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▼2025/09/11:報われたかい、少女の私。

今日も働いてきた。割りと楽しい一日だったように感じる。
私は比較的声量が大きくて挨拶する声が店内に響き渡るタイプなんだけど、普段から声のボリューム調節があまり得意じゃない。何故なら同居のおばあちゃんの耳が遠いから日常の会話の声が大きいって言うのが一つ。もう一つ、声が通りやすすぎるってのもある。小さな声でも通っちゃうタイプの声らしい。ちなみに小学生の頃には合唱部に勧誘された(強豪校だったらしい)。で、普段は自分の中でボリュームのレベルを二つくらい落としてお客様と話すんだけど、それでも挨拶ははっきりと大きいしその他の場面でも多分周囲の人達よりは大きい。んだけど、そのおかげでご高齢のお客様に好かれやすい。常に笑顔で挨拶するからなのか直ぐに話しかけられる。
今日は商品のサイズとかについて問い合わせをしたいおばあちゃまと、探しているものがあるけど見つからなくて、スタッフに声をかけられなかったらしいおばあちゃまから名前を覚えられた。大分前に名札の『研修生』の文字が外れて、苗字が載ってる。まあ此処では書かないけど、あまり多くはないけど覚えやすい苗字。で、「いつも何曜日にお店に居るの?」「また来るから色々教えてちょうだい」と言って頂けてとても嬉しい。お二人共たまたま同じ犬種のお犬と暮らしていて(身バレ防止で詳細は省く)、それぞれに愛されるお犬は幸せだろうなと言う愛されぶり。良いなあと素直に感じる。
プライベートではつい自分の事ばかり話してしまうから、接客の時はぐっと堪えて脳内のひろゆきに喋らせるか頭上にテロップを出すイメージでいるんだけど(序でに話す事を整理する)、それが功を奏するのかお客様が固定で着いてきた。全員おばあちゃまで、お犬を愛している。そんで長く一緒に暮らしているパターンが殆どだからシニアのお犬。となると内臓疾患とか運動量の問題とか関節の痛みなんかが付いてきちゃうことが多いんだけど、それに対応できるフードとかサプリメントや健康食品は豊富にある。とは言え疾患の種類によっては『医師への確認及び相談必須』だったり『そもそも対応できる商品が無いから素直に話す』必要も出てくるんだけど。でも、『売る気』を前面に出さない方が逆に売れる時が多い。本気でお犬やお猫の事を考えてお客様に寄り添う姿勢が一番効いてくれる。だから『うちの商品が適さない場合がある事を前提に』説明したり推奨できる他店の製品をこっそりお伝えすることもある。ぶっちゃけさ、売り上げに繋がるなら何でもいいとは思えないんだよね。お客様やお客様のご家族が幸せになれる方がいいに決まってる。その上で何かの時に『あのお店良かったからまた行ってみよう』『友人知人に勧めてみよう』って思い出してもらえればいいんだよ。

そんな感じで接客してたら何か固定客がついてきたんですね。嬉しい事だ。
ちなみに独り言もでかいタイプなので逆に話しかけやすいらしい。フレンドリーに思われるんだろうか。まあすべての人に親切にしてるかって言ったらそうじゃないんだけど。タメ口で失礼な事言われたら笑顔で心のシャッターを下ろして最低限の事しか言わないようにしてます。でないとフェアじゃないからね。此方の心を疲弊させてまで接客は致しません。ただ、親しみやすいタメ口のご老人とかは許せちゃうかな。愛敬って大切だなって良く感じます。
お犬やお猫が罹りやすい病気とか、年齢別の傾向とかも頭に入って来て、お客様に説明するのも慣れてきました。でも無理はしてない。分からない事が有ったら調べて頭に入れて置いて、時が来たら披露する感じ。どういう訳か記憶力が良すぎる時があるので、『何でそんなに詳しいの? プロって皆そうなの?』って訊かれますが、お犬やお猫が好きだから覚えられるんだよね。好きこそものの上手なれっていうか、好きな事に関する情報を蓄えるって面白いし遣り甲斐も感じる。で、褒められれば陰でガッツポーズですよ。

やっぱりね、この瞬間が一番嬉しいし遣り甲斐。お客様にお礼を言われるのってなんであんなに楽しいし嬉しいんだろう。お陰様で程良く頑張って働けてる。今月から働く時間数も徐々に増やしてて、若しかしたら時給も上がるかもしれなくて嬉しい。
障害者雇用だから配慮されてるのもあるけど、程良く忙しくて程良く暇なお店で、好きなものに程々にかかわれる仕事が丁度良かったんだな。前より自分の事を俯瞰視できるようにもなって来たし。
話が前後するけど、探してるものが見つからなくて困ってたお客様にご案内したら『実は他にもほしいものがあって』って言ってくれて、お犬の可愛さについて自慢されながらご飯やおやつもご案内して、結構な売り上げに繋がって店長にも褒められた。売り上げが上がる事は勿論、リピーター様が増える事はお店にもプラスになるからと。元々持ってた知識で適切な商品をご紹介したのが良かったらしい。ありがとうユーキャン。七年前の資格知識でも充分役に立ったよ。
こんな感じで毎日働いて、最近だと眠りも丁度良い感じになってる。北海道は大分秋めいてきて、仕事帰りに汗をかかなくなってきて、家で運動も出来るから良い感じに疲れてるのかスッと眠れる。人間はある程度動いてる方が身体が休まるのかもしれない。

今日は帰りに前からお友達のお犬にも会えた。可愛い垂れ耳のお犬ちゃんなんだけど、いつもママにご挨拶すると尻尾を振り振りして寄って来てくれる。ふにゃって笑うのも可愛い。ママさんも穏やかで優しくて、いつも二人でゆっくり公園とかを散策してる。「あんよがあちちの季節じゃなくなって良かったですね」って言う時の私は完全にお犬にメロメロだけど。この仕事に就いてから、ついついお犬やお猫に赤ちゃん言葉を使っちゃう。おやつとかの説明で『お腹がごろごろぴーにならない程度にあげてみてください』とか。でも飼い主さん達は皆『そうだよね〜お腹ごろごろぴー怖いもんね〜』って合わせてくれるし、何なら『うちの子お目々の周りがカイカイなんですけど、良いご飯ありますか?』とか訊いてきてくれる。
お犬やお猫をきちんと愛して大事にする人は、結構な確率で赤ちゃん言葉を使うらしい。私は人格とか声のトーンまで変わるけど。ちなみに室内外のお犬と触れ合う時に肉球がぷにぷにだと、愛されてるなって思ってしまう。お鼻が湿ってると『元気で健康ですね〜』とか言っちゃう。飼い主さん達は大体知ってる知識だから誇らしげにしてくれて面白い。

で、いつかお犬(出来ればチワワ)と暮らすために今の目標である一人暮らしをする準備段階でアレルギーの検査にも行こうと考えてる。血液検査は怖いけど、万が一お犬のアレルギーがあったら一緒に暮らせなくなる日が来るかもしれない。まあ突如発症のパターンもあるけど用心するに越した事は無い。たまたま住みたいエリアに幾つかペット飼育可のアパートやマンションがあるから、何処かに住めたら良いなと思ってる。ペット飼育可以外にも『インターネット使用料無料』『オートロックでTV付きインターフォン有り』『エアコン設置済み』『ウォークインクローゼット』とか嬉しいお部屋が幾つか空いてるみたい。
帰ったらお犬がお迎えしてくれるとか、天国でしかない。ので、『今日も未来のうちの子の為に稼ぐぞ』と仕事に行ってる。モチベーションの維持ってさ、結構大変だけど重要じゃないですか。
こないだ夢に出てきたチワワの『リンちゃん』、いつ出会うのかな。本当にあの姿のままだったら、直ぐに分かるんだけど。

