妄語

「つまり……死んだら誰かの身体で生き返ってるってこと?」

私の身の上を聞いた彼女は視線を逸らさずにそう聞き返した。

「生き返ってる……うん。その人の記憶とかは何もないし、嗜好とか趣味とかも私自身がそのまま引き継がれてる感じ。今回が初めてってわけでもないし、年齢もこれくらいの女性ばっかり」
「……正直、組織がどうってとこよりそこが信じらんねえんだよな」

彼女とは違い、コナンは受け入れられないようで首を捻っていた。そう易々と信じてもらえるわけがないことくらい承知の上だったのに、現実を突き付けられるとやはり胸が痛み、自然と視線は足元に向かってしまう。

「あら、組織が絡んでる可能性は高いわよ」
「へ?」
「組織がそんな薬を作ってたって聞いたことあるもの。私は担当じゃなかったけどね」

私はその薬作りに携わっていたのだろうか。いや、そこまで機密性の高そうなものに関われるような人間ではなかったはず。彼女が担当でなかったのなら尚更私なんてありえない。呆気にとられるコナンをよそに彼女は説明を続けていた。

「だからあなたが誰であれ、死ぬ度に誰かの身体にってところは信じられるわ。でも、あなたが私の友人だって証拠は?今組織と関わりがないって証明できる?」
「……できない、けど……」

せっかく信じてくれたのに。私に起きたことを初めて受け入れてくれた人が、目の前にいるのに。悔しくて、でも解決策なんて何も浮かんでこなくて、思わずスカートを握り締めた。

「自分だけが知ってる灰原の秘密とかは?」
「それなら……好きな食べ物はピーナツバターとブルーベリージャムのサンドイッチで、昔、まだそこまで仲良くなってなかった頃、私が一口ちょうだいって言ったら十ドル札をくれて「何で私のをあげなくちゃいけないの?年上のくせに食べるものもないの?これで好きなもの買ったら?」って言われたのは覚えてる」
「お前昔から嫌な奴だな……」
「うるさいわね」

何故こんなにも鮮明に思い出せるのか。恐らくそれは、その頃の彼女が今目の前にいてくれるからだろう。中々はじめは心を開いてくれなかったけれど、数少ない日本人同士、打ち解けてからは仲を深めるのに時間がかかることはなかった。

「あ、でも仲良くなってからは私が単車欲しいって言い出したら「どうせ横転して死ぬだけよ。やめておきなさい」って言った三ヶ月後にハーレー買って乗せてくれたりして」
「彼女が運転するのが心配じゃったのか?」
「博士も余計な口挟まないで!」

そう、彼女は優しいのだ。あまりの頭の良さと言葉少なな性格から誤解されがちではあるけれど、進路に悩み途方に暮れていた私を救ってくれたり、就職してからも何かと気にかけてくれたのを今でも覚えている。結果として恐ろしい組織に関わってしまったけれどそれは彼女のせいじゃない。あそこに就職していなければそれはそれで悲惨な人生を送っていただろう。

「……わかったわよ。学生時代のそんな細かい話まで組織の人間が知っているとは思えないし、脅されたからって話はしないでしょうし」
「……信じてくれるの?」
「そもそも私のことをそんな風に呼ぶのはあなただけだったしね」
「志いちゃん……!」

頬杖をつきながら口元を緩め、綺麗に笑った幼い私の大切な友人。銃を突きつけられたことよりも、信じてもらえないかもしれないことの方がずっと恐ろしかった。それ程までに彼女は私にとって大きな存在だから。

「でもその呼び方はやめて」
「あ、そうだね……でもその姿だとなんだか昔みたいで──そうだ、なんで志いちゃんそんな姿なの?どうしたの?」
「順を追って話すから。その前に一つ……いえ二ついい?」
「何?」
「博士、江戸川君、いい加減笑うのをやめないと金輪際薬の提供はしないし高カロリーなものは一切摂取させないから」
「わ、わりーわりー、はは……」

それから彼女が話してくれたのは驚愕の事実だった。無論、私のとそう変わりないファンタジーちっくな話ではあったけれど、自分の身に起きていないことだとこうも大仰なことに聞こえてしまうのか。薬を飲んだら死ぬか十年前後若返った姿になるかの二択だなんて、そんなことが現実に起こり得るなど誰が想像できるだろう。
そう考えるとよくもまあ彼女は私の境遇を理解してくれたものだ。




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