妄語

「さて……」

残り時間は約十分。爆弾の構造にもよるが処理できないこともないだろう。
前もって最後方車両の避難を頼んでおいてよかった。誰一人いない車両の一番後ろの席、そして更にその後ろ、普段ならスーツケースなどが置いてある広いスペースに組織が渡したのであろうバッグを置いた。

「……」

ロック解除の数字は予想がつく。どうせあの番号の上四桁か下四桁に決まっている。古くさいダイヤルを回すとカチャカチャと軽い音がしてバッグが開いた。
時限爆弾ではなく、あくまでも携帯電話によるある意味手動で起動する爆弾ならばバッグを開けたところで爆発はしないはずだ。何か不備があればバッグを開けて確認しなければならないのだから。

「……よし」

恐らくこの番号を聞き出すために電話をかけると、爆弾起動のスイッチに繋がっている携帯にかかる──という仕組みだろう。
金の情報が入っているバッグから目を離すわけがないのだから電話をする時に必ず近くに立っている。このバッグに入る程度の火薬量であっても、至近距離で爆撃されてしまうと身元の確認はそう容易なことではない。通話履歴を調べても掛けた先の電話は爆発で吹き飛んでいる。データの復旧は不可能だ。
よく考えられた流れだとは思うが、そのお陰でこちらも対応できる。

「火薬の量は聞いてた通りだな」

組織内で最近得た情報は二つ。ジンとウォッカがこの日、この新幹線である取引を行うこと。そしてジンが少量ながら十分な殺傷能力のある火薬を持ち出したということ。
まさか新幹線内で爆発させる手筈とは思わなかったが、考えてみれば少量の火薬で作った爆弾でも一車両に影響を与えれば連結している車両が横転し、爆弾の証拠は瓦礫で隠されてしまうだろう。街中で吹き飛ばすよりも余程後始末がしやすいというわけだ。

「安室さん」
「……衣理さん。どうかされましたか?」
「一応、もう一つ前の車両も避難完了しました」
「ありがとうございます。では衣理さんも毛利先生のところに避難していてください」
「……」

自動ドアの開く音に手を止めて入り口を見てみると瀧衣理が立っていた。確かに避難誘導をするよう頼んではいたが、こんな状況では報告しなくとも構わないのに律儀な人だ。
彼女からの返事はなく、自動ドアの閉まる音がする。彼女は恐らく一般人だ。いくらよく事件に巻き込まれるといっても爆弾騒ぎでは恐怖を感じるのも当然だろう。勿論、最悪の事態にならないように今自分はここにいるのだが。作業に取り掛かろうと爆弾へ向き直ると通路を歩く音が聞こえた。

「……何をしてるんですか?」
「それはこちらのセリフですが……」
「安室さん、爆弾止められるんですか?」
「そうですね、この作りなら。スイッチを外してしまえば一先ずは安心できます。この爆弾を作った人間が電話してくるかもしれませんからね」
「そうすればもう爆発しないんですか?」
「いえ、衝撃を加えられれば爆発する恐れがあります。なので今からスイッチとなっている携帯を外し、その後で爆弾を解体します。それで爆発の可能性は消えます」

三時十分までは恐らく組織からこの携帯にかかってくることはないだろう。万が一にも証拠を残さないで済むように取引相手がスイッチを押すよう仕向けているのだから、爆弾が見つかったと知る由もない組織がスイッチを押すわけがない。
だからこそあと七分で携帯と火薬とを物理的に離してしまわなければならない。予め手に入れていた情報から推察して、爆弾処理に必要な道具は最低限揃っている。後は念のために彼女が避難してくれればいいのだが、何故か彼女は僕のすぐ近くに立っている。

「衣理さん、避難してください。毛利先生のところに」 
「……私が解体したいんですけど、できないから……お任せするしかなくて」
「……?いいんですよ、それよりもし爆発したらどうするんですか。早く──」
「私が巻き込んでしまったのにのうのうと逃げて、一人にできるわけないじゃないですか」

思わず手が止まった。何を言っているんだこの人は。今どんな状況で、タイムリミットまであとどのくらい時間が残されていて、もしもの時にどんな未来が待ち受けているのか理解しているのだろうか。

「前、私に嘘つかないって言いましたよね。なら爆弾は安室さんが処理して爆発しないから、私がここにいても大丈夫なはずです」
「……」
「私、信じてますから。絶対できるって」

正直、どんな事態が起ころうとも慌てず動じず対処してきたけれどこれは少々想定外だった。彼女の手がギュッと握り締められるのが見える。表情にこそ出さないよう努めているのだろうが、恐怖心がないわけではないのだ。

僕と彼女の間には確固たる信頼関係なんてものはない。彼女は僕が公安の人間だとは知らないし、爆弾処理を誰から学んだのかも当然知らない。僕は彼女に対して身の上話を信じていないと告げているし、客観的に見てもあまり好意的な対応はしていなかった。
それなのに彼女は今、そんな僕に命を掛けると言っているのだ。

「これは……責任重大ですね」
「頑張ってください」

彼女は柔らかく笑って、斜め前の座席に座った。彼女越しに見えた窓の外には長閑な田園風景が流れていて、自分の目の前にある爆弾解体作業との差を感じる。すぐそこにあるのに、まるで違う世界のようだ。
気を取り直して爆弾に向き合う。さほど難しい工程はない。間違って衝撃を与えないよう留意しつつ、携帯に繋がっているコードを一つ一つ丁寧に切っていく。

「爆弾処理なんてどこで教わったんですか?」
「昔──知り合いに教えてもらったんです、凄腕の奴に」
「安室さんが誰かに何かを教わってるところとか、想像できないですけどね。何でもできるじゃないですか?処理できるって言われた時もそんなに驚きはなかったくらいです」
「そんなことはないですよ。料理だって最初は衣理さんとそう変わりはなかったと思いますし」
「……私の料理がどうかなんて知らないじゃないですか」
「そうですね。今度食べさせてもらえるのが楽しみです」
「……携帯取り外せました?」

彼女のその言葉とほぼ同時に携帯と火薬をつなぐ最後のコードを切った。どうせ使い捨ての携帯で足はつかないのだろう。こんな所であのジンに捜査の手が及ぶだなんてもとより期待はしていない。
そういえば、彼女とあの少年はこの件を一体どこで知ったのだろうか。まさかジンが人に聞かれるような所でおいそれと話すとは到底思えないのだが。

「ええ。次は火薬を取り外します。……この爆弾の件どこで聞いたんですか?」
「え?あ……私もコナン君がたまたま聞いたとしか。場所までは……」

子供相手に油断した、とも思えないが死角にいた子供に気づかず話してしまったという流れなのだろうか。現実は得てしてそんなものであるとは承知している。

「何か……手伝えることはありますか?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。いつも通りに話していてください。その方がやりやすいです」

守らなければならない一般市民がすぐ後ろにいる。失敗は許されない。呼吸を整えた後、火薬を取り出すべくもう一度ニッパーを握り直した。




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