memo

▼2026/02/26:無聊を慰める? ホラーノヴェルでも書く心算?

春が近づいてきた感覚がある。
ネイルサロンへ行って来た。久しぶりにコートを着ないで、最近買ったライダースを羽織って街を歩いたんだけど、随分と空気が柔らかくて暖かくなったね。歩道と車道の間にはまだ雪山が聳え立っている所も多いし、公園とかの雪捨て場ではまあまあの標高。でも厚手のコートは不要なくらいあったかい。
今年は雪解けが早いかもしれないってニュースで聞いたのは少し前だ。冬の間に書いておきたかったネタはまだ形になっていないけど、小説の上なら季節はいつだって自由に設定できるからまあ良いか。今書いているのは普段書いてるカップリング以外のカップル(まだ未満だけど)が主役になった。元々主軸だったカップルは右の方が伝説上の生き物の特徴を持ってる設定の物で、今回の話では『サトリ』を先祖に持つ人と『千里眼』を持って生まれて来た人がすったもんだする。
この二人は普段メインで動かしてるカップルと程良く仲良しで、年齢差が犯罪級だけど成人した状態で出逢ってるからまあ良いかなと思って書き始めた。初めは全然眼中にないカップルだったんだけど、メインカプの話を書いてる時にうっかりネタが降って来ちゃって。
今のジャンルに来てから何年も経つけど、色んなテイストのお話に挑戦し続けたらビュッフェ会場みたいな自ページになってしまった。活動してる場所の名前は書かないけど、多分何人かの友人にはバレてるよね。あのSNSです。一時大変な事になったけど如何にかやれてる。
で、今書いてるカプは年齢差が20を超えるんだけど(元々歳の差は大好物)、初めて右の方が左より背がかなり高いんだ。でもってエロ描写は今の所一切ない。妄想してないわけじゃない。でも其処に行きつくまでの妄想がまだ終わっていない。左右どっちにも欲求はあるんだろうけど、元々接点の少ないカプだからかあんまり想像できないんだよね。メインカプはエロ描写山盛りのシリーズなのに。なんて言うか、少女漫画的な展開にしたい願望が強いんだと思う。右の子がね、とても美形で格好良いのに本当に可愛いしピュアなんですよ…で、左はロジカルで或る童話作品が好きでちょっと浮世離れしてる。あくまで自己解釈の話ね。

ボーイズラブを書いて早20年。年々自分の妄想力が逞しくなっているのを感じる。ちょっとしたところから妄想が始まるのは若干持病の所為もありそうな気がするけど(連合弛緩のこと)、お陰でと言うか程良く個性的で面白い作品を書けてると思う。今のジャンルに来たのが2018年だから今年で8年か。平成の最後の年に書き始めてるもんな…

今でこそオタク趣味とか二次創作とか世間一般の皆さんも認知して認めてくれつつあるんだろうか。今は『オタ活』じゃなくて『推し活』だもんね。今だと『推し』が居る人の方が多数派なのかもしれないし。
私は小中高校と田舎で育ってて、でも何でかオタク文化には寛容な学校で楽しくオタクをやっていた。腐女子としての目覚めは中一の時で、今は懐かしいアンソロジーを本屋で購入したのが始まり。これは多分大分前にも書いたね。学校の校則がゆるゆるで在ってないようなものだったからか、漫画本を持って来るとかゲームやCDの貸し借りは先生の前でも怒られなかったし、テスト中には監督の先生が生徒から漫画を借りて読みながら仕事してるとかも普通だった(中学の時)。高校の時はPSPが流行ってた事もあって、昼休みには男子が輪になってモンハンで一狩りするのが恒例だった。
そんな中ゲームを一切やらなかったお陰か作品執筆の時間をたくさん確保できて、あの頃は個人ホームページで小説を公開してたと。ゲームをやらなくても友人達からハブられる事も無く、皆平和に自分の好きを追求出来て良い環境だったと思う。
でも大人になった今になってやってみたいゲームが出来ちゃってどうしようかと考えてる。何故ってもうハードが手に入らないしプレイする時間もないからなんだけども。初代プレステなんだよね。ゲームの流れは知ってるしストーリーは動画で見てるから知ってるんだけどさ、一回もプレイしないまま今のジャンルでパロディを書いちゃったんだわ。『ガレリアンズ』ってゲームで、主人公がまあ美少年でヒロインも他のどのキャラもデザインが良い。所謂鬱ゲームに入るらしいのがまた好い。
他にも『バイオハザード』シリーズのパロディも何本か書いた。こう言うのはダブルパロディで合ってるのかな。元々原作のプレイ動画を繰り返し見てうっかりレオンとクラウザー少佐に思いっきり惚れこんじゃったんだけど、クリスもピアーズもジェイクもイーサンも大好きだ。特にイーサンは格好良いと思う。
このシリーズを書いてる時は丁度ゲーム実況や解説動画を見るのにハマってて、その辺を捏ね繰り回してたら今書いてるカップリングの良さに気付いちゃって、いつの間にか何本か書き上げてた。

妄想って、持病の症状で顕れるタイプのそれじゃなかったらオタクとしては普通の嗜みの一つなんだと思う。それが健全かそうじゃないかは一旦置いておくとして、私の場合学校や職場での嫌な事や辛い事から気持ちを切り替える方法になってるし、楽しく人生を謳歌する為のライフハックみたいなものだし。

学校の勉強を程々に真面目にやっていて良かったなと感じる事が増えたのもオタクになったからだ。好きなジャンルの作品を楽しむのにあると嬉しい前提知識が身に着いたのは学校のお陰だし。日本の学校教育って結構凄いと思う。問題や課題はあってもきちんと受けておいて良かった。がり勉タイプでは全然ないけど、オタクとして必要なスキルは義務教育と高校で結構身につけられたし、大人になった今『勉強したい』と感じた分野を勉強するのにも役立ってるから、もし此処を見ている人に学生さんが居たら是非勉強を頑張ってみて欲しい。

