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「おはようございます。桐島先生。あれから体調はどうですか? 」
桐島が職員室にて教材の準備に取りかかっていればそう声をかけられ振り向くと保健医の金崎が爽やかな笑顔で立っていた。
昨日の今日だからだろう。
風邪がぶり返していないか様子を見に来たようだった。
「あ...おはようございます。あの、..昨日はありがとうございました。...もう大丈夫です」
薄っすら笑う桐島を金崎は半眼で観察するように見る。
「うっ....」
己の体調の良し悪しを暴くかのようにジッと見つめてくる瞳に少しだけ仰け反った。
顔の赤みも引いて、咳も出ていないから大丈夫な筈だと心の中で言い聞かせる。
「大丈夫そうですね」
少しだけ喉の痛みがあったものの、桐島の姿に金崎は概ね問題は無いと判断したようだった。
多分昨日の金崎が言っていた通り、もし朝の状態のまま一人暮らしの家に帰っていても桐島はろくな事はなかっただろうと思い返す。
きっと治らなかっただろうし、かえって悪化していたのかもしれない。
「いやぁ、良かった」
金崎が安心したように穏やかに笑った。
瞬間、桐島は目を瞠る。
穏やかに笑う金崎のその姿がほんの少しだけ。
ほんの一瞬だけ。
斎藤を彷彿とさせたのだ。
決して斎藤と金崎が似ているわけでは無い。
それでも。
昨日までは熱の所為もありどこか麻痺していた頭も治った今、桐島の頭は無意識に斎藤の面影を探しているようだった。
「っ...」
「桐島先生? 」
不審に思った金崎が声をかける。
何てことない、似てもいない人間なのに桐島は顔をそちらに向けることができなかった。
「す...すみません。あの...何でもありません。その...僕、まだ準備が残っているんで」
俯いたまま会釈をし、金崎の隣を通り過ぎた。
無意識に斎藤の幻影から逃げるように早歩きとなる。
金崎から随分と離れたところで桐島は溜息を吐いた。
「はぁ...」
やはりというべきか。
桐島の斎藤への想いは溢れていて、昨日は熱でぼんやりしていた故に斎藤の事を考える余裕がなかったが、今の冴えた頭では斎藤の面影ばかりが浮かんでしまう。
生徒たち相手では流石に斎藤に見える事などないが大人の男性を見ると知らずうち斎藤をぼんやりと映し出してしまうようだ。
逃げたくとも逃げ切れない幻影。
桐島は此処にはいない斎藤の姿を瞳に映し出す。
斎藤は家族がある人だった。
だが妻に裏切られた事をきっかけに桐島と関係を結び、その後恋人...とは違う。しかし甘い関係が出来上がった。
思えば桐島の世界は斎藤を中心に回っていたと言っても過言ではない。
そしてそれは現在進行形なのだ。
斎藤を支え、触れ合えるのが喜びだった。
振られた今でさえも桐島を捕らえているのは他ならぬ斎藤なのだ。
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