妄語

新幹線のデッキで待ち合わせたコナンから聞かされたのは耳を疑うような現実だった。

「ばく……爆弾?」
「そう。奴らが取引相手に渡したのは金じゃない、爆弾が入ったケースだ」

ここの新幹線に私と毛利一行と安室が乗っていただけでなくコナンが奴らと呼ぶ、組織の人間までもが乗っていただなんて。ここまで来ると何かに仕組まれてるのではないかと疑ってしまいそうになる。

「でもなんでそんなことわかったの?どこで聞いたの?」
「奴らが近くに座ったから博士に作ってもらった盗聴器で聞いてたんだ。トンネルに差し掛かっちまって全部は聞けなかったけどな……」
「今その人達は……」
「名古屋駅で降りてったよ。盗聴器は本人につけてたわけじゃねえからもう手がかりは無しだ」

自然に出てくる盗聴器という言葉に眉を潜めそうになるが、相手が相手でこの事態を思えば言及することではないだろう。時計を見て舌打ちするコナンに背筋が冷えてくる。もしや時限爆弾のタイムリミットが近いのではないだろうか。

「タイマーがついてる……とか?」
「いや……まだなんとも言えねえ。三時十分になったらその取引相手が自分でスイッチを押しちまうらしいんだ」
「自分で押す──スイッチを?そんなことある?」
「多分それがスイッチだとは知らされてないんだろうな。起爆のタイミングで考えられるのは……最近なら無線や携帯での操作が多い。ゲームのコントロールなんかもテロ組織が使う手だ」

この十五両もある東海道新幹線のどこかに組織と取引をした人間がいて、その人が持つケースには金だと偽った爆弾が仕込まれていて、且つそれは四十分後には爆発してしまう可能性がある。
あと四十分で何百人もの荷物を調べさせるのは容易なことではないし、そもそも警察でもない私にそんな権限はない。唇を噛みしめながら腕時計を見ると長針が一つ右にずれた。残り時間は三十九分。

「何やってんだ?」
「警察に通報しなきゃって……」
「……なんて言うんだ?怪しい奴らが爆弾を渡してるのを聞いたって?それで動いてくれんならいいが……」

動いてくれなかった時は。その続きをコナンが口にすることはなく、私もロックを解除したスマートフォンの明かりを消した。
その人物がどこにいるにしても走行速度を考えるとこの新幹線にいる乗客の半数以上に影響を与えることは間違いないだろう。そしてもし対向列車がいたならばそれにも被害は及ぶだろうし、玉突き事故にはならないだろうが後続に問題が起こらないとは限らない。

「相手がどんな人かはわかるの?」
「『最期の時間をいい席で迎えられるなら満足だろ』」
「?」
「あいつらが言ってた言葉だ。新幹線のいい席って言ったらグリーン車しかねえからな、少なくともその三車両のどこかにいる奴が持ってるはずだけど……」
「コナン君、取引って……ケースを渡したってことは対面でしょ?」
「?ああ」
「取引した相手はグリーン車、奴らがコナン君の近くにいたってことは自由席。ならグリーン車の一番前の席は絶対通るよね?」
「もしかして……」
「そう、その席に座ってるのは私」

ぱっと顔を上げて私を見上げるコナンの瞳に少しだけ光が差した。東京駅から名古屋までの間に私の横を通って戻ってきた人物。理論上ならばそこまで絞り込める。

「でも……」

こんな事になると思っていなかったのだ。まさか私の目の前にあるあのドアが爆弾を所持している人を絞り込める鍵になるだなんて。しかも隣にあの人が座ってからは会話をする度に窓へと顔を向けていた。仮に十人が私の隣を通っていたとしても把握できているのは三人くらいだ。

「普通覚えてるわけねえよな、誰が通路を通ったかなんて──」
「覚えてますよ?」
「え?」

コナンも私も同時に顔を上げた。私のものではない低い声。先程まで隣で聞いていた声と寸分違わぬそれの持ち主は私達を見つめて首を傾げていた。

「それがどうかしたんですか?」
「安室さん……なんでここに?」
「やあコナン君。実は僕の席、衣理さんの隣でね。君から電話があったと言ってから戻ってこないし、乗務員の皆さんが慌てているから何かあったのかと思って。衣理さん、一応バッグ持ってきました」
「あ、ありがとうございます……」

差し出されたハンドバッグを受け取ってスマートフォンをしまった。そう言われてみると、コナンと話している間に乗務員が早足で通り過ぎて行ったのを見たし、今この瞬間にも男性の乗務員が一人血相を変えて通り過ぎて行った。先頭に向かって行っているということは、きっとこの件だけでなく他のトラブルも起きているのだ。

「やはり何かあるようですね。コナン君からの用事もそれかな?」
「……」

組織のことはともかく、爆弾については安室に打ち明けて協力してもらうべきではないだろうか。腕時計はもう残り時間が三十五分になっていると示している。刻一刻と迫るタイムリミットに悩んでいる暇はない。
恐らくコナンも私と同意見だったのだろう。組織のことは隠し、偶々聞いてしまったのだという体で爆弾のことを安室に伝えた。

「……なるほど。そして所持者は僕らの前を必ず通っていると」
「そう。それに、名古屋駅で降りるために通った人もいるだろうからかなり数は絞れるんじゃないかな」
「でもよく見てましたね、隣を通った人全員なんて……私なんて全然」
「衣理さんの方を向くと通路でしたからね」
「……」

変な奴だと思われているのは承知の上だが監視されているとまでは思わなかった。人のいい笑みを浮かべる安室の本意を測りかねているとまたスマートフォンがバッグの中で振動した。

「すみません電話が……」
「なら僕はどの座席にその人達がいるか見てきます。コナン君は衣理さんと」
「うん」

すぐ戻ります、と一言残してから安室は自動ドアの向こうへと消えた。私も電話になど出ず、安室を手伝うべきなのだろうがいかんせん通路など見ていなかったせいで猫の手程の助力にもなり得ない。ここは安室の記憶力に期待するとしよう。




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