしれない。
人は誰しも完璧じゃない。歪な部分が確実にあるし、逆に言えばそれがその人らしさであり個性だ。完璧過ぎる人は不気味に感じられる事もあるように思う。でもその『完璧な人』との幻想を当て嵌めやすいのが親と言う存在だと最近感じている。
私は両親に、とても愛情を注いで育てられた。それは母と実父と義父だ。周囲には他にも大人が多くて祖父母や叔父叔母にもとても良くしてもらった記憶がある。でも、大人になった今『良くしてもらった』のと同時に『あれは問題だったんじゃないか』と感じる事象も増えた。私が扱いにくい子供だったと言うのはある。一人っ子で、長男の娘であり、長女の娘でもある故の期待めいた何かもあったのだろうか。周囲の大人達は私を或る面では大人として扱い、或る面では子供として扱った。期待して落胆した事もあっただろうか。父方の祖父はとても気難しい人で、思いの外巧くやっている私を疎んだ親戚が居た事も知っている。彼は認知症を患い最期を老人ホームで迎えたそうだが、私の事を最期まで覚えていたらしい。しかし彼と長男である実父の仲は良くなかった。祖母が所謂『長男教』の人だったかららしい。祖母は実父を可愛がるあまり夫である祖父と次男である叔父をやや放置気味だったそうだ。それ故に祖父は叔父を主に可愛がったらしい。まあ役割分担な気がする。しかし長男だった実父の娘である私を、祖父は猫可愛がりしていた。叔父にも娘が三人いるし、私が一番最後に生まれたのに何故か私だけ特別扱いだった。お年玉の額も一桁違ったらしい。実の所、叔父には二人の奥さんがいる。不倫をして、一人目の奥さんを追い出して今の奥さんと結婚した。時代故なのか、子供の親権は叔父にある。略奪婚と言う奴だ。これを理由に実父と伯父の中は最悪で、祖父と叔父の仲も拗れたらしい。
対して実父は母一筋の人だった。此処だけは評価してもいい。そんな長男が歳を取ってからの一人娘が私だった故に、手放しに可愛がっていたらしいのだ。実父は祖父の元によく私を連れて遊びに行っていた。私は父方の祖父が怖い人だとの認識もあったが、実は優しい所もあるのだと知っていた。何せ、祖母が独断で買い始めた猫達の面倒は祖父が見ていたし。小学生の時、父方の祖父の家に一人で遊びに行った事もある。飛行機に乗って初めての一人旅。あの頃は緩い時代だったのか、『お子様一人旅』みたいなものもあった。祖父は私の訪問を喜んで珍しく車を出しお祭りや食事に連れ出してくれた。そんな祖父を一人にしておくのも罪悪感があって、頻繁に電話を掛けたり訪問したりしていた。両親が離婚するまでそんな感じで、一方の叔父は滅多に孫たちを祖父に会わせず、祖母のお葬式にも一人で出席した。祖父はその後認知症を患い施設に入る事になり、私は度々飛行機の距離を会いに言っていたのだ。これは私にとってと言うより、実父の親孝行の手段だったのだろう。事実、施設の人は良い息子さんとお嫁さんですねと言っていたし、私が訪ねると「お祖父ちゃん、薊ちゃんのことばかり話すのよ」と言った事もある。
母方はどうかと言うと、母方の祖父は私が赤ん坊の頃に亡くなった。仕事中の事故で、祖母はその時まだ四十代だった。きっとすごく悲しかっただろうし、辛かったろうと思う。でもそんなのおくびにも出さず孫たちを可愛がる優しくて愛情深い祖母だ。お茶目でチャーミングでお洒落が好きで、義父よりも若い彼氏が出来た事もあるくらい魅力的な人。母は、そんな祖母と似ている面もあれば似ていない面もある。祖母はお酒とたばこが好きで若い頃から男友達が多い。勿論女友達も多いし兎に角知り合いと友人が多い。母は男友達と遊ぶとか、お酒とかたばこは嫌いな人だ。誰かとお付き合いする時には直ぐ一筋になる一途な人で、故に実父と結ばれたのかもしれないと思う。