▼2025/09/08:心的外傷、掛け替えをなくしたい

どうして、誰も他の誰かの感情を完全に理解できないようになってるんだろうと、時折考える。
大好きで尊敬している人曰く『人と人とは完全に理解し合えない。だからこそ理解しようと努力し合う必要がある』らしい。この意見には概ね同意なんだけど、此方が理解しようと努力するのに、向こうはしてくれないで要求ばかりしてくるなら割に合わないし、理解しようとしても齟齬が生じるのは何と言うか、人間と言う生き物のバグの一つだと思う。思考や理性を与えられてしまったから副産物みたいについてきたのかな。
人と言う生き物が思考や精神や感情、理性や自制心を持っているのは、もっと言うなら『意識と言うもの』があるのは、生物として効率よく繁栄する為に生まれた特徴の一つらしい。お腹が起きてすいたら食べる。疲れたら眠る、身体の汚れが不快で、健康な方が効率よく生きられるからお風呂に入る。栄養のあるご飯を食べたいと望む、栄養のあるものを美味しいと感じる、例えば生存に繋がる糖分や塩分を適度に含むもの。怪我をしたら治療しないと最悪死ぬから手当てするとか、そもそも怪我を負う可能性のある環境には近づかないとか、病気にならないように身体を保温する為、服を開発して着るとか。意識と言うものが無いとこの身体を巧く使えない、と何処かの段階で気付いて、意識を巧く活用する為に思考や感情が生まれたんだとしたら、人間は不幸になる可能性よりも生存本能を優先して取った生き物なんだなぁと感じるんだよね。実に動物的。
私は今この精神や心に不調や難を抱えて生きているけど、人間が種として成立した頃はこんな悩みはあったんだろうか。物質的に豊かになってしまえばこっちのものの筈だったのに、生きる事自体に悩む日が来るなんて設計図の時点で間違えてた気がする。でも仮に人間じゃないけど人間とよく似た別の種が繁栄した未来があったとしても、同じ様に悩む日がきっと来るんだろうな。
もしも初めから思考なんてものが無かったら。まったくの絵空事なのに、そんな考えが過る事がある。

『貴方が死にたいと願った今日は、生きたくても生きられなかった人が迎えられなかった未来』

みたいなことを見聞きする事は結構ある。リセールできたらいいのにね。それか少しだけ譲るとか。誰も誰かの命や痛みを肩代わりできない、つまりは感じることは不可能。なのに理解しようとしては行き違うんだ。
どうして私は貴方を理解したいんだろう。貴方が理解を示してくれたから、だけじゃない気がする一方で、それが一番の理由だって事も分かってる。

致命傷を負ってもう大分経つけど、あの傷を与えた多くの人達は『そんな心算じゃなかった』んだと思う。ただ『他とは少しばかり変わり者の私』が面白かったんだろうと思う。根拠はね、入院して意識が回復してから手渡された携帯電話に百通近くのメールが入ってたこと。『傷ついてるって気付けなくてごめん』とか『生きててくれて良かった』とか『抱えていた物が大き過ぎたんだね』とか、傷を与えた側がそれを言うのかなって言葉が多かった。当時は『自分が生きてて良かったと思ってくれた人がこんなに居てくれたんだ』とか思ったんだけど、本当に心配してくれていたのなら、あの言葉達を心に仕舞っておいて欲しかった。
前に外国の動画でお母さんが子供達に『いじめをしてはいけない理由』を実演みたいにして教えてたんだけど、一枚の紙を用意して子供達に『この紙に悪口を言ってみて』と指示して、悪口をかけられるたびに紙をくしゃくしゃと丸めていくの。『ごめんねって言ってみて』って言われた子供達は素直に謝るんだけど、お母さんが広げた紙は折り皺が元には戻らない。子供達に『紙は元に戻った?』って訊いて子供達は首を横に振る。お母さんは『これが人を苛めてはいけない理由よ』って教える、みたいな動画。
こんな風に分かり易く教えてくれる大人達ってきっとそんなに多くないし、多分私も思いつけないと思う。このお母さんはきっととても思慮深くて愛情のある優しい女性なんだと思うけど、皆が皆他人の傷や痛みに敏感かって言ったらそんな事は無い。他人の傷や痛みに敏感って事は、自分のそれだって自覚しやすいと思う。それを言葉にすると『優しくて他人の心を思いやれる人』なんだろうね。そう言う人ってさ、簡単に傷つけられてこのたとえ話の紙みたいにくしゃくしゃにされる事が殆どだと思う。
優しいのと弱いのは違うよ。けど、似てはいるんだよね。弱さを知らないと優しくなる事って難しいし、傷つけられた事があるから他人の痛みを想像しやすい。傷つけられて一回壊れちゃった人が必ずしも優しいとは限らないけど。
いじめとか悪口とか、柔らかい言葉過ぎると思う。普通に暴行傷害、誹謗中傷で良いよね。まあ日本語ってそんなものだと思ってるけど。

前に此処に書いたオリジナル小説の話、覚えてる人も居るかな。精神科病院を舞台に、色んな人の病みを描写して彼等彼女等を救う事で自分も救おうと思って考えた話。短編から中編で何話か書き連ねて、それぞれの話は少しづつリンクさせる。いつ書けるかは分からないんだけど、いつかは絶対に書きたい。

心が弱いって言われて続けてても、変わり者だと評され続けたからこそ、書けるものってあると思うんだよ。

前に、不幸になる事で復讐を果たそうとする人が結構いるって話を聞いた事がある。自分がこんなにも不幸なのは蔑ろにしてきたお前たちの所為だって示すんだって。昔の私みたいだなって思った。今の復讐の手段は『私が幸せになる事』だと思ってて、結構出来てるなって思うんだけど、ふとした瞬間に当時を思い出しては不幸へ続きそうな道を選びそうになる。

「お前達の罪の証はどうしようもなく不幸になったこの私だ」って宣言してやりたい気持ちがいつまで経っても消えない。多分消えないんだと思う。
でもそれ以上に私を大切にしてくれる人を悲しませたくない気持ちがあるし、何だかんだ生きて幸せな毎日だからその選択肢を取らないだけ。
私を傷つけてきた奴等、大なり小なり思う事はあっただろうね。だから贖罪と言わんばかりの言葉を送って来たんでしょう。或る種、復讐は果たせたのかもしれない。自分の言動で自ら消える事を選んだ子供が一人いた事を思い出す瞬間があったなら、そしてそれで心が少しでも暗くなるのなら、私が飛んだのは無駄じゃなかった。でも、意味もないって知ってる。もっといい方法があったとも思う。もう分からなくなったけど。それに、心が痛まないタイプの人間には効かないだろうしね。

昔から幾つか座右の銘と言うか自戒の言葉みたいなものがあるんだけど『他人の不幸を笑う人間は、自分の幸せを喜んでもらえない』し、『過去と他人は変えられないけど、自分と未来は変えられる』し、『誰かを傷つけた人間は、誰かに傷付けられる義務を負う』と思ってる。だからきっとこれからの私にできるのは『なるべく他者も自分も大切に扱って、傷つけたらすぐに謝罪して、行動を見直して未来を良くする努力をする』事なんだと思う。その努力の一つが小説を書く事なんだけど。
誰かの言葉に傷付けられる事もあれば、勇気を貰ったり癒される事だってあると思う。だからなるべくなら良い言葉を使おうと思う。『綺麗』だとか『美しい』よりも、『良いな』と思う言葉遣い。
いつか言葉を綴った結果が出せる時が来ますようにって、祈りながらこれを書いてる。

▼2025/09/06:いつだって一人、けれども独りにはならない。

最近、頑張りすぎないで仕事を覚える為に『一日に一学び』を実践している。一日に一つの事柄を頭に入れられたら及第点と言う自分との約束事なのだけど、暇な日は一学びでは時間が余り過ぎる事がある。今日がそうだったんだけど、納品を片付けたらもうやる事が無くて、只管商品の埃を取ったり売り場を整えた後eラーニングで商品の勉強をした。お犬やお猫のご飯とシャンプーについてだったんだけど、たまたま勉強を終えて売り場に出たらお犬のシャンプーをお探しのお客様に色々訊かれて、頭に入れたばかりの知識を披露した。お犬の肌は人間よりも繊細な造りをしているらしく、表皮や角質層、真皮と皮下組織で出来ているのは人間と似ているけれど、かなり薄くて簡単に傷ついてしまうらしい。だから液体タイプのシャンプーはきちんと泡立ててからそっと身体に乗せて、優しく撫でる様にもふもふと洗うと良いらしい。
元々もふもふな生き物だからもふもふと洗う。何か語感が可愛らしいなと感じる。で、無意識だったんだけど、前にも書いた通りお犬をお迎えしたいと本気で考えているので『うちに来たばかりならこの商品だな』と仔犬用のシャンプーを入念に確認したり。泡で出てくるポンプタイプのシャンプーの存在や詳細を知って、動画で洗い方と乾かし方まで知れたので今後に生かしたいなぁと思いつつ、『ああ私、もう完全にリンちゃんをお迎えする気でいる』と再確認した。仕事に行く時も『今日も未来のリンちゃんの為に頑張ろう』と思うしそれなら早起きも苦じゃないし、『最近の気候ならこのくらいの時間にお散歩行くのが良さそう』とか『キャリーバッグとかはどんなのが良いんだろう、スリングも欲しいな』とか『ショルダーリードって便利そうだな。散歩になれない内はダブルリードにしよう』とか色々考えてしまう。
まあその前にアレルギー検査を受けないといけないのも知ってる。万が一にでもお犬アレルギーだったらお迎えは出来ないと感じるし。血液検査嫌いだけど、リンちゃんの為なら頑張れるよ私は。
血液検査と言えば、この前健康診断でした。体重は3ヶ月で2.5キロ減ったからまあまあ頑張ったと思う。結構手厚く検査をしてくれて検査項目(血圧や視力聴力とか)も沢山あった。相変わらず注射が苦手だから横向いて目をぎゅっとつぶるのはご愛嬌って事で。でもまだまだこれからも頑張らないといけない。悲しいようなそうでもないような事なんだけど、私かなり着痩せするから今の体重よりも5キロ以上少なく見える事もあるらしい。お陰様で家族しか私の惨状を知らないんですよね。脱いだらすごいのヤバいバージョン。
ただ、救いなのは骨格がストレート寄りで下半身は比較的に細いし、胸があるから肥って見えても『ああ、胸の所為なのね』と思われる事も多い事。所謂鳩胸に近い感じ。バストがもう少しで100に届きそうだと言われて驚きましたよ。ちなみにヒップはあまりないので若干貧相なお尻です。お肉が付くのは基本上半身で、巧い事隠れちゃうんだろうな。誤魔化してるとも言いますが。筋トレも有酸素運動も無理せず緩くやった方が効率は置いておくにしても長い目で見ると効いてると思う。結局さ、日常に運動を組み込んでルーティンにするのが一番の早道なんだよね。
こんな調子だから店でも動きまくりで納品の時はいきいきしてます。