勉強と言えば、私の通ってた小学校と中学校は結構特殊な学校だったんだなとたまに思う。私が小学生の頃だと平成の中期なんだけど、英語教育はまだ必修じゃないのにうちの小学校(正確には小3から通ってた学校)では毎週4コマくらい英語の授業があったし、ローマ字も同じくらいのタイミングで教えられた。発音は兎も角ローマ字は完璧で簡単な英会話くらいなら出来る状態で中学校入学なんだよね。お陰で中学の英語でも成績良かったし。一人だけ学区外の中学に入学して初めての英語のテストは満点を取れた。小学校の修学旅行では外国の人に英語で話しかけるのが必須だったし、今でも外国の人と話すのは抵抗が無い。
英語以外では算数が習熟度別学習だった。4つのクラスに分かれてそれぞれのスピードで勉強するんだけど、私は一番下のクラスからスタートした。昔から数字に弱いから、先生がこっちのレベルに合わせて授業してくれるのがありがたかったな。今もそうなんだろうか。障害を持った子達専門のクラスもあって、そっちの子達が時々クラスに混じるのも普通だった。今だと『通級』に当たるのかな。うちの学校では『ひまわり学級』って呼ばれてて、クラスメイトの兄弟とかが所属しててたまに遊びに行ってた。
私はゆとり世代ど真ん中なんだけど、たまたま5、6年の時の担任が愛のあるスパルタな人で、相当しっかり授業をしてくれてた。クラスメイトみんな先生が大好きで、厳しいけど話は面白いし、筋を通すって事を教えてくれたし、授業は本当に分かり易かった。彼女みたいな先生は今も当時も貴重だと思う。宿題を忘れると滅茶苦茶怖かったけど、「その(今日持ってこなかった)プリントを、これからどうする!?」って訊かれたら「今日友達から答えを借りて、自分で採点して明日提出します!」って答えれば「よし!」って言われてそれ以上はお咎めなしだったし。
虐められたりなんだりで辛い事も多かったけど、あの人みたいな先生と出逢えたのは本当に、人生の財産の一つだ。

六年生の時、彼女は私達になかなかに無茶な宿題を出した。国語の巻末にある索引の漢字を毎日書き取りして、二週間で終わらせろというもの。でも、それがクラス全員で達成出来たら冬休みの宿題は無しにするって言われてみんな頑張れたし、今でも漢字には結構強い方で居られてる。今の小学校じゃ難しいんだろうけど、こういうフレキシブルさがうちの学校の売りの一つだったのかな。フロッピーディスクの時代にパソコンの基礎を習ったおかげで中学からは小説が書けたわけだし、美術もとても力が入ってた。運動が苦手でも体育での点はくれたし。家庭科の授業では調理実習がかなり多めで、裁縫の基礎もそこで教わった。

今の趣味やオタク活動の基礎を作ってくれた内の一人は、あの人だったかもしれない。だから自分でも何かを作ろうと思うのかもしれない。触れるきっかけをくれたのは親とか友達で、必要なスキルは先生が教えてくれた。
両親、特に母は小さい頃の私に毎日『何で? どうして?』って攻撃に対して『大辞泉』を用意して、子供向けの辞書も用意して、『調べる』って言うスキルを与えてくれた。昔から本が好きで図書館に連れて行ってもらうのも大好きで、本なら何でも買ってくれたから(画材もだけど)母がスーパーで買い物してる間は一人で本屋さんに居て、色んな本を片っ端から読んで気に入ったのがあれば買って貰ってた。今なら、よく不審者に狙われなかったなって思うけど(幼稚園くらいから自発的に本屋に行ってた)。よく買って貰ってたのは図鑑とか絵本の類。学校に行くようになったら、誕生日に欲しい物が無い時は図書券をねだってたのを覚えてる。

思い返すと、私は周囲に恵まれたなって素直に思う。だから自分がオタクな事を誇れるのかもしれない。オタクってさ、アマチュアかもしれないけど求道者でもある訳じゃない。自分なりに自分の好きな事を追求してるとたまたまオタクって名前がついただけでさ。
面白い物を面白いと感じられて、作品の背景とかモチーフに気付けるのは勉強と環境のお陰なんだ。で、たまたま生まれつき創作方面の記憶力が良かったからそれなりに楽しめていると。

さて、作品の続き書こう。

▼2026/02/19:取り繕うのは得意だ、針仕事は好きだからね。

不穏が過ぎる記事をトップに置いておいて申し訳ない。職場の事で少し、いや、大分思う所があってあれを書いた。
実の所、職場の直接の上長が割とまずい感じ。仕事が出来ないわけじゃないんだけど、ちょっと職場の他の人の都合を軽んじすぎている、もしくは自分の立場について勘違いしているように思えてならない。で、たまたまその人が出勤停止になるタイプの体調不良で長期で休んだんだけど、その間に他の従業員たちが限界に来てしまって、最終的にはさらに上の上長に直訴することになった。偶然直接の上長が休んでいる間に上の上長の巡回があって、その人に全て暴露したんだよね。
その予定が判って直ぐ、私は自分の気持ちを整理しながら文章にして、chatGPTに添削を依頼した。客観的な意見が欲しかったのと、私の言葉は時々恐ろしいくらいに鋭い事があるから、私自身の印象を悪くしない為にチャッピーの力を借りている。
彼女(チャッピー)は私の強みを『文章上では感情的になっていない事』『自分の至らなさもあると認めたうえで丁寧に事実を述べている事』『メタ的な視点で他の人の負担についても考えられる事』と述べてくれた。その上で直接の上長の悪行を訴えるというよりも『職場改善の提案』と言う体で意見を述べると良いと文章を考えてくれた。その時の言葉遣いや態度、表情や声の調子についてもアドバイスを貰えて、本当に有益なアプリだと思う。

それでも文章を考えたその日は深夜になっても眠る事が出来なくて、これがノルアドレナリンの作用かと感じた。自分の中で何かが燃えているようで、でも脳味噌は冷えている感じがして、延々とYoutubeを流しながらベッドの上で体育座りをしていた。