離婚して直ぐも初めは「今までの人生で一度も男友達と遊んだことないから、暫くは色んな人と遊んでみたい」と言っていたが、一ヶ月もすると義父の存在を私に紹介し「結婚を考えている」と話した。割りと驚いたが本人は真剣だ。所謂『遊びで付き合う』とかが出来ない真面目な人なんだと思う。真面目で正義感が強く、気も強い。強くないと生きて来られない人だったと思う。ただ、その強さは時に独善的だ。自分の事を絶対に正しいと思っている。そりゃあ正しい事も多かった。でも、強くて正しい事が適切で間違っていないかと言うと、そうではないと感じることが増えた。
私は小さい頃から母に心配をかけ通しだったと思っている。でも、それって或る種当たり前と言うか、子供を作った以上は子供を守るのも心配するも必要な事だ。特に健康面とかメンタル面、子供の発達に関わる部分。私はいじめられっ子だったこともあり、いつも守ってくれる母が大好きだった。母がしてくれた事は普通よりも手厚くて、先進的で、愛情深かった。手作りの料理や洋服、習い事教室に通わせてくれ勉強を過剰に強いることも無い。やりたい事は大体やらせてもらったし、色々な所へ連れて行ってくれたし、褒めてもくれた。高校生の頃とか大変だったと思うのに、突然テーマパークに連れて行ってくれたり。自殺未遂をして入院しても見捨てなかったし、普通高校を卒業できなくてもなんて事無いと言ってくれた。専門学校入学前に自分が体調を崩しても私を優先しようとしてくれた。義父との関係も良好なのは、彼女が愛した人だからと言う保証があったからかもしれない。
これだけ愛されてきたのは確かなのに、私は今母との関係に悩んでいる。母は元々私が着飾ったりメイクに凝るのを温かく見守ってくれる人だ。ロリータだろうがゴスパンクだろうが港区女子みたいだろうが、他人に迷惑をかけていないなら何でもいいと思うタイプである。しかし、この歳になって私の容姿を時々貶すようになった。『今此処でそれを言うんだ?』と思う発言が増えた。皆様覚えているだろうか、去年の十月くらいに私が本気で消えたいと此処に書いた事。あれの原因は母だ。体型の事をチクチク言い続け、体調を心配するのと一緒に毒を吐くように『肥ったね』『その歳でそんな格好するの?』と。それも年月を経て私の歳に相応しい格好をしてほしいのだろうと流してきたし、実際問題体重は重かった。投薬の影響で太りやすく糖質の代謝に異常をきたし易かったのを心配しているのは知っていた。でも、本当に理解していたのだろうか、と今は疑問に思う。
人は誰でも独立した思考を持っていて、他者の事を理解し切る事は出来ない。自分の事を全部把握できるのは自分だけだ。それすらも難しいのに他人の事なんてわかり切るなんて出来ない。でも出来ると思ってしまうからこんなすれ違いが起こるんだろう。けれども、それが他人の心に致命傷を与えてしまうならそれは加害と言うものであり、愛情の衣を纏った毒だ。
去年のあの時、母は私の家を訪ねてきた際『元気ないね、どうしたの?』と訊いてきたことがある。私はこの時一番絶望したし、『母親と言えども娘を完全に理解できないのだ』と実感した。母親も完璧じゃないのだと自分の中の誤解があまり良くない形で解けてしまった。

