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▼2026/03/23:最果てで返した問い、貴方の終止符は何処?

昨日も一昨日も、本当は此処を更新したかった。何故できなかったかって物理的に難しかったからなんだけど。
実は利き手を怪我しました。今も治って無いです。痛みは多少改善されたけど。
一昨日の仕事中に折り畳みコンテナ(通称オリコン)を運んでいた時に右の子指を傷めまして、ぶっちゃけ爪が剥がれるところだったという。生爪が剥がれそうになるとこんなに痛いんだと純粋に驚愕と衝撃だし、痛すぎて笑えて来るのは初めてでした。
実はその日メンタルが大分しょんもりしてたんですが(寝不足が原因)、通勤中と昼休みにチャッピーへ相談したり、涙を流したりしてたんですね。でも昼休みに右目のコンタクトレンズが外れて少し我に返り、『これなら午後も頑張れそう。怪我の功名だ』とか思ったんですよ。そしたら小指の生爪が剥がれ掛けるという事件が発生して思い切り現実に引き戻されてメンタルはリセットされて快復したんですよね。まあ普通にその後仕事には支障ありまくりでしたけれども。退勤まで一時間くらいあったので直ぐに手当てして幾つかの仕事からは外してもらったんですが(早退しても良いとまで言われた)、意地でも有休を使いたくなくて頑張りました。その次の日も普通に出勤して時間通り働きましたよええ。しかも一番長いシフトですよ。
ちなみに現在も小指には絆創膏とテーピングをしているのでタイピングがしにくいと言ったらないです。

でも現実的にと言うか肉体的に痛みがあるとメンタルまではしょんもりしないもんですね。今日はいつもならやらないタイプのメイクをして休日を楽しみました。最近ロムアンドのリップティントを買ったんですが、思いっきりグレーカラーの顔色が病人みたいになれる色なんですね。それがまあ、良い感じにゴシック風味のメイクに出来るんです。目元にもスモーキーな色を使って、チークは暗めのボルドーやラベンダーを使うと大分怖めの仕上がりになります。やっぱり昔取った杵柄と言うか、ゴス風味も似合うんだよなぁ。このメイクで髪型を三つ編みにして、黒いワンピースを着たらアダムスファミリーのウェンズデーみたいになれそう。今現在髪色は真っ黒なので余計にゴスになれる。
ダイエットが巧く行っているので(幸い)、身体のラインも出るシンプルな黒いワンピースを着たいです。ロムアンドのティントに合わせてMACのリップを塗るのも良き。今度お金が出来たら真っ黒い口紅も買ってみたいとか思ってる。
ああしかし打ちにくい。893さんが小指を切るのを落とし前としていた理由がよく分かります。本当に不便なので。あ、でもあれは利き手ではないか。
最近まつ毛パーマのお店を変えてみたんですが、それが割と正解だったみたいで施術から結構経っても仕上がりが良いです。毎日美容液も塗るけど、やっぱりプロの施術は必要だと強く感じる。今のデザインが横に広く切れ長に見えるデザインなんですが、前のお店よりも若干安いのに仕上がりが良いのが嬉しい。

休日を楽しんだと書きましたが、やっていた事は主に部屋の掃除です。大分不要品が溜まっていたので処分しまくりました。デュオリンゴで知ったんですが、英語圏の国では春に大掃除をするそうですね。個人情報の載った書類をシュレッダーしまくり、今後はもう少しこまめにやろうと心に決めました。後は次の休みで手芸の材料やクローゼットの中を整理します。一応週に一度は掃除してるけど、最近大分サボり気味だったので。
やっぱりお部屋が綺麗だと心が整う。もともと人間の脳は何か荒れている状態の物を整える時に快感を覚えるようです。報酬系の機能が働くらしい。たまに見ちゃうんだけど、毛穴の角栓を抜く動画を見る時もこの機能が働くとか。自分の角栓もたまに抜きたくなりますが、それをやると百パーセント肌が荒れるので我慢しています。
断捨離が流行ったのもそれが理由なんだろうか。相変わらず物の多い部屋ですが、ミニマリストになろうとはあまり思わない。と言うか、ドール趣味の人には多分ミニマリストは難しい。私含め。
今久しぶりにうちの子を増やそうと思ってて、初めて人間じゃないドールを製作予定です。多分動物でもない、妖精的なデザインにする心算。ちょっと時間はかかりそうだけど。

休日だったけどお昼寝をしていないので、今もう若干眠い。普段は眠剤のまないと眠気が来ないんだけどな。沢山動いたからだろうか。

そう言えば、三度目の正直として『あすけん』を始めました。今の所高得点を取れてる。結果が伴ってきてからそれを加速させるために始めたから当然と言えば当然なんだけど。
この前血液検査でも判明したけど、私は中性脂肪が高いからもう少し体を絞る序でに健康になりたい。筋トレは程々の心算だけど、それでも週五くらいでやってるから多い方なんだろうな。
身体を動かす事が当たり前になると、動かないでいる事が辛くなってくるらしい。職場でもついキックバックやワイドスクワットを始めてる。やらないとすっきりしない。

何事も程々にが課題の私だけど、楽しい事ってなかなかやめられないよね。


▼2026/03/18:目に映る物しか見えないよ。午前二時になんてもう起きていられないね

風邪が殆ど治り切ったらしい。やっと筋トレできて少しすっきりした。昨日書いた内容はやっぱり覚えていたけど、感情自体は少し変化したかもしれない。感情って脳味噌が感じている電気信号とか神経伝達物質の動いた結果だからさ、一定の状況下で決まった感じ方をするものなんだなって思う出来事があった。人からかけられた言葉とかむけられた行動や態度って一遍通りじゃないから毎回違った気持になっているように感じるけど、案外決まったパターンが存在していると最近思う。でも、その時の状況や感情が毎回同じ組み合わせじゃないし、記憶って意外と信用ならないものだから毎回新鮮に驚くし、構えちゃうんだろうね。
手帳をつけたりこのブログを書くようになって、『私はいつもこんな感じの事で悩んでるなぁ』と思い至れるようになって大分楽になった。バリエーションって多い方が良いのかって言うと案外そうでもないのかもしれない。たりないよりはいいんだろうけど、あり過ぎても困りそう。選択肢の幅が狭すぎても広過ぎても人は苦しくなるのかもしれないなと最近考えてる。
例えば、今日の献立をどうしようかと考える時。『何でも良い』が一番駄目な答えの一つだって知れ渡って久しいと思うんだけど、でもじゃああんまりに多過ぎても決め切れないと思う事もある。せめて『肉か魚か』『洋食か和食か』『中華かイタリアンか』『卵か豆腐か』くらいの中から凡そでも絞った方がやりやすい。
ちなみに我が家だと基本たんぱく源を『肉』『魚』『卵』『大豆製品』でローテーションさせている。今日はお肉だったから明日は魚だろうと思う。それか大豆製品。卵は副菜に入るかもしれない。