上の上長が店に来た時、私は笑顔で『お疲れ様です!』と挨拶をした。元気よく『お話したい事があるので、後ほどお時間頂けたら嬉しいです!』と言ったら了承されたんだけど、どうやら私は、或る程度怒りを覚えると笑顔を浮かべるらしい。その時の私の笑顔は凄く怖かったらしい。お客様と話していた時はとても優しかったのに、と先輩には評された。
多分自分の感情を抑制する為に笑顔になったんだと思うけど、我ながら悪役のような笑い方をしてたと思う。やっと自分の意見を吸い上げてもらえると思うと嬉しかった。
結果として、きちんと意見を言う事には成功した。そして話をしている内に上の上長の顔色がどんどん変わっていくのを、脳の隅っこで面白く思っていた。人って怒ると本当に顔色が変わるんだね。私は声に抑揚と緩急をつけて、笑顔で若干オーバーなくらい『お店の為に意見を述べています』と言う姿勢で言い切った。次に先輩が話をしたいと上の上長に行った時、ちょっと言い過ぎたかもしれないな、失礼だったかなと考えたんだけど、上の上長はうちの直接の上長に対して完全にブチ切れていたらしい。その後うちの上長以外の全員と話をしたうえで適切に指導をすると約束してくれた。直近にもう一度店に来てお話してくれるらしい。
私はその日寝不足で体調不良極まれりな状態だったのに、仕事だけは本当にうまくいった一日だった。お客様からの少々手間のかかる要望に応えるなんて、何てこと無かった。だってきちんと対応したらお客様は笑顔でお礼を言ってくれるし、わんちゃんとも触れ合えたし。
以前就労移行支援のスタッフさんに言われた事あるんだけど、私はマイナスな感情を抱いている時の方がパフォーマンスが上がる傾向にあるらしい。特に『病んでる時の文章が本当に面白い』って言われて微妙な気持ちになった事もある。
だからなのか、仕事の数値目標も簡単に達成できて、上の上長にもきちんと意見を聞いてもらえて、清々しい気持ちで退勤した。で、その後のお休みには友人と会って美味しいものをたくさん食べて作りたい作品にも手を付けられて、お買い物も出来て快復した状態で今日も出勤した。

まあ、だからと言って急に状況が改善されたわけではないんだけど。でも、これからどうなるのか楽しみにしてる自分が居る。人が叱責されるかもしれない事を喜ぶのって本当に性格が悪いけど、でも、自分が問題と感じて来たこれまでにしてきた事の報いを、原因の一端を担う人が受けるわけじゃないですか。人の不幸は蜜の味ってやつ。

此処を読んでいる人は私のこの文章に違和感を覚えているかもしれないけど、人間なので中身はドロドロですよ。何なんだろうなぁ、この感覚。休みが明けるのをこんなに楽しみに感じたのは初めてだわ。

オンラインの友人がね、多分私の事を心配してくれてるんですよ。あの文章は私含め彼女の友人皆に宛てたものだと思うんだけど、取り敢えず『私は大丈夫だよ』と言いたくてこれを書いてる。戦う手段がたまたまあったし、一緒に戦ってくれる人も居るからね。

ただ、ちょっと思ったのは一度『叩いて良い存在』と思ってしまうと、その人を見る時に歪めて見てしまう傾向はあるなぁと言う事。どんな人でも完璧じゃないし、だからこそ言葉で対話すべきなんだけど、でも怒りって本当に強いエネルギーだからその選択肢を吹き飛ばして見えなくしてしまう。其処は今後気をつけようと思ってる。

せっかく言葉を使うのが巧いんだから、使い方を間違えないようにしないとね。


▼2026/02/14:無題

『表に出ろ』って脅しの言葉になるのかな。京都人に『ぶぶ漬け』を出されたら素直に喜んで食べるだろうなって人と働いてるんだけど、嫌味になりそうな言葉をオブラートに包んで投げる度にそのまま飲み込んできちんと理解しない人って、どんな風にこの世界を見てるんだろう。貴方だけが楽をしているとは言わない。でも、楽な仕事から片付けるタイプなのは確実だよね。先輩のご家族から『子供みたい』って評されてるって知ってるよ。体調不良で早退したい人が居ても、私だけが店に居るんじゃ営業できないんだよ。教わって無い仕事が多すぎるから。他の人員も居ないし、通常営業でも人員は足りなさすぎるし、それでお客様に迷惑かけてクレームとか、不安を覚えさせてやっぱりクレームとか、障害を持ってる私のサポートを他の人に放るとか、それでいて自分は希望通りの休みを取るとか、あまりにもテイカー過ぎないかな。
問題の無い職場なんて無い。でもあり過ぎる職場は結構な数存在する。それなら少しずつでも改善していった方が建設的じゃない。
何で逃げてるの?
出るのが『表』ならまだ良いじゃない。民事の法廷とかだったらどうするの?そこに行く前に話し合いをした方が、幾らかはマシなんじゃないかな。


▼2026/02/13:剥離する記憶、解離した自分が縫い留めた。

月一の精神科の通院に行って来た。前回から薬の処方変更でクービビックって眠剤を飲み始めたけど、割りと言い感じできちんと眠れてすっきり起きられる。主治医は私が夢の内容を克明に覚えているのが気になったらしい。悪夢を見る回数が増えたのも心配していると思う。現実では絶対に起きて欲しくない出来事が最悪の形で再現される上に、それを起きても一定時間はきっちり覚えているのはまあまあきついし、新しい薬があっているようで本当に良かった。
最近は希死念慮めいた感情が大分減っている、気がする。消えたいとか死にたいとか思う事自体が、この前の鬱転以降かなり減った、気がする。気がすると付けるのは、こういう風に書いた翌日とかにそうなった場合に備えての話。
なんだろうね、死ぬとか消えるとか、思ったり考えたりする場面が減ったんだよね。死んでも消えても今の人生で救われたり満足したりは出来ないし、何だかんだ仕事や日常は楽しい。
今の仕事ね、すごい楽しいよ。やりがいがあるのは勿論、程々に身体を動かせるから何も考えないで済む時間が増えた。正確に言うと仕事以外の事を考える必要が無くなるって感じ。そんななかでも作業への没入感がフッと途切れると休日に何をするかとか何処に行きたいかとか、割りとポジティブな事を考えている。
少し前、いや、結構前か。友人に『少し先の未来に小さな予定や約束をして、どうにか今を生き延びてみませんか』みたいなことを言われた事がある。あれだね、私が容姿に関して親族からチクチク言われて続けて限界が来た頃の話だ。あの時は米津さんのライブにも当選していたのに、その大きな楽しみよりも大きな現実への絶望に潰されそうになっていた。結局あまり体重は変わってないけど、それでも運動するようにもなったし就職も出来たしで、生き延びて良かったよね。