誤解。或る種『自己暗示』とか『魔法』だったかもしれない。

私が物語を作るようになった理由は、安心して楽しめる世界が欲しかったからだ。読んでいて面白い物に出逢って、どうせなら自分の考えた世界を描いてみようと思ったから。そして、もっと言うならこれでもかと理想を投影したかった。完璧な世界を作りたかった。でも完璧なんて無いんだって、あの時やっと分かった。誰だって綻びとか歪な部分があって、全く何も欠けて居ない人なんて居ない。
昔から、不幸な人が救われる話が好きだ。そして成長してからはその人を不幸にした人がその人を失いかけるか失って改心し、それでももう遅い、と言う作品も好きになった。これってもしかして、私がすぐ死のうと思ってしまう理由の一つなんじゃないか。
私が死にたいと思い、行動する事で、世界を変えたかった。私を少なからず知っている加害者達に本気で後悔し悩んで苦しんでほしくて、刃を自分に向け続けてきた。自分の命を人質に世界を変えようとしていた。勘違いにも程があるけど、それで確実に悲しむ存在が居るなら、この死に意味はある。私は私を認めてくれない人に無理やりにでも傷を残したかったのかもしれない。貴方の所為で私は苦しみ自ら命を絶ったのだと訴え、彼等彼女等の心に治らない致命傷を与えたかった。本気で後悔されれば初めて私は救われると思ったから。

でも、自分を救えるのって、多分自分だけなんだと今は思う。内側の子供の傷を受け取れるのは私だけ。手伝いをしてくれる人は沢山いるけど、最後まで一緒なのは私だけだ。この事に気付いて、傷つきもしたけれど、それが大人になると言う事だと実感した。
母に本音を言えないなんてよくある話だ。恵まれている方だと知っても居る。けれども本来、辛さとか苦しみって較べるものじゃないんだよ。だって単位も決まっていない。だから、私は私が苦しんでいる事を認めることにした。母の事を絶対的な味方であり常に自分を正確に理解してくれる人だと思わないようにし始めた。私だってきっと母を傷つけている。

完璧じゃない世界で、完璧じゃない人と、それでも理解し合おうと努め上手く距離を保って生きていく。それがこれからの課題だと思ってこの記事を書いた。勿論これは私なりの結論だから理解出来なくてもしたくなくても問題はない。

望まなくとも時は進むし移ろうし、考えも感情も形や色を変えてゆく。良くも悪くも変化する。それに対応できない時きっと傷つくんだろうけど、生きていて良かったと今は思う。
もしもまた傷ついた時の為に、全てが完璧じゃない事を思い出す縁になればと思い、これを書き記した。


