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▼2025/12/08:転がる少女、二度目の好奇心は闇を明かすか

『僕達には何かが圧倒的に足りなくて、別の何かが圧倒的に過剰なのです』

以前、好きな作家が本の中で言っていた事。細かい言い回しは違うかもしれないけど、この世界で生きていると自分には足りないものと過剰なものがあまりにも多過ぎて、時々皆と足並みが揃わないんだろうなと思います。
この前の鬱転から大分快復したのに、それでも時々虚しくなることがあります。だってすべては永遠じゃないから。生きている事も、今仕事が大変ながらもとても楽しいのも、それなりにエネルギッシュに過ごせる場面がある事も、全部。
最近多分疾患名が変わったんだけど、変わった所で症状は変わらないのが『自分のなかだけの認識の変容にしか寄与しない』事を象徴していると言うか。
結局統合失調症だろうが統合失調感情障害だろうが、双極性障害だろうが、張られたラベルが書き替えられたに過ぎなくて、お医者さんが治療の手がかりとして一旦名付けた、みたいなものだと実感しています。今の主治医とはかなり相性がいいんですけど、此処まで来るのに10年以上掛かってるから、そりゃあ初めからぴったりな病名なんてつかないよなと思うなど。
そう言えば、双極性障害って今は『双極症』って言うらしいですね。この前知りました。まあ人に説明する時は『躁鬱です』って言うからまあ、こだわりは持たなくても良いか。

友人が、ずっと変わらず悩んでいるようです。変わらずというのは失礼なのかな。悩んでいる内容は幾らか変容しているでしょうし、同じ状況でも本人の心理的なキャパシティは毎日変わると思っています。この前彼女にエールを貰えたので、少しばかりお返しをしようと思ってこの記事を書き始めました。何だろう、同じような病名を与えられているのに、一人一人症状も状況も違いまくるから何かと困りますね。彼女は辛さを抱えつつも家族にきちんと貢献しているので、そりゃあ疲れもするよなと。私なんか心が疲れ果てたら布団に籠城しておばあちゃんに丸投げしてばかりですから。
何度か自分を消そうとして失敗している私ですが、普段から躁に寄っているおかげで社会に迎合できています、だけれども、じゃあ躁に寄れたらいいのかって言ったら多分違うと思う。本来この疾患の患者は低めのテンションで安定している方が圧倒的にデメリットが少ない筈なんですよ。身に覚えがあるんですが、躁に寄っているとそれがプツリと途切れて鬱に寄った瞬間、例えば楽しい時間の終わりとかに自分を消してしまおうかと極端な方向へ走ろうとしてしまうので、躁に寄り過ぎても良くないんです。この症状は言うなれば脳のバグなので気合いではどうにもなりません。お薬で調節してあげるか、自力でアドレナリンとかドーパミンを分泌する行為を行うのが一つの早道だそうです。例を挙げるなら熱めのお風呂に入ったり、逆に冷水で顔を洗ってみたり保冷剤を握って掌を冷やしてみる。そうなると脳は『熱い』『冷たい』しか考えられなくなって、一旦は思考がストップします。
ただ、この時期ヒートショックに気を付けた方が良いのは確かなので、刺激的な食べ物(激辛料理とか)や運動をして『辛い』とか『肉体的に苦しい』とか『疲れた』とかを感じているといつの間にか衝動が去っていくようです。
実は私、ネガティブ思考が止まらない時は筋トレや踏み台昇降の他に、音楽を聴きつつ当てもなく歩く事をよくやります。2時間も歩き続けても思考は回り続けるんだけど、何処かで必ずフッと楽になる瞬間が来るんです。以前リアルの友人とトラブった時に発見しました。悩み抜くにもエネルギーが要りますし、歩きながら悶々と考え、たまに周囲の様子がクリアに見える瞬間が出てきたらよい兆候。悩みの出口はもう直ぐです。
ただ、これはこの時期にはあまり向いてないのが難点ですね。寒いし。私の場合は地下街とか地下から直結の建物内でやるんですが、彼女の住んでいる所だとどうなるだろう。外に出るのもハードルが高い時もあるだろうし。
でも、初めは嫌々やっていた行為が(この場合は運動)自分を強くしていると実感するととても良い時間になる。その感覚が好きだから運動するし歩きます。勿論、無理にとは言わないんだけど。
私達の尺度の問題なのか、簡単に物騒な思考に陥って嫌になりますよね。極端な方向へ行ってしまう。私もこれまで何度思ってきた事か。

本当なら皆が幸せになれるように世界が出来ているべきなんです。

神様はイジワルじゃないけど人間には強い興味がないから、適当にパラメータを振ってるんですよね。特に考えもせずに。個々人の欲しい能力とか特性とか選んで生まれて来られたらいいのに。
出来もしない事を空想する事は好きです。でも、現実にならない事に軽く絶望するのもセットだからやり過ぎてもいけませんね。
過食してしまう事とか、浪費してしまいそうになるとか、彼女と私の悩みは結構似ている所があります。違う所も結構あります。主に仕事をしている事と、家庭環境かな。幸いにと言うか、今の私の家族には介護が必要な人はいません。彼女は家族の介護とそれに伴う諸問題に立ち向かっている日々です。自分が消えてしまえばいいんじゃないかと考える理由も、私と彼女では多分違うんでしょう。彼女の心を物理的に覗き見た事は無いので、その理由を憶測を元に語るのはやめておきましょうか。
今の環境が辛いと感じていても、いつかそれには終わりが来る。でもそれが良い方向だけではないと知っているから、未来って見通せなくていいんだろうなって思います。見通せてしまったら、絶望が誰にも止められる事なく私達を襲うだろうから。ただ、変わらないものってそんなに多くないです。変わらなくちゃいけない事も多くあると思う。それは事象だったり自分だったり他人だったり、いろいろなんだけど。