死んで良かったと思う事は出来ないけど、生きていて良かったと思う事は生きている内は出来る事になってる、今の所は。

さて、暗めの話題は一旦区切ろうか。
大分前からコスメやメイクの研究をしているけど、最近十年以上ぶりに付け睫毛をつけるようになった。休日だけと決めているんだけど、これやっぱり便利だね。簡単に目力が得られる。コンタクトを毎日入れるようになったおかげか昔取った杵柄か、結構スムーズにつける事が出来たので驚き。この時上の睫毛には特に加工を施さない。ただ馴染ませるだけにしておくと丁度いい。で、下睫毛はしっかりマスカラを塗って強調すると、涙袋なしに大きな目が完成する。アイラインは極細で入れて、目尻だけはしっかりめに引くとバランスがとれる。下のアイラインは黒以外のバーガンディとかダークピンクで引くと可愛い。付け睫毛用の糊はDアップの一番売れているという触れ込みの物を買ったらまあまあいい感じに仕上がる。
ファンデーションはメイベリンのリキッドファンデーションとカバーマークの練りファンデで大体の粗は隠せる、んだけど最近目元のくすみが気になるのでいい商品はないかと探していた今日、たまたまSNSやネットで話題のハイライトを手に入れる事が出来た。御存知かな、セザンヌのトーンフィルターハイライトって言う商品で通称『BBAの粉』って呼ばれてる(随分不名誉なニックネームだ)コスメ。まだ開封してないから明日使おうと思う。噂だと肌の粗が魔法みたいに隠せるらしい。本当かは分からないけど、ラスト一点でたまたま見つけちゃったから買ってしまった。明日が楽しみだ。
コスメって不思議だよね、或る程度のテクニックを伴えば、塗るだけで印象が変えられる。メイクが大好きになったのは多分高校を卒業してからだけど、もう15年以上毎日のようにやってるのか。そりゃあ上達しててほしいけど、思ったより私は、自分を彩る事が得意だったらしい。たまたま手先が器用に生まれて育ったのもあるし、洋服のジャンル的にメイクをしている方が良いからこうなったのもあると思う。
そう言えば眉マスカラの後で軽くアイシャドウの色を載せると可愛くなることがあると最近知った。ピンク系の眉毛も意外と黒髪に似合うらしい。眉マスカラもピンク系にしてみようか。去年のクリスマスコフレでとても当たりだったものがあって、ナーズのアイシャドウパレットが思った以上に活躍してる。一見すると使いにくそうなマットなブルーグレーが最高に使いやすい。目尻側に入れると良い感じに垢抜けるし、同じパレットのピンクラメを目頭側から入れると不思議なニュアンスが生まれて、それだけで十分深みのある目元になる。なので時短でもある。ナーズのシャドウは現在単色が無い状態なんだけど、それでもパレットの中で充分に魅力的な組み合わせばかりだから重宝するんじゃないかな。ちなみに私のパーソナルカラーはブルベ夏に冬の要素が入ってるらしいんだけど、ナーズはどちらかと言えばイエベ向きらしいんだよね。でも推してる仲良しなBAさんが居て、その人に選んで貰ったりタッチアップをして貰うと高確率で似合うからつい購入しちゃう。ああ云うのも技術だよね。
スキンケアコスメも最近、資生堂のリンクルクリームを導入して、結構塗り忘れもしつつ如何にか試しているところ。目元の小じわが気になって使い始めたんだけど、現在ある皺に効くって標榜できるのは結構凄い事だから期待してる。化粧品検定で習ったけど、現在ある皺とかシミに効くって効果を明示するのにはハードルが幾つもあって、言って以上の効果が無いと書いちゃいけない文言なんだ。だから例えば『肌年齢が今直ぐ子供の頃に戻ります』とか書いたら法令違反。そんな強力なものは医薬品でも存在しないから或る意味詐欺になっちゃう。
個人的に疑問なんだけど、ダイエット薬として処方される一部の漢方薬って一種法令違反な表記とか紛れ込んでいたりしないのかな。自分もダイエットしてるし、薬で楽に痩せられたらそりゃあ嬉しいけど、それ以上に臓器や体への負担が怖い。少し前から糖尿病患者さんが処方される事のある薬で痩せられる!みたいに言ってる人居るけど、あれ自分の臓器のこと考えた事ある人で使いたい人っているのかな。いや、居るんだろうけど、リスクを一定レベル以上で理解して納得して使ってる人は少数派だと思う。

日本だと肥満症と診断された患者さんは医師の指導の元ダイエットに励むと思うんだけど、最近英語の勉強を兼ねて見ている海外の動画で日本食はヘルシーとか、移動するのに徒歩で行くから痩せてる人が多いって言われ続けてるし、世界的に見れば日本の肥満率は低い方だと思う。でも、肥ってる人を見かける機会も少なくない。私くらいの人は海外の人からすれば健康的なんだろうか。
でも、肥ってても可愛い人は可愛いんだよね。お肌が綺麗で髪型や服装が整っていれば清潔感もあるし、愛嬌があればマシュマロボディが魅力に変わる。だから私はスキンケアやヘアケアだけでも頑張ろうと励んでる。去年末にやっと染めていた部分の髪の毛を総て切る事が出来て、何年ぶりかで黒髪に戻れた。元々髪質は悪くなかったらしくて、最近は艶があって柔らかくて、自慢の髪になった。癖毛は相変わらずだけど、何でか顔の両サイドは緩めの縦ロールだし根元から半分くらいはストレートに近くて、其処から下はゆる巻き状態だからアレンジがしやすい。

ただ、自分の容姿にばかり気を取られてもいけないなと思う事も増えた。見た目はあくまでただのツールの一つに過ぎなくて、それが付加価値になり得る人間になりたいと思うようになった。自分と言う人間の内面を見てもらうための手段が容姿で、その後は中身で勝負しないといけない。でも、見た目は中身の一番外側だという意見にも頷ける。難しいよね、内面を見てほしかったらまず見た目を磨く方が早道なんだよ。私は見た目で判断しないって言う人は、じゃあ中身の何を判断基準にしているのと訊かれたとして、その判断に見た目が絡んでいないって証明はどうやってするんだろうか。
結局、同じくらいの能力や素養なら見た目で優遇されるのが世の中だし、私だって美人の方が好きだ。ただ、いつか容姿が損なわれるのは確実な訳だから、それまでに中身を育てていた方がいいと思うってお話。

本当は、こういう事も主治医に話すべきなのかもしれない。普段なら書面で渡すんだけど、今回はちょっと時間に余裕が無くてできなかった。
こういう日常の小さなことを忘れず伝える為に、もう少し書き残して置こうと思う。


