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▼2025/08/01:難しい星の元、それでも流れゆく小川

去年から続けてきたカウンセリングが今日で一区切りとなった。元々10回を目途に受けていた治療だったが、今日がその10回目。ここ一年で私は自分と向き合い、折り合いをつける方法を身につけられたと言われた。
自分の生き方や感性の尖り具合に苦しんで来た人生だったが、今はいい意味でこだわりを弱める事が出来たように自分でも感じている。こだわりを捨てるのではなく、弱めたり緩急をつける術を学んだと言う事なんだけど、何だろう、非常に自分に適した環境に身を置く事が出来たのも大きいけど、一番は自分の内側に居る子供の傷を受け取る事が出来たからだと思う。前にも書いたけど、インナーチャイルドって奴だね。彼女が居てくれたからこそ、私は自分の傷を見ないフリが出来た。そして、そろそろその傷を自分に返してもらうタイミングだったと言う事。子供は居なくなったと言うより、私の中に溶けて行った。やっと苦しみから解放してあげられたし、私は私で自分の傷を癒す機会を漸く持てた。傷は思っていたより多かったし、それなりに深かったけど、時間をかけて自分と向き合ううち、少しずつ塞がっていった。今は多分瘡蓋が付いてる状態。
まだ時々、周囲が自分を嗤ってるんじゃないかって思う事がある。でも大体は思い違いと言うか、自分以外の人間だったり事象だったりの事を話してる。私の事なんてみんなそんなに気にしていない。自意識過剰な所が否めなかったし、多分成長の過程で皆が通る道の一つだったんだろうなって今は思う。特性持ちの私は脳の完成スピードが遅いから、やっと出来上がってくれたんだね。子供でも居られたって事は周囲に愛されていたんだよとも思う。
昔読んだ本に『本当の大人って言うのは意外と少ない。ただ歳を取っただけの人間は多いけど』って言葉があったんだけど、本当にそうだなって思うと同時に『それが許される世の中も悪く無いんじゃないか』と思う事も増えた。本当の大人ってどんな存在かと訊かれても答えらないし。それなら大人のフリを繰り返していくしかないんじゃないかって。フリが出来ればいつの間にかそれが染みついて大人の振る舞いが身についていくって言う、まあそんな感じで生きている人の方が多いんじゃないかな。明確に分けられるものでもないと思う。だからこそきちんと大人で居る人には尊敬が集まるし、けれども大人で居る事だけが正解って訳でもない。『此処は大人になって譲りましょうよ』と言われたとして、それって『自分が我慢すれば何でもそれで済むのか』って言う問いを生むと思うんだよね。大人って本当に護りたいものとか譲れないものだってある筈なの。全ての場面で大人の振る舞いややり方だけが正しいのかって、多分違うと思う。
それが判断つくのも大人だからかもしれない。大人の対応を求められた時に応えられるのもそうだけど。ただ、此処は譲っちゃいけなかったと後悔する数は減らした方がいい。

今日はお給料の明細が見られる日だったんだけど、この前のお給料よりも結構多く貰えそう。控除の割合が少し下がってた。嬉しい。やっぱり何で働くかってお金の為だしさ、欲しい物とかやりたい事の為に頑張る分評価が伴えばやる気に繋がるでしょ。
今日の診察でも先生に働く時間は『フルタイムまで伸ばしても大丈夫』って太鼓判をもらえました。今直近で身に着けたいのはレジのスキル。前職でも時間がかかった項目だけど、これが出来ないと店が回らない時が増えるんだよね。私を店に一人にするとレジが出来る人が居ないんですよ。お客様が多ければレジを複数開ける事もあるだろうし。まあ支払いの方法とかポイント割引とか覚えるべき事は沢山ある。でもいずれは出来るようになりたいとも伝えてある。出来る事が増えればその分お給料も増えるし。
…そう言えば今年は最低賃金の改定はあるんかね?基本給は最低賃金よりも結構高いけど、世間の流れには沿う会社だから最低賃金上がれば多少は基本給も上がりそう。まあ上がるとすれば十月くらいかな。例年その辺りだし。

この前観た動画で『精神障害とか発達障害を持つ奴等への配慮義務って健常者には負担でしかないし、取り敢えずクビにするか雇わなければいいでしょ』って言うのがあったんだけど、それが全健常者の意見みたいに言うのはどうなのかなって思うのと同時に、『究極に人手不足だから求人出したのに、集まるのは全員障害者だったらどうするんだろう』って考えた。
誰を何処から障害者とするのかって、人によると思う。眼鏡をかけないと文字を読み書きできない人は眼鏡や視力を矯正する器具が無ければ障害者だし、事故で脳に機能障害を負ってしまっても障害者だし、そうでなくても認知症とか難病はいつ何時発症するのかも分からない。まあ前記の言葉を述べた人からすると生まれた時から『障害者』と診断された人の事を言うんだと思うけど、じゃあその人に働いたり人と関わったり、もっと言うなら『生きる権利』すら許していないように感じてもにゃっとした。
底辺とか、最下層の人間とか不可触民とか言われる人達を排除したとして、次にその人達と似たような扱いを受けるのは一つ上の階級に居る人達じゃないかな。達磨落としみたいにさ、カンカンカンって一段一段落とされていくの。そして自分だけでも落とされないように意識し始めたら、それはそれで生き辛いし幸せじゃないと思うんだよね。
何を言いたいかって、自分の幸せの為にも、弱者と呼ばれる人の幸せもある程度保証すべきって事。明日は我が身じゃないけど、自分がいつ何時どうなるかなんて分からないんだから。で、最初の話に戻ると、これをきちんと理解してるって言うのも大人の条件じゃないかなって最近思った。
強かろうと弱かろうと、この世に生まれて来ちゃった以上は生きるしか今のところは術がない。自殺は悪だと言うなら生きる事を否定しないでほしい。強い人や富める人ばかりが生き残るべきで、下は切り捨てるべきと言うなら、いつかその刃はあなた自身を刈り取るよ。だって下から順番に切り捨てられ続けるんだから。
健常者が我慢ばかりするのもおかしい、でも障害者が皆生まれてきちゃいけないって言うなら、完璧な子供を生めるように技術でも開発して極めればいいんじゃないかな。絶対時間ばっかり浪費して貴方の人生が終わっちゃうと思うけど。それよりも折り合いをつけようよ。私は自分で出来ない事をしてもらう代わりに、出来る事は他の人よりも頑張るからさ。そもそも仕事とか社会ってそう言う物でしょ? 自分で出来ない事をお金を払ってやってもらい合う事で社会って回ってる。世界ってそう言う物だと思ってる。

まあ、一意見だけど。でもさ、そうやって自分ばかりが満たされたとしても虚しくないのかなって思う動画だった。迷惑をかけられたのは気の毒だけど、ぶつける対象は選ぼうね。何なら別の形に昇華しようね。あなたも私も他の人に迷惑やお世話をかけないと生きていけないんだからさ。それを仕事にして生きている人も居るし。

持ちつ持たれつって大切だなって、最近よく思う。

▼2025/07/29:人工の琥珀玉、閉じ込められるは雲母めいたそれ

我が家にやって来てくれたクーラーと、遠くの地から心配してくれる友人の有難みを噛み締めつつ涼んでいる。
この前保険証の切り替えのタイミングで受診した為10割で医療費を払ったのをすっかり忘れていた事もあり金欠な今日この頃だが、どっちみち一人暮らしをするなら今の好き勝手な生活スタイルを或る程度は矯正しなければならないので、良いタイミングだと省エネモードで過ごしている。
現在の仕事は制服があり、仕事のある日は今までの私ではあり得ないようなシンプルスタイルで通勤している。トップスのみ着替える関係でボトムは常に長ズボン、かつ色合いはアースカラーだ。トップスは初めに2枚買い足したのみで、それまでに持っていた中でなるべく飾りのついてない着替えやすい物を選んで着回している。色の組み合わせのみ多少は気を配っているが、お洒落さがほぼ求められない職場に勤めると私もこうなるのか。髪型も就労移行支援事業所に通っていた頃は毎日変えていたが、現在は毎日ロープ編みをしてからのローポニースタイルで、作業中に邪魔にならない髪型をと考えるとこうなる。勤める場所が変われば自分までがこうも変わるのかと思う。
こだわっている所も勿論ある。メイクとネイルだ。但し、毎日変化をつけると言うより『毎日一定のレベルを保つ』事がメインになった。この時期だと特に崩れやすいベースメイクを如何に綺麗に見せるかとか、消えない眉メイクとかにこだわるようになっている。通勤時の洋服に合わせたり気分次第では内容を変える事はあるのだが、気付けば毎日使っているアイテムがある。ジバンシィのリップスティックだ。ローズ・パーフェクト・シャインの118番。かなりベーシックな色合いなのだが、これを下地として唇に塗り、真ん中の方にだけ少し鮮やかな色や濃い目の色を塗ると元々唇が綺麗な人だったかのように見せられる。
私は元々あまり血色が良くなく、唇の色も沈んでいるのでこれを塗ると塗らないとでは印象がかなり変わる。勿論これ単体で塗っても良いし、フォーマルな印象になるので面接とかに適しているかもしれない。そしてこのリップはデパコスなので高いのは当然だが、塗っていて荒れたことが一度もない。寧ろ荒れている時に塗ると何故か治る。そんな効果は標榜されていないので首を傾げるしかないが、多分私に合っている成分構成なのだろう。ちなみにデパコスだろうがプチプラだろうが荒れる時は荒れるため、下手に普段使わないブランドを試せないのが難しい所だ。KATEとCANMAKEは間違いなく荒れるし、ちふれもダメ、マキアージュもダメしイブサンローランとRMKもダメだが、ビーアイドル、MACやナーズ、Diorやジルスチュアートは荒れない。クレドポーボーテも荒れない。全体的にプチプラで冒険すると痛い目を見ると分かった。でもイブサンローランで荒れたのが一番きついレベルの痛みだった。

