妄語

「死んだら誰かの身体にうつってるんです」
「……」

彼女の住むマンションを目前にして停止した車の中ではひたすらに沈黙が続く。順番的に僕が口を開く番とわかってはいるがどうにも言うことが見当たらない。現代社会においてこんな御伽噺を聞かされて言葉通りに信じられるのは純粋無垢な三歳児くらいだろう。

「……」

助手席に座る瀧衣理──ではない他の誰かだそうだが──は、膝の上に手を置き、ふう、と一息ついてからこちらを向いた。その表情はどこか寂しげだった。これが演技だと言うなら拍手を送りたいほどに練習を積んだのだろう。眼球の動きも、息遣いも、顔の筋肉の動きからも嘘を言っている兆候は全くと言っていいほど感じられなかった。

「これって犯罪じゃないですよね?」
「……」

輪廻転成の話は聞いたことはあるが、彼女の言い分とはそれもまた違うらしい。前世の記憶を引き継いでいるとかそういう類のものではないと。
今回であれば二十数年生きていた瀧衣理が一ヶ月前、急に中身だけ彼女になったというわけだ。そんなことが現実に起きるというのはやはり信じがたい。現実と空想の区別がつかなくなったという方がかなりの信憑性を帯びる。

「でしょ。頭がおかしいとか、そういう風に言われるのわかってますし、実際言われてきました。私だってこの女何言ってるんだろう、ってなりますよ。だから成り切ろうとしてたんです。それだけ。わかりました?」
「……ええ……まあ……」

理屈からいうと彼女がこんな嘘をつく理由はない。信用を勝ち取りたいのならもっとマシな嘘をつかなければいけないことくらいわかるだろう。こんなファンタジー臭い嘘なんてより疑いを深めるだけだ。
そう考えると彼女が真実を言っている可能性は高いし、表情や行動からも嘘を言っている素振りは無いのだが、なるほどそうなのかと受け入れられるほど純真な心は持ち合わせていない。

「……風見か?」
「はい、降谷さん。瀧衣理の件ですか?」
「いや、今度は違う人物を調べてほしい。悪いが生年月日などの手がかりはない」

彼女から聞いた名前を伝えたが、そううまく情報が出てくるとは思えない。日本国籍で性別が女ということくらいしか決定的に絞り込める条件はないのだから。

「長いこと国外にいたが恐らく就職を機に日本に戻ってきている。薬の研究に関わっていたと言うから大学や製薬会社にいた可能性が高い」
「はい」
「二十代半ばで死亡しているらしい。ここ数年の入国履歴から絞り込めるか?」
「……やってみます。少し時間をください」
「頼む」

彼女があの組織に関わっているわけでもなく、自分のように潜入している他の組織の人物でもなく、ただの一般人であるという確証が欲しい。こちらが守るべき人物であるのかどうか。




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