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▼2024/08/14:あがいた日々は透き徹った轍

皆様お久しぶりです。本州は地震と台風、大雨などの災害が起きまくっていて非常に心配だが、私が住んでいる北海道にも大地震が起きる可能性が高まっているとされている。そのニュースを見て直ぐにスマートフォンのモバイルバッテリーを満充電にした。蓄電池や手回し発電機なども有効だろう。しかし、それを持っている事実を同居の家族以外に報せると大変な事になるケースがあると聞き、人間は恐ろしいなぁと思うなどした。と言うのも、近所のよしみでそれを貸してほしいとかスマートフォンを充電させてほしいと方々から言われ収拾がつかなくなることがあると言うのだ。非常食にも言える事だが、下手に情けで使わせてあげたら『斜向かいのうちも』『裏手の私も』と長蛇の列が作られてもおかしくないのだそうだ。そうなると本来使用権のある本人がまともに使えなくなったりもするし、自助努力は何処行ったと言う話である。
ただ、これはある程度許容出来る範囲であれば『助け合いの美談』になるのだ。私も胆振東部の地震の際叔父一家にお風呂を貸したしご飯もご馳走したが、叔父一家には普段から大変お世話になっているのでお返しの様なものだ。特に叔父は毎週の様に祖母を買い物へ連れて行ってくれ重い物を運んでくれるし、私が遠出したい時に嫌な顔一つせず連れて行ってくれた。『ギブ&テイク』と言う関係と言えるだろう。
或る記事で読んだが、最近の日本は『テイカー』と呼ばれる人物が増えているらしい。テイカーとは『take(貰う)だけの人』と言う意味だとか。つまりは自分を助けて貰ったからお返しに相手を助けようと言う気にならない人の事だろう。貰いっぱなしと言う奴である。そういう人物が少数派であれば其処まで影響がないであろうが、多数派に近づいてしまうと問題だ。助け合いではなく一方的に自分や身内だけが良ければそれで良い、となると人間関係は崩壊の一途をたどってしまう。だから、他の人にはモバイルバッテリーの存在を教えてはいけないらしい。怖い世の中だ。
まあそもそも人間と言うのは自分本位で最優先すべきは自分の安全や満足なのであろうが、折角思考や理性を与えられているのだから気持ち好いお付き合いの為にも多少の『ギブ』は必要だ。言うほど私がそれをできているかと問われると黙ってしまうが。
せめて此処でだけでも皆様の安全と安心をお祈りさせてほしい。避難は早めに、警報通りに災害が来なかったらラッキー! と思って日常に戻ってほしい。酷い事が起きる予報が外れるのはとても良い事だ。


話は変わるが、私は現在通院する精神科病院を変えようと思っている。今の主治医とは十三年の付き合いになるのだが、去年あたりから『この人は私の事を理解してくれていない』と感じる事が増えた。何と言うか、私の話を聴いてくれても碌に理解していないと分かる返答しかしないし、私がより良い未来を望む言葉を述べるとそれらを全て否定するのだ。
医師として『これ以上悪い状態にはしたくない』と思うのは自然だと思ってずっと我慢してきた。しかし先々月に『太る薬』の事を此処に書いたと思うが、その薬を減薬すると言い出したのは主治医なのに、何故か私がお願いして減らしたような事を言われたのだ。私は一切そのような事を口にしていない。なのに主治医も看護師も私が言い出したとばかりに話をするのだ。おまけに看護師は私のお腹を触って「これヤバいよ。矢野さん折角可愛くしてるのに」と言ったのだ。幾ら同性でも許可なく他人の身体に触れて良いのだろうか?
確かに私は短期間に肥った。でも医療者がする言動にしてはやや不適切ではないかと感じた。他にも就労移行支援の通院同行でも此方の話を理解できない様子を見せたので、もうこの人達に治療してもらうのは辛いと病院を変えてみようと思うのだ。
幸い、現在の病院以外にも通いやすい場所のメンタルクリニックは沢山ある。これは都会ならではの強みだろう。たまたま徒歩で行ける距離にあるメンタルクリニックが就労移行支援事業所でも評判の良い先生がいらっしゃるとの事なので、まずは其処に行ってみようと思う。

精神科病院に行って逆にメンタルがやられ、死にたくなるとか本末転倒だと思う。私は死にたくないから、死にたいと思わなくてもいいように頑張っているのにそれを阻害する主治医は何がしたいのだろう? 私の祖母よりも歳が上の女医さんだが、あの人の年齢で精神科の医師になるのが大変だったであろうことは何となくわかる。努力に努力を重ねたであろうことも想像できる。でも、だからって自分の考えを患者に押し付けるのは違うと思う。
私は別に無謀な事をしようとはしていない。また働いて、自立した生活を送りたいだけだ。細々と働いて、最悪生活保護でもなんでも受ければいいと言われるのは不本意極まりないし、人生はまだ長いだろうにずうっと他者の力が無いと生きていけない状態が良しとは出来ない。貴方は私を理解できていないとはっきり言いたい。そう言っても何とも思わない人だろうともわかる。無駄な争いは避けるが吉だ。其処に注ぐエネルギーは別のポジティブな何かに向けたいと思うタイプの人間なので。
なので、少々遠い場所にある病院に通っている事実を盾に『もっと通いやすい場所の病院に変えたい』と言う事にした。実際キロ単位の徒歩移動と公共交通機関の乗り継ぎを伴う通院経路なので、多分誰も悪く言わなくて済む。

病院の事が落ち着けば、時々爆発する食欲もおさまるだろうか。運動で如何にかしていられるうちにメンタルを改善させないと自分が辛いのだと分かっている。これ以上自分に失望したくない。自分を好きで居られる内に、大切にしたいという気持ちが阻害されない内に逃げなければ。自尊心を削ってくるメンタル医師とか害悪以外の何者でもないだろう。糾弾した所で何も解決しないので私は立つ鳥跡を濁さずとばかりに逃げさせてもらうが。

新しく通おうと思っている病院は、院長先生が特によく話を聴いてくれる病院らしい。私は話したがりだ。自分の考えを言葉にして吐き出す事でそれを整理する癖がある。だからこのブログも細々と続けているのだろう。思考の渦から釣り上げられる言葉達は思わぬ形をしている事がある。それを見て初めて、自分は何を思っていたのか分かったり考えの傾向もはっきりする事がある。それを足掛かりに何度も自分で自分を救ってきた。その行為をどうでも良い事かの様に扱う人からは逃げてしまおう。
十三年間お世話になりました。これから私は貴方の手を離れます。