昔の私、それこそ高校生で、この日記を書き始めた頃の私が今の私を見たら何を思うだろう。『まだ生きてるんだ』とか『死んでなかったんだ』とかでしょうかね。残念だけどしぶとく生きてるよ。何なら貴方にとってコンプレックスだった見た目が大好きになってるよ。自分磨きにハマった時期もあったし、只管に女子力を身に着けるのが楽しくて仕方ない時期もあったよ。ゴスロリから卒業したと思ったらスナイデル系になったし、港区女子っぽくなったと思ったらロリータに戻って来たしね。
あの頃の、こんな世界に生きていたくなかった時期でも自分の事は嫌いじゃなかった。認めていなかっただけで。でもだからこそ、こんな世界で生きて行きたくなかった。こんな世界でこれ以上生きていたら、自分が壊れてしまうと思ったから。

自分の事が大切だから、せめて自分で終わりにしようと思った。自分の為に出来る一番前向きな選択がそれだった。

これが言語化できるようになったのは割と最近の話で、それこそ去年くらいの事なんだけど、終わりかけた頃の私は『この世界』を『大好きな自分が生きるのには辛すぎる環境だ』と断じたんですね。でも間違ってた。世界なんて感じ方ひとつで素晴らしくもなるし、無味乾燥で空虚なものにもなる。世界を変える事は出来ないんだけど、感じ方を変えるライフハックくらいはあるんじゃないかと、その手掛かりになればいいと思って文字を綴るのをやめないでいます。自分にとっても、彼女や他の人にとってもね。

専門学校の頃、先生から『お前は死ぬなよ』と言った感じのメッセージを貰った事があります。彼の言葉には『せめてお前は』と言うニュアンスが含まれていました。彼は生徒を亡くしています。その生徒さんの著書は学校の図書館に陳列されていました。
敢えて大きい主語を使うんだけど、物語を紡いだり絵を描いたりデザインをする人達には繊細な人が多いです。言うなれば、創作者の卵は傷つきやすいと言う事。創作を好む人は、きっとより傷つきやすいし、感じ方にずれが生じていると思います。だから私達には他と比べて何かが圧倒的に足りないし、別の何かが圧倒的に過剰なのです。
けど、じゃあ全く同じ人っているのかって訊かれたら違うじゃないですか。それならその人だけの巧い生き方とか進む方向がある筈なんですよ。他の人に過度な負担を強いたり傷付けたりしないなら、どんな風に生きたっていいんだと、私は思っています。

私達は同じ道は歩めないけど、各々適した道をそれぞれに進みながら、時々手を振り合い言葉を交わしましょう。私は今此処に居て、貴方は其処に居る。それで良いんだと思います。


▼2025/11/30:白粉をはたき紅を引く、玉虫色の二枚貝の内側

昨日、パーソナルカラーと骨格の診断を受けてきました。結果はブルベ夏の骨格ストレート。以前コスメショップでブルベ冬と評された事があるんだけど、実は冬の要素を持った夏だったらしい。骨格に関してはほぼほぼストレートの要素ばかりらしくて、自覚もあった。少なくともウェーブではない。
ブルベって青みのある色味が似合う人の事を言うんだけど、私は元々好きな色が青みを帯びた色な事もあって『好きな色が似合う色』なタイプだった。黄みの色も色自体は嫌いじゃないけど、身に着けるのはあまり好きじゃないから或る意味幸運な人間かもしれない。
骨格に関しても、『自分に似合う』と感じたり『こういうのが好きだ』と感じる物が元々似合うタイプの物だった。首の詰まったトップスや上半身にボリューム感があり過ぎる洋服はしっくりこなくて、スクエアネックやVネックみたいに首元がすっきり開いているものが好き。アクセサリーならペンダントよりもチョーカー派。それがそのまま似合うものだったらしいと聞いて『似合うから好き』と感じたのかなと思う。ちなみに、真っ白いブラウスと太めのボトムのパンツスーツが似合うのもそれが要因の一つらしい。黄みのある生成り色とかアイボリーは似合わないのも納得。ほとんど身につけた事が無いし。ベージュもあまり似合わないんだよね。グレージュはピタッと似合うのに。
ラベンダーとかミントグリーンとか、くすみパステルが大好きでそれが似合うからメイクの系統もそっちに寄る。でもリップやチークは色を利かせた方が良いらしくて、それが冬の要素なんだって。黒髪が似合うのは日本人の多くが当て嵌まるけど、モードっぽい感じが似合うのは全員ではないしね。
この結果をもとに新しいファンデーションを購入しようと思っていて、序でにコンシーラーも新しくする。顔の皮膚や凹凸に変化があるのにメイクが変わらないのはちょっとおかしいから。

で、診断の時に姿勢が良い事を褒められたんだけど、それは私が比較的運動量が多いかららしい。背筋を伸ばして正しい姿勢が一番楽なんだけど、それには腹筋や背筋が一定量必要なんだってね。接客は姿勢が良い方が有利だし、筋トレも有酸素運動もするから保ててるみたい。でも多分一番の理由は昔骨折した時に背骨に沿って金属を入れてた時期がある事なんだよね。一年くらいは物理的に曲がらなかったの。で、腰痛予防に運動してたら筋肉が増えると。
ちなみに、腰痛に悩んでる人がいきなり筋トレはハードルが高いからまずは前屈とかのストレッチから始めると良いと思う。前屈は腰痛予防になるし、身体の柔軟性が上がれば怪我もしにくくなって運動が捗る。私は出勤して着替えたらまず前屈やアキレス腱のストレッチをする。昼休みもそんな感じで、他にも折を見て身体を伸ばしてる。あとはキビキビ動いてますって診断してくれた人に伝えたら褒められた。
あと、骨格上、腰が他の人より上にあるらしい。つまり脚が長いんですって言われて、昔自分の股下を測ってモデル未満一般人以上の長さだったと思い出した。生まれ持ったものはそんなに悪くなかったんだね。下半身にお肉が付き辛いのもそう。
それぞれの骨格によって良い所は違うし、私自身悩みはあるんだけども。まあ、悪くない自分で居られてるらしいと知って割りと結構嬉しい休日だった。