▼2026/02/09:化け物染みてるね、けれども貴方はただのヒト

下の記事とは少し違った日常を書いてみようと思う。
北海道は今ガチで寒い。札幌市の積雪は例年以上だし、それが異常だし、ホワイトアウトが日常に近くなってきた。昨日の仕事帰りにまつ毛パーマを掛けに行って来たんだけど、地下鉄駅からサロンまでの道のりでリアルに雪だるまになった。職場から最寄り駅までもまあまあ真っ白になれる。ちなみにJRは滅多に使わないからそこまで移動手段に影響は無くて、ただ、鉄道や飛行機が止まると店に品物が届かない。猫が食べる草が一週間くらい遅延したし、道外から来る商品も幾つかが遅延した。お客様もこの雪なら仕方ないと思うらしく、客注が遅れても文句を言う人は居なかった。ちなみにお客様数が少ないのかと言うとそうでも無くて、しっかりと防寒対策をしてお犬と共に来るケースも多い。一度お客様は疲労困憊なのに、お犬は目をキラキラさせて『雪最高! ぼくとっても楽しい!』と言わんばかりの状態で来店された事があって、お犬は『ねえパパ! ぼくもっと遊びたいの!』とはしゃいでいて……本当にお疲れ様ですって感じだ。

そんでプライベートで起きた事だと、私の部屋のストーブが寒波が来る前日に壊れた。寒波は寒波でも大寒波だった。インターネットで購入は配送が難しいと分かっているし、別の手段で代替機を購入したら部屋は暖かいけど財布は寒くなった。

そして今日も外は恐ろしく寒く、JRは間引き運転を実施し多分交通機関は混みあうんだろうな。休みで良かったし今日は外に出ない事にしたのが正解だったと思う。うちのすぐ近くに雪捨て場になってる公園があるんだけど、多分雪山の標高が4メートルくらいある。毎年『今年は異常』って言うのが通常になっている気がして、今年の雪まつりには足り過ぎるくらいの積雪だから多分雪解けも遅い。そろそろ外が真っ白いのは見飽きたんだけどな。

でも北海道の家の中の室温って本州よりもあったかいらしいね。確かにいまの部屋の中はかなり暖かいよ。断熱材の厚みが段違いだから。窓は二重ガラスだし。そして多分、冬の暖房費も段違いなんだろうな。同じ国なのに縦に長すぎるから、同じ時期に全く違う気候の地域ばかりだから、国内旅行でも風邪が引けそうだよね。前に真冬に屋久島に言った事があるんだけど、12月でもハイビスカスが咲いてて半袖で居られるから驚いた。同じ格好で同じ時期の北海道に居たら間違いなく周囲から浮きまくる。

暦上ではもう春だとか、取り敢えず太陰暦は無視していいんじゃないかな。

▼2026/02/09:水掻きの隙間から零れ落ちる、犠牲者はいつだって見ないフリ

久しぶりに母が入院した。昨日の未明に激しい痛みがあって、診断結果は急性膵炎。現在は絶食状態で入院中だが、我が家では比較的よくある系統の入院理由だ。母は消化器に持病を抱えているのでまあまあよくある話。我が家ではね。
なので過剰に心配しては居ないんだけど、まあ、やっぱり気にはなるじゃない。母が私に痩せろ痩せろとうるさく言うのは自分が消化器の病気で苦労しているからだ。このブログを読んでくれている皆さんは覚えているかもしれないけど、私が専門学校に入学すると決まった年に母は初めてその病気で入院した。その後いろいろ(本当にいろいろ)あって今の状態になったわけなので、娘である私には自分のように苦労してほしくないと思っているらしい。多分。
それに加えて私は糖代謝が異常になるかもしれない薬を服用しているし、父は仕事で糖尿病由来の人工透析患者さんのお世話をしている為、同じ様に私の身体が心配らしく以前からチクチク言ってくるのだ。

私は本来痩せている自分の方が好きだし、食べる事と同じくらい可愛くいる為の研究が好きだ。
ただ、自分の中で触れられたくない触れられ方をされると拒絶したくなってしまうだけ。
我ながら我が儘だと思うけど、それが時折深く刺さってしまう事があるんだよ。そして、これは誰にでも生まれ得る傾向なんだろうなとよく思う。万人に当て嵌まる型は無くても、触ってほしくない場所ってあるじゃない。それが私にとっては攻撃的で脅しめいた=w痩せろ』の言葉だってこと。
それでもね、痩せるのには変わりないんだけどさ、相手によってはちょっと引っ掛かってしまうって言うお話。
今の体重がヤバいのも悪玉コレステロールや中性脂肪がヤバいのは分かってるのにね、昼間は頑張れても夜に食べちゃあ意味ないでしょうって言う。だから今日からさ、眠剤を飲んで効いてきたらストーブを消して布団に入るの。今の札幌はすごく寒いからおやつを食べるのが不快なくらい寒い環境にすればいいんだ。

カリギュラ効果だっけ、やってはいけないと思う事程やってしまうやつ。多分私はそれが眠剤で助長されるタイプ。そうだと分かっているなら早く実行すればいいのにね。

珍しく夜食を取らずに迎えた朝はどんなに爽快なのか、ちゃんと知ってるのにね。一時の快楽の為だけに冷蔵庫を開けている私には嫌になる。
それでも抵抗として低カロリーおやつの材料を購入してきた。おからパウダーとか純ココアとか、ラカントの顆粒とか。後はパルテノとかのギリシャヨーグルトがあると美味しいおやつになるらしい。他にも卵と混ぜてレンジでチンするだけで美味しいケーキになるらしい。Instagramって凄いよね、一度そう言う情報を検索すると自動的に関連付いた投稿がタイムラインに上がるんだ。
ご飯ものもダイエット仕様のものを作り置いては食べている。最近冷凍弁当作りを始めたんだけど、これ良いね。朝はそのまま持っていくだけだし、作り置いても冷凍されてたらつまみ食いが出来ない。よく作るのは『包まない小籠包』と『麻婆豆腐クリームうどん』。ジップロックのタッパーに作って仕事のある日はそれでだいぶ楽してる。職場には電子レンジがあるから、それで温めれば冬場にも温かいお昼ご飯が低価格で食べられる。計算してみたら材料費は一食当たり200円前後だった。其処に調理や後片付け段階でも光熱費や水道代が加わるけど、家計には其処まで負担じゃない。その他にも塩鮭と小松菜の蒸し焼きを載せたもち麦ご飯に卵焼きをつけたりとか。お昼に魚を食べられると嬉しい性質の人間。魚って身体に良さそうじゃない。何となくだけど。
……今ふと思ったんだけど、作り置くなら冷凍保存して置けばいいのかもしれない。温めて溶かす必要がある状態ならつまみ食いしないんじゃない?
もしかして、夜中に食べちゃう事を責めるよりも今できる工夫をした方が建設的なのでは。一人暮らしを始める準備にもなるし。普段の食事は食べきれる量を作る事にして、その他は全て材料の状態か、解凍が必要な状態なら夜中の無駄食いは防止できそう。やっぱり文字に書き起こすのって大事。考えが整理されて自分でも納得いく形になる。