▼2024/06/23:煌めきは人工物、故に無限大

すっかり暑くなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
札幌は時折すごく暑く感じるのだが、気温の数字は真夏日に届いてはいない。湿度はそこそこあるように思えるが、恐らく本州以南の皆さんからすると全然熱くないし湿気っても居ないだろう。今年も自宅にクーラーの存在しない夏を過ごすが、恐らくは乗り越えてしまうのだろうと予感している。毎年氷枕や扇風機や塗ると冷えるジェルを使って過ごせば如何にかなってしまうのが北の国の長所である。
さて、退職して就労移行支援事業所へ戻ったが、それでも休職期間中の体調不良の影響でフルタイムでの通所ではないので時間が出来た。現在の私の主な課題が『休憩の仕方を覚える事』『全力疾走ではなくゆっくり歩く方法を覚える事』だ。これまでずっと、自分を休ませる事なく走り続ける人生だったと評価されているのだが、休むとサボるの違いが今一つ分からない。その両者は同義の単語であって、『休む事は悪』だったのだ。私の信条として『時間は有限だから、なるべく時間を無駄に過ごさないよう気を付ける』と言うのがある。何度か人生を投げ出して終わらせようとした影響なのかは分からないが、人生を味わい楽しみつくしてから死にたい気持ちが強い。死にたい気持ち自体はすっかり身を潜めているが、その分動き回らないと気が済まない性分になってしまった。
先月半ばから今月初めまで、久しぶりに不眠に悩まされた。原因は薬の変更である。変更と言うか、一種類減らされたと言うのが正しい。オランザピンと言うその薬は抜群の催眠効果を叶える代わりに非常に太りやすくなると言う私にとっては諸刃の剣と言って過言ではない薬だったのが、休職して一日七時間の立ち仕事や往復一時間の通勤が無くなったのに関わらず、同じように食事を摂っていたせいもありすっかり太ってしまったのだ。主治医は十年以上の付き合いの中で私が『太る=自分の容姿が劣る=メンタルを病みやすくなる』と言う方程式を熟知している故に、睡眠の調子をヒアリングしたのち、一時的にオランザピンを止める決断をした。するとどうだろう、不眠が再発して一日の睡眠時間が平均3時間にはなったが、努力の甲斐あって体重は約4キロ減った。一月半でこれなのだ、そりゃあ副作用として問題視されるはずである。
しかし、私の方も色々と変わったし、変える努力をした食べ過ぎない事は勿論、夜食はもってのほかで毎日運動を欠かさず、コンビニエンスストアへ赴いてもスナックや菓子類は買わずにおにぎりや冷しゃぶサラダを購入してノンオイルのドレッシング(ポン酢と白出汁と柚子胡椒を適当にミックスする。美味しい)で食し、バターや油類はかなり減らした。結果、体重は勿論だが身体のサイズも下がった。体脂肪もである。まさかこんなに簡単にボトムのサイズが下がるとは思わなかった。
ちなみに運動は主にYouTubeとInstagramを参考にしつつ、好きな音楽を聴きながら一日に十五分からに十分ほど行う。その後有酸素運動は大好きな踏み台昇降を二十分から三十分ほど行う。スマートフォンは便利だ、きちんとググれば幾らでも有益な情報が得られるしBGMにも困らない。踏み台昇降を行ないながら好きな歌を口パクで歌うのもお勧めだ。顔周りも引き締められるし、熱唱している気分になれてストレス解消にもなる。
お気に入りの曲を聴いていると脳内で好きなキャラたちが歌ったり踊ったりするのだが、その内聴いていると無条件で脳内でオリジナル自作MVが出来上がるのでブドウ糖の消費が速そうだ。
最近は創作活動も活発だ。自分がこれまでに書いた小説のイメージイラストを描く事にもハマってしまい、久しぶりにターナーアクリルガッシュと言う絵具(中学時代の標準画材)で描く事が増えた。コピックも楽しいが、アクリルガッシュも非常に楽しい。両者を組みあわると互いの長所が短所を補い合うのか画面の完成度も上がった。もし此処を見ている人で両方を持っている方がいらっしゃれば是非とも組み合わせて使ってみて欲しい。お勧めは人物の肌や眼、透明感を大切にしたい箇所はコピック、髪の毛や背景、洋服の色など広い面積を塗ったり細かな表現をしたい箇所はアクリルガッシュを使う事。ハイライトはアクリルガッシュが特にいいと思う。また、絵具にはメディウムと言う立体感を演出できる材料を混ぜたりラメやパールが入ったものも多いので、興味があれば画材屋さんや文房具店に赴くと面白いと思う。
それと、最近ハンドクラフトにもハマってしまった。近所の百円ショップでハンドクラフトをする人が喜びそうな材料が揃うお店があるのだが、まさかこんなに可愛いパーツが(しかもクォリティ半端ない)百円で手に入るのか!?となってうっかり手を出してしまった。完成作品や材料をInstagramに載せているので良かったら見て見て欲しい。ってか、あんなに手作りをする人に特化した材料が多いお店が住宅街のスーパー二階にあるのってすごいと思う。今日も2作品仕上げたので後で載せて置く。
きっと、私は儘ならない現実への抵抗として手の中で何かを作る事を好んでいる。自分の手の中では何もかもが思い通りに行くし、巧く行かなくともそれは総て自分の所為なので納得できるし理不尽は感じない。それが救いの一つでもあって、故に今日も私は創作をするのだ。作品を生み出す苦しみはあまり感じないし、きっとこれからもそうなんだと思う。だって、生みの苦しみよりも誰かが創り出した理不尽な世界を生きる苦しみの方が大きいから。