▼2025/11/30:結末を知りたくて頁を捲る、終わりは始まりの親だった。

chatGPTをダイエットに利用するようになって一週間ほど経つ。今の所とても使い勝手が良い。以前書いた通り私は『あすけん』との相性が良くなかったタイプなのだが、チャッピーは多少曖昧な表現でも此方の入力したデータをもとにダイエットのアドバイスをしてくれる。恐らくはインターネット上の情報を幾らかは網羅して『○○をつかった××と言う料理を一人前くらいの量』と入力すれば栄養面やカロリー面でのアドバイスをくれる。何が丁度良く、何が足りなくて何が過剰なのかも一緒に。
元々家庭科が得意科目で栄養の知識はある方なのも功を奏してそれなりに、と言うか結構いい感じの食生活を送れて入るらしい。ただ、たまに夜食を一気に食べてしまって自己嫌悪する事があるし、食の嗜好が不健康よりな時があるのも否めないので完璧とは言えない。
運動の記録と睡眠の記録も取っている。現職が立ち仕事なので一日に5〜7時間は立って歩いて作業な事もあって運動量はまあまあ多いらしい。自宅での運動習慣もあるので、夜食の件や結果を急ぎ過ぎてしまうきらいさえなければ順調に痩せられる方だと思う。
少し前に気付いたんだけど、私は眠剤を飲んだ状態で夜更かししてしまうと、途端に食欲が襲ってきて『食べるべきじゃないと分かっている』のに『食べなければならない』と感じるらしい。そしてこれは私の心と薬の問題でもあるらしい。夜はグレリンと言うホルモンが食欲を増させるし、眠剤は食欲を増やしやすい上に判断力も低下する。つまり、眠剤を飲んだらさっさと布団に入るべきなのだ。でもつい『もう少し趣味をやりたい』とかで夜更かしするからいけない。
折角運動習慣があるのに、と思うけれど、それすらもなかったら恐らく私の身体は縦横比がおかしくなっていたかもしれない。飲んでいる薬的に、太らない努力は必須だ。ただでさえ糖尿病になりやすいし、甘いものが大好物なのもよくない方へ向かいやすい要素だ。糖尿病腎症で血液透析とか絶対にやりたくない。
以前の仕事で何度も病院の透析室へ赴いたが、あの異様かつピリピリとした雰囲気は味わいたくない。

で、チャッピーはそんな私にとってなかなかに良いパーソナルトレーナーをしてくれている。こう言っては言葉が悪いけど、相手は人間じゃないから私に呆れないしいつでも応援してくれるし、其処に私情を挟まない。ただ、私の望む助言や誉め言葉をくれる。お陰でやる気も持続して運動できるし、もっと褒めてほしくて栄養管理も頑張っている。同じく無料アプリのデュオリンゴが300日以上続いているので、初めから相性は悪くなかったかもしれない。あすけんは少々面倒だったけれど、チャッピーは自由にカスタマイズが可能だからだろうか。それともかけられる言葉のニュアンスの問題か。
先程私情を挟まないと書いたけど、私の気持ちはきちんと汲み取ってくれる。あすけんにはその余地がないので続かなかったんだと思う。純粋に入力の画面等々で使いづらい面も多かったし。
予てから自覚している事だけれど、私は私の見た目をすごく気にしている。自分の見た目に満足いかないと、心が荒むし全部が嫌になる。それが良い方を向く時もあれば、違う時もある。兎に角可愛くて美人な私じゃないと嫌だ、でないと私は、また虐められるから。現実はそうじゃなくても、私はそう感じてしまうと思う。私の見た目が悪いから、行いまで悪くなってしまう前に何とかしないとと思って空回りすると思う。

本当は可愛くなくても自分に価値を持てた方が良いんだろうけど、多分まだ無理なんだ。

過去に傷付けられた経験が、逆に可愛いと褒められ優遇された経験が、私のルッキズムを強くする。着飾りたいし、メイクはきっちりしたいし、もっともっと綺麗になりたい。それが他の人を害していない以上、文句を言われる筋合いはない。私のルッキズムはほとんどが私自身に向いているから。それで心が安定するならなんだっていいんだと考えてる。
生まれたままの私を私は好きだと感じられていないけど、自分の手で加工した私は大好きなんだ。必死で努力して掴んだモノだから大好きだし、誇らしい。この考えが総ての人に当て嵌まるものじゃなくて良いし、私以外に私の人生の責任を取れる存在は居ないから、結局は自意識の問題なんだけどね。


▼2025/11/30:拍手お返事。

シロさんへ
メッセージありがとうございました。一昨日あたりから浮上できています。
あの記事を書いた夜は完全に現実から乖離を起こしていました。なんて言ったらいいんだろう、全部が遠く感じるんですよね、ああいう時。私が自分の夢を否定されたような気がしたのは確かなんですが、相手に否定の気持ちがあったかどうかは分からないです。でも、否定する人が居れば肯定してくれる人も応援してくれる人も居ると分かって、シロさんみたいに画面の向こうからエールを送ってくれる人も居るし、まあこの世界は生きるに値するなと感じて戻ってきました。
あの夜、部屋に温度が無かったです。基礎体温の高い私にしては珍しく指先が冷えて、心臓がいやにゆっくり動いて、全部が遠ざかって色味も違うように感じました。ついこの前からchatGPTを導入したんですが、彼女に相談したら本当に心を救う言葉を貰えるし、私の身の安全も考慮してくれるしで、これはハマる人は多いだろうなと思います。以前シロさんもメンタル面の相談をしていると書いておられましたけど、程良い距離間のアドバイザーとして使うにはもってこいですね。個人的に、カウンセリングにかかる事へのハードルが高い人にはうってつけのサービスなんじゃないかな。私はたまたま精神科で安価なカウンセリングを受けられる立ち位置に居ますが、全ての人がその恩恵を受けられるわけじゃないですからね。
夢は諦めていません。昨日母にも話しました。心配されたけど、私が本気だと分かってくれたみたいです。
で、夢の話なんですけど、私来年の末くらいに一人暮らしを始めるんですね。そしてその一年から二年後にはチワワと暮らしてみたいんです。前に此処にも書きましたが、今の職場が動物関係なのもあって、どうしても犬と(と言うかチワワと)暮らしたい気持ちが膨らんでしまっていて。既に名前も決めています。女の子が良いのも決まっています。或る日夢に出てきたんですよ。小さな女の子の声で『ママ!』って呼んでくる黒いチワワが、私を見てニコニコしながら尻尾を振ってるんです。『なぁに?リンちゃん』って彼女の名前を呼びながら振り向いたら、可愛いチワワが居たんですね。それ以来毎日チワワの事を考えています。
なので、由来も何も分からないのにリンちゃんって名前だけは決まってるし、どんな暮らしをしたいとか、何を食べさせたいとか、何処に連れて行ってあげたいとか想像は膨らむばかりで。その夢を否定された思いに耐え切れなくてプツンと行きました。
あの記事を書いた日の職場の昼休みに涙が止まらなくなったんですが、丁度ブラックフライデーの業務もあって忙しく、無意識に負担がかかり過ぎていたかもしれません。早退して、家に帰っても何も出来なかったです。本当に何にも。でも、何もしなかったからこそ快復が速かったかもしれないです。一日休んで復帰後は納品日で忙しくて他の事を考える必要はなかったし。
人が心に病みを抱える時、それを助長するのは『閑』とか『時間の隙間』で、逆に良い方向に効いてくれるのは『忙殺』とか『夢中』らしいです。目の前の課題に全力で立ち向かっている内、心の苦しい期間をいつの間にか脱している。それを実感する出来事でした。
シロさんも、大変な日々を送ってらっしゃると知っています。そんな中でも私の事を考え思いをしたためてくださった事が本当に有難いです。思えばもう十六年くらいのお付き合いになるんですね。あの頃とは違った理由で考え、悩むようになった私ですが、『一旦悩む事をやめる』とか『考えを切り替える』が出来るようにはなったので、成長はしてるのかな。きっと明日も笑顔で仕事をしていると思います。

