妄語

コナンが知る限りの瀧衣理に関する情報や癖、嗜好を教えてもらってからもう一週間。それらは少しずつ変えているものの、友人関係はおいそれと変えるわけにはいかない。訳もなく急に関係を断ち切れば、普通は疑問に思うからだ。
面倒を起こさないためにはとにかく今までと同じように過ごしながら慣れていくしかない。

「あー!衣理ちゃん」
「はい?」

そう、例えばミニパトから気軽に話しかけてくる制服警官と出会ったとしても。

「この前言ってたやつ、日取り決まったんだけどどう?」
「えーっと、どの話でしたっけ?」
「飲み会ってかまあ合コンね。うちの連中が紹介しろってうるさくて……ほら前事件の時一課とよく顔合わせてたでしょ?それで覚えられたみたいよ」
「それはまた……でも合コンは苦手で」
「苦手って、どっかの行ってきたの?前は行ったことないからって言ってたのに」

「私の方が先に誘ってたんだから優先してよ」と唇を尖らせたこの女性は誰なのだろう。制服警官とまで知り合いとは恐れ入る。

「ああいや、合コンっていうか飲み会が?私最近お酒すごく弱くって」
「そうなの?」

制服警官は窓を全開にし、少し身を乗り出して私を見上げた。パッチリとした大きな目、ツヤのある長い髪、快活そうな表情は合コンなど行かずとも周りが放っておかないだろうに。どこのどなたかは存じないものの不躾にもそんなことを考えていた。

「別に無理して飲まなくていいのよ。飲みたかったら飲む、飲みたくないなら飲まないで。えーとね、日は再来週の金曜日で、場所は決まったらメールするわ。それじゃね!」
「あ、ちょっ」

話についていけないまま窓はどんどん閉まっていき、完全に閉まりきる前にミニパトは発車してしまっていた。断ろうにも誰かわからないし、あちらからメールをもらわない限りどうにもできない。

平和な日本、平和な時代の今だからこそ、誰かと付き合ったり大切な人を探すのもいいのだろうが、私の今のところの大きな目標はあの二人が元の姿に戻ること、そして二人が平穏に暮らすための組織壊滅までがセットだ。
出会って二ヶ月と少しのコナンにそこまで情があるわけではないが、彼女があそこまで心を許している相手なのだから失って欲しくはない。両親を早くに亡くし、聞くところによると明美さんも組織に殺されてしまった、可哀想な彼女にはそろそろ幸せになる順番が回ってくるべきだ。私なんかよりも、穏やかな時間が無いに等しかった彼女にこそ、幸せに過ごしてほしい。

「衣理お姉さん合コンってなあに?」
「えっ」
「歩美ちゃん、合コンって言うのはですね、彼女や彼氏がいない人たちが複数人で集まってご飯を食べながらお話しして、最終的には連絡先を交換したりする出会いの場ですよ」
「へえー、衣理お姉さん彼氏いないんだ?」

いつから話を聞いていたのだろうか。少し前に知り合ったコナン達の同級生が純真無垢な瞳で私を見上げている。その数歩後ろにはコナンと哀も。心なしか二人の顔には乾いた笑みがあるような。本当の年齢は六、七歳でないにしたってあまり聞かれたい会話ではない。ため息を吐きそうになる気持ちをぐっと抑えて小学一年生と話すべく膝を折った。

「そうなの。合コンもいかないし、あんまり出会いとかもなくて」
「じゃあ衣理お姉さん、好きな人はいるの?」

往来でする話なのか、これは。可愛らしい小学一年生を前に一体何と言えば好奇心という名の矛を収めてくれるのだろう。女の子という生き物は高校生でも小学生でも恋愛話が好きなようで、最初に会った時よりもよっぽど目を輝かせていた。

「そんな話、聞いてどうすんだよ?蘭姉ちゃん達もよくカフェでそういう話してるけど何が楽しいんだか」

流石中身は思春期真っ盛りの高校生男子、なんという天の助け。そう思った次の瞬間、女の子の恋話への興味は男の子によるぶっきらぼうな物言いにも怯まない強靭なものなのだと思い知らされた。

「そっか女子会!衣理お姉さん、私たち今からポアロのケーキ食べに行くの。一緒に行って食べながらお話ししよ?」
「え、ええ?」

うんともすんとも言っていないのに歩美に手を引かれること約三分。またポアロに来てしまった。哀は用事があるからと言って帰ってしまったがコナンはいる。洞察力、観察力に優れたコナンが。安室に話したことをまだ言えてないのに、万が一バレてしまったら気まずいどころの話ではない。
居ないでくれ、会いたくない。確か前も、そのまた前も、その前ですら私のこの願いは叶ったことがないのだが、神に祈らずにはいられなかった。




top