今までは、メイクを主に自己表現のツールとして研究してきた。でも今は印象操作のツールとして研究しているかもしれない。印象とは勿論他者の目から見た私のこと。素の表情や真顔が『怖い』と言われがちで、以前はよく『怒ってる?』と訊かれていたが、いつの頃からか『話しかけやすそう』と言われる事が増えた。今の仕事でもお客様から声をかけられる機会が多いし、プライベートや通勤中にも道や電車の乗り方を訊かれる事が格段に増えた。この前は地下鉄で外国人男性にある路線に乗り換えたいがよく分からないと英語で訊かれ、いつの間にかデュオリンゴで着いた英語力のお陰もあってスムーズに案内できた。その後にも初対面のご婦人に駅でエレベーターの場所を訊かれて案内した。
店では基本、無表情では居ないようにしている。基本的に額の力を抜いて眉間にしわが寄らないようにし、口角は不自然にならないよう意識して持ち上げる。イメージはアイドルの表情管理だ。そして挨拶は元気よく、お客様と擦れ違う時に無言なのは避け『ご覧くださいませ』を繰り出す。
この時、もし自分が困っていたらどんな店員に質問するかを考えるとやりやすい。常に不自然ではない柔らかい笑顔の店員と、仕事に集中し過ぎて目が怖い店員なら前者の方が話しかけやすいだろう。ただこれが行き過ぎると私を『話し相手』として話す目的で来店されるようになるお客様も出てきてしまうのだが。
この前から一度私を見つけると寄って来て一時間以上拘束してくるお客様が居る。勿論ペットを可愛がってお世話しているが故の話題も多いのだが、如何せん話が長い。私が笑顔で大人しく聞いているのが良くないのかもしれないが、それにしても話が長い。今の世の中ではこれも『カスタマーハラスメント』に入るらしく、なるほど、店員の時間を奪う行為も一種の暴力なのかと思った。

何故これを書いたかって、私もやってしまっていたからだ。

私もお買い物のときに店員さんとお話することがとても好きだ。商品に関する事やプライベートの事もたくさん話してきた。時にはどうでも良い事も話していたと思う。誰かと交流したくてお店に赴く事も多かった。私の話を聴いてくれる人がいると言う事は、承認欲求を満たす要因の一つだったから。誰かが自分の話を聴いてくれている間は、その誰かは自分に集中してくれている証になる。少なくとも私の中ではそう感じる事柄だ。だから用もないのお店に行っては店員さんの時間を奪っていたのだ。あまり良い事とは言えないと思う。
勿論販売員からすれば『見に来ただけの人』を『買う気にさせる』のはある程度必要な事だ。それで売り上げが変わる事は大いにあるし、それこそスキルの一つに数えられる。でも客側の私はそもそも買う気もないしお金も無いのにお店に行きすぎていた。それって失礼な事なんじゃないかとようやく気付いた。気付かぬうちに傷の見えない暴力を振るう側に立っていたのだ。少し怖くて、それ以上に恥ずかしく感じる。気付けて良かったけれど、それまでにした事は消えないのだ。
何事にも『程良さ』と言うものがあって、皆持ちつ持たれつで生きているのだと実感した出来事だった。

さて、話は変わって。
去年の冬から始めたデュオリンゴのレベルが上がって、苦手としていたライティングの技術が上がったと評価された。スピーキングに関してはリアルの相手が居ると緊張して単語の羅列で話す事も未だ多いが、推敲の出来るライティングであればある程度自分の意見を述べられるようになった。少し前からデュオリンゴ内のレベル上げに伴い問題文も英語になってきたのだが、それもきちんと読み取れるし何を問われているかもわかる。今の私のレベルは英検2級くらいの実力らしく、TOEICだと550点くらいは取れそうらしい。CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)だとB1と言うランクだ。日常生活や海外旅行の際に、或る程度自信をもって自分の意見をシンプルに、筋の通った形で伝えられるくらいらしい。
うちの店は隣で生体販売もやっていて(要はペットショップ)そちらのわんにゃん達を見に来る人は多い。このクソ暑い中でも冷房が効いていることもあり、涼む序にわんにゃんを見るのだ。最近だと外国人のお客様も多く、或る日片言で『スミマセン』と声をかけられ『お伺いします』と向かったら、彼女は『ネコチャン、オミズ、』と言うのでピンと来て

『ユーシー、キャット スピルド ウォーター?』

とカタカナ発音で訊いてみると『Yes!』と笑顔で言われたのだ。つまりは猫ちゃんがお水の入ったボウルをひっくり返したと教えてくれたのである。直ぐにお店の方(テナントが此方ではないので)に伝えてお礼を言われた。ちなみに現場ではにゃんこがびっしょびしょになっていた。お客様にお礼を言って『センキューソーマッチ!アイムグラッドユー、ハバナイスバケイション!』と言えば『Thanks.you too!』と言って貰えた。発音は相変わらずカタカナだけど、通じる事の方が多いのは英語が母語じゃない国の人が多いからだろうか。
テレビや動画でも英語を聞き取れるようにもなり、この場合和訳するならこっちの表現じゃね? と考えられるようにもなり、色々面白い。そしていい加減電子辞書が欲しい。現在英語辞書の無い状態で勉強してるけど、そろそろ限界な気がする。

毎日勉強してると、耳が慣れると言うか、英語を何となくではない輪郭を伴った状態で聞き取れるようになる。そうなると『この場合の表現はどうする?』と新たな疑問が湧いてまた勉強する。子供の頃にこの境地に至れていたら幾らか賢い大人になっていただろうか、もっとたくさんの武器や能力を持っていただろうか。

まあ、現状では今持っているもので勝負するしかないんだけども。

大人達が「大人になると勉強が楽しくなるよ」と言っていたのは本当だったし、学生の頃よりも勉強したいと思うようになるのはある意味バグみたいだなぁと思う。もっと頭が柔らかい内に色々吸収しておきたかった。ただ、これが分かるのも大人になった証拠かと思うと悪くないかなと感じる。無知の知、みたいなね。知らない事を知っている、と分かるくらいには勉強してきたって思うから。

▼2025/07/25:外側を清める、内側も整う。

朗報、我が家にもクーラーと言う文明の利器がやって来た。設置場所は私の部屋ではないが、扇風機などで風の流れを作れば私の部屋も涼しい。昨夜は久しぶりに布団をかぶって眠れて快眠だし、寝起きも清々しかった。
実の所、眠る際には身体の上に重みがある方がよく眠れるのだ。なので秋が深まるにつれて私の体調は整っていく。つまり、今は一番体調を崩しやすい。重めの布団や毛布があると本当に安心する。こういうタイプの人は他にも結構いらっしゃるらしく、態と重みをもたせた毛布などが販売されていると以前見掛けた。
今日は涼しくなったわが家へ更に風を通すべく、部屋の大掃除をした。最後に大掃除をしたのは去年のクリスマスだったので、半年以上経ってしまった。もう少し頻繁に行いたいものである。不要になった洋服を捨てるものと洗濯してメルカリに出すものとで分けて、捨てるものだけでも相当な量になってしまい反省している。考えてみて欲しい。私はこれらの洋服をただ『欲しいから』と購入したのに数年後には結局捨てようとしている。使用感があるとか、もう着られないサイズだからとか理由はあれど、今後はもう少し考えてお金を遣おう。
大分前、部屋の物を断捨離するなら『ときめく』『ときめかない』で必要かそうでないかを決めると良いと言う方法が流行ったのを覚えてらっしゃる方も多いだろう。初めて耳にした時には少々軽薄に聞こえた表現だったが、確かにしっくりくる尺度だと今は思う。

これを着ている私にときめく事が出来るか否か。

それだけでかなりの量の洋服を手放す決心がついた。そして今後は『とんでもなくときめく』と判断したもの以外は購入しない様にしようとも思えた。何せ捨てるのも市指定の有料のゴミ袋に入れなければならないし。
今回手放すのは洋服だけではない。昔購入したは良いが使い勝手の問題で手放したいと考える小物や、もうハマっていないCDも含んでいる。幾つかはもうメルカリに出品した。せめて幾許かのお金になるなら喜んで発送する。早速売れたものもあるので発送準備をせねば。
今年は年末まで節約モードで生活すると決めたのだが、此処には書いていなかったかもしれない。来年の一人暮らしに向けての省エネモードを体に染み込ませたいのと、純粋にお金を出す必要が発生したのだ。冒頭のクーラーの購入代金と、そろそろ買い替えなければならないノートパソコン代である。
クーラーに関しては同居の祖母と折半なのだが、ノートパソコンは全額自腹である。丁度Windows10のサポートも終わるので、年末に支給されるであろう生まれて初めての賞与を合わせてノートパソコンを買い替えたい。振り返ればこのノートパソコンも使用して5年目だ。最近バッテリーの消費や蓄積、文字入力の際にカーソルが表示されず入力も出来ないバグが発生するなど不具合が稀に出るようになってきた。検索を掛ければ『そろそろ寿命』と知ってしまい、ああ、この子ともお別れが近いのかと感傷的になる。
現状私の趣味にパソコンは欠かせないし、仮に無ければ日常生活にも支障をきたす。インターネット社会だ。友人にも最近パソコンを買い替えた人がいる。Windows10のサポート終了前に滑り込みと言っていたが、私は滑り込めそうにもない。勿論貯金を切り崩せば買えるだろうがそれでは駄目だと知っている。
と言う事で年末まではじっと我慢の子、をしなければならない。まあ良い機会だろう。一人暮らしをすれば今までのようにいかないのだから、予行演習だ。