話が変わるけど、友人に『昔ケラ!と言う雑誌を読んでいた』とメッセージを貰って、懐かしいなと感じた。昔『KERA!』ってゴスロリやロリータ、パンクとかのファッションカルチャー誌が存在していて、私も学生のころ愛読してたんですよね。初めて読んだのはその雑誌の増刊号みたいな『ケラマニアックス』だったんだけど、何でか田舎のスーパーマーケットの本屋で偶然見つけて手に取ったんですよ。小学生の頃かな。本格的にファッションにハマったのは中学の頃で、ゴスもロリータもパンクもロックも大好きだった。今でも大好きだし、これからもそうだと思う。『ゴシックロリータバイブル』ってもう少し高価格帯のお洋服が掲載された雑誌も大好きだった。中村明日美子先生を知った切っ掛けでもある。
下の記事でヴィレッジヴァンガードの話を出したけど、中学の頃にヴィレヴァンで三原ミツカズ先生と嶽本野ばら先生を知って、何冊か本も購入して、特別な場所の一つだったなと思い返した。ガチの田舎と言うよりは地方都市の郊外的な場所に住んでたけど、それでもやっぱり都会には勝てなくてね。それでも情報を集めるツール自体は使えたから調べものが趣味みたいになった。
小さい頃、お母さんに『何で? どうして?』と疑問ばかり投げかけていた時に『まずは自分で調べて見なさい』と大辞泉を渡された事があるんだけど、辞書を読むのって楽しかったからネットが使える様になったら、辞書に載っていない知りたい事を調べるのも好きになった。自分が知りたいと感じた事を自分の手で調べるのって面白い。小説を書くようになって、『情報のソース』と言う言葉も知って、ウィキペディアは必ずしも正しいとは限らないと知ってからも、何かを調べる事はワクワクする事の一つだ。『自分の知りたい事』だからなんだけど。でもこの感じ方のお陰で今仕事に就いて勉強するのも楽しいんだと思う。
本屋さんが大好きなのは、情報がぎっちりと詰まった風景が見られるってことも一因かもしれない。だからやっぱりある程度は都会で暮らしたい。大きな本屋さんが沢山ある都心とかって、札幌の何倍もの情報に溢れてると思うし。一度だけ、東京でとんでもなく広い本屋さんに赴いた事もある。あんなにも沢山の本がこの世にが出版されていて、これからも増えていくのかと思うと同じくワクワクする。
ヴィレヴァン(特に初期)はそんな場所の一つだったんだろう。地方に住んでいる『少し』変わった子供の興味や知的好奇心を満たしてくれるタイプの本屋さん。今は電子書籍もあるし、何でもネットで調べられるから役目が終わってしまったんだろうか。ちょっと寂しいけどしかたない。前に或る作家さんが『紙の本は絶対になくならない。閲覧用のデバイスが無くても紙の本なら直ぐに読めるし、売れる』って言ってたから結局紙の本はきっと無くならないし。
懐古趣味みたいに感じるけど、そう言えばロリータ界隈にも『懐古系』って言うジャンルがあるんだよね。2000年代初期くらいのテイストを汲んだちょっと懐かしい感じのするロリータ服もとても可愛いし欲しい。とんでもないお値段したりするけど。いつか着てみたいブランドもあるけど、それにはまずもうちょっとくらいは痩せないとな。
今年中にあと4〜5キロくらい落としたいって言うのは無茶かなぁと思うけど、前に半年で7キロ以上減らしてるんだから頑張ろう。
ちなみに健康診断の日取りは結構早くに知らされてたから、それに向かっておやつを三ヶ月くらい自分では買わないようにしてた。で、無事に減ったから健康診断の日だけは甘くてバターたっぷりのクッキーを平らげました。500キロカロリーくらいあったけど気にしてないし後悔も無い。塩バターのクッキー、あんなに美味しいクッキーは初めてだった。感動したくらいだったんだけど、もしかして日常でもお菓子を或る程度の期間我慢して、解禁したらとんでもなく幸せなおやつタイムが訪れるんじゃないか。程良い空腹は何よりも良い調味料なんだなぁと感じた。
と、言う事なので明日からもまたおやつは我慢します。また三ヶ月くらい我慢して、そしたらもっと体重も減るんじゃないかなって思うし。ただ単に体重だけ減らすんじゃ駄目だけど。

少し先のご褒美の為に今我慢するのって場合によっては良くないのかもしれないけど、この場合は良いと思う。自分の為に我慢して、楽しむ為に日常にメリハリをつけるんだから。
多分なんだけど、こういうのって多くの人が実践してる事な気がする。ベクトルは色々なんだけどさ、きっと楽しい事の為に我慢して頑張るんだよね。少なくとも私はそうだと思う。貯金とか仕事も同じ。で、序でに頑張る事も楽しめたら勝ちかもしれない。

何か滅茶苦茶前向きな事言ってるね。不思議だな。前向きじゃないと生きて来られなかったから当然っちゃ当然なんだけど。
将来は期待し過ぎも悲観し過ぎもよろしくない。中道ってこういう時にも適した言葉かもしれない。まあ私は無宗教なんだけどね。

▼2025/09/06:教養と遊びは両立することがある、知識で武装し無双せよ

相変わらず妙な記憶力の良さを発揮している日々だ。お陰様で来店されるお客様の事を結構記憶していて、この前接客したご婦人方に『いつもお二人でいらしてますよね?』と訊いて驚かれた。私としてはその方々と幾らかお話しているので、それなりに記憶してそれをそのままアウトプットした形なのだが。覚えられている事を気味悪く思う方もいらっしゃるのは知っていたので情報は小出しにしたんだけど、『確かシニアのワンちゃんと暮らしていらっしゃいますよね?』と訊けば『そうそう! よく覚えてるわね〜』と好意的にとらえて貰えて良かったと思う。
元々視覚からの情報に強いのと、聴覚もそれなりだし過敏気味なので、両方の情報を統合して覚える事が多い。と書くと『統合失調症とは?』となるがまあ、服薬をきっちりしている結果と思っておく。