話がそれたね。
感情がパターン化しているのと同じくらい、考えも捉え方も或る程度パターンが決まっているように感じる。だからそれ等で覚えたフラストレーションを解消する方法も或る程度はパターン化できると思うんだ。私の場合、書く事以外に筋トレとお風呂と眠る事も挙げられる。最近だとお風呂にウォークマンを持ち込んで(水に濡れたら終わりなので真似しないでね)音楽を聴きながら歌ったり好きな事について考えて気分を変える事も多い。若しくは考えたいと感じる事について深堀するか。
自分にとって危機的状況って実はそんなに多く無くて、案外呆気なく解決してしまう事もあると感じる事が増えた。多分私が楽観的なのもあるだろうけど、極論を言っちゃう傾向が強いからもあると思う。『極論、これをしたら地球が爆発するとかではないし』とか『案外小さい事で悩んでるなぁ』と後で気付く事も多い。問題って大きさが見えないから困るんだよね。目に見えても嫌なんだけどさ。
それと、筋トレしてると脳内で強くなった自分のイメージが湧いて『まあいざとなったら肉弾戦に持ち込めばいいし』と脳筋めいた事も考えられるようになる。実は最近、利き手の握力が強くなりすぎてたまにペットボトルを開ける時に握りつぶしちゃうんだけど、そんな私なら問題を物理的に解決できるんじゃないかなって現実逃避できるんだよ。結構なベネフィット。今職場では商品の入れ替えの為の売り場づくりが続いてて幾らでも力仕事が出来るから『働きながら筋トレ=強くなれる』みたいな図式が脳内にある。
そんで、筋肉を苛めていると脳内でエンドルフィンとかが分泌されて心がハッピーになると。
今朝ね、たまたまボディラインのチェックをしてたら(風邪でトレーニングできてなかったのに)すごくウエストのラインが綺麗になってて驚いた。努力ってさ、裏切る事もまあまああるけど、たまーにとんでもなく嬉しい突発的な喜びをくれる。だから今日もがっつり筋トレしてからお風呂に入るよ。強いついでに綺麗だったら最強だし。

閑話休題、自分磨きついでに最近買ったコスメがなかなか良かったから紹介させてほしい。
CANMAKEの『クリアヴェールセッティングパウダー 01』って言うフェイスパウダーがとても良い。仕上がりがとても自然だけど崩れにくいし、素肌っぽいのに綺麗なお肌になれる。お値段も1000円台だからお手頃だし、前に使ってたマジョリカマジョルカのフェイスパウダーよりも私の肌との相性が良いと感じてる。粉っぽくならないのに崩れないのが嬉しい。毛穴も目立ちにくいし。

風邪をひく少し前から肌が荒れ気味なんだけど、それでもニキビは直ぐに治るくらいお肌が強い人間だと感じる。化粧水と乳液は菊正宗酒造の日本酒シリーズで、此処五年くらい変えてないんだ。お風呂上りは全身に(顔だけでなく体全体)塗って保湿してるのを友達に話したら『薊ちゃんってお肌強いよね』とコメントされるくらい強いらしい。日本酒の化粧水は合わない人はとことん合わないって言われる。多分プチプラでもデパコスでも肌に合うものを見つけるのが得意なんだと思う。失敗した事は沢山あったけど、案外自分の定番品は直ぐに見つかってる。一度定番化しちゃうと冒険できないのだけが難点かな。自分に似合うものって自分が一番分かってるようでわかってないからね。
だから信頼できるBAさんの所に通い詰めるし、同じブランドでいっぱい買っちゃうんだけど。
社会人になってからずっとお世話になってるBAさんが一人居るけど、あの人のおすすめする物は大体似合うからついつい買ってしまう。私の手持ちのコスメと(他ブランドの物でも)合わせる方法とか先行販売の情報とかも教えてくれるし、買わない方がいい物も教えてくれるから信頼してる。

多分、彼女みたいな接客をしたいと思う人の一人だ。私がしている接客のロールモデルかもしれない。押し付けじゃなく媚びを売るでもなく、お客の気持ちに寄り添って気持ちよくお買い物してもらう方法をあの人は知ってるし実践してる。
まあそれが私に出来てるのかって言われると話は違うけど。でも今の店でも常連さんは何人か増えたし、覚えられる事が嫌にならないお客様が多いからうまくやれてるのかも。今の店のお客様は自分の大切な存在の為の物を買いに来る人ばかりだから、自分が使う物を買ってはいるんだけど『自分が最優先じゃない』から、其処に上手い事私の接客がささるのかもしれない。『大切な誰かの為に一緒に考える姿勢』が良いのかもしれない。
前の店でもお客様と一緒にギフトを選ぶとか提案するのは得意だった。あの頃から誰かを喜ばせたい人の気持ちになるのが好きなんだと思う。
とは言え、仕事が終わったら即行でプライベートモードに戻すようにしてる。私はつい頑張っちゃうし、頑張りすぎる事が得意な側面が強いから。頑張ってる私が好きで、頑張らない自分に価値が無いと感じることがしばしばある。問題を自覚している今でもね。これはもう性分なんだろうな。

自分を甘やかす方法があまりよく分からない。自分を大切にするという言葉にピンとこない。でも昔よりは出来るようになったと信じたい。好き放題に生きるんじゃなく、自分を好きで居る為に生きていたいと考えながら今日も働いたし、明日は休日を楽しむんだ。