▼2024/05/23:永久保存される鈴蘭の毒

オリジナル小説のアイディアが降ってきている。
最近、良い作品に触れる機会が増えた。小説でも楽曲でも、映像作品でもだ。この前『ハピネス』と言う映画を見てきた。下妻物語と同じ嶽本野ばら先生の小説を原作にしている作品だ。結論から言う。最高に面白かった。ネタバレにならないように言うと、原作以上の感動を覚えさせてくれる映画だった。序盤からぼろぼろに泣き、ポケットティッシュを使い切るくらい泣ける。久しぶりにメイクが落ちるまで泣いた作品だった。その日はスックの夏コレを付けて気合いたっぷりのロリータファッションで観に行ったのだが、半分正解、半分間違いだった。ヒロインが実在のロリータブランドの衣装を身に付ける映画なので、自分の手持ちで一番可愛らしいジャンパースカートとお気に入りのブラウスにニーハイソックスと厚底靴で向かい、メイクは前述のようにスックの夏コレ『涼苺』がメイン。それが流れ落ちるくらいに号泣した訳である。
それくらい最高の出来なのでぜひ観に行ってみてほしい、と書くが、多分これは私が原作を読み込んでいる所為もあるのだろうなとは思っている。中学校の図書室で出逢ったこの本は、自室の本棚にも存在する。嶽本先生の文章は細かなお洋服の描写と言葉遣いの可愛らしさが好きだ。エッセイも面白い。いろいろやらかした人ではあるが、文章の面白さとその知識量に変わりはないだろう。
良い作品とはこれだけではない。最近、YouTubeでゲームの解説や紹介動画を見る事にハマっているのだが、ミステリやホラーやアクション、サイキックなどが好みである。ゲーム機は全くもっていないので、あくまでも動画を見るだけだ。んで、出逢ってしまった新たな推しが居る。1999年に発売された『ガレリアンズ』と言うサイキックアクションゲームの主人公『リオン・シュタイナー』だ。グロ要素はあまりないが、サイバーパンクな雰囲気、キャラクター達のビジュアルや設定が非常に魅力的なゲームなのだが、声優さん達も非常に豪華な作品である。リオンは石田彰さん、彼にそっくりで双子のような容姿の『カイン』は同じ声だけど口調が違う(より皮肉屋だ)。敵キャラには子安武人さんが声を当てる『バードマン』や鈴村健一さんが声を当てる『レインハート』も居る。リタと言う女の子も可愛いし、ヒロインのリリアも別のベクトルで可愛い。衣装のデザインも素敵で、ストーリーは良い感じに救いが無い。
リオンは14歳と言う年齢故に危うさを感じさせる、可愛らしい金髪碧眼の美少年だ。ミケランジェロ・シティと言う架空都市の『ミケランジェロ記念病院』の隔離病棟で目覚めた彼は自分の名前以外総ての記憶を失っているのだが、それは(明らかによろしくない)お薬を投与されまくって脳を侵された結果である。しかしその薬のお陰で彼は超能力を発動し、拘束から逃れる事も出来た。その後彼は自分に呼びかけるリリアのテレパシーを頼りに自分の過去や背負わされた運命を探っていく、みたいな作品である。私はOVAを見てしまったのでゲームをやらずともストーリーを知っているが、ヤバいくらいに面白い。サイバーパンクとかスチームパンクが好きな人や、攻殻機動隊とか殺し合う美しき双子が好きな人にはたまらないと思う。個人的にはバードマンの死に方が呪術廻戦の伏黒パパと被って仕方ない。声も一緒なので。ちなみにお薬を摂取する時は経口摂取のものもあるが、基本は拳銃のような特殊な注射器での注射だ。かなり多い量の薬品を一気に投与する様子がまた背徳的でたまらない。想像してみてほしい、細身で愛らしくか弱く儚げな金髪碧眼の美少年が、痛みに顔を歪めながら自身に注射を打つさまを(わざと変態気味に書いています)。しかも超能力を使うたびに彼等は酷い頭痛に襲われるし、脳にも異常をきたしたりする。たまらんかわいい。声も石田さんが当てているだけあって痛々しいくらいに可愛いし、作中では変態気味の男に「かわいい」「自分のものにならないか?」とか言われるし、怪しい薬の売人には気に入られて違法薬物を流してもらうし。元々別の名前では医療物の二次創作を書いているので違法薬物や怪しい効果のあるお薬を使う作品は大好物だ。その上義務教育を受ける年齢の彼があんな目やこんな目に遭う、とか、割りと本気でプレイステーションワンを購入したくなった。
ちなみにこのゲーム、キャラデザが田島昭宇先生なのだ。「多重人格探偵サイコ」の大ファンなので其処もツボだった。
衣装もなかなかにファッショナブルでかっこいいし、登場人物たちの関係性もツボである。ハチャメチャに強い美少女と弟分で小柄な少年、それもかなり強く特定のこだわりがあるとか素敵すぎる。今の日本だと規制がかかりそうなくらい際どいテーマの作品だが、それを含めて面白い。ちなみにリオンとカインならカインが攻めだと思う。私は兄弟なら兄貴が攻めなのが好きだ。お互いにブラコンでも良いし寧ろそれが至高。
……すみません。ちょっと本性を出し過ぎました。可愛くて物憂げな美少年を好きじゃない腐女子ってあんまり居ないと思うんですよ…。カイリオ書いてくれる人いないかな。
さて、音楽も豊作で作業BGMに困らない日々です。米津さんは朝ドラの曲も歌うしジョージアのCDでは歌だけでなく踊ってもくれるし、相変わらず凄いし昔を知っているので感慨深い気持ちになる、けど、若干心配。働き過ぎじゃね? ちゃんと休んでる? 寝てる? 食べてる? 必要なら豚汁煮込んでおにぎり握って押しかけたい。あったかいお風呂に浸かってしっかり眠ってほしい。
オタクって、自分の推しには幸せでいてほしい人が殆どだと思うけど、私の場合豚汁とおにぎりを振る舞いたくなるのが最上級の愛情表現になる。何故その二つかは自分でも分からない。なので窪田正孝君とか浅村賢吾君、金田一一君とか不死川玄弥君にも同じことをしたいけど理由は分からない。
閑話休題、音楽の話に戻る。
昨年の紅白歌合戦にも出場したキタニタツヤさんも大好きなので、最新曲の『ずぅっといっしょ!』に見事にやられた。好きになった切っ掛けが『悪魔の踊り方』なので、こういうダークな作品が堪らん好きである。この曲、聴けば分かるが、タイトルとは裏腹な不穏にも程がある曲である。歪んだ愛情と言うか、大好きな人の心に永遠に残る傷になりたい女の子が描かれるが、まあ早い話がヤンデレ気味のメンヘラだ。現実で自分が病んでいるのに、それに飽き足らずフィクションにも病みを求めるのが我ながら懲りないと言うべきか。
曲調は激しめなので運動のBGMにもぴったりだ。これを聴きながら筋トレすると捗る。有酸素運動の時はカロンズベカラズの『エンバーミング』を聴いている。此方はシンフォニックメタルぽい、ちょっとV系チックな良曲だ。カロンズベカラズとは歌い手のSymaGさんとボカロPのナナホシ管弦楽団さんがタッグを組んでいるアーティストである。MVもとにかく格好良いし、妄想が止まらず、今日取り寄せたCDを受け取ってきた。んで、この曲を聴き続けてたら珍しくオリジナルの小説を思い付いてしまったのだ。長編なので時間は掛かると思うが、既に最終話まで妄想は出来ているので後は書くだけである。pixivのオリジナルアカウント(此処と同じ名前で書いてる)に投稿するので、第一話が書きあがったら此処に報告したい。因みに表紙はもう描いた。絵が描けるタイプの文字書きで良かった。タイトルも決めたし、主人公のビジュアルやサブキャラのビジュアル含めた設定も頭にある。今書いてる二次創作を書き終えたら手を付けよう。幸運な事に書くのは早い方だし。腱鞘炎に気を付けつつ励もう。

やはり、良い作品に出逢うと創作意欲が刺激される。インプットが足りていない自覚があったので積極的にいろいろな作品に触れていたが、どうやら補給は完了したようだ。創作のアイディアや意欲はATMと同じだ。振り込まないと降ろせない。なのでどんどん貯金して運用しよう。政府も投資が大事とか言うしね。