こうなった要因は、読書して情報をインプットする→書いてアウトプットする、の繰り返しを趣味で行なっていたが故だと思う。幼稚園の頃から読書が大好きで、小さな頃から身近に沢山の本や画集がある人生なのだけど、購入して貰う事は勿論、大きな図書館にはよく連れて行ってもらってた。三歳とかかな、縄文時代の人々の生活を模したミニチュアのの展示があって、あれを見た時から私は小さく作られた作り物の世界が好きだ。で、今でも覚えている小さな頃の記憶が結構沢山あって、それに付随して嫌な事を思い出す機会の方が多いんだけど、時々『これは忘れないようにしよう』と決めるくらい良い経験もある。
学生時代も図書館には入り浸っていて、毎日読書してた。いじめられっ子だったのもあって、静かに本を読んでいれば何も言われない空間は心地好く思える。おまけに速読なもんだから、朝借りた本を休み時間のたびに読んで放課後には返しに行くこともしばしばだった。
最速はアレかな、京極夏彦先生の『百鬼夜行シリーズ』を一日で4冊読んだ時。高校の頃で、たまたまクラスマッチで早々に負けてしまって時間が空いたから呼んでみようと借りたら面白すぎて驚いた。姑獲鳥の夏から鉄鼠の檻まで一気に読んでしまって、司書の先生には『本当に読んだの?』と訊かれる。まあそりゃあそうだと思う。分厚すぎる事で有名で、通称『レンガ本』だもの。
中学の図書館は、人生で過ごしたどの図書館も勝てないマニアックな蔵書が大好きだった。エジプトの死者の書の翻訳版もあればアジアンスイーツのレシピ本もあって、『17歳のカルテ』の原作とかクラフトエビング商會の本、セリアリーズの『魔女の血を引く娘』とかキノの旅シリーズが全巻揃っていたり、マイナーな外国児童書も沢山あって、今でもたまに行きたくなる。で、私読んだ本は大体内容を覚えてしまうので次は楽しめないかと思いきや、次に読む時は読みたい所だけ読むとか考察したいからじっくり読むとか、緩急らしきものが付けられるようになった。
今は映像作品でも同じような事をしている。ドラマも好きだけど、映画はもっと好き。同じ映画を繰り返し観に行く事もしばしばで、原作小説に手を出したりその逆も良くやる。原作通り製作するのは大変だし、それだけでは魅力に欠ける事があるのは重々承知のうえで、原作を映像にしたからこその良さを見つけると号泣してしまって映画館を出る時にはメイクが流れ落ちている事もたまにある。
で、考察をするとなるとある程度記憶力が必要になると思うんだけど、記憶力が良いから考察好きなのか、考察するのが好きで記憶力が上がったのかは、完全に『鶏が先か卵が先か』の話になってしまう。両方とも言えそうだし。
仕事にしろ趣味にしろ、私の記憶の仕方は『色』に結びついていることが多い。脳内の情報や記憶を仕舞ておく引き出しには『記憶に基づいた色のインデックス』がついていて、それをヒントに情報を出したり整理してるんだと思う。店にある膨大な数の商品も『色』と『パッケージの文字』で覚えていて、微妙な違いを見つけられるのはJANコード以外に色で識別する癖のお陰な気がする。
となると、視覚(特に色覚)に強くしてくれた両親(実父含め)には感謝しないとなと思う。私の絵画への興味を絵画教室へ結び付けてくれたから今があるのだし。5歳から19歳まで絵画教室に通っていた事を今の職場の人に言ったら結構驚かれたし、初対面の人はそれなりに興味を持ってくれるから、其処から接客に繋げる事も多かった。

で、友人のブログをきっかけに思い出した事があるんだけど。
『遊べる本屋』ことヴィレッジヴァンガードが大量に閉店するらしい。初めてあの店に行ったのは小学生高学年の頃で、実父が何でか連れて行ってくれた事で存在を知る事になった。小学生の私には少々刺激が強い店内だったことを覚えてる。床から天井まで色に溢れたガチャガチャした洞窟みたいなお店だった。独特の筆跡で書かれたPOPとか、普段目にしないタイプの漫画とか書籍が沢山あって、あのお店で出逢った書籍が今も何冊か本棚にある。嶽本野ばら先生とか、三原ミツカズ先生とか。ゴシックロリータにハマったのはその直後の事で、田舎の中学生だった私には魅力的だし『外の世界』の情報を得られる貴重な場でもあった。
専門学校に入る為に北海道に戻って来てからも、札幌のヴィレヴァンに通っては色んな本を読んだ。その時たまたまイヤホンで音楽を聴いていなくて店内BGMで耳にしたのが、今も聴いているキタニタツヤさんの楽曲で、すっかり気に入った私はまだインディーズ時代のCDを購入した。その後何曲もハマる曲を生み出してくれたキタニさんの存在を知れたのはヴィレヴァンがあったからで、ヴィレヴァンを教えてくれた実父に少しくらいは感謝しないとなって思う。初めて行った時に購入したのは外国産のポテトチップスだったのがちょっとおかしくて笑っちゃうけど。
去年の末くらいに発表されて、直ぐにダウンロードして聴き始めた『ずうっといっしょ!』が無かったら思いつかなかった二次創作小説が何本もあるんだよね。

何か、あの人との過去全部を恨む必要はないんだなって最近考えるようになった。過去が無かったら多分今の私じゃないし。愛されてたのは確かだし。愛があればなんだってしていいわけじゃないけど、無いよりはマシというか。
素直に恵まれていると思えるくらいには愛してくれてたんだよね。やりたい事は何でもやらせてくれる人でもあった。
許すと許さないが混じり合って『今』があるんだなって思うよ。

そう言えば今日、職場での面談だったんだよね。うちの会社は障害者雇用だと支援機関を通さないといけなくて、月一で面談がある(就労移行支援じゃなくて就労定着支援)。で、今の私はかなり安定して働けているらしい。何と言うか、色んな事を俯瞰して見られてるらしい。離人症とは別で、『自分は今何を感じて、思って、考えた結果行動したのか』を考える事が出来るようになってきた。行動って『考えて』『判断する』のプロセスの結果でしょ。そうすると其処に至るまでに何かしらの理由がある事が殆どだと思う。無意識にしている行為の心算でも、意識の下で考えて判断しないとそれに移せないと思うんだよね。私も、商品を整える作業をしてる時は『無意識』に『新しい物は後、古いものは前』に並べてる。賞味期限切れとか怖いし、あってはいけないって知ってるから。でもそれって『賞味期限切れの商品を誤って販売した場合のリスク』を考えた結果じゃん。となると考えてる筈なんだよね。行動の前に考えや理由が無い事って、多分私にはあんまり無いんだよ。少なくとも仕事上はね。
これをいろんな場面に適用できるようになってきたのかな。疲れている事を自覚したら休むなり、ストレッチするなり、カフェインを摂取するなりする。少し回復したら『何で疲れたのか』を考えて分析する。理由が判ったら『じゃあどうするか』を考える。で、行動に移す。その繰り返しで巧い事力を抜けるようにもなって来たし、逆に入れるべき場面ではギアを上げる事が出来るようになった。
勿論今の店が忙し過ぎないからってことはあると思うから、やっぱり環境を整えるのも大切だけども。でも、自分なりの身体と心の疲れや不調を早めにキャッチして対処出来てるのは自分で自分を褒めるべきだと感じてる。今までがむしゃらに働き過ぎて壊れちゃったから、自分のケアをきちんと出来てるのは褒められていい。

そんで、プライベートにも少しずつ応用するようにし始めた。自分の限界を知った上で、常に7割くらいの行動しかしないようにしてる。無理しない、って言うのは頑張らないとは全然違う。サボるのは相変わらず苦手だけど、力を抜くとか予定を次の休みに持ち越すって事を自分に許せるようになった。
頑張ってない自分を許すのが難しいから、自分をケアする自分を許す方が私には合ってる。あと、何だかんだ毎日頑張ってるのも確かなんだよね。朝起きてご飯食べてお弁当作って身支度して、ちょっと英語の勉強もして。結構色んな考えと判断と行動があると思う。現代人は鬱っぽくなりがちなのは、考え過ぎて判断が続き過ぎて疲れ経ってるんじゃないかな。そう思うと風呂キャンセルって意外と身近な事なんだろうな。お風呂って考えて判断して行動するの連続じゃん。おまけになるべくなら効率よく行きたいし。
健康さえ損なわなければ、時々くらいサボるかサポートアイテムもガンガン使えば良い(ドライシャンプーとかね)んじゃないかぁ。周囲への配慮さえ忘れなければいいと思うんだけどねって夜。


▼2025/09/01:アイソトープのトーキングヘッド

さて、副業について少し書こうかな。
販売する作品と配送用品はもう揃ってて、明日にでもメルカリに載せてみようと思ってる。我ながら良い仕上がりでとても嬉しい。何回かは試作と失敗を繰り返したけど、自分なりの作り方も見えてきた。今考えてるのは作品(商品)の取扱説明書みたいなのをパソコンで作るか手書きでコピーにするかだけど、どっちの方がいいんだろうね。家にプリンターが無いからパソコンで作るならPDFにしてコンビニ印刷とかになるんだけど、どちらにせよつけた方が親切なのは確か。製作時間を考えると手書きの方が楽ではある。私の場合は。文字も汚い方じゃないし。そう言えば此処には手書きの文字を載せた事が無いけど、義父曰く『丸っこくはないけど、読みやすくて女の子の書く文字』らしい。母は書道を習ってた関係でとても文字が綺麗なんだけど、母とは全く似ていない。可愛いかと訊かれると首をひねるし、かと言って読めないほど汚くはない。でも大人の文字っぽくないんだよね。喩えるのが難しいけど。