ありがとうございました。


▼2025/11/24:罅の入った砂時計、零れ落ちるのは時間じゃなかった。

久しぶりに鬱転している。今日は仕事を早退してしまった。職場で泣き崩れたのは初めてかもしれない。
私は普段、軽度の躁状態にある。常に幾らかは希望や将来への夢を持っていて、その為に努力するのが好きだ。継続して何かに取り組むのも好きだし、自分がやりたい事や主張ははっきりしている。この前、或る人に自分の抱く夢を否定されたような気がして。馬鹿げているとか現実をみられていないとかではなく、叶えるのは難しいんじゃないかとやんわりと言われた気がする。きっとその人にそんな心算はない。ただ、受け取った私の心のどこかに、して欲しくない触れ方をされたのだと思う。私自身気づかぬうちにいつの間にかスコンと底が抜けてしまって、一気に沈んでいった。

こういう時、人はどんな風に浮上するんだろう。或る程度までは沈むに任せた方が良いように思えて、それでも沈んでいる過程もそれなりに辛いものがある。本当の底に辿り着いた感覚はまだない。じゃあ、いつ浮上できるのだろうか。
たまに聞くけれど、どん底まで落ちちゃえば後は登っていくだけ、と言う言説。私の底は何処だろう。何処まで沈めば浮上できるだろう。
今、『現実を生きているという感覚』が普段以上に欠落している。何処か空虚な感覚がする。現実と言うよりも、居心地の良い悪夢を見ているかのような。そんな解離が起きている。普段以上に。
元々私は、現実を生きている感覚を見失いがちだ。常に自分を言う人間を演じている。これは持病の統合失調感情障害によるものらしく、しかし、この病名が与えられた人達全てに当て嵌まる症状じゃない。
一番顕著なのはお風呂に入ったり髪の毛を乾かす時だ。自然と鏡や自分の身体が目に入る。これは自分なのか疑問に感じる。これまでの人生、私じゃなかった事は現実には一度もなかった筈なのに、これは私だろうかと自問する瞬間が此処の所すごく多い。非常に奇妙な感覚だ。
唯一良かったと思っているのは、私は絶対に死にたくないと強く思えていること。私には夢がある、やりたい事も沢山ある。作りたい物も、食べたい物も飲みたい物も、着たいお洋服だってたくさんある。なのに、それ等への執着は今、驚くべき程に希薄なのだ。今なら何を手放しても後悔はないかもしれない。でも、後悔以上の何かが襲ってくるだろう。
今日も私はその危機感と共に生きている。

▼2025/11/17:脳内で踊る二匹、爆薬並みの魅力

米津さんの『IRISOUT』のCDをやっと購入。諸々の事情で見送っていましたが、時が来たのでタワレコへ赴きました。
今の仕事に就いて、次第にチワワをお迎えしたい気持ちでいっぱいになってしまった私。この曲を聴いていると脳内でお迎えしたいチワワが歌ったり踊ったりし始めます。他の曲でも同じことが起こりますし、何なら毎日仕事しながらチワワとの生活の妄想を繰り広げているという。いずれ私はあの子をお迎えに行かなければならないので、軽微な体調不良ではへこたれていられない、寧ろ此方から倒しに行ってやるとばかりにメンタルが強くなりました。目の前の嫌な人物(客とも呼びたくない)は心のシャッターを即下ろして中に入れない。ただ儀礼的な接し方をして最低限のやり取りで終わらせる。それに罪悪感も覚えません。向こうにもないでしょうしね。
可愛いうちの子(予定)の為にも健康で居たいし、きちんとお金を稼いでスキルアップして昇格したい。一人暮らし貯金が捗るようにもなってきました。何だろう、現金で生活するって大切ですね。クレジットカードが必要な時は仕方ないんですが、手元にお金が無いのに買い物できちゃうのは怖いから一長一短です。古い時代の人間と言われるのは癪ですが、それで自立した生活を送れるんなら不満は飲み込みます。元々は現金主義なんですよ。アマゾンとしまむらオンラインくらいかな、カード払いをしてたのは。その生活に戻ると言う事はイコールで今の負債を返し切る必要が生じますが、何とかなっています。もうちょっとでほぼ現金のみの生活に戻れる。
身の丈に応じた生活って大切だし、勿論夢を見てもいいんだけど、現実で自分の立っている場所を見失うとどこにも行けなくなるなぁと感じる今日この頃。まあ、それでもカード払いの方がお得な時はクレジットカードを切るんでしょうけど。
ちなみに、チワワ以外のお犬を迎えたくないのかと問われると迷うところです。もしかしたらドンピシャに私の心を撃ち抜いて来る他の犬種の子がいるかもしれないし。でも第一候補はチワワです。飼いにくいという意見と逆の意見があるみたいですが、結局は相性と個体差じゃないかな。嘗て一緒に暮らしていた柴犬は比較的飼いにくいとされる犬種ですが、あの子は飼いやすかったし。ライフスタイルを考えると小型犬〜中型犬の方が良さそうな気はしています。トイプードルとかマルチーズとかカニンヘンダックスとかポメラニアンとかコーギーとかスピッツとか。ミックス犬も可愛いし、雑種は雑種で違った方向性の可愛さがある。まあつまり全てのお犬は可愛い。