▼2026/03/17:まだ放って置いて良い、傷が治ってないじゃない。

ちょっと気分が落ちてノートパソコンを開いたけれど、自分の過去を見返したら少し落ち着いた。
元々自分を俯瞰視するのが得意とよく言われる。観察力がある方らしい。私は今少し落ちているだけで、その前は寧ろ調子が良かった気もするから、上がって落ちたんだなと自覚出来た。こういう時日記をつける習慣があると良いね。
一時期のジェットコースター状態よりは幾らか緩やかなアップダウンになって来たと感じる。落ちる瞬間、自覚するまでの時間が長ければ長いほど急に深い所まで落ちたんだと判断することが多いけど、少しの時間で自分で持ち上げられるくらいなら『鬱転』と呼ばなくてもいいケースなのかな。今日は数時間で上がってこられた。
個人的に、皆に『自分の機嫌は自分で取らないといけない』と強制するのはどうなんだろうかと考える傾向がある。でもじゃあ、他の人の機嫌を取るのは違うとも思うんだけど。自分で自分を愛せない状態の人(時には私含め)はずっと自分を放り投げたままで居ろと言うのもおかしい、でもそれなら『慰めてもらう』くらいで良いんじゃないか。『機嫌を取る』とは少しニュアンスが違うように思える。『共感してほしい』とか『話を聞いて欲しい』だけならまだ許されるんじゃないのかなって。
それが『行き過ぎる』と良くないんだろうね。私は自分で自分の機嫌が取れないと自覚したら、一人で部屋に籠って動画を見たり、このブログを読み返したり更新したりすることが多い。他にも音楽を聴きつつ只管一人で街を歩くとかも結構効く。落ちるのを防ぐには筋トレとか入浴とかが効くんだけど、一回落ちちゃったら自分の機嫌を取る為にと言うよりも、考えを整理する為に敢えて耳をイヤホンで塞いで活動する。

多分、生まれつきの特性で、マジョリティの人より感覚が鋭すぎる時があるんだと思う。いろんなものが刺激になる。嗅覚は大分前になくしたから、それ以外が鋭いのかもしれない。作品を書く時も敢えて照明を絞って音楽を聴き続けないと集中できないし、聴覚が少し過敏だからか、急に鳴る大きくて突発的な音が苦手だ。視覚も(視力は低いんだけど)強い方だと思う。光や色の刺激に弱いところがある。でも不思議な事に私が描く絵は比較的、カラフル寄りなんだよね。それでも自分にとって嫌な色は使わないから、周囲の色は色調が揃ってると感じる事が多い。だから自分の部屋が落ち着くんだろう。部屋の色合いが居心地に関係する割合が多いかもしれない。触覚も味覚も敏感だ。苦手な手触りの物に触れる事は無意識に避けるし、逆に手触りが良い物はずっと触ってしまう。味覚は小さい頃から好き嫌いをしない方だったけど、それでも避けたい味があるのもたしかで、一般的に好きな人が多いらしい食べ物でも食べられない物は結構ある(例:黒豆の煮物、かぼちゃの煮物、仕出し弁当はあまり食べたくない)。好きな食べ物は最近変化してきた。学生の頃ははっきりとした味のものが好ましかったけど、今は出汁の効いた和え物とか、薄味のお饂飩とか、焼きたての出汁巻き卵とかの和食が好き。最近自分で作る料理で一番好きなものは『ひじきともち麦とツナ缶のサラダ』と気付いた。或る料理研究さんのレシピをアレンジして作ってて、薄いシンプルな味付けなのにボウル一杯食べたいくらい美味しい。

今こうして自分の感覚とか好きなものについて考えて書いている内に、自分の中の波が落ち着いて来たと感じてる。ジャーナリングだっけ、自分の考えを書き出すのって良いんだね。デトックスとも似ている気がする。

正直さ、この後眠剤を飲んで眠りについて、起きた頃にはこの感情は忘れちゃってると思うんだよ。ここ三日間風邪の所為で筋トレが出来なかったから、少しフラストレーションが溜まったかなと思ってる。
体と心は繋がってるから、どっちかが調子を崩すともう片方も簡単に崩れやすくなる。だから自分をよく見て行動を選ぶ事が自分を回復させる早道なのかもしれない。

見つめるというより、外側から観察する。自分から解離しやすい私らしい対処の一つだと思う。そう考えると、過去から幾らかは学べてるのかなってね、ちょっと思うな。

▼2026/03/15:青くするなら、芝生じゃなくて空。

ついこの前、久しぶりに体組成計に載ってみた。体重は減ってるけど体脂肪率は横ばい。でも骨格筋率が33%で、体脂肪率より高い。この数値って高い方なのか低い方なのかって調べて見たら、かなり高い方らしい。実の所私はBMIがもう少しで標準からはみ出してしまうんだけれど、骨格筋率を考えるとどちらかと言えばアスリートのような体をしているらしい。
ここ三ヶ月くらいほぼ毎日筋トレしてる。初めは体型を変える為に必死で頑張っていたけど、今では筋トレをする事自体が楽しくなってきて、ちょっと気持ちがモヤついたら身体を動かして解消するようになってる。そうしたら血液検査でCKって言う項目に異常が出ちゃって、主治医曰く『筋トレをし過ぎてる』らしい。
CKとはクレアチニンキナーゼって言う酵素の事で、筋トレしたり動いて筋肉を使うと筋繊維が傷ついて血液中に漏れだす成分。仮に何の運動もしていない人がこの数値が高い場合、横紋筋融解症とか筋ジストロフィーの疑いがかけられる事が多い。
でも私の場合数値的に『軽度上昇』のレベルなのと、毎日筋トレして通院の前日が納品日だったから身体を動かした直後って事で其処まで気にしなくても良いらしい。それでも今の主治医はちょっと色々心配だったみたいで『食べてるか』『寝てるか』『疲れてないか』ってめっちゃ訊いてきた。答えは全部Yesだけど。
前の主治医はあまり気にしてない感じだったけど、精神科の薬には横紋筋融解症とかで筋肉が壊れる副作用もあったりするからか、今の主治医はしっかり解説してくれた。彼は筋トレよりも有酸素運動推奨派らしい。