しかしクーラーと言うのはこんなにも室温を下げてくれるのかと驚いている。昨日のお風呂上がりとか、全然不快な温度を感じないし髪の毛を乾かした後も直ぐに涼める。ロングヘアな上に量もすごいので乾かすだけでも重労働なのだが、その後直ぐに冷風を浴びれると此処まで快適とは思わなかった。
最近の北海道はぶっちゃけ異常で、現住所の札幌市だけでなく北見や帯広、美幌なんてとんでもない事になっている。皆さんも目にしただろうか、ニュースは連日『酷暑』『異例の暑さ』『羆がヤバい』ばかり報じているのだ。詰まるところが異常気象並みに羆は恐ろしいと言う事だが、殺す事の出来る(腕利きのハンターと狩猟道具と多くの人員の協力を必要とはするけれど)羆よりもコントロール不可な気象現象には大きな差がある。最近ニュース番組の天気予報を見る度にげんなりしていた。明日は少々過ごし易くなるとの事だったが、本当だろうか。
おまけにまだ七月後半なので、八月の一番暑くてじめじめした時期が待っている。ちなみに今年もお盆のお墓参りは参加できそうにない。繁忙期なのだ。少し涼しくなった頃に休みを取って行って来ようと思う。待っててねお祖父ちゃん。

話は変わるが、予てより作成していたドールを完成させた。名前はミュウちゃんである。ピンクのロングヘアーに、バッチリメイクの女の子だ。いい加減アルバムを作って此処にも載せたい。彼女に関してはやはり、メイクがうまくいったのと、付け睫毛を綺麗につけられたのが我ながら上達したと思う所だ。彼女でうちの子は4体目(ぬいぐるみを含んだら7体目)だ。もう次の子を作りたくて仕方ない。作るとは言っても素体は既製品、しかしその制約があるから手軽に楽しめる。原型から作っていたら私はきっとそれを職業にしていただろう。以前『次の子はオビツボディで作る』的な事を書いたが、前述のとおり節約モードが長くなってしまったので、それならよりしっかりと計画を立て多少高価になっても良いから理想の子を仕立てようと思った。『DOLK』と言う有名なドールショップがあるのだが、そこで扱っている素体を使って生み出したい。折角なら少し大きなボディにしてみてもいいかもしれない。そうなると部屋のスペースが足りないので一人暮らしを始めるまで我慢してもいいだろう。ちなみに名前はもう決めてある。変わる可能性もあるが。女の子な事だけは決めている。
私がドールに興味を抱き始めたのは中学生の頃だが、あの頃よりも選択肢が幅広くなった。海外メーカーの物も沢山あるし、カスタムの手段も増えた。百円ショップで素体が販売されるとは思っていなかったが、それだけ『何かを作りたい人』が増えたと言うことかもしれない。コロナ禍以降は家時間が増えたし。
ところで、メルカリを見ているとセリアドールのヘッドをカスタムして販売している人やセリアドールにぴったりなドールアイやウィッグを製作して販売している人を見かける。私も購入した事があるが、販売する側になってみたくなってしまった。レジンを勉強してドールアイを作り、メイクを施したカスタムヘッドとセットにして販売とか、やってみたいけど巧くいくだろうか? ウィッグは少し難しそうだが、レジンなら以前セルフジェルネイルをしていた頃の道具や知識がある。
コロナ禍は明けつつあるだろうが、お家時間を増やしてお小遣いも増やしたい。

▼2025/07/22:樹脂を硬化させる光線、溶かすのは生き物の命

暑い。
これはもう酷暑と言ってよい気温だと天気予報では警報が発令されている。私は今週分の運動をすっぱりと諦めた。この気温で空調も整わない中能動的に運動をした結果救急搬送とか、最早意図的ではないが緩やかな自殺に分類される。札幌市は今日も熱帯夜だ。明日は35℃に届こうとしているらしい。おなじ道内では知り合いが住んでいる地域がヤバめの酷暑なので、是非とも涼しい空間で過ごして欲しい。
幼い頃から自宅にクーラーと言うものが無い生活しか送った事が無いのだが、もしも一人暮らしをするなら絶対にクーラーが設置できる部屋に住む。昨今の猛暑と酷暑、そして一人暮らしで倒れる可能性を考えたらクーラーは必需品だ。
来年秋以降の一人暮らしに向けて着々と準備、つまりはどの辺りに住もうかとか家具や間取り、引っ越し代や生活費について考えを深めている。ここ最近、スーパーマーケットに買い出しに行けば、安い食材の代表だった筈の鶏むね肉やモモ肉の値段がおかしいと感じる。まあ酷暑の所為もあるが同じくらい鳥インフルエンザの影響もあるらしい。同じ理由で卵も高価。米に関しては我が家は親戚から送ってもらえると言う、大きな声で言わない方が良い環境である。ちなみに卵も、知り合いがくれる事がしばしばある。何でかは知らないが祖母の友人が高級な平飼い鶏の卵をくれる事がある。卵かけご飯にすると非常に美味しい。パプリカでも食べさせているのかちと言うくらいオレンジ色した黄身の卵だ。彼女は時々息子さんと海外に出かけるので、そちらのお土産もくれる事がある。この前はバングラディシュに行ったらしい。インドとパキスタン関連は大丈夫だったんだろうか。
以前この祖母の友人からドバイチョコも頂いた。何と本場のドバイに行ったらしい。お正月の瞬間をドバイの花火を観ながら迎えたのだろうかと想いを馳せる。初めて食べる本場のドバイチョコは非常に甘いのに、コーヒーと合わせると軽く感じるタイプの甘さだった。濃厚と言うよりもふわっと軽い。
さて、就労が始まったと言うのに何故更新が多いのかと言う疑問を抱いた方もおられるだろうか。答えは『創作活動するエネルギーは残ってないけど、何かしら文章を書きたい事があるから』だ。意外なほど休日が多いのもある。来月までは月の半分は休日と言うシフトなので。障害者雇用だからと言うより、元々ホワイト企業にならんと邁進する企業風土だかららしい。前職も若い日本人なら一度は耳にした事のある有名企業だったが、今は更に有名企業にて就労している。日本の法律だと、企業の規模が大きければ大きいほど法定雇用率により障害者を雇う義務とその人数が大きくなる。となると、障害を持っていても能力やスキルに恵まれた人間は有名企業に勤めやすくなるという論を雨に見た事があった。ほう、と思う。この世に生きる全ての人々が何の病も障害も無かったら、この世界はどうなっていたのだろうか。病気や障害の一部には自己責任論が付きまとうが、そもそもの話自己責任なら救わなくて良いのかと言う疑問を私は持っているし、どこからどこまでが自己責任なのだろう。好き勝手呑んで食べて寝てばかりいた結果糖尿病、とかであっても、その患者自身に自分をコントロールする能力そのものが生まれた時点から欠損していたらどうなるのか。
此処まで言うと大分に極論だが、自己責任であっても救わないといけないのが今の日本で、救わないといけないけど健康には気を付けて欲しいと皆が思うのは、自分の払った社会保険料が無駄になるのが嫌だからだろう。他人が不幸になっても心は痛まない。少なくとも私は。ただ、皆保険のこの国は今のところは全ての日本人を救済すべきとの結論に至っている。これが崩れた時、私はきっと満足な治療は受けられない。

この前、Youtubeで統合失調症について興味深い動画を見た。現役の臨床精神科医の先生がお話している動画だ。統合失調症だけでなく双極性障害などについても語っておられるが、この先生が言うには、やはり統合失調症の治療には投薬治療が欠かせない。けれども薬が合わなくて苦労する人々が多くいるとの意見が多くて、彼は色々な薬の主作用と副作用について語る動画を配信していた。私が現在飲んでいる薬だと、レキサルティ(抗精神病薬)とオランザピン(非定型抗精神病薬)が、割りと嫌われる副作用のある薬だ。ただ、それまでの薬にはない作用で私を助けてくれていたのも事実。うまく付き合っていくしかないのだろう。これらの薬を一ヶ月服用するだけでも2万5千円以上必要になる。皆保険制度が崩壊したら私の精神も崩壊の一途を辿ると思うとこわいので、毎回きちんと選挙には行っている。

もう直ぐ八月だ、お盆がやってくる。またあの人の気配に引きずられないようにしなければ。毎年この時期は奇妙な感覚に捕らわれる。暑くてよく眠れないからなのか、嫌な夢を見る。妙にリアリティのある夢なので現実と混同しそうになる。この前は喫煙家な自分の夢を見た。煙草を吸うと口の中が甘酸っぱい果物のような味でいっぱいになって、おまけにその時私は口にピアスまで開けていた。
実の所、就寝前に服用する眠剤の一つにデエビゴと言うのがあって、これはよく眠れるんだけど副作用に『悪夢を見る』と言うのがはっきりと書かれている。添付文書化は分からないが、お医者さんも認識している副作用だ。私の場合、嫌な夢を見るよりも眠れない事の方が困るか服用を続けている。
悪夢じゃないにしても、私の夢は比較的色々な感覚を刺激するタイプのはっきりとした夢ばかりだ。これまでに味わった事のない感覚であっても非常にリアル。以前私は男の赤ん坊を出産して授乳している夢を見た事があって、赤ん坊の温度感やすべすべした肌の感触まできちんと分かった。以前聞いたところによると、夢に色がついていない人も居るらしい。私の場合、夢にはすべての感覚がある。以前失った嗅覚でさえも復活するのだ。昔嗅いだ香りが甦る事もある。当然映像には色がついていて音も痛覚も眠りに落ちる感覚もあれば、全身麻酔にかかる時の感覚も味わった事のない食べ物の味もある。勿論想像上の物もあるけれど、いつか行ってみたいと思わせる素敵な風景や街並みを見る事もある。こんな素敵なお店があるんだ! と嬉しくなって扉を開けたところで目が覚めるのも良くある展開。
デエビゴは、悪夢だけでなくこの様なはっきりとし過ぎた夢も見せるらしい。それだけ私が色々な感覚を使って生きているからだろうか。
先述の動画主である精神科医は『統合失調症には感覚過敏が顕れる』と言っていた。私は聴覚が過敏だが、視覚も強い。色の変化、化粧品のラメの具合とかパールの種類、それぞれのブランド特有の色遣いが見ただけでも何となく分かる。これは小さい頃からの話なので、昔の記憶を引っ張り出す時、紐づくのは色な事が多かった。
思えば、私が好きな色は秋や冬の色が多い。特に灰色っぽくくすんだ色味が好きだ。若しくは澄んだ青色や雪のような冷たい白を含む色。小さい頃、スキーウェアを着て真冬の雪山に昇って寝転んだ時の周りの風景が特に好きだった。真夏の空みたいにぎらぎらしていないそれが好きだったから、今でも夏が苦手なんだろうか。色付きの氷みたいな宝石が好きなのもその所為か。
ぎらぎらした総天然色の季節が終わるまで、暫くの間は心のざわつきが取れないかもしれない。確実な『生』に溢れすぎていて、逆に『死』を感じざるを得ないから。


