妄語

「家じゃなくていいんですか?」
「これ、落としたくて」
「なるほど」

送ってくれるという安室の好意に甘え、車に乗り込み行き先を告げると彼が車のキーを回した。沖矢の車が赤くて目立っていたことを考えると安室の車は白く、いたって平凡ではあるが街ではあまり見かけない形をしている。

「しかしすごい技術ですね、特殊メイクというやつですか?」
「多分そうだと思います。私は何にもわかってないままやってもらってるので」
「いつも同じ人に?」
「そうです。洋服も髪の毛も化粧も全部。こういうのはあまり得意な方じゃなくて」

思い返すと、着飾るということにはあまり縁のない人生ばかりだった。普通の女性になったのはほとんどないかもしれない。私自身だって勉強や研究ばかりだった。勿論、最低限のマナー程度なら身につけているけれど。

「そうですか?いつもポアロに来てる姿を見てるとそうは思えませんでしたけど」
「……騙そうとしてますね?」

あのクローゼットからそんな気配は一ミリも感じられなかった。モノトーンの洋服が多く、小物類は少なく、化粧品やスキンケアと言った類のものも年頃の女性にしては少ないと言わざるをえないほどだ。
それなのにポアロへ行く時だけ小綺麗にできたわけもない。きっと安室は私にカマをかけているのだろう。

「バレましたか」
「まだ私が別人だって思ってます?」
「ええ」
「……即答されるとは思わなかったんですけど。なら私をなんだと思ってるんですか?」

もう一ヶ月も経つのだからそろそろ水に流してほしい。何を思って私を疑っているにせよ、安室や皆に害をなすわけではないのだし、放っておいてほしいというのが本音だ。とはいえ安室の立場になれば、外見はそのままなのに中身が変わったとなれば気味悪く思うのも当然といって差し支えはないだろう。

「何、と言われると悩んでしまいますね。正直に言うとよくわからないんですよ」

安室は運転に注意を払いながらも私から一瞬たりとも気を抜いていない。視線は道筋に向かっているのに何故か私の方を見ているようにすら感じてしまう。先月も感じたこの威圧感、ただの探偵が出せるものとは到底思えない。

「よくわからないって?」
「衣理さんに成り済まして悪い事をするのかなと思っていたんですよ、最初はね。でもどうやら違うようだ」
「犯罪者と思われてないことは喜んでおきますけど……」
「犯罪者なんですか?」

からかうような安室の声。一ヶ月前の目や声で私を威圧していた時とは違う。どうやら本当にその点は信じてくれているようだ。私の一ヶ月のどの行為がその信頼を勝ち得るに至ったかはわからないが、今はその結果をありがたく受け取っておこう。

「法に触れることは何もしてません」
「すごいですね。僕はスピード違反の常習者です。秘密にしてくださいね」
「へ、へえ……」
「あくまで緊急時だけですから」

緊急時とは何か、なんて聞きたくはなかった。今までの経験から安室が只者でないことくらいわかっていたし、きっと聞いたところで彼は何も話しやしないだろう。それに今は安全運転に努めてくれているようだし、こんな深夜に送ってくれるという相手に言う文句もない。

「そういえば、なんで仙道が私だってわかったんですか?」
「衣理さんは僕に聞いてばかりですね。一つずつお互い質問に答えませんか?まだ道のりは長いですし」
「まあ、いいですけど」

安室に聞かれることの想像はなんとなくつく。どれだけ誤魔化しても疑われ続けているのだから最早どうとでもなれという気持ちだ。
ふう、と息を吐いたら隣でハンドルを握る安室が私の気持ちを知ってか知らずか静かに笑った。




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