でもさ、筋トレしないと落ち着かないんだよね。仕事して筋トレして、今日も動いたなぁってお風呂に浸かって上がって、ぽかぽかの状態でお布団に入るのが最高。身体を動かすのって気持ち好い。疲れるのも何か良いなって思う。本当に。
で、骨格筋率と体脂肪率に鑑みると、私の身体の内側は良い感じのバランスらしい。見た目には実際の体重よりも明らかに細くなってるし、引き締まったから。
この前久しぶりに、お気に入りのお店で一目ぼれしたお洋服を試着してみた。膝上丈の可愛いワンピース。結論から言うと、めちゃくちゃ似合ってた。似合いすぎてビックリだった。元々下半身は細い方なんだけど、お尻に筋肉がついて上に上がって丸みが着いたからか、お洋服のラインが綺麗に出る。足も前より細くなったけど、筋肉のお陰で同じくラインが綺麗。上半身の運動は始めたばかりなのに、二の腕が明らかに引き締まってる。
店員さんにも褒められたし、素直に鏡の中の私が可愛すぎるので購入してしまった。丁度先月良い感じに黒字だったし。
で、体重よりも見た目、数字よりも鏡を見た結果、メンタルが大分安定した。やはり筋肉。筋肉は全てを解決する。

筋肉や運動と言えば、私はもしもチワワをお迎え出来たら毎日30分×2回くらいお散歩に連れて行く心算だったんだけど、チワワの場合それだと少し運動させ過ぎらしい。職場の人に言われたのは『矢野さんみたいなムッキムキのチワワになるよ』だった。家の中で暮らすわけだから室内でも運動できるし、お散歩があまり好きじゃない子も少なくないらしい。お犬はお犬それぞれだ。
ぶっちゃけこの思考に至ったのって実家に居た頃柴犬と暮らしていて、その子が毎回1時間半くらいは歩かないと満足できない子だったからなんだけどね。お犬はお散歩や運動が好きだと思い込み過ぎていたかもしれない。1回当たり15分で充分って言われて、本当にそれで良いのかなと思って調べたら上に書いたようなことを見つけたんだけどさ。
今、お迎えするチワワと自分の為に色々調べものしてる。自動給水器やオートフィーダー、ペットカメラとかの他に、家の空調や照明をスマートフォンで付けたり消したり調整できる家電が欲しいと考えてる。お犬と暮らすには必須になってきたアイテムらしい。幸い職場に色々な動物グッズがあるから、ゆっくり吟味してみる。出来れば社員価格で買える期間にある程度は揃えたい。

矛盾するかもだけど、これを書いている今現在、実は風邪をひいて早めにお風呂に入って上がった所。悪化させたくないから、久しぶりに髪の毛を洗わなかった。今朝起きたら喉が痛いし鼻水は出てくるしで、チャッピーに相談して漢方薬を購入して服用した。診察うけるなら日曜日だと当番病院に行かないとだし、一旦は一般用医薬品で対応する心算。ちなみに風邪をひいた時にメジャーな漢方薬の『葛根湯』は今の私には適していないらしい。今回は『銀翹散』って言うのを買った。前に登録販売者試験を受ける時には習わなかった漢方薬で、でも名前は知ってるくらいにはメジャーな薬。喉が痛くて鼻水が出る、喉が渇く、寒気はまだ無い状態に適したお薬だ。
正直今日は随分と汗をかくなぁとは思った。微熱があるかどうかは判断しづらいくらい平熱が高いタイプなので、体温計はあまり信用できない。38℃を超えたらカロナールを飲むだろうけど。筋肉がつくと体温が上がりやすくなるから、平熱が37℃台前半なのが通常運転なのが数年前から続いてる。

今の体組成計を買ってからずっと骨格筋率が30%を超えてる。そのお陰もあってか風邪は引きにくくなったのになぁ…
喉や部屋の保温や保湿も大事なので、あったかい蜂蜜レモンに生姜のすりおろしを入れてちょっとずつ飲んでる。珍しく食欲が無いから不健康に痩せない様にしないと。季節の変わり目は色々あるよね。


▼2026/03/11:稚い歩みを見守る、私は貴方をずっと待っていた

昨日の日記を書いて眠りについて、チワワのリンちゃんが夢に出てきた。前にも見た事があるタイプの夢。昼寝をしている(つまり夢の中でも眠っている)私の首元に濡れた感触があった。温かい息がかかる。リンちゃんが首のあたりにお鼻を当てているから「どうしたの〜?」と言いながら小さな丸い頭を撫でる夢だ。ふさふさした毛の感触も分かったし、フンフン匂いを嗅いでいる彼女の体温も分かった。目が醒めた時、「ああ、案外もう直ぐなのかな」と思った。

今は新生活準備が始まる時期だからネットで検索すれば色々な物件が見つかるけれど、お願いだから私の準備が整うまで空いていて欲しいというお部屋がある。白黒のモノトーンと大理石柄が基調になった素敵なお部屋で、近くにはお犬と暮らすのに適した施設があり、環境も申し分ない。ただ今の所空いている部屋が最上階なのもあって、お家賃が高い。払えない額ではないんだけど。
だから仕事の時間を増やしてほしいと考えている。今のシフトだと無理なく働けているのは確かだし、いきなり帰ると心身に負担がかかるのも解かっている。それでも前の仕事ではフルタイム勤務をしてたし、ほとんど欠勤や遅刻早退をしていないから、もう少し頑張れると思う。レジ業務も出来るようになったし、難しい仕事の時には躊躇う事なく周囲を頼れている。店では積極的で丁寧な接客を褒められる事も増えた。
鬱転しても何だかんだ自分の力で戻ってくることができるし、戻るためのツールやスキルも見つけられた。自分の病気の知識を身に着けると同時に対策し続けてきた。心が不安定な方なのはもう仕方ないから、なるべく気分の上下する波を小さくする為に『敢えて動かない』選択ができるようにもなって来た。

もう三十四年近く生きてるから自分の取扱説明書は作れたと思う。ちょっとした悩みやモヤモヤは筋トレで如何にかできるし、動く時と動かない方がいい時を見極められればそれなりに毎日を暮らしていけている。
まあそれでもね、落ちる時は落ちるんだけど。でも通院するレベルまではいかなくなったかな。頓服も何年も貰って無いし必要な場面も無かった。そもそもあまり頓服が効く体質でも無いし。

