「すまん。もう終わりにしよう。」

「家内も反省してまた二人で頑張ることに決めたんだ。」

店を出て歩きながら人混みの雑踏に紛れて斎藤は白い息と一緒に吐き出した。
歩きながら、誰にも聞かれないように。

桐島の頭によぎる。
喫茶店の中だと確かに言いにくいよな。
男同士の別れ話なんて。

ふと俯き視線を下に向ければコートの袖から見えた斎藤の左手の薬指には久しくなかった指輪がはめられていてそれは完全に斎藤が家庭に戻るという証に見えた。
とたん桐島の中に渦巻く色んな感情。

視線を上げ、斎藤の腕を掴む。

「せ…先生…僕、奥さんにバレないようにします…。先生の一番は奥さんでいいから僕を捨てないでください……」

声が上擦るが気にしない。

「な…何にもいりません……側にいるだけで…」

斎藤の腕を掴んでみたものの、斎藤は止まることもなくどんどん道を進んで行く。

「せんせぇ……。邪魔にならないようにするから…」

止まらな斎藤に桐島は涙がこみ上げてくるが必死に堪える。

と、斎藤は突然止まって桐島の方に向くとしっかりと視線を合わせ

「終わりなんだ。」

と悲痛な面持ちで告げた。

斎藤の顔をみて『あぁ、終わりなんだ』と悟れば、急激に自分の体が冷えてく感じがした。

しかしそれが斎藤に告げられたからなのか、寒さからくるものなのかわからなかったが最後にせめてと思い、もう一度斎藤の腕を掴む。

「じゃあ、最後でいいので抱きしめて下さい。」

体も心も凍えそうな程の寒さだったが不思議と声が上擦る事はなかった。

人通りのあった場所から少し路地へと入り斎藤は桐島をゆっくりと静かに抱きしめた。
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