▼2025/07/19:翡翠色のクリィムソォダへ口付ける兎

夏の暑さがヤバい土用の丑の日。皆様鰻は食されましたか。
ハンドメイド材料を購入できるサイトを覗いていたらとても可愛らしいリボンがあったのだけど、10cmでも結構いいお値段な気がして足踏みしています。まずは1メートルくらいお試しで購入して使ってみて、使用感が良ければ資材候補としようかな。結構本格的にハンドメイド作家になりたいと考えている今日この頃ですが、ミシンってどれくらいのお値段の物を購入すべきなんだろう?
幼稚園の頃はよく母にお洋服や小物を作ってもらっていましたが、時代が変われば物価も変わるし品質とか性能も変わる。実は私が服飾系に進んでいれば、母は高性能のミシンを購入してくれる心算だったようです。まあ見た目は完全に服飾系に居そうな学生でしたしね。ゴスロリ装の頃はよく誤解されました。美術系に進んだのは昔からの夢だったからなのですが、結局愛好家のままで居た方が絵を描く事を好きで居られるからなのと、普通に実力不足なんですよね。そして、漫画家向きの人間じゃなかった。どちらかと言えばイラストレーター向きです。
前にSNSで見かけてなるほどと思った事があって、『漫画家脳の人』は例えば1ページに5コマ描くとすると『5コマのページを1枚描く』感覚で、『イラストレーターの脳の人』は『1枚のイラストを5枚描く』感覚だから5倍の仕事量と感じて体力的にキツく思えるそうです。あくまでも書いた方の主観だとは思いますが、私の場合これは見事に当たっていて、私は完全に『イラストレーターの脳』の人間です。ので、一枚絵に力を籠め過ぎて駄目になるタイプなんですね。もしストーリーを書くなら小説を書くか原作を担当する方が絶対に良くて、挿絵とか表紙絵は得意。
最近某SNSに投稿したイラストがと或るアーティストの楽曲をイメージしたものなんですが、思い付きで書き始めた癖に久しぶりに本気を出したくなってしまって、丸四日掛かって描き上げました。相変わらずアナログ一辺倒で描く事もあり時間がかかります。ただ、一筆一筆塗り込んでいく時間は楽しいし描き上がった時の達成感は格別だなぁと思えるから(これはデジタルもだと思いますが)、結局また描くんだろうなぁと思います。小説もそうですけどね。小説の場合は自分の脳内に映像が流れるので、それを切り取って文字に変換していく感じです。大体はカラーの映像が流れますが、実写だったり漫画絵だったりと様々です。漫画絵の時は自分では描けないようなものも思い浮かぶのにシャープペンシルを握ってもその通りには描けないんですよね。不思議。
今はNEEと言うバンドの『アウトバーン』と言う曲をイメージソースに描きたいイラストがあります。久しぶりに完全にオリキャラオンリーのイラストなので、キャラデザの設定画も描いておこうかと思ってます。洋服のデザインとか小物のディティールに凝りたい。
オリキャラ達の設定は昨今の社会情勢的に現実では言い辛い事柄なんですが、ロシアと日本のハーフの女性がメインです。他にデンマークとイギリスと日本のクォーターの男性も居ます。何故北欧とかロシアなのかって、私自身が若干ロシアの血を引いているからです。5、6代前の父方の先祖にロシア人女性が居たそうで、このオリキャラを作った時には事項投影マシマシにロシアの血を引いてる設定にしちゃったんですよ。
昔からたまにハーフですかとかクォーターですかと訊かれるんですが、クォーターよりも薄ーくロシアの血が入ってます。百分率にすると2%くらいらしいですが。
実は父方はロシアと地理的に近い土地が始まりで、北方領土とも近いです。道東の方ですね。母方は某高級メロンの土地の上辺りが始まりなので、完全に北海道製の人間です。
引いている血の所為なのか骨格が日本人っぽくないらしく、昔腰を骨折した影響もあってか姿勢が異様に良いタイプです。常に背筋が伸びて胸を張っている故なのか声量も大きい。ので、お店で働く際には声掛けが店内に響き渡っている。身長は日本人の平均値ですが、姿勢の所為もあってか五センチくらい高く見られるようで。ヒールを履いてなくても身長を盛りたいなら背筋を伸ばせって事でしょうか。

話は変わりますが、今日もうちの子のドールアイを購入しました。メルカリの売り上げが立ったんです。今回もいつもの作家さんから購入しておりまして、実物が届いたら早速ドールメイクを始めようと思います。結局この前仕立てていた子を無為には出来なくて、彼女に似合うアイを探していたら新作が上がっていたので即購入。届くのが楽しみ。個人的に、ドールメイクはあっという間に終わってしまうからもっと作り込んでみたいですね。スーパードルフィーの様に鑢で削ったりしてみようかしら。今回は付け睫毛にも細工をする心算です。色とラメを乗せてみたい。彼女の為のドール用家具も欲しいな。3番目の子と同じものを購入でも良いですが、少し変わった物でも良さそう。
ドール服の製作も変わらず楽しくて、ちまちました作業をしていると心が整うのも面白いです。絵を描くときとも少し違う感じの脳内になるんですよね。何て言うか、作業モード。この時だけはBGMが普段と変わってYoutubeの色んな解説動画が丁度良くなります。特に好きなのはバイエンスと言う化学とか医学の解説チャンネルで、ナレーションが面白いしととても良い声です。精神疾患や発達障害の解説もしてくれて興味深いし、ナレーションがいい意味でメタ目線と言うか、神の視点で『あなた達人間は○○の様に…』と言う風に人間の視点じゃないんですよ。其処が面白い。

そう言えば、新しい職場での健康診断の日程が決まりました。少し先のことなので、それまでにちょっとでも多く体重を減らそうと頑張っています。洋服を着るとそうでもないのに、脱ぐとまあまあたっぷりしてるんです。これでも少し減ったけど。BMIを20くらいにしたいなと奮闘中。大分前にダイエット成功した時は18.5まで行ったんですが。高校生の頃とかは不健康レベルまで落ちた事もあったか。
現代の日本人女性は痩せすぎと言われますが、痩せすぎて困っている人に分けてあげたいですね、色々と。友人に肥れないことを嘆いている(他の人の前ではあまり言いませんが)子が居るんですが、彼女と会う度『お互いを足して2で割りたい』と言い合っています。彼女も彼女なりに高タンパク脂質多めの食事を取ろうと努力しています。しかし、元々代謝が良すぎるのと消化器が強くない故にあまり食べられないし、ゆっくりゆっくり少しづつ食べる関係で全くと言っていいほど体重が増えないそうです。ので、彼女と食事に行く時は敢えて高カロリーなメニューが多いお店を選びます。そして私は彼女のペースで食べるようにしています。此方は消化器が強すぎるんでね。それでも最近はお肉をたくさんは食べられなくなりました。ケーキのホール食いももう出来ないと思う。
日本人は痩せすぎで不健康とは言われるけれど、合衆国や欧州の一部や豪州の人はもうちょい痩せる努力をした方がいいと思う。肥りすぎて自分での歩行が困難だから電動の椅子(日本だとお年寄りとかがたまに乗っている)じゃないと移動できないとか、よく其処まで行くなぁと半ば感心してしまいます。日本人だと其処に到達する前に糖代謝性疾患とか内臓疾患とかになって病院送りだと思う。
合衆国では国民の4割強が肥満体型だそうですが、以前SNSで知り合った外国の女性の国は痩せている人の方が多いらしい。彼女は長年私のフォロワーで居てくれているんですが、暑い国、かつお米が主食の国の人は痩せている人の割合が多いそうです。じゃあもしも私が合衆国に居たら普通サイズくらいなんだろうか。お昼ご飯ならハンバーガー1個と飲み物、Sサイズのポテトで充分なので少食になれそう。

そうそう、最近お夕飯を作っていた時、思い付きで出来たおすすめダイエットメニューがありまして。1人前ならキャベツを4分の1カットと納豆を二パックかな。味付けは好みのお酢とお塩と山葵と顆粒の焼きアゴ出汁です。まずはキャベツを千切りにしてボウルに入れ、お塩を一つまみよりも少ないくらいに振ってお酢を大匙一杯くらい入れてよく揉みます。水分が出てくるのでぎゅっと絞り、納豆を付属のタレととともに混ぜて、からしは入れずに山葵を入れて、キャベツのボウルに投入。味を見てから焼きアゴ出汁をお好みの量入れて混ぜれば完成。出来上がりは若干山形の『だし』に似てます。これをもち麦入りご飯にかけて食べると美味しいし、お安くカロリーも低くお腹が満たされます。この量なら2回分くらいご飯にかけられます。今日もお弁当で持って行きました。調味料での脂質がゼロなので安心して食べられる。納豆はお好みのものを使ってみてください。私は卵のタレのを使ってます。
お料理って、美味しい物を作ろうと思うとついつい脂質と塩分が多くなりがちですよね。現代人は野菜と蛋白質不足だから納豆は良い食品。これにおかずで卵焼きでも焼いて、ミニトマトを添えれば上出来なんじゃないかな。