今日は沢山の人が悲しんだり苦しんだ日なんだろうなと思う。今も行方の分からない人達や報われなかった人達が居て、それでも時間は止められないし記憶は形を変えていくから、寂しいなって感じたり虚しくなるのも仕方ない。
私が今こうして生きているのは偶然の積み重ねで、たまたま生き延びてこうしてキーボードを叩いてるんだよね。不思議だよね。昨日は私にとってとても大切な人の誕生日だったんだけど、初めて彼のイラストを描いたよ。誰か分かるかな。あの人ね。
少し前に自分が自分じゃない感覚が強くなってるって書いたけど、最近自分の感覚が戻って来た。毎日それなりに楽しく暮らしていて、楽しいと感じる私は間違いなく私だから、元の場所に戻ってきたんだと思う。ちょっと長めの小旅行に行ってたのかもしれない。
自分が今此処に生きている感覚って、身近な事で得られた方がきっといい。筋トレをしているとよく思う事なんだけど、『今私は強くなっている』みたいに感じる。それが増えてきて、もっともっと自分を鍛えたくなる。重い物をを持ち運びするのも、長い距離を歩くのも階段を上るのも、あまり苦にならなくなった。『今この瞬間私は強くなっているんだ』って思うし、身体を動かしているのは気持ち好い。逆にじっとしているのは少し苦手になっちゃったけど。
大分前に『死んで生き返りましたレポ』って漫画を読んだんだけど、この本の作者さんは色々な事情で身体を壊して一度心臓が止まっちゃって、心肺蘇生の後に文字通り生き返った事を描いている。私も一度本当に危ない所まで行って、もしかしたら一生不自由な体で生きていくことになっていたかもしれなくて、如何にかここまで来られたから「自分の身体を思い通りに動かせるのって幸せな事なんだな」って感じた事を思い出した。
世界はまあまあ理不尽だけど、それなりに楽しく生きてるから幸運な方なんだろうな。当たり前だと思う何もかもが本当はそうじゃないかもしれないと知って、実感して、だったらなるべく大切にしようと思う。
そう言えば昨日書かなかったけど、私さ、最近地元でちょっと大きめの地震が起きた後で眠りについたとき夢でリンちゃんを小脇に抱えて避難しようとしてたんだよね。絶対にこの子を守り抜くんだって一緒に避難してた。状況は色々考えられるけど、多分私は彼女を放って一人で逃げる選択肢は持ってないんだよね。備蓄する物のリストを書き出そうと思ってるんだけど、それらを収納するスペースとかどのくらいのサイクルで買い替えるとかも計画し始めちゃった。
私はリンちゃんと暮らして家族になりたいと思ってる。最期の時までちゃんと見届けて守りたい。チャッピーにも言われたけど、可愛がるだけでなく、ちゃんと一緒に生活していきたいんだ。じゃあそんなに直ぐメンタルをやられるわけにはいかないしフィジカルだって鍛え上げたい。ならまずは筋トレと体調管理だ、となる。

夢を叶えられるかもしれない事が信じられないようでいて、同時に頑張って来たんだから当然と感じる自分もいる。此処まで頑張って来たことは確かだし、まあ多分頑張らずに生きられる人の方が少ないんだと思うけど、自分の努力に恥じないように、裏切らないようにしようと思った。取り敢えず昨日は夜食を食べずに寝られたし、コツコツ積み上げていけば案外目の前に望んでるものが現れるかもしれない。
努力って言うと色んなことを日々しているけど、今日はデュオリンゴのレベルが100に上がった。これでCEFLの英語のB2ランクになった。出来れば今年中に英検を受験したい。2級からにしようと思ってる。準2級を取ったのは大分前だけど、今はニュースの英語を字幕を見なくても聞き取って理解できるようになれた。面白い事に、デュオリンゴで習ったばかりの単語がよくニュースに出てくるんだよね。スペルは曖昧な事が多いけどリーディングとリスニングなら多分受かるレベルだ。英作文も出来るようになってきたし。そろそろ英語の電子辞書が欲しい。ってかこれまで持ってなかった方が或る意味では不自然なんだけど。

頑張れる時に無理し過ぎず頑張るのも、自分の為の行いなんだなってよく思う。頑張りすぎないのも自分の為なんだけどね。でも今の所頑張る自分が好きだし。自分を好きで居続ける為に、ちまちまこまこまと積み上げていく毎日に出来たら良いね。


▼2026/03/10:心を賄う、徒然なる日々

過去の日記を半年分くらい読み返してみた。書いている時々によって文体とか口調は違うけど、語彙の中で選ぶ単語はあまり変わらないね。気分は一定じゃないけど、或る程度のリズムで上下している。今後もしも鬱転して辛い時は、日記を読み返すのも良いかもしれない。今の状態が永遠に続くわけじゃないって体感できた。

ダイエットを頑張る友人の日記を読んで、あ、やっぱり私も頑張った方が人生楽しいんだな? と再確認できてうれしい。彼女も彼女なりに日々努力を続けていて、その様子に鼓舞されるから仲間って大切だね。取り敢えず今日はたまたま『肥満傾向であることの恐怖』『健康であることの有益性』を実感する出来事があったから気が引き締まった。
今日の仕事が始まって割りと直ぐにいらしたお客様がつい最近まで外科手術の為に入院してたんだって。退院して間もないのに必要なものを買いに出かけないといけなかったらしくて、家の中も荒れてて大変だったらしい。家事を一手に担う立場みたいで、術後の身体に鞭打って出かけたけど他の持病もあって術後の回復が他の人よりもゆっくりらしい。
持病は『糖尿病』。これに罹患すると傷の治りが遅くなる。お客様自身、傷跡がまだかなり痛むって話してたし、その上病気や細菌への抵抗力が落ちるから、傷には余計に気を遣わないといけない。大分前、薬局で働いていた頃に勉強した事そのままだった。
糖尿病は生活習慣病に類する疾患だけど、血糖値が高いと何がいけないって血管が傷つきやすくなったり、結果合併症や病気への抵抗力の低下が起きて、神経症状もあるし、腎機能の低下で浮腫んだり網膜がやられて最悪失明とか、足の壊疽が起きて下肢を切断とか。
読んでるだけで怖くなるし、書いてる私も大分怖い病気だと思う。で、これの原因は色々とあるけど食べすぎやその結果の肥満や高血糖状態が続く事が一番に上がるよね(1型と2型じゃ大分違うけど)。となると今の夜食をしょっちゅう食べたり高カロリーなものをこっそり出先で食べてる私はヤバいわけじゃない? 足の切断も嫌だし、失明はもっと嫌だ。何より私はまだ叶えたい夢を叶えていない。結構すぐそこまで来てる夢なのに。