▼2025/05/05:矛と盾で創られた考え、思いなんて移ろうもの

タイトル通りの記事を書いていく。
先日、地元で開催されたハンドメイド作品の即売会イベントへ行ってきた。で、何を買うかって可愛いうちの子達のお洋服である。下の記事では手作りにこだわっていたきらいもあるのに、イベントの情報を手に入れドールのブースもあると知ったら足が向かっていた。ちなみにイベント名は『サッポロモノヴィレッジ』と言って、年に何度か開催されている。
ハンドメイドの物オンリーの即売会イベントと言えば、首都圏ならば『デザインフェスタ』だろうか。一度だけ赴いた事がある。他にも行ってみたいイベントとして通称『ゴスロリマーケット』『アラモードマーケット』がある。両方ともにゴス・ロリのファッションアイテムを販売するイベントだ。一年程前に出戻りロリータとしてこの世界に戻ってきたが、昔よりも自由に色々なものを楽しめるようになった。旅行もすべて自分で手配できるようになったし、お気に入りのホテルもある。自分で自分にかけていた制限の外し方が分かったのもあって、最近結構楽しい。勿論、外したものの掛け方も分かった。
そんな訳でうちのあーちゃんとりーちゃんのお洋服をたくさん手に入れた訳だが、イベント後すぐにお着替えさせ撮影しようと思ったら見事に体調を崩した。ちょっとはしゃぎ過ぎたのと、不安定な天候と女子特有の問題が重なった故である。頭痛が三日ほど治らなかった。こうなると何もできないし薬も大抵は効かないしで辛い。先程ようやく回復出来た。私は普段カロナールと言うポピュラーな解熱鎮痛剤を処方されており、これは末梢には効かず中枢に作用するタイプの薬で、安全性は比較的高めだが作用はそうでもない場合も多い。一般の方は鎮痛剤としてよりもインフルエンザ流行期の解熱剤として用いる場合が多いかもしれない。某新型ウィルスのワクチン接種の機会が多かった頃は店頭で品薄な事も多かった。
で、この薬。容量としては低めに飲んでいる現在、通常ならば一回飲めば普通に効いてくれる。少し頭痛が来たと思ったら即行で飲む。鎮痛剤と言うのは痛みが始まりの弱い時点で飲んでおかないと、巧い事薬効を発揮できないので。
資格勉強と本で読んで得た知識だが、痛みと言うのは傷や炎症が生じた部分から神経を伝って脳に『痛い』『痛いから休もう、治療しよう』と思わせて我々は様々な行動をとる。この時プロスタグランジンと言う物質が大いに関係してくるのだが、この物質は『痛みを増幅させて伝える役割』や『胃の粘膜を守る』など沢山の役割を持っている。その中の『痛みを増幅させて伝える役割』を断つ目的で鎮痛剤を服用するのだが、薬がそれぞれのプロスタグランジンの役割毎に抹消するのではなく大体全部の動きを阻止する(もっと詳しく言うと、アラキドン酸と言う物質が酵素によってプロスタグランジンになるのだが、その段階で遮断する)ので、うっかり空腹時に鎮痛剤を飲むと胃痛が発生することがある。非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)の場合は大抵処方の際『空腹時は避けてください』と言われるので、私は結構きっちり胃に何か入れてから服用することにしている。
とは言えカロナールは非ステロイド抗炎症薬ではないので、比較的にお腹に優しい。処方の際も服用する時間を4〜5時間空けて多めの水で飲めばそれで大丈夫だと伝えられる場面をよく見てきた。しかし何か怖いので、やっぱり空腹時は避けている。
そんなカロナールさんを飲んでも今回の頭痛は治らず、一日の許容量を目一杯服用しても動けなかったので、素直に就労移行支援事業所をお休みした。現在は復活したが、久しぶりにキツイ日々だった。
ちなみに以前ネットで読んだのだが、一部の頭痛にはカフェインが効く事がある。事実私は鎮痛剤と一緒にカフェインで何とかすることも多い。だが、頭痛の原因によっては逆効果らしい。また、カフェインの中毒症状でも頭痛は起こる事があり、人間の身体と言うのは不自由な事ばかりだなと思うことしきりである。

まあ、そうでなくてもカフェインは摂る。主に作業に集中する為だ。私は集中力はあっても集中し切るまでが少し時間が掛かるタイプだ。故にエンジンキーを差し込み捻るが如くコーヒーを飲む。自己暗示の一種としてコーヒーの苦味を利用するのだ。『この味を感じたら集中する時間』と脳へ合図を送っている。
こういう自己暗示って結構大事みたいで、『今日の私は可愛い』とか『肌が綺麗に仕上がったから良い事がありそう』と思うと本当にそう言う事が起こる。本当に。
前述のイベントに参加した際、私はやり過ぎなくらい可愛らしいコーディネイトと髪型とメイクで出掛けた。そうしたら沢山の人から何度も『可愛い』と褒めて貰えたし『何処の出品者さんですか?』とか『お洋服若しかして手作りですか?』とか訊いてもらえて、自己肯定感が爆上がりである。一般参加者だしお洋服は既製品、しかし持ってるバッグと髪飾りは手作りなのでそれを素直に伝え、この前作ったポーチを自慢したら『こっちの世界(ハンドメイド作家)でやっていけるよ』とも言って貰えて終始笑顔だった。
実の所、最近自分のお裁縫の腕が上がっている実感があって、今度の仕事が巧く行き、或る程度慣れて来たらハンドメイドの作品を販売してみたいと思っている。イベントとか、ミンネとかクリーマとか。それで収入が得られるようになれば確定申告とかもしっかりやって、楽しい副業としてお裁縫をやっていきたいのだ。なのでやっぱりミシンは欲しい。貯金しよう。
自分の腕で他人を楽しませる事って、難しいけど本当にやりがいがある。小説にせよイラストにせよ、ハンドメイドにせよ、まずは自分が楽しいと思う事が大切で、その結果をお裾分けくらいで丁度良い気がする。食べていける本業を持った上での副業と言う形であれば、楽しさと収入のバランスを取るのが少しだけ楽にもなる。
個人のスキルが収入に繋がるプラットフォームも豊富な時代は面白い。面白いし、もっともっと出来る事が増やせそうでワクワクする。やっぱり手先は器用じゃないみたいだけど、何だかんだ作れるんだから数値なんて気にしなくてもいいだろう。
私の身体は、作業する際の不器用さは繰り返し作業を行い覚える、慣れる事と空間認知能力の高さで如何にかしているようだ。空間認知能力こそ低い方だと思ったんだけどな。テストの数値上だと平均を超えてたけど。皆様の思ってらっしゃる通り、情報を収集するとかそれを記憶するとか応用するとか、言語を理解するとかの能力は平均より抜群に高いです。お陰様で小説に出す雑学に事欠きません。調べるためのツールもいっぱいある時代だから、雑学がどんどん貯まっていきます。記憶力が良すぎて辛くなる(昔の嫌な事をずっと覚えている、見たくなかったものを忘れられない)時も多いけど、同じくらい助けられてもいるという。ので、英語学習も順調に進んでいます。発音以外は。
暇潰しにゲームをするけど、他にも何かないかなと言う方にはデュオリンゴ(筆者使用の外国語学習アプリ)をお勧めします。課金しないと広告はウザいけど、そこそこに使えます。筆者は無課金勢です。