商品に関してはまず、ドールヘッドにメイクを施して手作りしたドールアイをセットして販売する。既に数個完成してて、他の出品者と差別する手はないかなと考え中な現在。元々不要品を販売する時は高評価しか受けた事が無いんだけど、それ以上に丁寧な作業をしないとなと思う。
ちなみにこれらの副業に関しては職場の許可を取得済み。詳しくは書かないけど、応援して貰ってる。
ドールのお洋服もいずれは販売したいし、作れるならお靴とかお鞄の小物も作ってみたい。ミシン早く欲しいな。札幌には色々なハンドメイドイベントがあって、前に行った時はロリータファッションで手作りのヘアアクセサリーをつけていた所為か出品者と間違われる事もあった。いずれはこう言うイベントにも出店してみたい。ドールのイベントもあるんだよね。
中学生の頃からゴシックやロリータに興味が強いけど、昔に比べると優しくなったと思う。世間の目も認識も。まあ物価上昇でお洋服が年々値上がりなのは悲しいけど。でも昔と比べて小物類は手に入りやすい世の中になった。お洋服だってしまむらで買える物もあるから、ロリータがこのまま文化として生き残っていってほしいと思う。
去年くらいにしまむらのオンラインショップでロリータっぽいお洋服が手に入ると知って驚いた。一時はロリータから離れた出戻り組には嬉しいし(何せ昔は3万円で買えたものが5万でも買えない時があるから)、ロリータの入門編としても良い試みと感じる。結局、新規のファンが居ないと何事も発展しないし『業』としても成り立たないしね。
SNSとか一部の声で『全身しまむらロリータとかちょっとね…』って意見もあるみたいだけど、それこそ気持ちは分かる。ブランドのロリータ服は飛び切り可愛いし特別感が強い。変身する気分も味わえる率が高い。けど、ロリータを着てみたい人が着られない一番の理由だった金銭面を考えると『しまむらにしては高い、けどロリータファッションの一部とするならかなりお手頃』なお洋服があればベテランの人だって有難いんじゃないかな。初めての人には『ロリータ気分』を味わってもらって、其処だけで留まらない興味や憧れがあるなら頑張れるじゃない。その結果ブランドのお洋服を購入に繋がればブランドの継続の一助にもなるしさ。
まあ多分、品質とかプロデュースしたモデルさんやインフルエンサーさんがちょっと…な人も少なからずいると思うけど。でも私はしまむら、良いと思ってる。
実際、この前くる実さんと言う方のコラボ商品を注文した。受注生産で、冬物だから届くのは大分先になるけど。でもとても可愛いゴブラン織りのシリーズだから楽しみに待ってる。3点も買って2万円にも届かないのはすごい破格だし。

いつも話がそれちゃうね。副業の方だけど、明日はお休みで資材を購入する日でもある。布とかレースとか糸とかリボンとか、或る程度は目星をつけてるけど、今日行けなかったお店も明日は見られるから楽しみ。ドールアイ政策の為にレジンの道具も買っちゃって、早速レジン液を買い足す予定もある。
今度市内に大きな手芸屋さんが出来るらしい。かなり楽しみにしてる。布もリボンもレースもお買い得なお店みたいだから、確定申告の勉強もしながら待とうと思ってる。
もし来年の副業での売り上げが20万円を超えたら確定申告も必要だし、職場に報告する必要もある。出来れば青色申告が良いから個人事業主の届け出もした方がいいんだろうな。世の中のハンドメイド作家さんは何処で勉強するのかと考えると、ほぼ確実にネットと書籍だろうな。知り合いに作家さんも居ないから訊けないし。Google先生にお願いしないと。
値段設定とか、原価を考えて送料や手間賃も考慮すると結構高額になるかもしれない。でも、それだけの価値があると思って貰える作品に仕上げてこそ作家を名乗る資格が得られる。とは言え本業に影響しない範囲、かつあまり稼ぎ過ぎない方がいい事情もある。金銭面以外は程々に緩くやっていきたい。一回夢中になると何時間でもやれちゃう性質なのは自覚が有るから、自分でセーブしよう。

多分だけど、この前の鬱状態からは早々に抜け出したみたいだね。今は軽躁でもなく、割りとフラットで丁度良い感じ。前向きだけど前向きすぎるわけでもない。実の所女の子週間で体調自体はあまりよくないし。それでも自分のやるべき職場での仕事と家事はしたので誰か褒めてくれないかな。
まあ現実世界で自分を褒める一番手は自分だから、明日はとことん自分を甘やかすよ。ネイルに行ってお買い物してお菓子を買って美味しいお昼ご飯も食べる。ロリータなお洋服とメイク、日傘も忘れずに持って鞄は手作りしたお気に入りのを持っていくし、ドールも連れて行く。
結局外に出るのも、家で過ごすのと同じくらい好きなんだよね。人と関わりたいんだよね。何だかんだ好きだから。それがあるから接客も好きだし、初対面の人と会う事も好きだし楽しい。小さな頃の恥ずかしがりやで引っ込み思案だった私は驚くだろう。

貴女がこうなれたのは、守ってくれた人が沢山居たからなんだよ。だからもう大丈夫と思える幸運こそが一番恵まれている要素かもしれない。

▼2025/09/01:心が二つあるのかもしれない

ひとつ前の記事、私にしては強い言葉を使い過ぎたと反省している。後悔はしてないけど。最近始めたSNSでさ、お子さんの進路について投稿している方の言い方と言うか、言葉の選び方がおかしくないかなと思って書こうと思った記事だった。その方はお子さんが中学受験をしてこのまま行けばエスカレーター式に進学できて将来も安泰なのに、友人関係で悩んで外部受験をして別の高校に進みたいって言われたみたいなんだよね。『あと三年我慢してくれれば』『つらいのはわかるけど』って言ってたのが如何にも引っ掛かって、何故って、お子さんは震えながら大泣きしたらしいんだよね。中学三年生のこの時期に急に言わないでほしいって気持ちは生じちゃうのはしょうがないと思う、けど、その年頃の子、それも男の子が親の前で大泣きするなんて相当だと感じるのに(少なくとも外野の私にしたら)、親御さんは『後三年我慢すれば』って言っちゃったんだとしたら、お子さんが絶望の末に良くない思い切り過ぎた選択をしちゃうんじゃないかって心配になったから書いてしまった。
個人的な意見を言わせてもらうと、その『後三年我慢すれば』って言うフレーズ自体が不味いと思うんだよね。大人になると一年が早く感じるし、年々早くなっている自覚が有る。何だかんだ今年も九月が始まったし。でもさ、それでも三年って結構長いんだよ。よく言うよね『どんなに辛い職場でも、三年は頑張ってみるべき』って話。これを信じて頑張り過ぎた結果壊れちゃった人や、その人達を助けられなくて悲しむ人をたくさん見てきた。
自分の人生の責任を取れるのは自分だけだし、子供が不自由なのは自由過ぎるが故の責任から守るためだと思ってる。辛さも苦しさも何も肩代わりできないのに『我慢しろ』って言うのはおかしいと感じてる。たかが三年、されど三年。学校以外の世界をあまり知らないかもしれないその子が世界に絶望し切っちゃう前に、もっと言うなら『親と学校だけが総てで、全部が駄目になった』と思う前に、親に守ってもらえなかったんだと感じる前にもう一回よく考えてみて欲しかったの。届くわけもないんだけど。
思えば私の心が壊れた原因は確実に子供時代にあって、其処に実父への恨みつらみや同級生たちへの色んな感情が綯い交ぜになった結果でもあるんだけど、本当に絶望してたのかは今ではもうよく覚えてない。何せ錯乱の末譫妄だし。でも強く『自分は消えなくちゃならない』って思ったのは覚えてる。でも、今はそうしなくて良かったと心の底から思ってる。大体の問題ってね、一時的な物でしかないらしいんだよね。勿論長年の悩みとかもあるんだろうけど、自分の全部を擲ってうしなう必要はないと思う。生きてさえいれば何かしら変化がある。良くも悪くもだけど、それらの可能性全てをうしなうかもしれない子供が居たら、私は間違いなく止めるし、話を聴いて如何にか励まそうとするんだと思う。嘗ての私もそうだったから。
身近な大人が護ってくれないなら、一度信じるのをやめてみても良い。誰の事も信じられなくなったなら、一度心を閉ざしてでも生きていて欲しいと思う。自分の事が信じられなくて良いから、何を裏切っても良いから、生きていてくれればそれでいい。生きてないと何も起こらないし、感じられなくなるんだよ。疲れちゃっただろうし、親にすら味方になって貰えてないと感じるなら親に期待なんてしなくていい。ただ、君は本来守られるべき存在だって事は心の中に留めて置いてほしい。
家族って選ぶ事がほぼほぼ不可能だから難しいと感じる事が結構ある。あるとすればステップファミリーくらいなのかな。うちがそうだけど。義父と一緒に暮らして『家族になろう』と決められたのは『選べた』の内に入るんだろうし。とまれ、日本のどこかに住む中学生のその子が心配過ぎたんだよね。だからつい長々と書いてしまいました。ごめんね。