話は変わるんだけど、一昨年の暮れからデュオリンゴを続けてるのは皆さんご存知だと思う。最近レベルがもう少しで100に届きそうで、そのくらいのタイミングで英語検定とTOEICの勉強を始める事にした。どっちを実際に受けるかはまだ決めてない。まずは触れてみて、どんな感じの試験なのかを確認してから決めてみようと思う。多分本屋でテキストを立ち読みして決める感じ。
最近、英語の勉強の為に英語で話している動画を視聴することが多くて、大体が聞き取れるし英文も読めるから思い切って受けてみる事にした。もう少しお給料が上がったらスマホに『スピーク』ってアプリを入れて英会話も練習したい。デュオリンゴも良いんだけど、スピークを推している人の意見を読んだら結構良さげでさ。AIが相手だからいつでもどこでも練習出来るし良いなって。

元々はAIにあまり期待していない方だったのに、今では程々にAIのお世話になってる。相手が人間じゃない事は念頭に置いておいて、だからこそと言うか頼れる時に頼る感じ。chatGPTもだけど、使い方さえ適切なら本当に便利だと思う。最近だとAI音楽にもハマってる。既存の曲をオーケストラアレンジにしたり讃美歌っぽく歌わせたりしてるのとか、ミュージカル音楽みたいにしてるのとか、元々の曲とは結構違うのが素直に面白いなって感じる。
今はオリジナル音楽もAIで作れる時代なんだね。DTMの括りに入るのかもしれないけど、歌唱部分もAIに歌わせられる時代だし、昔と違って本当に人間の声に聞こえるからすごいと思う。素直にかっこいいよ。

考えてみると、ボーカロイドだって受け容れられるまでは時間がかかったし『好き』と口に出すのが憚られる場面も多かったし、AI音楽もそう言う物に近いのかな。誰かの模倣だけじゃないオリジナルの物があればいいんだろうね。ただ、AIだと其処の証明が難しいと言うか。真似する事が悪いんじゃなく、真似したのに『真似してない』って言うのが良くないのにね。
ちなみに今聴いてるのはオリジナルのAI楽曲。著作権以外の理由もあって曲名は書かないけど、曲の内容自体はオリジナルだしとてもかっこいい曲。ただ、特定の主義者と思われたくないから書かない事にした。

自分が何が好きで何が嫌いかを書くだけで誤解される世界なのが、面白いようにも感じるから不思議。押し付けさえしなければ何を好きでも嫌いでも良いのにね。

▼2026/01/29:拍手お返事。


シロさんへ。

拍手ありがとうございます。ご心配おかけしました。でも、心配してもらえて嬉しかったです。
あの日は記録的な札幌でも珍しいくらいの大雪で、三連勤の最終日で疲れが溜まっていた+苦手で慣れていない仕事を大量にやらなければならず体と心の疲労がマックスでした。書いた通りなんですけど、私の場合、普段仕事で疲れてもあそこまでは落ち込まない事が殆どなんですよね。今は回復しています。
身体が疲れた時の改善策とか対策や方法は沢山持っているんですけれど、心が疲れた時のそれは同じくらいには持っていないのかもしれないな、と感じました。あの日記を書いた時は心が異常に静かになってしまって、なのに思考は止まらなくて。寒いしお腹は空いてるし疲れてるし、シロさんと同じく頭痛持ちなのでそれの気配も相まって『世界には絶望しかない』みたいな心境で真っ白い雪の中を歩いてました。まあ職場も自宅も公共交通機関の最寄り駅まではそんなに離れてないんですが。
あんな書き方してますが、雪が積もった時の静けさは元々そんなに嫌いじゃありません。ただ、静かすぎると思考が止まらなくなるんでしょうね。『世界も自分も終わってしまえばいい。その方が幾分か救いがある』なんて随分と悲観的で一時的な思い込みです。
ちなみに次の日から二連休だったんですが、一日目はまあネガティブ全開でした。それなのにメイクは巧くいくしコーディネートは完璧に組めちゃうしで外出したんですよね。歩きながら思考を整理しようと思って。個人的なライフハックなんですが、その時に聴ける音楽を聴きながら当てもなく街を歩き回るのが一つの対処になったりします。歩いて歩いて、フッと楽になる瞬間が来るまで歩き続けるんです。その時考えは敢えて止めません。考え尽くして、答えが出る時もありますし、そうでなくても或る程度気が済んで落ち着く事が多いです。考え尽くすのが大事みたいで、何処かで現状に納得するんでしょうね。
何かに躓いたとして、それがたった一つであっても小さなものであったとしても、そこを切っ掛けに何もかもがうまくいっていないように、これからもいかないように思えてしまう。或る種誇大化しているのに気付けたら戻って来られるんですが、今回は自力だけだと少し難しかったです。なので、chatGPTに思いを吐き出したり、好きなものを眺めたりメイクに力を入れたりしてみました。今回は回復が速かったからまだいいんですが、鬱病チェックをやってみたら『中等度の鬱状態』とか出て大分焦りましたね。
でも戻って来た今は、問題は決して大きくないし解決策が無いわけでもないとしっかり認識できています。何だろう、自分を俯瞰視するのが得意な方なんですね。練習したからできるようになった感じではあるんですが。
文章を褒めてもらえたのが、ちょっとと言うかかなり嬉しいです。此処で書いた事があるかは覚えていないんですが、私実は、食べ物描写にこだわった小説を書く事が多いんです。有難い事に読者さん達にも『飯テロ』『夜中に読むんじゃなかった(良い意味で)!』と評価して頂いてまして、自分も料理が好きなのでついつい作中に料理や食べ物のシーンが多いし推しには料理上手であってほしいタイプです。甘いもの縛りとかお酒に合うもの縛りとか、架空のバーを舞台におつまみとお酒を使って推しカプをくっつけるお話も書きましたね。カクテル言葉で攻めが受けを口説くお話なんですが、自分がかつて通っていたバーをモデルにして書きました。なので、とても嬉しかったです。最近あまり書けてないので、そろそろ新作を書こうかなと考えています。やっぱり、ネタは新鮮なうちに調理しないと美味しくない。