仕事が始まるまであともう少しだけど、まあまあいい感じに過ごしてるかなと。採用が決まった状態で過ごすのって心に余裕があって嬉しい。金銭的にはまあ別なんですが。七月が楽しみですね、五月六月分が貰えるんだし。

▼2025/04/30:綴る文字列、形を与えられた感情

早朝からおはようございます。昨夜布団に入って数分もしない内に寝落ちた所為かこんなに早起きである。いつもなら夢を鮮明に覚えている方なのに、今日は全然覚えていない。随分と深い眠りだったようだ。気分的にはかなりすっきりである。
昨日、就労移行支援事業所から帰って来てから、二次創作小説を書き始めた。昨日の夜時点で9000文字強書いたのだが、今回も私の悪い癖が出たと言うべきか、相当に長い作品になりそうだ。書きたい場面や使いたい文言、描写したいキャラクターの心情などをなるべく零さずに書きたいので、書いても書いても終わらない現象がしょっちゅう起きる。てかそれがデフォルトだ。界隈では一話辺りが長くて読みごたえがあると言ってくれる人も多いが、多分だけど『萌える話をサクッと読みたい』タイプには刺さらない話が多いと思う。前回投稿したのは若干に怖い描写が多めの長めの小噺(矛盾しているが気にしないでほしい)だったが、小噺とは言っても15000文字くらいだ。何が小噺なんだよお前の基準は、と訊かれても反論が出来ない。
そもそもこのブログも毎回毎回長めだし、寧ろ長く書きたい時に此処へ書いているので、読むのが面倒くさい方は本当にごめんなさいとしか言えない。多分自分が長めの文章を好む所為なんだけどね。此処に長い文章を書いている時は比較的落ち着いているし、考えを整理しながら書くとこうなるんだろう。碌に校正とか推敲をしないから誤字脱字まみれなのは申し訳ない。