▼2025/08/30:長月が鎌を擡げる、刈り取られないように逃げないと。

学生時代、夏休みが今月末まである事は一度もなかったように記憶している。毎年今頃は学期初めの憂鬱さと定期テストへの準備の焦燥感で忙しかったような。
環境が変わるとか、変える為の準備とかで心がざわつくのは幼い頃の話。だけど、未だに覚えてる。小学六年生の夏、私は本気で消えたくて仕方なくてでも出来なくて、如何にか思いを両親に汲み取って貰えた。担任の先生が本当に良い方で全面的に協力してくれて、何とか生き延びさせてくれた。彼女が今何をしてらっしゃるのかももう分からないんだけど(恐らく定年退職済みだ)、あの人が居なかったら本当に辛い人生だったと思うし、若しかしたらもう終わらせていたかもしれない。
仮定形を考えても仕様の無い事なのは知ってる。幸運にも助かったんだから何も言わない方がいいって事も。でも、その後の人生で少なからずあの頃のトラウマが足を引っ張り続けたのは確かだから。九月一日って、子供が自分で消える事が多いらしい。永遠の夏休みなんて言葉だけなら一見ロマンチックなんだけれど、現実では八月の終わりで彼等彼女等が終わるって事だよ。
SNSでさ、ハッシュタグ『何か見た』ってポストをたまに見かける。だから私も書いてみようかと思った。子供の悩みや思いに両親を含む周囲が寄り添えなくて、寄り添えきれなくて失うって結構よくある(あっちゃいけないんだけどね)展開を見聞きするとフィクションでも心が苦しくなる。本当なら守られなくちゃいけないの。泣きながら震えてそれでも訴えた思いを汲み取ってくれないからこの世を捨ててしまうなんて、文学の上でもないと許しちゃいけないんだ、彼等彼女等の周囲を責めるのはお門違いって言うなら、じゃあ貴方達は何を守るべきなのか知らないんでしょうか、と問いたくなるくらいに。
別に、子供の意思を総てに於いて最優先しろとは言わない。でも間違えちゃいけない物ってあるでしょう。間違えたら貴方達が心を籠めて守って来た存在が、自分の意思でなくなるかもしれないんだよ。守りたいって、幸せに生きて欲しいって願っていた筈でしょう。
何熱くなってるんだと思う方もいらっしゃるかもしれないこの言葉達は、或る投稿を見たから書いている。子供の意思を最優先できない状況でもないと私は感じたんだよね。個人的にだけど。親として子を思う気持ちから彼の選択を疑問に思うのは分かる。努力を重ねて必死で掴んだ道だもんね、頑張ってきた彼の背中を見てきたよね、だけどさ、彼の表情をきちんと見た事はあったのかな?

「辛いのは分かるけど」

ってよく言うし聞くけれど、誰かの辛さとか苦しい気持ちは、想像できても完全には理解しきれないんだよ。理解できないから想像して推測して、導く側なら導くべきなのであって、決して強制しちゃいけない場合だって多い。考えてみて、もしも貴方が本当に辛いと感じる状況に居るのに、年単位で我慢しろと言われたとして。悪意ある誰かや何かに心を毎日毎日削られて、弱音を吐いても受け止めて貰えない、助けを呼ぶ声も出せなくなったら、何を選ぶ? 怨むだけならまだ良いよ。怨む事も出来ないくらい優しい人だったら、もっと怖い事になる。
例えば実験でも完全に絶望し切ってしまうとね、無抵抗に理不尽を受け容れて助けも求めずに沈んでいくんだよね。学習的無力感ってやつだったかな。溺れても助けとして差し出された浮き輪を掴もうともしないの。誰も助けてくれないって学んでしまったから、初めから期待しない。ただ静かに沈んでいく。そんな風になった彼等彼女等を見て誰が喜ぶの?
心ってね、壊れた時に『何時治ったか』が酷く判り難いんだよね。私は一回壊れちゃった瞬間があって、本当に危なかった。此処に来てくれた人は大体知ってると思うし本当に読んでほしい人が此処を読んでいるかも分からないんだけど、それでも書いておきたかった。
貴方が言う『辛いのは分かるけど』って何処まで彼の気持ちを想像して出たものですか? 彼の将来を思う気持ちに余計な物は混ざっていませんか。『せっかく頑張って来たのに』と思うなら、まずはその頑張りを認めてあげた方がいい。多分今は認めてないよ。『勿体無い』って、良い言葉の筈なのにね。この場合だと彼を追い詰める切っ先になるかもしれない。
『どうして今になって言うの?』と思うなら、貴方が言わせなかったのかもしれないとは考えないの?『リスクが高過ぎる』と思うなら、それでも彼はその選択を取りたいんだって本気さを感じ取れないの?
子供ってね、生きてる世界がどうしたって大人よりも狭いもの。家を出れば学校だけが総てって事も少なくない。その狭い世界で息苦しさを覚えるのはよくある話。でもじゃあ、本当に呼吸すら出来ないくらい追い詰められていたとして、最後に助けを求めたのが貴方だったとしたら。貴方だけはきっと自分の思いを汲み取ってくれると思い込んでいたとしたら。それに『我慢』を強いられたとしたら。私だったら心を殺すかもしれない。そして、誰にも助けを求められずに壊れたまま生きていくの。生きていけないかもしれないって思うのは多分、一回壊れたからなんだけどね。

此処で現実的な話をしようか。

自分で消えたいと実行しら結果、消えられない事はよくある。医療技術の発達した昨今、助かる確率は格段に上がった。発見されて直ぐなら搬送先さえ見つかれば結構な確率で戻って来られる。でも仮に心が壊れたままだと、搬送先での日々は地獄みたいな始まり方をすると思う。此処でまた私の話だけど、目覚めたら病室のベッドに拘束されたなんてよくある話みたいだよ。意識が戻ればまだ良いよ。脳機能障害で永遠に意識不明重体のままなんてのも珍しくないと思う。譫妄と錯乱で暴れるからベッドに拘束されてたみたいんだけどさ、未だに覚えてるの。

自分は消えなきゃいけないんだ、放せって怒鳴ってた。

拘束を解いてもう一回消えようとして更に拘束されるの繰り返し。母と義父には随分と酷い事を言った。きちんと寄り添って一緒に頑張ってくれてたのに。それでも駄目になる事がある。まあ、あの人の件が無かったらこうはなって無いんだけど。後はあれだね、初めの病院が私の訴えを一蹴したってのもある。で、色々あって長期の入院後に高校をドロップアウトだよ。それでもちゃんと転学して進学できたし就職も出来た。
ただ、昔出来ていた事がどうしてもできなくなったり、楽しみたい物が永遠に楽しめなくなったりした。戻って来ない物って結構あるし。もう戻れもしないと思うよ。だって感覚そのものがもう無いんだから。
つまるところ、助かっても戻らない物が確実にあるって事。何もかもが元通りとは行かない可能性の方が高いって事。一生怨まれるよりもつらい現実って意外といっぱいあるよ。何パターンもね。

『怨まれても良い、怨まれてもこれが本人の為だ』って言い切れるならそうしてみてもいいのかもしれない。結局私は外野の人間だから。
でもさ、怨まれもしない可能性を一応は考えた方がいいと思う。人生に必要なもの全部捨ててしまったら、最後残るのは空っぽの器だけ。
人生の中のたった数年と思うなら、彼が今まで生きてきた年数を考えて。貴方の半分もないよね? 割合がおかしくなるでしょ。子供の数年は大人の数年よりも何倍も長いの。何倍も長い数年間、彼の心を削り続けるんですか。震えて泣きながら必死で伸ばされた手を振り払えるんですか。たった数年と思うなら、たった数年を貴方が我慢すれば良い。貴方は大人なんだから。
私ね、未成年を守るのは成人の義務だと思ってるんです。自分が未成年の頃守られてばかりだったから、せめて今の子供達には幸せでいて欲しいんです。恩送りって奴かな、守ってくれない人も傷付けてくる人も幾らかは居たけど、私のお母さんは私を守ろうとしてくれた。

一個訊いても良い? 貴方はどうして彼を産もうと決意したのかな。答えなくていいよ。心の中で思うだけでいい。考えるだけでいい。産まれたきた彼にどうなってほしいと思った? どんな風に生きて欲しいと思った? ただ、生きていてくれればそれで良かったんじゃないのかな。五体満足に産まれてきてくれただけでも嬉しかったんじゃないのかな。その上で彼の思う幸せを生きていてくれればそれで十分な筈なんだよ。
誰かの幸せは、その誰かにしか分からない。辛い事と同じように。自分の人生は自分にしか生きられない。責任を取ってくれる人なんていない。今は大人になったから分かるけど、子供の内はそれを知らないの。なのに自分の意思でそれを選んだんだよ。立派じゃない。

この言葉達が貴方に届くかは分からないし、想像の域を出ない事も述べてると思う。自分語りも含んじゃったね。でも、画面の向こうで彼を案じる大人が居たって事を、誰かに知っておいて欲しかったから書いた。


