妄語

「不服そうね」
「別にそんなんじゃねえよ」

生まれ変わり、成り代り、輪廻転生という言葉は聞いたことがある。あくまでも宗教上の単語だったり、フィクションの中だけでの話だ。現実にそれが起きているなどと言われてもそう簡単に頷けはしない。

「何が不満なの?」
「不満っつーか……灰原、お前はあの説明で納得してんのか?」
「言ったでしょ?組織がそういう薬を開発していたのは事実よ。実用に至っていたのは知らなかったし、どういう使用法だとか、薬の成分だとかはわからないけど」
「……」

灰原が言うのならそうなのだろう。組織の中枢で薬の研究を担っていた彼女がその薬の存在を認めるのなら、頭では理解し難くともそれが真実で、現実なのだ。
しかしながらすぐに納得することもできず、頭の後ろで腕を組んで天井を見上げた。

「工藤君」
「ん?」
「あなた一年前に人間が幼児化する薬があるって言われたら信じてた?」
「そりゃ……信じねえな」
「でしょうね。そういうことよ」

眉一つ動かすことなく灰原は事もなげにそう呟いた。組織や薬に関する事で俺達に嘘を言ったことはないだろうが、灰原が知り得ること全てを話しているとも思わない。きっとこの件に関しては俺がまだ知らないだけで、知らないから納得できないだけで、灰原からして見れば何の不思議もないことなのだろう。

「なあ灰原」
「なに?」
「お前の知ってる昔の衣理さんってどんな感じだったんだ?」

彼女は元の名前ではなく、瀧衣理でいいと言っていたし、中々呼び方を使い分けられない西の高校生探偵を思えば統一している方が無難だろう。そもそも、俺達と違って彼女は戻る身体も名前もないのだ。
そうはいっても嗜好や記憶は全て彼女自身のものだというのだから、彼女の人となりを知っておきたい。

「そうね……一言でいうなら、お人好し」
「へえ」
「自分のことより人のために動く子だった。アメリカにいた頃もそう。自分が言われた時は何もしないくせに、私のこととなると教師に怒られるくらいの喧嘩までしてて……ほっとけなかったのよね」
「……仲良かったんだな」

歩美や光彦達に優しくする今ならば想像はつくものの、出会った頃の灰原はそれはもう鋭利な凶器のように神経を尖らせていた。勿論それは組織に追われていたということが大いに影響を与えたのだろうが、元来すぐに人と距離を詰めるような性格でもないのだろう。
そんな灰原がこうして柔らかい表情を浮かべながら彼女のことを語っているということは、二人の仲が親密であったのだと容易に想像がつく。

「唯一友達と呼べた存在だったわ」
「遠回しに言うなあ」
「あの子からしたら私のせいで殺されたようなものだもの、今更友達だなんて言えないわよ」

さっき灰原は衣理さんの死亡を確認したと言っていた。俺が灰原のお姉さん──宮野明美の死を見届けたように、灰原も見届けたのだろうか、友人の死を。ちらりと横目で覗いたその表情は凍てついていて、数分前までに存在していた温かな空気は消え去っていた。

「私が誘ったのよ。ご両親が亡くなって気落ちしていたから、せめて近くにいてあげようと思って。組織の監視があってあの子を組織に呼ぶしかなかった。ダミー会社に入れて、危ないことには一切関わらせないようにしてたわ。だから安心してたけど……」
「……」
「結果はこの通り。何故かあの子は研究所の階段で射殺されたの。場所も知らなかったはずなのに。多分組織が知られたくないことを知ってしまったんでしょうね」
「なあ灰原、衣理さんは──」
「今のあの子は組織とは関係ないわ。においがしないもの」

組織と関係があるのか。仮にも灰原の友人に対してその言葉を投げかけていいものか言いあぐねていると、察したらしい灰原が真っ直ぐに俺を見てピシャリと言い切った。

「……了解」
「だから……なるべく巻き込みたくないの」
「わかってる」
「悪いけどあの子のこと、見ててあげてね」
「?」
「元々私は知り合いでもないし、急にあの子のそばにいたら変でしょ」
「ああ、確かに。衣理さん元々事件に巻き込まれやすいしな」
「……」

あなたのせいじゃないの、と言いたげな灰原の視線から目を逸らし、そのまま事務所へ帰った。少なくとも俺だけのせいではないはずだ。俺がいないところでもたまに事件に巻き込まれているらしく、高木刑事や目暮警部からそんな話を聞いたこともあるのだから。




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