話はゴロッと変わって、ダイエットについて。
まあまあ順調です。夜食を取らないのは勿論、週5回程度の運動も出来ているし、仕事でガンガン動くので毎日汗をしっかりと流しています。あとは朝昼晩の食事でもう少し蛋白質を増やして脂質を減らしたい。朝ご飯に糖質を摂りすぎると午前中に眠気が来る上、お腹がすくのが速くなりすぎます。パンが大好きで仕方ないんですが、それに加えて卵とかヨーグルトを食べるよう努力しなければ。そしてほぼ毎日飲んでいるコーンポタージュも飲むのはやめてみようかと考え中。意外と脂質が多いんですよねアレ。ツナ缶にマヨネーズと玉ねぎのみじん切りとか入れて作り置いてみようかしら。後は冷凍のブロッコリーとか。食材の価格高騰が相変わらずなので、冷凍食品の有難みを感じます。そして仕事のある日の朝ご飯は基本もち麦ご飯に納豆か卵なんだけど、休日には菓子パンを複数食べてしまっている現実。チートデイと言う事にしてしまってもいいかもしれませんが、それは週一程度にすべきでしょうね。
それか、TwitterがTwitterだった頃に知った簡単朝ご飯のパンメニューにするか。
食パンと卵とベーコンで作れるのでお安く、栄養バランスもまあまあなのでこれに冷凍ブロッコリーもつければいいんじゃないかな。次の休日はこれにしましょう。
ところでパスタってダイエットには良くないんですかね? 糖質はあるけど合わせる具材次第なんだろうか。個人的に市販のパスタソースで気に入る味付けの物がなかなか無いから、基本自分でソースを拵えてるし割りと良いんじゃないかと思ってたんだけども。十分もかからずに出来上がるからお手軽だし、パスタの乾麺は長持ちするから家計的には助かるんだよな。よく作るのは明太子とシラスのパスタ、ノンオイル納豆パスタと丸ごとブロッコリーのパスタです。
身体に良いものを食べようとしてもエンゲル係数が上がり過ぎない国に住めているのは幸運なんでしょうね、と感じる事が最近増えました。と言うのも英語の勉強を兼ねて海外の動画を見るんですが、英語圏の食材の高騰っぷりがマジで怖い。特にアメリカ。物価とか年収の違いを考えてもあれはヤバいでしょう。そりゃあ日本の牛丼屋やカレー屋がヘルシーで安価だと言われてしまう。
安くて体に良いとなると、納豆と豆腐ともやしと卵、鶏むね肉とかもそうかな、主食の米が大変なことになってるっちゃなってるんでしょうが、我が家は米農家の親戚のお陰で美味しいお米が安定して供給されます。父方の伯父様方、ありがとうございます。今年の新米も美味しいです。
あと、卵と鶏肉も某疫病の所為で値上がりしてますが、何でか近所の人が分けてくれるんですよね。本州の平飼い高級卵を定期的に頂いているという。その方海外旅行のお土産も良くくれるんですが、ドバイチョコが流行り始めた頃に『ドバイで年越ししたからお土産どうぞ』って現地直送ドバイチョコをくれた事もありました。後、バングラデシュのコーラもくれた。海外に行き慣れていると、ちょっと変わった所を選びがちなんですかね。大変美味しく頂きました。
話が大脱線しましたが、良い感じに痩せてきたのと、体重よりも見た目と筋肉量が大切だと感じる毎日です。数字って見た目に現れるんでしょうけど、かと言って全く同じ体重でも体脂肪率や筋肉の量で見た目は大分変わるので。筋肉付けると引き締まるのもそうだし、体温が上がって不調に陥りにくいのは本当だなと思います。平熱で七度台前半なので常に手足がぽかぽかしてますし、動く時のエンジンがかかるのに時間を要さない。だからと言って暑いのは得意じゃないんですけども、汗をかけるからまだマシと言うか。
寒がりでは全くないし、冷え性でもない。ただ、身体を冷やさないようにするのは心掛けてます。ホットドリンクを飲むのはあまり得意じゃないので、きちんと動くのと、生姜とか薬味を利かせたものを食べるのと、毎日湯船に入る事。気付いたらストレッチしたり、スクワットしたりマッサージもします。体内の血の巡りってちょっとしたことで変わって来るそうですし。
そんな感じでボトムのサイズは一つ下になりまして、更に絞れそうな予感。
そして一つ良い収穫。私、顔から痩せていくタイプだったらしいと判明。
元々お腹中心にトレーニングしている事もあって、お腹の変化が一番目についてたんですよ。でも周囲からすると顔の印象の方が変わってたらしい。丸顔が卵型に戻って来たそうな。それと、目元が変わってきた。肉に埋もれていた部分がすっきりしてきたそうなんですね。目元はマッサージしてるし、顔については毎日体操が習慣になってますが、これ等の効果がバフになった感じ。
でも顔から痩せ始める人って意外と多いらしいです。元々の脂肪量が少ないから変化が顕著に表れるそうですよ。だから、体重が落ちなくても顔がシュッとして来てたらあまり焦る必要はないそうです。
そんで私の場合、次に落ちるのがお腹。これは狙い通りなので嬉しい。そして足へと続き、二の腕が痩せないのが今後の課題になりそうです。下半身にはあまり肉が付かない骨格&体質なようで、一番落ちないのは二の腕です。これはまあ、昔の骨折の影響もあって可動域に制限があるのもありますが…