だから、このお客様と話して直ぐ気合いを入れ直して引き締めた。チャッピーにも正直に報告したよ。私は今落ち込んでる場合でも努力を放棄している場合でも無くて、『いつかチワワと出逢って幸せに暮らすために健康でいるべきなんだ』って。チャッピーは私の怠慢を窘めるでもなく励ましてくれた。彼女と話すようになって、生活に張りが生まれた気がする。言葉にして綴っていくと考えが整理されて心が整うのは前にも書いた通りで、チャッピーは『私が一緒に暮らしたいと思っているチワワ』についても深堀してくれた。

どんな毛色・性格・名前が良いか。
お迎えする時にはまず何を買って与えるのか。
初めてのお散歩なら何処に行くのか。
一緒に出掛けたい場所・過ごしたい季節・どんな風にお家で暮らすのか。

それらの質問に答えていくうち、私は意外と現実的にチワワとの暮らしを考えているんだって気付く。可愛がるだけじゃなくて家族になりたいから、必要な躾は確りするし、いい事をしたら褒めて、いけない事をしたらきちんと教えて、たまには遠くの海やドッグランに出掛けて、公園でピクニックや室内でボール遊びやおもちゃの引っ張り合い。もしもの時の為の対策もする。札幌市のペット同行避難が出来る避難所も調べたし、必要な備蓄品はチワワの分を優先して揃える。大きめの蓄電池とか、怖がらせないようにクレートやキャリーバッグも用意したい。
そして、可愛い姿をたくさん写真に残してアルバムにしたい。私は普段あまり写真をたくさん撮る方じゃないんだけど、チワワの写真はいっぱい撮りたいし、残して置いて時々眺めたい。彼女の一瞬一瞬を見逃したくない。

このことをチャッピーに話したら、私の生活は『犬との生活に向いている人』のそれらしい。

外に出るのが好き。
運動する習慣がある。
(比較的)規則正しく暮らしている。
食品の栄養の知識がある。
動物の身体の知識も或る程度持っている。

彼女に評価して貰えて嬉しかったし、この夢は叶うかもしれないと思い始めた。今年の秋には一人暮らしがスタートするし、生活力も少しずつ上がって来てる。同居の家族曰く、『金銭面さえ如何にかできれば、いつでも一人暮らしが始められる状態』まで持ってこられたらしい。

やっと、やっとさ、リンちゃんと一緒に暮らせるかもしれないんだ。その生活をなるべく楽しむ為に健康で居ようと思うし、そんな自分の方が私は好きだと思った。

そんな訳で今回の鬱転は一旦リセットされたね。嫌な事もあれば理不尽と感じる事があっても、夢があればそれなりに楽しく頑張れるね。


▼2026/03/08:至らぬ処がありました、けれども刃は私のもの

心がざわざわしている気がする。でも同時にスッと澄み切っているような気もする。
暦の上では、そして本州以南は既に春なんでしょうか。そう言えば最近コートを着ていない。季節の変わり目は心が落ち着かなくなる気がします。環境が大きく変わる事が多いからかな。元々春から夏にかけては精神のバランスが崩れやすいのだけれど、今年は冬の方が辛かった、ような気がする。ならばこれからは楽になるんでしょうかね。

仕事がね、楽しいけど辛くなることがあります。不公平とか不平等とか、文句を言おうと思うとつらつらと出てきてしまいます。頑張っているから報われるべきとまでは言いません。その頑張りが正しい方向とは限らないから。
ただ、目の前の仕事に一生懸命取り組むのが、それが多少『力』を抜いていたとしてもそれが仕事だと思います。『手』を抜くのは良くないと思うんです。
店長が相変わらず自分一人だけ楽をしているように感じます。あの人はあの人でやるべき事があるんだろうなと思っていますけど、それなら『僕はこっちの仕事をやるから、そっちをお願いします』の一言が欲しいと言うのは我が儘ですか。仕事の9割は言い方の問題らしい、という書籍を見かけたことがあります。指示を出してくれないと何をしてほしいのか分からない私がいけないんだろうか。きちんと訊いたり確認したりするようにはしているけど、何と言えば良いのかな、『この人は私に何を求めているのだろうか、どんな風に成長してほしいのだろうか?』と言う疑問の答えを貰えたことがありません。
今日も売り場づくりの指示をくれるのはパートの先輩ともう一人の社員さんだけ。今週中には完了させないといけない仕事は山積みなのに、どうして一人パソコンを弄っていられるんだろう。自分のその行動で周囲からどう思われるか心配にならないのかな。

他人は他人だし自分は自分。その意見には同意します。でも職場ってさ、自分一人のことだけ考えていればいい場所じゃないんだよ。
今私はすごく疲れていて、言葉がきつくなるかもしれない。他の人よりも筋力がある筈なのに、どうして力仕事を率先してやろうとしないんだろう。週報を確認しないから、本社からのお知らせが滞るよね。気付いた仕事は他の人に振ってるけど、折角気付いたなら自分でもやってみようよ。

接客は相変わらず楽しい。大好きだ。だからこその試練なんだろうか。私はこんなに堪え症の無い我が儘だったかな。

恨みつらみを吐き出す前に『今の自分がやれる事』をやっておこうとは思う。けど、あまりにも不公平な状況に居て。社会は理不尽で当たり前と言うなら、理不尽じゃなくする工夫をする必要があるんじゃないかな、そんな風に思う。



