妄語

「衣理くん。荷物を持たせてしまってすまんの。ほれ、コーヒーでもどうじゃ」
「ありがとうございます。ちょうど暇してたところだったので……それより、さっきお孫さんを怖がらせてしまったみたいで。すみません」
「孫?ああ、哀くんのことか?怖がらせたとは?」
「よくわからなくて……奥の方にコナン君と走って行っちゃって。いるとこっちに来れなさそうだし、私先に帰りますね」
「うーん、哀くんがのう……すまんなあ」
「いえ私が何かしたんだと思います。すごくびっくりしちゃってたから」

彼女の驚きようはどこか尋常ならざるものを感じたけれど、コナンは彼女を人見知りと言っていたし、私の何かが気に障ってしまったのだろう。いれてもらったコーヒーを飲むためマグカップに目を落とす。そしてそれを口につけ一口二口と飲んだ後、私に向けられている物と目があった。

「えっ……」
「な、何をしてるんじゃ哀くん!」

私の職業が警察や軍人だったと言うならこの状況も理解できる。もしくは私が住んでいる国が戦時中であったり情勢が不安定で世間には銃が溢れていて子供でも気軽に手に入れられるのなら、こうして目の前の女の子が私に銃口を向けていてもなるほどいつものやつかと納得できるのだけど。

「博士、今すぐその人から離れて!」
「悪いけど博士、灰原の言う通りにしてくれ」
「動いたら撃つわ」
「……」

マグカップを置くために少し動いたことは見逃してくれたようで、引き金に指がかかることはなかった。先ほどまでにこやかに会話していたコナンでさえ、目を細めて私を睨みつけている。

「……う、動きません。いや、もしかしたら動いてるかもしれないけど、危害を加える気は無くて」
「黙って」
「……」

可愛らしい女の子が私に向けて銃を突きつけ黙れと言う。しかもその女の子は唯一の親友の幼児期と瓜二つ。
こんなことが起きたのは初めてで、どの行動が最善なのかがわからない。ゆっくりと両手を挙げ、言葉でも行動でも敵意がないことを示そうと努力したが中々受け入れてもらえなかった。チャキ、と軽い音がして銃を握り直されただけだった。

「あ、哀くん、何を急に……」
「瀧衣理と言ったわね。本当の名前は?」
「本当の名前……も何も私は──」
「嘘よ!」
「……嘘って、なんでそんな……コナン君、ねえこれ、なんなの?」
「僕も聞きたいよ。さっき灰原のことなんて呼んだの?」

コナンは腕を後ろで組み、私への態度を緩めることはなかった。七歳の子供達が一端の大人のような態度をとっていることの違和感は確かに覚えたけれど、私の置かれた状況を理解するので頭の容量はいっぱいになっていて、どうすれば銃を下ろさせることができるのか、どうすればこの場を乗り切れるのかということしか考えられなかった。

彼らは私に何を求めているのだろうか。私がさっき彼女をなんて呼んだかなんてそんなに大事なことだろうか。銃を向けられるほどのことだっただろうか──いや、違う、それほどの集団だったじゃないか。秘密を漏らしたものは粛清され、各国のスパイを見つけては追い詰め、誰が味方で誰がそうでないのか見極められなかったじゃないか。

「そんな……」

ああ、何故こんなことを今まで忘れていたのだろう。急に記憶が蘇る。晩年、日本で過ごしていた頃に聞いた就職先にまつわるよくない話を。
それに気づいた時、心臓が、身体中を巡る血液がこれ以上ない程に緊急事態を知らせてきた。

「言いなさい、あなたは誰?何のためにここに──」
「志いちゃん?あなた志いちゃんなの?なんで昔の姿のままで……?」
「……!」
「私、信じられないと思うけど、同じ学校に通ってた……覚えてないかな?」
「……おい、灰原……」
「覚えてないわけないじゃない……でも死んだのよ、間違いなく。私があの階段で確認したもの!」

安室に話した時とは違う。精神を疑われないだけマシだなんてそんなことは思えない。私の腰ほどの身長しかない彼女が本当に私の親友、宮野志保であるのなら、何としてでも信じてほしい。姿形こそ違えど私が長い時間を一緒に過ごした人間であるということを。

「私、確かに死んだの。その時のことは、よく覚えてないんだけど……でも死ぬ度に誰かの身体に意識が移って、その人に成り代わってて……信じられないと思うけど、学校のことだって組織のことだって、私が知ってたことを聞いてくれたら何だって答えるから」
「死んだら、別の人に……それで今は瀧衣理の身体にってこと?でもあなたが組織の人間じゃないって証明にはならないわ」

何故か彼女は安室のような反応は一切出さなかった。少し眉間に皺を寄せて考える素振りをしたものの、その点において特に疑問は出なかったようだ。普通の人なら信じ難いこんな御伽噺のような私の現状を。彼女が疑っているのはただ一点、私が組織の人間かどうかということのようだ。まるでそれは、組織から離反したもののような態度。

「……私を殺した組織にまた入ると思う?」
「……そ、そんなの」

最初の私は組織に殺された。死ぬ直前のことは思い出せなかったはずなのに今は少しずつ記憶が蘇ってきている。何かの資料を手に持ち、階段を駆け下りているところを挟み撃ちにされて撃ち抜かれたのだと。
学内ではトップクラスの成績こそとっていたがそんな連中がゴロゴロ集まる組織では私なんて使い捨てにもならないような一兵隊。掃いて捨てる価値すらないほどの私が何かを知ったために殺された。それだけは確実に覚えている。

「灰原。話くらい聞いてからでもいいんじゃねえのか」
「……信用するってわけ?」
「これくらいでどうこう言えるわけねえだろ。でもハナから疑って聞いてちゃ信じられるものも信じられねえよ」
「……いいわ」

コナンが彼女の持つ銃に手を置き、下ろすよう指示を出した。なるほど組織に身を置いていた彼女ならば銃くらい持っていても不思議ではない。しかしそれを横で慌てもせず見ていたコナンは一体何者だというのか。




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