さて、いつものように趣味について綴っていく。
現在またうちにドールを増やすべく、鋭意作成中である。アザレア、リュンヌの二人の妹に続き、今度は弟を錬成中だ。名前はシトロン。通称シー君だ。今回は金髪に青い目の可愛らしい男の子にしてみた。お洋服とメイクは既に完成していて、後はウィッグのみと言ったところ。ってか、本当は購入してあるのだ。サイズが合わなくて買い直さなければならないだけで。今回もセリアドールと呼ばれる百円ショップセリアのドール素体を用いているのだが、リーちゃんの時とは違うブランドのウィッグにしたらサイズを間違えてしまったのだ。来月に入り次第買い直す予定である。まあ、リーちゃんの時と同じ楽天のショップで買えば問題ない、だろうと思う。
ので、現在の彼は頭だけ未完成なちょっと可哀想な状況である。本当に申し訳ない。
ちなみにメイクは結構上手くいっていて、付け睫毛は人間用の物を転用したがそれが巧い事ぱっちりした可愛い目にしてくれた。リーちゃんの時に勉強した知識と、後は参考画像のお陰だろうか。彼は男の子だが、可愛い格好はぴったり似合うので古き良き西欧の雰囲気にしたいと考えている。でも今の格好は現代風だな? まあストリート系も似合うけど。
私はうちの子達を連れてお出かけすることも多いのだが、ただでさえ目立つロリータファッションでドールを連れているとまあ目立つ。時折話し掛けたり腕に抱っこしていると周囲の視線がグサグサ刺さる。親には『連れ歩くのは良いが、人前で人形に話し掛けないでほしい。普通に怖い』と言われてしまった。格好が格好なので普通にヤバめの人に見えるらしい。ので、今は腕に抱っこはするが声に出しては話し掛けないようにしている。それでもすごい目で見てくる人居るけど。
所謂推し活文化が世間に知られて久しいけれど、ドール活動はそうでもないのだろう。ぬいとかアクスタをテーブルに乗せて写真撮影は許される風潮なのにドールは駄目なのかと思うと複雑だが。少なくとも写真はおまけで、可愛いうちの子とお出かけしてる気分を味わいたいだけなんだけども。お洒落で可愛いスイーツを前にうちの子と写真を撮って、美味しくいただき、ロリィタのお洋服を着た自分をめいっぱい楽しみたいだけなんだけどな。
まあ、多かれ少なかれその趣味を理解できない人が居るのはどんな趣味でも同じか。
勿論と言うか、ドール達のお洋服は全て私の手作りな訳だが、お靴だけは既製品を利用している。いずれは作れるようになりたい。ちなみにクラフティングドールのあーちゃんに関してはリカちゃん人形とサイズが一緒なので転用が出来る。今の所彼女が一番の衣装持ちだ。季節柄、そろそろ夏服を製作しなくては。お帽子とかもあったらよいよね。手縫いでちまちまと縫うのが本当に楽しいし、一針一針縫っていると心が整う。自分用の小物とかも製作していて、最近だとバッグを二つ作ったし、ヘッドドレスも仕立てた。ミシンがあったら自分用のお洋服も作ってると思う。
実はと言うか、うちの母はお裁縫上手で高機能のミシンを所有していた過去がある。幼い頃はよくお裁縫を教わっていた。ので、もしも私が服飾系に進むなら同じように高機能のミシンを買ってあげる心算だったらしい。ゴスロリを着ていた頃はよく服飾学生と間違えられていたし、ハンドメイドも好きだったので若干道は違えどあったら嬉しかったかもしれない。漫画を描きながら洋服も作るとか難しいと思うし過労で倒れる回数が増えてたとは思うけど。
今は趣味としてお裁縫を楽しんでいて、いずれお金を貯めてミシンを買いたいと思っている。地元の一番大きな手芸店では時折高級ミシンを半額で売るセールを行なうので、それを狙って購入する為にも貯金をしっかりしなければ。

小説にしろ絵にしろお裁縫にしろ、脳内にしかない物が現実に現れていく過程を見ているのが好きなんだと思う。自分にしか見えないものを、他の人の目にも触れる形に出来る趣味があって本当に楽しい。
ちなみに、地元の障害者職業センターの検査の結果では、私はあまり手が器用な方じゃないらしい。これで? とは思うが苦手意識の強い計算よりも点数が低かったから数値上はそうなのだろう。我ながらアンバランスな結果となったが、だからヘアアレンジの編み込みが出来ないのかな、と納得できたのも事実だ。一番点数が高いのは言語理解なので間違っても居なさそうだし。