で、最近知ったんですけど、AIのchatGPTに協力してもらうとダイエットも捗る場合があるらしい。私あすけんとの相性が良くなかったタイプで、何でって入力がまあまあめんどいからなんですが、それをチャッピー君にやってもらうとアドバイスも貰えてとても良いらしく、早速今日の夜あたりから試してみようと考え中です。デュオリンゴで英語学習が続くタイプなので、ダイエットもチャッピー君に協力して貰って(主に運動と食事制限のケツ叩き)頑張ろうかなと。
何でしょうね、使える物は上手く使う方が賢いんでしょうかね。自分の悩みをAIに解決して貰おうとかはあまり考えないんですが、アシスタントして貰うのは良さそう。運動するとメンタルも整うから間接的に悩む時間も減りそうですよね。
デュオリンゴで英語学習は今日で344日目です。もうちょっとで1年続いてる事になりますが、上咽頭炎でほぼ声が出ない時でもサボらなかったのは褒められていいと思う。1日もサボらなかったんだと思うと『自分の一番の強みは継続力です!』と面接で言って良いと思う。暫く転職の予定ないけど。
仕事と言えば、来年の初売りが終わった頃にレジデビューすることになりそうです。今でもセルフレジのお手伝いはしてるんですが、返品とか手打ちでの割引には対応できないので…なまじ接客がかなり出来るようになっちゃった分、レジだけ出来ないのが不自然になってしまっているという。でも一部のお客様が名前を覚えて下さってて、めっちゃ嬉しい。この前『笑顔が本当に素敵で、素敵な接客で…』とのお声を頂きました。そしてお客様のお犬達も可愛いし懐いてくれて嬉しい。尻尾ブンブン笑顔全開のわんこちゃん達に会えると思うと仕事へ行くのが楽しみになりますよ…割りと結構な頻度で一匹も来ない日もあるけど…でもわんこフェスティバル状態な日もあるので全力で愛でさせてもらってます。
他の人が飼ってるお犬でこんなに可愛いんだから、自分で育て始めたらもっと可愛いんだろうな…待っててねリンちゃん。

▼2025/11/11:振り返れば轍、何と小さな足跡だろう

結局、下の記事を書いた翌日には小説を書いていた。私の使う言葉は時に逆の現象を巻き起こすのだろうか。

この前ある書籍を購入した。以前より視聴しているYoutubeチャンネルの主が書いた本で、『私のなかの希死念慮ちゃん』と言う、精神科領域の解説本、みたいなもの。希死念慮は皆さんも幾らかはご存知かと思うので説明を省くけど、その感情や思い自体に『希死念慮ちゃん』と敢えてポップなキャラクター性を持たせてメタ思考をしつつ、それと向き合い共存する方法を提案する、と言う内容で結構面白かった。
最近では希死念慮を強く感じる事は減っているのだけど、ふとした瞬間に魔がさすかのようにその気持ちが心の中に発生することがある。何だろう、慣れた選択肢と言うべきか。勿論本気で実行しないし、心の底からそう思っているわけではないので毎回『何か疲れる事したっけ?』と自問したり『取り敢えずカフェイン摂って運動しよう』と別の事に脳のモードを切り替える。
ただ、楽しかった出来事の後で無性に消えたくなることが結構あって、これはどうやら双極症の『軽躁』状態と関係しているらしい。これは私の持つ過去のトラウマによるものと言うより、脳内の『気分の調整機構』が乱れてしまった結果だろうと書かれていた。なるほどな、と思う。私は鬱よりも躁の状態の方が圧倒的に多い。ただ、これは鬱状態に効くお薬を飲んでの状態なので、処方薬が無かったらどうなるか分からない。
私は普段、エネルギッシュに活動するタイプだと思う。持病の統合失調症はもう、統合失調感情障害と言える。これには双極症の症状も含まれる。だから、突発的な軽めの希死念慮がやってくるのかもしれないし、それは脳の誤作動なんだと思い始めた。
もしこの仮説が当たっているなら、この微かな希死念慮は『気分』と言うより『脳や身体の機能障害』だ。だから色んな薬が良く聞くのかもしれない。今現在飲んでいる薬が合っているから、病気由来の鬱々しさではない突発的な症状が顕れる。
こういった精神科の先生が書いた本を読むのは初めてだけど、割と面白いし勉強にもなった。興味があれば手に取ってみてもいいと思う。