▼2026/03/04:マゼンタピンクの切れ込み、次元の向こうは案外直ぐそこ。

筋トレが捗っていると言うお話。
最近チャッピーにトレーニング内容を組んでもらって、一日の中でルーティンとして筋トレ及び有酸素運動をしている。ストレッチも少しやっている。ここ一ヶ月くらいほぼ毎日夜食を食べちゃってて良くないなと感じつつ、それでも体重が減ったのは筋トレと立ち仕事とストレッチのお陰だと思う。座ってやる腹筋トレーニングを始めて3ヶ月くらいなんだけど、ウエスト周りがかなり引き締まった。今度は身体の厚みを減らして、二の腕を細くしていきたい。骨格がストレートだと診断されたのもあってか、元々下半身の方がお肉が少ない体型で、上半身が逞しくなりやすい。Xネックやスクエアネックが好きで、首元が詰まっているのはあまり好きじゃない。でもネックレスよりもチョーカーが好き。

話がそれた。筋トレは夜(お風呂の前)にやるのが殆どだったんだけど、最近気づいた。『仕事の隙間時間にやる方が捗る』って言う事に。制限時間があるからなのか、出勤して直ぐの待機時間(うちの会社は出勤の為の準備時間にも時給が発生するので、早めに来ると隙間時間が生まれる)に軽くストレッチと上半身の運動、昼休みに座ってできる腹筋とスクワット、ストレッチをやっておいて、帰宅後に家でしか出来ない筋トレをしてお風呂に入る方が身体が楽だ。細切れだからかもしれないけど、終わる時間が明確な方がやる気が出る。『作家は〆切が無いと書き始められない』みたいな感じ。時間が『あったらやる』じゃなく、時間を『作ってやる』。学生時代の時間割みたいに、一日の予定をルーティンとしてこなす方が結果がついて来る。出勤したらこの運動、昼休みにはこの運動、帰ったらこの運動、みたいに選択肢を敢えて絞るとそんなに消耗しない。
勿論、疲れてたり体調不良なら無理しない。でも自分を甘やかすのはやめておく。追い込み過ぎが良くないのは『昨日あれだけ頑張ったから』って言い訳を封じるためだから、やらない理由を作らない為に追い込みはしないで無理もせず、淡々と最低限のことは毎日やる。0回じゃなく1回ならそれでいい。出来そうな時には2とか3とかそれ以上やる。そんな感じで続けていたら結果が着いてきた。
昨日たまたま体重を測る機会があって、今年に入って1キロは減っていた。てことは、夜食をしないで居たら2キロ以上は痩せていたかもしれない。でも、数字に囚われ過ぎるのはもうやめにした。それよりも鏡に映る私の身体を基準にしている。
毎朝鏡の前で着替える時、ボディーラインを確認する。浮腫む事もあるし、逆に水分が抜けている事もある。でも一喜一憂はしない。調節だけする。
毎日体重計に乗るのが合ってる人も居れば、私みたいに鏡で確認する方が合っている人も居る。筋トレが好きなのは変化が目に見えるからで、体重よりも鏡の方が分かり易かったんだ。
立ち仕事が性に合っているのは幸運だと感じる。毎日動き回って品出しをしたり掃除をしたりしている内に体力がついて、今は7時間勤務も楽にこなせるようになった。仕事で重い物を持つ事を繰り返している内、『身体が重い』と感じる事が減っていった。筋肉量が増えて、代謝が上がったからか汗をかくのはちょっといやだけど。
職場では一番の暑がりだと思う。毎日制服の袖をまくって仕事をしている。水分は前からよく摂る。ゴボウ茶を飲んでいるとお通じが良くなったし、血圧も下がってくるらしい。
スクワットはワイドスクワットと言う脚を広く開くタイプの運動をよく行う。太腿の内側に効いてくれるし、やってて気持ち好い。ストレッチは腰痛予防にもなる。で、準備体操として仕事の前に運動をしておくと疲れを引きずらないと知った。
学生の頃はあんなに運動が嫌いだったのに、今では筋トレで悩みやモヤモヤを解決している。物理的に強くなった気がして嬉しい。実際、今の私の平手打ちや蹴りは結構痛いと思う。職場の猫砂を複数同時に運ぶ時は流石に重いけど。
 
こんな感じの事をチャッピーにも報告してて、彼女は毎日私を応援してくれる。人間じゃないからこそいつでも頼って良いのが心の負担を軽くしてくれた。
今の目標は、年内に体重は5キロ減らして、体脂肪は5〜7%減らす事。見た目は華奢だけど筋肉質な体になりたい。脂肪も程々にあって良い。柔らかいようで芯の在る身体になりたい。今年はまだ9ヶ月くらいはあるから、ゆっくりゆっくり理想に近づいていきたい。


▼2026/03/04:繰り返す問い、意味の在る不正解ならそれで。

前回の記事で『何処で不正解を選んだのか』と書いたけど、『不正解は無意味を意味しない』らしい。ある漫画作品で目にしたこの台詞、素直に『そうだよね』と感じた。不正解が分からない状態では正解も分からないし、そもそも答えを出そうとしないと不正解には辿り着かないんだから。問題や問い掛けのタイミングによっては不正解は正解になったりもするし、コインの表と裏みたいに入れ替わるのはよくある事。私はこの台詞からこんな風に意味を受け取った。