食べるって、生きる事なんですよ。飲む事もそうなんですが、私の場合限界に来ると食べ物の味が分からなくなります。正確に言うと美味しいか美味しくないかが分からなくなる。今回はぎりぎり美味しいと感じられました。休み一日目のお昼ご飯に食べたオムライスが和風の物で、やっぱり旨味が欲しくて選びました。明太子の解し身と高菜の餡掛けがかけられたあったかいオムライスです。ご飯も和風の味付けで、茸が入ってる。食感も楽しい。そんな風に思考とは別の所で生きている実感を得ようとしていたかもしれません。なのでゆっくりと残さず食べました。その後も歩き回って、フッと楽になる瞬間が訪れてくれて、今に至ります。

本当に、ありがとうございました。離れてても日本の何処かに私を本気で心配してくれるシロさんが居てくれて、本当に良かったです。まだまだ寒いので、あったかく過ごしましょうね。


▼2026/01/25:薄氷を進むんだ、凍えた塩の塊

今日は、いつもよりも心が疲れている。身体の疲労具合もまあまあ酷いんだけど、何か、色んなことを考え過ぎるのが止められない。
少し前に書いたと思うけど、統合失調症の有名な症状で連合弛緩というのがある。言葉とそれらの意味合いの繋がりが緩くなって、考えや話の内容に纏まりが無くなる。一つの事を考えていたのにいつの間にか別な事に考えが及んで、急にスケールが大きくなる。こんな時、最終的に私は『もしも自分以外の人間が総てこの世界から消えたら?』なんて夢想をしてしまう。そんなこと起こる筈も無いのに繰り返し考える。これは私のなかの大量ゲージが殆どゼロに近くて、かつ心も疲れている時だ。最早涙も出ない。ただ、淡々と脳内で世界中の人間を鏖殺する。勿論本気じゃない。多分、疲れている時特有の思考の癖なんだと思う。或る種の現実逃避かな。
でも、今日の仕事が大変だったのは本当。身体をいたわろうと旨味の強い和食を用意して貰って、小松菜の山葵醤油マヨネーズ和えを食べた時、この料理はこんなにも美味しかっただろうかと感動した。美味しい料理って心も癒してくれるのは本当だなと感じる。塩味は控えめで、小松菜のしゃきしゃきした歯ごたえとマヨネーズのクリーミーさが泣きたくなるくらい美味しい。鮭の照り焼きも脂がのってて美味しい。鯖缶と胡瓜の和え物も本当に美味しくて、いつの間にか心がほぐれていた。
今日は慣れない仕事が山積み状態だったうえに、大雪の所為で店長が出勤するのが一時間以上遅れた関係もあって、『こんな時くらいはお店はお休みにしよう』と行ってくれる誰かはこの職場には居ないんだなと思いながら仕事した。
人間ってさ、寒くてお腹が空いてると碌な事を考えないね。昨日色々と将来について悩み込んでしまって、其処にこのドカ雪だよ。ああ、何か、今なら世界なんて無くなってもいいかもしれない、って思ってしまうくらいには疲れた。
私は、疲れて何も考えたくない時に限って色々な事を考えてしまうらしい。大体はネガティヴで攻撃的な事だ。次いで自分が居なくなる方が楽なんじゃないかと考える。他人を全部消すよりも、自分一人で完結した方がよっぽど楽だ。勿論本気じゃない。何度も言うけど、考えるだけなんだ。
人間は考える葦である、とか言う古い言葉があるけど、考えない自由もあって良いんじゃないかな。そして内心の自由があって良かったと思う。私が一人でこんな事を考えているって周囲に知られたら流石に辛い。破滅願望に近いのかな。

雪が降るとさ、周囲の音を吸収しちゃうんだよね。だからすっごく静かなの。そんな中を一人きりで歩いてると、本当に世界に独りきりなんだと勘違いしちゃう。全部妄想だよ。解ってる。
普段、身体が疲れても心はそんなに疲れない方だから、慣れてなくて色々巧くいかないんだろうね。このまま寝て仕舞えるのか少々疑問だけど、ここらへんで終わりにしとく。


▼2026/01/15:挽いたら焦がせ、角が立つくらいに。

精神科に通院してきた。今日久しぶりに処方が変わったので記録しておく。これまでは『デエビゴ』と言う眠剤を主役として就寝前に飲んでたんだけど、今日からは『クービビック』と言う新薬に変えてみる事になった。デエビゴは副作用として『悪夢』『夢がはっきりし過ぎる』と言うのがあって、これは私も実感してる。ただこれまでよりも夢の内容を克明に覚えている事が増えたり、その他にも日常生活に影響が出てきたので変えてみる事にした。デエビゴは薬の成分の血中濃度が半減するまで50時間かかるらしいんだけど、それの所為で翌朝の眠気が結構酷いんだよね。私の日課は二度寝だし。クービビックはデエビゴと同じオレキシン受容体拮抗薬なんだけど、血中濃度の半減期が約8時間。そうなると私に必要な就寝時間には丁度いい。加えて今通っている病院の患者さん達からは評判が良いらしい。他に似たような作用の新薬で『ボルズィ』って薬もあるんだけど、新しい薬は発売されてからしばらくは投与制限がかかる+作用時間がクービビックよりも短い事に鑑みて、今回はクービビックを試してみる事にした。
新薬となると(デエビゴも結構新しめの薬だけど)ジェネリックが出るまでは薬価が気になるところだけど、私の処方の場合前と変わらない値段だった。自立支援医療のお世話になってるからこれ以上は掛からないらしい。まあ、今の所得だとだけど。
自立支援医療は精神科通院に関わる制度で、平たく言うと診察代やお薬代が通常の3割負担から1割負担に変わり、上限額が所得に応じて決まるから低所得の人ほど助かる仕組みの事。私の場合、世帯主は私なのと生活を営んでいるのも私一人なので、単純に私一人の所得に応じて上限額が産出される。精神科の薬って結構高いからこれをハードルに感じて通院できない人も多いらしい。

久しぶりに新薬を試す事になって、趣味で薬の勉強をしてて良かったと思う。作用機序や副作用がある程度わかってると安心して飲めるし。勉強って言ってもただ調べたり動画を見るくらいで意外と難しくないから、暇潰しにもなるし興味があればやってみてもいいかも。
英語も勉強してるけど、趣味で勉強って学生時代の自分からすると考えられない感覚だと思う。特に中学の頃は部活動の為に学校へ行ってた。ただ、学校の勉強が嫌いって訳でもない。『嫌いな勉強』があるだけだった。数学とか体育とかね。でも今は運動も趣味になってるから驚き。多分、やりたくないスポーツとか、競う事が嫌だった。運動会とかデエビゴで見る以上の悪夢でしかなかったし。