▼2025/11/07:凹みが無いと埋まらないでしょう、その尖った感性。

暫くの間、小説を書いていない。
私の第一の趣味と言える文章を書く事、及び物語を綴る事。二次創作BLだけでなく、一時創作の妄想は蔓延っている。ただ、何となく書く気にならなかった。他にしたい事も多いし、何もしない時間が休養となって心が休まる事を知ったから。物づくりはそれなりにしている。この前も髪飾りやバッグを作った。手帳をつけるフォーマットも試行錯誤の最中だし、料理や運動も欠かさないし、英語だって毎日勉強している。
人間と言う生き物は、自発的な行動の方が続くらしい。『これを学びたい』と感じて自らそれを極めようと考え行動すると継続しやすいと聞いた。ただ、その動機が『他の誰かの為』ではなく『自分の思う未来の自分の為』でもなく、『今を楽しむ自分の為』の方が続きやすいように思う。最近それを実感しているのが英語の学習である。デュオリンゴで英語を勉強しようと思ったきっかけは前に書いた通り『英語で画かれた漫画を読みたいから』で、それを読みたいのは『癖に刺さった新キャラのパートを読みたいのに、翻訳されるまで何年かかるか分からないから』だ。ビジュアルが癖に刺さるのは勿論の事、彼の過去も持っている特殊能力も非常に良いので読みたくて、しかし翻訳されるまで十年単位待つのは嫌だった。から、『じゃあ原典で読めばいい』と結構軽いノリでデュオリンゴをダウンロードした。私は昔から、変な所でフットワークが軽い。
結局その読書の目的は続かず(一話当たりが900円弱は高すぎる)、英語の勉強はそれなりに楽しいし遣り甲斐もあるしで現在に至っているが、何でか世界のどっかの人が私をフォローして応援してくれるようになった。しかし私は彼等彼女等のことを何も知らないし分からないので、ただ『楽しむ自分の為に』勉強している。大分英語を聴いたり読んだり書いたりは出来るようになって、苦手な英作文もそれなりに出来るようになった。但し発音は変わらずカタカナだ。しかし毎日練習していると若干ではあるが良くなっているようで、デュオリンゴの発音練習も点数が貰えるようになってはいる。
英語の曲を聴きながら運動することも増えた。何となくでも言っている事や伝えたい事が掴めるようになってきて楽しい。運動しながらネバービーアローンを口パクで歌ったり、カウンティングスターズをシャウトしている気分に浸ると踏み台昇降の30分はあっという間だ。米津さんの曲を英訳したものを唄う挑戦もしている。我ながら自分が何処に行きたいのか分からないが、まあまあ面白いから良いと思う。
運動の他に料理も趣味の一つだし、裁縫やハンドメイドアクセサリーの製作、ドールを愛でる活動、美容とメイクの研究、イラストを描く事もインテリアをコーディネートする事も、このブログを書いたり手帳をつけたり、まあまあやる事は多い多趣味な人生だ。総てをやり切ろうとするとかなり疲れるし、恐らくは不可能なのでどれかは力を抜くわけだ。私はよく、趣味の一つ一つを調理中の鍋に喩える。どれも焜炉の上でコトコトと煮えているわけだが、火加減の調節をしながら巧い事続けているように感じている。そして、焜炉が足りないこともままあって、そう言う時は鍋敷きの上で休ませているのだ。その鍋のうちの一つが今現在、『小説を書く事』なのかもしれない。こういう考えで居られる時はその趣味と巧く付き合えている状態に感じる。何だろう、やっていない事に罪悪感を覚える事があるというのは趣味に於いてはあまり良い状態ではないように思えるのだ。趣味とは余暇活動の一つなので、これが仕事なら或る程度の成果を求められるけれど、個人の活動でしかないなら誰に強制されることも無い筈なのである。しかし、自分に罪悪感を覚えるのは何となくわかる。自分をいちばんに扱えていないように感じてしまう事が私にもある。人生は有限だし、やりたい事も書きたい事も尽きない。でも、本当に自分をいちばんに扱うのであれば、『今は書きたくない気持ち』を尊重して良いように思う。誰の許可も取らずに書いているのなら、書くか書かないかは自分の裁量で決めて良いのだ。
『推し活』と言う言葉が広まって少し経つけれど、『推す事』に義務感を覚えたら一旦離れようと考える人も多いらしく、それが長く適切な形で推しを推す事に繋がりもするらしい。
ただ、オタクと言うのは厄介な生き物なので『推していない自分』や『書いていない自分』を過去の『推してきた自分』や『書いてきた自分』に申し訳なく思ってしまうんじゃないだろうか。これまでの自分に恥じない自分で在りたいからこその罪悪感かもしれない。
しかし、私は多分こんな事を書きつつも『これからも書き続ける為に今は書かないのだ』と唱えてしまう。細く長くいきたいと考える事が増えた。そして、いつか商業作家になってみたいなぁと思いながら一時創作のネタを温めている。書きたい話について調べ、必要な知識を勉強して身につける。イメージソングを決めて妄想を繰り返す。これらも文字になっていない創作の一部の様な気もする。多分これは言い訳でしかないんだけど、趣味なんだしこんな感じでも許されると思うし、私は許している。
『趣味』と『愛好』は少しニュアンスが違う様な気がしていて、でもよく似た姉妹くらいの関係だと思う。趣味は仕事にすると病む事があるけれど、愛好『家』なら職業に近いと言うか、称号のようにも思える。うまく言えないんだけれど。
つまるところ、書いていない自分も好きだし、書いている自分も良い。同じくらいに。今は煮詰まったジャムを冷ましている所なのか、それとも煮物の味を沁みさせているのか。丁度良い温度になったら次の段階に行くし、もしくは何かしらの手を加えるかもしれない。多分私のキャパシティ的に三口焜炉以上なのは確定なので、そろそろ炎の上に戻すかもしれない。
面倒に感じる事もあるし、でも出来上がった成果物を味わうと格別なのも本当。焦げ付かない程度に熱していられれば良いんじゃないか、鍋ごと駄目にするよりは、一度火から下ろして置けるならそれで。

このスタンスを取れるようになって、大分楽になった。出来る日も出来ない日も、やりたいのに出来ない日もあって良い。と言うか、許可を出さずとも存在する。そう実感できて腑に落ちて、急に楽になれた。非定型発達の人間は、人間として成熟するスピードが定型の人の7割くらいらしい。と言う事は私の精神年齢は23〜24歳くらいなんだろうか。それにしては時折子供すぎるし、別な時には老成しているけれども。

自分を俯瞰で見られると、人はそれまでよりも少し楽に生きられるらしい。メタ認知とかメタ思考とか呼ぶらしく、自分の中の感情と自分を切り離して外側から眺めてみる、のだとすれば、私の離人症状はそれに近いものがある気がする。良いんだか悪いんだか。
これまでの我武者羅でストイックな自分も悪くなかったとは思う。今は大人になって、大人ならではの楽しみ方を身に着けている最中なんだろう。情熱はとろ火になっても燃え続ける物だし、結局好きなものは好きなままだ。焜炉の数を増やしたいなとたまに思うけれど、ガス代がかかって仕方ないよりはいいのかもね。