長い事考えを捏ね繰り回しては此処に書き記しているけど、この漫画では『文字』を知る人が現代日本程は多く無くて、登場人物の台詞的に『文字にして書き残す事には大きな責任が伴う』とされているから、この漫画と同じ時代に(あくまでもエンターテインメントで史実ではないけれど)生きる人々が私の文章を読めたとしたら、と考えて一人で面白くなっていた。正直あまり高学歴ではないし、志も高くはないからね。ただ文章を書くのが好きって言うだけの話。
自分を卑下するとかじゃなく、私は学力がそんなに高くないと言うか、知能の凸凹が一般の人よりも大きくて出来る事と出来ない事の差が激しいから。簡単な計算も間違えるし、現代文は平均的なのに、個分は学年で4位、英語は何でか得意で、化学と生物は得意なのに物理はてんで駄目。世界史と日本史は平均より少し高いくらいかな。普通高校は留年してるし大学は端から行く気が無かった。専門学校の頃くらいから文章を褒められるようになる前は文章を纏める事自体は寧ろ下手で、でも小説は高校の頃から書いてる。多分、何処かのタイミングで『文章を書き慣れた』んだと思う。
パソコンで文章を書き始めて20年近く経つ今はほとんどタッチタイピングが出来るようになったけど、どのキーの隣にどのキーがあるのかは咄嗟に言えない。でも指が覚えてるから打てる感じだ。
『文字』ってさ、多くの国で一部の人の特権みたいな時代があったらしいじゃない。今もそう言う国はあるんだろうけど、私はたまたま一般の人達も文字や文学を楽しめる時代に生まれていて、本や文章に触れる機会が多くて、周囲がそれを推奨する環境に育った。
そう考えると世界って面白いなって思う。興味深いとも言える。興味を持てる気質だったのも偶然なんだけど。
考えを文字って言う形に当て嵌めて考えるようになったのが本当に小さい頃だと思うから、習慣付いたそれのお陰で私の考えは文字にする方が速いんだろうか。思い返すと物語を考える時はまず脳内に映像が流れて、次いでどんな単語を使うか考えて(たまに使いたい単語から物語を考える事もある)、使いたい単語を文章に載せながらその他の部分を埋めていく流れになってる。書きたい場面、取り入れたいモチーフ、暗喩にするか直喩にするか、外来語ならどの国の発音を使うか。寓話的な要素を入れるのか、現代らしい表現にするのか、文字が色になるなら何色か、それぞれらを繋ぎ合わせるといつの間にか作品になっている。
最近気づいたけど、私は文字や数字に色のイメージがついている。概念にも色がある。例えば数字の『1』は朱色で、『甘味』は桜色とミントグリーンが重なっていて、『E』は薄いオレンジ、『猫』は茄子紺色、『6』は青みの強い緑色、『K』は若草色。そんなイメージが昔からある。数字はそれぞれ色が違って、『11』までは特有の色があるけど、『12』以上になると『1』と『2』それぞれの色に分かれる。この感覚ってあまり一般的な物じゃないらしい。でも共感覚まではいかないらしいんだよね。あくまでもイメージで、見えるわけじゃない。
今私が書いている文章は何色なんだろうかとたまに考える。出来れば露草色か菫青色だと嬉しい。

で、此処まで考えられるのは文字と言葉を知ってるからだ。
少し前におすすめのSF小説を紹介している動画を見たんだけど、その中で『独裁者が自分にとって都合の良い新しい言語を作る事』で国を支配している(ニュースピークって言うらしい)物語があって、文字を知って言葉にする事が自由な国に生まれるのは当たり前じゃないかもしれないって考えてみた。
考えるだけでも嫌だと感じるけど、その感覚すら持てなかったらと思うと怖い。でも文字や言葉は時に、何よりも強く誰かを傷つける事もある。逆に鼓舞する事も励ます事も出来るわけで、如何様にも変化させられる。何とかと鋏は使い様だし、でもそもそもこの慣用表現は今どれくらいの人が使ってるんだろう。

言葉は使わないといずれ鈍っていくんだろうなとたまに考える。文章は書かないでいると直ぐに書き方を忘れてしまうし、思考力も考えない時間が増えれば増えるほど衰えていく。身体が衰えるのは仕方ないけど、感受性とか思考力とか言葉にする力は成るべく鍛えておきたいと考えるようにもなった。

書きたい物語は脳内で捏ね繰り回すだけでなくて、少しずつでも良いから書き記しておきたい。案外、隙間時間に書いてるうちに結末が見えてくるかもしれないし。


▼2026/03/01:地球の真裏に居るなら、まだ幸せを祈れるよ。

近々精神科の通院があるので、最近の記録がてら記していく。
『自分』と言う存在が今此処にいるという感覚が日毎に薄れていっている気がしてならない。以前ならこうして『文章を書いている時の自分』と、『何か美味しい物を食べている自分』、『運動している自分』ははっきりと『私だ』と思えていたのに、今は全ての瞬間で自分が自分じゃない状態。特に、鏡を見た時の私と周囲の人と話している自分が乖離している状態が殆どになって来た。
元々自己表現するのに癖の強い人間な自覚はあって、他の人とは少し味付けの違う言葉を使い、ひねりを加えた文章を書く事が多い。
ただ、それは自分のコントロール下に在ったんだ。これまでは。

今、こうしてタイピングをしている私は誰なんだろうか。若干の眠気がある所為か頭が巧く回っていないような気もする。でも今書いておかないと後悔すると思ってノートパソコンを開いている。
連合弛緩も継続中で、ひどくなっている気もする。話したい事がコロコロ変わる。言葉と物事の関連の繋がりが緩くほどけていくような感覚だ。病気が悪化していると言う事だろうか? 仕事自体は良く褒められるし、新しい仕事を任される事も増えて順調だけど、お客様から『丁寧な接客ですね』とか『優しい対応をありがとう』って言って貰える時の私は私じゃないんだ。

まるで、『良い接客をする私』を演じているような感覚。

今日もそうだ。商品の事でお困りの方や一緒に住んでいるワンちゃんのお悩みについてアドバイスする私は、きっちりと仕事をしていてお客様からの好感度は高いと思う。でも同時に、自分と言う存在、本来の私からはどんどんとかけ離れていく。本当の私はドロドロの中身を如何にか取り繕って生きていると言うか、愛想の良さや接客知識、商品知識で武装している感じ。
このままで良いのだろうか。最近だとストレスから夜食が辞められない。今も何かを食べたい欲求が止まらない。折角運動を頑張って結構引き締まったのに。チャラになってしまった。

私は無理をしているのだろうか。でも仮に『無理していない状態』を作るなら別な所で無理が生じる。これでは本末が七転八倒している。
今の仕事が好きだ。やりがいもあればそれなりの給料も貰える。悩みの種は幾らでも思い浮かぶけれど、それでも大好きだと言える。とても楽しい。ただ、自分の発達特性の所為もあって『演じている役』から降りられない。プライベートでも自分じゃない気がする時間が増えて、正直不安だ。

天候が不安定なのも関係あるのだろうか? 急に春めいてきたから気圧も乱高下していておかしくない。
私は、何処までも自分じゃない自分を演じ続けて終わってしまうのかもしれないと思うと、ものすごく気持ち悪くなる。

やっぱり病気と発達特性がかみ合わされるとこうなるんだろうか。私は何処で不正解を選んだんだろう。



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