運動は毎日とは行かなくなりました。休日には50分程度筋トレや有酸素運動をするようにしていますが、クソ暑い日はサボりますし。仕事でよく動く分、体重は減少しつつあるからまあいいか。宅トレ派なのも相変わらずです。1ヶ月で1.5キロ程落ちましたが、まだまだ微々たる変化です。無理すると結局続かないので夜中以外にはおやつも食べてます。1日1種類にはしてますが。
大人になると代謝が落ちるって言うのは多分本当なんですけど、それと一緒に体力も落ちてるかもしれない。前は1日に自転車を6キロメートルとか平気で漕いでたのに。
健康診断の時までに、体重をトータル4キロくらいは落としておきたいところです。無茶かなぁ。でも、前は入ったボトムが再び入るようになったし、目標と意識だけは高く持とうと思います。


▼2025/07/17:思う通りに出来てしまう身体、だってそれは作りものだし

以前よりもドール趣味への熱が上がってきている。
少し前に此処でも書いたが、可愛らしいドールを愛でたり一緒にお出かけしたりと言う事への憧れが元々強いのだ。自分にとって可愛い妹や弟をより可愛らしくできるようにお洋服や小物を誂え、出来れば洋服のテイストをリンクさせてお出かけして、写真を取ったり眺めたりしたい。
『スーパードルフィー』と言うキャストドールを知ったのは中学生の頃だ。この手の趣味の草分け的な存在である彼等彼女等以外にも、今は様々なメーカーが可愛らしいドール達を生み出している。そして、一からとは言わずとも自分で素体をカスタムしてこの世に一体のドールを生み出す事も可能な時代だ。私の部屋にも三体のドール達が居て、私は毎日のように皆に話しかけて楽しんでいる。着せ替えに関してはまだまだ衣装が多くないから、今後ゆっくり縫ったり買ったりしたい。
で、前に書いたオビツドールについて。あれは素体のボディとヘッドだけでも3万円近くするがまあそれは当たり前と言うか、セリアドールがボディとヘッド合わせて220円、という方が本来おかしいのだ。ギミックとか素材とかどうなってるんだろう。オビツドールは何種類もヘッドやボディの種類があって、セリアドールは数種類とか制約は多いのは初めから承知の上だし、初めてドールをカスタムしたい人からしたら、仮に失敗しても大して痛手でない事の方が多いという点では(あくまでもお財布は、だけれど)とっつきやすい趣味への入門ドールと言った感じだろうか。私はいつの間にか其処を通り過ぎてしまったようで、もっとこだわって作ってみたくなってしまった。表情や髪の毛の色、目の色もお洋服の作りも、もっともっと追求したい。出来れば自分の手でドールメイクをしたいし、ドールに関するイベントにも行ってみたい。
初めから素敵に誂えられたドールも好きだし眺めるのは楽しいんだけど、一度自分の手でメイクを施した子が可愛過ぎて、出来る範囲で自分の手で産み出したい、と感じていたんだけれども。最近ネオブライスも気になってしまっている。ブライスと言えば合衆国生まれでグレープフルーツみたいな頭に、真ん丸で大きなお眼目のあのお人形たちだ。以前プチブライスなら家に居た事があるが、随分と前に処分してしまった。現在ではネオブライスのみが製造されているらしく、メイクや髪の毛、目の色はそれぞれに用意された限定の子も多い模様。お洋服だって可愛い。サイズはリカちゃん人形と同じなので、今家に居る子達と同じ洋服も着せられる。どの子もこだわって作られているだけあってお値段は相当だけれど。
ドール趣味と言うのは元々お金がかかるものだ。其処に新風を吹き込んだのがセリアドールなんだろうかとちょっとだけ思っている。だって(クォリティはまちまちにしろ)ドールアイもウィッグの材料も付け睫毛もメイク用のパステルや絵の具まで百円ショップで手に入るのだ。入門編には丁度良いし、もっとこだわりたくなったら少しずつ手を広げて行けるのが面白い。元々初心者には高額な商品が多いように感じられた界隈だと思うんだけど、それを百円ショップでも軽く体験できる、と思うと始めやすいと思う。現に私は始めてしまったし。
まあ、初めてのドールはクラフティングドールのあーちゃんだから、入門編とは言ってもアイホールをくり抜くなどのカスタムが初めて、と言う感じか。
これ以上お金のかかる趣味を増やしてどうする心算なんだろうか私は、と思う事も多い。でも、楽しいんだから良いじゃないかとも思う。生きている実感が得られる時間で、かつ自分が自分だと思える時間が増えるんだから良いんじゃないのって思う。それを励みに就労もしてるわけだし。

今回の職場では、社会人生活で初めてのボーナスの支給もある。勤め始めの時に『半年勤続したら業績次第で支給される』とはっきり聞いた。調べたところ冬のボーナスは12月らしい。12月になったら、オビツドールにも手を出しちゃおうかなぁとうずうずしている。
結局、趣味を全力で楽しんでいる間はちゃんと私が私なんだよ。離人症に侵されない時間を増やしたいって考えるのも悪く無いんじゃないかな。勿論やるべき事はきちんとやった上でさ。『夢中』で居る間は違和感が剝がれるんだ。何の疑いもなく自分で居られる。結構貴重なそれなんじゃないかなって思うんだけど、皆はどう思いますか?


▼2025/07/16:彩るは陽の光、透かし彫りの言葉

小さい頃の記憶って、意外なくらい鮮明に思い出せることがある。特に一部分だけが奇妙なくらい色鮮やかで、良い記憶も嫌な記憶も、どうでもいい記憶も同じくらいの割合で思い出す。学生時代はあまり思い返したくない事の方が多いし、何なら人生の大半がそんな感じではあるんだけど、忘れてしまったけど本当なら覚えていたかったこともあるのかなって最近考えた。
懐かしい、って感覚になる事は普段あまり多くない。思い出してしまって嫌な気持ちになる事は結構ある。

小学生の頃、親に貰った大切なアクセサリーを失くしてしまって、怒られるかもしれないと冷や冷やした事。
地域一番のいじめっ子に私ではどうしようもない事柄で詰め寄られた事。
勘違いからとんでもない天然ボケ発言をかました事。
小五の時に父親に連れられて温泉の男湯に入った事。
中学の頃、お小遣いを増やして欲しいと言えずに黙って母の財布からお金を盗んだ事。
初めての自殺未遂を誤魔化す為に必死で言い訳した事。
好きな人に繰り返しメールを送って鬱陶しがられて邪険に扱われた事。
本来捨ててはいけない検定の合格証を捨ててしまった事。

書き連ねていくと心が苦しいのでこの辺にしておくけど、人間の脳味噌と言うのは楽しい事や良い記憶よりも嫌な記憶や悔しかった事の方が良く覚えているというのは本当だと思う。
初めて死にたいと感じた頃からずっと、自分が自分じゃないと言う感覚に付きまとわれている。大人になって『離人症』との名称を知ったこれは、過去の所為で生じたんだろうか。いつだって私は私じゃない。目の前の鏡に映るのは私の筈なのに、私は私の外に居る。ふとした瞬間にそうだと気付いて、気味の悪い違和感が全身を包み込んでいた。元々空想をするのは好きだ。こんな世界じゃない、もっと面白くて綺麗な世界で、私は自分の理想的な容姿で生きている、そんな空想が好きになった。書籍や物語に没入するきっかけもこれなんだと思う。こんなにも面白い物語が生まれる世界ってどんな感じなんだろう、私もその世界へ行って遊んでみたいし、暮らしてもみたい。それを繰り返し考え想像する事で、いつの間にか物語を綴るのが好きになった。現実には居ないであろう、でもいたら素敵じゃないかと思える人物や存在していたら救われる人も居るんじゃないかって技術やアイテムを考えて世界を創造する。
自分じゃない誰かが作るからその先が読めなくて面白いのに、自分で作ると全部自分の思うように作れるから、そっちも面白い。勿論思うように書けるようになれたのは最近の話で、時折昔の作品を読み返すと、粗削りだし言葉の誤用とか可笑しな表現もあったりする。でも私はこれまで自分で産み出してきた物語が大好きだ。拙さだって愛おしいし、書いていた当時の自分だと気付けなかった別の面白さもあったりする。
でも、こんな風に妄想とか想像の世界に耽溺していると、当然ながら現実とは離れていくんだよね。今私が生きているのはノンフィクションの世界で、夢みたいなことは何も起こらない。
前に『夜想』って雑誌で読んだんだけど『文学少女』みたいな存在は空想を現実よりも優先すべき世界だと思ってるんだって。現実よりもフィクションの方が素晴らしいからそうなるんだって。そして、文学少女になるのは難しいから彼女等を心に飼っているって言い方がしっくりくる人も多いらしい。

さっき、離人症とか解離性健忘の解説銅貨を見てて思ったけど、お風呂で好きな歌を熱唱している時ですら私は私じゃないし、幼稚園の頃だって自分じゃない瞬間が沢山あった。そして今はどんどんと増えてる。このままだと私はもう現実に生きていないのかもしれないと思うと、怖い。
でも自分で生きている瞬間も確かに在って、その瞬間を鮮明に覚えてるのかもしれないなと感じた。恥と言う感情を持っている瞬間は、きっと現実を生きてる。美しい物を見た時とか、何でかずーっと覚えている事がある。メンタル疾患を持っていると、記憶力って下がりがちなんだよね。それなのに覚えていられる事は幸運なんだろうか。
この現象について、今の病院の主治医はある程度知ってる筈だけど、今度詳しく話してみようかな。もしかしたら手立てとかあるかもしれないんだし。

自分で自分を消しちゃいたい衝動がたまにくる。皮肉なことにね、その瞬間の私は私なの。可笑しいよね。死にたいくらいには何かに絶望しないと私は生きてるって実感が湧かないんだ。

ごめんね。いま眠剤が効いてきたから文章がおかしいかも。取り敢えず寝ます。おやすみ。

▼2025/07/10:在る事に依存する証明書、形が無いならどの目で見る?