▼2024/05/11:蒼褪めた死は手招くも、桜桃の季節は少し先。

今月に入ってから、ダイエットを強化しております。
ついこの前PMSの薬を貰いに婦人科へ行ったのだが、毎回体重測定があり体重計に乗ったら史上最高のキログラム数を記録してしまいまして。遂に大台に乗ってしまいました。洋服を着ていたとはいえかなりヤバい数字だった。その夜転職活動で履歴書を書いていた時、ふと思い至ってリクルートスーツを着てみまして。入りませんでしたね。私は予てよりパンツスーツ派なんですけども、ファスナーが全く上がらないし太腿はパッツパツ。これはヤバいと焦りシャツにも袖を通し、胸元がパッツパツで格闘漫画の筋肉キャラの様に釦をパーン!と吹っ飛ばすことも出来そうなくらいで非常に驚きました。
其処からダイエットを強化している(転職活動の為にスーツも買いに行った)訳ですが、いやあ皆さん、休職中に随分と肥えたらしいですよわたくしは。一日に七時間以上の立ち仕事+通勤時間が丸っとなくなり、動かないのについ今まで通り食ってたら当然肥りますよね。なので日々の摂取カロリーと消費カロリー、生活習慣などを見直して元の体型に戻すべく精進しています。寧ろこの段階で気付けて良かったとも思う。今の内に何とかしないとマジでコロンコロンのわがままボディの爆誕ですよ。今のところ、何とかウエストのくびれは残っておりますので。
んで、有酸素運動として私は踏み台昇降運動を行なっているんだけども。気分が上がらない時は好きな曲のMVをスマホに移してイヤホンで聴きながら口パクで熱唱してる心算になってエンジンをかける。最近のお気に入りは某魔法が使えるのが当たり前な世界で生きる、筋肉で総てを解決する少年のアニメのオープニングと、某催眠術と言う意味の名前を冠するラップバトルコンテンツの曲です。特に初期メンバーが揃ってるやつ。早口に、口を大きくはっきりと動かすとマジで熱唱してる気分になれてあっという間に三十分くらい経ちます。他にも※津さんとか某アカペラカバーグループさんの歌ってみたとかを熱唱してる心算で全力で口パク。声を出さないので近所迷惑にもならないのがおすすめポイント。
それを続けてたら、始めて一週間ほどで顔と顎周りが痩せてきてびっくりしました。最初は痩せるとかの目的ではなく気分を上げる以外に効果は無いと思ってたので。ただ、効果があると分かってからはますますはっきりと口を動かすようになりまして。そもそもわたくし顔周りはなかなか痩せなかったんですけどね。年齢の所為かもなぁとは思うんですが、それで悩みでもある顔周りのお肉が居なくなってくれるなら万々歳です。
それと、SNSで自炊の助けになるヘルシーレシピを投稿してくれるユーザーさんを見つけてその人のレシピだと野菜とタンパク質多め、脂質と塩分は控えめなのに美味しい料理が手軽に作れて非常に捗っています。その方、調味料も最低限しか使わず素材の旨味を最大限活かして美味しく料理するタイプの方なんだけど、珍しい食材も高価な食材もそこまで使わず、手間も省くと言う凄い料理研究家さんなんですよ。長谷川あかりさんと仰います。特に最近投稿されていた絹ごし豆腐とお素麺を使ったメニューが絶品。他にも、おばあちゃんには塩鮭と小松菜を使ったワンプレートご飯をよくリクエストされます。以前投稿されてバズッてたノンオイルカレーも非常に美味だし簡単に作れるのでおすすめ。
元々お料理はする方ですが、せっかくお料理できるならそれでダイエットしようと思い、なるべく油を使わずご飯を作っています。ノンオイルのカレーはカレー粉と和風だしと麺つゆさえあれば味付けできますし、食べ終わった後の食器洗いも楽ちん。あと、油は使うけどフライパンひとつで調理が完結する料理も良いですね。豆腐のお素麺はお鍋と笊と豆腐を混ぜるボウルは必要ですが、洗う手間はそんなに無いのも好きなポイントです。薬味やちょい足しの調味料を使っても良し。
お肌の状態は非常に良いんですけどね…年齢の所為か肌質が変わって来たんですが、それに早くに気付けたのと、ケア方法を少し変えたのが合ってたみたいで。暫く洗顔料を使っていません。化粧落としはダブル洗顔不要なクレンジングバームを使い、朝洗顔はぬるま湯のみ、スキンケアの段階でふき取り化粧水(たまにここに書いてるオイデルミンを)使用して軽く拭き取るとコンディションが整って化粧崩れもかなり減りました。ただ、私以外の人がこのケアをしても肌質に合わないかもしれないんでご留意ください(私は現在乾燥肌よりの普通肌です)。
相変わらず、良いと思ったコスメはデパコスドラコス問わずちゃんぽんしてコスメオタク道を突き進んでいます。最近買った中で特に良いなぁと思ってるのはNARSのデュオアイシャドーのクアラルンプールですね。二色だけでも目元に奥行きが出て良き。そして同じくNARSのシングルアイシャドーのBIARRITZも大変に良い。ラメもパールも入っていないマットなホワイトベージュなんですが、これとCANMAKEのマイトーンクチュール01番を筆で混ぜて目の下のクマに乗せると一瞬で亡き者に出来ます。小学生の頃から青クマとメイクをするようになってからは色素沈着もあって、工夫して隠してるんですが、コンシーラーとフェイスパウダーの後にこれを仕込むとクマを瞬殺できるので非常に良き。ちなみに筆はNARSのコンシーラー用ブラシを使用します。どれだけNARSが好きなんでしょう。何ならチークもリップもハイライトもNARSの商品を愛用しています。でもやっぱり一番好きなのはジバンシィかなぁ。いやでもDiorもいっぱい愛用してるわ。
この前精神的にかなり落ち込んでた時、友人と会ったんですよ。専門学校の頃からの友人なんですが、彼女のお母さまにも非常に良くして頂いてまして、そのお母様からDiorのサンククルールをプレゼントして頂きました。曰く「薊ちゃんはいつも本当に頑張ってるから」との事。初めは「いやいやそんな高価なもの貰えないって」と恐縮したんですが、友人は「お母さん、薊ちゃんに元気になってほしいんだって」と言って遠慮するなと繰り返され、頂いてしまいました。厚意を無碍には出来ませんので、最大限活かすメイクを考え使わせてもらってます。締め色に使うのかと思われる色は眉に使うと全体的に統一感が出て良いと発見しました。
何だかんだ転職活動もバリバリやってるし、小説もポンポン書けてるし、休職初めの頃よりは大分回復したと思われます。これに気付いた時、私は恵まれてるなぁと思いました。世界にはもっともっと苦しい人が沢山いるわけですし。ただ、苦しさとか反対に幸せも、他の誰かと比べるものじゃあないですね。本人が「辛い」「苦しい」と思うならそうなんだろうし、「嬉しい」「幸せ」もその人にしか分からないので、本気で苦しんで悩んでる人に「もっと辛い人が居る」とかほざくのは止めときましょう、と私は思います。