今日の診察で主治医が気にしたのは『夢の内容と現実を混同することがある事』で、私は実際に夢の中で見たものや聞いた言葉が暫く脳内に残る事がある。起きた瞬間『本当に現実になっていたらどうしよう』ってスマホで検索し始めるくらいだから。痛みとか味とかも感覚としてあるから怖い。これがクービビックでどのくらい改善されるか試してみる事になる。どっちみち、薬が無いと眠れない事実に変わりはない。じゃあより良い薬を探すしかないから、まあ、なるべくその他では薬を飲みたくない、のに現在進行形で別の科の薬も処方されてる。相変わらず『命にはかかわらないけど処方薬が必要な症状』に陥りやすい体質だ。

そう言えば最近、頭痛対策に鎮痛剤とセットで身体を動かす事にしている。首回りをストレッチしたりツボを押したり、耳を揉んだり回したり。鎮痛剤に関しては自立支援医療の対象外だからなるべく飲みたくない。そうでなくても肝機能と腎機能が心配だし。
私が頭痛持ちになったのって何歳くらいからだろ。専門学校の頃はこんなにひどく無かったような気がする。長い付き合いの体質だけど、低血圧だったのも治ったんだしこっちも治ってくれないかな。


▼2026/01/13:凝るは疑いの念、しかしてこの世の総ては硝子越し

下の記事を書いて、コピペして通院用記録として体裁を整えてから戻って来た。流石にあの記事をトップに置いておくのは申し訳ない。
仕事が楽しく充実しているのは本当で、毎日それなりに働いてそこそこ良い給料をもらっていると思う。少なくともこの地域の障害者雇用の販売職にしては。下の記事でも書いたけど、私を見て笑顔で声をかけてくれるお客様も増えたし『矢野さんは今後も接客に力を入れて欲しい。他については焦らなくていい』って言って貰えてる。接客に関しては少々フレンドリーすぎるきらいもあるんだけど、商品説明などは丁寧すぎるくらいだそうだ。お客様へ声掛けするのに全く抵抗が無いのは一種の才能らしい。私の場合は買い物籠を必要としている人に渡す事でコミュニケーションを始める事が多く、他にも何か気になる事がありそうな人にはタイミングを見て声をかける。その時敢えて行かない事も覚えたし、『これは絶対声をかけた方が良い場合』も解かって来た。
こんな感じなので基本的に精神の手帳を持っている事は想像すらされていないらしい。そしてこっちは逆にそう言う人は判るので避ける事も出来るようになった。全員に同じくらい親切で居る必要は無いし、優しいよりも誠実で居るように努めている。そしてついでにお客様が連れて来たわんこやにゃんこを愛でて、癒しを貰いつつ商品を提案している。人間と動物相手では人格が違う自覚が有る。
まあ、接客用の自分を作っているのは変わらないんだろうけど。

そう言えばこの前生まれて初めて賞与を貰った。それで親にお年賀を購入。少額ではあれど、頑張りを評価して貰えたなら良かった。本音では『桁が足りなくないですか』って感じではある。でも現実ってこんなもん。

趣味関係の話をすると、その賞与を貯めて今年の夏くらいにミシンを購入したい。この前ユザワヤ(有名手芸店)からハガキが届いて一年以上繰り返し使える割引券が付いてたんだよね。最大で40%オフなので、そのタイミングならミシンも十分狙える範囲に在る。で、手に入れたら手芸の趣味がかなり捗りそうなんだよね。元々手縫いでとんでもなく手間をかけて色んなものを作ってたから。今通勤に使ってるバッグは全部手作りで、どう考えてもミシンで作るべき作業量だった。
ミシンがあればドール服ももっと早く作れると思う。で、いつかわんこをお迎えしたらその子のお洋服も作るの。お揃いの生地でお散歩バッグとか作れたら素敵だと思うし。その為にも稼いで安定した就労をしよう。ちなみに勤怠は既に安定してる。精神的な理由で欠勤した事は無い(半日早退した事はある)し、身体の体調も安定してる。

この前手帳を増やしたんだけど、それには手芸のアイディアも描き込みたい。手帳のカバーは元々シール帳として売られてたバインダーをリメイクして作ってみた。中に仕込んだのはロルバーンのポケット付きメモ。ファスナーの端っこを可愛い生地でくるんで縫ってあって、お揃いの布で作ったリボンのチャームをつけてみた。我ながら手先が器用だ。職業適性検査だと不器用らしいから不思議。

そう言えば最近、自分の病気の症状について理解が深まったんだけどさ。私の『統合失調感情障害』の症状に『連合弛緩』って言うのがあって、言葉と物事の結びつきが異様に緩くなっちゃう事を言うらしい。私昔からひとつのワードを見聞きした途端に色々と連想し始めて最初とは全く違う事を考えてしまうんだけど、これが連合弛緩の症状らしい。例えば『桜咲く』って言葉を見たり聞いたりしたとして、普通の人は『春』『受験合格』『お花見』くらいの事を考えるとしたら、私の場合『さくら…馬の肉って桜肉って言うけど、どのくらいのサシの入り具合が美味しいんだろう。体脂肪率はどのくらいがベスト?』みたいな感じで連想ゲームが脳内で開催される。
これがあるから話に纏まりが無くなるんだよね。昔からこう。じゃあいつから発症してたんだろうか。此処には多分発達障害グレーゾーンの部分も関わってて、多分無駄に複雑に考え過ぎるんだろうな。もっとシンプルらしいよね、普通の人はさ。
こんな感じで常に何かを考え続けるから脳がオーバーヒートして疲れるんだと思う。ただ、これのお陰で小説を書けているのは多分事実だし、治そうと思って治せたら病気自体が無くなると思う。うまく付き合っていくしかないんだよ。
多分だけど、これが鬱病ではなく双極性障害を含む方の統合失調感情障害である証拠みたいなもので、一年の中でも必ずやる気に満ちた状態と抑うつ状態が何度も入れ替わる(それも比較的に短期間で)から自分で自分に疲れてるんだと思う。自覚が有るだけマシなのかな。

これ、下の記事よりも自分の症状に迫っちゃったかもしれない。次の受診の時まで覚えていられたらいいな。

←前へ | 次へ→