ドール製作への熱が加速している。此処に未だ載せる事が出来ていないが、百円ショップセリアで購入できる通称『セリアドール』のカスタムが捗ったのは少し前の事。今は便利で、SNSを覗けば沢山のハウトゥー動画が無料で観られるし、参考資料は幾らでも見つけられるし、それこそ大きめの百円ショップへ赴けば必要な道具は一通り揃えられるから良い時代だと思う。絵具や一部のパステルとかの画材に関してはうちの近所の百円ショップにはなかったけど、何せ絵描きをしている身なので家の画材で大体は事足りたし、足りない分は購入しても使い切れる。札幌の中心地にはドール趣味の人向けのお店もあって、ドールメイク向けのカラーが揃ったセットとかもあった。それも画材購入に慣れている私からすると、結構安価に思える。
我が家には現在クラフティングドールの子が一体、セリアドールの子が二体居て、次の子もまたセリアドールで仕立てる心算だったのだが(洋服も作ってしまったのだが)、ウィッグやドールアイをセットした際に何か違和感めいたもの(巧く言えないが、この子にはこれじゃしっくりこないみたいな感じ)を覚えて、インターネット検索の結果この子には違う身体を用意すべきだと思い購入スケジュールを練り直した。
次の子はオビツ製作所と言うメーカーのドールヘッドとボディを使用したいと考えたのだが、お値段が今までよりも結構高価なのだ。此処にヘッドに合わせたウィッグやお洋服、お靴や小物となると渋沢栄一さん五人は消える。しかし、本気で取り組みたい趣味だし可愛い我が子を生み出すためなので貯金するしかない。幸い定職には就けたし、冬にはボーナスも出る。初めから自分でメイクすると決めているので、素体があればスタートできる。ウィッグは信頼しているメーカーがあるし、ドールアイは流用可能だ。お洋服に関しては元々がドールのお洋服を作りたいという欲求由来の趣味なので喜んで製作する。自分では購入できないくらいデコレーションもりもりのお洋服を作ってあげたいし、これまでも作って来た。
勿論既存のうちの子達にも季節に合ったお洋服を用意したい。貯金の為に節約しようと思うと自宅で過ごす時間を増やした方がいいし、それならお裁縫をしましょうとなる。ドール服製作に向いている布屋さんとか、御存知の方いらっしゃるだろうか。以前ハンドメイドイベントでは良いお店は生地の模様の大きさをきちんと明記してくれていると聞いた。細かめのゴージャスな模様も良いし、スタイリッシュだったりノーブルだったりすると表現の幅が広がるだろう。
相変わらずミシンが無いのでオール手縫いだが、その分製作時間を長く楽しめると思う事にした。何事も捉え方をポジティブにしておいた方が巧く行く(個人的見解)。
元々絵を描く事に親しみ続けてきた人生なので、ドールメイクもそこまで難しく感じない。自分の顔のメイクとはもちろん勝手が違うが、何となく『こうすれば可愛い』みたいな軸はある。ただ、目元に付け睫毛を貼るのだけは苦手だ。自分の顔の時も上手ではなかった。
今回の子は既にドールアイが決まっている。ハンドメイドでドールアイを作っている作家さんを知ったので、その方から何度か購入しているのだ。とても綺麗なアイを作ってらっしゃる方で、この世に一対しか存在しない特別なドールアイが手に入ると思うと『こんなに安価でよろしいんですか?』となるクォリティーだ。キラキラで透明感がたまらなく好みの方である。
セリアドールだと合うお靴が少ないので、此処でも作家さんのハンドメイド品を購入することが多い。メル○リって凄いなと素直に感じる。基本的にメ○カリで買い物する時は自分の売り上げ金から買うので、そろそろ不要品は掲載しよう。明日は休みだからいい加減手を付けたい。

実の所、今日の午前中からお昼休みにかけてはメンタルの調子が良くなかった。理由は分かっているし既に自分の中での落としどころはついたので回復済みだが、何故私はこんなにも考え込む性質で、かつ認知が歪みやすいのだろう? 認知が歪むと現実も歪んで捉えられてしまう。別に皆が私を嫌う訳じゃないし、ぶっちゃけるならそこまで気にされていないのに。自分以外の人の心や脳内なんて見えるはずがない。読もうとしても苦手な傾向にあるのに、何故裏返しにしてまで読もうとしてしまうのか。
ASDの傾向があるので人の気持ちを想像する事は元々苦手だが、『苦手』なのであって『全くできない』わけじゃないから厄介なのだろう。お客様の気持ちを想像する事は寧ろ得意だ。其処で多少失敗してもダメージは少ない(私個人の話)。でも、同僚や先輩となると話は別になってしまって、つい先読みしようとして空回りする。自分がこれをされて嫌だからとか、これをされると嬉しいからと取った行動が、結構な確率で裏目に出るのだ。生きていて辛いと感じる瞬間である。それを楽しめる余裕がある時は良いけれど、今回は珍しく無かったのだ。
しかし、他人の事が気になる時は大体が暇な時なので仕事に打ち込んでいたら気にならなくなってそのまま退勤時刻を迎える事が出来た。『絶望に効くのは多忙』みたいな事を目にした記憶もある。自分の人生を精一杯生きていれば、他人が気になり辛いのか。協調性も大事なんだけど、他人を気にし過ぎると疲れてしまう。程々に図々しく生きていく方が私には合っている。

こんな風な軽微なメンタル不調には仕事の作業や身体を動かすか声を出すタイプの趣味に没頭するのが一番効く。ので、今日も夏のセールに向けて作業をした。お風呂で汗をかきつつ好きな歌を歌ってしっかり眠れば元の調子に戻れるだろう。明日は悩み事が一つ解決する予定だし。

音楽を聴くとか歌を歌う事が心にも効くからウォークマンの充電は欠かせない。最近だと米津さん以外の曲も聴く機会が増えた。NEEと言うバンドの『アウトバーン』と言う曲と、キタニタツヤさんの『ずうっといっしょ!』を毎日何回も聴いている。好きな歌を聴いていると脳内でキャラクター達が動き出すのは以前此処にも書いたが、イラストを描く際も小説を書く際も、何なら趣味の時間には基本音楽が必要だ。聴覚が過敏な方なので、集中を削ぐ音はなるべく聴きたくない。
ただ、それが必要ない趣味も一つだけある。デュオリンゴでの語学勉強だ。去年の年末から始めて早8ヶ月。毎日続けて勉強していたらいつの間にかダイヤモンドリーグに居た。フォロワーも何でか増えて、同じ英語を勉強している人だと母国語の関係上名前すら読めない事も多い。
音楽に話を戻すと、『ずうっといっしょ!』に関しては創作意欲を掻き立ててくれるので聴いて歌っては妄想を繰り返している。歌ってみた動画も豊富なので捗るし、お陰で好きなVチューバーにも出会えた。四季凪アキラ君と超学生君のデュエットが本当に良いので聴いてみて頂きたい。ワンコーラスだが、シアーミュージックのRyougaさんとかはまたくさんも良い(両者ともにいつかフルで聴きたい)。この曲はイラストもとても良きな構図だし、ついついオマージュとして推しをイラストにしてしまう。
『アウトバーン』はYoutubeのショート動画で使われていたのを検索して出逢ったが、隠れた名曲と言うやつなんだろうか、知っている人があまり周囲に居ない。この曲を聴いていると動き始めるのは自分の創り出したオリジナルキャラクター達だ。オタクあるあるというやつなのか、良い曲を聴くと脳内ではAMVが出来上がってしまう。今度オリキャラ達もイラストに描き起こそうと思っている。画材はコピックかアクリルガッシュかで迷うところだけど。

趣味に就いて無理しない程度に考えると、そのためには生きて働いて稼いで生活しなければと思い直せることが多い。だってどの趣味にも(多少の幅はあれど)お金がかかる。稼いで、自由に趣味を楽しみたい。それで幸せを得られる性質なのは多分しあわせな方なので、対価として労働するのだ、恐らく。

そんな余裕もないって時は只管寝てるけど、起きて活動している方が心の疲れは取れるから不思議だなぁ。人と関わる仕事をしたいって言う理由の一つはこれなんだろうね。


▼2025/07/02:霧消すれば良い、蝉は鳴かずも空は泣く

北国としてはかなりきついレベルの暑さが続いている。本州と比べればなんて事のない気温かもしれないが、道民にとっては猛暑と言えるレベルの熱波と局所的な豪雨により湿度がおかしなことになっている夕方だ。酷暑と言うレベルには多分達していないと私自身は感じているが、同居の祖母にしてみれば酷暑と言っていい。それでも我が家にはいまだクーラーと言うものが存在しないし、何なら窓は閉めて寝ている。保冷剤と扇風機が毎晩のお供だ。
今のところは命に危険が生じるレベルではないのか、それとも祖母が強すぎるのか彼女の体調に悪影響は無いらしい。私自身も昼間は職場に居るし、家に居ても首に保冷剤を巻いて扇風機に当たっていれば何とかなってしまうので本州暮らしは伊達ではなかったなと時々思う。序でに言うと私の部屋にクーラーを設置する場所はない。もし一人暮らしをするのであればクーラー設置済みの部屋か、設置が可能な部屋のどちらかにはしたいけれど。
元々汗をかきまくる体質なので、熱が身体に籠らないのかもしれないと思う。職場では一番の汗かきなのでミニタオルは必須アイテムの一つだし、筋肉量が人より多いからか体温自体も高いらしい。以前コロナ禍で病院を受診する際には体温が常に微熱レベルな所為で門前払いを食らった事が度々あった。処方箋だけ貰って薬局行きである。頭痛外来を受診した時は平熱が微熱故に本来受けたかった検査の前にPCR検査と抗体検査を受ける羽目になった。頭が割れそうなレベルの頭痛を訴える患者にそれは無いだろうと思うが、あの頃はそんなもんだったなぁと今なら思える余裕がある。