▼2025/08/30:望むなら選び取ればいい、選択の責任を負えるなら。

また早朝に覚醒してしまった。理由は分かっている。昨日昼寝をし過ぎた事。貴重な二連休を物づくりと二次創作小説の執筆に使おうと思っていて、やりたい事はすべて出来たのだけれど、思いの外時間が余ったり疲れが取れていなかったらしい。ちょっと横になったら一時間以上経っているし、そもそも朝ご飯の後にも二度寝してしまった。宜しくない習慣なのだが、私は日常的に二度寝をする生活を送っている。仕事に行く日も朝ご飯を食べてお弁当を作ったらついつい横になってしまう。これでよく仕事に遅刻しないなと思われるだろう。私も思うので、敢えてかなり早い時間に起きるようにしている。起きて朝ご飯を食べて、お弁当の準備をして二度寝をしても尚、起きたら顔を洗ってメイクをして髪を整えデュオリンゴで英語を勉強しても間に合うくらいに。
この話をすると相当な早朝に起きているのではないかと皆さん思うだろう。実の所、今までの仕事では一番遅く起きる生活を送っている。始まる時間が然程早くないのでできる芸当だ。
しかし、今の私には『一人暮らしをする』と『ゆくゆくはチワワをお迎えする』という夢があるわけなので、この悪癖とは距離を置くべきだろう。二度寝をする時間で可愛いチワワとお散歩すればよいのだ。

さて、お迎えしてみたいチワワについて書いてみる。調べてみると、私が一緒に暮らしたいチワワの色は『ブラックタン』『チョコタン』『クリーム』など様々だが、一等好きなのはブラックタンである。頭から背中にかけて黒く、お腹は白くてタンと言う模様が入る。丁度柴犬みたいに麿眉がある子も居て、出来ればそんな感じの子が良い。チョコタンは黒部分が茶色いチョコレート色で、クリームは明るい毛色も良いなと思うので候補に入れた。
以前一緒に暮らしていた柴犬は運動量が凄い子で散歩に関しては一回当たり1.5時間程歩かないと満足しない子だったのだが、チワワは一回当たり30分くらいの散歩を朝晩とかで良いらしい。更に言うなら小柄なので抱っこも簡単だろう。洋犬なので躾は難しそうだが(何せチワワは他人に噛みつくのを良しとされる目的で生み出された亜品種でもある)、職場には頼れる先輩方も多いし(皆さん何かしらの動物と暮らしている)、今はネットと言う簡単にいろんなことを調べられるツールがあるので頑張ろう。
出来れば動物用の医療保険にも入りたいし、その上でお犬貯金もしたい。名前ももう決めていて『リンちゃん』だ。そして自分の事は『ママ』と呼ぶ心算である。この前見つけた住みたい物件に住む事が出来たらまず、床をクッションフロアとカーペット敷きにする。賃貸でも床の加工ができる(多分シートを敷くんだと思う)業者を運よく見つけたので小型犬特有の下半身の関節問題を解決したいのだ。でも、もしかすると入居の時点でクッションフロアかもしれない。その場合はカーペット代だけでも良いだろう。
ゴミ箱は悪戯防止に全て蓋つきのスタイリッシュなものを置く。キッチン等の侵入を防がなければならない場所には柵を設け、ローテーブルではなく高さがあるダイニングテーブルを置いて誤食事件も防止する。その上でいじってほしくない物をきちんと手の届かない場所へ置く。家電のコードには嚙みつかないように教えて、噛みつき防止の苦いスプレーをかけよう。躾用に職場でも販売している。果物の苦み成分を利用しているらしい。
寝床と休憩できる場所兼お手洗いとしてのサークル、自動給餌器、お水のボウルとペットボトル式の水飲み器も用意して、夏はクーラーをつけっぱなしにする決意を固めた。冬はストーブの周りを柵で囲う。そして同じくつけっぱなし…と思ったのだが、不在にしている間はエアコンの方が良いかもしれない。事故防止としても。

これらの準備ができるようになって貯金が貯まり切ったらいよいよ仔犬を探すのだ。飼いたいのは女の子。小柄なのは分かっているけれど、どのくらいの大きさなんだろう。両掌に乗ってしまうんだろうな。あー早く会ってみたい。


▼2025/08/24:焦がした苦み、それでも何故だか甘い

おはよう。今日はいつもよりも遅い出勤なのに何でか早起きしてしまった。夜食を取らずに早めに寝たのは覚えているんだけど、夢の記憶もないし夜中に目が覚めても居ないから、睡眠の質自体は良いのかもしれない。
基本早寝早起きな生活を送れているんだけど、夜中に何度か目が覚めるんだよね。あと、休日はつい二度寝もしてしまう事が多い。だから午前中に予定を入れたりするんだけど、休む事を主体に置くなら二度寝くらいは許してもいいのかもしれない。どちらかと言えば不眠の気の方が強いからね。眠れる時に寝ておかないと。

昨日は前通っていた就労移行支援事業所で、卒業生として今訓練しているメンバーさん達の質問に答えるプログラムに参加した。まだ卒業して幾らも経っていないから知っている面々も多かったけど、知らない人もちらほらいる。何人かは来月から働くことが決まったりもしているらしい。おめでたい事だ。
今の所この国では、何らかの事情が無い限りは働く方がベターなんだと思う。でも其処に大きな困難が有ったり、制約が課されるから大変なんだよね。只でさえ仕事は大変なのにさ。働いていないというだけで色眼鏡を向けられるのも如何にかしてほしい。けど、生きていく上ではお金は大切。いざという時の備えにもなるし、何よりも社会と関われるし(それも健全な形で)、人と繋がれている感覚が生まれるから。
いよいよもって副業の準備が終わりつつあるんだけど、何て言うか、製作業の準備って楽しいだけじゃないね。原価率とか利益率とか考えて仕入れをしたり、経費の計算、仮に収入が得られたら個人事業主の届け出を出した方がいいとか、確定申告の準備とかさ。正直調べれば調べるほど面倒くさい事も多い。だからこそ『業』という名称が与えられるんだろうけど。年間で売り上げが20万円を超えたら確定申告が必要なんだけど、出来れば青色申告にしたいな。複式の帳簿をつけないといけないけど、控除が色々と受けられるらしい。まあそもそもそこまで売り上げが伸びるかなんて保証も無いんだけど。
趣味を仕事にしようとするとそれが嫌いになっちゃうのは経験済みだからこそ、『好きで居続けるための努力』もしたいと思ってる。まあ、楽しめなくなったら一旦離れてみるってことなんだけど。本業じゃないから許される事だね。イラストや漫画もこれくらいの距離感が良かったのかも。
カスタムドールヘッドの販売だけでなく、ドールアイ、ドールのお洋服、ポーチとかヘッドドレスなんかの布小物も販売してみたいと思ってる。ハンドメイドって、或る種無心の状態で出来るから一種のストレスコントロールになる。本業のストレスを此処で解消序にお金が貰えたら少額でも嬉しい。

そう言えば前に書いたけど、最近店で可愛すぎるチワワを見てしまって、チワワと暮らしたいと考えてしまってる。来年の秋頃を目途に一人暮らしを始めようと思ってるんだけど、暮らしたいエリアの物件を見ていたら(気が早いよね。予算を知りたかったの)丁度良い広さと家賃で私が欲しい条件を殆どクリアした物件を見つけたの。間取りも内装も設備も周辺の環境も理想的だった。その上『ペット飼育可』の物件で驚いた。築年数も比較的新しいし、床はクッションフロアやカーペットを敷けばお犬の脚にも優しい。
先述のチワワちゃんは女の子で、ブラックタンと言う柄なんだけど、もう本当に可愛い。実は私これまでチワワをあまり可愛いと思った事が無くて、なのにその子が近くを通るたびに尻尾をぴこぴこと振ってくれるのを見るときゅんとしてしまって、いつの間にか可愛くて仕方なくなってた。売り場を整えたり掃除をしてると絶対にこっちを見て尻尾を振って、窓に前足をつければ小さな肉球がガラスでぷにゅッとしているのが見られる。もう可愛くて可愛くて。
勿論一人暮らしして直ぐに飼う訳じゃない。一年くらい一人で暮らしてみて、本当に出来そうならお迎えしたい感じかな。予算もあるし、準備もしないと。とか言いながら踏み台昇降運動しながら『チワワ ブラックタン 女の子 北海道』で検索しちゃうけど。
生き物を最期まで面倒を看切る覚悟も少しずつ決めている。犬種的に病気をしやすい子達だし、躾だってきちんとしなくちゃいけない。毎年必ず受けさせなきゃいけないワクチン接種や、健康診断代とか突然の医療費とか、動物用の医療保険とか、ご飯・おやつ代やトイレシーツとかの消耗品、自動給餌器とかペットカメラとかも購入しなくちゃいけない。どんなに自分の調子が悪くてもお犬に苦労は掛けられない。ご飯とお散歩とトイレの掃除、一緒に居る時間を作る事も勿論だけど、出来れば私の所に来てよかったと思って欲しいから。最期は必ず私よりも先になるように、強く生きなくちゃいけない。
でもね、そう思うとこの前の鬱々した状態からは脱したよ。ってか鬱になってる場合じゃない。未来のうちの子の為にしっかり暮らして行かないと。とか考えたから早起きしちゃったのかな。今日の札幌は私が起きてご飯を食べ終わった頃はまだ涼しくて、お散歩に丁度良かった。この夏は随分と暑かったのに、最近だと夕方くらいはもう涼しい。テレビでは灯油の購入積立金やスタッドレスタイヤのコマーシャルが流れてる。店ではもうハロウィンの売り場づくりの指示が出てるし、同じモールの百均ではそれ用らしきグッズが売ってて、冬物のお洋服の予約が始まってる。