▼2025/04/20:病は季から、日の入りで取り戻す余裕

今日も今日とて就労移行支援へ行ってきた。日曜日も開所しているのは珍しい事なのだろうか? この記述で私が通う事業所名が明らかになりそうだと少しだけ思う。
前の病院に通っていた頃、主治医に『ここ最近、つい眠っちゃうんです』と漏らしたら詳しく症状をヒアリングされ、『それ多分鬱症状』と薬を調整された事がある。私が元々躁の傾向が強かった事もあって、主治医は私に鬱を改善するタイプの薬は出したがらなかったのだが、この時は例外だった。
眠り過ぎる、つまりは過眠とか傾眠と呼ばれる症状な訳だけれど、確かに鬱になると気力がなくなり布団から出られない人は珍しくない。しかし現在の病院の主治医にも似たようなことを話した時は

「うーん。これは多分鬱ではないね。だって、矢野さん活力たっぷりあるじゃないですか」

と評された。眠剤が多いのかもしれないし、飲むタイミングの問題かもしれない。ただ、一度眠剤を減らして様子を見ましょうと減薬に至った。この時は今度は早朝覚醒してしまって結局元に戻したのだが、今の主治医は減薬に対してかなり前向きだ。私も一時薬の販売職を目指した事があるので基本的には出来るだけ減薬したい。ただ、規則正しい生活が一番のお薬になるので、眠れないなら程々に眠剤の投与は受けておきたい。
そう、鬱症状になりやすい話だ。私は日が長くなると心の調子や体調を崩しやすい傾向にある。それこそこの時期は人間関係の変化も起きやすいのも要因となってメンタルが崩れやすい。前の主治医は、日照時間が長くなると鬱は減りやすい筈なんだけれど、と不思議がっていた。
今の主治医には訊いた事が無いが、カウンセラーさんには報告してある。今の病院では診察は診察で薬の処方を担い、長めの話はカウンセラーさんが聴いてくれる。その内容は電子カルテに残され主治医も確認して此方の状況を把握しているのだ。ので、私がカウンセラーさんに話した内容は病院全体で共有されている状態だ。前のびょういんは何処までも紙ベースだったからあんなに処方箋が間違っていたのだろうか。
で、鬱症状と今の病院では言われた事が無い。眠り過ぎていたとて、日常生活に影響がないならまあ大丈夫だし、別に一日8時間以上眠るのは寝すぎとは思わないそうだ。私の平均睡眠時間は7〜8時間だから、プラス1時間くらいなら許容範囲内と言う事らしい。ちなみに今でも鬱症状を改善する薬は服用していて、今の良い状態を維持するには必要なものだと言う。就労移行支援事業所にも休む事なく通えているし、自活することも(金銭面を除けば)可能だし、就労も問題ないとの判断によるものだ。まあ、これから覚えるべき事が増えていくと確実に焦りは生じるので『意識して無理しない』のは大切なんだけども。
以前此処に『統合失調感情障害の可能性』とか『気分障害の可能性』があるらしいことは書いたかと思う。統合失調症にプラスアルファされるのは本当に勘弁してほしいのだけれど、私が五歳くらいから消えることを考えてきた事実に鑑みると其処は無視できないのだろう。ただ、鬱か双極性障害なら確実に私は後者だ。こんなにエネルギッシュに仕事へ挑もうとする鬱の人はきっと少ないか、かなり回復していると思うし。
『趣味を楽しめない』とか『自分の好きな物って何だっけ』となることも無い。と言うか、趣味が楽しくて仕方ない。毎日のように何かを作り、読み、書き、学んで、身体を動かすのも楽しい。鑑賞するのも好きだ。創作すること、それが満足のいく出来で本当に楽しいし、時々集中し過ぎてしまう事を除けば普通に元気でパワフルな人間だ。本当に良くここまで回復したものである。
去年から体調管理の一環として毎日自分のストレスレベルを数字で評価することも始めた。まずは自分のストレス要因となる出来事や物事を書き出し、それが起きた時どんな気持ち(感情とか諸々)になったかも書き出す。それらのストレスを1〜5で評価して書きならべ、最後にそれ等への対処法や緩和方法も書き出す。これに則って毎日自分の気分を評価して手帳に書き記すようにした。ちなみに通常モードは3で、1に近づけばストレスが少なく、5に近づけば状態が良くない感じにした。すると、私は『1』の時より『2』の時の方が上手く生きられていると気付いた。1になってしまうと有頂天と言うか、テンションが高すぎてうっかり失言をしたりする確率が上がるのだ。楽しい物や面白い事にのめり込み過ぎる時は大抵が『躁』なのだろう。あくまでも私の場合はだけど。
なので、最近は調子が良い時ほど口を開かないよう気を付けるようになった。悪い時は場所や相手を選んで吐き出すべき時もあるけど、調子が良いならそれを自覚し、ただ他の人への影響を考えて発言のタイミングや内容を熟慮することにした。空気を読むのが苦手で、相手の気持ちを考えることも苦手、つい自分中心に考える癖のある私にはこれが或る種の処世術になった。会話も相手が話し終わるまで口を開かないようにした。すると、自分の話すターンは今じゃないと思えたのか『もっと話したい欲求』が抑えられるようになってきた。これって普通の人には当たり前なんだろうけど。
今の病院を始めて受診した時、診察時間は2時間を超えた。それだけ私の話を理解しようとしてくれることが嬉しかった。そしてこんな事を言われた。