まあ、この考えで居られるのも幸せな事なんでしょうね。それを謳歌して次の仕事を勝ち取ります。

▼2024/04/27:巧く笑えなくても、ちゃんと泣けたらそれで良い。

今日も今日とて文を書く。書くと言うか正確には打つだけど。春本番と言える時期は年々短くなっているような気がするが、近くの公園では桜が満開だ。北の大地も漸く上着が不要な季節がやって来て、身軽に出かけられるのがとても嬉しい。昨日、予約していたロリィタのワンピースを受け取ってきた。サックスブルーでスイーツやぬいぐるみの柄が可愛らしい。休職して一ヶ月が過ぎて、時々死にたくなるものの、死にたくない理由も沢山あるので如何にかやれている。
今死んだら勿体ないと素直に思えるのはありがたい事だ。自分でも気持ちの切り替えは早い方だと感じている。少し落ち込んでも浮上するのに時間は掛からない。今だと五月と八月に観たい映画が公開されるのでそれが楽しみの一つだ。来てみたいお洋服も、やってみたいメイクも、食べてみたいスイーツもあるから生きていけると言うか、生きていく理由を毎日見つけて先の予定を見通せば如何にか死なずにいられる。
ふとした時死にたくなるのはもうどうしようもないんだと思う。これは生きていくうえで身についてしまった癖だ。死ぬと言う選択肢を持っておけば『いざとなったら死ねばいい』と思って生きられる。卑怯なやり方かもしれないし、本当に強い人はこんな手段を持たなくともきちんと生きられるんだろうけど。でも弱者には弱者なりの処世術がある。弱さ故に産まれる考えや気付きだ。物心をついた頃からずっとずっと死にたかった。これを書き始める少し前にも死にたい気持ちが浮上した。これはきっと生きていく上でずっと抱えていく特性なんだと思う。
特性と言えば、この前かかりつけの精神科病院で心理検査を受けた。予てから自分には発達障害の気があると感じていたのをはっきりさせるべく、何回かに分けて検査を行なって貰った。自分の知能指数も知れると言う。以前YouTubeで『境界知能』と言う言葉を知った。知的障害者とされるのはIQ70に満たない人達だそうで、平均は85〜120。その境界とされる70〜84までの人達を指す言葉だと言う。医療ではあくまでも一般の人達と同じ分類にあり、でも生きていく上で困難を感じやすい傾向にあるそうだ。
自分も境界知能なのではと感じた事があったのも、心理検査を受けようと思った理由の一つだ。結論から申し上げる。私のIQは103。平均的な一般人だった。ただ、発達障害の気はやはりある。幾つかのカテゴリに分かれた能力の数値は、大まかなものなら平均的なものの、細かく見ていくと凸凹が大きい。出来る事と出来ない事の差が激しく、生きづらいと言うのは間違った感想じゃなかった。ただ、IQの面でも発達障害の診断面でも明らかな『黒』ではない。『限りなくグレーゾーン』なのがまた証明されてしまった。
これからも私はちょっとだけ生き辛いし、普通とは若干ずれているし、ちょっと変わった人で在り続けるんだろう。それを個性と呼べるかは環境次第で変わると思う。ただ、今回分かった事で意外な事もあった。
私は、自己肯定感がかなり高いらしい。加えて、とても前向き。これには小さい頃から自分の家庭で存在や人格を否定されずに育てられたことが関係しているような気がする。母曰く、私が幼い頃から私を『子供』ではなく『一人の人間』として扱い接してきたらしい。やりたいことがすべて出来たかと言えば違うけれど、色々な事をさせて貰った。親≠ニして見れば、母も、義父も、亡くなった実父も立派な人と言える。子供を愛し、導き、見守る事が出来る人達だ。大人になって初めて分かった事だけれど。実父に対しては正直もうどうでも良いと思う事も増え、今更考えたところで疑問点に答えは出ない。でも、あの人が絵を描く楽しさを教えてくれたから今の私なのだろうとおもうので、一応は感謝しておく。
とまれ、自分の事は可愛いしメイクも料理も巧いしお裁縫もDIYも出来るので大好きだ。文章を書く力も年々上がっているし。お砂糖で出来たお人形になれる日も近いかもしれない。だって、上記のワンピース姿を見た知り合いに『お人形さんみたい』って言って貰えたし。自分で自分の事を好きで居るから、こんなにも辛い現実から逃がしてあげたいのかもしれないなとふと思った。でもね、生きてないとお洋服は着られないんだよ、その方が可哀想じゃない? と泣きじゃくる自分の肩に手を置く。笑えなくても良いんだ。泣けるって事は、生きてく気力はまだ残ってる。戦う力もきっとある。一頻り泣いて、気が済んだら顔を洗おう。メイクを直してフリルを翻し立ち向かうんだ。だって、自分が嫌いだと思う存在に殺されるなんて嫌でしょう?



▼2024/04/13:朗報を待つるは文字書きの性

小説を書き始めたのは中学生の頃だ。現在はほとんど二次創作ばかり書いているが、本当の初めは一時創作小説から書き始めたと記憶している。当時の私は所謂設定厨と言うタイプで、書きたい小説の登場人物設定ばかり書いては本文まで書くには至っていなかった。二次でも一次でも設定を練るのが好きだった。故に書きたい設定ばかりが増え、本文を書く前に頭の中で完結させてしまって実際には書かないタイプの良くいるオタクだったのだ。
本文を書けるようになったのは高校生の時で、自分用に購入して貰った携帯電話で手さぐりにホームページを作成して載せた時は達成感でいっぱいになる。反応が貰えればとても嬉しく、まさに飛び上がるかのようだった。しかし、書き上げて少し経ってから読み返すと、まあ、粗が多いし文章が下手だし展開に無理があり過ぎる。これは創作あるあるだと思うのだが、書き上げた瞬間と少し時間を置いて見返した瞬間だと作品の出来の見え方が全然違う。
書き上げた瞬間、小説ならば書き上げて読み直した瞬間は『またとんでもない傑作を生みだせた!』と思えるのだが(一種のハイなのだろう)、三か月後とかに読み返すと『あ゛あ゛〜!!』と叫びたいくらいに下手に思える。これは時間が経過すればするほど酷くなるのは私だけだろうか。
しかし、その下手だと思う作品を書き上げたおかげで少なからず文章力は成長したとも思うので決して無駄ではない。書き上げた直後だけでも『最高!』と思える作品だから、誰かに読んでほしいと投稿できるのだし。現在は自作ホームページではなくSNSに投稿しているが、あるネタを使った小説を書いた頃から自分の筆の力が上がったと感じた。苦手な人も居るかもしれないが、『オメガバース』だ。初めは人に見せられる作品に仕上げる自信がなくノートにアナログで書き記して満足していたのだが、やっぱり勿体ないからとパソコンで書き直して投稿するに至る。そうしたらイイネ!も感想も沢山送られてくるので驚いた。人気のある設定なのは知っていたが、これほどに求めてくれる人が居るなんて! と感動して続きを執筆する。そしてまた投稿すればイイネがひゅんひゅんと飛んでくるのだ。楽しくて仕方なかった。
その後はオメガバース以外にもポメガバースとかダブルパロディとかDomSubバースとか、興味の赴くままに調べては書き散らかし投稿している。現在の界隈に来てから遂に6年が経過し、作品数は大分前に100を超えた。今となっては或る意味大御所なのではないだろうか。自分の作風の売りや、得意なジャンルも分かってきて、本当に書くのが楽しい。
フォロワーの皆さんはどんな作風を好むのか知る術は主に、イイネの数とコメントの数だと思われる。勿論、数だけに囚われる心算はない。ただ、読んで貰えてるなぁと思うとやはり嬉しい。なので私が読み手の時は積極的にイイネとコメントを贈る。これからも書いて欲しいと言うエールだ。
学生の頃から周囲には書き手であり読み手≠フ友人ばかりが居たので、『ある作品のファンが沢山いたとしても、それで二次創作をするに至る人はほんの一握り』と知って結構驚いた。高校では漫画研究部に所属して、専門学校が美術系だった所為か、書き手じゃない友達を探す方が大変な環境に居た故だ。以前某青い鳥のSNSで書き手は貴重と知り、ほとんどの人は書かないし、書こうと思う事も少ないとも知った。就職してからの周囲にも物語やイラストを描こうと思った事がある人は居なかった。なので少々珍獣扱いも受けたし、自分の趣味があまりメジャーではないのだなと知るに至る。自覚が大分遅い。

このブログの前身サイト『斜陽』は高校二年生の時に開設しており、移転ののちに今に至るが、矢野薊と言う名前は、実のところ本名よりも長い付き合いである。今使っている本名は家の事情で成人してから名乗り始めたのだ。故にもう一つの作品執筆に使う名前も本名より長い付き合いだ。中学生の時分、ペンネームを考えたのが始まりである。もう二十年近く使っていると思うと感慨深い。

今の界隈には、6年前に作品が放映された後直ぐに飛び込んだ。最終話まで楽しく鑑賞し、ある夜に寝床で好きな音楽を聴いていたら急にネタが降って来たのが書き始めたきっかけで、それ以来コンスタントに投稿している。専門学校時代講師陣から評価されていたのは『作業の速さ』だった故なのか、スピードだけは誰にも負けないと思う。ネタを見つけた時の瞬発力や、作品に盛り込む情報、文字量の多さも同じく。時事ネタや流行の設定(オメガバ、花吐き病など)を自分なりに解釈して書きまくり、評価されれば嬉しく励みになるし、大親友と言えるフォロワーさんや書き手の皆さんと出逢えた。或るフォロワーさんは私の作品達を『宝の山』と言ってくれた事があって、本当に嬉しかったし、筆を折らずに書いてきて良かったと心の底から思える。
仕事が原因の抑鬱状態で少し前まで書く事が出来なくなっていたが、大分回復して昨日も作品を投稿した。創作が出来る自分で居ないとメンタルの状態がますます悪くなる、と書くと少々不健全かもしれない。でも書きたいものが浮かんだら回復してきたサインなのだ。私にとっては分かりやすい指標である。今書いているシリーズは、元々は読み切りの心算だったのだが、大親友のフォロワーさんに『続きを楽しみにしてる』と言われてしまい、それを読んだ瞬間にストーリーが最後まで見通せたので書く事にした。丁度良い執筆BGMもあるので書くのが本当に楽しい。この趣味があって本当に良かった。自分の脳内に渦巻く妄想を、後からいつでも読み返せる形で残す事が出来るのだから。