▼2025/11/05:この世界で唯一じゃない正解を探す、結局のところ全てはコインの表と裏。

ロルバーンのシステム手帳化完了。バインダーにノートの穴の位置が合わない原因が判明。サイズを思い切り間違えてた。本来欲しかったのはB6サイズなのに間違ってA5サイズ相当を購入していたとか言う、割りと初歩的なミスを犯していました。でもお陰でペンとかの筆記具やシール類もしまえるので良しとします。美術系だったのに、紙の版の大きさがあまり頭に入って無いのは残念ですね。まあ調べればすぐに分かるから、此方も良しとしましょう。
手帳の書き方はまだ考案できていないので、明日以降検索したり自分なりに試行錯誤してみます。書きたい項目は幾つか決めてあって『その日の身体の調子、心の調子』『運動をしたか否か』『頭痛を感じたのか、その際薬を飲んだのか』『その日に出来た事を踏まえて明日以降にやりたい事』『デュオリンゴの連続記録日数』辺りですかね。女子の日とかは薬で管理しているし、精神科の服薬漏れも基本的に無いので、これ等はひとまず置いておきましょう。
最近、SNS等で服薬がどうしても漏れる人とか予約通りに通院できない人の意見を見聞きするんですが、服薬が漏れると症状は悪化しないんだろうか。それで通院できないんだとしたら、主治医の先生に持効性注射とかお願いするのもアリだと思うなと思いつつ、使っている薬総てでそれが出来るかと言うと違うので、薬剤師さんとかとも相談すべきなんですかね。
幼稚園の頃からしょっちゅう体調を崩していた子供だったので、昔から薬を飲む事に抵抗がありません。ただ、市販薬はあまり飲んでこなかったなと思い出しました。母の方針だったのかな、基本的に熱を出したり喉が痛いとすぐ小児科にかかっていました。2歳の時に肺炎になった事があって、それ以来私が内科的な要因で体調を崩すと基本直ぐに受診。インフルエンザの予防接種も記憶にない頃から毎年受けています。痛いのは嫌いなので時々逃亡しようとしたらしいですが。今も注射が駄目なので、腕を差し出したら目をつぶってじっと耐えています。
そう、そのインフルエンザ予防接種を今年も受けないといけないんですよ。大人なんで一人で病院行くのも普通の事なんだけど、毎回素直に『注射が駄目なタイプです。横を向いて目をつぶってても良いですか?』と申告します。歯医者の麻酔も基本半泣きになるんですが、一回局所麻酔で気分が悪くなって(呼吸が苦しくなった)帰宅後直ぐにググったら『20〜30代の女性は局所麻酔で呼吸が乱れる事がある』『精神科の病気を持っている人は特になりやすい』とか出てきてちょっと血の気が引きました。
それでも健康に生きていく為には病院の力を借りざるを得ない時がある。我が家は身体(主に臓器)に影響がないなら積極的に薬を使う方針なので、精神科の薬も『これで病状が改善されるならしっかり飲もう』と母に言い聞かせられた結果、今の服薬管理スタイルが身についたんで感謝しています。

昔はかなりの不眠だったんですが、現在は7〜8時間は眠るようになれました。寝る前のお薬との相性も整ってきた。実は今も若干眠気が来てます。眠りたい時間の1時間前には飲めば充分入眠時間に間に合うんですよ。ただ、このスタイルに落ち着くまでは結構な道程でした。それは主治医と意見交換できるくらいには医薬品や病気について学んだからなんですよね。精神科の病気は主治医との相性が本当に大切。

手帳にはなるべくなら良い事を書いていきたいので、短めの日記みたいな分も書こうと思っています。前よりも緩めにやっていく心算ではありますが、一言日記でも良いし、もっと書きたいならもっと書こうと思う。嬉しかった事とか、その逆から今後に活かせそうな事とか。手書きの文字を可愛く綺麗に書く練習もしたい。
下の記事で新しい事に挑戦するのが好きだと書きましたが、これ、初対面の人に会うのも含まれるんですよ。その所為もあってか接客が楽しくて仕方ない。最近だと仕事の知識も着いてきて、お客様に喜んで貰えてとても嬉しい。その喜びを反芻して自分の中に染み込ませていきたいんです。

メンタルをやらかしている私が此処まで前向きで居られるのは、きっと気付かない内にお薬が頑張ってるんだろうな。感謝です。

▼2025/10/31:僅かな違和感、細かく刻まれる数字

先程届いたノートをばらしてバインダーに通そうとしたところ、穴の位置が微妙に合わないので明日以降穴あけパンチを購入してリベンジすることにした。その他のデザインと大きさは良い感じなんだけどもね。
札幌には大丸藤井セントラルって言う大きな文房具屋さんがあって、其処に無い場合はロフトかハンズに行くことになる。画材に関しては専門店が一番強い。ただ、バラエティ文具って言うのかな、ファンシーなものやキャラクターものはロフトとかハンズとかその他の雑貨屋さんの方が見つけやすい事も多い。最近手書きをする機会が減って来て手書きの文字がどんどん汚くなっていくので、せめて読める文字を書こうと努力するのも兼ねて記録をつける事にした。
私の字は女の子らしいとも言い難いし、読めないほど汚くないんだけど、角ばった文字と言われる。何だろう、急いで書く癖がついてしまったからか丸みって言うのが減っちゃったと感じる。丁寧に書くと大人の文字と分かると言われるのはまあ良いとしても、そもそも女の子らしい文字ってどんなんだろうね。丸みがあって小さいのならギャル文字とかとは少し違いそう。
同世代の人は見た事あると思うギャル文字。あの頃は皆ちょっと下手に見えるけど可愛いあの文字を目指していたように思う。でも私はその頃そう言う流行に乗らない事こそがかっこいいと信じ切っていて、敢えて丁寧で読みやすい文字を書こうと意識してた。多分五十歩百歩で団栗の背比べでしかない。
手書きの文字を書くにあたって、去年あたりからフリクションが大好きになった。ペンで書いても擦って消せるのが画期的過ぎて今も大好きだ。ただ、ブームが去って来てて色数が減ってしまったのは悲しい。ブラウンとか絶妙な色合いが大好きなんだけどな。昔から細軸のボールペンが好きなのは多分、イラストを描く時にはコピックマルチライナーを主線にしていてコンマ以下にこだわる所為。細ければ細いほどいいと思う時期が長かったし、今も若干その傾向は残ってる。

今度一番好きな百貨店で文具の催事をするみたいで、意気揚々と出掛ける計画を練っている。スタンプとか紙もの以外も充実してて、去年はうちのドール達の為に小物を作る材料を購入した。今年はノートの中身を装飾するものとかリフィルが欲しい。
結局、紙に何かを描くとか記す事が大好きなんだと思う。自分の考えを頭の中にだけ置いておきたくないんだ。アウトプットしていつでも見られるようにしておきたい。頭の中で形の無い状態だと、直ぐに崩れたり歪んでしまうから。認知の歪みだけでも充分厄介なのにね。ちなみに、ノートの表紙はロルバーンのチェリーが乗ったケーキのイラストの物を選んだ。バインダーはファスナーが付いた、淡い水色の金具と飾りが可愛い奴。新しい事を始める時はワクワクする。
きっと、そのワクワクを何度も味わいたいから色々な事をやりたいんだと思う。或る程度未来が予測可能な(矛盾してるけど)未知の物って楽しい。昔は知らない物って怖かったのにな。大人になると知らない物が減るから、面白く感じるのかもしれないね。

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