妄語

「蘭ちゃん?」
「あ、衣理さんですか?!コナン君と一緒にいますか?」
「う、うん、コナン君なら今隣にいるけど……」
「よかった……実は今、トイレで人が亡くなってるのが見つかってお父さんがそっちに呼ばれちゃって……」
「そう……え?!」

蘭からの電話は新幹線車内で死体が見つかったとの知らせだった。グリーン車では爆弾、自由席では死体だなんてこの新幹線は呪われているんじゃないだろうか。『江戸川君の行く先々で事件が起きてる』と哀は忠告してくれたけれどそれどころではない。

「うん、わかった……蘭ちゃんも気をつけてね」
「……蘭はなんて?」
「自由席のトイレで死体が見つかったって。毛利さんが今行ってるけどもしかして……」
「いや、俺が聞いてた時は──ないとも言えねえよな。くそっ、時間がねえってのに」

蘭からはただ「死体が見つかった」としか聞いていないから自然死の可能性もあれば自殺、組織とは関係のない殺人もあり得るのだが、可能性は低いけれど組織が関与している事件でないとは断定できない。

「お待たせしました。だいぶ絞れましたよ。三車両で四人……どうしました?」
「安室さん……自由席の近くで死体が見つかったみたいなんです」
「死体……?」
「うん。でもそっちは小五郎おじさんが行ってるみたいなんだ」
「……違うのコナン君、確かに毛利さんは呼ばれて行ったけど捜査じゃなくて……その人の前にトイレにいたのが毛利さんだから怪しまれてるみたいで」

私を見上げるコナンの瞳には焦りの色がありありと見て取れた。毛利さんがその死体に関わりがあるなど私もコナンも思ってなどいない。だが無実を証明しなければきっとこの新幹線が無事に京都に着いた瞬間、警察に連れて行かれてしまうのは間違いない。娘の蘭の目の前で。

「おっちゃん……」
「……なるほど。ではこうしましょう」

爆弾のタイムリミットまであと三十分。安室が出した提案は二つの事件に人を分けることだった。コナンは自由席での死体と毛利さんに降り掛かった冤罪への対処、私と安室は爆弾を所持している人の特定及び爆弾への対処。

「で、でも安室さん、持ってる人を特定してもそのあとはどうするの?」
「爆弾の規模にもよるけど後ろの車両の人を避難させてスピードを落としてもらいながら……ってことになるかな。ただ、君の聞いた話じゃその人がスイッチを知らずに押すんだろう?なら時間までに特定して押させなければきっとなんとかなるさ」
「それはそうかもしれないけど……」
「大丈夫、こっちは僕達でなんとかするから。君は毛利探偵のところに」
「う、うん」

安室はやけに余裕のある表情で、コナンの背を押すように先頭車両へ手を向けた。コナンも最初こそ心配そうに私と安室を見ていたもののぎゅっと唇を結んで走り出す。爆弾程でないにしても毛利さんが巻き込まれたとなれば一大事だ。
しかし、コナンの正体が素晴らしい推理力を持った高校生探偵の工藤新一と知っているから安心して送り出せるものの、何故そんなことを知るはずのない安室までコナンだけを行かせたのだろう。

「彼はああ見えてとても賢いですから。僕達はこちらに集中しましょう」

私の考えていることが読み取れるらしい安室が微笑みかけてきた。不思議なことに少しだけ、不安や緊張や焦燥感が薄まったように思える。

「安室さん、さっき四人って言ってましたけど」
「ええ、僕達がいた車両とその後ろの車両に二人ずつです」
「ここからどうやって特定するんですか?」
「そうですね、情報が少なすぎる……ので、話を聞きに行きましょう」
「行くって……その人達と話すんですか?」
「はい」
「でも、あと三十分ないんですよ?」
「四人全員に、ではありませんから」
「……?」

安室の記憶力が確かならばその四人が爆弾を所持している候補者なのだが、これ以上人数を絞れる要素は私には思いつかない。それなのに安室には焦りという感情がないかのような落ち着きようだった。
本来ならば死ぬかもしれない爆弾に、しかも組織が関わっている事件に安室のような一般人の力を借りるなど、あってはならないことだ。しかし、安室の力なしでは爆弾を持っている人の特定すらできないのが現実だ。力は借りたいけれど、危険な目には遭わせられない。彼の安全を第一に考えて動かなければ。

「とりあえず席に戻りましょう」そう告げる安室に従って自動ドアを開けて座席に腰掛けた。

「これが車内地図です」
「……はい」
「お手洗いもゴミ箱もすべての車両の前方にあります。喫煙所は後ろにしかありません」
「そうですね」
「僕らと同じ車両にいる人達は僕らの前を通ってデッキに出るのはわかります。一番近いお手洗いやゴミ箱がそこにありますからね。でも後ろの車両に乗っている人たちが二つも前の車両に来るのは何か理由があるはずです」
「そう……ですね」

説明されると確かに、と頷いてしまう。わざわざこちらの車両まで移動してくるということは何かしらの理由があって然るべきだ。私のように新幹線の座席を見て行こうだなんて、外国からの旅行客か子供でもなければ普通はしないはずだ。

「というわけで、それを後ろの車両にいる二人に聞き行きましょう」
「は、はい」

残りはあと二十五分。爆弾のスイッチさえ押させなければ大丈夫なのではという希望的観測はあるけれど、何にしてもそれが危険物だということに変わりはない。仮に喫煙室に持ち込まれて引火でもしてしまえば大惨事だ。
正義感が強いわけではないがこんな事態にただ呑気に座っていることもできない。安室に続いて後方の車両に足を踏み入れた。




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