妄語

半個室と称されるであろうこの部屋には男女計六人が座っている。
男性は三十代前後で体育会系のような風体が二人と少し細身の人が一人、女性はミニパトから声をかけてきた由美さんとモデルのような美しさの佐藤さん、そして場にそぐわぬ私。ここで唯一警察官採用試験に合格していない、つまり警察でないのが私だ。

「かんぱーい!」

取り分けられたお洒落な生ハムサラダを食べながら、男性と由美との会話を聞きながら思う。由美は「一課がうるさくて」合コンを開くと言ったわけだけど──その言葉自体は本当だったのかもしれないが──その言葉の本意は私ではない。私はあくまでも撒き餌というかダシというか。男性陣の視線は佐藤さんと呼ばれている綺麗な女性に釘付けなのだ、いやでもわかる。
ああ、めんどくさい。どこまで以前の瀧衣理を知っていたかもわからない人たちと会話する危険を犯してまですることではない。こんなことなら部屋で美味しいお吸い物でも飲んでいたかった。

「ごめんなさいね、衣理さん」

約二時間ほどの合コンとやらが終わって、二軒目に行きたそうにする男性陣に解散の二文字を叩きつけた佐藤さんとやらが改めて私に向き直り、その綺麗な顔を地面に向けている。

「ど、どうしたんですか?」
「きっと由美が無理やり誘ったんでしょう」
「ああ……まあ……」
「バレてたかあ」
「バレてたかじゃないわよ、まったく」
「だってこうでもしなきゃ美和子は来てくれないじゃない。それに衣理さんに会わせろって言われてたのも別に嘘じゃないわよ。じゃあ私反対の駅だから。バイバーイ」

先程からの会話でなんとなく察していた。彼女はあまりこういう場に顔を出すタイプではなく、一課が合コンをしたい本当の相手は『佐藤さん』だったのだと。率先して私に頭を下げるくらいだ、きっと責任感が強いのだろう。だから一般市民の私が無理に呼ばれたとあっては、同僚たちが迷惑をかけないようにと彼女が付き添いに、というのが由美の筋書きなのだろう。

「せっかくのお休みだったのに申し訳ないわ」
「いえ、いつも好きな時に休んでるようなものですので」
「ああ、小説家なんでしたっけ?由美から話は聞いてます」

由美から、ということは彼女との接点はほぼなかったのだろうか。普通に生きていたら警察の知り合いなどそうそういるはずもないのだが何故かこの町では治安がいい割に警察の出動率が高いから、強ち見知らぬ人とは断定できないのだ。そもそも由美との関わり合いもよくわかっていないし。

「皆さん明日も仕事ですか?」
「ええ、少なくとも私は」
「いつもありがとうございます、おかげさまで街は平和です」
「ふふ。でも最近事件が多いから、気を付けてくださいね」
「やっぱり多いんですね?ここ数ヶ月で二回も目暮警部──知り合いの刑事さんにお世話になりました」
「なら今後どこかでお会いするかもしれませんね。私、目暮警部の部下なので」
「事件では出会いたくないですけど」
「あはは、それはそうですよね、すみません」

彼女はそのモデルのような見た目に反して中々どうして話しやすく気さくな女性だった。由美もその可愛さを鼻にかけず対等に接してくれる優しい人だ。特に問題なく今後も関係を維持できそうで少し安心した。
というか、普通はそうなのだ。いくら混乱しているとはいえこれが初めてではない。私には今までの経験がある。よっぽどのことでなければ適当に言いくるめたりはぐらかしたりしてやってこれたのだ。

「はあ……」

戻ってきた私しかいない部屋で呟いた言葉に誰が相槌を打つでもなく、ただただ静寂が広がる。あの人くらいだ、こんなに混乱させられて、結果として私から話したとはいえ私のことを疑ってきた人は。きっと私が話さずとも、成り代りは証明できないだろうが延々と怪しまれ続けていたことだろう。成り代りを話したところで怪しまれているのが現実だが。

「悪い人じゃないけど」

善良な人なのはわかっている。身を乗り出した私を助けてくれたし、怪我した時も助けてくれた。私のことを怪しんでいるけれども、精神病扱いされたりとか、人に言いふらされたり、奇異の目で見られているということもない。嫌味ったらしいところもあるが、悪い人でないのは、流石にこの数ヶ月で理解した。

哀にはあの人に話したことを結局伝えられてないけど、このまま口外しないようなら放っておいてもいいだろう。
「私と江戸川君、それに博士以外には話しちゃダメよ。絶対」哀の言葉が脳裏に過ぎる。まさか行きつけの喫茶店の店員に打ち明けてしまっただなんて言ったら、ガラス玉のような目を丸くしてしまうに違いない。組織にたった一人の姉を殺され、自らも死ぬ恐れのある薬を飲むほどに追い詰められた哀の心労を誰が好き好んで増やすというのか。

「……」

と思いつつ、あれやこれやと話してしまったけど。ベッドに寝転びながら先週のことを思い返してみるが、何故あんなにもペラペラと話してしまったのだろう。話したところで安室は私の境遇を信じないのだから頭の整理にでも、と利用させてもらおうと思っていたところはあるのだが。

『どうするんですか?』

問いかけられた時、確かに私の心臓は一瞬止まった。安室透の目は鋭く、まるで殺傷能力に特化した凶器のようだった。
殺されると思った。バレたのだと。何故かは分からないがこうして成り代りを繰り返していることがバレて、理由はわからないけれどまた殺されるのだと。
彼は結局冗談だとはぐらかしはしたけれどあの気迫は、あの緊張感は冗談で生み出せるものではない。
一体あれはなんなのだろう。探偵で、ポアロという喫茶店でバイトしていて、あんな表情が身につくわけがない。だからといってまさか本当に組織の人間というわけもないだろう。コナンが暮らすあの家のすぐ下にいるだなんて、流石に都合が良すぎるというものだ。

「似てるって……」

前に彼には私と似てると言ったことがある。実際、今の今まではなんとなくそんな気がする程度の話だったが、今にして思えば彼のそれはやはり私と似ている気がした。外見と中身が一致していない、そんな感じが。




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