さて、此処から自慢させていただきたい事を書いていこう。
今日は職場での定着面談だった。私は現在障害者雇用枠のパートタイマーとして働いているが、就労移行支援事業所(兼就労定着支援事業所)の提供する定着支援を利用している。うちの会社はこの様な支援機関との繋がりがある人物を対象に求人を出していたのだが、私が応募した際はかなりの倍率だったらしい。企業の規模や福利厚生、給与や勤務時間がフレキシブルさ、雇用予定人数諸々の理由で狭き門だったそうだ。とは言え受かってしまえばこっちのものである。今の所無遅刻無欠勤で勤続できており、勤務態度も結構高く評価されていた。今日は本社の方ともお話したが、出退勤の打刻漏れもないし休憩時間や場所もきっちり守り、与えられた仕事は求められたレベルできっちり行う。元々根が真面目ゆえに真面目にしている方が楽なので、何だかんだしっかりと働いていると思う。気付けば埃を見つけてモップを動かし、隠れていた汚れがあると嬉々として掃除する。時間があれば売り場ごとにブロックを決めて商品一つ一つの埃を取るのだが、これには理由がある。まず前提として、私は客として買い物をする店の商品に埃が付いていると嫌だ。自分や自分の大切な存在の為に買い物をしているならなるべく良い状態の物を買いたい。となると、自店に並ぶ商品に埃が付いているとお客様に申し訳ない気持ちになる。お客様も嫌だと感じるかもしれないからだ。そして、両手に商品を複数持っているなら買い物籠を利用したい。商品を吟味するのにあると便利だからだ。そうなると自分が店員な時にはお客様には挨拶をして直ぐ手元を確認して、二つ以上持っていて他にも見たそうな雰囲気を感じた場合は籠をお渡しする。断られても気にしない。必要であればお声がけがあるか、ご自身で取るだろう。
これは前職からの習慣みたいなもので、売り場に居る時は無意識に周囲の気配を探っては籠をお渡しするべき方が居ないか、何か探している様子の方は居ないか、困っていそうな方は居ないか確認している。無意識なので『観ている感覚』自体は無い。作業に没頭していても数十秒に一度顔を上げる習慣がある為、大抵は気付いて籠を取りに行ったりお声がけをする。加えて私の声はよく通るのでお客様は声をかけやすいらしい。挨拶が売り場に響き渡っていると言われた。今の所それは高評価に繋がっている。販売業は元気よく笑顔で『いらっしゃいませ』が必要な職種だし、日本人は其処にホスピタリティを感じるようだ。視力の低さと妙な反射で出勤してきた先輩方に間違って『いらっしゃいませ』を時々言ってしまうのは恥ずかしいが、寧ろそのくらいで居て欲しいとも言われた。言うべき人に言えないよりはいいのだろう。
で、前職時代と同じく出来ない事が多い分出来る事を頑張ろうとした結果、大変に褒められた。「感動した」とまで言って貰えて非常に嬉しい。お客様の立場に立ってお客様の目線で物を見て考える、と言う事が出来ているとの評価である。やろうとしても難しい人も多いらしい。自分がもしお客様の立場なら、と考えるのは癖だろう。そして前職時代の上司のお陰だ。『もし自分がそちら側ならどう思う?』と投げかけ続けてくれたことに感謝である。自分がされて嫌な事はせず、して貰ったら嬉しい事をする。そして『目の前のこの人は何を求めているのだろう?』と考えるヒントにして動く。後は只管チャレンジとトライ&エラーを繰り返して学んでいけば自然とスキルは上がっていく。対人の仕事なのでどうしたって考えが及ばない場面があるけど、だからこそ面白いと思う余裕が出てきた。何か意識の高い発言だが本心で書いているし、これで高評価をゲットして売り上げが伸びれば私の給与も保証されるのでWINWINと言う奴だ。お籠渡しも『商品を持ち運びやすくすればもっと買ってくれるかもしれない』し、『重そうな商品を持っている方なら商品自体をレジで預かって置けばさらに買ってくれるかもしれない』し、商品が綺麗な状態なら見ていて気持ち好くて『魅力的に思うかもしれない』。そうすればお客様は快適にお買い物が出来て、私は気分良く仕事が出来て、お店は売り上げを伸ばせる。三方良しと言うのはこの事だと感じているので行なうサービスだ。
結構打算的な人間な自覚はある。結局お金が欲しいから働いているので。その序に社会貢献になったり誰かを喜ばせられたらいいってだけの話だ。でも仕事ってそう言う物じゃないかなと思う。
まあ、そんな感じで働いていたら早くも昇給の話が出たので内心でガッツポーズだ。商品知識もなかなかのスピードで身に着いてきている。暗記科目が得意で良かった。初めの頃と比べると何処に何があるとかどんな場合にどういう商品が良いとかも分かって来て、接客が楽しい。以前取得した資格の知識や学生時代の勉強の成果も活きるし、のめり込み過ぎない程度に興味のある分野なので程良く勉強を続けている。
最近自覚したけど、私は常に何かを勉強していたい欲求みたいなものがあるようだ。仕事以外では毎日英語の勉強をしているが、少し前からネイティブの英語を聞き取って意味を理解できるようになってきた。簡単な文章なら字幕なしでも聞き取れるし、字幕があるなら英語でも大丈夫。私のスマートフォンはアンドロイドだからかGoogleで英単語を調べると単語クイズみたいなのが表示される事があって、正答率が上がって来た。ちなみに全問正解すると問題のレベルは上がるらしく、『貴方には簡単すぎたみたいだからもう少し難しいのを出します』とか表示された。デュオリンゴって凄いなと素直に思う。現在レベル的には簡単な会話なら困らないくらいだ。とは言え私の場合文法と発音が弱いので、実際に外国の人と話すと緊張してカタカナ発音の単語で会話する感じだが。逆に単語の意味を問われるとか暗記には強いのでリーディングはかなり成績が良く、和文を英訳するのも強い。もっと覚えたいのでそろそろ新しい電子辞書が欲しい。
以前にも書いたがゲームをする習慣が全く無かったのもあって、すっかりデュオリンゴに嵌まってしまった。感覚が完全にゲームや遊びなのだ。知らない事を知れるのも、知る為のスキルやツールを得られるのも非常に楽しい。
その他の趣味もそこそこに楽しんでいる。先月は小説を一本書き、ドールを一体仕立てた。今月は縫い物とイラスト描きを強化したい。趣味は趣味と割り切っているのでそれなりに楽しめれば良しと考えている。何事も完璧じゃなくていいと思えるようになって大分楽になった。多分私くらいの熱量で取り組んでいる人をプロになれる人とは呼べないと思うけど、アマチュアと言うのは『愛好家』なので、『好き』でいて時折取り組むくらいでも趣味ならば良いのだ。

身近に趣味の事で悩んでいる友人がいるのだけど、彼女は自分の趣味仲間の発言に思う所があったらしい。自分が利用しているものを(そして利用している彼女自身を)貶されたように思えてしまったそうで、自分の思い違いだとも感じたそうだが、個人的に『貴女がそう感じたのなら、そう取るのは自由なんじゃないか』と考える。感じ方と言うのは人それぞれだから結構な確率で摩擦が生じるし、相手が本当に何を思って発言したかなんて、本人にも分からないかもしれない。だから、無意識にマウントを取られたと思っても仕方ないと思う。これは前提だけど、その場で相手に返し言葉で傷つけるような事を言っていないのであれば感じ方は自由だし、受け取り方も同じ事だ。勿論相手にそんな気は無かったかもしれないし、自分の発言を精査出来ない状況だったかもしれない。
彼女はその相手に対して傷つける言葉を投げかけないよう努力しているので、その時点で正しいんじゃないかなと言うのが私の見解だ。その場を見聞きしていないのに烏滸がましい事を言うとは思うけれども。受け取り方とか物事の認知って本当に人それぞれだから、私も時々リアルの友人の地雷を踏んでいるし、踏まれる事もある。
だから、相手を意図して傷つけずに、意図しない所でも傷付けないよう心掛けているならそれで合格じゃないかしらと思うのだ。何か腹に据えかねる事を言われて、後で自分が傷ついた事を知ると怒りが湧くのは当然だし、考えている内に自分の感覚がおかしいのかとか疑い始めるのも分かる。でも『感じ方は人それぞれ』なんだからそれ≠害意を持ってぶつけない限り貴女は間違ってないんだよ。
そして、自分の利用するものが他人と違うのも、魅力を感じる点が違うのもおかしくない。例えば私なら『百均のセリアよりもダイソーの方が良くないか』って言われたとして、『やっぱりセリアが好きだな』って思う自分を否定しないから。だって相手には『私の思うセリアの魅力』が魅力的じゃない可能性だってあるけど、魅力に気付いてない可能性だってある。何事も特徴や優れている点は少しずつ違うものだし。大手のお店、商品じゃない物を『私にはこれが便利で適している』とか『この商品の此処が好きだから、多少高くてもこっちが良い』とか『何となくこっちの方が好ましい』って理由で愛用している人って沢山居るんじゃないかな。