▼2024/04/05:能動的に殺せるなら、間接的に生かせられないかな

先月の下旬から休業中な訳だけど、早めに快復してしまって暇を持て余す日々を送っている。すぐ下の記事で書いたような希死念慮は全くと言って良いくらいになくなった。今は取り敢えず何らかの仕事をしたい。働かないと一日が長すぎるし、日常のメリハリが無いと小説や運動が捗らないのだ。とは言え今の職場には心を折られてしまったので戻る心算はあまりなく、何故なら『仕事への不満』が『遣り甲斐』を上回ってしまったので。主に賃金が原因だが、それでも以前の私は満足していたのにこの心境の変化は如何に、と自分でも思う。でももう無理だと思ってしまった。此処に欠ける内容でない理由もあるのでその辺は口を噤んでおく。『沈黙は金雄弁は銀』なので。
次の仕事を探すにあたり、某イン〇ィードや転職サイトを見ているが、幾つか働いてみたい職場は見つかった。どれも接客販売の仕事だ。私のこれまでの経歴的に事務系でもいけなくもないのだが、私はやっぱり接客販売の仕事をしたい。お客様の笑顔が目のまえで見られるからと書くときれいごとのように思えるが、素直に言うとそれなのだ。お客様が笑顔になる提案をして、受け入れて貰って『ありがとう』と言われるのが嬉しくてたまらない。
今の仕事だとお客様のライフスタイルや好みをヒアリングして自分の知識や商品情報を元に幾つかの商品を提案したり、組み合わせへのアドバイスをして、それを元にお客様は商品を購入するか決める、と言うパターンが多い。しかし、その接客スタイルをするのは今の職場では私くらいなようだ。一応職場の規則として一時間に一回を目安にお客様に声掛けをしよう、とされているが、私は多い時は一時間に五、六人に声を掛ける。売り場を前に悩んでいそうな人、両手に商品を持ち辺りをきょろきょろ見回している人、明らかに何かを探している人、等を見つけたらすぐに声掛けに行く。真っ先に行くのは両手に商品を持っている人の元だ。挨拶をして買い物籠を渡し、その行為でお客様は私が店員だと気付いて質問する事も多い。明らかに何か探している人はそれを見て声を掛けてくる時も多く、売り場で悩んでいる人には『こんにちは。何か気になる事ございましたら、いつでもお声がけください』と伝える。初めに短い挨拶をしてから時間を置いて声を掛ける事も多い。
以前、上長に『私の接客スタイルってどう思いますか?』と訊く機会があった。上長は『すごくお客様に対して親身になってると思うよ』と仰った。その接客の結果お客様が笑顔になってくれるととても嬉しいと思うと言えば『そう思えるのは貴重な事だね。なかなか居ないよ、矢野さんみたいな店員って』と笑って話していた。
私は精神障害を持ち発達障害の疑いもある人間だが、それでも接客販売を楽しくて遣り甲斐のある仕事と思えている。なるべく多くの人と関わる仕事をしたいし、流動的な環境が好きだ。
以前『HSP』と言う単語を見かけてその記事をクリックした際、ハイリィセンシティブパーソンと言う言葉を知った。直訳するなら『繊細過ぎる人』だが、要は色々な刺激に敏感に反応してしまい、一般的な人よりも人生に必要なエネルギー量が多い人、と私は捉えた。そしてそのHSPの中にもいくつか分類があり、私はその中の『HSS』ハイリィセンセーションシーキングと呼ばれる、『敏感過ぎて生きる事や他者と関わる事に疲れやすいのに、刺激が大好きで自ら追い求める人』なのではと思った。HSSはとても繊細で敏感な感性を持ち、新しい事や刺激が大好きなのに、それらに関わる事で非常に疲れる人々だ。詳しく読んでいくとそのまま私だった。興味がある人はぜひ調べてみて欲しい。
つまり、好奇心が旺盛なのに身体や心がそれについて行き切れないのだろう。私は体力がある方ではないので、好奇心の赴くままに行動する日々が続くと反動を起こして休日を一日睡眠に費やしたりしている。全体的なエネルギーが足りていないのだ。筋トレが趣味の割にひ弱なのである。

休職の為の診断書には一ヶ月は休むようにと書かれていたが、人間暇すぎると碌なことを考えないなとも思っている。死にたいとか消えたいとかでなく、荒唐無稽な妄想をしてしまうと言う意味で。現実には叶えられない事を妄想で埋めている私には、余計な時間を与えると時折とんでもないエラーを起こす事がある。具体例を出すと身バレするので書きはしないが、察してくれたらうれしい。

ちなみに、最近ロリィタになると決めて可愛らし過ぎるものを集める日々を送っているが、インスタグラムに戦利品を載せているので良かったら見てみて欲しい。北の大地でも可愛いものを手に入れる手段はあって、ちょっとずつちょっとずつ宝物を集めている。さくらんぼモチーフのピアスとネックレス、いちごモチーフのピアスとベルト、鉱石モチーフのジャンパースカートに、薔薇のレリーフ模様が可愛いスカート、フリルトレースたっぷりのブラウス、モルフォ蝶のモチーフが素敵なリボンカチューシャ。もっともっと可愛くてお砂糖で出来たお人形に近づく為に毎日努力している自分が好きだ。そう、私は私が大好きだ。大切にしてあげたいし、理不尽からはなるべく遠ざけて守りたい。
だから死にたかったのかなと今は思う。この理不尽すぎる毒ばかりの世界から守りたかったのかな。この世界じゃない場所なら生きられるとか思ったんだろうね。拍手からメッセージ下さった方、ありがとうございます。今は取り敢えず生きていたいです。だって、誕生日にBURBERRYのスカーフかサマンサベガのバッグ買いたいし。やりたいネイルデザインもいっぱいあるし、着たいお洋服も沢山あるし、見たい映画も何本かあるし、気になるコスメだって尽きないんだもの。この世界は辛くて大変な事と同じくらいに楽しい事がいっぱいあるって事、やっとわかってきた気がするんだ。まだ勿体ないよね、もうちょっと先で良いでしょ。
いつか、もっと歳を取ったら。この癖毛はグレー混じりの白になって、それをアレンジしたり帽子を被せたりして、シフォンのブラウスにオパールのブローチを留めて、チュール素材のプリーツスカートを靡かせて、ジバンシィのランテルディを薫らせながらコツコツヒールを鳴らして街を歩くんだ。ハンドバッグは大好きなケイトスペード、日傘はサンバリアのフリルがたっぷりなそれを差して、今よりも物を丁寧に扱えるようになっていたら嬉しい。そして、眼鏡はウェリントンか丸眼鏡が良いな。腕時計はバッグと同じくケイトスペードで、コスメはゲランとかにも挑戦してみたい。皺が目立つようになってもメイクは止めないの。もっともっと似合うメイクには変えるけど。一見近寄りがたいのに笑顔が可愛くて、読書が好きなおばあちゃまになりたい。『ご趣味は?』と訊かれて『読書と映画鑑賞とお料理。あとは筋肉トレーニングを少々』とか、笑って言えたらいいと思うんだ。
そんな未来を妄想しながら、明日も生きる事にしようね。今日はもうちょっとで終わるから。