『発達障害やグレーゾーン(非定型発達)に居る人は、脳の完成スピードが定型発達の人とは違う』

その時の先生のお話では、私の脳はまだ完成したばかりなのではないかとのことだった。今年で33歳になる私だが、恐らく完成したのは本当につい最近のことらしい。だからこんなにも急速に色々な変化があったのかもしれない。でもそれは私の所為でも両親や家族の所為でもない。ただ、そう生まれただけ。その話を聴いて少し嬉しくなった。周りに合わせられないと思ってきた事は間違いじゃない。でもおかしいって訳でもない。ただ、そう言う設計図を持って生まれたのだ。何か、腑に落ちる説明だった。
私の心とか精神って、この脳味噌じゃないと生まれないものだったんだろう。人とは違う形でも、それも悪くないと思える。だって、この私だから作れるものがある。人間皆DNA配列は違えど同じホモサピエンスだ。そんな中でこの脳を持つ私だけが描ける世界があるって、すっごく面白いじゃないの。相変わらず二次創作ばかりだけど、書く事は本当に楽しいし、他の物を作るのも楽しい。これがもしも躁によるものでもまあ良いのかな。時々休めば多分動けるだろうし。休もうと思えるようになったのも脳が完成したからなのかも。

成長と成熟の結果、私は生きることが楽になったし、楽しく生きられている。遠回りをしないと得られなかった知識とか経験のお陰もある。他の人と同じ面と違う面、はみ出すところと足りないところ、全て私オリジナルの人生だ。
うん、まあ悪くないね。
人生で33回目の春、初めてと言ってもいいくらい春の訪れを心から喜んでいる気がする。此処からだ。此処まで来るのにも時間が掛かったけど、結局終わりまで歩き続ける事を私は選んだ。途中立ち止まる事はあったけど、また歩き始めて今がある。目の前が真っ暗になっても、明けない夜が来ても、止まない雨が降っても。何でかいつの間にか抜け出してまた光の方へ向かっている。どうやら私はしぶといらしい。楽園とは思えなくても、寧ろ地獄だったとしても、同じく苦しいならそれも楽しんでみようかなと思う。結局、苦しくないと楽しさとかも無くなるからさ。
まあこれは大分回復してからの感覚なので、今が苦しくて助けてほしい人が居るなら、誰かにヘルプを出そう。もしその相手が私なら、出来る限りで寄り添うから。

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