妄語

「ここか……」

工藤家は思っていたよりも大きく、何だか圧を感じさせるような、そんな造りだった。
仕事なのだからとそれらしい格好で着てはみたが、どんな服装で来るべきだったのかは未だにわからない。そもそもここで何をするのかすら知らないからだ。

「はい?」
「あ、私、本日お約束させて頂いている瀧と申します」
「ああ……お入りください」

インターホンからは低い男の人の声がした。これが工藤さんだろうか。手帳や写真、携帯の記録を見返しても工藤さんという方の情報はあまり得られなかった。その代わりに、現代社会において欠かすことのできないインターネットで工藤さんの顔や名前、奥様の情報も手に入れてはいる。
今までの関わりがどうであれ、相手の様子を伺いつつ切り抜けられる最低限の情報は手元にあるというわけだ。

「お待たせしました」
「……?えっと」

眼鏡をかけた細身の男性がドアを開けて迎え入れてくれたけれど、この人は工藤さんではない。

「工藤さんは奥にいらっしゃいます」
「あ、はい。ありがとうございます」

写真アルバムにあった顔でもなし、どこの誰だかわからないまま言葉を詰まらせていると彼が誘導してくれた。それはありがたかったのだが、玄関ホールを通り過ぎる時に耳打ちされた「あとで話がある」とは一体何のことだ。若干の怒気すら感じるその言葉に背筋が冷える。

「衣理ちゃん!久しぶりね、元気してた?」

写真を確認していなかったら目を丸くして棒立ちしていたことだろう。開けた部屋にいた彼女はあまりにも可憐で、美しく、女神様のような笑顔を私に向けてくれたから。

「はい、おかげさまで。いつぶりでしたっけ?」
「受賞式の時以来だから一年は経ってるんじゃない?優作も会いたがってたわ、たまには作品について深く話したいってね。でも今はカンヅメ状態で」
「あはは、じゃあそちらはまた今度で。楽しみにしておきます」

しかし仕事というのだから小説家の工藤優作の方だと思っていたのだが、どうやら予想は外れ、私の仕事相手は元女優の工藤有希子の方だったらしい。「さ、座って」誘導されるがままに用意されたソファーに腰掛けた。
予め用意してくれていたらしいポットで注がれた紅茶が芳しく香ってきた時、私が入ってきたドアとは別のドアが開かれた。

「母さん、博士から聞いたけど帰ってくるなら連絡くらい──」
「コナン君?」
「あ、あれ?衣理お姉さんだー!」
「……母さん……?」

コナンの親は探偵の毛利と思っていたが違うのだろうか。そう言われるとこの二人は顔が似てなくもないけれど。

「ち、違うわよ衣理ちゃん!私にこんな小さい子供いるわけないじゃない」
「言ってなかったっけ?僕、有希子お姉さんの遠い親戚なんだ!」
「あー、なるほど」

親族であればどことなく顔が似ているというのも頷ける。となると何故『母さん』と言ったのかは不思議でならないが、何なら口調もいつもと違ってややぶっきらぼうなところが気になったが、慌てふためく二人を問い質すのも気が引けて紅茶を一口飲んだ。
誰にでも聞かれたくないことの一つや二つ、あって当たり前だ。私もまた秘密を抱えて生きているのだ、彼らにあってもおかしくはない。

「そ、それで衣理お姉さんどうしてここに?」
「ちょっとね、今日はお仕事で来たの」
「お仕事?」
「そうよ新……コナン君、今からお姉さん達はお仕事なの。だからお話は今度でいいかな?」
「う、うん」

コナンは有希子にそう言われるとあっさりと引き下がった。彼女に何か用があったのだろうか。だとしたら少しばかり申し訳ないが、それはそれ、仕事の話をしないわけにはいかない。彼女も紅茶を飲み、咳払いで話を変える合図を私に送り、「さて」と切り出した。

「始めましょうか」




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