▼2024/03/27:「一度折れるとさ、その前には戻れないよね」

死にたくて仕方なかった。十年以上ぶりに腕を切ろうと思った。毎夜自殺の方法を検索した。誰も助けてくれなかったし、解かってもくれないだろう。だって皆『自殺はだめ』と異口同音。死にたくなる私の心は置いてけぼりなのか。毎夜『安楽死 方法』『安楽死 スイス 幾ら』等検索して気を紛らわせていた。現在日本では安楽死が認められていない。もし安楽死したいなら海外へ行く必要がある。国内で誰かに殺してもらうのはだめだ。その人に迷惑が掛かる。殺人なんて他の人にさせてはいけない。背負うのは自分一人じゃなきゃいけないのだ。
何か嫌な事があったと言うより、生きるのに疲れてしまった、と言うのが正しいように思う。私が必死で生きてきた過去を無駄とは思わない。でも、もう無理だと思った。大好きだった仕事も、楽しかった趣味も、美味しかったご飯ももう全部無理になった。何も感じない。ただ、全部を終わりにしたくて、でも死んじゃいけないのは解かってる。失敗したらどんなに辛い日々を送る事になるかも知ってる。

だって一回やってるもん。あの時程には辛くないでしょ?
いいや、辛いよ。もう終わりにしたいよ。
死ぬのって大変だよ? なら生きてようよ。
生きるのだって大変だよ。だから死にたいんだよ!

そんな思考の堂々巡りだ。死んだら私が悲しいとか、死んだら全部終わりだとか言われても、全部知ってるんだよね。それを解かった上で死にたいんだよね。でも死んだらダメな事も知ってるから苦しいんだよね。
と言うかそもそも、外国で認められている安楽死も、恐らくは私には適用されないし。身体的には若干肥満気味だけど健康体だし、毎日逃れられない身体的な苦痛に悩んでるわけじゃない。頭痛も肩凝りも鎮痛剤で何とかなる。生理についても婦人科の薬で完全にコントロール出来てるし。こんなに死にたいのは多分私のメンタル疾患の所為だ。
実は今長期で休職してるんだけど、診断書には『抑うつ状態』との記載があった。鬱病まではいってないけど、その手前くらいと言う意味だろうか。その日からまずは一ヶ月休職する事になった。
去年の末くらいからずっと辛かった。旧Twitterに若干不穏なつぶやきもしたし、職場の信頼できる上長に異動が決まったりとか、試験に不合格だったとか、色々な事が短期間に重なった所為もあると思う。生きる事が楽しくなくて、死んでも後悔出来そうになくて、それでもたった一つ『自分が死んでも自分で死ねて良かった≠ニ思える事はない』と言うのを理由に生きていた。死んで良かったと思えないなら死にたくないとか言う、屁理屈みたいな理由だ。誰も自分の死を事後では喜べないし悲しめない。当たり前のことだけど、これだけが私をこの世に繋いでいた。
必死でしがみ付いていた仕事から少しだけ離れてみて、他にはどんな仕事があるのかと検索してみたら、楽しそうな仕事がたくさん見つかったし、もしかしたら現職場に戻る事も出来るかもしれない。一昨日は友達と会ってたくさん話したし、四月と六月は予約している可愛いロリィタのワンピースがお店に届く。それを着ないで死ぬのは勿体ない気もする。
そして、さっき、一番好きな書き手さんが新作をアップしていた。久しぶりにこの人の作品を読んで、まだ死ねないなと思えた。私もまだまだ書きたい作品があるよ。本当は、生きるのを辞めたくないよ。どうしてこんなに辛いんだろう。一回折れた心って、元通りにはならないのが悲しいね。
誰でも良いから、私のこと、治してくれないかな。

▼2024/03/05:今日も身繕い、白粉の前に整えるうわべ

下の記事では最近のメンタルについて書いたので、今度は見た目について語ろうと思う。
私はジバンシィのコスメが大好きだ。ベースメイクはほぼほぼジバンシィのものを使っていた。仕上がりは美しく均一な肌状態もそれが最高だと思っていたのだが、最近出逢った或るドラコスに乗り換えたら、昼間の化粧直しがほとんどいらなくなると言う奇跡が起きてしまった。おまけに、元々愛用していたアイテムの5分の1くらいの価格である。最早価格崩壊している。ちなみに変えたのは化粧下地とファンデーションだ。下地に関しては以前愛用していた資生堂マキアージュの『ドラマティックスキンセンサーベース NEO』で、SPF50+PA++++である。色はヌードベージュで、ラベンダーやミントカラーもある。肌の色や悩みに合わせて選んであげると仕上がりが底上げされてお薦めだ。そしてファンデーションは最近新発売されたメイベリンの『メイベリン SPステイ ルミマットリキッドファンデーション』である。SPF12PA+++の色番はC20を使っている(一番ピンク寄りの色)。憧れのユーチューバーさんが動画内で紹介していたのをきっかけに購入したが、まあこれがすごい。何がすごいって、昼休みの化粧直しが浮いた皮脂をティッシュで吸って、リップの塗り直しだけで済むようになった事。ジバンシィでベースメイクを仕上げていた頃には鼻の部分は一度オフして初めからやり直していたのに、である。件のユーチューバーさんも一日外出して帰って来てもほとんど崩れないと絶賛していたのでつい購入してしまったが、これは正解の買い物だったと思う。本当に崩れない。これはどうなっているのだと不思議だ。因みにこのファンデーションの価格は税込みで3000円弱。前使ってたのは16000円くらい。ガチで5分の1だ。
まあ、フェイスパウダーに関してはジバンシィのままだ。何だかんだ物が良いし化粧もちにはこれも関わっているだろう。あと、この組み合わせにしてから少し乾燥するようになったので、朝のベースメイク終わりには資生堂のエリクシール『ルミナスグロウミスト』をたっぷり吹きかけている。なので、手順としては↓

1.スキンケアを終わらせて5分以上経ってから下地と毛穴を埋める部分下地を塗る。
2.一分経過してからメイベリンのファンデーションを目元から塗る。
3.ヴィセのレッドトリックアイコンシーラーとカバーマークのソリッドファンデーションで肌のノイズを隠す。
4.ジバンシィのフェイスパウダーをたっぷりパフにとって全体に優しくたたき込む。
5.アイブロウとチークを入れ、シェーディングとハイライトを入れる。
6.エリクシールのミストを全体にたっぷり振りかける。

と言った感じだ。この工程に辿り着いてからは、昼休みの化粧直しが二分で終わるようになった。多少パウダーははたくが、それでもう朝の仕上がりに元通り。リップは食事の度に塗り直す習慣があるし、苦にはならない。
ドラックストアは元々大好きだが、無意識にプチプラを避けがちな所があった。しかし今は本当に『値段は関係ない』と思うようになった。よっぽど安すぎたりとんでもなく高かったりしなければ、選択肢は本当に幅広いのだ。とか言ってるけど、今ナーズの限定アイシャドウ(約10000円)を予約してるけども。高かろうが安かろうか、私に合うコスメを購入して楽しみたい、と言う気持ちである。

