ついと笹川の発した静かな言葉は内容までは聞き取れなかったものの、第三者の存在を目の前の二人に伝えるものとなる。

「...え? 」

誰もいないと思っていたのであろう手前の男が発した言葉と同時にこちらを振り向き目を丸くしていた。

「....悪い。保健医の金崎先生がどこにいるのか聞こうと思ったんだ」

チラリと視線を向け制服姿の男の奥にいる小柄な教師を見遣り笑みを浮かべる。

「お邪魔だったかな? 」

ニコリと優等生然とした態度で聞いた。

突然の乱入者に一瞬止まったものの手前の男は状況を把握したのか突然赤くなり弁解し始める。

「いやいや、違いますよ!俺はキリちゃ...先生の口元に溢れてた水を拭き取ろうと思っただけなんで! 決して疚しい事は...」

男は自分の袖を握ったまま手を振り否定した。

その袖口が濡れていたので本当なのだろう。

男のネクタイをみれば一年だと気付く。
男も笹川が三年だと気付いたようだった。

「それは誤解をして悪かったね。ちなみにそちらにいる方は生徒ではなさそうだが...」

「あっ、すみません。...この人は桐島先生と言って俺たち一年の国語を担当している先生なんです。今朝から具合が悪かったので金崎先生に頼んでここで休ませてもらっていたんですよ」

『ー桐島ー』

心の内で復唱する。

「金崎先生が昼ごはんに行ったんでその間だけ先生の看病をしていたんです」

笹川が視線をずらせば、確かに前回見た時よりも顔は火照り、頭も逆上せてそうな姿だった。

二人のやり取りをボーっとしたまま見ていた小柄な教師、桐島は視線をずらした笹川と目が合う。

「もしかして...この間ぶつかった? 」

笹川の顔を確認すると控え目に尋ねてきた。

「この間の...?ああ、あの時はすみませんでした」

流石に『オモチャにする為に貴方を探していました』とは言えず、さも今気づいたかのように接する。

改めて目の前の桐島を見る。
初めて正面から見る姿はやはり小柄で華奢だ。
肌が赤く火照っているのは平常時ならば白い証拠。
自信なさそうに喋るのは人見知りなのだろうか、内気に見える。

「...いえ、僕こそ飛び出してしまっていたので」

と桐島とのはじめての接触を果たしていたとき保健室の扉が開き、主が帰ってきた。

「あー...伊藤、ありがとうな。おかげでゆっくり食べれたよ。土産にジュースがあるからどれか選びなさい」


カーテン越しに聞こえる金崎の声に、笹川の前にいる男は「あっ、おかえりー。先生、ジュースあんの? やった」と笹川と桐島を置いて金崎の元へと向かった。

不意に訪れた突然の二人きりの空間に笹川が見下ろせば、ベッドに上半身だけ起こした状態の桐島が笹川を見上げていた。

「まだ休まれるんでしたら、横になってはどうですか? 」

優しく喋りかけてくる笹川に桐島は薄く笑い「ありがとう」と言いながら横になろうとする。

少しだけ近づき桐島の背に手を当てれば横になるのを手伝った。

「あっ、大丈夫ですから...「先生? 俺、国語苦手なんで今度教えてください。先生の所に聞きに行くのでよろしくお願いしますね...」...? 」

ぼんやりする頭の桐島には突然の言葉であまり理解できなかったのか枕に頭を乗せ笹川を見上げる。

不思議そうな顔をする桐島ににっこり嗤った笹川はその耳元に自分の唇を近づけると

「...せんせぇ」


と、昨夜の『痴情のもつれ』で見せた桐島の口調を真似た。
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