暑い暑いと言っていたのが嘘みたいな季節が今年もやって来るんだろう。出来れば暴風雪は勘弁してほしい。

最近ハマってる曲があるんだけど『NEE』ってバンドの『第一次世界』って言う曲。これを聴いてると脳内でオリジナルキャラクター達が動き出すし、元気が出るから、興味があれば聴いてみてくれたら嬉しい。

▼2025/08/22:そう、シンプルな祈りだよ。

自分にとって毒となるものを吐き出す。遠ざけるのとは少し違うのかな。前者は物質で、後者は存在。
以前ほど『腸活』をしなくなって久しいのだけれど、それでも出ないなと思う時はその方法をなぞるようにしている。やっぱり出るよ。無糖無脂肪のヨーグルトに大根おろしを入れて人肌くらいに温めて(電子レンジが便利)蜂蜜を混ぜて食べる。余裕があるならオリーブオイルも入れた方がいい。私の場合これで覿面に効果があるんだよね。後は運動。女性は比較的に腹筋が弱い人が多いから、どうしても便秘になりやすいんだってね。それと、未だに毎日やってるのは牛蒡茶を常飲する事と、イージーファイバーを一日のどこかのタイミングで取る事。仕事のある日なら化粧しながら珈琲を飲むからその時に溶かして飲んでる。飲み物以外でも良いと思うけど、楽なのはこれじゃないかな。

健康診断が迫っていて、色々と節制を重ねてる。おやつを毎日食べなくなるなんてすごいなあと我ながら思う。食べても週に三回以内にしてるんだけど、結局ね、仕事してると食べる暇が無い。そしてとにかく動く仕事だから汗もかく。そうなると毎日お風呂に入りたいし、結果疲れるからしっかり眠れる。ただ最近少し眠り過ぎる時があって、そろそろ眠剤の調整時期かもしれない。今の規格の一つ下とかあったかな。減らした場合にちゃんと眠れるかが問題だけど。
友人がね、女の人ならではの理由で長いこと悩んでるの。婦人科系の悩みって只でさえ面倒くさい事が多いし、病院もピンキリと言うか、当たりはずれが激しいんだろうな。ピルは確かに体重制限があるし、結構ずばずば言われるからきつい時もあるよね。
漢方が効くかは正直何とも言えない。あれ含む東洋医学って症状もそうなんだけど、それ以上に患者本人の状態をヒントに薬を選定していくんだよね。例えば体力がある方なのかとか、体温が高い方なのか低い方なのか、貧血気味なのか、身体に水分が多いのか少ないのか、『虚実』って言うので表す『証』をきちんと調べて把握したうえでの処方なら効果がある可能性がある。けど、元々服用している別な薬と効果が被らないようにしないと副作用の可能性も上がる。ちなみにこの辺は登録販売者試験の時に勉強した知識だから、多少は間違ってるかもしれない。何せ令和元年の話だから。
『証』って言い方は分かり辛いけど、これが理解されてないときちんとした効果は得にくい。私の場合は眠れない性質で酸棗仁湯って言う漢方を寝る前に常用してるけど、前は六君子湯って言うのを毎食前に飲む事もしてた。これ本来は胃腸薬なのに、精神科の病気にも効く事があるらしい。ただ、食欲が増すのは注意かな。
酸棗仁湯はクロウメモドキ科のサネブトナツメから採れる酸棗仁って言う生薬がメインらしい。割りとポピュラーなんじゃないかな。教本にも載ってたから。他にも五苓散とか猪苓湯とか呉茱萸湯とか飲んでた事もある。それぞれ効果は違うけど、被りやすくてたくさん摂りすぎると良くない成分もあるから重複する時は注意ね。
以前の主治医は漢方薬と新薬が好きな人だったから、結構目一杯漢方薬を処方されてた。たまに誤解している人が居るんだけど、漢方薬とか生薬だからって効果が薄いとか、副作用が無いって言うのは謝りなんだよね。例えばなんだけど、ヒキガエルの毒とかトリカブトの毒が生薬として利用される事もある。毒って聞くと怖いけど、確か強心薬の一つだったと思う。少量なら心悸亢進して利益が有ったりする。ただ、西洋薬と違って体質に合わないと効果は無いと思った方がいい。ぴったり合う処方が直ぐに見つかればいいんだけど、そうでない場合にはちょっと時間がかかる。

地元の友人に漢方薬局でオーダーメイドの漢方薬を調剤して貰ってる子も居る。結構なお値段みたいだけど、彼女的には安心して飲めるらしい。その子は西洋薬が少し苦手で、何方かと言えば体質を改善して不調を治したいタイプ。私は効いて副作用が気にならないなら何でも飲んじゃうタイプ。いろいろだね。
一時は市販薬のプロを目指してたから多少は分かるんだけど、薬って絶対に副作用があるの。どんな薬でも。最近話題なのはNSAIDsかな。非ステロイド性抗炎症薬って言って、分かり易く言うとロキソニンとかイブとかの鎮痛薬。これは突発的な頭痛とか疼痛を鎮める目的で使うんだけど、この時期暑いから熱中症で起きた頭痛に使っちゃうと最悪腎不全とかになる。腎臓は血流が滞らない事が本当に大切なんだけど、それを阻害する可能性があるんだよね。おまけに腎臓って一回壊れると治らないから怖いよ。下手したら人工透析とか行っちゃうから、もし熱中症が疑わしかったらまずは経口補水液とかで水分と電解質を補給して、涼しい所で休んでみて欲しい。それか病院行ってみてもいいと思う。熱中症での頭痛は初期症状ではないから。

こういう事を知っているのに、この前うっかり熱中症由来の頭痛で鎮痛薬飲んじゃったけどね。カロナールだからまだ良かった。

そんで、婦人科の病院探しって本当に大変らしい。当たりはずれが激しいのもそうだし、行く事へのハードルもある人が多いって。親御さんとかが『娘が婦人科へ行くなんて恥ずかしい』って止める事があるらしいけど、もしヤバめの病気だったらどうするんだろう。内膜症とかチョコレート嚢胞とかさ。下手したら癌化するんだけどな。
ピルを処方してもらうには血液検査が必須で、体重はいく度に私は量ってる。まあそれなりに落ち込む事もあるけど、現実は変わらないからね。ちなみにこの前は少し減ってて嬉しかった。
そう言えば、一年に一度エコー検査も受けてるけど、私の女性特有の臓器って左側に寄ってるんだって。だから全体像を見るのにコツがいるらしい。今年も問題なく検査は終わった。血液検査も善玉コレステロールが多いくらいかな。あと定期的に筋トレしてるって分かる検査結果だったみたいで、そんなのも分かるんだってびっくりした。

肥るのって簡単なのに、痩せるのって本当難しい。毎日これだけ動いてるのになかなか痩せないから、年取ると代謝が下がるのは本当だって実感してる。でも言い換えると、今が一番のチャンスなんだよね。人間誰でも今が一番若いからさ。
結局、お薬と運動、精神と肉体、生活習慣、全部繋がってるから一個を改善しても身体はなかなか変わらないんだよ。私がこれだけ前向きで居られるのは薬があってるからだろうし。まあそれでも昨日の夜は号泣してたんだけど。久しぶりに鬱のフェーズに入っちゃったみたいで、泣きながら色んな記事を読んで鼻水をかみまくってた。まあこの状態はそんなに長くは続かないんだけどね。やっぱり躁に寄ってるから。

こうして此処に書く事で考えが整理されてるって今も実感してる。やっぱりパソコンは必須だわ。そして一時出来なくなってたタッチタイピングがまたできるようになった。
結局ね、身体も技術も脳味噌も、使わないと巧く動かせなくなるの。錆び付かないようにしないとね。潤滑油になるのは多分、毎日のちょっとした喜びと趣味活動だね、私の場合は。


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