『私はこの店のこの商品が気に入っている』とはっきり言えなくても問題じゃないと思う。好きな事の理由ってあまりはっきりしない事の方が多いと思うし、『他の人にとって便利な良いもの』がイコールで『貴方にとって良い物』とは限らないから。それまで知らなかった事とかお店を知る事でワクワクできるのは事実だけど、それってマウントを取る材料にしなくてもいいんだと思う。マウントとは限らないけど。もしかしたら『○○ちゃんこれ知らないの〜?☆』な小学生女子みたいなノリかもしれない。でも仮にそうなら、それは相手の方が幼稚なんじゃないかな。自分と他人は絶対にぴったりとは重ならないから、自分の知識や感覚は常識って思い過ぎるのは危険と言うか、つまらない気がする。仮に相手がまだ知らない事を自分が知っていて、相手が知りたがっているなら適切な形で伝えればそれで済む話だし。
何となくだけど『自分は主流で最先端なものを楽しんでいる』って言うのも悪くはないけど、『ごく一握りの人しか気づいていない魅力に気付ける自分』も良いんじゃないかな。私はどちらかと言うとそっちの人間でさ。皆が知らない物を知りたい欲が強いんだろうね、ついついトリビアみたいなものを見つけては小説や此処での生地に練り込んでるよ。勿論メジャーも知って置いて楽しみたいし、マイナーな事はマイナーたる所以がある。でもそれに優劣はないと思ってる。ただ、それぞれに違うだけ。そして新たに知ったものが良さそうだから乗り換えるのもその人の自由。誰かに勧められたからだとしても、利用するのを決めたのは貴女自身だから自分の意思で決めた事に間違いはない。ただ判断材料にしただけ。負けた気分になるのは何か分かるし『何故今まで利用していなかったんだろう』みたいに思うのも分かる。でも、それを気に病む必要は無いんじゃないかな。知れた事を喜んでおけばいいと思う。『負けるが勝ち』みたいな言葉もあるし。
趣味って『本気で取り組む』のも『ただ楽しむ』のも許される事柄だからこそ悩んじゃうよね。簡単に誰かと比較できちゃう世の中だし。『比べ過ぎない事』もスキルみたいになってるかもしれない。それだけその趣味が大切だからなんだろうけど。長年楽しんで親しんできた事は変えるのが怖いときあるよね。新しい事をするのにもお金や時間がかかる。ただ、仮に『今は楽しめない』とか『こんな風に感じるならやりたくないな』って思うなら、一旦離れて別の趣味って言うのも自由だよ。好きだから『楽しむ為に敢えてやらない時』を作る事、私にも結構あるし。離れてみて見えてきたり分かってきたりするものもある。
まずは楽しめる何かでエネルギーチャージ出来たら良いよね。身体も心もある程度元気な時の方が考えは前向きになれるし。今はすごく暑いから、ミネラルと水分、程々の糖質を補給して眠れる時に眠ったらいいよ。おやつならお勧めは塩昆布と麦茶かな。お茶だけなら梅昆布茶も良いね。ホットドリンクは厳しいかな。

楽しみたい時に楽しみましょう。『程々に』ってね、私達みたいなのには難しい事だけど出来るようになってきたらすごく楽だから。

▼2025/06/24:朝が来るのが怖いから、ずっと東へ背を向ける

つい最近、統合失調症の患者が殺傷事件を起こして起訴されたニュースを聞いた。
毎回思うんだけど、何故に統合失調症だけは病名がきちんと報道されるんだろう。私は結構迷惑だし不服だし、それなら全ての疾患(精神疾患だけでなく)を明記して報道してくれないと不公平じゃない? と考える。多分だけど『福祉にきちんと繋がり、それを拒否しなければ犯罪を起こさない人だった』と強調したいのかね。『福祉』とひとことで言っても種類も質も色々なんだけれど。
一番可哀想なのは被害者であるべきだ、今回の事件に於いては。普通に生活していて接点すらない人物に衝動のままに死傷される、そんなの理不尽以外の何者でもないし、それを自分にとっては全く関係のない事柄(今回は精神疾患)で相手は無罪を主張してるとか、そりゃあ障害者が差別もされるよなって思ってしまう。
結構ありがちと言うか、持たれがちな誤解なんだけど、障害者は全員が善悪の区別のつかない危険人物でも無ければ純粋培養された天使でもありません。たまに規格外に分類されてしまう人がいるというのは普通の健常者の人達と同じ。だから障害者も同じ法律で裁かれるべきだと昔から思っています。刑務官の負担が増えてしまうのだけは申し訳ないけど。今は懲役刑じゃなくて拘禁刑になったんだっけ、その内容を障害者に合わせるのはアリだと思う。でもそもそも罰の対象としないのはおかしいというのが私の主張。だってそれって人間扱いしていないというのとニアリーイコールだから。優遇と配慮と区別と差別、全部違います。微妙かもしれないけど。
でも、そのニュースを見ていてふと思ったんですよ。

私って本当に今、統合失調症なのかなって。

いや、多分間違いなく統合失調症の症状が如実に出ていた頃はあるんですよ。でも今は健常の人とあまり変わらないのかなって色々な場面で思う事が増えて。薬がかなり適合しているのはあります。確実に。服薬管理が徹底できているのも睡眠時間を確保も自分の努力だけじゃないけど、或る程度は身に着きました。家事能力も役所関係の手続きを調べるのもスマホかパソコンがあれば簡単な世の中だし、一人で飛行機とホテルを手配して旅行もしたし、それらの為に一般企業の障害者雇用でお金を稼いで医療保険諸々も払えてる。今は公共料金の支払いが家族任せなくらいかな。でもそれだってやり方は自分で調べられるじゃないですか。目の前の魔法の板があれば。

でもこの状態まで持って来るまでには十五年くらいかかってるから、やっぱり病気なんだろうな。相変わらず離人感は強いし。接客してる時とか職場の人と話す私は基本私じゃないので。常に自分に違和感がある。自分で居られる瞬間の為に趣味をしているところはあるかもしれない。文章を書く自分や絵を描く自分、縫い物や手芸や料理をする自分は演じていない自分だから。筋トレとか有酸素運動の時は何も考えられないのでまた別のお話です。
こう言う症状がある統合失調症の人ってどれくらいいるんだろう。一般的な症状なんだろうか。どっちかって言うと『統合失調感情障害』とか『解離性障害』に近い気もするんだけど。ただ、幸運だったのはリストカットとかアームカットとかの自傷行為にはあまり至らなかった事。痛い事が嫌い過ぎて無理だった。その代わり買い物し過ぎるとか無茶な食べ方をする方の自傷行為はあったかな。今は随分治まって良かったけど。たまにね、夜食を食べちゃうことはあるんだけどね。

話がそれたけど、精神科の病気を持ってるからって減刑はしないでほしいし無罪を主張なんて勘違いも甚だしいと思う。何で人を傷つけた責任を取ろうとしないのって思う。障害者を差別してほしくないなら健常者と同じ罰を受けるべきだと思う。それが無理なら障害者全てが社会から隔離対象と見做されるよ。
昔、障害を持っている人に殴られた事がある。顔を何発かね。高校生の時。今思えばあれ重大インシデントなんだよね、病院の中での出来事だから。車椅子の男の人に手招きされて、困ってる事でもあるかと思ったらいきなり殴られるから怖かった。その人はもう一生を病院で過ごすんだって言われたけど、でもそれだと看護師さんとか他の患者さんを暴行する可能性はある。でも支援はしなくちゃいけない。罰も受けない。理解できていないから。それって大分、不公平な気がする。じゃあどうすれば良いのかは分からないし、その人にも人権はあるんだって理解はある。でも、被害者になっちゃった私にも人権はあるんだよ。
あの時は多分病院関係者と私の両親とで話し合いがされたとは思う。結局あの後その加害者の人に会う事は無かったけど、今はどうしてるんだろうか。
今回の被告人がどんな風に自分の病気と向き合っていたかは分からない。必死で戦っていた最中かもしれないし、服薬や通院が途切れがちだったかもしれない。家族は頑張って支えていたかもしれないし、放りっぱなしだったかもしれない。それらすべての中間地点に居たかもしれない。テレビの報道だけで判断するのは早計だ。だって被告人とは会ったことも話したことも無いし、私は医者でも臨床心理士でも看護師でもない。彼の病状を長く見てきた人と話す機会も無ければ近所の人に様子を聞く事も出来ない。

だから、報道の在り方を考える方が取り掛かりやすいんじゃないかと思う。報道って起こった事を総て正確に伝えていればそれで良いのかって言ったらそうじゃなくて、真実とか事実によっては『敢えて』暈かして伝える事も必要なんじゃないかって感じる。例えば有名人が亡くなった『死因』とか、『状況』。「極端な選択をしてしまった」くらいに留めておかないと引っ張られちゃう人っているじゃん。知りたいのはその人が『いつ』亡くなったって言う事実くらいで、『何故』『どうやって』『何を使って』『何処で』『どういう状況で』『こんな言葉を残して』とか要らないんだよ。それらは本当に親しい人達だけが知るべき情報だと思う。でも知りたがる人も多いし、知らせたいんだろうね、沢山の人達が。
そして『知る権利がある筈だ』って自分達の『報道する権利』を振り翳すの。それで傷つく人がいる事実を無視してね。別に被害者の家族とか加害者の家族とか家とか学校とか特定する必要ないでしょ。子供が殺された事件は重大なものだって言って、被害者の友人とかにも突撃取材する。友人も子供だったり傷ついていたりするのに。小学生がひき逃げされた事件で、幸運にも軽傷で済んだ子供に直接インタビューするのってどうなんだろ。事件の光景がフラッシュバックしたらどうすんのさ。大丈夫って本人が言ってたとしてもまだ子供なんだから、守るべきでしょうに。

多くの人が知る権利を主張したからこうなったのか、彼等が報道する権利を行使したかったからこうなったのか、『鶏が先か卵が先か』みたいな話になって堂々巡りで終わるんだけど、考えるのは止めない方がいいんだろうな。人間は考える葦であるって言うでしょ。思考ってものを与えられてしまった以上は考えるべきだと思うんだよね。

こんな考え方だからか、テレビはあまり真剣に見なくなりました。考え過ぎると疲れるからね。批判するのって気持ちいいんだけど、される側になり得る行為だからあんまりしたくない。天気予報とか重要な事件とか法案とかだけ確認したら消してます。選挙についてはネットを見た方が早いし。
今回の参院選も多分仕事だから期日前投票に行ってきます。毎回出口調査に捕まるのだけは仕方ないか。ロリータで投票所に行ったりするし、期日前投票に真昼間に行く若い女ってだけで注目されるらしいですからね。毎回こんな感じ。
報道をする人達とか国を動かしている人達に意見を届けたい時って、どうやったら一番効果的なんだろう。三島由紀夫みたいなのが最悪なのは分かるけど、私個人の意見を聞いて欲しい時の窓口ってあったりするのかな。総理官邸に郵便で送るのは絶対に遠回りですよね。

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