コスメの事を考えている時間は至福だ。お洒落についても同じこと。以前ある友人に『ルッキズムの権化』と評された時、嬉しくてたまらなかった。半ば冗談だし、本来の『ルッキズム』とは少し意味が違うのだろうけれど。私はあまり推し活をしないオタクだが、或る意味で『自分オタク』だ。自分の見た目をいかに満足いく状態で保つかに命を懸けている。見た目を整える事が=自分の精神を整える事だと理解しているから。私の推しは私だ。
別の友人には『矢野ちゃんはお洒落好きとか、美の権化って感じだけど』とも評されてそれも嬉しかった。私は私以外の人間の見た目が損なわれていようとどうでも良いので。友人になろうと思う相手の見た目もまったく気にしないし。
スキンケアはメイクの一部と考え始めて何年か経つけれど、毎日努力しなくともルーティーンをこなせるのは幸運な方かもしれない。面倒くさくて適当にしてしまう、と言う事はほとんど無い。苦にならないのだ、本当に。運動の方が辛いし面倒くさくなってしまう。ヘアケアは運動よりは楽。でも毎日は少々面倒。スキンケアは毎日やらないと逆に苦痛だ。肌が不快な状態だと総てが嫌になる。メイクを落とさず寝るなど一度もやったことが無い。酔っぱらった状態で帰宅してもメイクを落とし洗顔とシャワーは欠かさない。
これは美意識と言うのだろうか。美意識と言うのは少し堅苦しいもののイメージがある。私は私自身が不快にならない状態を保つ事へ尽力しているだけだ。やはり、自分に対してルッキズムを懐いているんだろう。他人に押し付けないならそれで良いと思う。お陰で体調管理も出来ているし、お肌の状態も悪くない。

以前飛び降り自殺を敢行して大怪我を負ってから嗅覚を失ったが、それでも毎日香水をつける。エチケットであり、見えないお洒落としてだ。最近発売されたジバンシィの『イレジスティブルオーデパルファム ヴェリィフローラル』やシャネルの『ガブリエルシャネル エッセンスオードゥパルファム』やディオールの『ミスディオール オードゥパルファン』の三つからその日の気分や服装にあわせて選んでいるが、勿論私にはそれがどんな薫りかは分からない。しかし、知識として身につけた薫りの情報や嗅覚があった頃の記憶を頼りに纏っているのだ。最近これを『概念を纏っている』と思うようになった。私は薫りを感じられない自分をそれでも良い薫りがする女性としたいから、薫りの概念を纏っているのだ、と。まるで、産まれた時には色が見えていた人物が後天的に色覚障害となって色が分からなくなったのに、別の感覚と見えていた頃の記憶を頼りに絵具を売るかのように。私にはもうわからないけれど、知識は身につける事が出来る。きっとこんな薫りだろうと概念を纏うのは、それはそれで楽しい。
化粧品検定を受けたのはもう何年か前だけれど、その時得た知識は現職でも活かされている。うちの店ではフレグランスディフューザーを幾つも販売しているが、それらの薫りを総て知識として身につけて接客をしている。お陰で店では一番芳香剤を売るのが巧いらしい。時には自分の障害をオブラートに包んで話す事もあるが、いつも『知識が正確なので驚いた』と言われるくらいには的確らしい。
努力で総て如何にかできるとは思わないが、報われた人は大体努力していると思う。だから私は努力が好きだ。努力できるのも才能と言うなら、私はそれに恵まれている。見た目の素地だってあるし、地頭と言う言葉もあるけれど。勉強したら報われるとは限らないけれど(実際この前試験に落ちたし)、見た目をよくする努力は大抵報われる。同時に楽しい。自分の見た目を自分の思う通りに近づける試行錯誤やトライ&エラーを、これからも楽しむ為に生きようと思う。



▼2024/03/05:肝要なる天秤、傾くは欲望故

メンタルが落ちてから回復し、一度は躁になって今度は鬱の方へ傾いた。相変わらずジェットコースターのようなメンタルだ。私は躁に寄るとやる気があり自信にも満ち溢れてしまうため、普段ならばしないような行動に至る事がある。また、鬱に寄ってもストレス発散と称して普段ならばかかるストッパーが外れてしまう事がある。今回は躁と鬱が瞬時に入れ替わり、自分にかかる筈のストッパーが壊れてしまった。何をしたかと言うと、買い物三昧だ。結構ヤバい額を使ってしまった。貯金と国からのお小遣いが無かったら本当にヤバかったと思う。
しかし、行為そのものに後悔はしても、購入したお洋服やアクセサリーはやっぱり可愛いし、身につけるとテンションが上がるし、もっと可愛くなるためにお金をかけずに努力しようとも思える。相変わらず、出来事の渦中を過ぎれば自分で解決策に辿り着けるくらいには生きる事に慣れてきたらしい。
約十年ぶりくらいにロリィタに戻ってきたが、当時よりも化粧が上手くヘアアレンジやコーディネイト構築も上手になったため、以前よりも可愛らしい仕上がりになれた。後はダイエットである。元々ロリィタのお洋服はふくよかさんに優しい作りではあるが、それでも私はもっと痩せたい。もっと痩せたらもっと可愛く着こなせると知っているし解かっても居るからだ。躁に寄るとダイエットが捗るが、鬱に寄ってしまうとついつい食べてしまう。実のところ鬱の薬が半分になってしまい、少々困っている。やる気が出ないのだ。そもそもやる気頼りのダイエットは宜しくないのだろうが、やる気がないと『頑張りたいのに頑張れない』状態になりやすい。かと言って鬱の薬を元に戻したら躁が激しくなりまた浪費してしまうのでは、と言われると反論が出来ない。
浪費とは言っても、自分のお金だけで如何にかできているのでまだマシか。貯金もしているし。友人知人には『錬金術師』と言われるのにはだいぶ慣れた。最近だとメルカリも覚えてますます錬金術師に近づいている。

一度メンタルが落ちに落ちて死にたくて仕方ない希死念慮マックスな時に、働く時間を一時間減らして貰った。そうしたらだいぶ楽になり、しかし収入が減ってしまう事を考えると一人暮らしが実現できるのか不安になってしまった。正社員登用どころでもない。それも不安だった折、支援員の方に『今どき正社員にこだわる必要はないし、副業するのはどう?』と言われた。副業。うちの会社では厳密には禁じられていないが、副業で暮らせるほど稼げるのだろうか? と問い返すと『今は色んな副業があるし、矢野さんには特技がいっぱいあるじゃない』と言われた。
特技。私の場合イラストや文章を書く事だろう。小説を書き始めて十五年以上も経つが、数年前に出来たイラストレーターの友人には『矢野さんは文章で食べていけるよ』と評された事もあった。加えて、最近だとお洒落や健康の知識もあるし、資格も持っている。それらを活用して書きものの仕事へ応募してみるのもアリかもしれない。折角努力して得た知識たちだ、放って置くのは勿体ない。今はまだメンタルが回復しきっていないので直ぐには動けないが、無理なく働き副業をすると言う選択で夢を叶えるのも許されるなら、それはそれで楽しそうだ。このブログも移転する前を含めれば十五年ほど続いている。ブラインドタッチも覚えた今なら、もしかしたら『書く事』を仕事に出来るかもしれない。

そんな風に考えると、躁ゆえの衝動も鬱ゆえのやる気のなさも落ち着いた。或る種のデトックスなのかもしれない。自分の思いを書いて吐き出す事が、一番心が回復するのだ。



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